第10話 新しき旗
俺達はラダトを出発した。一人増えた五人で。フリードさんの奥さん、ヨシノさんがついてきたのだ。
「あなた様!! ヨシノは……あなた様が心配で……」
「すみません。ヨシノ殿。今は戦いの時なのです。耐えて下さい」
「いやです。いやでございます。私も戦いとうございます」
本人が望むなら、それは仕方ないんじゃないかな。俺だってそうなんだし。ということで仲間に。フリードさんは「危険な目には遭わせません!」と気を吐いていた。
シュウさんは戦の準備で別行動だ。よし、ノースウィンドゥに戻ろう。
§
リオウはシュウを味方につけてくれただろうか。彼がこなければこの戦は負けたも同然だ。そんなことを考えつつも、城の修繕などを行う。薄暗かった城内にも光が溢れ、汚れも取り払われている。傭兵隊の仲間達も続々と集結した。
そうしていると、リオウとアップル達は帰還した。ビクトールが出迎えて広間に案内する。おや、フリードの奥さんも一緒か。だけど他の仲間は見当たらない。仲間にしたけりゃこの後にやれということだな。
「リオウ! アップル! シュウさんは!?」
「シュウ兄さんは協力を約束してくれたわ」
「それは良かった」
やった、シュウが仲間になったぞ。これでこの一戦も戦える。勝てるとまでは思わない。油断は禁物だからだ。しかし勝ちの目が見えたことは事実。素直に喜ぼう。
「しっかしよ、そいつはマッシュさんのところを破門されたんだろ? ホントに信用できるのか?」
ビクトールが疑念を抱いた時、
「この俺を信用できない者は、今すぐここから立ち去ってもらおう」
広間の入口から声。そこには確かに僕の知っているシュウの姿があった。
「おい、お前がビクトールか?」
こちらに近づいてきて、高飛車な態度でものを言う。
「ああ、まあ、そうだが……」
「よく聞け。俺の策に従えば、王国軍に勝たせてやる。だが俺のことを信じられなければ敗れるだろうよ」
自信満々だな。ビクトールは押され気味だ。
「そういうもんか?」
「戦いに勝ちたいのなら、以後俺を疑うような発言はするな。邪魔だ」
「……おいアップル、こいつがシュウさんか? なんとなく破門になった理由がわかる気がするぜ」
「ビクトール、それは違うわ。もし軍師が自信のない姿なら、誰もその策に従わないでしょう。軍師とは、そういうものよ」
「自信か、それなら確かに自信を持っている軍師の方が信用できるね」
アップルはにこやかで嬉しそうだ。きっと兄弟子のシュウが仲間になってくれたからだろう。
「シュウ兄さん、早かったですね」
「ああ、色々と用事があったからな。馬を三頭も潰した」
シュウはそう言うと、僕に具体的な状況を聞いてきた。
「君がティルか。噂は聞いている。それで、現在の状況は?」
それによどみなく答える。
「こちらの兵力はミューズとサウスウィンドゥの元兵士。女子供、老人まで含めた兵が三千。そして、急ピッチで仕上げたこの城一つですよ」
「なるほど、ハイランドは二万近くの兵力と聞いている。桁が違うな」
「それで? 軍師シュウの策は?」
その策謀を尋ねる。
「ふむ。ハイランドは二万とはいえ、各地の反乱を抑えるのにそれぞれ兵を配置しているだろう。自由に動かせる兵力は一万と見た。そのうち三分の一がサウスウィンドゥの降兵だ。条件が整えば寝返るだろう。そうすればこちらの兵力は六千、ハイランドは七千。勝ち目は十二分にある」
