ただの火事であってくれ。そんな俺達の願いは木っ端微塵に砕かれた。いまだにくすぶり続ける炎が、パチパチと音を立てて建物を燃やしていた。
「――! ジョウイ、ピリカちゃんの家へ!」
素早く思考を切り替えると、まず知り合いであるピリカちゃんの家へ向かおうとした。
「……………………あ、………………ああ、あ…………」
「ジョウイ! しっかりしろ! まだそうと決まったわけじゃない! ピリカちゃんの家へ行くんだ!」
怒鳴り、背中をバシンと叩く。
「あ……リオ、ウ……。あ、うん……」
二人の腕を引っ張りピリカちゃんの家へ、すると――。
「ピリカ……嘘だ……ピリカが……」
家は、完全に焼け落ちていた。
その時だった。
「大丈夫だよ。皆」
その声がかかったのは。振り向くと、そこにいたのは、
「ティル……さん」
この人が、何故ここに?
「トトの村へ行くと聞いていたから、村の人に聞いて回ったんだ。君達三人を知らないかって、そしたらマークスさんという人達から聞いたよ。ミューズに行くと言って出立したんだってね。ここにいなかったのは幸いというべきかな。とにかく、ミューズから戻ってくるであろう君達を待っていたんだ」
マークスさん……聞いた……ということは。
「マークスさんは、生きているんですか!? ジョアンナさんやピリカちゃんも」
「――!!」
ジョウイが息を飲む。
「ほ、ホントですか!?」
「ああ、僕には独自の調査網があってね、それでトトの村付近にハイランド軍が行軍してくることがわかった。トトの村を攻めるということも、日時もね。だから素早く馬を飛ばしてこの村に駆けつけたんだ。傭兵隊の人員も何名か連れてね。そして素早く村人達を避難させた。大丈夫、トトの村人は全員無事だよ。住居こそ腹いせに焼かれてしまったけどね」
「……ピリカ……ホントに……ああ」
ジョウイは安心したようにへたりこんだ。
「避難した人達はどこに?」
「南にあるラダトって街、そこに迂回しながら移動している最中だよ。女性や子供、お年寄りもいるから、移動速度は遅いんだけどね。とりあえずラダトの街に向かってはいるが……村人全員は街に収容できないから、街の外にキャンプを張ることになるだろうね。仕事の量が多くて眩暈がしそうだよ」
「そう……ですか」
それにしても酷い。住民がいなかった腹いせに焼き払った? そもそも村人しかいないこのトトの村を襲撃すること自体が間違っている。それでは戦争ではなく虐殺じゃないか。
「ハイランド王国の皇子、ルカ・ブライトという人物は、聞く話よりも更に苛烈な性格をしているみたいだね。徹底的に破壊されたこの村を見ればよくわかるよ」
ハイランドが、これを、やった。その事実は今まで以上に祖国に対する気持ちを捨てさせるのに充分だった。こんな非道な振る舞いをするとは。いや、今更か。ユニコーン少年兵部隊だって虐殺しやがったしな。そう思っていると、別の方向から声がかかった。
「ティル? 貴方……ティルじゃない」
§
さて、暗躍のターンである。僕の行動について記述しよう。僕はまずリオウ達がやってくる前――つまりユニコーン少年兵部隊が壊滅する原作開始前――にトトの村へやってきていたのである。ザムザを仲間にしたことは既に語った通りだ。さらに僕はそこで一人の人を仲間にしていた。
のんびり風景を眺めているハンナ。女戦士だ。いやぁ、筋肉ムキムキですな。それに露出が凄いよ。ムキムキでも肌が見えているんだ、ドキドキするよ。
「トトの村が近々襲撃されるかもしれないのです。その時に戦ったり村人を避難させたりするのに人手が必要なんです。仲間になってくれませんか?」
「この子供が多い村も襲われるというのか……わかった。仲間になろう。私の力で良ければ使ってくれ」
よし、次は……トトの村で村人全員に対して「ハイランド王国軍が攻めてくるという噂がある。人影でもなんでも見かけたらすぐに傭兵砦に知らせてくれ」とお願いしておいた。これは保険だ。王国軍の斥候を見たりする人がいれば僥倖。それでなくても、村人全員に「ハイランドが攻めてくるかも」という危機感を、あらかじめ抱いてもらったことの方が大事。ことが起こった時に素早く動いてくれるようになる。
そーしーてー。僕の
「……というわけなんだ。ハイランド王国軍が攻めてくることは確定的と言っていいだろう。君にはハイランド王国軍に潜入して、侵攻してくるなら最初にどこを攻めるのか、場所と日時を調べてくれ。そして必ず侵攻前に僕にその情報を届けること。それが今回の依頼だよ」
