「夜は冷えるから、この毛布を使って温かくして寝るんだよ」
傭兵隊の副隊長と名乗った少年、ティルというその人物はこちらを安心させるように微笑みながらそう言った。白いシャツの上に赤い服を着て、黄色いズボンに深緑色のバンダナを頭に巻いている。手には黒い色の棍を持っていた。歳は俺より二つ三つ上に見える。どうやらこちらもお人好しらしい。上手く取り込めそうだな。そう言えばさっきも、
「ええと、君、名前は? ……そうか、リオウって言うのか。僕はティル。すまない。君の友人を助けることができなかった。この後砦に戻るんだけど、捜索して見つけてみせるから」
とか何とか言っていた。これなら、待っていればジョウイの消息もわかるかも知れない。
とりあえず今は眠ろう。流された時に気絶したけど、休むのはまた別だ。しかし安穏とするわけにはいかない。いきなり首を切られるかも知れないのだ。せいぜい気をつけることにしよう。
§
さて、一夜明けた。傭兵砦で捕虜となったリオウという少年は雑用係のポールが面倒を見ることになった。ポールは気のいい少年なので、悪さなんてしないと思うが、心配なので一緒にリオウの所に行く。狭い牢屋、というか物置だなぁ。
「おはよう、リオウ」
「昨日捕まったのはお前さんかい。なんだ、まだ子供だな」
そう言っている君も子供だろ、ポール。指パッチンする人みたいな名前のくせに。
「俺はポール。お前の面倒を見ろってさ。よろしくな」
縮れた赤毛にそばかすのある頬。歳はリオウと同じくらいのポールはそう言って、かかと笑った。
「朝食も持ってきたよリオウ。まずはこれを食べて元気出してね。その後は労働が待っているから、頑張るんだよ」
渡した朝飯をがつがつと食べるリオウ。見たところ普通の少年だなぁ。赤い胴着に黒いスパッツ。焦げ茶色の髪に、何故か孫悟空のような金色の輪を額にしている。腰の後ろにあった武器、一対のトンファーはもちろん取り上げておいた。これからあの紋章を宿して、どうなるのか……この子がどういう人生を歩むかはこの子次第だ。
さて、三人で倉庫に移動した。
「リオウ、この倉庫を見てくれよ。うちの仲間連中はものぐさなんだ。ボスがあの調子だから仕方ないけど。ここもこんな風に荒れているのさ。だからちゃちゃっと片付けておくれよ」
ポールが荷物の整理をさせる。確かこの時にロープをくすねるんだったか。ガンバ! リオウ。
「あの……俺、捕虜、ですよね?」
「名目上はね。でもビクトールは保護したつもりなんだよ。仲間も皆、ハイランドの人間だからって偏見で見たり、殴ったりとか、辛い目に遭わせたりはしないさ。拘束などせずにある程度自由に歩き回って大丈夫だよ。まあもし逃げようとしたら、隊の人間がわらわらと追いかけることになるだろうけどね」
「………………そうですか」
その沈黙はどういう意味? まあいいや。仕事をやってもらっている間に、ジョウイを探しに捜索隊を出そう。リオウを見つけた場所から下流にあるトトっていう村に隊の人間を使いにやろう。見つかるといいな。
§
「悪いな。こんな飯しか用意できなくて」
というのはポールさんの言葉だが、食事はそれなりのものを出された。ティルさんから指示が出たらしい。まともな食事を、と。もぐもぐと食べる。働いたからお腹が空いているんだ。
倉庫整理の次はお使いを頼まれた。俺を閉じ込めている物置と同じ地下にある、鍛治屋で火打石を、倉庫でブーツを。そして小麦粉を上の一階で。その際に、小麦粉が無いということで、買いに行く必要がある為、なんと外に出ていいことになったのだ。その時俺の心は決まった。せいぜいこの心優しくて隙だらけな傭兵隊を利用させてもらおう。この都市同盟領では俺は何もつてがない。ジョウイは彼らに探してもらうのがいいだろう。
とにかく、小麦粉を買いにリューベという村へ行くことになった。さすがに一人では行かせられないというので、食堂(酒場)のレオナという女性が、コボルト族のゲンゲンさんを同行させてくれた。綺麗で派手な女性だった。真っ赤な紅の衣服と口紅、みどりの黒髪。田舎町のキャロではついぞ見たことがないほど。
「コボルトの立派な戦士、女性の頼みを聞いておくれよ」
「う、うぅ、わかった。行こう」
コボルト族を見るのは初めてだった。犬人間とも言うべきその姿を感嘆しながら見る。基本は人間の姿形をしているが、顔や体は犬だ。もっさもさである。頭の上にはぴょこんと飛び出た二つの耳が。そして背は少し低い。
「ゲンゲンさーん。どこか行くの? 僕も連れて行ってよ」
と言って医者の弟子だという、子供のトウタくんもついて来ることになった。こちらは本当に小さい子供だ。黄色いエプロン、その胸には「薬」の文字が。中々変わったセンスの服だと思った。黒いバッグに同じ色の髪をシニョンでまとめている。
「お、二人が一緒なのか。買い出し頑張ってくれ。リューベの村はここから北東だからな。街道に沿って行けば大丈夫だから」
とポールさん。お金については心配ないらしい。ツケにでもするんだろうか?
