ゲーム小説 幻想水滸伝Ⅱ   作:月影57令

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第26話 最後の戦い

 王国軍はミューズからも撤退して行った。グリンヒルとマチルダの二方向から攻められれば防ぎきれないと判断したのだろう。

 

 俺達は、ついに都市同盟の全ての都市を取り戻した。元の領土を取り返したここで、戦争を終わりにすることもできる。だけど、休戦協定など結べるはずもなかった。一度だけ相手から申し出てきたそれは欺瞞だけのものだったことがわかったし。

 

「そうですね。リオウ殿もジョウイ殿も今は知っている。この地から戦いを完全になくす方法を……」

 

 この地から争いをなくす方法。一つの強大な勢力をこの地に築く。そして、マチルダでの一戦で両軍の立場は逆転した。今の王国軍には元からのハイランド領のみが残された土地だ。シュウさんがこれから言おうとしていることが先読みできた。

 

「私は、このまま皇都ルルノイエに攻め込むべきと判断いたします。今回の戦いで多くの兵を失いましたが、新たにマチルダ騎士団の兵が得られました。逆に王国軍は兵力を減らしている。レオン率いる兵も二万程度に減少しています。我々は二万五千、敵は三万五千……兵力は劣っていても、時勢は我らにあります。敵が本格的に態勢を立て直す前に……。後は、貴方の決断次第です」

 

 決意。それはもう俺の心にある。最後まで戦い抜けば、俺とジョウイ、どちらかが死ぬことを意味する。だけど、だけど俺は――。

 

 

     §

 

 

 皇都へ。リオウの決断がなされた。僕達は皇都ルルノイエに攻め込む。これが最後の戦いだ。マチルダの戦いでおびただしい戦死者が出た。しかしそれはマイクロトフとカミューが説得したマチルダ騎士団の人間によって補充できた。なんとか二万五千の兵数は維持できたのだ。しかし敵も三万以上の兵力を残している。その上皇都ルルノイエは要塞にも匹敵するほどの固き守りだ。激戦となるだろうね。

 

 リオウが先頭に立ち、僕達は草原を馬で進んだ。ロックアックス城での戦いを終えたばかりだが、兵の士気は高かった。ようやくこの戦いも終わる――それが兵の気持ちを支えていた。全ての悲しみにピリオドを。……実際はそう簡単にはいかないのだろうけど。やがて、草原の果てに騎士団領とハイランドの境である森が見えてきた。

 

 リオウとシュウが何かを話している。きっとシュウがあの策に出るので全てを自分に任せて欲しいとでも言っているのだろう。

 

 ルルノイエでの戦い。それに備えてシュウは五百の精鋭を選んで自分の部隊とした。自ら戦場に立つということだった。やはりあの策をやるつもりということか。行軍を続けて半日、地平線の彼方に進軍してくる王国軍の姿が。部隊の数は六。右の二隊をシード、左の二隊をクルガン、中央を率いるのがレオンだった。兵力は大体二万といったところか。

 

「王国軍との兵力はほぼ互角です。更に敵の大将はあの軍師レオン。この戦いは今までになく激しいものとなるでしょう。ですが、私は必ず貴方を皇都へ行かせてみせます」

 

 きっぱりとリオウに言い放つシュウ。将達は具体的な策の説明を聞きたがっていたが、

 

「策の説明はしない。俺達は勝つ、勝って我が軍はルルノイエを制圧する。それだけだ」

 

 と、説明をしなかった。そして布陣について話す。中央はシュウとビクトール、兵の半数はリオウが率いて右に、残りの半数は僕が率いて左に部隊を置く。

 

「シュウ兄さん。それでは中央が手薄に……」

 

「心配するな。右はアップル、左はクラウスについてもらう。二人の指示に従い、臨機応変に戦うのだ。各自、そう心得てくれ」

 

 シュウの言葉を聞き、それぞれに動き出す将達。そのさなか。

 

「アップル、必ずリオウ殿をルルノイエに連れて行くのだぞ」

 

「え……?」

 

 シュウは覚悟を決めた顔だ。さて、それでは僕も動きますかね。ビクトールに言付けをしよう。

 

 僕達が陣形を整えると、それを待っていたかのように王国軍は並んだ。どちらから攻撃を仕掛けるということもなく、草原は不自然な静寂に包まれる。

 

「ティル殿、どう思われますか? 私にはシュウ殿のやろうとしていることが見えないのです」

 

 とクラウス。

 

「……僕の予想が当たっていれば、きっと両軍が驚くような策をとるはずだ。最初に敵はシュウの部隊を攻めるだろうね」

 

「……それは……?」

 

 話していると王国軍が動いた。レオンは自分の配下に加え、シードとクルガンからも一部隊ずつ引っ張ってきて四つの部隊とし、デュナン軍の中央へと迫る。

 

「シュウ殿……!」

 

 シュウが危険にさらされる。

 

「クラウス、指示を出して! ここはシュウを信じて彼の安全より策の成否だ!」

 

「は、はい。真っ直ぐ進み敵の左翼を叩くべきです。挟み撃ちに!」

 

 僕らの部隊はクラウスの指示通りに突撃した。同時に右翼を担うリオウ達も。僕はそのまま敵左翼のクルガンへと突っ込む。リオウはシードへとぶつかる。

 

 レオンの集まった部隊がシュウを呑みこもうとする。シュウは部隊を森の中へと下げることで回避しようと“見せかける”。それにまんまと敵は釣られてシュウを追う。レオンの部隊が全て森へ入った時だった。シュウとレオンの部隊が入った森から黒煙が。その量は徐々に徐々に増えていき、森のそこかしこから炎の赤い色が見えるようになった。それは大きく広がり、木々を燃やした。その異変に気づいた王国軍も動揺を見せる。

 

 シュウは、自分の身を犠牲にして、敵の大半を食らったのだ。

 

 

     §

 

 

「シュウさん! シュウさん!」

 

