ゲーム小説 幻想水滸伝Ⅱ   作:月影57令

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第6話 始まりの紋章

 砦はハイランド王国軍の手に落ちた。俺達は強大な力を持つルカ・ブライトに敗北したのだ。その事実に歯噛みしつつも、大切なジョウイとナナミを逃がす為に動く。

 

 周囲は王国兵がいる、だが北側だけはゲンゲン隊長が頑張ってくれていて、傭兵はそこから逃げ出していた。俺達も続く。

 

「ゲンゲン隊長! 貴方も一緒に!」

 

 彼にも死んで欲しくない。もちろん自分の命よりは大事ではないが。

 

「ゲンゲンは後からいく。死んだら仲間が悲しむからな。リオウ、ミューズで会おう!」

 

「はい、きっとですよ!」

 

 柵を乗り越えて北を目指す。すると仲間が何人か集まってきた。キニスンさんとシロ、ザムザさん、リキマルさん、ゲンシュウさん。彼らと一緒に北を目指す。しばらく歩いた後、後ろを振り返る。あの穏やかだった砦は火に包まれていた。また、トトやリューベと同じように人が住む場所が壊されたのだ。弱かったから。敗北、したから……。

 

「リオウ……」

 

 俺を心配そうに見るジョウイ。大丈夫だ。俺は落ちこんでなどいない。感傷に浸るより生存のことを考える方が大事だ。

 

「今は、ビクトールさん言う通りに、ミューズを目指そう。ナナミ、大丈夫か?」

 

「うん……私は大丈夫。でも兵隊さん達、皆怪我をしていたのに……」

 

 救護を担当していたので、それを見ていたのだろうな。暗い気持ちのまま、俺達はミューズを目指してトトの村に辿り着いた。

 

 

     §

 

 

 トトの村は、破壊された無残な姿をさらしていた。ひゅうひゅうと鳴る風が虚しさを助長するようだ。

 

「とりあえず、今日はここで休もう」

 

 ほぼ休みなしで歩いてきた。破壊されてしまった村だが、風よけくらいにはなる。俺達はここで野宿することにした。そんな時だ。それを発見したのは。

 

「何だ? ここは」

 

 野宿の準備も大体終わって、焚き火をする木片などを拾い集めていたら、洞窟があった。

 

「確か、マークスさんは村の祠を世話しているって話だったよ。多分それじゃないかな」

 

 ジョウイの言葉。頷きながらも試しに入ってみる。すると、

 

「何でこんなに明るいの?」

 

 ついてきたナナミが声を上げる。その言葉通りに青白いほのかな光が灯っていた。ただの洞窟ではないのか? 疑問に思いつつも更に先へ進む。

 

 後から思ったけど、俺達は何かに導かれていたのかもしれない。普段ならこんなことはしない俺だ。

 

 突き当たりに石碑があった。見てみると、

 

『我と、我が友の思いをここに封じる。我らはついにそれを一つにすることができなかったことを、深く後悔するものである。 ハーン、ゲンカク』

 

「どうして……爺さんの名前が」

 

「ゲンカク師匠……」

 

「じいちゃん……」

 

 それにハーンという名前には聞き覚えが……そこで思考が途絶えた。突然、俺とジョウイを光が包んだからだ。そして、俺は別の場所に移動していた。

 

「ここは……洞の中、か?」

 

 ジョウイの声。

 

 ――運命の糸を辿る者達……。宿星の集う前触れ、それを呼ぶ少年達よ……。進みなさい、運命を紡ぐ為に……。それを手にする為に……。

 

 いったいなんだって言うんだ? この声……あんたは誰だ? そんな疑問の中、俺の脳裏に思い出が蘇る。強制的に頭の中に光景が浮かぶのだ。なんだこれは?

