感想は読んでいるので……ハイ
ちなみにこの物語に救いはないです。
「姫様! ヴィヴィアナ姫!」
「神父様! ああ、どうして、どうしてこんなことに……!」
「落ち着いてくだされ、ヴィヴィアナ姫! 傷に障りますぞ!」
恰幅のいい神父であった。大らかさを身体にそのまま表現させたような優しい神父であった。
城から逃げ出してきたヴィヴィアナをいち早く拾い、傷の治療をしたのは他ならぬ神父であった。
混乱するヴィヴィアナを宥めて、傷が痛まないように優しく彼女の肩を掴んで、真っ直ぐにヴィヴィアナに視線を合わした。
「よろしいですか。ヴィヴィアナ姫。もう、あの国にはアナタ様しか居られないのです。落ち着いてくだされ。最後の王族として、落ち着いてくだされ……」
「わか、わかったわ……」
焦る気持ちもあった。何もかもを失ったヴィヴィアナにとって、目の前にいる神父は唯一の拠り所であった。
信心深いヴィヴィアナが幼い頃から知り合いである神父。それこそ神に遣える男であった。
誰よりも優しく。小粋なジョークを吐き出し、誠実であった。
震えを抑える為にヴィヴィアナは何度も深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。それでも、感情の波は収まる事はない。
最後の王族として。ただそれだけがヴィヴィアナを落ち着ける為の言葉であった。
王が、父が死んでしまったのだ。他ならぬ最愛の騎士の手によって。
抜き身の剣は忠誠を誓った時の剣であった。赤い雫を落としていた剣は火炎に照り返されて怪しく煌めいていた。
そして、その剣は容易く自分の腕を斬り落とし、ヴィヴィアナは命からがら逃げ出せた。それもこの神父のお陰である。
「落ち着いてくだされ、ヴィヴィアナ姫。お茶を用意致しましょう。それと、シスターも」
「ええ、世話になるわ……」
「よろしいのです。神の思し召しでしょう。アナタには生きる意味があるのです。王が死に、国が滅ぼうとも」
意味があった。生きているのには意味がある。助けてくれた神父がそう言うのだ。神に遣える男が、そう言うのだ。
だからヴィヴィアナにとって、それが全てだったとも言えた。
神父にとって深夜の礼拝は日常とも言える程の習慣であった。
身寄りの無い子供達も、シスターも寝静まる月夜にたった一人で神に祈りを捧げる。どれほど冷たい夜であろうとソレは変わりない。
神を象った石像に跪き、両手を合わせて瞼を下ろす。
古い木製の扉が開いた。神父にとってソレは聞き慣れた教会の扉が開く音に相違ない。そしてこのような時間にやってくる信心深い信者など神父ぐらいな者だ。それは習慣にしている神父がよく知っている事である。
振り向けば、扉に居たのは男であった。暗がりに居てもその姿は何度も見たことのある存在だ。かと言ってこの男が信心深い信者という訳ではない。
「ようやく来たか」
神父は溜め息を吐き出して立ち上がり、男の方へふくよかな身体を向ける。男は動かない。
全く動きもせず、言葉も出さない男をそれほど気にも留めずに口を開く。
「子供が四人だ。いくらになる? おい!」
男は何も語らない。荒い声が教会に響き渡り、その声に驚いたのか男はビクリと動いて、崩れるように倒れた。
そして――彼女は一歩前に出る。
息絶えた男など居ないように気にせず足を進める。スカートの破れたドレスから肌色が見えることも厭わず足を進める。過去では履かなかったような踵の低いブーツがゴトリと重い音を鳴らしながら床を叩く。
「ごきげんよう。神父様」
「――……ヴィヴィアナ、姫」
薔薇のように美しい真紅の髪が月明かりに照らされる。袖には腕が通され、手袋には手が通されている。
神父は息を飲み込んだ。既に生きていないと思っていた。いいや、既にヴィヴィアナの事など忘れていた。
「お久しぶり。確か、そうね、二年ぶりかしら?」
