風の洞窟はカットで。剣と戦うというのもわけがわからないですしおすし。
俺達はビクトールさんが三年前にネクロードを倒したという剣、星辰剣を取る為、必死で馬を走らせた。そして、風の洞窟と呼ばれる場所で何とか無事に星辰剣を得ることができた。……まさか人のように喋れる剣があるなんて。真の紋章である“夜の紋章”の生まれ変わりだという話だった。なんだか凄い話だ。意外と真の紋章ってそこら中にほいほいあるものなんだな。
「それでは、ネクロードの元に参りましょうか」
この人はカーンさん。ベレー帽にコート、頑丈そうなブーツ、全てが黒ずくめの男性だ。星辰剣を隠していた(実際は放り出したらしい。ビクトールさん……)風の洞窟で出会ったバンパイアハンターだ。マリィ家という家の人で、曽祖父の妻がネクロードにさらわれた時から因縁があるらしい。以来マリィ家はバンパイアハンターになったのだとか。そして祖父も父もネクロードに殺されたらしい。ネクロードを倒す為に星辰剣とビクトールさんに辿り着き、洞窟で星辰剣を取りに来るであろうビクトールさんを待ち受けていたというわけだ。俺達は四人になったパーティーでノースウィンドゥへ逆戻りした。一度逃げた場所に戻る。それは、もう逃げずに立ち向かうということでもあった。戦うと、決めたのだ。
「偉そうに、この野郎」
「私は偉いのだ。あまり言葉が過ぎるようだと協力してやらんぞ」
ビクトールさんが星辰剣と話している。ネクロードを倒す為なんだから仲良くしてもらいたい。
「お前のぼやきを聞いてると頭が痛くなんだよ!」
……やれやれ。
§
「ネクロードは“現し身の秘法”によって分身を作り出します。以前貴方が倒したのはそれだったのですよ。本体を葬らないと意味はありません」
「ふん、吸血鬼め。姑息な手を。まあいい、そういうことなら協力してやらんこともない」
「吸血鬼退治だ。ぬかるなよ星辰剣」
「まずはネクロードのところまで行きましょう。奴を封じる方法は任せて下さい」
そんな会話をしつつ、ノースウィンドゥの城を進む。細かい仕掛けがあるけど、まあ何とか突破した。ビクトールさん曰く、前もこういう仕掛けを城に施していたらしい。階段を上って礼拝堂に入ると、そこにネクロードがいた。
「くくく、お待ちしておりましたよ」
「ネクロード! 今日こそお前の最後だ!」
闇に溶け込み、奴は笑った。
「マリィ家のぼっちゃんも一緒とは、手間が省けますね」
不敵な笑みを浮かべたままのネクロード、これは何かあるぞ――。
「い~いものをお見せしましょう。ほらっ!」
被せられていたマントを払うと、そこから一人の女性が。青いワンピースに白のブラウス、長い髪を緑色のスカーフでまとめている。年齢は二十歳そこそこに見えた。
「ビクトール……助けて……」
「な……く、そ……どうして……」
悔しげな表情をするビクトールさん。知り合いを蘇らせたのか!?