 叫ぶ。もう俺には彼の思惑がわかっていた。これこそが今回の策。自分を犠牲にした敵の殲滅だ。だが、俺はシュウさんに死んで欲しくなかった。今までずっと自分を助けてくれた軍師。だというのに、あと少しで戦争が終わるという今になって――。

 

「シュウ兄さん!」

 

 俺とアップルさんは必死に馬を走らせた。シードの部隊を数にものをいわせて突破し、森に駆けつける。逆側からはティルさん達も来た。俺は森に入ろうとするが、

 

「やめろ、リオウ! 今入ったら君も焼け死ぬぞ!」

 

 俺の体をティルさんが押しとどめる。アップルさんも同じくオウランさんに止めおかれている。

 

 また、俺の目の前で人が――。

 

「おおらぁ!」

 

 その時、馬を激しく駆る音と声が聞こえた。それは近づいてきて俺達の前へと着地する。

 

「ビクトールさん!」

 

 ビクトールさんがぐったりとしたシュウさんを抱えていた。

 

「シュウ兄さん!」

 

 俺達は慌てて近寄る。

 

「そう焦るな、大丈夫だよ」

 

 ビクトールさんは安心させるように言うと、草の上にシュウさんを寝かせた。彼の体にはちらほらと焦げ目が。

 

「計算違いだった……お節介焼きが、一人……いたから。俺の役目は終わったというのに、余計なことを……」

 

「ちいっ。死ぬ思いをして助けてやったのに随分な態度だな。まあそんな口が利けるなら大丈夫だろうよ」

 

 生き、ている。生きて。

 

「シュウさん。最初から、このつもりだったんですね。でも、敵の兵力を削る為とはいえ、なんて無茶を……」

 

「それが、必要と判断したから行いました。ただ、それだけです」

 

「シュウ兄さん、そんな。そんなの……」

 

 アップルさんは顔を涙で濡らしていた。

 

「リオウ殿……もう王国軍を恐れる必要はありません。あとは皇都へ……。決着をつけて下さい。我が軍が勝利する様を、私に見せて下さい」

 

「わかっている。わかっているよ、シュウさん」

 

 俺達は前に進むしかない。勝つしかないんだ。手が血に濡れ、屍を踏み越えようとも。

 

「アップル、お前が軍師を務めろ。リオウ殿を、お前がルルノイエに……俺は疲れた、少し休む……」

 

「兄さん……はい。きっと」

 

 シュウさんはその返事を聞いて安心したように目をつぶった。

 

「だいじょうぶ。きっと疲れて寝ちゃったんだよ」

 

 シュウさんの呼吸を確認して、そう言うティルさん。シュウさんはホウアン先生に任せ、俺達はアップルさんの指揮によって、皇都を目指した。

 

 

     §

 

 

 草原を進んで二日ほど、デュナン軍は皇都ルルノイエを眺める丘の上で陣を張った。

 

「これで、最後だね」

 

 ティルさんのその言葉に頷く。キバ将軍がくれた勝利。シュウさんがもたらした勝利。皆の命の上に、今俺達の勝利が築かれようとしていた。皆と敗戦を味わい、辛く、(にが)い思いを味わったこともあった。その全てに決着がつくのだ。これから。

 

「リオウ君、作戦が決まりました」

 

 ハイランドの風を感じていた自分に、アップルさんが近寄る。部隊の配分、陣形。だがもうここまで来たらほとんど関係ない。あとは攻める、それだけだ。

 

「リオウ、行こう」

 

 ティルさんやビクトールさんが(うなが)す。

 

「はい!」

 

 ナナミ、見ていてくれ。俺はきっと――その後、何と続けるべきかはわからなかった。ただ、ナナミが嫌っていたリーダーというものが、今はそれほど悪くない気がする。この戦いを終わらせることが自分の役目なんだと、素直に思えた。心は静かに凪いでいた。

 

「デュナン軍! 全軍前進!! 皇都ルルノイエを落とす!!!」

 

 声を張り上げて、号令を下した。

 

 

     §

 

 

 既に戦の勝敗は決まった。だがまだだ。まだ王国軍には一万五千の兵力が残っている。最後の防衛をするそれを突破しなければならない。だけど……後はもう、勢いで押す。最低限の策と指示だけがアップルからなされた。攻める。攻め落とすのだ。

 

(これで長く続いたこの戦いも終わりだ)

 

 おっと、感慨にふけるのはまだ早いな。僕達には最後の仕事が残っている。しかしその前に軍だ。敵軍は一人の将に率いられている。見たことがない顔。つまりは第二軍団長のハーン・カニンガムだろう。彼が正面の南門を守り、反対側の北門には黒鎧の将。恐らくユーバーだろうな。

 

 しばらく戦線は膠着(こうちゃく)状態に陥っていた。しかし少しずつ、少しずつ地力(兵力)の差が出始めた。これもシュウがあの策を実行してくれたおかげだ。弓兵は手も千切れんばかりに矢を射かけている。そして頼もしい将達が騎兵や歩兵として突撃をかける。ユーバーの奴はペシュメルガが突撃してくるのを見たらすぐに逃げやがった。あいついつも逃げているな。

 

 そしてついに――。

 

「城門が、破られたぞぉっ!!」

 

「やった、やったぞぉ!」

 

 破壊用の丸太によって城門が破られた。

 

「ティルさん!?」

 

 リオウの声。僕が誰よりも早く前に出たのだ。部隊をグレミオとテッドに任せ、僕は馬を走らせると中へ進入する。目標はあの四人だ。

 

 ルルノイエの宮殿へと至った。すると、褐色の女性。叫ぶのはルシアだ。

 

「我らの軍は敗れたようだ。しかし……我らの魂はまだ負けてはいない。ここから先は通さぬ。死んでいった戦士達の為!!! 我らカラヤの為!!! そして皇王殿の為に!!!」

 

 覚悟しているところ悪いが、僕が打ち倒す! 殺してなんかやらないからな!