「ようし、リオウにトウタ。良く聞くんだぞ。ここから先は化け物も出る荒野。気を引き締めろ!」
森や山道じゃないんだから、そんなに強い魔物なんて……と、油断は駄目だな。爺さんがガーッと怒る姿が思い出される。
「これからはゲンゲンが隊長だ。だから、ゲンゲンのことは『ゲンゲン隊長』と呼ぶんだぞ」
「はい、ゲンゲン隊長」
このコボルトも簡単に言うことを聞いてくれそうだ。上手く動かそう。
てくてく歩いて北東にあるというリューベの村へ。その最中、トウタ君達とぽつぽつ話をした。やはり捕らわれている俺に同情してくれたようだ。トウタ君はお母さんの病気を治してもらったことに感激して、医者の先生――ホウアン先生というらしい――に弟子入りしたのだとか。
リューベか……ここから北には
(しかし……ということは、俺は気軽にハイランドへ戻ることはできないな。戻れば皇子が行った
姉を心配しながらも、リューベの村に着いた。さっそく小麦粉を買おう。仕事は真面目に誠実に、だ。だというのにゲンゲン隊長とトウタ君は浮かれて寄り道などをしようとする。ええい! 真面目にやれ!
「いらっしゃーい……ってあんたは」
「傭兵隊のゲンゲンだぞ」
「傭兵砦の者です。小麦粉を仕入れに来ました」
「いつものだね。ちょいとお待ちよ。代金はツケておくからね」
ツケでいいのか。傭兵隊はそれなりに信用されているらしい。うん。やっぱりこの組織を頼ろう。力もありそうだ。
まあお使いが終わったなら少しくらい村を見物してもいいだろう。息抜きぐらいは必要だ。そうして村を好き放題見て回り、トウタ君を充分に満足させて傭兵隊の砦へ戻る。
「またなリオウ」
「僕も帰ります。じゃあねリオウさん。楽しかった!」
「助かりました。ありがとう二人共」
そう言ってポールさんのところへ。
「今日の飯は豪勢だぞ! 俺が料理長に言って用意させたんだ」
確かに言うだけあって品数が多い。ぐまぐまと食べる。美味だ。
………………………………。
「今日の仕事は掃除だ。床にこびりついた油を落とすんだ。この雑巾を使ってな」
キュッキュッと油を拭く。だれがこんな風に油を落としたんだ? 砦のいたるところに油がこびりついている。
真面目に働いているとティルさん登場。
「下流にあるトトの村に使いを出したんだ。だけど、君の友人は見つからなかった。今後はもう少し捜索範囲を広げてみるよ」
「……ありがとうございます」
やけに優しいな? 何か目的や企みがあるのだろうか? 疑問に思いながらも物置でぐっすり眠る。既に心の防壁は取り払っていた。ここの人達なら信用しても大丈夫だ。
§
ふむぅ。トトの村にいる可能性が高いジョウイだが、発見はできなかった。僕が直接行ったわけじゃないから、あの女の子の両親が匿ったのかな? まあもしトトにいたなら、待っていれば彼の方から来てくれるだろう。捜索の人員をトトに放ったことで、「ハイランドの少年兵が傭兵隊に捕まった。今兵士がその仲間を探している」ということが噂として広まったはずだ。ジョウイならそれを聞いて傭兵砦まで来るだろう。
と、思っていたらその通りにジョウイがやってきた。
「リオウ、どこにいるんだ!?」
砦に侵入し大きな声を出して自分の存在を知らせるジョウイ。
「リオウ! どこにいるんだい!? 声が出せないなら合図でもいい! 知らせてくれ!」
口を塞ぐなんて野蛮なことはしないよ。
「ジョウイ! 俺はここだ!」
リオウも答える。さて、それじゃあ物置に行きますか。見つけた。確かに自分の知識にあるとおりの姿だ。青いシャツに灰色っぽい長い髪を一まとめにしている。そして武器は棍。……僕と被るね。まあ僕の黒くて装飾のない棍と違い、シャツと同じ青色に片方の先端には竜の飾りがある。
「リオウ、そこか。早くここから脱出しよう。急がないと兵士が来る!!」
もう来ているよ。壁の横に張り付いているから見つからなかったけど。
「ようし、そこまでだよ二人共」
声をかける。
「!?」
「ティルさん」
根をヒュッと構える。
「安心するんだ……ええと、ジョウイ君、だったね。君達を傷つけるつもりはないんだ。ただ、話を聞きたいこともあるし、大人しく捕まっていてくれると嬉しい」