 

 

 

 忘れることなどない記憶。ジョウイと初めて出会った時の記憶だ。

 

「君は?」

 

「ぼ、僕はジョウイ……」

 

 幼き日のジョウイが言葉を発すると、その幻影は消えた。続いて色んな思い出がよぎる。

 

 街の子供と喧嘩しては、やられてしまったこと。

 

 キャロにある皇家の別荘を覗こうとして、兵士に見つかったこと。

 

 裏山の木の根元に、二人で宝物を埋めたこと。

 

 ユニコーン少年兵部隊に入隊したこと。

 

 あの岩の前で再会の約束をしたこと。

 

 

 

 ジョウイとの思い出。それはつまり俺の人生だ。敗北して傷ついた俺の胸を、温かい感情が満たした。そうだ……俺は一人じゃない……いつもそばには君がいた……俺達はずっと一緒だった……。生も死も、共に選んだのだから……。

 

 すると、幻影は綺麗さっぱり消えていた。洞窟に立つ自分。そばにはジョウイがいる。だがナナミの姿はなかった。今度は場所を移動していないのか?

 

「さっきの幻は……」

 

「リオウ、君も見たのかい?」

 

 どうやら俺達は同じものを見ていたらしい。と、洞窟に俺達以外の声が響き渡った。

 

「運命の継ぎ目をその手にする少年達よ……」

 

 闇の中で聞いた声。少し警戒する。

 

「あんた、いったい何者だ」

 

 誰何の声を上げる。すると、洞窟に光が散る。それが一点に収束すると、一人の女性が俺達の前にいた。体を赤いローブで包み、染み一つない秀麗な白い顔に黒髪が垂れている。固く閉じられた瞳。不思議な雰囲気の女性だった。

 

「貴方は……?」

 

 ジョウイが重ねて誰何の声を上げる。

 

「私は門の紋章を継承する者。レックナート。世界と世界を繋ぐ者です。そして大いなる天秤の代理人にして、運命の見届け人……。運命の継ぎ目をその手にする少年達よ、貴方達が持つ資格を見せて頂きました」

 

「??? いったい何を言っている?」

 

 女性の言うことはまるで要領を得なかった。不思議と言うより変な人だ。

 

「“始まりの紋章”“27の真の紋章”の一つを得られるかどうかの資格です。そして紋章はあなた方を認めました」

 

「真の紋章!?」

 

 ジョウイが驚く。27の真の紋章。それは世界を創世した力だ。それぐらいは知っているが、目の前にいる女性と同様に、うさんくささが鼻につく。

 

「運命の継ぎ目、それは……………………」

 

 するとようやくわかりやすい説明がなされた。この地には戦乱が生まれようとしている。世界に存在する27の真の紋章。それはそれぞれ“法”と“混沌”の属性に分かれる。その均衡が崩れるときに世界は乱れるのだと。

 

「つまり……今この地で起きようとしている戦争は、紋章に関わる戦争だと?」

 

「そうです。紋章の均衡が崩れ、運命が揺らぎ、未来が見えぬ時です」

 

 俺の言葉に答えるレックナートと言う女性。未来なんて最初から誰にもわからないものだろうが。この女性の言うことは一々大げさすぎて信用できない。

 

「しかし、この地には同時に宿星が集う兆しが見られます」

 

「宿星?」

 

 宿星、それは崩れた均衡を元に戻すもの。その星の数は108.それぞれの星の定めは108の者に割り振られている。星が集結した時、大いなる力が働くのだとか。

 

「僕達にその宿星があると?」

 

 俺達が108人の選ばれた人間、その一人だと言うのか。ジョウイが質問した。

 

「運命は、この奥にある真の紋章の一つ、“始まりの紋章”の力を必要としているのです。そして紋章は貴方達を選んだ」

 

「認めたって、さっき俺達が見た幻影のことか?」

 

 真の紋章を俺達が宿す? まるで現実味のない話だ。

 

