シエスタ=>主人公。人族。女性。綺麗系。やや吊り目。
ウェスペル=>『夜の館』のメイド。幼女。無表情無口虚ろ目。
ノクス=>この話では名前が出てこない今作のメインヒロイン(男)。吸血鬼。男性。優男。
馭者=>シエスタの事をそれなりに狙っていた男の一人。
「――これ以上、街を危険に晒すことは出来ない……わかってくれ」
「はい」
女は街の主だった存在が集う部屋に立っていた。気丈にも前を向き、先程下された現実を受け入れていた。
誰もそれに反論することはなかった。何故ならソレは既に決まっていた事だったから。
誰も女に同情の念を向ける事はなかった。何故ならそんな過程は少し前に過ぎたから。
女は――シエスタはこの日、生贄となった。
シエスタは街でよく話される程には美しい女であった。金色の髪、碧色の瞳、通った鼻立ち、形のいい唇、服を押し上げる乳房、括れた腰、スラリと長い足。芸術品とまでは言わずとも酒場で働いていたシエスタを目的に酒場に来る男が多数に程度にはシエスタは美しかった。
見た目だけではなく、気立てもよかった。困っている子供が居れば助けるし、自分が濡れる事などお構いなしに川に飛び込んで溺れる動物も助けた。同時に不用意に近付く男共には厳しい事でも知られていた。
「シエスタさん、着きましたぜ」
「……そう」
細く切れた瞼を上げて、シエスタは馬車の窓から空を覗き見た。夜。月さえも雲で隠れてしまい、世界は闇に包まれている。
自身を悲壮するでもなく、シエスタは馬車から降りて、少し離れた場所にある館を見つめた。夜に映える館。夜の主の館。そして自身が今から向かう場所。
「こ、ココからはお一人で……」
「ええ、ありがとう」
「そ、その。こ、このまま俺と――」
「……ごめんなさい。私は逃げたくないの」
馭者が言う駆け落ちの宣言もシエスタは微笑みを浮かべて決意を口にする。
「どうしてアンタが……! あそこには化け物がいるんだぜ? だから――」
「だから、私はあそこへ行かなくてはならない。それは私が決めた事よ」
「――、……すまない」
悲痛な顔をした馭者は自身の力無さを恨み、泣きそうな顔になりながら馬を返した。
シエスタの視線は既に消え行く馬車には向かず、館へと向いている。胸に空気を入れて、ゆっくりと吐き出した。
シエスタは現実に打ちのめされる事などなく、しっかりと受け入れて、微笑んだ。
外見は少し朽ちたような館であるが、内部はそうでもないらしい。独りでに開いた館の扉を通り抜けたシエスタは瞳だけを動かしてそう思う。
絢爛なシャンデリアもなく、壁に設置された蝋燭達の仄かな灯り。赤い絨毯の上で立っていたシエスタに声が響く。
――ようこそ、我が館へ
若い男の声であった。けれど姿はない。決して大きな声ではなかったが、シエスタにはしっかりと聞こえた。
シエスタの目の前にぼんやりと淡い光が灯る。小さな女の子であった。メイド服に身を包んだ少女は生気のない瞳と白磁のように白い肌をしていた。愛らしい顔に表情もなく、ただぼんやりと灯ったランタンを持ちシエスタを見ている。
――僕は書斎にいる。彼女に案内してもらってくれ
少女が頭を下げてランタンが軋む音がした。シエスタは膝を折り曲げて少女に視線を合わせる。
「よろしく……私はシエスタ」
「…………ウェスペル」
「よろしくね、ウェスペル」
微笑みを浮かべたシエスタを無視するようにウェスペルは踵を返して、廊下へと歩きだす。シエスタはそれに苦笑して立ち上がってウェスペルの後を追った。
二人して何かを話す訳でもなく、ランタンの軋む音が一定間隔を刻みながら廊下に響く。それ以外の音などシエスタの足音ぐらいである。