「くっくっくっ。どうです、ビクトール? 確かディジーという名前のこの女性を助けたければ、星辰剣を渡しなさい」
「貴様っ!」
カーンさんが叫ぶ。ネクロードはその鋭い爪をディジーさんの首筋に当てた。
「ビクトール……」
こちらにすがるような視線を向ける。俺達は動けなかった。ビクトールさんの行動を待つしかない。すると、彼は一歩前に出た。
「ビクトール、早まるな! 星辰剣を手放しては……!」
カーンさんが焦った声を上げる。
「……あれから長い時が経った。今となっては古い記憶だ」
述懐するビクトールさん。
「だけどなぁ、忘れられないものもある。ディジーはあの夜に死んだ。俺がこの手で墓に埋めたんだ!」
ビクトールさんは、なんと星辰剣でディジーさんの首を断ち切った。彼女の首がごろんと床に転がった。
「一度死んだ人間が蘇るもんかよ! こんなくだらねえ感傷に惑わされるほど、このビクトール様は青臭くないんだよ!」
そうしてディジーさんは煙のように消えた。やはり幻だったらしい。幻だとして、こんな風に斬り捨てることができるなんて。ビクトールさんだって辛いだろうに、それを押し殺して剣を振るったんだ。
「覚悟しろ! ネクロード!」
「お、おのれぇ。ビクトール」
意気込むビクトールさん。俺達三人も前にでる。こんなことをする奴を許しちゃいけない。すると、奴はマントをひらめかせて逃げ出した。
「貴方達に付き合ってはいられません。それではまたお会いしましょう」
「待ちやがれ、てめえ!」
追いすがる俺達に、奴のしもべが襲いかかってきた! 四本の足に五つの顔した四足歩行の魔物。なんて気持ち悪い敵なんだ。
ビクトールさんの星辰剣を軸に攻める。俺とフリードさん、破魔の紋章というアンデッドに効果がある紋章を宿したカーンさんはそのサポートをした。
「輝く光!!」
輝く盾の紋章、その攻撃魔法を放つ。光が奴を退ける。
「――破魔!」
カーンさんの破魔魔法も有効だ。敵はそれで弱った。だが、紫の光を飛ばして俺達を攻撃してくる。
「ぐっくそぉっ」
「リ、リオウ君、回復を!」
「わかりました。――戦いの誓い!」
攻撃を受けたら即回復だ。身体能力を向上させる効果もある戦いの誓いで回復する。ビクトールさんと俺、カーンさんが強化された。強化されるかどうかは運次第なのだ。フリードさんは強化されなかった。
「よっしゃ、力がみなぎるぜ。おおおっ!」
ビクトールさんの剣が奴を切り裂く。
「小言!」
……効果があるからいいけど、「小言」という魔法はどうなんだろう。まあいいけど。奴は近づいて俺達を押し潰そうとしてきた。慌てて回避する。
「食らうか!」
トンファーで攻撃。横薙ぎに打ちつける。
「とどめだ!」
俺達の集中攻撃、そしてとどめの星辰剣で奴はその巨体を消した。しかし――
「ちくしょう! 奴を逃がした!!! ちくしょう! ちくしょう!」
ネクロードにはまんまと逃げられた。悔しがるビクトールさん。なだめる言葉が思いつかない。フリードさんは冷静に言葉を発した。
「……とにかく、行方不明事件の理由が判明しましたし、犯人のネクロードは逃げていきました。サウスウィンドゥに戻って報告を」
「戻りましょう、ビクトールさん」
「…………そうだな」
もと来た道を引き返し、城を下に降りる。城を出たらカーンさんが離脱した。
「私はネクロードの後を追跡します。奴の居場所がわかったら知らせますよ」
「ああ、頼むぜ」
見送る俺達三人。そして村の外に出ようとしたら、そこに大勢の人々がやって来た。先頭にいるのはティルさん、グレミオさん、テッドさん。そして後ろにはアナベルさんとジェスさん、ナナミ、旅芸人の三人。そして肌が黒く、青色の軍服と銀の胸当てをつけた軍人、確かミューズ市軍のハウザーさんだったか。
「皆、どうして……まさか」
言いながらも気づいていた。ティルさんとアナベルさんが大勢の人を連れてここに来る。その理由は一つしかない。
「サウスウィンドゥが……」
§
「サウスウィンドゥがハイランドの手に落ちた……」
アナベルさんはビクトール達に別れた後の経緯を説明した。ソロン・ジーを尖兵としたハイランドの軍がサウスウィンドゥを急襲した。勝ち目のない戦いと悟り、グランマイヤー市長が全面降伏したこと。そして……。
「グランマイヤー様はご無事なのですか!?」
副官のフリードが聞く。
「その日の夕方に、城門で市長の首が吊るされた」
「――!! グ、グランマイヤー様が……そんな」
フリードは自分がいない間に市長が殺されて、ショックを受けた。僕も落ち込んでいた。助けられなかった。あの大軍に、僕は逃げることしかできなかった。