「承知」
彼が誰か? というと、トラン解放戦争で仲間だったカゲだ。Ⅱでも108星じゃないけど出るんだよね。というかもしかしたらジョウイ側の108星だったかも知れないけど。でもⅡのカゲとは別人だという噂もあったりなかったり……まあいいか。そこら辺は。とにかく重要なのは、僕が彼との契約を継続していたということだ。原作のⅠだと契約(解放戦争)が終わったら消えてしまうのだが、せっかくの優秀な忍者なんだ、手放すなんてもったいない。僕は戦争が終わった時に「二十万ポッチ支払うから、五年間自分と専属契約してくれ」と願い出たのだ。お金はもちろんポケットマネーである。強力で多額のポッチを落とす魔物を倒せば、これぐらいは貯まる。ちなみにトラン共和国にいた頃、新体制ができあがって間もない頃は、反乱を起こしそうな旧赤月帝国の兵士達を探らせたりしていた。カゲのおかげでだいぶ反乱の芽を潰すことができた。
まあとにかくそういうことで、原作では初めに攻め滅ぼされるトトの村を守る為に動いたのだ。さて、後は彼が情報を持ち帰るのを待つだけ。同時にビクトールや彼の上役であるミューズのアナベル市長に、王国軍の協定破りにより侵攻があるかもと伝えておく。そして満を持してリオウ達の登場。彼らからルカ・ブライトの所業を聞かされたビクトールは素早くアナベル市長に連絡をとってくれた。と同時に国境近くのトトの村人達を避難させる許可をもらう。
そして、リオウ達がピリカに会いに行ってから数日後、カゲから情報がもたらされた。ハイランド軍はミューズ市国の東部を襲撃する予定だと。それを聞いてすぐ早馬を飛ばしてトトの村へ行き、村人を避難させたというわけ。事前に警告を受けていた村人は取るものも取らず逃げ出した。子供、女性、お年寄りには傭兵隊や村にある馬と馬車を全て使った。これで南のラダトまで避難してもらう。
そして今、僕は一人トトの村に来ていた。テッドとグレミオには避難民の先導をお願いしてある。僕の身より民間人の村人だ。厳命しておいた。
そしてリオウ達と合流したのだが……。
「ティル? 貴方……ティルじゃない」
ここで登場しました。アップルです。クリーム色の衣服に丸い眼鏡。キリッとした目つきに茶色のおかっぱ。三年後のアップルだ。こうしてかつての仲間と出会えると嬉しいね。
「……? アップル。アップルじゃないか。久しぶり。三年ぶりかな?」
偶然出会ったという演技。もはやどっちが素なのかわからないほど板についてきた感がある。
「貴方……どうしてこんな所にいるの? マッシュ先生からの手紙で旅に出たっていうのは聞いていたけど……」
マッシュとは手紙のやりとりをしているのか。きっと性格そのままの文章を書いているんだろうなぁ。
「あー。そこら辺の、僕の事情は後にしよう。今は目の前の事態に対処するのが先決だ。違うかい?」
ぶんぶん、と手を振って僕の事情を聞かれないようにする。
「……その通りね。貴方、相変わらずね」
どういう意味だろう。
「とりあえず話は移動しながらにしよう。時間がもったいない。この近くにビクトールを隊長とする傭兵砦がある。まずはそこに行こう」
「わかったわ」
「リオウ、ジョウイ、ナナミ。三人も一緒に来てもらうよ。あの子、確かピリカちゃんって言ったっけ。その子と会うのは後でもできるから、とりあえず動こう」
歩き出し、そして話をする。アップルとは旧知の仲で、かつて解放運動を行っていた時に副軍師として活躍した女性だと紹介した。次にリオウ達のことを、ハイランドの裏切りによって切り捨てられた少年兵だと話す。
「…………酷いなんてものじゃないわね。その、ルカ・ブライトという男は」
「うん。またあの時以上の戦乱が起こりそうな予感がするよ」
トトを出発して三日後、傭兵砦についた。しかし傭兵の三分の一は出払っている。そう話すと、
「……ひょっとして、リューベの村も避難を?」
リオウは理解が早くていいなぁ。
「うん、トトが襲われたからね、安全の意味も込めて……っていうより。僕がハイランドに放った人からの情報なんだ。ハイランドはミューズ市東部を完全に焼土にするつもりだってね」
「――!」
リオウ達はそれを聞いて驚いた。
「とりあえずトトとリューベの村人は同じく南に避難させて、傭兵は砦で一戦やらかそうってわけ。戦うのなら、軍師としてアップルが加わってくれると嬉しいけど……」