 

「はぁっ!!」

 

 棍で鞭を捌く。巻き付く鞭。だが旋回し跳ねさせる。返した反対側の先端がルシアへと叩き込まれる。

 

「ぐうっ、私はぁっ!!」

 

「これで……!」

 

 力強く踏み込み、みぞおちをとらえた棍。それで膝をつくルシア。

 

「何故、何故……勝てぬ……我らに、正義はないのか……」

 

「戦争なんだ。そんなもの誰にだってあるし、誰にだってない。ただ、強弱の結果があるだけさ」

 

 さてどうしたものかと思案していると、そこに駆けてくるテレーズさんと護衛のシン。当然僕の仕込み。呼んでおいたのだ。市長代行のこの人を来させるのは危険だったが、僕がルシアと会うつもりならば宮殿に来て欲しいと言うと、彼女は頷いてくれた。まあかなりの無茶だが、今のように僕が戦わないと殺されてしまうと思ったからね。別に全てを救おうとは思っていない。僕が働きかけても救えない人はいるし、手を出すべきでない相手もいる。ジョウイとかね。だけど“僕が働きかけることで“死なせないですむ人はなるべく死なせたくない。欺瞞百パーセントだけどね。

 

「ルシアさん……」

 

「貴様、グリンヒルの娘!! 私を笑いに来たか!!!」

 

「私は、貴方との約束があるから、ここへ来ました。貴方の語ったこと……。私の父が貴方の父上を殺したかどうか。真実を調べています。貴方はどうです? 私との約束を放っておいて、そのまま死すと言うのですか?」

 

「約束……」

 

「私はグリンヒルの市長代行。真実を見極める義務を果たすのです。たとえそれが、父の名誉を傷つけようとも。貴方は、貴方自身はどうなのです? 真実を見極めようとは思わないのですか。生きて、真実を」

 

 くるりと振り向くテレーズさん。背後を見せたテレーズさんに短剣を手にしたルシアが――。

 

「貴様!」

 

 動くシン。だが、

 

「いいのです。シン」

 

 テレーズさんは動かない。まるで刺されることなど恐れないという風に。

 

「何故、逃げようとしない!」

 

「貴方は、そんなことはしません。武器を持たぬ相手を傷つけたりなどしないと、知っているから……」

 

「テレーズ……お前は人を信じるというのか」

 

「私は貴方を信じている。それだけです」

 

 その言葉を聞いて床に短剣を落とすルシア。キィン、と金属の跳ねる音がした。

 

「行くがいい……。今は、ただ戦いの行き着く先を見守ろう」

 

 そう言って道を空ける。テレーズさんはシンに任せて大丈夫だろう。僕は宮殿の奥へと進む。最後の戦いが終わろうとしていた。

 

 

     §

 

 

 俺はオウランさんを連れて宮殿の中を警戒しながら進む。あの人を追いかけて。何故あの人がいの一番に宮殿に入ったかはわからないが、合流しないといけない。簡単に死ぬ人ではないだろうが、一人だなんて危険すぎる。

 

 すると、俺の前に現れたのは第二軍団長のハーン将軍だった。あの石碑にあった名前……。

 

「来たか……デュナン軍のリーダー、リオウだな。“輝く盾の紋章”と“黒き刃の紋章”が相争うことは、やはり防げなんだか……」

 

 後悔するように、ハーン将軍。

 

「我ら……わしとゲンカクは……時を引き延ばしただけに過ぎなかったということだな……」

 

「紋章……ハーン将軍、貴方は何か知っているんですか」

 

 尋ねる。

 

「知りたければ、わしを倒すがいい」

 

「どうする、リオウ?」

 

「……俺に戦わせて下さい。オウランさんは下がって……見守って下さい。爺さんのライバルだったというなら、俺はこの人を越えなきゃならない」

 

 爺さん、あんたが教えてくれた武術で、俺は……。

 

「いいだろう。ゲンカクとの、あの時の勝負を。いまっ!!」

 

 気迫と共に剣を構えるハーン将軍。

 

「あああぁっ!!」

 

「わしを倒せるか、少年よ!」

 

 剣閃が空気を真っ二つに斬り開く。それを、俺は、真っ向から、受け止めた。

 

 ばきぃっ、と音を立てて砕かれる左のトンファー。左腕を剣がなぞる。ぞろりと肉が斬られる感覚。だが、

 

「があっ!!!」

 

 思い切り振りかぶった右のトンファーが頭を撃ち抜いて、血しぶきがあがる。俺もそうだがハーン将軍も第二撃など考えていなかった。

 

「ぐっ」

 

「う、ぅ……」

 

 お互いに作った傷にうめく俺達。だが、敗れたのはハーン将軍だった。膝をつく。俺はというと、左腕から血が(したた)り落ちる。痛みが脳を支配した。

 

「リオウ……よ」

 

 俺を見上げながら、ハーン将軍は話し出した。

 

「わしは、お前に、謝らなければならない。二十五年前のあの日に、わしとゲンカクは二人で分かち合った二つの紋章を封印した。お前とジョウイ様が宿した紋章だ。“輝く盾の紋章”と“黒き刃の紋章”……それは、元々は一つのものだったのだ。そしてその真の姿……“始まりの紋章”の力こそ……争いを裁く力」

 

「争いを、裁く?」

 

 よく、わからない。どういうものなんだ?

 

「だがな、分かれた片方の紋章を単体で使用すると、所有者の命を(むしば)む。わしらがそうであったように、お前もまた、体が衰弱するような、酷く消耗するようなことがあったであろう?」

 

 それは……俺の脳裏に、紋章を使って倒れた俺と、その俺を守って死んだナナミが浮かぶ。

 

「ええ……確かに、ありました」

 

 やっぱり、紋章を使ったせいで俺は……ナナミは。

 

「力を求め、あの紋章を宿した。始まりの紋章……それには確かに戦いを止める裁きの力があるのだ。しかし真の紋章には呪いがある」

 

「呪い?」

 

「“黒き刃の紋章”、“輝く盾の紋章”それを宿した二人は、互いに相争わなければならん。そしてその戦いに勝利した者が、紋章を一つの姿にする……。その時、始めてその紋章は真の紋章となり、命を削らずに争いを止める力を持つようになるのだ」

 

 ……それは、俺とジョウイが戦い、殺し合い、勝った方が紋章を一つにする、と? 本当に、俺達の戦いは定められていたと?