「とりあえず、せっかくお城があるんです。中で話しませんか?」
そう言ってみなを城の中へ。兵士や民間人は外の村で休んでもらう。落ち着かない場所だろうが贅沢は言っていられない。ビクトールとリオウ達はネクロードのことを語った。若い女性がさらわれていたのは奴の仕業で、倒す為の剣を手に入れたが、倒す寸前で逃げられたことを。
「ちょうどいいからこの城を拠点にしよう。ハイランドと戦うなら、器が必要になる」
「ここをか……?」
さすがに荒廃しすぎじゃないかとビクトール。
「トラン城だって元は廃墟だったじゃないか。人が住んで手入れをすれば立派な城になるよ」
「とにかく、ハイランドに対抗する対策を練らねば」
と言うアナベルさん。そしてみなに具体的な状況や先の展開を話すアップル。ちなみに仲間達は逃げる中でなんとか合流できた。死ぬ人がいなくて良かったよ。戦死とか冗談じゃない。
「ハイランドはクスクス、サウスウィンドゥを落としました。次の目的地は東にあるラダトだと思われます。しかし安心はできません。反乱を防ごうと、ハイランドはミューズとサウスウィンドゥの残党を狩りつくすでしょう。一万を超える兵数に、傘下に入れたサウスウィンドゥの兵七千が加わります。……ここに手が伸びてくるのも時間の問題でしょう」
言葉を失う一同。ハイランドの兵数は二万に膨れ上がった。それがノースウィンドゥにやってくる――。もう都市同盟は敗北寸前、土俵ぎわだった。
「どうすりゃいいんだ……。なあ、皆、何かいい案の一つもねえか?」
さすがのビクトールも展望を見出せないようだった。さて、確かここではリオウの選択がある場面だ。彼が言い出すのを待つべきか?
だが、リオウは沈黙したままだった。何かを考えているのか、それとも絶望しているのか。
(仕方ない)
自分が口火を切ることにした。
「勝ち目はあるよ」
僕の言葉に、全員の視線が集まる。
「少数の兵で大軍を倒す。昔さんざんやったことだ。決して勝つのは不可能じゃない。その為の策があれば、軍師さえいれば、逆転の目はある」
そうすると、今度は軍師アップルに視線が移る。
「アップルに任せるってのか? ……こう言いたかぁねえがそれは……」
「私……私では、力不足です」
「だけどこの状況を打開できる人間に、一人心当たりがある。その人はラダトにいるはずだ」
「ラダト……ティル、もしかして知っているの?」
「ああ」
僕とアップルのやりとりに焦れたアナベルさんが聞く。
「二人で話してないで説明してくれ」
僕はアップル、任せた。とばかりに手のひらを上向きにして差し出す。
「ラダトの街に、シュウという人がいるのです。その人は私と同じマッシュ先生の弟子で、わけあって破門されましたが、軍師としての能力は一級品です。シュウ兄さんなら、この不利な状況を何とかする策が立てられるはずです」
「優秀な、軍師、か……そいつに賭けるしかねえってこったな。やるしか、ねえな」
落ち込んではいられない、とビクトールはがしがしと頭をかきながら顔を上げた。
「ここで、王国軍を止めないと、都市同盟は終わりだ。だけどここで勝てば、勢いを止められる。まだ、対抗できる」
アナベルさんが希望を口にする。
「アップル、シュウさんは任せる。僕達はここで戦の準備を整えるから、急いで連れてきて欲しい」
「わかったわ」
その言葉で全員が動き出す。僕とビクトールは村の外に出て兵士に声をかける。サウスウィンドゥを出る時に合流したミューズ市軍指揮官ハウザーも、元ミューズ兵を統率しようと外へ。バーバラおばさんはリキマルやツァイ、ボルガンなどと一緒に城壁の修繕について打ち合わせを。僕はリオウにも声をかけた。
「リオウ、フリード。悪いけど、アップルと一緒にラダトに行ってくれないかい?」
「俺が、ですか」
疑問の声。
「シュウって人を仲間にする。これが最後の生命線だ。君にはアップルを助けて欲しい。君にならそれができるから」
フリードはラダトの街に妻がいるのだ。是非同行して案内を頼みたい。
「俺が……俺に、できるんでしょうか?」
「君になら、というより君にしかできない役目があるんだ。僕の予想だけど、君の存在とシュウさんが希望の種だと思っている。たとえ断られても諦めずに説得して欲しい」
誠意を尽くせば、きっとシュウは仲間になってくれるはずだ、と言っておく。ここでリオウとシュウが化学変化を起こさなければ全ては終わるだろう。
「リオウが行くなら私も!」
ナナミが言い出したので、四人で馬を飛ばしてもらう。さあ、戦だ!