「少年達よ。考え、そして決めるのです。紋章の力は、決して平穏を約束するものではありません。荒れ狂う運命は多くの人を傷つける。しかし貴方達がそれを鎮めたいと言うのなら……この奥にある紋章の前にそれぞれ立ち、右手をかざしなさい。紋章の力が、運命を切り開く力を与えてくれるでしょう。しかし、それを欲しないのであれば、貴方達を元の世界に戻します」

 

 よくわからないが。

 

「力をくれるっていうならもらっておこう」

 

 力。強さ。それがあれば――。生きられる。あいつに、力を持つ者に殺されたりしない。

 

「リオウ、真の紋章を体に宿した者には、大いなる力と不老の体が与えられるという話だ。不老なんてどうでもいいけど、僕らに紋章の力があれば……」

 

 かなり気軽な俺に比べて、ジョウイは覚悟が定まったような目をしていた。確かに27の真の紋章を宿すというならそれは大きな力となるだろう。

 

 運命? 宿星? 資格? どうでもいい。ここに力があってそれが得られるというなら受けとるまでだ。せいぜい利用してやろうじゃないか。

 

 俺達は洞窟を進んだ。ジョウイは右に、俺は左に。行き止まりには、光り輝く紋章があった。それは盾の形をしていて、埋め込まれた壁で光を放っている。

 

「リオウ、準備はいいかい?」

 

「ああ」

 

 ふと、あの石碑の文章を思い出した。紋章を一つにできなかったという爺さん。ハーンという名前。爺さんは何を後悔していたというんだ?

 

 俺は右手をかざす。そして――。光が、俺達を包んだ。

 

 

     §

 

 

 紋章の運命(さだめ)は二人を導いただろうか? まあ二人が紋章を得ていなくても問題はない。その時はただ目の前にある困難に全力で立ち向かうだけだ。

 

 さて、ルカ・ブライトを殺すことは叶わなかったが、僕は多くの兵を逃がすことができた。多くの人を助けられたのだ。今はそれを喜ぼう。そしてミューズに行くのだ。幸い道中で多くの仲間と合流することができた。ビクトールを始め、ツァイ、ゲンゲン、ハンナ、ミリー、アップル、レオナ、バーバラおばさん。みなを連れて移動する。

 

 その途中にラダトの街で、グレミオとテッドの二人と合流する。久しぶりだなぁ。二つの村人はなんとか避難していた。

 

「久しぶりだなぁ、じゃないですよぼっちゃん! 傭兵砦が落とされるなんて……」

 

「一緒にいれば戦ってやれたのに」

 

「まあまあ、民間人の避難も立派な仕事さ」

 

 今はとりあえず合流できたことを祝おう。

 

 ミューズ市の門では今頃厳戒態勢が敷かれていることだろう。通行証を提示しなければ中に入れない。うぅん。あれはどうなるのかな。と思いつつもかなりの時間をかけてミューズに到着する。と、門の前で、

 

「アレックス、三十六歳は?」

 

「……俺です」

 

「ヒルダ、三十三歳は?」

 

「ほ、おほほ。私がヒルダですわ」

 

「ピート、八歳の子供は?」

 

「……ぼ、僕です」

 

 などとコントをしている主人公三人組が。そばには仲間の四人と一匹もいる。……大人がいるならそっちをアレックスにしなよ。とにかく、門番に借りた通行証を提示しているのだろう。そして当然のように怪しまれている、と。

 

「貴様らぁ! ふざけるのもいい加減にせんか! 怪しい奴らだ! ひっ捕らえろ!」

 

 そこに割って入る。

 

「なーにやってんだお前ら!」

 

 ビクトールがどやしつける。

 

「ミューズ市からの依頼で傭兵隊を組織していたビクトールとティルです。この六人の身元は僕とビクトール隊長が保証します。悪気はないと思うので通してやって下さい」

 

 自分の通行証を見せる。

 

「え、あ……ティルって、あのティルさんですか!?」

 

 どうやら僕の来歴を知っているらしい。いきなり落ち着きをなくした。

 