 

「わしらは導きによりそれを知った。しかし友であるわしとゲンカクはお互いを殺してまで紋章を一つにしたいとは思わなかった。恐らく歴代の所有者達も……。だからリオウよ、お前とジョウイ様が今争い、苦しんでいる元凶はわしとゲンカクなのだ。わしらさえ覚悟を決めて紋章を一つにしていたら、お前達二人が苦しむことはなかったのだ」

 

「そんな……」

 

 また、紋章の定めだとか運命だとか言うつもりなのか。そんな、そんなこと!

 

「わしからそれを聞いたジョウイ様はご決断なされた。最後まで戦い抜くことを。本当はお前と争うことなどしたくなかっただろうに。休戦協定を結ぶという話もしていたのだ。だが、紋章を一つにできなければ、またこの地に争いが起こる。そうと知ってジョウイ様は……」

 

 そうか……それで、ジョウイは……。あいつは、俺より先に覚悟を決めたんだな。グリンヒルであいつは俺に逃げろと言った。つまりあいつは、自分は紋章に命を蝕まれることをよしとし、俺には紋章を封印して生きろと言いたかったのだろう。しかしあの場での話し合いは決裂した。今のあいつは俺と戦って勝つ――俺を殺すことも考えているということか。

 

「行け……少年よ。定めをなぞるも、破るのも、お前の自由だ。また、繰り返すとしても、それもまた、天命なのだろうな……」

 

 そう言ってハーン将軍は手に持った剣を放り出し。その場に横たわった。

 

「オウランさん……ハーン将軍をお願いできますか?」

 

「リオウ……私はあんたを」

 

「大丈夫です。俺は、大丈夫ですから」

 

 そう言って、俺はハーン将軍のことをオウランさんに託した。

 

 紋章の真実を、俺は知った。だけど、俺は既に決断したんだ。それは変わらない。変わらないよ。きっと。

 

 傷ついた左腕の止血をし、輝く盾の紋章を使って治療する。痛みが少しだけ走る。だけど構っていられない。俺はあいつと……。と、

 

「ティルさん!」

 

 いつも通りの見知った姿が、通路の先にいた。ハーン将軍、見逃したのか?

 

「リオウ。ジョウイに、会いに行くんだろう? 僕も一緒に行くよ」

 

「――はい!」

 

 ティルさんと合流する。

 

「一人で宮殿に侵入するなんて、無茶ですよ」

 

「君だって人のことは言えないだろう?」

 

 いや、それはそうですけれど、俺はジョウイに会いたいと思ったから……。

 

「それに保険はかけてあるしね」

 

 保険? 疑問に思いつつも進み、奥まった場所で二人の人影。

 

「リオウ殿。ここから先はブライト王家の居室……賊を入れる場所はありません」

 

「クルガンとシード……将軍が揃い踏みか」

 

 ティルさんの言葉通り、行く先に二人の将軍が。

 

「ここが、最後に残った俺達の国だ。最後に残った俺達の誇り、それを穢させはしない!!!」

 

 シードが吼える。

 

「悪いけど、最後まで進ませてもらう。俺はあいつに会わなきゃならないんだ。力ずくでも押し通る!」

 

 俺も決意を表し、残ったトンファーを構える。

 

「おおっ!」

 

 敵に襲いかかる。クルガンと相対した。ティルさんはシードとだ。

 

「てやあっ!」

 

「ふっ!」

 

 トンファーと剣が交差する。そのまま、押し合いになる。

 

「ぐぅっ」

 

 めきめき、と音を立てるトンファー。

 

「ぬぅぅ」

 

 互いの力比べ。そこに、

 

「があ゛っ」

 

 左からシードが打ち倒される声。

 

「シード!」

 

 相棒の心配している暇はないぞ! トンファーでクルガンの剣を横に打ち払い、胸を狙った前蹴りを放つ。

 

「く……」

 

 体の中心に打ち込まれた打撃で、動きを止めたクルガンの頭にトンファーを振り下ろす。

 

「らあ!!」

 

「ぐぁっ!」

 

 脳天に打ち込まれるトンファー。うめきながら倒れるクルガン。俺達の前に打ち倒された二人の敵。最後まで道を阻んだのは、戦争の始めから知っている二人だった。

 

「どうして、戦うんだ。もう、戦の行方は定まったのに……」

 

「リオウ……お前が、デュナン軍の希望だったように……ジョウイ様も、また、俺達にとって希望だった……それだけの、ことさ……ぐ」

 

 倒れ伏す二人。シードはそんなことを言いながら気を失った。……そう、なのだろうか? ジョウイは、希望だったんだな。だけど、もう、こんなことを繰り返すだけの戦いなんてあっちゃいけない。俺は気絶した二人が死なないように通路の脇に移動させ、戦いを終わらせるべくジョウイの姿を探した。

 

「おぉーい。リオウ、先に行くんじゃねえ!」

 

 追いかけて来たビクトールさん……と他にもたくさんの人が。グレミオさんにテッドさん。クライブさん、ゲオルグさん、シーナさん、ルックさん。

 

「僕が呼んでおいたんだよ」

 

 なるほど、保険か。……なのに一人でズンズン先に進んでいたんですね。……もしかして、ティルさんは。いや、真意はどうでもいい、か。俺達は合流して奥へと足を運ぶ。その先にジョウイがいると信じて。

 

(ジョウイ……どこだ、ジョウイ)

 

 だが、進んだ先にいたのはジョウイではなかった。

 

「リオウ……これは私の本意ではなかった。しかし、ここまで辿り着き勝利を得たことは、素直に褒めよう」

 

「レオン」

 

 レオン・シルバーバーグ。ジョウイの軍師。彼は一人、そこに立っていた。

 

「さぁ、これが最後だ……。ルカ・ブライトの残した、憎悪の化身、“獣の紋章”はここにあるぞ。これを討ち果たしてみるがいい。この獣を解き放てば全てが無に帰す。それがルカの望みであった。ハイランドを滅ぼす為の……最後の試練よ……乗り越えてみせよ、リオウ」

 

 ナイフを使い自分の腕を切り、血を床に垂らすレオン。

 

「け、獣が……」

 

 双頭の、巨大な獣が出現した。その大きさは、一つの家と比較しても遜色ない大きさだ。頭など人が五人分くらいある。そして双つの頭の前、中空には紋章を封じたような球が浮いている。と、

 

 おぉぉぉん!!!!