その説明を聞いて、ビクトールはギラリと目を輝かせた。
「なぁるほど。話を聞いているだけで勝てそうな気がしてきたぜ。だが、どうやってサウスウィンドゥの兵を寝返らせる?」
即答するシュウ。頭の回転が早い。
「フリードをサウスウィンドゥの兵に紛れ込ませる。この戦いが終わったら降伏した兵は皆殺しにされると流言を放つのだ。兵がハイランドに疑心を抱いたら、ソロン・ジーの本隊を叩く。それで敵は動揺するだろう。そうなればサウスウィンドゥの兵は寝返る」
「でも、シュウさん。敵は岬の先端にあるこの城を大軍で包囲するんじゃないですか? どうやって敵の本隊を叩くんです?」
リオウの質問に、シュウが向き直る。
「ハイランドはまだ平地での戦いしか経験していないだろう。ソロンは湖など障害物程度にしか考えないだろうが、こちらにとって湖は自由に移動できる場所だ。既に近くの村を回って船を借り受ける手はずは整っている。東の湖畔には森があるからな。伏兵を配するのに都合がいい。船で移動し森に隠れて敵の背後を突く。そうすれば本隊を急襲できる」
策自体が見事なのに加えて、準備も抜かりない。さすがだ。策を聞かされたみなの心に炎が灯り、自然、顔つきが変わる。
「わかった。あんたに賭けよう」
ビクトールが決断する。
「それで、敵の本隊を急襲する部隊を誰に任せるんですか?」
聞きながらも予想はついていた。シュウはリオウを見たまま、
「リオウ、私はその役目を君にやってもらおうと思う」
「俺がですか!?」
突然の大任に驚くリオウ。
「ちょ、ちょっと待って。そんな危険なこと、どうしてリオウがやらなきゃならないの! もしリオウの身に何かあったら……」
リオウを大事に思う姉のナナミが怒る。しかしシュウの意思は固い。
「リオウ、この役目は君に託す意味があるのだ。他の誰でもなく、君に」
リオウは考え込むような顔をして、次に周囲の仲間達を見た。そして彼が下した決断は――。
§
ハイランドが来襲した。その知らせは俺がノースウィンドゥに到着した次の日に届いた。俺は城の地下にある船着場で戦の準備に追われていた。岬の突端にあるノースウィンドゥの城には、湖に面した崖をくりぬいた船着場があるのだ。シュウさんの作戦通り、周囲の村々から船が集まった。俺に与えられた兵力は歩兵三百。ハイランドの軍勢に比べれば米粒のようなものだ。しかしシュウさんがくれた策とえりすぐりの精鋭で構成された兵士。戦意は高かった。
そう、俺は突然シュウさんに割り振られた役目を請け負った。前から決めていたことだ。ルカを、ハイランド王国軍を倒す。戦いを、終わらせるんだ。戦争に参加するのは決めていた。戦うと、決めたのだ。部隊を任せてくれるというならその責も背負う。そばにいつも一緒にいた親友がいないことだけが唯一の不安だった。彼は今頃どうしているのか。共に平和の為に戦うと誓った彼。
と、考えにふけっている暇などない。俺は兵士に指示を送って次々と船に乗り込ませた。兵は傭兵隊やミューズで共に戦った面子もいて、それが俺の心を支えてくれた。皆一緒なんだ。きっと、やれる。
何故シュウさんが俺にこの役目を振ったかはわからない。今までの戦いでも、活躍したのはビクトールさんやティルさんだ。俺はそれにくっついていただけの小さな存在だったはず。それとも、これも紋章の導きなのだろうか?