§
俺達はラダトの街にやってきた。確かこの街にはトトとリューベの村人が避難しているはず。ピリカちゃんやマークスさんと会えるだろうか。……そんなことをしている暇はないか。ノースウィンドゥには今にも王国軍が迫っているんだ。
「あ」
「ん? 何、リオウ」
「ピリカちゃんに頼まれたお守り、ジョウイが持ったままだ」
「あ」
そんなことがありつつも、フリードさんの案内でシュウさんという人のところへ。それにしても、
『君になら、というより君にしかできない役目があるんだ。僕の予想だけど、君の存在とシュウさんが希望の種だと思っている。たとえ断られても諦めずに説得して欲しい』
俺にしかできない役目とはなんだろう。俺の存在が希望の種、というのもわからない。ティルさんには他にも言われたことがあるけど、どういう意味があるのか不可解だった。だけどとりあえずシュウさんという人を説得しよう。
「ここか……凄い豪邸ですね」
周囲を高い土塀に囲まれて、庭には蔵が三つも並んでいる。使用人の数も多そうだ。大勢の声がする。
「さあ、行きましょう」
使用人に取次ぎを頼んで広間に通される。やがて扉が開き、一人の男性が俺達の前に現れた。
「久しぶりだな、アップル」
「シュウ兄さん」
肩から腕にかけては黒く、それ以外は白い色のコートを羽織っている。白と青で染められたシャツを中に着込み、立ち姿は秀麗という言葉が似合う、背の高い人だった。
「用件はわかっているが、一応尋ねよう。ミューズの傭兵隊については聞いている」
まるで話をするのは無駄だと言わんばかりの態度だった。
「シュウ兄さん。私達に力を貸して下さい。兄さんの力があればハイランドのルカ・ブライトを止められます。このままではあの男によって大勢の人が苦しむことになるでしょう」
「わかっているさ。ルカという男、この世を呪っている。少なくとも都市同盟を滅ぼすまでは戦いをやめんだろう」
「だから、兄さんに都市同盟の軍師になって欲しくて来ました」
「それはできん」
懸命なアップルさんの願いにも、シュウさんは冷たい態度だった。
「何故ですか? ルカの行動は兄さんだって知っているでしょう。黙って見過ごすのですか?」
「そうだ。どの国が滅びようと俺には関係ない。俺は今、交易商人として活動している。情報に通じて先読みする力さえあれば、これほど儲かる商売はない。戦に乗じて儲けることだってできる」
戦を利用して金を儲ける。わからない思考ではない。だが実際に口に出されると非情な響きを持っていた。
「そ、そんな……兄さん。見損ないました! 貴方はマッシュ先生の下で何を学んだんですか」
「俺は破門された身。さあ、用は終わっただろう。帰ってくれ」
シュウさんはそう言い捨てると、冷たい靴音を鳴らして広間から出ていった。
………………………………。
食器が立てる音と人のざわめきが支配する食堂で、俺達はため息をついていた。
「どうすれば……」
アップルさんは物憂げに考えていて、食事が進んでいない。あの後、フリードさんからの提案で、街の食堂(酒場)で一息入れようとなったのだ。
「アップルさん、あの人はどうしてそのマッシュ先生という方から破門されたんですか?」
疑問だったので聞いてみる。
「そうね……話しておきましょう」
マッシュという軍師の下で学んだ二人だったが、次第にシュウさんは戦には勝てればそれで良い、という考えになったらしい。敵でも味方でも被害を最小限に抑えるべき、というマッシュ先生の教えと対立したシュウさんは、やがて破門を言い渡されたという。
そんな話をしていると、食堂の入口からシュウさんが入ってきた。