「あの、がどのティルかはわかりませんが、僕がティル・マクドールです。彼らは僕と一緒に立派に戦った傭兵隊の人間です。通して下さい」

 

「はっ! わかりました」

 

 こういう時は権力なんてものは持っておくべきものだと思うね。それじゃあ一緒にミューズへ入ろう。

 

 

     §

 

 

 俺達がそんな風に偽の通行証でミューズに入ろうとしていたのは、理由がある。まずはそれを語ろう。

 

 俺達はトトで怪しげな女、レックナートさんの導きに従って紋章を宿した。その後、ミューズへと移動したのだが……。

 

「お前みたいな鼻ぺちゃなんかが……」

 

「は、鼻ぺ、ちゃ?」

 

「へちゃむくれのガキなんかに……」

 

「へ、へちゃむくれ……」

 

「こーのちぢれマイマイがぁ!」

 

「むきーーーー!!!! もう怒ったぁ!!」

 

 と、通行証がないと通せないという門番とナナミがやりあってしまった。まあそうでなくても通行証を持っていないので入れなかっただろうが。俺達は少しばかり道を引き返し、白鹿亭(はくしかてい)という街道沿いの宿屋に泊まったのだ。白鹿亭には傭兵砦から逃れてきた負傷兵がたくさん訪れることになった。俺達はその手当て、看護を行った。宿屋の女主人、ヒルダさんは快く迎え入れてくれた。

 

 その、夜。

 

「なあ、ジョウイ……」

 

 二人で、少し話をした。

 

「なんだい? リオウ」

 

「ああ……俺達はルカの奴に立ち向かう力が欲しかった。だから、紋章を宿した。だけどホントにこんな紋章で戦いを終わらせることができるのか?」

 

「紋章は宿せば魔法が使えるようになる……でも、あの人は運命を切り開く力だとも言っていた。きっと僕らを勝利に導いてくれるんじゃないかな」

 

 本当だろうか。右手に宿した紋章に、そんな力があるようには見えないのだが。

 

「リオウ、見てみなよ、満月だよ」

 

 窓の外、視線の先。煌々と輝く月がそこにあった。

 

「ああ……」

 

「ハイランドを出てから色んなことがあったね。なあ、覚えてるかい? トトの祠で見たあの幻を……」

 

「当たり前だろ。つい先日のことじゃないか」

 

「はは、そうだね。あの幻を見て、僕は思い出したんだ。今だから言えるけど、僕は君が羨ましかった」

 

 何だ? 突然。

 

「俺とジョウイの家は全然違うだろ」

 

「確かに、僕の生まれた家にはなんでもあったよ。望めばなんだって手に入った。けど、そうじゃない。そうじゃ、ないんだ……」

 

 俺はジョウイの言いたいことがわからなかった。

 

「君達の家には、いつも温かな何かがあった。君とナナミ、ゲンカク師匠。みんないつも楽しそうに笑い合っていた。僕が持っていなかった何か、望んでも得られなかった何かが、確かにあそこにはあったんだ」

 

「それは……」

 

「僕も今まで、あんまり意識していなかったことなんだ。でも、トトの村で助けられて、マークスさんとジョアンナさん、ピリカと過ごして……それが、何かやっと気づいたんだ。だから、ピリカがお兄ちゃんって呼んでくれた時、僕は凄く嬉しかった。嬉しかったんだ……」

 

 それは、ジョウイの真意だった。そういえば幼い頃、俺達と別れて家に帰るジョウイは寂しそうだった。そのことにようやく俺は気づいた。

 

「すまない。ジョウイ……君の気持ちに気づいてやれなくて……」

 

 俺はそういう感情の機微に疎いのだ。

 

「いいさ。僕もあまり自分の感情や気持ちを話さなかったからね。でも……トトの村はもうない。ルカが焼き払ってしまったから。三人は生きているけど、あの場所は失われてしまったんだ……僕は、それが、酷く悔しいんだ。悲しいんだ……」

 