「……元々そのつもりよ」
良かった。僕は嫌われているだろうが、何とかアップルも仲間に入れられた。そして皆でビクトールがいる会議室へ。
「ビクトール!」
「おう、ティル。リオウ達は無事か……って。ああ? アップルじゃねえか」
「ええ、久しぶりね、ビクトール。早速で悪いけどハイランドへの対策を練らなきゃいけないわ。この砦は重要な位置にあるもの。ハイランドは必ず攻めてくるわ」
「お前も相変わらずだな」
確かに。このお固い性格はⅢになると変わるけど、Ⅱではまだこんなもんだ。しかし軍師としての能力はそれなりだ。今は対策を練るとしよう。
§
会議室から追い出された。休みなしの移動で疲れているから休みなさい、とのことだが、本音は別だろう。ハイランド軍の一員であった、正式に都市同盟側の傭兵になったわけではない俺達には聞かせられない話もあるということだ。
俺達は部屋で休みつつ、思ったことを口にする。
「なあリオウ。ハイランドと都市同盟……僕らはどうしたらいいんだろう。どっちの味方をするのがいいのか……。僕はハイランドを祖国だと思っていた。けど……」
悩んでいるようだな。
「俺は……もう決めたよ」
「え?」
「傭兵隊の一員になる。さし当たっては領土を越えて攻めてきたハイランドとの戦に参加しようと思っている」
「そんな!」
既に心は決まっていた。あんな非道を行うハイランドなんかに、もはや未練などない。であるならば、軍人としてこの二年生活してきて、戦うことしかできない自分には、戦うことを仕事にするしかないだろうと。ハイランドに戻れば問答無用で逮捕されて即処刑の俺とジョウイだ。生きる為には都市同盟で生きるしかない。都市同盟を勝たせるように動くべきだろう。……勝たせる、といっても自分の力なんてたかが知れているが。
「だけど、もう一つの考えもある」
「もう一つ?」
「そう、ここからも逃げるってことさ。ナナミを連れて、三人で逃げる」
「……」
本音を言えば、俺はジョウイとナナミ、二人と共に逃げたかった。三人で平和になったという更に南のトラン共和国にでも行くとか。……だけど、郷愁がそれの邪魔をする。二人はキャロに愛着を持っている。帰りたいと思っているのだ。くそ、どうにもならない状況が多すぎて腹が立つ。ただ生きることだけを考えたいのに。
逃げるのが一番だが、二人がキャロに戻りたいというのなら、この戦争が終わるのを待つしかない。だけど、軍人だった俺達にできる仕事、お金の稼ぎ方なんて傭兵ぐらいしかない。という思考で最初の結論に戻るのだ。傭兵として都市同盟で戦う、という結論に。
「ジョウイはどうしたい?」
「僕……僕は」
ジョウイは顔を俯かせて考え込んでしまった。
「……ジョウイ、あまり考え込まない方がいい。それに俺は君の味方だ」
「…………ありがとう、リオウ」
そうして俺達は少しばかりの休息を得た。すやすやと眠るナナミが少しうらやましい。俺は……俺はここで戦おう。それは決めたことだ。だけど……。
(爺さんなら……どうしたかな。こんな時、爺さんなら……)
益体もないことだとわかっているが、そんなことを考えてしまう。
………………………………。
翌日目覚めると、部屋にレオナさんが入ってきた。
「お目覚めかい? リオウ、あんたにビクトールが何か頼みたいことがあるんだってさ。会議室に行ってやりな」
「ビクトールさんが?」
なんだろう、と思いつつも予想はできないので、とにかく行ってみることにした。ナナミはまだグースカ寝ていたので、ジョウイだけ起こし会議室へ。
「おう、来たか。リオウ、ジョウイ」
部屋にはティルさんとアップルさんの姿もあった。
「頼み事があると聞きました」
「ああ、少しばかり協力してもらいたいのさ。こんな砦で正規軍相手にどこまでやれるかわからんが、手を尽くして対抗することにした。ティルはミューズに行って援軍を頼む。アップルは軍師として活躍してもらう。俺は、戦える人間と武器をかき集める。んで、お前達にはこれだ」
壁に立てかけてあった槍のようなものを手に取る。銀色の金属で作られているが、穂先はなく、代わりに穴が空いている。反対側には球体があり、柄の真ん中には何かのスイッチが。一目見ただけじゃ何に使う物かはわからない。それが何本もあった。
「こいつの名前は“
そんなものがあるのか。ドワーフは都市同盟の更に南、トラン共和国の山岳地帯に住む種族だ。様々な発明品を生み出していると聞く。
