ジョウイは原作で起きたように、アナベルさんを殺そうとはしなかった。それは止められた。しかし彼は侵攻してきたハイランド王国軍の中へと消えたらしい。どこかで接触したのだろう。確か、家族を人質に取られていたんだったろうか? とにかく、ハイランドはミューズに密偵を放った。そしてハイランド王国軍ユニコーン少年兵部隊だった少年二人を発見。その一人は義姉だけが唯一の親族であり、彼女は常に同行している。もう一人はキャロの街に家族を持っている。故にハイランド国内に家族を持ち、都市同盟に入り込めているジョウイ・アトレイドに手引きするよう脅迫(要請)した、ということだろう。門を開けさせるようにと。しかし、アナベルさんは死ななかった。何とか助けることができた。
ジョウイを裏切らせないということももちろん考えた。彼のそばにずっといるということも。だけど、遠く離れたキャロの街にいる家族を人質にとられているなら、僕にはジョウイを助けてあげられない。さすがのカゲもそこまで万能ではない。ジョウイの家族に事情を話して逃げてもらう? そんなの無理でしょ。だってジョウイの家族はとっくに彼を見限っているのだし、ジョウイが裏切れと言われているのは“都市同盟側”なのだ。ジョウイの家族はハイランド王国の臣民。「ジョウイが敵国の都市同盟を裏切れと強要されているのです」ってジョウイの家族に言ったって、なんで敵国の為に私らが動かなきゃならないんだ、って言われて終わりだよ。さすがにどうしようもないよ、こんなの。
市門を開ける手引きについても、一応監視、見張りの強化は進言しておいたが、やはりスパイが入り込んでいたのだろう。開門させられてしまった。僕と虎の子のカゲはジョウイがアナベルさんを殺す可能性があったので、市門を見張るのではなく市庁舎にいた。よって易々と市門を開けられてしまったのだ。
そして、ミューズは陥落した。王国軍の奇襲によって。僕はあらかじめ奇襲を想定していたので、傭兵の皆には奇襲があるだろうと警告しておいた。ビクトールも急いで駆けつけてくれたので、すぐさま撤退戦の指揮を執ってもらった。戦争はビクトールに任せて僕は手勢を引き連れて市長のアナベルさんと副市長のジェス、他首脳陣だけをまとめて護衛することにした。彼女は生まれ故郷のミューズから逃げるのを悔しがったが、とにかくリーダーである彼女に逃げ延びてもらわないといけなかった。ミューズ市の市長であり都市同盟の盟主である彼女に。
仲間達は散り散りになったが、サウスウィンドゥで落ち合うことを話したので、上手く逃げてくれることを祈ろう。
後は一目散に逃げるだけだ。今に見てろよ王国軍。陥落するミューズで、僕は反抗の気持ちを強く握り締めるのだった。
§
俺は月が綺麗な夜空を見上げていた。ナナミは眠っている。時々、そばの街道を人々が下を向きながら通り過ぎる。王国軍の奇襲を受けたミューズから、命からがら逃げ延びてきた人達だった。万を超える王国軍、その奇襲にミューズは耐えられなかった。俺はまた、逃げ出したのだ。逃げるのは、これで何度目だろうか、最初は天山の峠から滝に飛び込んだ。次は傭兵砦から逃げようとした。キャロの街についたが、街は、国は、裏切って俺達を受け入れてはくれなかった。せっかく住むことになった傭兵砦も燃えて、ミューズへと逃げた。そして今、また俺は逃げようとしている。
今はミューズと南にあるコロネの中間辺りにいる。野宿しているのだ。そばには大きな木がある。俺は人が通る度に、傭兵仲間やジョウイがいないか確認していたが、見知った顔はどこにもなく、虚しい気持ちになりながらため息をついた。