 

 双頭が吠え、まるで月のような黄金の光がこちらを襲う。すると体に激しい痛みが走った。

 

「うわぁあぁぁああ!!」

 

 全員があまりのダメージに膝をつく。

 

「ぐ、――戦いの誓い!」

 

 俺は紋章を使ってみなを回復させる。

 

「あの浮いている球……あれを、狙おう。紋章の、中核だ」

 

 息も絶え絶えに、ティルさんが言う。

 

「おおおっ!」

 

「ちぃっ。三年前と同じじゃねえか」

 

 ビクトールさんとシーナさんが必死に剣を振るう。

 

「我が身に宿る雷の紋章よ――雷撃球!!」

 

 ルックさんが雷の紋章で攻撃する。

 

「――守りの天蓋!」

 

 遅ればせながら、テッドさんが障壁を張る。

 

 俺は輝く盾の紋章で全体攻撃だ。

 

「輝く光!!」

 

 クライブさんの銃撃とゲオルグさんの剣撃も球にぶち当たる。

 

 ぉぉおおおおお!!!

 

 吠える獣。溢れる光が何度もこちらを襲う。その度にテッドさんが土魔法で障壁を張る。札も併用しているので何度も障壁が生み出される。が、

 

「土魔法が切れた。水魔法を……」

 

 ついに障壁が切れた。あの球はまだ破壊できない。

 

「――守りの霧」

 

 テッドさんがかけてくれる水魔法で魔法を弾く。だがこれは確実に発生する効果ではないのだ。その間にも緑色をした無数の剣や、同じく火魔法の巨大な剣、炸裂する光などの全体魔法がこちらを襲う。味方の皆はそれをかわそうとしながらも食らい、膝をつく。

 

「――雷神!!!!」

 

 ティルさんが虎の子の合体魔法を放った。こちらを回復すると同時に敵を貫く。

 

「球が消えた!!」

 

「頭だ! 頭を潰せ!」

 

 連続で攻撃を右の頭に集中させる。

 

「っはあああ!!」

 

 ゲオルグさんの凄まじい剣閃が首筋をなぞる。

 

「死ねぇっ!!」

 

 ドドド、とクライブさんの弾丸が連続で当たる。

 

「札よ!」

 

 グレミオさんが火の札を破り全体攻撃を行う。

 

「我が真なる風の紋章よ――輝く風!!!」

 

 ルックさんの風魔法が頭を襲う。同時に傷も回復する。それにしても厄介すぎる。連続で広範囲の魔法ばかり放ってくるのだ。なんて化け物だ。俺は輝く盾の紋章で全体攻撃魔法と回復を担当する。

 

 キィィン!!!

 

 また敵の火魔法だ。中空から降りてくるそれがこちらの体を突き刺す。

 

「ぐっ、くそったれが、いい加減、くたばれっ!!」

 

 ビクトールさんの星辰剣が右の頭を斬り裂いた! 石のような灰色に変わる右の頭。

 

「よし! 残りは左の頭だ!」

 

 全員が死力を振り絞る。やがて――。

 

「とどめだ!!」

 

 ゲオルグさんが左の頭、その上に飛び乗り、逆手に握った剣を頭へと突き刺した。

 

 ぐぅぉおおおおおおおおおお!!!!

 

 そうしてついに、双つの頭が消え去った。

 

「消え……た」

 

「やった。やったぞ!!」

 

「へ、へへ。倒したぜ!」

 

 喜びの声が上がる。俺達は獣の紋章を討ち果たした。ルカ・ブライトの妄執、その権化は消えたのである。

 

 俺達は疲弊しながらも、宮殿の奥に足を運んだ。そこには――。

 

 玉座、その上にはジョウイが来ていたであろう白い軍服。そして一振りの剣が。

 

「なんだぁ? 玉座に服が」

 

「……ジョウイは、いないみたいだね」

 

 シーナさんがいぶかしげに言う。そこにティルさんが言葉を重ねた。

 

「ジョウイ……」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!

 

 宮殿が揺れた。これは、

 

「やべぇな。あの獣のせいで宮殿が崩れそうだぜ」

 

「本当に三年前の焼き直しだね! リオウ、逃げるよ!」

 

「でも、ジョウイが……」

 

「まずは生きること優先しよう。ジョウイは後でも探せるはずさ」

 

 ジョウイ――。消えた友を思って俺の胸中は乱れた。宮殿を抜けるとデュナン軍の仲間が喜んでくれた。だけど俺は……。

 

「おおおおおおおお!!!!!」

 

 (とき)の声が上がる。そうか、俺達は……。

 

「リオウ君!」

 

 アップルさんが珍しく満面の笑みだ。

 

「さあ、号令を。貴方にしかできないことを」

 

 俺にしか、できないこと。俺はデュナン軍の皆を見渡した。すぅっと息を吸い込む。

 

「皆、聞けぇっ!! デュナン軍の勝利だ!! ハイランド軍は抵抗をやめろ!! 投降すれば命は奪わない!! 繰り返す、デュナン軍は、俺達は、勝利した!!」

 