 俺はその時、ジョウイの心に触れた気がした。だから、

 

「ジョウイ……いつか、キャロの街に帰ろう。俺はもうあの街に帰ることを考えていなかったけど、ジョウイはあの街に帰りたいんだろ? 好きなんだろう? なら、いつか一緒に帰ろう」

 

「うん! きっと、帰れるよね」

 

 ジョウイはその俺の言葉に優しい表情をして頷いてくれた。

 

「僕は誓うよ。この地に平和を取り戻そう。ほんのわずかな力しかない僕だけど、僕はその為に戦うよ……」

 

「ジョウイが戦うなら、俺だって一緒だ。一緒に、戦おう」

 

「うん……戦いを終わらせよう。僕らの大切なものの為に」

 

 そんな、話をした。いつか、戦争が終わったら……いや、終わらせるんだ。きっと。

 

 

 

 次の日。またもや看護に追われていると、

 

「ヒルダ! やっとあの遺跡への入り方がわかったんだ!」

 

「……そ、そう」

 

「ああ、だが、俺一人じゃあ入れないんだよな……何せ魔物がいて……。くそっ、ミューズの奴らが俺を信じてくれりゃあ。あの傭兵ども、全然信じちゃくれないんだ」

 

 ヒルダさんの夫、アレックスさんがそんなことを行っていたので事情を聞いた。なんでも宿屋の裏手にあるシンダル族の遺跡、そこに入ってお宝を頂戴したいんだとか。ミューズに行って人を募ったが、全然集まらなかったと。それを聞いて俺にアイディアが閃いたのだ……まさか通行証を照合される、年齢が記録されているとは思わないで。田舎街出身の身を恨むぞ。

 

 とにかく、俺はアレックスさんに交換条件を申し出た。遺跡の探索を手伝うから、通行証を貸して欲しいと。そして遺跡の探索に乗り出した俺達だったが、この遺跡がまた厄介な代物だった。特定の石をはめ込まないと通れない通路。それに強い魔物達。そうして通った先にいたのが、

 

 ぎしゃおおおお!!

 

 こんなどでかい蛇だったなんて。双頭の巨大蛇で、青い光を降らせたり、頭で頭突きしてきたりする。俺達はジョウイの“黒き刃の紋章“と、俺とナナミ、キニスンさんとシロの連携攻撃を軸に攻め立てた。ザムザさんとリキマルさん、ゲンシュウさんもそれぞれ拳と刀で攻撃してくれた。特に凄まじいのがゲンシュウさんの攻撃だ。一撃で蛇の首一つを斬り落としてしまった。

 

「裁きの時!」

 

 ジョウイの紋章はどうやら攻撃に特化しているらしい。中空から現れた魔法の黒い剣が、蛇を串刺しにしている。だというのに、

 

「――大いなる恵み」

 

 俺の“輝く盾の紋章”は防御用、主に回復魔法に特化しているようだった。力って言われてもなぁ。派手さにかけるというかなんというか。まあ回復力は凄いけど。敵の攻撃で負った傷もみるみるうちに治った。癒す力……か。極めれば多くの人を助けられるのかもしれないな。

 

 だが、そんな苦労をして蛇を突破した先にあったのは、

 

「何だよこの草は! 薬草なんざ!」

 

 ただの薬草だった。アレックスさんは大変しょげてしまい。宿に戻ることとなった。

 

「はぁ……まあ、土産話くらいにはなるか」

 

 だが、世の中とは都合よくできているものだ。宿に帰った俺達を待っていたのは、疲労からか、倒れてしまったヒルダさんだった。尋常でない熱を出したヒルダさんだったが、思い返した俺が遺跡の薬草を煎じて飲ませたところ、たちどころに良くなった。アレックスさんは感激し、涙を流した。めでたしめでたしであった。

 

 そうして、次の日、俺達はアレックスさんに借りた通行証を持ってミューズへ向かったというわけだ。

 

「はぁ……随分、色々あったんだね」

 