「アップル……まだいたのか。そろそろこの町にもハイランドの手が伸びる頃だぞ」
「わかっています。けど、私はシュウ兄さんが協力してくれるまで帰りません」
アップルさんはシュウさんの前に進み出た。真っ直ぐにシュウさんを見つめる。その視線に耐えかねたように目をそらすシュウさん。……これなら、まだ望みはありそうだ。彼はアップルさんの願いを完全に切り捨てているわけじゃない。そう思った。
「それで、どうするのだ? 土下座でもして頼むというのか?」
その言葉に、アップルさんは静かに膝を折り、丁寧に額を地面につけた。
「あ、アップルちゃん!」
ナナミが声を上げる。
「こんなことでいいなら……私は進んで頭を下げます。お願いですシュウ兄さん。私達と一緒に戦って下さい」
驚いた。アップルさんは毅然としてプライドの高い人だと思っていた。だが今は床に土下座している。本気なのだということがわかった。
『誠意を尽くせば、きっと仲間になってくれるはず』
ティルさんの言葉が頭をよぎる。俺は素早くアップルさんの隣に並ぶと一緒に土下座した。
「シュウさん。お願いします。俺達は貴方の力を必要としているんです。このままでは都市同盟だけでなく世界中でハイランドが暴虐の限りを尽くすでしょう。それを止めたいんです」
もう、俺には諦めるという選択肢はなかった。戦うと決めた。そして、もう逃げない。逃げられない。世界の果てまで逃げることなどできはしないのだから……。
「くっ……。アップル、お前にはマッシュ先生に教えを受けたプライドがないのか。そんな真似をして……」
「大勢の人が見ている前で、こんなこと、恥ずかしいに決まっています。でも今は、必要ならば、私のちっぽけなプライドなんて捨てられます。それが、私がマッシュ先生に教えられたことです」
必死の願いにもかかわらず、シュウさんはやがて、帰るぞ、と言ってその場から去った。説得は、通じなかったのだ。だが俺には、シュウさんにはまだアップルさんや世界を思う気持ちが残っているように感じた。
「ごめんなさい、リオウ君。貴方まで……」
「俺は俺にできることをしただけです」
このままじゃ大勢の人が殺され、たくさんの努力が無駄になるかもしれない。俺は少しでもそれに抵抗したかった。光明があるなら、それを掴みたかった。
「もう、リオウってば」
ナナミが膝と額についた汚れを払ってくれる。
「しかしどうしましょう。あの様子ではもう会ってくれないのでは……。何か方法があればいいのですが」
フリードさんが悔しげに呟く。
「困っているみたいだな」
そんな俺達に声がかけられた。くしゃくしゃの黒髪に無精髭。ピンクのシャツ、暗緑色のコートに身を包んだ小柄な男性だった。手指でコインをピンッと弾いている。
「あなたは……?」
「俺はラダトの街に名を轟かす凄腕の探偵、リッチモンドさ」
この人が……俺はまたティルさんの言葉を思い出していた。ラダトには凄腕の探偵がいるから、困ったら相談してみるといい、と言われていた。
「どうだい? 俺を雇う気はないかい? そうしたらシュウの旦那を調べて、会えるようにセッティングしてやるよ。お代は千五百ポッチでどうだい?」
俺達は少し迷ったが、他に方法もないのでリッチモンドさんを頼ることにした。
「お願いします」
前金でお金を支払う。かなりの出費だ。普通ならこれで半年は生活できるよ。
「仕事は常にパーフェクト。それが俺さ。情報が入ったらすぐさま知らせるから、あんたらは枕を高くして休んでな。宿屋、トラン亭でな」
そう言って食堂から出て行くリッチモンドさん。本当に大丈夫なんだろうか?