(いけないな、このままじゃ)
そう思う都度にジョウイの姿が目に浮かぶ。ミューズの外へ走り去ってしまった友人を。逃げたというならそれでいい。だが彼が向かった先は王国軍が侵入を果たした門だったのだ。……どう考えても嫌な予感しかしない。都市同盟に失望していたジョウイ……まさか、いや、でも。ハイランドに戻れば殺されてしまう。そのことがわからない彼ではないはずだ。となれば、彼がハイランドに行く理由は、行ける理由は一つだけになってしまう。
俺達は追いかけようとして王国兵に襲われた。それさえなければ追いついていたかもしれない。俺達を裏切った国。ハイランド。それが俺達の前に何度も立ちはだかる。
ここから南に下ってコロネから船に乗るんだよ――レオナさんの言葉がふと胸をよぎる。その通りに俺とナナミは南へと向かっていた。だけど心はジョウイのことを思うばかりだ。
(ジョウイ……どこに行ったんだ……どこに……)
いつも俺のそばには君がいた。共にいたんだ。だけど今はいない。それが俺の心をかき乱す。
「リオウ……」
白々と明け始めた空をバックに、ナナミが呟いた。どうやら起きたらしい。
「ねえ、思うんだけど。……こんな戦いばっかりのところになんかいないでさ、どこか遠くに逃げちゃわない?」
「逃げるって……」
ここからも、どこかへ逃げるというのか。また突拍子もないことを言い出したな。いや、戦いが嫌いなナナミなら不思議はないか。そしてそれは、傭兵砦で俺が考えたことでもあった。自分の身を守る為に逃げる。だけど……。
「どこかの山奥とかさ、二人で狩りとかして暮らすの。畑を耕したりさ……二人だけならどうとでもなるよ」
二人だけの生活、そんな平穏もあるかもしれない。だけど、
「ジョウイがいない」
傭兵砦の時は、三人一緒だった。だけど俺とジョウイが戦うことを選んだ。そして今、ナナミは逃げようと言う。だけどジョウイがいない。
「…………」
「ジョウイが、いないんだ……」
ナナミは目をそらした。
「そう、だね……。ジョウイを置いてどこかに逃げるなんて、できないよね……ごめんね」
「いや、いいんだ」
姉は戦いには向いていない。だからそう思っても当然なのだ。俺は……俺は。
(しっかりしろ! 戦うって決めたじゃないか!)
爺さん、ジョウイ……俺はどうすれば……駄目だな、こんなの。自分で考えなきゃ、な……。迷いを、捨てるんだ。もう、逃げていちゃいけないんだ。
日が昇り、俺達は南へと道を歩いていた。失意にくれる避難民に混じって進む。半日が経ち、俺達はコロネの街に辿り着いた。
コロネ。都市同盟領の中央に広がるデュナン湖に面した漁師町だ。
「波止場に行ってみよう。ここから対岸のクスクスの街に行くんだ」
「レオナさん、船に乗るって言ってたもんね」
ここにも王国軍が来るかもしれないのだ。急いで船を探そう。と、
「アイリさん?」
なんとハイランド王国の皇都ルルノイエに行ったはずの旅芸人三人組がいた。
「リオウじゃないか! 元気だったかい!」
「お久しぶり、リオウさん」
リィナさんも声をかけてくれる。
「元気だったかぁ。リオウ」
のっそのっそと歩くのはボルガンだ。
「今度はガールフレンドと一緒?」
「違いますよ。これは姉です」
少しの間立ち話をした。ナナミを紹介する。
「ふーん、あんたも色々あったんだね」
彼女達の事情を聞くと、ハイランドでの興行が上手くいかず、サウスウィンドゥへ向かうという。
「俺達もそこに行く予定なんです」
「じゃあ一緒に……ところで、ジョウイさんは一緒ではないの?」
「それが……ミューズが陥落したごたごたではぐれてしまって……」