「リオウ……」
ナナミから声がかかる。表情はいつになく寂しそうだった。また、心配をかけてしまうな。
「ナナミ、心配するな。俺は必ず生き残る。だから、信じていてくれ」
「心配するのが辛いんだよ。色々嫌な想像ばかりしちゃうんだ」
「ナナミ……」
ナナミは俺に残った最後の居場所。いつか帰る場所なんだ。彼女がいるから俺は戦える。
「悪い。必ず、必ず勝つよ」
この手に勝利を。そして平和を。その決意が胸の中に生まれた。勝つんだ。絶対に――。
手勢を率いて湖から平地に上陸を果たす。船にはそれぞれ船頭を残して退路を確保。シュウさんに言われた通りにする。シュウさんが語った通り、ハイランドは水上に慣れていない。ハイランドと都市同盟は国境争いをしてきたが、その国境は平地なのだ。自然、ハイランド王国軍は平地の戦いしか経験できない。国の中央にデュナン湖がある都市同盟とは違うのだ。
森に潜んだ俺達。そしてハイランドも布陣を終えたようだ。これから突撃するんだな。俺は言い知れぬ気持ちになりながらも、自分を振るい立たせた。
そうしているとハイランドの将軍ソロンの声が響き、続いて城からビクトールさんの言葉が発せられる。口上も終わり、いよいよ戦端が開かれた。敵の前列にはサウスウィンドゥの降兵部隊が数多く、城に攻め込もうとしている。くそ、ハイランドのせいで、都市同盟の人間同士が戦いあうことになってしまった。早く寝返って欲しい。俺は合図の旗が振られるのを今か今かと待ち構えていた。
城の方角から怒号が響く。と、
「全部隊、前へ進め! 敵を追い立てろ!」
ハイランドが前進を始めた! 今なら――。そう思ったタイミングで城の中に深紅に染め抜かれた鮮やかな旗がひるがえる。新しく作られた俺達の旗だ。
「行くぞ!! 俺に力を貸してくれ!!」
「おおおおっ!!!」
頼もしい兵士の声が上がり、空気が震える。その時にはもう、俺は森から飛び出していた。
「う・お・お・お・おおー!!!!!」
ハイランド軍の悲鳴と味方の怒号が交錯する。その中で俺はトンファーを振るった。剣や槍を受け止めては顔や腹に打撃を叩きつける。
伏兵に動揺したのだろう、敵は統制がとれた行動を行えず、右往左往している。俺達はその勢いのままにハイランドの部隊を割っていく。しかし奇襲に気づいた敵の部隊が進行方向を変えた。
「みんなぁっ! 負けるな! もう少しで策がなる! それまで……!」
俺は必死に声を飛ばした。後は策通りサウスウィンドゥの兵が寝返れば。
そうして果てのない戦いを続けている中、ついに前線の降兵部隊が反転した。潜入したフリードさんが上手くやってくれたのだろう。俺達と降兵部隊が敵を挟み込む!
「皆、攻めろ、攻めろっ!」
ただ叫びを上げ、混乱したハイランド軍をこれでもかと打ちのめした。
やがて、城の物見台に青い旗が振られる。退却の合図だ。だが、中核をなす本隊に打撃を受けたハイランドには、追いすがる余裕などなかった。森に身を潜めた時には、もう草原はハイランド軍の悲鳴で満たされていた。そうして、ハイランドはその
勝っ、た。勝ったんだ……はは、やっと、俺は……俺達は。
その中で、俺は初めて掴んだ勝利に身を震わせるのだった。
§
勝った。やっと、俺達は勝ったんだ――感激の味を噛みしめ城に戻る、すると。
「あれがゲンカク殿の……」
「我らの希望の星だ!」
「リオウ殿! 万歳!」
俺は耳を疑った。兵士が俺の名前を――? 何かの間違いじゃないか? だが、城門に戻るにつれ、
「勝ちましたな、リオウ殿」
「王国軍を撃退できた。リオウ殿のおかげです!」
口々に俺を褒める声。違う。俺はただ――。
「やったね! リオウ!」
アイリさんが駆け寄ってくる。
「ボルガンもうれしいぞ! やったぁ!」
いったい全体、何がどうなっているんだ? とにかく、広間へ行こう。
と、ナナミが俺の後を追いかけてきて、そして俺に抱きついた。俺もその体を掴む。
「ナナミ、俺、ちゃんと生きているぞ」
「うん……うん。信じてた。きっと……」
俺はナナミの温もりを感じ、安堵した。もう逃げなくていいのだ。俺はここにいられる。こうして生きているんだ。そう思い広間を見渡すと、
「やったね、リオウ。一躍英雄の誕生だ」
ティルさんが満足そうに言う。
「そりゃそうだ。こんな少年がハイランドを撃退した立役者になったんだ。これほど気分のいい話はないぜ!」
ビクトールさんが豪快に笑う。
「リオウ、やっとハイランドに勝利できた。あんたのおかげだよ」
と褒めてくるアナベルさん。何故、俺だけが――?