 幾度となく逃げた。敗戦を味わった。その末に、俺達は勝利したのだ。この手に、勝利が。

 

「わあぁぁぁぁ!!!!!」

 

 勝利を喜ぶデュナン軍の歓声。戦争が、ようやく、ようやく終わったのだ。だけど俺は、消えた親友のことを、最後の憂いを心に残した。

 

 

     §

 

 

 朝、俺はデュナン城の自室で目覚めた。

 

「ほらほら起きた起きた。ティントのグスタフさんやトゥーリバーのマカイさんも来てるよ」

 

 アイリさんに起こされる。なんだかナナミがいなくなってからアイリさんと接することが増えた気がする。

 

 顔を洗って広間へ。すると各市国の代表が勢揃いしていた。

 

「お待ちしておりました、リオウ殿」

 

 シュウさんが口火を切る。

 

「おめでとうございます、リオウ殿。これで両国の長い戦いは終わったのですね」

 

 マカイさんが感慨深げに言う。

 

「ま、これで都市同盟の土地を脅かす相手が一つだけ少なくなったってえことだな」

 

 グスタフさんは気を抜いていない。確かに、グラスランドやトラン共和国とは今まで通りなのだ。ただトランとは友好的な関係を築けるだろう。

 

「しかし、まだこの地に平穏が訪れたわけではありません。今日はリオウ様にお願いが」

 

 テレーズさんの言葉。お願い? テレーズさんは続ける。

 

「リオウ様。いまだ北にはハルモニア神聖国があり、平穏は万全とは言えません。かつて、都市同盟は、お互いを信用しきることができずに、ルカ・ブライトの手によって打ち破られました。この地には大きな一つの国が必要とされているのです」

 

 俺の目をのぞきこんで、言う。

 

「リオウ様、この地にデュナン国を打ち立て、その国のリーダーとなって下さい。既にシュウ殿の取り持ちにより、各都市間で合意が得られています」

 

 待て、待ってくれ。

 

「われらトゥーリバー市は三院会議揃ってこの案に賛成致しております」

 

 だから、

 

「より強い国が作られるなら、俺達も文句はないさ」

 

 ちょっと、

 

「マチルダ騎士団は失われてしまいました。しかし、我らはこぞってリオウ殿に従うつもりです」

 

「私もマイクロトフと同じ思いです」

 

 待てよ。

 

「ミューズ市は、その力のほとんどをルカ・ブライトによって奪われた。だけどかつての盟主として、誇りまでは失っちゃいない。リオウ、頼むよ。みなを一つにまとめられるのは、あんただけだ」

 

「……………………」

 

 俺には、まだ、約束があるんだ。

 

「それは、できません」

 

 そう言って広間を去ろうとする。

 

「ど、どこに行くのリオウ君!」

 

 アップルさんが止めようとするが、俺の心は決まっていた。この地に平和を――。約束した相手がいるんだ。あいつを無視して俺達だけで話を進めることはできない。

 

 城の中を歩く俺の前にビクトールさんが。壁に寄りかかってこちらを見ている。

 

「行くのか、リオウ。……好きにしたらいいさ。お前の人生だ。でもな、忘れるなよ、リオウ。お前には、帰る家があるってことを……」

 

 俺は、頷いて駆け出した。

 

 ビッキーさんのテレポートで、キャロの街へ飛ばしてもらった。そこから馬を走らせて天山の峠に向かう。すると、そこにいたのは、

 

「やあ、リオウ」

 

 ティルさんだった。

 

 

     §

 

 

 ハイランド王国が滅んで一日。しかし僕はデュナン城へは戻らなかった。そのままハイランドの土地に駐屯する部隊、それに加わって休む。翌日、ルルノイエ西にあるサジャの村にやってきた僕とクライブ。

 

「来たね、ぼうや。そろそろ、決着をつけてあげるよ……」

 

 エルザが、そこにいた。クライブの長い旅も、やっと終わるのだ。

 

「あぁ…………」

 

「クライブ、昔のよしみだ、ガンナーとしての決闘を、願えないかい?」

 

 二人も、最後の戦いを迎えようとしていた。僕は、それを、見守る。

 

「…………いいだろう……シュトルムはお前を撃てないらしいからな」

 

 自分の持つガン、シュトルムを体の左に落とすクライブ。

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 クライブに近づくエルザ。二丁のガンを取り出した。

 

「シュテルン、”星”。ギルドでは信頼を示す。モーント、”月”。ギルドでは裏切りを示す。守護と暗殺、ほえ猛る声の組合の二つの顔。好きな方を選びな」

 

 エルザの左手のガンを取るクライブ。それは、

 

「シュテルン……それを選ぶと思ったよ……」

 

 信頼を選んだクライブ。二人は一定の距離をとる。

 

「いつでも……いいぞ」

 

「せっかちだね……もう少し……この世界を……名残を惜しんだらどうだい?」

 

「その必要はない」

 

 構えをとる二人。最初の口上を読み上げたのはエルザだった。

 

「ほえ猛る声、地上に降り立つ影!」

 

「ほえ猛る声、神を撃つ輝き!」

 

 二人は頭の上、空に向かって垂直に銃を突き上げた。

 

「我ら、生と死を分かつ、呪いの声!」

 

「この地、この時、ガンの子ら、互いの血を流さんと欲し、」

 

 ゆっくりと腕を下ろし、斜めになる銃。

 

「互いの魂を求め合う、」

 

「聞け呪いの子ら…………」

 

 そして、地面と平行になり、互いに向けられた。

 

「我らこそ!!!」

 

「戦いを告げる、最後の響き!!!!」

 

「クライブ!!!!!!!!」

 

「迷いはない!!!!!!」

 

 撃鉄の音が響き、クライブの持つ銃からだけ、弾が飛び出した。

 

「ぐ……ぐふっ……」

 

 地に倒れ伏すエルザ。ここに、決着はついたのだ。命のように血が流れ出す。

 

「終わりだ……」

 