「…………ここ」
「そう。ありがとう、ウェスペル」
「…………」
ウェスペルは初めて会った時と同じようにシエスタに頭を下げて廊下へと消えていった。
シエスタはそれをしっかりと見送って、深呼吸を一つ。軽く拳を握り、扉をノックする。三度、扉が音を立ててから数秒の空き。
「入っても構わないよ」
部屋の奥から先程と同じ若い男の声が聞こえた。シエスタは息を飲み込んでドアノブを捻り、扉を開いた。
まず目に入ったのは若い男であった。まるで夜を思わせる黒い髪。気怠げに重厚な机に頬杖を付いて羽根ペンを走らせている。
男は羽根ペンをペン立てへと立てて、シエスタの視界に入れた。髪と同じ黒い瞳で捉えられたシエスタはまるで心臓を鷲掴みにされたかと錯覚してしまった。
「それで、えー……」
「シエスタです」
「そう、シエスタさんは」
「シエスタです」
「だからシエスタさんは――」
「シ、エ、ス、タ。です」
「…………シエスタはどうしてココに?」
「私は街から生贄として選出され、ココにいます」
「なるほど、そうか」
「だから――私を食べてくれてもいいわ」
現実を受け入れて、悲壮すらせずに……むしろ喜々とした表情でシエスタは笑みを浮かべてそう宣言した。男は頭を抱えた。頬杖を頭杖へと変更して痛む頭を支えた。
ほんへ。
「――これ以上、街を危険に晒す事は出来ない……わかってくれ」
「はい」
全てが上手くいっていた。そうでなければ始まる事すら出来なかった。
自身を磨いていた事もようやく報われる。男共の衆目は所詮は評価値にしかならないけれど、まあいいだろう。
私は――恋をしている。あなたの事を考えれば胸が高鳴り、笑みを隠す事すら出来ず。蕩けるように甘い感情に浸される。
恋。という感情程軽くはない。私のこの熱を正しく伝えるのならば、きっと愛というのだろう。
私はその日、愛を叶える。
「シエスタさん、着きましたぜ」
ここがあなたと私の愛の巣ね。なるほど実に趣がある。夜の主たるあなたに相応しいと言っても差し支えはなかった。
「こ、ここからはお一人で……」
チッ、まだ居たようだ。さっさと戻ってくれないだろうか。夜は寒いだろう。私も寒い、早く館に行きたい。あなたに会いたい。会いたい会いたい会いたいあいたいあいたい。
「その、こ、このまま俺と――」
ぶっ殺すぞ。
――ようこそ、我が館へ
どうしてあなたの声はコレほど私の心を高鳴らせるのだろうか。やはり普通の男とは違う。今会いに行きます。
「…………ウェスペル」
なるほど、あなたは幼女も好きという事か。けれど安心してほしい、これでも身体はそこそこにいい出来だと言える。あなたが
ウェスペルが廊下に消えた。これから長く付き合うのだから印象はイイ方が楽であろう。
それにしても、この扉の先にアナタがいる。勢いに任せて開けてあなたに抱きつきたいけれど、ここは我慢の時である。高鳴る心を落ち着けるように深呼吸をして。よし。
「入っても構わないよ」
大好きです。
扉を開けばアナタがいる。難しそうな顔をして羽根ペンを走らせている。実に知的だ。頭頂部からヒョロリと弧を描いた髪は実に可愛らしい。何が言いたいかと言えば、もう全てがイイ。
あなたが瞳をコチラに向けた瞬間に心臓が鷲掴みされたみたいに喜びが溢れる。嬉しい、嬉しい、嬉しい嬉しい。
「シエスタさんは――」
何を他人行儀に敬称をつけるのだろうか。呼び捨てて構わない、むしろ呼び捨てがいい。呼び捨ててほしい。
彼が聞いてきたから、私は宣言をしよう。決意を秘めた想いを。
「私を食べてくれてもいいわ」