「まあ、ごめんなさい。余計なことを聞いてしまったわね」
「いえ」
気遣われるだけでも違うものだ。リィナさんは優しいな。
「占領した王国軍が、船を出したら処罰するって……ここの奴ら、みーんなビビっちまって、船を出してくれないときてる」
嘆くアイリさん。さて、どうやって船を出してもらうか。三人を宿屋に置いて、俺とナナミは桟橋の方に行ってみた。
「ちぇっ。タイ・ホーの奴め!! 昔のよしみで船を出してくれたっていいじゃねえか」
悪態をつきながら桟橋の小屋から出て来る青年。船を出す、か。もしかしたら……。そう思い小屋に入ると、空色の着物を着た金髪の男性がいた。灰色と黄土色の中間のような色をした着物、顎髭が渋い男性も。二人共お酒を飲んでいる。
「兄貴、別口のお客さんだぜ」
「なんだ? お前ら」
とりあえず事情を説明。サウスウィンドゥに行きたい。だが、
「今はその気になれねぇんだ」
けだるげに言う顎髭の男性。
「どうしても湖を渡りたいんです」
頼み込む。
「ふぅん。わけありって感じだな。じゃあ……勝負しようぜ。こいつでだ」
男性はなんとサイコロ勝負をしようと持ちかけてきた。俺に勝ったら船を出すと。負けたらお金を巻き上げられる。
チンチロリンというサイコロ勝負でやりあう。二つのサイコロが同じ目を出したら、残りの一つがその人の目になる。一以外のゾロ目や、四・五・六なら無条件の勝ち。一のゾロ目と一・二・三なら無条件の負け。サイコロが茶碗から飛び出ても負け。
チンチロリーン。
「俺の目は四だ」
いきなり四を出された。くそっ。チンチロリーン。
「……二」
くそっ。負けた。仕方ない。お金が続く限り勝負だ!
チンチロリーン
「四・五・六……俺の勝ちだな」
サ、サイコロすら振らせてもらえなかった。次!
「五だ」
「目なし。また負け……」
「六」
「四だ」
またまた負け。
「三」
よし! 勝てそうだ! そりゃ! チンチロ、コロッ。
「あ」
「リ、リオウ……」
「しょんべんだな。あんちゃんの負けだ」
も、もう一回!!!
「一だ」
もうお金がないぞ。相手は一だ。チンチロリーン。
「二」
やっったああああああああああああ。勝てたあああああああああああ!!!!
「ほう、あんたの勝ち……か。それなら仕方ねえ。船を出すか」
「あの人達も一緒の方がいいよ。この人達ちょっと怖い……」
ナナミが心細そうに言う。
「なんか言ったか? お嬢ちゃん」
「いえ別に。他にも乗りたい人がいるんです。一緒でいいですか?」
さあアイリさん達を迎えに行こう。合流して桟橋に戻る。
「おっ、なんでえ多いじゃねえか」
あれ、もしかして駄目なのか?
「よろしくお願いします。船を出してくれてありがとう」
挨拶するリィナさん。
「ん、おお、いいぜ。乗んな乗んな」
態度がコロッと変わった。何故?
「兄貴は美人に弱いからなぁ……」
……そうなのか。いやいいけどね。俺達はなんとかその、タイ・ホー、ヤム・クーという義兄弟の漁師に、船に乗せてもらった。クスクスという港町へ向かう。そしてクスクスに着いたら更に南にあるサウスウィンドゥへと。やれやれ、長い旅だ。
§
「おお、お前ら!」
ビクトールがリオウ達を発見して喜色をあらわにする。辿り着いたサウスウィンドゥで再会できた。初めての仲間との合流。
「良く無事だったね、二人共。……あの時の旅芸人さん達じゃないか、一緒になったのかい?」
二人のそばには旅芸人の三人もいる。ということはタイ・ホーに運んでもらったんだろう。チンチロリンはやったのかな? やったよね? じゃないと不公平だよリオウ!