§
翌日の夕方。俺達は街の東にある川、そこに架けられた橋の上にいた。リッチモンドさんはその日のうちに調べてくれたらしく、早朝に俺達の宿であるトラン亭へ来て情報を語ってくれた。曰く、
「シュウの旦那は、あんたらと会った後、外出の予定をキャンセルしたようだな。だが、今日の夕刻、船着場で大事な取引がある。それにはさすがに出向かなきゃならないから、東にある橋の上で待ち伏せれば、会うことができるだろうさ」
そしてその通りに、彼は来た。
「シュウ兄さん!」
アップルさんを先頭に駆け寄る。最後の頼みだ。
「アップル、話はもうすんだはずだ」
「いいえ、私は最後まで諦めません」
強く言い放つアップルさん。
「アップル、よく聞け。傭兵砦が陥落した時、お前の判断ミスで何人の兵がその命を落とした? お前にはそれがわかっているのか」
「……」
兵の、命……俺はあの砦が落ちたのを全てアップルさんのせいだとは思っていないが、軍師というのはそういう職責を背負うものということか。
「答えられないだろう。ではもう一つ聞くぞ。その戦いで仮に傭兵隊が勝利したとしたら、それもまた多くの敵兵の命を奪うことになる。お前はその重さに耐えられるのか? 戦で軍師をやるという重さに……」
「じゃあ……シュウ兄さんが戦いを避けているのは……」
「戦では、勝っても負けても多くの命が失われる。一人の兵士には家族もいる。自分の采配で、その『たった一人の代わりなんてない命』が失われる。大勢な。俺はそんな重さを背負うのはごめんだ」
命の重さ……俺達は彼にそれを背負えと強要しているようなものか。それは確かに簡単には頷けないだろうな。
「シュウ兄さん……私も、戦うのは辛い……。戦災孤児の私だからこそ、戦の辛さ、悲しさは知っているつもりです。自分が戦いに参加するのも本当は嫌です。でも、このまま放っておけば、ハイランド軍は罪のない人の命を容赦なく奪う。私はそれを止めたい。兄さんの力が、兄さんこそが今必要なんです」
それでもアップルさんは説得を続けた。アップルさんは軍師だ。一緒にその重さを背負うつもりなのだろう。
俺は……俺も軍人だった。今は半分傭兵のようなものだ。その俺にできることなんてあるのか?
「アップル……」
シュウさんは何を思ったか、懐から銀色に輝くコインを取り出した。
「………………これは、南方の群島諸国で流通している銀貨だ」
シュウさんはそう言うと、橋の上から川に向かって銀貨を放り投げた……? 待て、今……。
「兄さん、何を……」
「あれを拾ってこられたら、お前の望む通りにしてやる。だが見つけられなければ諦めろ」
俺達三人は呆然と川を見た。川幅は街の大通りくらいある。流れはそれほどでもないが、川底に潜ってしまったら……。それにこの寒さの中で探せなんて。
「兄さん、その約束、本当ですね」
アップルさんは決して折れない。
「見つけられれば、な」
シュウさんは街へと戻っていってしまった。
「水門……水門を閉めてもらわなきゃいけないわね」
アップルさんは冷静にそう言った。そして水門を管理しているであろう人間のところに行く。
「はぁー? 水門を閉めろだぁ? 何言ってんだ!?」
当然、そうなる。無茶なお願いだ。
「お願いします。どうしても必要なことなんです」
慌てて俺もお願いする。
「お嬢さん、ぶっとばされたくはねぇだろ? さっさと帰りな」
「ぶっとばしてくれても構いません。水門を……」
「ア、アップルちゃん、やめようよぉ」
と、
「もめごとかい? ギンさん」
「あ、アマダの兄さん。こいつらが……」
「なんだなんだぁ。水門を閉める? 突拍子もないことを言うなぁ姉ちゃん」
一人のいかつい男が出てきた。いかにも船頭という言葉が似合う姿だ。ふんどしをきゅっと締めている。
「こっちも仕事としてやってるんでね、人の命に関わるようなことじゃなきゃあ閉められねえよ」
「それなら、大勢の人が死ぬかもしれないことなんです。ハイランドに対抗する、都市同盟の大勢の命がかかっているんです。お願いします!」
アップルさんは必死に頭を下げる。
「ふーーん。俺ぁ群島諸国の生まれだからね。この国での人死ににはあんまりピンとこねえんだ。しかしそうだなぁ。そこまで言うなら俺と勝負しな。坊主でもそこのあんちゃんでもいい、俺と戦って勝てたら水門を閉めてやるよ」
!? ……それなら、話が早い。
「俺がやります!」
「リ、リオウ君、私が……」
「俺がやりたいんです」
フリードさんが申し出てくれたが、俺は自分が戦うことを選んだ。俺にしかできないこと――ティルさんの言葉が耳に響いていた。
「リオウ君、そんな」
止めるアップルさんに、
「頭を使うのが軍師の仕事なら、戦うのが兵士の仕事です。任せて下さい」
と言って納得させた。
「よっしゃ! それならやるぞぉ!」
その男、アマダさんと俺は戦うことになった。
「おおおっ!」
「よぉっ!」
アマダさんは船の櫂を武器にして振り回してきた。左のトンファーで受け、右の一撃!