僕は隙無く構える。二人が武術を扱うなら、力量差もわかるはずだが……。
「くっ……」
「ジョウイ、ここは抵抗しない方がいい」
「リオウ!?」
「ティルさん達は俺に良くしてくれたんだ。きっと悪いようにはしないはずさ。だから言われた通りに捕まる方がいいと思う」
ありゃ、そんな信じられることはしてないと思うんだが、リオウの信頼度は高くなっていたらしい。
「くぅ……おおおおっ」
と、ジョウイが突っ込んできてしまった。振り回してきた棍だけを捌いて弾く。棍がかつーん、ころころと転がった。次に軽く手をぴしっと叩く。
「くっ」
「力量差は認識してくれたかな? さて、捕まってもらうよ」
そうしてジョウイは捕縛された。
その後、会議室に二人を連れて来た。隊長であるビクトールと話をしてもらう。まずは自己紹介をしてからだね。
「さて、今まで伸ばし伸ばしになっていたが、お前らが流されていた事情を聞こうか」
ビクトールから聞いた話だと、ユニコーン少年兵部隊が壊滅して皆殺しにされたということまではリオウが説明したらしい。随分事情をつまびらかにしてくれたんだな、と最初聞いた時は驚いたものだ。
「リオウは部隊が壊滅したとか言っていたが、都市同盟の軍が動いたことはないぜ」
それくらいは情報をもらえる傭兵隊だ。
「いったい何があったのか。詳細を話してくれると嬉しい」
僕の言葉に反応するリオウ。
「俺が話すよ、ジョウイ」
そうして、リオウから説明を受ける。休戦協定が結ばれたとしてキャロという街に帰れることになった。だが、夜に奇襲があり部隊は壊滅、少年兵は皆殺しにあった。そしてそれを行ったのは、ハイランド王国軍の正規兵らしいということ。名前だけ知っているようだが、ルカ・ブライトという王国の皇子が主犯だったようだ。ラウドという隊長もそれに追従していた。
「ここから先は俺の想像になりますが、恐らくあのルカという男は、ハイランドは、『都市同盟が少年兵の部隊を皆殺しにした』ということにして、戦争をふっかけるつもりなんだと思います。自作自演の侵攻を用意して、それに乗っかって軍を動かすつもりなのでは、と」
「……………………なんてこった」
ビクトールがうめく。確かに本当なら厄介なことだ。
「とすると……リオウとジョウイ君は、のこのことキャロの街に帰らない方がいいね。真相を知っている人物ということで、捕らえられてしまったり、最悪謀殺されたりする危険性がある」
「そんな!?」
信じられないとばかりに顔を歪めるジョウイ。故郷を思う気持ちが強い子なのだろうな。でも本当のことだ。
「……ジョウイ、ティルさんの言う通り、今ハイランドに戻るのは危険だと俺も思う。ここはとりあえずビクトールさん達の保護を受けよう。きっと悪いようにはされないはずだ」
うん、そうしてくれるとこっちも助かる。
「あ゛ー。まあ、その、なんだ。大変だったんだなお前さんらは。とにかく、俺にはお前らを害するつもりはねえ。ちょっと考えて上役に報告なんかもすっから、今は捕まっててくれや。食事と寝床は保証すっからよ」
ということで二人は物置に。毛布を一人分、食事を二人分運ぶ。
「悪いね二人共、一人分食事が増えたからちょっと粗末になっちゃったけど、我慢して欲しい」
「いえ、ありがとうございます」
「…………」
素直に礼を言ってくるリオウに比べて、ジョウイはまだこちらを警戒しているようだ。そりゃあ少年兵だけど、軍人として教育されたんだ。当然かな。
§
俺はジョウイと再会できたことで、もう満足していた。彼が、生きていたのだ。それがなにより嬉しかった。そして傭兵達は俺達を上手く扱ってくれるらしい。これなら下手にハイランドへ戻るよりここにいた方が安全だ。
しかし――。
「……逃げよう、リオウ。さっきの今ですぐに逃げ出すとは思っていないはずさ」
ジョウイは逃げる気満々のようだ。食事の際に手に入れたスプーンで牢屋の鍵をかちゃかちゃやっている。うーん、どうにかジョウイを説得したいが、家族に自分が殺されたという連絡がいっていると思うと、家族の所に帰りたいんだろう。情に厚い彼の心が悪い方に動いてしまっている。さて、どうしようか?