「ビクトールさん達も無事で良かったです。俺達の他に辿り着いた人は?」
「いや、俺とティル、グレミオとテッドの四人だけだな。ここにいない二人には兵をまとめてもらってる。俺達が最初で、お前らが次だ。まあおっつけ来るだろうさ。……ところで、ジョウイはどうした?」
既にビクトールには門を開けたのがジョウイかもしれないということは話してある。
「えっと、その……」
「……辛そうな顔しやがって。言いにくいなら無理して聞かねえよ。話せる時になったら言いな」
さすがに器が広いビクトールだ。
「リオウ、この人は?」
アイリの質問。
「ビクトールさんだよ。俺が戦っていた傭兵隊の隊長だ」
「お、可愛いお嬢さん方、よろしくな」
ビクトールはそんなことを言いつつも、体を街の奥へと向けた。
「それより、俺はこれから市長と面会だ。リオウ、良かったら付き合わねえか」
「サウスウィンドゥの市長は確か……グランマイヤーさん、でしたね」
丘上会議で唯一出兵に賛成だったのがグランマイヤーさんだ。この人も……放っておけば死ぬ。しかし、救う術が見つからない。王国軍はコロネ、クスクスを落としてサウスウィンドゥに攻め入るのだ。それを防がない限りグランマイヤーさんは助けられない。だが、助けるには一万を超える王国軍を撃退しなきゃならない……どう考えても無理だ。今の僕にできることと言ったら、王国軍が来たらすぐに皆を連れて脱出するしか方法はない。脱出して、仲間を集めて、ノースウィンドゥに向かう。それがこれからやらなきゃいけないことだ。だがグランマイヤーさんは兵士達を見捨てて自分だけ逃げることを良しとしないだろう。門が開けられて奇襲されたミューズとは状況が違うのだ。……救え、ない。気絶させて運び出すとかすれば、「体は」助かるかもしれない。だけど、サウスウィンドゥは侵略されて多数の犠牲者が出るだろう。そんなことになったらグランマイヤーさんの心も死ぬ。生きてさえいればそれでいいってわけではないのだ。
「じゃあビクトールさんは戦うつもりなんですね」
「あたぼうよ。今あちこちに人をやっては、バラバラになった兵と仲間を集めてる。人が集まれば器もいるし、飯を食うのにも金がかかる。力を貸してくれるよう頼みに行くのさ」
「じゃあ……一緒に行きます。俺が役に立つかはわかりませんが」
「グレミオとテッドが宿屋をとってもいるはずだから、他の皆はそっちに行って一息ついたらどうかな」
ナナミや旅芸人は宿屋に行っててもらおう。そして歩いていると、やはりリオウは気落ちしている雰囲気だ。
「どうしたんだいリオウ?」
「落ち込むなんてらしくないぜ。ほら、顔を上げて笑ってみな。そうすりゃ元気だって出てくるぜ」
ビクトール、リオウはいつもニコニコするようなタイプじゃないよ。
「…………ありがとう、ございます。二人共……」
「な、なんだよ」
照れるビクトール。
「あの時、滝に流された後、二人に助けてもらわなければどうなっていたか……お二人には感謝しています」
「堅苦しく考えなくていいよ。前を向いていこう」
「だな、俺たちゃ損得で動いてるんじゃねえんだ。あんま気にすんなよ」
ジョウイと別れたことで、だいぶ気持ちが弱っているみたいだ。できるだけフォローしよう。彼はここから更に過酷な運命を辿るんだ。僕で肩代わりできることならする。
サウスウィンドゥの市庁舎に着いた。瓦屋根の二階建てだ。早速市長のところに向かう。
「おお、ビクトールか」
「ティルとリオウも一緒か」
そこにいたのはグランマイヤーさんとアナベルさん、そしてジェス。更にグランマイヤーさんの副官が一人。
「今アナベルから話を聞いていたところだ。ミューズが占領されてしまったとな」
「……グランマイヤー、迷惑をかけるね」
「何、迷惑などではないよ。私ももっと早く兵を送っていれば、と思っているのだ。とにかく、次に王国軍が狙うとしたら我がサウスウィンドゥだろうな。だが我々もトラン共和国との戦いで兵が疲弊している」
こちらを向かれる。うぅん。さすがにこういう話になると分が悪い。だからと言って謝るのも筋違いだし。
「現在の兵力は七千といったところだ。王国軍は二万近い兵数でミューズを落とした。傭兵の中でも名の知れた君の力を借りられればと思う」