「強力は強力なんだが、手入れをサボってたんでな、使い物にならねえんだ。そこで、リオウ、悪いんだが、リューベの山中に住む『
ふむふむ。要するにお使いか。
「話は理解出来ました。更に今砦には余剰人員などいなくて、客分であるような俺達しか頼む人間がいないということですね」
「理解が早くて助かる。すまねえが頼まれちゃくれねえか?」
「わかりました。その頼み、お受けします」
「おっ、そうか、行ってくれるか。支度金も用意してある。頼むぜ」
既に傭兵になることを決めた俺だ。否やはない。
「ジョウイ、君はどうする?」
「君が行くなら僕も行くよ」
ということになった。じゃあ早速リューベまで向かおう。
砦で馬を借りて半日が経ち、リューベの村に到着した。村は傭兵達が触れ回って村人を避難させている最中だった。でももう村人は少なくて終わりかけだな、その殺伐とした雰囲気に、少しばかり寂しい気持ちを抱きながら村の北側にある門を抜けて山道へ。俺とジョウイはさしたる言葉も交わさずにツァイさんの家へ向かっていた。ジョウイがどんな答えを出すかはまだわからない。しかしできることなら戦うことはして欲しくないな、と思った。
ツァイさんの住んでいると
「おやあ? 人の家に勝手に……」
少し待つと、一人の男性が入口から入ってきた。
「すみません。用事があるので勝手ではありますが待たせてもらいました」
三十代後半くらいの着物を着た人物。まずは挨拶と自己紹介をする。
「私がツァイです」
本人に間違いないようなので、火炎槍の修理について頼み込む。
「なるほど。ことは急を要するというわけですね」
「はい、そうなんです」
「ルカ・ブライトがトトの村を焼き払ったことは聞いています。すぐに出発しましょう」
即行動。これは助かる。
「支度金を預かってきました。これを……」
「前金はもらわないことにしています。今は受け取りません。仕事を終えたら、ハイランド軍に勝てたらもらうことにしましょう」
誠実な人だな、そう思いつつ連れだって下山する。と、山の麓から煙が。心臓がドキンと跳ねる。
「まさか……」
呟きながらも脚を早める。そこには、トトの村と同じ光景があった。ひたすらに燃えている建物。そして――。
一人の男がそこにいた。
かつて俺達の仲間を打ち捨てるように殺した男。ルカ・ブライトが。
奴の体からは恐ろしいほどの殺気が放射されて、遠くにいても身がすくんだ。なんという迫力だ。実際に相対したら、それだけで死んでしまうのではないか――とすら思った。村人を殺せなかったから苛立ってもいるのだろう。それが余計に殺意を抱かせることになっている。
「あ、いつっ!」
ジョウイはぎゅっと棍を握り締める。俺はジョウイの肩に手を置いた。
「こらえろ、ジョウイ。俺達じゃとても敵わない」
軍が総出で村を焼き払っているのだ。突っ込めば待っているのは死だ。
「だからって! このまま放っておいていいのか!」
「今は耐えるんだ。戦になれば、何十人の兵士でかかれば倒せるかもしれない。その機会を待つんだ」
冷静になれ、ジョウイ。生きる為には逃げることだって必要だ。
「くっ!!」
ジョウイの体を捕まえつつ、俺は奴の姿を目に焼き付けた。あいつがルカ・ブライト。仲間を殺した男。戦乱を引き起こす男。あいつを殺すまで、両国の戦争は止まらない。そう、思った。
§
という状況にリオウ達がいることを、僕は知っていた。だが大丈夫だろう。ルカと戦おうとすればツァイが止めてくれるだろうし、僕の知っているリオウならそんな無謀なことはやらない、という信頼感があった。
さて、それじゃあ僕はミューズへ向かおうか。援軍を要請しないと。時間がかかって間に合わないかもとは思うけど。やれることをやるんだ。
§
俺達は夜の中、馬を引いて歩いていた。村の焼き討ちが終わるのを森の中で待っていたらこの時刻になった。とぼとぼと歩く。歩きながら、感情が荒れ狂った。天山の殺戮、トトとリューベの村焼き討ち。惨劇を目にする度にハイランドへの怒りが生まれた。そしてその怒りは、静かに敵意へと変わった。自ら戦乱を起こすルカへの、彼に従うハイランドへの敵意。残虐なルカへ怒りを抱くと同時に、真実を見抜けないハイランドへの失望も。都市同盟の人々に対する同情と謝罪の気持ち。様々な思いが駆け巡り、自分でも感情を持て余していた。胸の中は例えようもない炎に満ちていた。どうすればあいつを殺せるのか――そんなことばかり考えていた。あいつを殺さない限り俺達は死ぬような気がしていた。天山の峠での炎と血。あの惨状を思い出しては、追い立てられるような焦燥感が胸を焦がす。
