手慰み   作:猫毛布

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タイトルが欲望に塗れてませんかね……。

本当は連載スベキという事はわかっているけれど、文字数というか展開の速さ的な都合でこっち。
クリスマス? ああ、非常に有意義だったよ。この設定を考えてプロットを考えていたからなッ!(なお職場にいたもよう)


犬耳犬尻尾で無表情無口な黒髪先輩と百合する為の序章

 誰しも自分は特別だと思う時がある。

 かく言う私――紙折(カミオリ) (シオリ)にもある。よくわからない全能感とか、きっと異世界に行って王子様に恋をするとか、そういうの。

 今にして思えばアレは中二病とか言うヤツだったのだろう。

 

 現実に打ちのめされた私であるが、それでも歳は重ねる様で、高校生である。

 ――私は至って普通の高校生。しいて違う所を言えば、現実を斜に構えて見ているぐらいだろうか。

 ふと、そんな言い回しを考えて溜め息を吐き出してしまう。

 

「どーしたのさ、そんな溜め息を吐いてさー」

「別に、なんでもないよ」

「えぇー。恋煩いとか、恋愛で悩んでるとか、そういうのじゃないの?」

「残念ながら」

 

 よく話すクラスメイト……というよりは友人である八神(ヤガミ)(アキラ)がムスっとしながら私に問いかけた。相変わらず、恋の話題が好きな女の子である。

 

 恋――。現実を斜に構えて見ている私が通常の恋愛なんて出来る訳もない。斜に構えている姿はしっかりと隠しているから表面上は仲良く付き合い事もできる。友人関係としては問題ない。けれど恋人関係という事になると、どうにも違和感が生じる。

 

「まーた、どっか遠く見てるしぃ」

「あはは……」

「それで、栞は陸上部入るの?」

「文芸部だけど……なんで陸上?」

「だって栞って足速いじゃん。中学の時の運動会の時もびゅーんって陸上部の人たち追い越してたし」

「それは名残と言いますか……」

「ん?」

「なんでもないよ。それじゃ私、部室に行くから」

「はいよー、またね」

「うん、また」

 

 鞄を持って、教室を後にする。

 のんびりと廊下を歩きながら、小さく息を吐き出した。私の足が速いのは、幼少期の――それこそ中二病の名残みたいなものだ。

 

 

 嘘みたいな話。私は鬼というものを見たことがある。正確に、アレを鬼というのかはわからないけれど、ともかく化け物を見たことがある。

 白昼夢のように虚ろな、色の混ざりすぎた空、色の落ちた世界で。私は化け物に出会ったことがある。鬼と名前を付けているのは便宜上であり、そして『鬼ごっこ』にも通じている。

 初めてあの世界に入り込んだ時、私の隣にいた友人は鬼に触られて、鬼になった。私はソレを明確に覚えている。

 怖かった。恐怖した。恐ろしかった。ただそれだけの理由で、私は走った。走って、走って、走って、走って、いつの間にか空には青さが戻っていた。

 鬼になった私の友人は"いない"事になった。誰も信じてくれない、誰も真実は知らない。

 だから、怯えた私の行動は単純だった。捕まらないように、速くなればいい。

 『鬼ごっこ』には範囲が決められていた。無我夢中で走っていた最初とは違って、二回目も必死だったけれどゴールはよくわかった。

 世界の切れ目、というべきが、地面に白く光る線があり、ソレを跨げば私の勝ちだった。

 私は走った。走って、走って、鬼から逃げた。

 

 そして、私が現実に打ちのめされて、私の『鬼ごっこ』は終わりを告げた。いいや、『鬼ごっこ』に巻き込まれる事がなくて、現実に打ちのめされたのか。

 現実にボコボコにされた私はそれでも怖くて、中学時代は走っていたのだ。

 

 まあ全部妄想かもしれないんだけど。

 だから私の足が速いのは自慢出来る事じゃなくて、単なる名残と言える。

 

 

 

 文芸部の部室の壁は古めかしい本棚に占拠されている。名称、種類順で整頓された本達であるけれど、手に取りやすい位置の列だけは結構乱雑な種類が詰め込まれている。所謂、新作やオススメだったりするのだが。

 扉を開いた私に気付いたのか、犬飼(イヌカイ)先輩が顔を本からあげる。

 

「おはようございます、犬飼先輩」

「……おはよう」

 

 それだけを言って、犬飼先輩はまた本の世界へと埋没していく。文芸部の骨董品――と私の中で不名誉極まりないであろう美術品は相変わらずである。

 犬飼 (レイ)。私の一つ上の先輩。艶やかな黒い髪と整った顔立ち。こういう人こそ、特別と言えるような人なのだろう。

 美しさと引き換えに感情でも忘れてきてしまったのかと思わされる無表情さと無口さであるけれど。

 骨董品と称したのは、この人が同じ場所で本を読んでいる姿しか私は見たことがないのだ。私が来る前に既に来ているし、私が帰った後に帰っている。表情も変わらず、変わっているのは本だけである。