「駄目だよジョウイ君」
再びティルさん登場。駄目だ、この人は抜け目がない。
「はぁ……やっぱり逃げるつもりだったんだね。鍵を開けているなんて、じゃあこれは……」
ティルさんは首をかしげながら言う。
「一度、キャロの街まで一緒に行こうか」
「え?」
「え」
驚いた。
「僕の考えなら、二人はキャロの街に行ったら捕らえられると思う。だけどどうしても家族の所に帰りたいというなら、解放してあげてもいいよ」
「……」
何て、お人好しなんだ。
「明日の朝にでも旅装を調えて、キャロの街に向けて出立しよう。だから脱走するのはやめておくんだ。二人だけだとお金もないだろうし、それに、燕北の峠にはそれなりに強い魔物が出るんだ。危険だよ」
こちらのお金や身の心配までされる。なんでこの人はこんなに……。
「ジョウイ、ティルさんがこう言ってくれているんだ。今は従おう」
「リオウ……」
何とかジョウイを納得させて、その晩は過ごした。
「すまないリオウ。君を助けられなかった。……あの後のことだけど、トトという村で気がついたんだ。気絶して川岸に倒れている僕を、小さな女の子が見つけてくれたんだ。そこのご両親が傷の手当てをしてくれて、匿ってくれた。数日が経った頃、傭兵部隊が少年を一人捕虜にしたって話を聞いたから、君のことだと思ってここに来たんだ」
どうやらジョウイは普通の民間人に救出されたらしい。俺とどっちがいい境遇だったのかな。それから俺は自分の身に起きたことも話した。傭兵隊では良くしてくれたと。だが――。
「それでも、都市同盟の捕虜になったことは変わらないだろう?」
とジョウイの信は得られなかった。やれやれ。
…………………………。
一夜明けて、ティルさんは本当に俺達を解放してくれた。
「はい、これが食事や水筒なんかの道具袋だよ。二人の分も用意したからね」
「ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
ジョウイはまだ疑っているようだな。俺はもうこの人達を信用している。だから天山の峠で起こった襲撃についても正直に話した。誠意には誠意だ。……かなり計算した打算の誠意だけどな。
「それじゃあ出発しようか。グレミオ、テッド。峠越えだから気をつけてね」
ティルさんの後ろには左頬に十字傷がついた金髪の男性と、栗毛に青い服の少年がいた。少年の方は僕らより少し年上に見える。
「グレミオです。ぼっちゃんの付き人をしています」
「俺はテッド、ティルの親友だ」
気さくな人達のようだけど。
「……『ぼっちゃん』?」
「ああ、僕はマクドールっていう家の子息でね。グレミオは、今は亡くなったけど父親に雇われて付き人になってくれたんだ。正直この歳でぼっちゃんもないだろうと思うんだけどね」
「ぼっちゃんはぼっちゃんですから」
いいところの出なのか。孤児でゲンカク爺さんに育てられた俺やナナミとは違うな。育ちがいいというのだろうか。優しさもそれに起因しているのかな。
「さて、じゃあ出発しようか」
厩舎の馬を引っ張ってきたティルさん。乗馬については軍の訓練があったから経験している。
そうして、俺達は傭兵隊から出発した。
後書き
みどりの黒髪:若い人はもしかしたら知らない言葉かもしれないですね。ちゃんとした一つの単語です。知りたい人は年長の方に聞いてみよう。
三年後なので、ティルとテッドはちゃんと三年分歳をとりました。リオウやジョウイより年上です。……自分で書いておいてなんですが、歳をとった二人が想像できん。
なお、本作のグレミオとテッドはかなり影が薄いです。あまり出番や発言の機会はありませんね。まあリオウが主役ですから。