力がいる。強大な力が。あいつに対抗できるだけの力が。それさえあれば。
「おおーい。お前ら、無事だったか!」
ビクトールさんだ。俺達の帰りが遅いのと、リューベが襲撃されたということで迎えに来てくれたのだろう。後ろには兵士を率いている。
「良かったぜ。リューベで火の手が上がったと報告があったからな。兵をかき集めて様子を見に来たんだ。どうだ村は。避難は間に合ったのか!?」
「ええ、人だけはなんとか、逃げることに成功していました。ただ、村は完全に焼き払われていて」
村人は全員避難していた。傭兵隊のみながトトのことを聞いて素早く動いてくれたおかげだ。そうだ。ルカに対抗するのは都市同盟しかいない。なら――。
「そうか、不幸中の幸いってえやつだな」
「ビクトールさん、お久しぶりです。どうにも厄介なことになりましたね」
「おお、ツァイさん。戦況の説明は後だ。あんたの力を借りたい。お願いできるか?」
「ええ、任せて下さい」
そうして急いで砦に戻る。砦はもう完全に戦闘状態だ。
「ジョウイ、話が……」
ジョウイだけを連れて人のいない場所で話をする。
「ジョウイ、改めて言うぞ。俺は傭兵隊と共に戦う。あのルカ・ブライトは放ってはおけない」
ここで殺さなきゃいけない相手だ。あいつを放っておいたら都市同盟だけでなくハイランドだって酷いことになる。そう思う。
「だけど、ジョウイとナナミを大切に思う気持ちもあるんだ。もし君が逃げたいというのなら……」
もしもジョウイが逃げたいと言うのなら、ナナミを連れて、安全な南の方へ逃げよう。それが一番いい。
「リオウ……確かに僕も、ルカは許せないと思う。でも……」
許せるとか許せないという感情論ではなく、厳然たる事実として、あいつが死なないと戦争が終わらないと思うのだが。
「…………リオウ。君だから正直に言うよ。僕はまだキャロへの思いを捨てられないんだ。いつかあの街に帰りたい」
やっぱりか。俺と違ってジョウイとナナミは故郷を思っている。
「無理に強がらなくていい。それが普通だ」
だけど、キャロに帰りたいのなら、逃げるという一番の方法がとれない。いや、それとも、それでも逃げるべきなのだろうか。逃げて、この二つの国が起こす下らない戦いが終わったら、戻ってくる。そうするべきなのだろうか。
「でも、僕だってルカが一番の敵だと思うんだ。あいつさえ倒せば都市同盟も、そしておかしくなってしまったハイランド王国も何とかなるんじゃないかって……」
ジョウイはそこで言葉を切ると、キャロのある方角を見た。
「……………………リオウ。戦おう。僕も、君と一緒に戦う」
……そうなったか。なら俺はジョウイを守って戦うだけだ。そう決めた。
あてがわれた部屋に戻ると、ナナミが。
「お帰り! 心配したよ。リューベが王国軍に襲われたって聞いて……」
心配させてしまったようだ。俺は表情をいつもより引き締めると、ナナミに決断したことを表明した。
「ナナミ。俺とジョウイは傭兵隊と一緒にルカ・ブライトの軍と戦うことにした」
「えっ!?」
当然、驚かれるだろうな。
「俺達はルカと戦う。仲間を殺し、村を襲撃して焼き払ったあいつだ。このまま放っておけば、今いる都市同盟も滅ぼされる。だからあいつを倒す為に戦おうと思う」
「そんな!? なんで、リオウ達が戦わなきゃならないの? ビクトールさん達に任せちゃえばいいじゃない」
「それじゃ駄目なんだよ。ナナミだってトトの村は見ただろう? ピリカちゃん達の家は根こそぎ破壊された。ああいうことをする奴がハイランド王国軍の頂点にいるんだ。放っておけば都市同盟全体があんな目に遭う。ハイランドも悪い方向へ向かっていく。止める為には戦わなきゃらならないんだ」
あいつを野放しにしていたら、生きられる場所が奪われてしまうんだ。
「…………もう、決めちゃったんだね」
ナナミは俺の意思が固いと理解してくれたようだ。
「ああ」
「……わかった。寂しいことだけど、仕方、ないんだね。みんなが幸せに暮らせる場所がなくなったら困るもんね」
ナナミは悲しそうに微笑んだ。……こんな顔、させたくはないんだけど、な。
「でも! そういうことなら私だって戦うからね! リオウとジョウイだけを戦わせたりしないんだから!」