 それでもこの人と同じ空間で、何も言われずに本を読むのはそれなりに気に入っている。現実に殴り倒された私は人との関わりがそれほど好きではないのだろう。いいや、人と喋る事は女子高生として好きではあるけれど……。

 

 

 

 数時間ほど、本を開いていた私は夕焼けに染まる現実を見て本を閉じた。

 

「……帰る?」

「え? あ、はい」

「……そう。気をつけて」

 

 私が立ち上がったのに反応したのか、犬飼先輩は相変わらず起伏の少ない、一定の声量でそう呟いた。

 果たして世の男達は犬飼先輩のドコを好きになるのだろうか。顔か……それとも胸なのだろうか。

 

「……なに?」

「あ、いえ。それじゃあ、お先です」

「……また明日」

「はい。また明日」

 

 胸に向けていた視線に気付いたのか、首を傾げた犬飼先輩を誤魔化しつつ、私は部室を後にする。

 顎に手を当てて考える。

 

「私なら雰囲気……空気なのかな?」

 

 当然、それは私が世の男だったならの話でもあるので、意味のない答えなのだけれど。

 

 

 

 夕焼けに染まる帰路。伸びる影。

 現実を斜に構えて見ているからと言って、世界が変わる訳じゃない事を私は知っている。だからと言って、変化を求めている訳ではない。

 現実にTKOをキメられた私は平穏が好きだし、変化のない世界がそれなりに好きでもある。

 

 今日のご飯は何だろうか。そんな事を考えながら歩き続け――

 

 

     そして、私は踏み入った。

 

 

 靴底を突き抜けて足の裏から電流を流されたように痺れ、背筋をナメクジでも這っているかのような不快感。

 見上げた空は沢山の色を混ぜたパレットのようで、周りを歩いている人など一切居らず、まるで私だけが世界に存在しているようだった。

 

 

 私は、この世界を知っていた。

 

「大丈夫、大丈夫、大丈夫」

 

 自分を落ち着かせるように三回呟いて、大きく深呼吸を一つする。三年ぶりに私は妄想の世界に取り憑かれた。それだけの話だ。

 無理やり唾液を飲み込んで、細く息を吐き出す。

 大丈夫、大丈夫。

 

「――よしっ」

 

 ローファーは走り難いけれど、走れないという事はない。三年ぶりの『鬼ごっこ』が開始する。

 

 

 

 走り難い。踵からヒリヒリと痛みが伝わってくる。靴擦れだろうか? それでも私は走り続ける。

 鼓膜が小さな音を捉えた。瞬間に私は無理やりブレーキを掛けて、近くの路地へと身を隠した。荒くなっている呼吸のまま、路地から顔を覗かせる。

 

 ソレは"不明瞭"だった。

 黒で塗りつぶされた巨躯。鋭い足が六本。似ているとすれば、蜘蛛。けれど蜘蛛ではない。それだけはハッキリと理解出来る。

 足を器用に動かし、屋根や地面を砕きながら移動するソレを見て、頭の中が真っ白になりそうになる。襲い来る吐き気、震える足。

 数分に感じてしまう程、濃密で重い空気。空気そのものが泥のようにへばり付くような、不快感。たった数秒、その空気を味わい尽くし、ソレはドコかへと向かった。

 

「――ッ、ハァ、ハァ……」

 

 あまり深く考えたくない。アレが一体何なのか、など。詰まった息を吐き出して、吐き気を無理やり飲み込む。靴擦れなど、気にしている余裕は既に無くなってしまった。

 心を埋め尽くす恐怖。勇者ならばこの恐怖すら飲み込んで、アレに立ち向かうのだろうか? 残念ながら私は勇者でもないし、その従者でもない。村人だ、レベル概念もスキル概念もない。

 ダイスを回すか? 否、あんな生物を相対しただけで狂気に陥る。

 頼れるのは三年というブランクを抱えた頭と必死さに欠けた足だけ。それ以外は何も所持していない。

 こんな事ならば文芸部で『化け物の倒し方』というハウツー本でも読んでいればよかった。もしくは安っぽいライトノベルのように『魔術書(グリモワール)』でも借りていればよかった。両方ありはしないけれど。

 大丈夫。まだ心に余裕は残っている。絞りかす程度だけれど、まだ残っている。

 足は痛い。でも、靴擦れは治る。だから、我慢できる。

 

「――よし、行こう」

 

 私は意を決して、路地から出る。

 

 

「ドコニイクノ?」

 

 ゾクリとソレは耳を震わせた。甲高いような、低いような、よくわからない(オト)。きちきちと何かを擦り合わせるような歪な音。生暖かい呼気。

 驚きとほぼ同時に走り出したのは、きっと経験者だったからだろう。それは、間違いじゃなかった。

 

 荒くなる呼吸。痛む足。破裂しそうな程脈打つ心臓。後ろを振り向く余裕は無い、ただ前を見て走るだけ。

 地面を砕く音を鳴らしながら走るソレが私に迫ってくる事はわかっている。だからこそ、私は振り返らなくてもいい。

 逃げる、逃げる。走る。走る。走れ、走れ!