「おお、やるなあ。だがもういっちょう!」
だが、なんとアマダさんは確かに急所に当たったはずの攻撃に耐えた。耐久力のあるタイプか。なら――。
「おぉおおおお!!」
俺は向こうの攻撃に対する防御を捨てて、両手のトンファーを連打した。連撃で押し切る! 気絶しないなら地面に倒してしまえばいい。
「んん、がぁっ!」
アマダさんがトンファーを受けながら両手で握った櫂を頭上高く振り上げ、一気に振り下ろしてきた!
負けられない、負けてたまるか!
俺はアマダさんの強力な一撃に、しかし前に踏み出した。立ち向かうんだ! 右手のトンファーの根元で顔をぶん殴る。
ばきぃっと派手な音がして、櫂が折れた。俺の頭に当たって。俺は意地だけでその場に立ち続けた。アマダさんは――。
「おぉー。いちちち、やるなぁ坊主」
そんなことを言いながら、地面に尻餅をついていた。
「ぐっ、かっ。ぁあ、お、俺の……勝ち、ですね」
「へへぇ。俺の全力を頭に食らっておいて耐えるたぁな。やるじゃねえの。男はそうでなきゃいけねえ」
アマダさんは笑うと、なんでもない風にひょいと立ち上がった(どんだけ頑丈なんだ)。そして水門の方に歩く。
「よう、水門を閉めてくれや。俺が責任をもつからよぉ」
……やった。だがまだやることが残っている。川底に落ちた銀貨を拾うのだ。俺は少しばかり血を流す頭で次にやる大変な作業を考えていた。
……………………………………。
俺達四人は銀貨を探すべく川に入った。水門が閉まったので水位は下がっている。しかし、銀貨はたやすく見つかってはくれなかった。……いや、俺の見たものが本当なら、あの銀貨は……。………………しばらく考えたが、ティルさんの誠意を尽くせば、という言葉で考え直した。今は捜索に力を注ぐ。
「寒いよー。冷たいよー」
ナナミが弱音を吐く。
「辛いなら、貴方達は先に宿に戻っても構いませんよ」
「アップルさんは?」
「私は、最後まで探します。シュウ兄さんが投げた銀貨を」
そんなアップルさんを放っておくことなどできなかった。俺は冷たい川に入って必死に銀貨を探した。体がかじかむ。夜が更け、月が出ても銀貨は見つからなかった。寒さが身を貫く。何度も投げ出したくなった。だがその度にノースウィンドゥにいる皆を思い出し、気を奮い立たせた。
「ねえねえ、もうやめようよ。見つかりっこないよ」
ナナミが根を上げた。
「見つかるはずないんだよ。だって、私見たんだもん!」
ナナミも見えていたのか。
「何をですか?」
と、こちらは気づいていないアップルさん。
「シュウさんが銀貨を投げる時のこと! あの人、投げる途中で銀貨を小石にすり替えたんだよ。早かったから、ハッキリとはわからなかったけど……」
そう、俺もそれには気づいていた。だが、今はシュウさんに自分達の誠意を見せるべき時だと思ったのだ。俺達が必死で探している姿を、見せるのだと。俺達が早々に諦めてしまえば、彼も俺達に協力してくれないだろう。そう思ったから。打算の誠意。なんだか俺はこんなことばかりだな。
「……ごめんなさい、ナナミちゃん。それでも私は探したい。シュウ兄さんを信じて……。貴方は上がりなさい。付き合うことないわ」
「ううー」
そう言われても一人だけ上がるなんて気まずいよな。フリードさんは今の会話に少し呆然としている。
「何をやっているんだ」
と、声がかかった。シュウさんだ。川べりにその長身を立たせている。やはり、俺達を試したのだろうか?