「そうなんですよ」

 

 ビクトールさんやティルさん達は、砦の南に逃げてからデュナン湖を渡りやってきたとのことだった。だから時間がかかったのか。それはそうと、

 

「ビクトールさん、実は……」

 

 白鹿亭に負傷兵が溢れている現状を説明する。できれば医療物資、薬を届けた方がいいだろう。見立てじゃ不足しそうだったからな。

 

「それならホウアンって先生のとこに行って、薬をもらわなきゃならねえな。薬は人をやって届けさせればいいか」

 

 良かった。これで薬不足などにはならないだろう。ホウアン先生か。トウタ君の師匠に当たるお医者さんだな。

 

「リオウ、ジョウイ。お前ら、少ししたら市庁舎に来てくれ。会わせたい人がいるんだ」

 

「私も行く!」

 

 そう言って市庁舎に向かうビクトールさんとティルさん。俺達に会わせたい人? いったい誰だ? そんな疑問を抱く中、当面の落ち着く先として宿を紹介された。レオナさんが街の東にある紅葉亭という宿屋にいるというのだ。そこでも酒場をやっているのだとか。そこに向かおうとすると、突然金髪の背が高い女性から声をかけられた。

 

「ぼうや……ちょっといいかい?」

 

「はい?」

 

「これを少しの間だけ預かって欲しいのさ」

 

 ? いきなり行きずりの俺になんだ? 俺は警戒したが、女性が手を伸ばして包みを俺に押しつけてくる。二つの固いごつごつした包みだ。

 

「じゃあね」

 

 ??? 何なんだ? いったい。

 

「いきなりだったね。あの女性……何を渡されたんだい?」

 

 ジョウイに聞かれるが、

 

「いや、面倒事はごめんだ。見ないことにしよう」

 

 少しの間だけ、とも言っていた。少し経って受け取りにこなかったら捨ててしまおう。何々? とまとわりつくナナミがうっとうしい。そんなことを思いながら歩くと、また声をかけられた。

 

「どこだ? シュトルムにはわかる。シュテルンとモーントは、必ずここに……。おい、坊主。金髪で背の高い女を見かけなかったか?」

 

 ……ははぁ。察するに、あの女性はこの緑衣の男性に追いかけられているんだな。どう返答すべきか……。

 

「いや……知らないならそれでいい」

 

 答えを返すのに考えていたら、知らないという風に判断されたらしい。仕方ないので流れるままにしよう。男は静かに、物音一つ立てず去って行った。

 

 で、この包みはどうすればいいんだ? と思いながら宿屋へ。が、

 

「ありがとうよ、ぼうや。これはお礼だ」

 

 女性が横道から再び現れた。そして革袋……多分お金だろう、を渡してくる。やっぱり危ない臭いがする。

 

「見つけたぞ……エルザ」

 

 さっきの男性も姿を現す。俺の背後だ。人を挟んで修羅場をやらないで欲しい。

 

「クライブ……」

 

 女性はエルザ、男性はクライブか。

 

「やっと……追いついたぞ。ほえ猛る声の組合の執行人として、罪の償いをしてもらう」

 

 ほえ猛る声の組合? まるで知らない単語だ。それに執行人だって? 

 

「撃てるかい? ガンナー」

 

 俺の体を盾にする女……っておい。

 

「ふざけるな。俺を巻き込むなよ」

 

「リ、リオウ!」

 

 ナナミが俺の身を案じる。

 

「悪いが動かないで欲しいね。ぼうや」

 

「坊主! どけ!」

 

 するとエルザの手にある物――俺から取り戻した包みの一つだ――からドン! と派手な音が鳴った。と思ったらクライブが横に転がる。なんだ今の!? エルザはクライブが転がった隙に逃げ出した。

 

「くそっ!! 逃がすか!!!!!」

 

 エルザを追いかけるクライブ……なんつうはた迷惑な奴らだ。

 

「…………」

 