「いや、それは……」
さすがに……。
「ふんだ。もう決めたもんね。リオウ達だって勝手に決めたんじゃない。なら私だって勝手にするから!」
「……どうする? リオウ」
「ナナミはこうなったらてこでも動かない。諦めよう」
ジョウイとナナミ、守りたい二人共戦うことになってしまった。二人を守りたい。守らなきゃな。
ことは決まったので、ビクトールさんのところへ。
「どうした? お前らは早く避難を……」
「ビクトールさん」
俺とジョウイ、そしてナナミは戦う意思があることを伝える。
「気持ちはありがたいが……これは、お前達には関係のない戦いだ。ツァイのことだけでも充分さ」
やはりすんなりとはいかないか……。
「いいんじゃないかな、ビクトール。僕は賛成だよ。本人達が戦うと言っているんだ。子供だろうと戦う意思を持つなら戦士だ。アップル、君はどうだい?」
「ちょうど身軽に動ける部隊が欲しいと思ってたわ。リオウ君、部隊を引き受けてもらえる?」
二人の援護、それでビクトールさんは渋い顔をしながらも、
「……ふぅーっ。しょうがねえ。隊を任せるから名前を決めときな」
どうやら一つの部隊を任せてくれるらしい。俺達はそれをありがたく受けることにした。
「オレンジ隊とかどうかな」
「普通にリオウ・ジョウイ隊でいいだろう」
名前なんてなんでもいい。ジョウイは何故か残念がっていたが。そんなにオレンジ好きだったか?
早速戦の準備だ。アップルさんから任されたのは砦の防衛。行動を共にする兵士は遠距離から攻撃できる弓兵を五十名ほどだ。これだけの大人数を任されるとは。俺は気を引き締め、一日がかりで準備を進めた。そうして眠らずに朝を迎えた日、偵察をしていた部隊が戻ってきた。王国軍が動いたということ。戦だ。俺は副長のジョウイと部隊に加わったナナミと共に庭に集まった(ナナミには隊の後方で救護などを行う役目を割り振った)。人数からいって、分が悪いなんてものじゃない。この戦はほぼ負けが決定しているようなものだ。しかし、戦いようによっては時間を稼ぐ、進軍を遅らせることはできる。リューベの村人もまだ避難中だったりするのだ。敵の進軍速度を遅らせられるなら、この一戦にも意味がある。
「敵の数はおよそ二千五百といったところです。対するこちらはせいぜい七百。しかし、敵の通る道に策を用意しました。ミューズからの援軍も四日あれば到着するとのこと。それまで粘れば私達の勝ちです」
おっと、そういえば援軍がくる手はずになっていたんだな。ならば、勝つこともできる……か?
「最初はこっちから撃って出るぞ! 敵の出鼻をくじいて戦を有利に運ぶ。後は守りに徹する。いいか、絶対に無理はするんじゃねえぞ! 援軍が来るまで守りきる!」
ビクトールさんの檄が飛ぶ。俺達はその後持ち場についた。リューベの村を通過したなら、街道を真っ直ぐ通ってくるはず。そこに弓兵で攻撃する。
「王国軍だ! 見えたぞ!」
ジョウイの叫び。見たところ、部隊を三つに分けているようだな。それぞれ五百ってところか。とすると千五百。残りの千は……? ひょっとして伏兵や別働隊にしたのか?
とにかく俺達は俺達にできることをやるだけだ。旗を振らせて合図を出す。王国軍はぐんぐんとこちらに近寄ってくる。いよいよだ。すると、王国軍の先頭に一人の男。灰色の鎧、黒い肩当て、髪は玉ねぎのように逆立っている。あいつが将だな。後ろの二隊にもそれぞれ将の姿が見える。赤と白の軍服に赤い髪の男。黒と白の軍服にグレーの短髪。一目見ただけで威風ある将軍だとわかった。これは激しい戦になりそうだ。
「我こそは、ハイランド王国軍先鋒ソロン・ジー!! 砦なんぞにこもっている腰抜けの傭兵が!! 叩き潰してやるから覚悟しろ!!」
言うじゃないか。声が届く距離なので、俺も言い返す。
「残虐な王国軍が何を語る! お前らこそ腰抜けじゃないならさっさとかかってこい! ひねり潰してやる!」
俺は事前に言われた通り、できるだけ敵を挑発する言葉を並べ立てた。
「うぬぅ。傭兵風情が舐めおって! いいだろう、貴様らの首、もらいうける!!」
ソロンは剣を振り上げて兵士に号令をかけた。正面から何の策もなく攻撃してくる。
「矢を放て!」
俺の掛け声で弓兵達は一斉に射かけた。小隊長を任せたキニスンさんは的確に矢を飛ばしてはソロンを攻め立てる。奴は矢を防ぐことで手いっぱいになっている。見たか!