「冷たい川の中に、まだいたのか。何故諦めない?」
「兄さんの力を借りたいからです。まだ見つかってはいませんが、必ず見つけてシュウ兄さんのところへ持っていきます」
ざぶざぶと水を掻き分けて探すアップルさん。その時だった。俺がかき回していた水の中に、革手袋越しに固い物が触れた。取りこぼさないようにそっと持ち上げる。
手を、ゆっくりと持ち上げた。その手の中には、あの銀貨があった。それはまるで、最後に残った希望の光のようだった。
「あった……」
俺の呟きが響く。全員が気づいて近寄ってきた。
「リオウ君!」
「やった。やったー」
「やりましたね、リオウ君!」
三人が喜びの声を上げる。アップルさんはシュウさんのところに向かう。
「シュウ兄さん、約束です。私達に力を貸してくれますよね」
「ああ、約束だ……」
シュウさんはしばらくの間。何かを考えていた。そして、アップルさんの手をとる。
「こんなに冷たく……。アップル。お前は強い娘だな。俺はマッシュ先生の才を継いだが、志はお前が継いだようだ」
「じゃ、じゃあ……」
「ああ、任せろ。お前には百万の軍勢に匹敵する、この俺がついている。だから、もう、心配するな」
「ありがとう……。シュウ兄さん」
俺達は川を上がる。そうして風の冷たさに震えていると、声がかかった。
「すまないが、銀貨を見せてくれないか?」
「はい」
素直に銀貨を見せる。しかし、革手袋のはまった俺の手の甲に光が。……紋章が? どうしてだ?
「これは……紋章の光だな。よかったら、見せてもらえないか?」
俺は革手袋をとって紋章を見せる。
「この紋章は、“輝く盾の紋章” ……それに、確か君はリオウと言ったな。もしやゲンカク老師の養子か?」
「ええ……爺さん、ゲンカクを知っているんですか?」
「ああ。君達は若いから知らないのか。昔、都市同盟において、ゲンカク老師という名は特別な意味があったのだ」
そうなのか、爺さん、いったい何をしたんだろう。
「……よし。それではソロン・ジーの率いる部隊を倒すとしよう。私は先に行くぞ。ノースウィンドゥに向かう準備をしなければならんからな」
既に状況は知っているらしい。さすが、というところか。そしてシュウさんは去りぎわ、俺を振り返ってこう言った。
「リオウ、アップルを助けてくれたことに礼を言う。君とその紋章があれば、この戦いにも勝ち目があるかもしれない」
俺と、この紋章が? 戦いに、勝てる? 疑問に思ったが、聞く暇はなくシュウさんは去っていった。
その時の俺達は気づいていなかった。橋の上に一人の男がいたことを。その男は、親指でピンと銀貨を弾いてこう言った。
「仕事は常にパーフェクト……。それがリッチモンドさ」
後書き
キャーリッチモンドさん素敵ー。と誰もが思ったシーン。男だけどリッチモンドさんのようなハードボイルドダンディには惚れます。アップルの覚悟と信念も胸を打つ良いシナリオですね。アップルはⅠ、Ⅱ、Ⅲと進むごとに好きになった人物です。
ラダトの宿屋はデータコンバートをしていると、Ⅰでつけた城の名前になります。だからトラン亭。