「い、いったいどうなっているんです? どうして俺だけこんなに……?」
「それもまた、俺の策だ。この戦いを勝利で終えた。しかし盟主アナベル殿がいたミューズ、そしてサウスウィンドゥも既に敵の手に落ちている。このままでは残りの市国も、ハイランドに各個撃破されるだろう。そうなってしまえば太刀打ちできん。そこで、ハイランドに先んじて他の市国の力をこの地に集めるのだ。全ての力を一つに――。それだけが勝てる唯一の術だ」
「その為の器、その為のリーダーって訳だね」
シュウさんとティルさんの会話。も、もしかして……。
「リオウ、いや、リオウ殿。貴方が新たな同盟軍のリーダーになるべき人だ」
俺はあっけにとられた。俺が、ただの少年でしかない俺がリーダー?
「ちょっと! どうしてリオウがリーダーなの!? アナベルさんにビクトールさん。いっぱい人がいるじゃない!」
ナナミが反発する。
「そうだ。何故アナベル様をさしおいて、ハイランドの人間であったリオウなのだ!」
ジェスさんがシュウさんを睨む。
「アナベル殿やビクトールには補佐をしてもらう。だが、リーダーには武名を轟かす人間が必要だ。武力を持って対抗できるリーダーがいるのだ。それにはリオウ殿でなければならない理由がある」
「理由って何よ!?」
「ゲンカク老師の名前だ。リオウ殿はかつて都市同盟を率いた英雄ゲンカクの子。今の都市同盟には力が必要なのだ。英雄ゲンカクの名がそれをなす。それにリオウ殿は、ゲンカク老師が宿していた“輝く盾の紋章”をその手に宿している。条件は全て揃っているのだ」
その言葉に呆然とする俺とナナミ。ゲンカク爺さんが都市同盟の英雄だった? それに同じ紋章を宿していたなんて……。
「リオウ殿、もう一つ言うべきことが。貴方にはゲンカク老師の名前だけではない。人を集める力がある。貴方がラダトでアップルと共に私の前で手をついた時、アップルと共に銀貨を探していた時、私は貴方にその力があると気づいたのです。人々の為に戦う力、それを持っていると……」
「シュウさん……」
違う。俺はそんなに立派な人間じゃない。確かに戦いを終わらせたいと願った。だけど……それは。
「リオウ……リオウがそんな危ないこと……」
ナナミはひたすらに俺を心配している。そこにビクトールさんが口を挟んだ。
「シュウ、ちょっと待ちな。いきなりリーダーって言われてもリオウだって困るだろ。少しばかり考える時間をくれてやんな。それに、ゲンカクのことを話す必要もある」
「……そうだな。リオウ殿、ゆっくりと考えて下さい」
俺は城に満ちる、リオウを褒め称える声に、圧倒されるのだった。
§
「ねえ、リオウ……どうするの? リーダーなんて、さ……」
ナナミが困惑した表情で問いかける。俺はどうしたらいいのかずっと考えていた。武名を轟かすリーダー、ゲンカク、子供、同じ紋章……条件は確かに揃っているのかもしれない。理屈は正しい。筋は通っている。だけど……だけど俺にリーダーなんて……。
「リオウがリーダーなんて、そんなのないよ」
「でも、都市同盟には力が必要なんだ。強い力が」
それに俺がなるというのは別問題で、今都市同盟には力が求められている。それに俺がなる? 俺が? その時、シュウさんの言葉を思い出した。
『戦では、勝っても負けても多くの命が失われる。一人の兵士には家族もいる。自分の采配で、その『たった一人の代わりなんてない命』が失われる。大勢な。俺はそんな重さを背負うのはごめんだ』
彼はそう言った。俺は、彼に、その重さを背負ってくれと頭を下げたのだ。であるならば、俺にも背負えということだろうか。彼にそれを要請したように、俺も覚悟を決めろと?