矢で少しばかり向かってくる速度が落ちた。よし!
「ゲンゲン隊長! 頼みます!」
「任せておけ!」
隊長は砦の門を開いて凄まじい勢いで敵の下へ。砦の正面で戦いが始まった。ソロンの兵をゲンゲン隊長の歩兵が押す形になった。
すると背後の二将が左右に分かれて前進してくる。よし、作戦通りだ。
「撃て! 撃て!」
必死に声を張り上げ、矢を飛ばす。矢の嵐で二将の足を止めるのだ。
「よっしゃあ! 行くぞお前ら!」
街道の右にある森で潜んでいたビクトールさんが横合いから飛び出してきた。赤髪の将軍が慌てて兵士の向きを変えようとするが遅い。ビクトールさんが部隊を展開したら、修理された火炎槍が火を吹いた。あまりに長大な距離を一気に焼き払う炎に、王国軍は飲み込まれた。
(……凄い)
あまりにも強力な炎の噴出。草原に王国兵の悲鳴が木霊し、我先に逃げようとする。だが左の森からティルさんが出て、同じように火炎槍を浴びせる。王国軍は壊滅状態に陥った。統制が崩れた王国軍を、二人の部隊が布を真ん中から裂くように割り開いていく――。
「くそぉっ! 金で雇われている傭兵が! 一旦引け。態勢を立て直すぞ。退却、退却だぁ!!」
ソロンは馬を取って返し、散り散りとなった兵を率いて引き上げて行った。
「よおし! やったぜ! 火炎槍。やっぱこいつは大したもんだ!」
勝利の声を上げる。これなら援軍が来るまで持ちこたえられるだろう。俺の胸にも安心が去来する。俺達は急いで砦の中に戻り、負傷兵達の手当てなどを行う。ナナミは救護に張り切っている。
「油断は禁物だよ。ビクトール。それに気にかかることがある」
と、ティルさんがやってきた。
「だが最初の戦いは持ちこたえられた。まずは勝ちだぜ」
「王国軍は遠征で疲れているでしょう。次の攻撃は兵を休ませて、明後日以降になるはずです」
アップルさんの説明。それにティルさんが懸念を呟く。
「だけど、ルカ・ブライトの姿が見えなかった。兵数も想定より少なかったし…………! いけない! 敵だ! アップル!」
すると砦の北にまた王国軍の姿が見えた。くそっ。一瞬でも気を抜いてしまった。馬鹿め。あれだけ爺さんに戒められたというのに。
「こんな……兵を休ませず進軍するなんて、定石から外れているわ。ありえない」
「驚いている場合じゃないですよ! すぐに対応しないと!」
「――! え、ええ。そうね」
「ルカ・ブライトは常識から逸脱した敵みたいだね。僕達の部隊もすぐ移動させる。アップル。指揮を頼む」
「くそっ! やるしかねえ! 向こうだって疲れてるはずだ!」
本来なら負傷兵を後方に下げたり、守りの態勢をとったりするべき時間がない。敵はもうそこに迫ってきていた。
「我が名はハイランド王国第三軍団長キバ。栄光あるハイランド王国皇王アガレス・ブライトの名のもと、貴様らを倒す!」
銀色のフルアーマーに赤いマント。禿げ上がった頭に口元と顎に豊かな髭。その壮年の男性が名乗りを上げる。砦の北から攻めてくる……! そちらに意識を向けたところで、何故かティルさんが戻ってきた。
「アップル、逆方向だ!」
……そうか! 陽動! 残りの兵が!
俺達は急いで逆の方向に兵を移動させようとする。すると予想通り敵兵の姿が。
「リオウ! 敵が来た!」
ジョウイの叫び通り、今度は砦の南から兵が上がった。砦の裏門。そこに白銀の鎧を纏ったルカ・ブライトが立っていた。ルカは真正面から将軍に砦を攻めさせて、その間に森を抜けて南へ回ったのだろう。将が北と東西を攻めていれば、自然、南は手薄になる。――なんて奴だ。戦術までこちらを上回っている。戦の天才、とでも言うのか。
「あの大部隊が森を通ってくるなんて……嘘よ……」
「ルカ!」
奴は裏門を突破して砦の中に入ってきた。兵士がどどっと駆け込んでくる。
「まずい、砦はもうもたない! リオウ、ジョウイ! 君達はすぐに逃げろ!」
ティルさんから叫び声が飛ぶ。彼は多数の兵士相手に、部隊を指揮して砦への侵入を遅らせようとしている。
「そんな……私のせいで……」
「ビクトール! 最後の手段だ! アレを!」
「わかった! 部隊は任せる! 死ぬんじゃねえぞティル!」
ビクトールさんは砦の中に入った。何か策があるらしい。俺は急いで退避を……っ!