ビクトールは随分この人に買われているんだな。
「もちろん。今は散り散りになった仲間を集めているところです。兵が集まったらグランマイヤー殿に支援してもらいたい」
ビクトールのかしこまった言葉にグランマイヤーさんは頷きながら、視線を落とす。
「だが、今我が領内で事件が起きていての。傭兵の受け皿を用意するので、君には事件の解決に力を貸して欲しい」
「そりゃまあ、何かお困りなら力を貸しますが」
ビクトールは困惑顔だ。いよいよきたな。奴が。詳しい説明は副官であるフリード・Yがしてくれる。机の横でピシッとした体勢の男、水色と白の制服に、黒縁眼鏡のかっちりした勤め人という感じだ。でたなヤマモト。
「実は少し前から、ノースウィンドゥで若い女性が行方不明になるという事件が頻発しており……」
……うん、まあ、あいつだよね。
「ノースウィンドゥでそんな事件が……」
「調査に行った部隊からは、化け物が住み着いているようだと報告がありました」
「化け物……まさか」
無精髭をじょりじょりとさするビクトール。当然あいつを思い浮かべるよね。
「ビクトールはノースウィンドゥの出身なんだ」
リオウに説明する。
「ビクトール。辛い思いをさせるが、行ってはもらえないだろうか?」
「はあ、そりゃまあいいですけど……」
話はまとまった。調査隊にはフリードも同行する。さて、宿に移動しよう。
§
「ビクトール。僕はここに残るよ。いつ王国軍の侵攻があるかわからないからね」
「おう、ミューズでアナベルを助けてくれたお前だ。安心して任せられるぜ」
ティルさんはどうやらサウスウィンドゥに残るそうだ。俺としても彼がいるならナナミを置いていっても大丈夫だろうと思える。俺はビクトールさんについて行く。ナナミはついてきたがったが、女性の行方不明事件なんだ。女の子は置いていく。我慢してくれ。
「ノースウィンドゥってどんなところなんですか?」
疑問に思ったので聞いてみる。
「なんにもねえ、しけた村さ」
あまり反応が良くない。なにか事情があるのだろうか。
「ノースウィンドゥは、昔赤月帝国との戦争に備えて建てられた古城と、それを中心とした村なんですよ。赤月帝国は今トラン共和国になりましたが……」
代わりにフリードさんが説明してくれる。フリードさんは生真面目な性格で裏表のない人だ。ラダトの街に奥さんがいるそうで、道中では時々照れながらもその人のことを語ってくれた。
そんな旅を続けて三日目。馬を飛ばしてノースウィンドゥに到着した俺は目を
「いったい、何が起きたら……」
こんな風になるんだ?
「この墓はな。昔ここに住んでた村人達の墓さ。もう十年以上も前になるか、ネクロードってえ吸血鬼がこの村を襲いやがった」
ビクトールさんは少しずつ事情を話してくれた。遠方に買い物に出かけていて難を逃れたビクトールさん。村に戻ると村人達はみな、一人の吸血鬼によってゾンビに変えられてしまった。村人がお互いの体を喰らい、血をすする光景は、忘れたくても忘れられない、との話だった。……俺は、ユニコーン少年兵部隊の最後を思い出していた。血溜まりに沈む骸――この人もまた多くの大切な人を失ったんだ。だから、いつも明るく、剛毅で、皆が頼りにするような強い人になれたんだろうか。俺はビクトールさんの強さに驚くばかりだった。もし自分が彼だったら、ナナミやジョウイを失ってしまったら? 耐えられるかどうかわからない。
そんな吸血鬼も、三年前に赤月帝国で倒されたらしい。だが今また同じような事件が起きている……。そんな風に話しながら歩いていると、
「ふふふ……」
城の扉が開いて一人の男が出てきた。撫でつけた紫の髪、青白いという表現を通りこした顔。黒いスーツに黒いマント。爪も牙も鋭い。背筋におぞけが走った。あまりにも人間離れした威容を見て震えた。
「貴様、ネクロード!」
ビクトールさんが語った吸血鬼。それが目の前にいた。
「生きていたのか!」
右の手のひらをかざすその男、ネクロード。すると村中に立っている墓から骸骨が這い出てきた。村はたちまちのうちにその亡者スケルトンに占拠された。囲まれた!