 ジョウイ達も呆然としている。な、なんだったんだ……。

 

「……どうでもいいか。宿屋に向かおう」

 

 突然の出来事に混乱しつつ、とにかく宿で休むことに。そこで、少しばかり暇を潰して、市庁舎に向かった。ちなみに、受け取った革袋の中身は音職人が扱う「音セット」なるものだった。お金じゃないのかよ。

 

 

     §

 

 

 ミューズ市の中に入る。この市にはあの人がいるはずだ。初対面では毒消しをねだられ、次には色々と話して、頼み事も聞いた。お酒を運んだりとかね。今回もできればいてくれると嬉しい。と、いたいた。

 

「おや……またあんたかい。私に何か用でも? ……ふぅん。仲間に、ねぇ……。うん。いいだろう。私もいつまでもあいつに差をつけられたまんまじゃいられないからね。それにキミの頼みだ。聞いてあげるよ」

 

 ということで、隼の紋章を宿した女剣士、アニタが仲間になった。短髪の、匂うような色気を持つ女性だ。ちなみに「付き合って」とか言うと冗談じゃなくラ・マンになっちゃうんだよ。さすがにこの歳でそんな爛れた関係の人ができるのはね……ちょっとまずいし、なにより仲間の中で特別な関係を築くのはね。ということでそんな台詞は言わないよ。

 

 お次はホウアン先生の弟子、子供のトウタ君だ。

 

「ティルさん、お久しぶりです。砦が焼けたって聞いたけど大丈夫でしたか? 良かった。心配だったんです。……ホウアン先生から、お手伝いをして経験を積みなさいって言われました。良ければ仲間に加えて下さい」

 

 ということで苦労などすることもなく仲間になってくれた。

 

 では、市庁舎に行こう。市長のアナベルさんとご対面だ。

 

「おっ、来たな。こっちだ三人共」

 

 リオウとジョウイ、ナナミがやってきた。それにしても忙しいあの人と面会できるとはね。

 

「まあ、なんにしろ忙しい女だからなぁ」

 

「いったい誰に会うんですか?」

 

 リオウはいぶかしげな表情だ。それに対してビクトールはニヤリと笑って答えない。そうして執務室の前に辿り着く。

 

「アナベル、いるかい?」

 

 ノックして返事をもらえたので中に入る。と、目つきの鋭い男前、Yシャツに黄色のスラックスを穿()いた青年、ジェスもいた。やはりこうなるのか。そして書類がどっさりと乗った机の向こうに、水色のバンダナをした女性の姿。茶色の髪は長いが波打っている。市長にしては結構ラフな格好だ。それに中々グラマーだ。おっとあまり見ていたらいけないや。

 

「ビクトール。砦が落とされたって聞いたよ。大丈夫だったのかい?」

 

「ああ、面目ねえな」

 

 気の置けない仲らしく、軽いやりとり。

 

「ティル……あんたの情報、ありがたかったよ。おかげでトトとリューベの村人は害されずにすんだ」

 

 微笑を目に浮かべ、お礼を言われる。

 

「いえ、自分にできることをしたまでです。それに村は焼き払われたんです。完璧には守れませんでした」

 

「ふっ。さすがだね。しかし民間人のいる村から襲うとはね……ルカ・ブライト、か。ハイランドが結んだばかりの休戦協定をこうも簡単に破るとはさすがに想定していなかった。軍の実権を握ったのがルカ・ブライトってことが影響しているのだろう。今度はどちらかが滅びるまで戦争は終わらないかもね」

 

「戦いは激しくなりそうだな。そんで、あんたらに頼みたいのが……」

 

 ビクトールはリオウ達に振り返った。

 

「こいつはアナベル。ミューズ市の市長サマさ。で、横にいるのが副市長のジェスだ。こいつらは、髪が短いのがリオウ、長い方がジョウイだ。あとナナミっていうお転婆娘。……とにかく、こいつらをあんたのところで世話してやって欲しいのさ。事情は、知ってるだろう?」