「うわぁあぁっぁあ!」
叫び声が上がった。見ると、ルカ・ブライトが兵を斬り殺しながらゆったり廊下を歩いてくる。
「あああああああ!!!」
「!!? ポールさん!」
ポールさんがルカに迫られる。
やめろ! そう思ったが、俺の体は動かなかった。自分の命を大事にする思いが、俺をその場に縛り付けていた。
「ポールさん逃げろぉっ!」
叫び声だけは上げられた。その時、目の前での死を覚悟した。天山の峠で殺されていた仲間達が脳裏をよぎる。血塗れになって沈む人の体。ぼろ雑巾のように傷つけられた人体。それが、目の前で。
「ガキが……死ね」
がたがたと震えるポールさんに向かって練り歩くルカ。それを、
「させるかぁっ!」
ジョウイが棍で殴りつけようとした。だが、簡単に弾き飛ばされてしまう。俺は、まだ動けなかった。仲間を殺したルカが目の前にいる。だというのに闘志や敵意より、恐怖が全身を襲った。奴の体から放たれた殺気と威圧感に、その力と剣技に、俺は……ひたすらに恐怖していた。
(くそぅ、なんだ、なんなんだよ、これっ!)
「いいことを教えてやろう。この世には強い者と弱い者がいる。強い者は全てを奪うことを許されている。弱者は死ぬだけだ。それが世の仕組みというものよ」
強い、者。強さ……それが、あれば……。生きたい。死にたくない。死にたくない。
「や、めろ……リオ、ウ……逃げ……て」
ジョウイの声。俺達はここで死ぬのか――? こんなやつに、殺されるっていうのか。
「ふふははははははは!!」
ルカが剣を振り上げる。そこには例えようもない強大な力があった。恐怖を抱かせる力が。と、
ドォン!!
と爆発音と共に砦が揺れた。ルカにわずかだが隙ができた! 俺は素早く身をひるがえす。体が、動く。すくんでいた体が。逃げる為には動くらしい。なんて現金な体だよ。
「ジョウイ!」
ジョウイの腕を掴んで逃げる。ポールさんには悪いが自分で逃げてくれ。ナナミ、ナナミはどこだ! するとナナミが砦の前にいた。
「リオウ! ジョウイ!」
抱きつくナナミ。ああ、俺は生きている。生きているんだ。九死に一生を得た。そこにビクトールさんがやってくる。
「喜ぶのはまだはええ! 早く逃げろ! 地下のボイラーに火炎槍を投げ込んでやったんだ。もうすぐ爆発する!」
「わかりました!」
俺はジョウイとナナミを連れて逃げる。
「走れ! 逃げ延びてミューズを目指せ! 死ぬなよ!」
俺達は、敗北の悔しさと極限の恐怖の中、逃げ出した。
§
「引け! 今は退くんだ!」
部隊に指示を出して逃がす。リオウやジョウイ、ポールが気がかりだが、目前の敵に対応するだけで手一杯だ。生かすだけで精一杯、ルカを探す暇がない。いや、会えたとしても殺せるかどうか。それだけの敵、それだけの強さだ、ルカ・ブライトは。
「どけ、どけぇっ!」
ビクトールが火炎槍を投げ込んだのだろう。砦が燃える。
(負けたな……)
今回は僕達の負けだ。これからも苦難は続くだろう。だけど――諦めない。諦めてたまるものか。僕は久しぶりに訪れた敗戦から、逃げ出すのだった。
後書き
ハンナさんの一枚絵を見たことがあるならわかってくれるはず。あの人ムキムキなのを除いたら凄い露出の格好だよ! ドキドキだよ! というか作者はムキムキしている女性でもいけるから余計に(以下略 ……真面目なストーリーなのに発奮してしまいすみませんでした。反省しています。
カゲを継続して雇っておく。前作のエンディングの文章は、
『契約は終わったと言い残して、みなの前からは去る。』
です。みなの前から“は”去る。というのがミソ。主人公であるティルの前からは去っていなかったのですよーというお話。これで何とかトトとリューベの民間人虐殺は防げました。
ルカを殺すことはできなかったティル。彼でも一対一ではルカを倒せないでしょうね。それぐらいルカは強い人物です。