「……とりあえず、アナベルさんとビクトールさんが爺さんの話をしてくれるって言うんだ。行ってみよう」
俺はナナミと連れ立って二人のところを訪れた。二人は城の入口側にある酒場にいた。レオナさんが何より先に酒場を作ったらしい。戦士達に憩いの場を、と。
「待ってたよ。リオウ」
「おお、来たか」
「爺さんの話を聞きたくて来ました」
「ゲンカクじいちゃんの話を……」
「ああ、まずは座りな」
静かに席につく。
「ちょっと長い話になるよ。おまけに少しばかり暗い過去ときてる。リオウ、覚悟はいいかい?」
「……お願いします」
アナベルさんの問いに、少し考えて答える。ナナミは俺の後ろで静かにしている。
そして話が始まった。
今から三十年も前のことだ。都市同盟とハイランド王国に本格的な戦が始まった。ハイランドの皇王はロベール・ブライト。その皇王に第一軍団長を任じられたハーン・カニンガム率いるハイランド王国軍が、都市同盟に侵攻した。
アナベルさんの父親、ミューズ市長ダレルは同盟軍を率いて対抗する。だが名将ハーンの前に敵はなく、ダレルは敗戦を重ねた。ミューズ市を奪われてサウスウィンドゥに亡命したとのこと。しかし、その時だ。彗星のように現れた人物が、散らばっていたミューズ市軍を集めてハーン抵抗し始めた。それが、ゲンカク。
ゲンカクは手勢を率いて敵の兵糧を狙い、王国軍を動けなくして反撃に移った。ゲンカクがミューズを奪還し、両軍は一進一退の状況となった。いつしか、戦いは小競り合い程度にまで沈静化したらしい。その理由は単純なものだった。ゲンカクとハーンは同じ国境近くの村出身で、親友だった。戦の合間に互いに酒を飲み交わすこともあったという。
そして、二人の申し出によって、都市同盟とハイランドはついに休戦協定を結ぶことになった。
「戦に疲れていた人々にとって、休戦協定は朗報だった。だからこそゲンカク老師は都市同盟で英雄扱いされたのさ」
グラスをあおるアナベルさん。
「アナベルさん、爺さんに償いをしたいと言っていましたが、それは……?」
「ああ、ここからが暗い過去話さ」
休戦協定の手続きが進められ、この地に平穏が戻ろうとしていた。しかしそれを喜ばない人物が一人。ダレルだ。ハーンに恥をかかされ、ゲンカクには名誉を奪われた。ダレルは協定の締結に当たり、国境近くにある街、キャロが都市同盟の領土であると強硬に主張した。話し合いはこじれてしまい、再び戦の機運が高まった。その解決策として、ロベールに代わって即位していた現在の皇王、アガレス・ブライトが一つの提案をした。それは両国の代表者で一騎討ちを行い、キャロの所有権を決めようというものだった。
ハイランドの代表は当然ハーンだ。都市同盟はゲンカク。両者はそれぞれ剣を取って一騎討ちに臨んだ。だがゲンカクはどうしたことか一向に剣を構えようとせず、ダレルは何度もゲンカクに構えるよう命じたが、ゲンカクは剣を上げずじまいだった。人々はゲンカクが勝負を汚したとして、怒り出した。結局ハーンがゲンカクの剣を叩き落し、その首に剣を置いて勝負は決着した。こうしてキャロはハイランドのものとなった。
「どうして、爺さんは戦わなかったんですか?」
「ゲンカクが剣を構えなかった理由、それは数年後に判明したのさ」
ビクトールさんは遠い目をして語った。
勝負を汚し、キャロの所有権をハイランドに奪われたゲンカク。ダレルは彼に裏切り者の烙印を押し、都市同盟から追放した。ゲンカクは剣を構えなかった理由を決して語らず、都市同盟から去った。数年後、ダレルが市長を辞めた後に真実が明らかとなった。