「あぁ……そうさ……お前の……勝ちさ…………。私が……あんたを……撃てるとでも思ったのかい……ぼうや……このガンには弾は込められていない……」

 

 クライブがシュテルンを選ぶと思ったから、モーントには弾を込めていなかったようだ。

 

「…………」

 

「ケリィを撃ったあの日……あの時……私は死ぬべきだった…………ガンナーの……誇りを持ったまま……死ぬべきだった……だがね……ぼうや……私には……未練がありすぎたよ……」

 

「何を……」

 

「クライブ……ここはね……この村はね……私の生まれた村なんだ……父も……母も……いないし……家もない……私達家族を……覚えていてくれる人も……いない……それでも、ここは私の心が帰る場所だった」

 

「…………」

 

「クライブ……ギルドに生まれ……ギルドで育った…………可哀想な、ぼうや。そして……ケリィも」

 

 視線を地面に落ちた銃に向けるエルザ。

 

「……シュトルムを……クライブ……」

 

 地面に落としていたシュトルムを拾い、エルザに渡すクライブ。

 

「シュトルム……この地上で唯一つ、精霊の宿るガン。ギルドは……このガンの継承者として、私ではなく、ケリィを選んだ……しかし、シュトルムが選んだのは……私だった……ギルドも……ガンの選択には逆らえない……それを……覆す……方法は……決闘だけだった……」

 

「………………」

 

「決闘に用意されたのは、このシュテルンとモーントだった……そして、今と同じように……弾が込められていたのは……シュテルンだけだった。ケリィは、それを知っていた。そして……ケリィはモーントを選んだ……」

 

「ギルドが……馬鹿な……」

 

 ギルドがケリィを勝たせようとした。その為に不正をしたが、ケリィはそれを見抜いて自分が死ぬ道を選んだということだ。クライブは今まで信じていた正義が揺らいで、驚愕を顔に貼り付けた。

 

「悔やんだよ……ケリィを撃ったこと……そして、ギルドから生きて逃げたことを……ありがとう……クライブ……これで、私の魂も帰ることができるよ……」

 

「エルザ……」

 

「ギルドに帰りな……ぼうや……お前の帰る場所は……あそこだけだ……それを……奪うつもりはない……。クライブ……シュトルムを頼むよ……今から……あんたが……継承者だ……じゃあね……永遠に……さよなら……」

 

「ば……馬鹿な……エルザ!!! エルザ!!!!!!」

 

 エルザの体を抱きしめるクライブ。悲しいすれ違い……。だが、もう銃弾は発射された後だった。

 

「光栄だね……ぼうや……でもね……もう、あんたには……捕まえられないよ……」

 

 ……………………………………。

 

 エルザの亡骸は村の墓に葬った。彼女の言葉が本当ならば、ここは彼女の故郷だから……。

 

「ティル……執行人としての使命は終わった……いずれは……ギルドに戻ろうと……思っている。でも、今しばらくは残らせてくれ。今は、この地を去るのが…………名残惜しい…………」

 

「ああ。彼女の言った言葉の意味を、じっくり考えるといいよ。いつまでだって、デュナン城にいていいんだ。あそこも君の居場所だから……」

 

 僕とクライブは、静かにその村を去るのだった。

 

 そうして、僕はデュナン城に歩いて帰るクライブを見送り、この天山の峠、その(ふもと)にいたというわけだ。

 

「来ると思っていたよ、リオウ」

 

 とは言うが、実はそこまで確信していたわけじゃない。この時にリオウがとる行動は大きく分けて二つ。この地に来るか来ないか、だ。来ないことも十二分に考えられた。しかしハーンから紋章の真実を聞かされたリオウだ。それならば、紋章を一つにする為に、ここに来る可能性は高いと踏んでいた。

 

「…………」

 

 リオウは何も言わなかった。だから僕が口を開く。

 

「リオウ。僕は君がどんな行動をとろうと、選択をしようとそれを許容するよ。だから、というわけじゃないけど、君は自由に、思うがままに進めばいい」

 

「……はい」

 

 そう頷いて、リオウは峠を登って行った。これからジョウイとの邂逅、そして最後の、本当に最後の戦いが待っている。僕は降りてくる人物を峠の入口で待つことにした。

 

 ここに来たリオウがとる行動は三つの内のどれか。ジョウイを殺すか、ジョウイに殺されるか。ジョウイを殺さないで紋章が一つになるか。だけど、実は最後の行動はとれない。何故なら108星が揃っていないから。108星が揃っているのであれば、ジョウイに攻撃しなければ、ジョウイを思う気持ちと108の宿星が奇跡を起こす。ジョウイが死なずに紋章が一つなるはず、だった。だけど宿星が揃っていないから、どれだけジョウイを思おうが、ジョウイの攻撃に無抵抗でいようが無駄なのだ。だから、リオウが選ぶ選択肢は二つに一つ。ジョウイを殺すか、ジョウイに殺されるか。

 

 僕はそれに関して何か働きかけることをしなかった。ジョウイが死ぬとしても、リオウが死ぬとしても。全てはリオウが選ぶことだ。クライブとエルザ、彼らと同じだ。僕はそれぞれの二人にとって部外者でしかない。だから、結末は渦中の二人が決めることだと見送った。人死にが嫌いな僕だが、どうしても救えない相手や、手を出すべきではない領域の存在も確かにあると認めている。リオウとジョウイのことは、リオウ達が決めることだ。リオウの選択を、僕は祝福する。そして、峠の上から歩いてくる音が――。

 

 

     §

 

 

「リオウ……来たね。約束した通りだね……この場所で……再び……と」

 

 天山の峠。あの短剣で傷をつけた岩の前、約束の場所に親友はいた。

 

 

 

『もし、僕らが生き延びて、でも離ればなれになってしまったら……。その時は、ここに戻ってくることにしよう』

 

『わかった。再会の約束だな。ジョウイ』

 

 

 

 そう、約束していた。ここで再会すると。

 

「……ああ」

 

