埃の匂いが鼻を突く。鼻元を手で覆い隠して何度か咳き込む。
「大丈夫?」
彼が私に声を掛ける。これだけ埃だらけだと言うのに、彼はまるで何も無い様に私に語りかけた。
問題ない、と言わんばかりに肩に提げたケースをしっかりと持ち直す。その様子に彼は微笑んで私を先導していく。
瓦礫の山。廃墟の一つ。コンクリートの残骸から鉄骨が飛び出ている。私が歩いた後にはしっかりと私の足跡が埃を押し退けて残っている。
息を吐き出せば白い息が溢れて、空気に紛れる。歯を食いしばり、僅かに震える事で寒さを軽減していく。なんだっけか、
「シバリング?」
そう、シバリングだ。
へらりと私の問いに応えた彼を恨めしげに睨んで見せる。チクショウめ、なんでコイツはこんなに寒いのに息すら白くならないんだ。
白い息を大きく吐き出して私はゆっくりと足を進める。恨んだ所でなにが出来る訳でもないし、私が温かくなる訳でもない。
今は黙ってこの廃墟を少し登らなくてはいけない。
何段目かなんて数える気にもならない階段を上り、地上から離れた七階の一室。
錆びと埃だらけの扉を蹴破り、ようやく眉間を寄せる。もう慣れたと思った埃の匂いがより強く私の鼻を突き刺す。
チクショウめ。今日の運勢はきっと最下位の一つ上ぐらいだ。
「最下位じゃないんだね」
最下位ってのは上がるだけだ。それに比べて私はまだ下がる余地があるんだ。悪くても最下位の一つ上が妥当だ。
埃も気にせずに、靴すら脱がずに私は部屋の中へと進入する。少なくとも人なんて物はココには存在していない。あるのは埃塗れの熊のぬいぐるみと割れた写真立て、割れた食器達の絨毯ぐらいだ。
さぞかしアノ布団で眠れば数日眠っていない私は心地よい眠りにつく事が出来るだろう。
「寝るの?」
馬鹿言え、埃だらけの布団で眠る訳がないだろう。まだ酒でも飲んで、家にある硬いベッドで眠っている方がマシだね。
ポケットの中に入ってるタバコを取り出して、残り少ない数から更に一本減らす。
口に咥えながら手探りでライターを探し、探して……
「胸ポケット」
ああ、そうだ。うん。ありがとう。
胸ポケットに入っているライターを手に取りタバコに火を灯す。大きく吸い込んで、ゆっくりと、細く吐き出す。埃だらけの空気に紫煙の香りが漂い、やっぱり埃の匂いにかき消された。
ソレをボンヤリと眺めながら、腕時計を確認する。
「時間は?」
少しだけ余裕はあるさ。それまでは休憩と準備だ。準備は、万端に。だ。
お前が何度も言っていた事だから、もう言わなくても問題ないぞ。あー、クスクスと笑うんじゃぁない。
タバコの先を指で潰して、床へと弾き落とす。
ケースを床に置いて開けば、ソコには相棒がいる。
分解されたソレを手早く元の姿へと戻していく。スコープを付けて、元の姿へと戻った相棒。
下腹部に弾倉を押し込んで、抱き寄せる。今日も頼むぜ、相棒。
静かに瞼を上げる。
バイポッドを広げて、地面に寝そべる。しっかりと肩にストックを押し付けてスコープを覗く。歪んだ視界を調整して、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
トリガーには指を掛けず、持て余した指が私の意志とは無関係にピクリと何度も痙攣している。
「さあ、来たよ」
ああ、見えたさ。
歩く的達を視界に入れて、全員を確認する。目的の的と残りの的。スコープを覗きながらケースの中から手探りでマガジンをもう一つ取り出す。
「大丈夫」
何も問題は、無い。全部私の獲物だ。
全部、私だけの獲物だ。
目的の的、その頭に照準を合わせる。
グッバイ、アンラッキーズ。私よりも不運な最下位達。
呼吸を止めて、震えを止める。トリガーに指を掛けて、ゆっくりと絞った。
銃口から吐き出された7.62mmの弾丸が音速を越えて的へと命中した。
息を吐き出すこともせずに次弾を装填し、次の的へと狙いを変える。
何も変わる事は無い。狙い、トリガーを引き絞ればいい。後は銃弾が勝手に仕事をしてくれる。
しっかりと、的を一つ一つ打ち抜ききった私はようやく顔を上げる。私だけしかいない、汚れた部屋。
私は苦笑して、服に付いた埃を払う。男の視線を奪う胸もこの時ばかりはクッションの代わりになる。
そんな事を思いながら、私は相棒を片付けてケースを持ち上げる。吸殻を拾い上げて、口に咥える。
少しだけ舌に苦味を感じたがソレを無視して、再度火を灯す。
彼からはいい顔をされなかったけれど、コレが性分なのだから仕方ない。
まあ、もう何も言われないけれど。
登場人物紹介
私
女スナイパー。それなりにおっぱいも大きい
喫煙者で飲酒もする。
軍靴にカーゴパンツ。ショートカットな長身女。
世界観は適当。
設定としてあげるなら、終わった戦争を蒸し返そうとしているレジスタンスとソレと戦う国の世界。