「ビクトールさん! どうしたら……!」
「この骸骨はネクロードを倒すことでしか対処できねえ。でも、奴にゃあ普通の武器じゃ歯が立たないんだ。三年前に倒した時は星辰剣って剣を使ったが……」
なんてことだ。俺達は進退窮まった。
「今は逃げるしかねえ! 行くぞ!」
そう言うとビクトールさんはスケルトンたちを大剣で薙ぎ払いながら前に進んだ。俺もトンファーで骨を砕くが、いくら壊しても元に戻るのでどうにもできない。追いかけてくるスケルトンを振り切ってなんとか馬のある場所に駆け込む。俺達は急いで馬に乗ってその場から立ち去った。ただひたすらに、逃げ出したんだ。また、逃げた。
「ふふ、あの剣も我が仇。待っていますよ。ここで、ずっとね……」
背後から、吸血鬼のそんな声が聞こえた。
§
という状況にいるだろうな。あの三人は。仲間(108星)がいればなぁ。同行させるところなんだけど、まだサウスウィンドゥに到着していないのだ。でも僕の知識通りなら一人合流する。回復役のリオウに剣士のビクトールとフリード。敵の弱点属性をつける合流者、これならまあ負けることはあるまい。
できれば日数短縮の為、星辰剣を持たせたいがそれも無理。「ネクロードは死んだ」ということになっているのに、星辰剣を持ち続けろとか取りに行けと言ったらどうして? って話になる。というかそれ以前にビクトールはあの剣を毛嫌いしているから、僕が言ったって聞いてはもらえないだろう。ネクロードが現れれば嫌でも取りに行かざるをえないだろうけど。そして僕は僕で王国軍が攻めてくるこのサウスウィンドゥから動けない……と。
そう考えていたら王国軍がやってきた。凄まじい進軍速度で。市長室では対応を協議しているが……。
「どう見繕っても勝てる方策はない。敵の兵力は一万を超え、二万に達するかもしれないという話だ。私は戦いを避けて全面降伏するつもりだ」
市長、グランマイヤーさんの方針は全面降伏だった。徹底抗戦という考え方もあると思うのだが、このサウスウィンドゥのトップはグランマイヤーさんだ。彼がそう決めたなら庇護下にある僕達には何も言えない。彼を救える唯一の光明、集めた兵で彼が戦ってくれるという道も、これで閉ざされた。
「……」
場には沈黙が下りる。やはりこうなってしまった。だが、サウスウィンドゥの兵力だけでは勝てないのも確か。あの軍師がいれば話は別だが、彼はまだ仲間になっていないのだ。そして戦争に関わる気がない彼は、あの二人がいなければ説得して仲間にできない……。
「八方塞がり……ってわけかい」
アナベルさんも憔悴しきった顔だ。降伏するにしても兵を逃がすぐらいは……ああ、そうか。あえて敵に吸収させて中から食い破るのが彼の立案する作戦だったな。なら兵はこのままの方がいいのか。
「すまんがティル、君に頼みたいことがある」
グランマイヤーさんからの頼み、それは。
「アナベル市長達を連れて逃げてくれんかね。彼女さえ生きていればまだ望みは繋がる」
「グランマイヤー! 私は……!」
「逃げてくれ。それが最後の頼みだ。そして都市同盟を救ってくれ」
「アナベルさん。逃げるのなら、まだとれる方策はあります。……僕としてはできるならグランマイヤーさんにも逃げて欲しいところですが」
グランマイヤーさんに訴えかける。生きて欲しいと。だが、
「悪いが、私は一緒には行けない。ここでサウスウィンドゥと共に命運を共にする」
彼の意思は固く、僕達の言葉は届かなかった。僕達はグレミオやナナミ、アイリ達全員を連れて逃げ出した。
……逃げるのはこれで最後だ。次は、次こそは――。
後書き
ティルがサウスウィンドゥの兵を率いる展開も考えましたが、外国出身の傭兵ですからねぇ。しかもサウスウィンドゥの仇敵であるトラン共和国の人間。まず統率はとれないでしょう。原作でもフリックがいたのに彼が指揮を執ったりはしていなかったですしね。転生者であるティルも軍、組織、そういったものには敵わないのでした。