「お、おお。ヴィヴィアナ姫。よもや、いいえ、生きておられるとは……。あの日忽然と姿が消えてしまい、捜索もしたのですが……」
「――……そう。それは苦労を掛けたわね」
静かな教会に甲冑が歩くような、鉄の擦れる音が小さく響く。
神父は足をゆっくりと後ろにずらす。
「それで、何の話だったかしら? 確か、子供が四人でいくら、だったかしら?」
「はて? 何を言っておられるので?」
「あら、子供をこの男に売るつもりだったのでしょう? ――私のように」
神父は即座に身を翻して近づいてきているヴィヴィアナから逃げる。同時にヴィヴィアナの重い足音がテンポを早めていく。
慌てて、乱れる足並みに身体が揺れて長椅子の縁に何度もぶつかりながら走る。神父は近くにある蝋燭立てを投げつける。当たれば痛いどころでは済まないソレをなるべく力を込めて投げつけた。そして神父の思惑通りに蝋燭立てはヴィヴィアナが顔を庇った腕に命中し、神父の予想とは外れた鉄の音が響いた。
「なっ!?」
「残念ね」
神父の腕を掴んだヴィヴィアナが歯を見せて笑う。その笑顔に可憐さはない。あるのは捕食者が獲物を捕まえた愉悦だけだ。
腕に痛みが走る。強烈な圧迫感に襲われ、そして何かをへし折るような音を立てて喉を裂かんばかりに叫び声が神父の口から溢れ出た。
「あーあー、煩いわね。腕が折れただけでしょう。私のように切り飛ばされた訳でなし」
痛みに引き攣りながらも神父は自衛の為に所持していたナイフを掴み、ヴィヴィアナへとその切っ先を振り下ろした。
けれど刃は容易く止められる。刃を直接握ったにも関わらず、ヴィヴィアナは相変わらず嗤いを浮かべて神父を見やる。
「こんな物まで隠していたのね。危ないわ」
「ど、どうして――」
神父の疑問など余所にヴィヴィアナは腕に力を込める。
あっさりと、容易く、まるで薄い硝子細工の如く、鉄の刃は砕け散った。
へたり込む神父を見下しながらヴィヴィアナは笑う。尻もちをついて、後退りも出来ない滑稽な存在を――自身の恨みの対象に嗤う。
種明かしと言わんばかりに指先を噛んで白い手袋を外していく。
それは――鈍色であった。
騎士の甲冑よりも暗く、鉄の刃よりも黒く、けれどソレは光を返す。
動かす度に金属同士が擦れあい音を鳴らす。僅かばかり甲高い音もヴィヴィアナの腕から響いた。
「素敵でしょう。アナタ達を殺す為の腕。殺す為だけの腕」
腕を月明かりに掲げながらうっとりと呟いた。
異端である。鉄の腕など聖書の中に存在する悪魔とて思いつかない。復讐の為に異物を身体に取り付けるなど――。
「化け物……」
「――化け物? この私が!?」
握られた拳が容易く長椅子を粉砕する。ヴィヴィアナに痛みなどない。もはやその腕は痛みなど感じなくなった。
「化け物はお前だろう!! 子供を! 私を! 金に変えて!! その贅肉に変えたのは! お前だろう!!」
「あがっ、ぐぅっ」
ヴィヴィアナの腕が神父の豚のように蓄えられた腹肉を掴む。神父が痛みに顔を歪める。
喰い込んでいた指を放し、僅かに手を払って汚れを飛ばす。
腹を抱いて呻く神父を見下し、ヴィヴィアナはその頭を掴み上げる。神父の鼓膜を内側から揺らすような何かに罅が入る音がする。
「や、やめろ! 助けて、助けてくれ!」
「――……そう言った私をアナタはどうしたのかしら?」
「すまない! ヴィヴィアナ姫を国外に逃がすためには仕方なかっ――」
「豚の声は耳障りね。さようなら。私に神を教えてくれた人。
さようなら、クソ野郎」
何かが潰れる音がした。
信じるべき神に縋るようにずり落ちていく頭の無い神父服の肉の塊。赤い化粧をする女神と同じ色の化粧を顔いっぱいに付けたヴィヴィアナ。
数秒程、女神像を見上げたヴィヴィアナは瞼を閉じて小さく息を吐き出した。
「さようなら、神様。素敵な化粧よ。アナタにはお似合いだわ」