「僕達の旅はこの場所から始まった。最初は同じ道を歩いていた僕らだった。けど、いつの間にか、違う道を歩いていたね……」

 

「ああ」

 

「だけど……僕は後悔なんてしていない。多分、僕らは良く似ていたんだね……僕も、そして君も同じものを目指した……でも、僕は……僕は、ルカの凶行を憎悪しながらも、その強さに、心惹かれていたんだ……」

 

 ……そうだったのか。俺は……ルカの強さの恐怖を感じ、それに対抗する為、自分が力を得たいとは思った。しかし力にもルカにも惹かれはしなかったな……。

 

「その強さがあれば、全てを守れると思った。誰も傷つけることのない優しい世界が手に入ると……」

 

 ジョウイ。それは、間違いだ。俺は、力を得たけど、その力のせいでナナミを、家族を失った。親友も自分の前から去って行った。残ったのは、力だけだ。ジョウイ、強さだけでは、力だけでは優しい世界なんて作れないんだよ。それは、あのルカ・ブライトが証明している。

 

「もう……話すことはない。デュナン軍のリーダーと、ハイランド王国の皇王との戦いだ。これが、本当に……最後の戦いだよ」

 

「そうだな……」

 

 俺は、一本だけ残ったトンファーを構えた。ジョウイも棍を構える。

 

 そうして、最後の闘いが始まった。

 

「君の力を……リオウ……この長い、長い戦いに決着をつけよう……」

 

「ああ……戦いを、終わらせる。この地に平和を……」

 

 青臭い、誓いだったな。

 

「この地から、ハイランドという国を消す為……ブライト王家に連なる者……アガレス・ブライト、ルカ・ブライトは既に亡くなっている。ジルは、僕がこの手にかけた……」

 

 この手にかけた? こいつ、結婚した相手を、殺したのか?

 

「ブライト王家の最後の人間、それがこの僕だ……そして、その最後の王を君が倒す。ブライト王家の全ての血を絶やさなければ、再びハイランドを復興させようと夢見る者が現れる。希望は、時に人々を狂わせるんだ」

 

 その通りだ。ハイランドの皇王が生きていては禍根になる。

 

「俺とお前の戦いを、この地最後の戦いにする……これで、本当に戦いは終わりだ」

 

「ああ……そうとも、リオウ。いくよ……」

 

 飛び込んで棍を振るうジョウイ。俺も同じ距離を飛び込んでトンファーを振るう。

 

「ぐっ」

 

「かぁっ」

 

 お互いの命を狙って放たれる攻撃。いつからだろう。いつから、俺達は武器を向け合うようになってしまったのだろう。……手に残ったのは、こんな力だけだ。ごめんな、ナナミ、俺は、ジョウイを殺す。この地に平和を取り戻す為。消えていった命と思い、その為に。既に決意はすませてある。後は、武器を振り下ろすだけだ。

 

「そうだ。それでこそ……」

 

「とどめだ、ジョウイ……」

 

 俺は、恐ろしいほど静かに、必殺の急所へトンファーを叩き込んだ。

 

「…………」

 

 ジョウイは、がくりと力を抜いて大地に手をついた。

 

「これで長い戦いも終わる……右手を……リオウ。争いの果て……それで得られたものであっても……平和はそれだけで……価値あるものだ……」

 

 膝をつくジョウイの右手と立っている俺の右手が合わさる。そうだ、平和には価値がある。たとえそれが血に塗れた戦の結果だとしても。

 

「全てを失ったように思えても……幾ばくかの……想いは……手の中に残るさ……」

 

「ああ……」

 

 俺は、ナナミを失った。ジョウイも、今、俺の手で失われようとしている。ジョウイとした誓いは達成されようとしているが、その約束をしたジョウイが失われて、意味をなさなくなる。残ったのは、あの城と皆。仲間達。そしてこのクソったれな紋章。

 

 俺が守りたかったナナミとジョウイは、俺のせいで失うことになる。だけど、

 

「まだ、残るものはあるよな……」

 

 いつの間にか、涙が流れていた。

 

「それが……何かはわからないけど、でも、何かは残るんだ。そうでなきゃ人なんて生きていけない……」

 

 言葉にするなら希望とかそういったものになるのだろうか。そう、何かは残るのだ。爺さんが死んでも、ナナミが死んでも、俺に何かが残されたように。死んでも全てがなくなるわけじゃない。残るものはあるんだ。確かに。俺に残されたものは、希望とも呼べない何かだけど、それでも、それを抱えて生きていくんだ。ナナミに救われた命を抱いて。

 

「すまない……リオウ……多くの人々を……死に追いやった、その責任をとる……辛さは……知ってるつもりだ……。でも……やはり……きみは……ぼくを……たおさなくちゃいけなかったんだ。」

 

 光る手と体。輝きはいよいよその力を増す。

 

「勝者たる英雄が……敗者たる悪王を倒す……その英雄物語に……人々は自らの争い……戦いの罪を……忘れることができる。敗軍の兵達も……みずからを……なぐさめることができる……だまされていたんだと……」

 

 二つの紋章が上空に照射された。

 

「リオウ……きみは……りっぱな王になってくれ……ぼくらが……戦いの果てに手に入れた……この平穏を守る……番人となってくれ」

 

「ああ……この地の平和は、俺が守るよ……きっと……。約束だ……ジョウイ……」

 

 再びの約束。消えようとする友の命に誓う。

 

「ああ、約束だ。その為に……紋章は……君に力を貸してくれるはずだ……さよなら……我が友……リオウ」

 

「さよなら……ジョウイ……」

 

 たった一人の……俺の親友……。

 

 そうして、俺達の紋章は一つになった。

 







後書き
 最初はルシア、ハーン、クルガン、シード。四人と戦う展開も考えましたが、それぞれとの会話があるので個別に戦いました。

 ラスボスは獣の紋章。あっさりがっかりだと思われたなら成功です。原作のがっかりボス感を出したかったので、竜王剣よりあっさり倒しました。
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