 

 ようやくゴールが見えた。地面に引かれた白光の線。アレを越えれば、私は現実へと戻れる。

 ふと、音が無い事に気付いた。逃げ切れた? 私は首だけを後ろへと振り向かせる。視界に、アレは無かった。

 

 瞬間、私の進行方向から激音が響いた。

 ロードローラーでも空から落としたような、重い物体が地面へと打つかったような。巨体が地面に勢い良く着地したような。

 

「オイツイタァ」

 

 私は、前を向いた。

 ソレは女の顔をしていた。その巨躯はまるで蜘蛛であった。そして、間違い無く、それは不明瞭の塊でもあった。

 尻餅を付く。逃げれない。

 足が震える。逃げれない。

 歯が鳴る。逃げれない。

 不明瞭が鋭い足を持ち上げる。消えてしまう。

 不明瞭が歪な笑みを浮かべる。消えてしまう。

 

 私は怖くて、瞼を強く閉じてしまった。

 痛みはない。存在の消失というのはそういうモノなのだろうか。

 何か、金属を強く打ち付けたような音が響いた。

 そういう音がするモノなのだろうか。

 

 私は、恐る恐る、瞼を上げた。

 黒が流れていた。長く、艶やかな黒い髪が揺れていた。同じ高校の女生徒の制服を着ていた、その人物の手には刀が握られている。

 その刀は不明瞭の足を防いでいる。

 

「……大丈夫?」

「犬飼、先輩?」

「……うん」

 

 その声は知っていた。文芸部の美術品、犬飼玲。けれど、手には本ではなく刀を握り、その細腕は巨大な蜘蛛の足を防いでいる。

 

「……すぐ終わらせるから」

「え?」

「……そこで待ってて」

 

 刀を翻して、足を叩き切った犬飼先輩は刃にへばりついた何かを振り払って、頭を振った。

 ひょこりと頭の上に何かが出てきた。左右に二つ。黒い三角形。スカートから伸びる白い足の間に、もさもさとした黒い何か。

 

「……ふー、楽になった」

 

 首を鳴らすように動かした犬飼先輩は刀を構え、私の視界から消えた。

 そして、不明瞭の首が落とされた。

 呆気なく、一瞬で。

 首があった場所から吹き出る何かの液体は不明瞭の上に居た犬飼先輩と、不明瞭の前に居た私を染め上げていく。

 

 私の意識は白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたそこは知らない天井だった。

 梁と天板のしっかりした、和風な天井。何度か瞬きをして、首を横に動かす。人の大きさ程度の黒い塊があった。

 

「わぁ!?」

「……ん」

 

 黒い塊こと正座をしていた犬飼先輩が顔を上げて私の顔を見る。驚いた私の顔を確認するように見つめて、息を吐き出した。

 

「……よかった」

「えっと……もしかして、どこかで倒れてました?」

「? ……私の目の前で倒れた」

「ああ、なるほど! 部室でって事ですね!」

 

 私は全力で現実――妄想逃避をした!

 

「……違う。異界で倒れた」

 

 しかし回り込まれた!

 現実は厳しいって問題じゃない。つまり、私の妄想は妄想じゃなくて、現実は、えっと?

 混乱していた私を見かねてなのか、犬飼先輩が自身の髪を少しだけ掻き上げる。そこには黒い三角形が左右に二つ。ぴくぴくと動いている。

 

「えっと、偽物、ですよね?」

「……本物」

「さ、触っても?」

「……いい」

 

 すっ、と頭を下げて私の方に近付けた犬飼先輩の頭に――黒い耳に触る。物凄く触り心地がいい。なんだこれ、スゴイ。

 耳を触っていると、バタバタと何かが畳を叩きつけるような音がして、思わずそちらへと視線を向ける。黒くてもさもさしたモノが畳を叩いていた。ソレは犬飼先輩の腰から伸びており、つまり、えっと……頭がパンクしそうです。

 手を離すと、尻尾が停止してしまった。

 

「……もういい?」

「え、ああ、はい。ありがとうございます」

「……そう」

 