一騎討ちの際、ゲンカクに与えられた剣には、ダレルが毒を塗っていたのである。ダレルにとってはゲンカクが敗れればそれでよし、勝ったなら毒を使ったと罪を着せて国から追放するつもりだった。
「ゲンカク老師はそのことに気づいていたんだ。だから剣を上げなかった。まったく、我が父ながら吐き気がするよ」
新しく注いだ酒を飲むアナベルさん。
「汚名はそれで晴れたんだ。だけど、ゲンカクは二度と都市同盟に戻ることはなかった。そして、彼は二人の子供を養子に迎えて……その後はお前が知るとおりだ」
「そういうことですか。じゃあアナベルさんが償いたいと言っていたのは」
「父のやった暴挙をね、一目でいいから会って謝りたかった。もう叶わない願いだが……」
そうか、だから俺は「腰抜けの家の子」と呼ばれたのか。ようやく、理由がわかった。
「リオウよ。確かにゲンカクは凄かった。英雄とまで呼ばれた男さ。お前が重圧を感じちまうのも無理はねえかもな。だが、お前はゲンカクの子である前に、リオウっていう一人の人間なんだ。それを忘れるな。そしてお前の決断は誰にも責められない。お前がリーダーになろうがなるまいが、な。少なくとも俺はそのつもりだ」
リオウという一人の人間。ビクトールさんは俺をそのまま認めてくれるという。器の大きい人だ。ビクトールさんが色んな人から頼りにされる理由が、わかったような気がした。
「リオウ、ナナミ。お前達は……ゲンカク老師のもとで幸せだったかい?」
アナベルさんの問い。爺さん……俺は。
「はい。俺と、ナナミと爺さんの生活。そこにはちゃんと、幸せがありました」
「うん、きっと。ずっと幸せだった」
「そうか。なら、私の心も少しは安らぐ」
俺とナナミは部屋に戻る。夜の闇の中、俺はかつて親友と誓い合ったことを思い出していた。
『僕は誓うよ。この地に平和を取り戻そう。ほんのわずかな力しかない僕だけど、僕はその為に戦うよ……』
『ジョウイが戦うなら、俺だって一緒だ。一緒に、戦おう』
『うん……戦いを終わらせよう。僕らの大切なものの為に』
そうだ、俺は誓ったんだ。この地に平穏を取り戻すと。そう誓った親友はそばにいないけど、誓いはこの胸にある。大切なもの……俺にとってそれは自分。そしてナナミとジョウイだ。なら――。
§
一夜明けた。リオウはきっとアナベルさんとビクトールからゲンカクの話を聞いたことだろう。さて、彼の決断は――?
「お気持ちは決まりましたか? リオウ殿」
シュウが声をかける。広間に集まったみなの顔がリオウに向けられる。
「シュウさん……皆。俺は爺さんじゃないし、爺さんのようにはなれないと思う。だけど、俺に少しでも力があるならそれを使いたい。ルカを倒して、この地に平和を……。俺は、俺が、リーダーになります」
決断が、表明された。
「よく言った! リオウ! 俺の力も全て貸すぜ!」
ビクトールがリオウの背中を叩く。
「リオウ、僕達もできうる限りサポートするよ。一緒に頑張ろう」
僕も声をかける。
「政務や実務は任せな。あんたにできないことを、私がやってあげよう」
アナベルさんがリオウの髪を撫でる。後ろにいるジェスは苦虫を噛み潰したような顔をしている。まあ我慢してくれることを祈ろう。まさか裏切りなんてしないと思うが。
「わ、わたくしもサウスウィンドゥの為、亡きグランマイヤー様の為に、精一杯頑張ります!」
フリード、君は少し力を抜け。
「リオウ殿、私が師の下で受けた教えを、神謀奇策を持って尽くします。そして、勝利をもたらすと約束しましょう」
シュウは頼もしい。
「私も……非力な私だけど……持てる力で貴方を助けるわ」
アップル、少し変わったかな?