 

「もしかして……傭兵隊から外すってことですか?」

 

 リオウは自分が戦から遠ざかるとは思っていなかったらしい。

 

「うん、さっき届いた情報によると、ハイランド王国軍は既にミューズとの国境に陣を張っているってことだった。前よりも激しい戦いが予想される。君達を前線に出すつもりはないよ」

 

 そう、僕は二人を戦争に巻き込むつもりはなかった。運命によってそうなるのなら、僕が止めても無駄かもしれないが。その時はできるだけリオウとジョウイをサポートすることにしよう。

 

「だけど、砦の時は参戦させてくれたじゃないですか」

 

 ジョウイが不満げに食い下がる。ビクトールがそれをなだめた。

 

「確かにお前さんらは良くやってくれた。だがなぁ、あん時とは状況が変わった。まだ子供のお前らが命をかけて戦うことはない」

 

 「…………」

 

 沈黙する二人。紋章を宿しているなら、戦う決意もしたはずだ。それなのに外されるなんて納得がいかないのだろう。その二人にアナベルさんが言う。

 

「わかったよ、ビクトール。子供を戦に参加させるわけにはいかない。だけど一つ聞きたい。リオウ……そしてナナミ。お前達の育ての親はひょっとしてゲンカクって名前じゃなかったか? ゲンカク老師が二人の養子を取ったと聞いている。その名前がリオウとナナミだったはず」

 

「ゲンカクって、まさか、あの?」

 

 ゲンカク老師の話は一部では有名だ。当然ビクトールも知っている、と。

 

「そうです。俺とナナミの親はゲンカクです。爺さんを知っているんですか?」

 

「どうして知ってるの?」

 

「まあ、ちょっとね。老師は元気にされているかい?」

 

「爺さんは一昨年に亡くなりました」

 

 それを聞いてアナベルさんは視線を落とした。

 

「そうか……結局、罪を償うことができなかったか……」

 

 リオウは話がわからなくて困惑している。

 

「アナベルさん。爺さんの何を知っているんです? 償いとは?」

 

「ああ……それじゃあ時間がとれたら話をしてあげよう。今は王国軍が迫っていて余裕がないからね」

 

 アナベルさんはそう言うとジェスに声をかけた。

 

「ジェス、この子達を頼む」

 

「何故です? ハイランドの人間を養うなど……我らにそんなことをする理由はないはずです」

 

 ……頭が固いなぁ。アップルといい勝負だ。

 

「子供に罪はない。私が責任を取るから、この子達を受け入れてやってくれ」

 

「……わかりました」

 

 ジェスはビクトールや僕、リオウを睨みながら退室した。

 

「アナベルさん……俺達が戦争から外されてしまうのは了解しました。だけど、都市同盟は今後どうするつもりなんですか? それだけ知っておきたいです」

 

「まだはっきりと方針が決定されたわけではないが、相手次第で戦わざるをえないだろうね。私は市長として、みなの安全を守る責任がある。そして……何よりミューズは私が生まれ育った街。誰にも汚させたりしないよ」

 

 アナベルさんの言葉。そして考えこむジョウイ。

 

「…………」

 

 アナベルさんは気丈な人だ。この人が生きていれば、歴史はどう変化するのか……まあそれはわからないが、とりあえず全力を尽くそう。自分にできることをやるんだ。

 







後書き
ジョウイと違ってとても安易に、目の前に差し出された力を手にしたリオウ。しかし、27の真の紋章にはそれぞれ呪いがあるのでした。これがどのような結末をもたらすのか……。

 自分の生存を中心に考えていたリオウですが、やっと戦争を止める、平和にするという意思を持ってくれました。ジョウイとの約束。これが彼の鍵になります。

 アニタさんもそれなりには好きなんだけどねぇ……(それなりかよ)。やはり活躍はさせられませんでした。アニタさんファンごめんなさい。
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