 相変わらず平坦な言葉と無表情であるが、尻尾は動いてもいないし、耳はややヘタれてる。

 いや、今は重要な事じゃない。たぶん、いや、重要だけどさ。

 

「その、先輩。説明ってお願い出来るんですか?」

「……わかった」

「お願いします」

「……まず、あなたが記憶してる事は現実で起こったこと」

「ですよね。まさか『鬼ごっこ』だ現実だったとは……」

「? ……あなたが追っていたのは怪異と総称されるモノ」

「妖怪か何かって事ですか?」

「……怪異は怪異」

「なるほど」

 

 さっぱりわかんない。

 いや、今は重要じゃないんだろう。たぶん。

 

「それで、その怪異とやらに襲われていた私を犬飼先輩が助けた、と」

「……格好良かった?」

「え? まあ」

「……好きになった?」

「は?」

 

 ブンブンと振られる尻尾。顔を見れば無表情。信じるべきは尻尾なのか、尻尾も私を騙しに掛かってるのか……。

 

「もしかして、私が襲われて危険になったタイミングで助けに来たとか、ないですよね?」

「…………ない」

 

 顔は無表情。尻尾は途中で制止して、ゆっくりと床にヘタれて足元へと巻かれた。

 

「……ない」

「嘘ですよね?」

「……ごめん」

 

 実に素直な人である。どちらにせよ、助けて貰ったことにはかわらないので、感謝はすれど批難するような事はない。

 

「ありがとうございます、助けてもらって」

「……うん。無事でよかった」

 

 微笑む訳でもなく、相変わらずの無表情だった。

 ただし尻尾は千切れんばかりに振られていた。

 

 

 こうして、現実に殴られた私は現実に受け入れられてしまったのである。





紙折 栞:かみおり しおり
 本編主人公。高校一年生。文芸部。
 足が速いだけの普通の女の子。やや斜に構えている。偏屈というよりは理屈屋。
 『鬼ごっこ(後述』に巻き込まれすぎる少女。正確には餌として優秀な存在。
 走り込む影響でやや赤茶色に焼けた髪を短く切り揃えている(ショート)。胸は慎ましい。


犬飼 玲:いぬかい れい
 本編ヒロイン。高校二年生。文芸部。
 黒髪に鋭い黒瞳。やや冷たさを感じる表情の乏しい美少女。
 俗に言うウェアウルフの家系であり、肉体スペックに特化した存在。武器は刀。
 表情が乏しいだけで、感情はそこそこに豊か。無口だが会話が苦手なだけ。
 犬耳。胸は豊か。


八神 晶:やがみ あきら
 栞の中学時代からの友人。一般人。高校一年生。
 男の様な名前がコンプレックスで恋愛話が好きなだけの少女。バスケ部。普通胸。
 基本的に気さくな少女。やや面倒臭い性格でもある。憎めない。
 恋愛観がやや特殊で「好きだから好き」というのを前提にしているので性別のアレソレを問題としない。




『鬼ごっこ』
 異界に迷い込んだ人がそこから逃げ出す行為。怪異にとっては狩りのようなモノ。命名は栞。
 正式名称は『異界招き』
 人が異界に巻き込まれた場合、異界と現界の境界線があり、そこを越えたら現界へと戻る事ができる。現界に戻れた場合、その人間はその怪異からの『異界招き』に75日巻き込まれなくなる。
 人側から迷い込んだ場合は境界線のルールは適応されるが75日のルールは適応されない。よって残虐性のある野良は『罠』を張る。

『異界』
 人の住む場所を『現界』として怪異達が生息する所。町並みはそのまま。




あとがき
 過去話にある栞さんと今作の栞ちゃんは別人物だから(注意喚起)。 
 贄録の設定をそのままよっこいしょしてる感じです。よっこいしょ? よっこいしょ。
 次章書けたら追加しときますね。あと、誰か私の為に頭のお薬追加しといてください。
 一応、最終の場面までの設定は組み終わってるので……。道中をちゃんと組めれて時間があれば書けます。あとはモチベだな(白目

 連載投稿ですべき、と言ったのは文字数というか構成の問題だったりします。ぶっちゃけ読者諸君にか関係ない事だけれど、個人的な都合です。
 所謂、オープニングにあたる話なのですが、それでも部室を出るまで、起承転結の起承部分で5000字どころか3000字も言ってません。もっと話を練って、どうぞ。
 ということで、連載設定には出来ませんでした。正直な話を言うと、短編詰め合わせの所にぶち込んでるのが楽、という理由もある。

 今回の話を読んで、「あぁ、百合っていいな」と少しでも思った人は『やがて君になる』という漫画を購読すればいいと思います(販促)。
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