「はっはっはっは。なんか湿っぽくなったな。ここは一発宴会でも開いて……」
「私もお祝い申し上げます」
と、入口から一人の男。長い髪に眼鏡をかけたホウアン先生が登場だ。
「ホウアン先生!!!! 無事だったんですね。よかったです」
弟子のトウタ君が喜ぶ。
「ミューズから良く無事で来られましたね、ホウアン先生」
僕が聞くと、それに答えが返ってくる。
「親切な戦士が助けてくれましたので」
この親切な戦士って、確かあの人なんだっけ? まあ今はいいか。とりあえず名医のホウアン先生が仲間になったのだ。
「ところで……この城はノースウィンドゥでいいのかい?」
アイリが聞く。
「んん??? そうだなぁ。ノースウィンドゥ城ってのは、あんま良くねえなあ。もうなくなっちまった村の名前だし」
ビクトールの言葉を引き継ぐ。早速リーダーっぽいことをやってもらおう。
「リオウ、君が新しい城名を決めなよ」
「え、ええぇーと……じゃあ、デュナン湖に面しているから、デュナン城っていうのはどうかな」
「デュナン城か。いいと思うよ」
「あたしも! 気に入ったよ!」
すぐに賛成する。皆も顔をほころばす。その時だった、広間に光が散って、一人の人物が現れた。ビクトールなどは「うわっ」とか言っている。まあ気持ちはわかる。
「え? え? 誰?」
混乱するナナミ。僕は前に進み出る。
「レックナート様。お久しぶりですね」
現れたのは見知った女性。レックナート様だ。
「ええ、ティル。お久しぶりです。皆様、私はレックナート。門の紋章を受け継ぐバランスの執行者。……リオウ。“輝く盾の紋章”を受け継ぐ少年。貴方はついに自分の道を選び取ったのですね。再び時が回り、この地に宿星が集まろうとしています。貴方に“約束の石板”を託しましょう。ここに現れ出でる名前、仲間こそが貴方の力」
すいませんレックナート様。さっそく一人脱落したところです。そんなことを思っていると、レックナート様の左側に青い光。ルックが登場した。
「僕はレックナート様の弟子、ルック。僕も仲間になってあげるよ。あまり気は進まないけど」
「ルックも久しぶり。また一緒に戦えるね」
「……君は相変わらずだね」
だからそれどういう意味?
それから、レックナート様が宿星の説明をする。戦乱を治める108の宿星は中心にある
「俺が……?」
リオウは驚いている。
「貴方の友……“黒き刃の紋章”を受け継ぐ少年もまた、運命の中です。貴方達の道は辛いものになるでしょう。ですが、それでも進みなさい」
そうしてレックナート様は消えた。
「やれやれ……これから色々と大変だね」
新たな宿星が巡り、リオウの下で、戦乱を治める為の戦いが始まる。
現在の仲間、31人――。
(うち宿星でないティル、グレミオ、テッド、アナベル4人)
後書き
リオウがリーダーになりました。アナベルさんが生きているけど、彼女は領土を失った領主ですからね。それに武名で率いるリーダーが必要なので、シュウは彼を選びました。原作でも市長代行のテレーズが加わったりしたけど、引き続きリオウがリーダーをやっていたので、そこまでおかしな展開ではないはず。
しかしⅠと違い大勢の前だったからか、無理やり持ち上げられたような感が否めない……。まあ実際に持ち上げられてリーダーになったんですけどね。