そして、聖グロリアーナ女学院の学園艦に思わぬ来訪者が…
翌朝、朝靄の中を陸上自衛隊、第一ヘリコプター団第102飛行隊に所属する一般的には『ブラックホーク』名前で知られるUH-60JA改は、一時的に統合幕僚本部付きにされ。
戦車同連盟に出向し、日本戦車道連盟の強化委員をしている蝶野亜美一等陸尉に貸し出されていた。
彼女はこの機体を使って、列島を縦断し。大会以降、戦力を拡充や変化をさせている各学園艦の現状を確認するために、毎年この時期は忙しく働いていた。
今日はその初日であり、午後には聖グロリアーナ女学院に到着し、最初の確認を行うことになっている。
毎年度恒例行事であるが、今年は防衛省からの要請で二名の随行員を伴っていた。
一人は彼女と同じ、女性自衛官であり。機甲科の襟章を付けて、空挺徽章を胸に止めた一等陸尉。
第二空挺団が結成されたことにより拡充され、C-2改によって、戦車のLAPES投下が可能になり。その教育を行う為に新設された空挺機甲教育隊。
その教官である、不破環生―ふわ・たまき―であり。
蝶野も彼女から教育を受けたことがあり、気心が知れている。
―問題はもう一人よね―
爆音響く、機内で鼓膜を守る為と機内通話用のベッドセットを付けた顔を対象に向けた。
相手は、こちらの視線に気がつかない様で外を眺めている。制服姿だが、意外に手荷物が多い。
相手は男性自衛官で、階級は二等陸佐。
中央会計隊付きとなっているが。普通科の襟章を付け、空挺徽章、レンジャー徽章、冬季遊撃徽章を付けている。防衛記念章は、階級の割には多く。その中の複数は数回の受賞を示す、金桜を最低一つ付けている。その金桜を付けている記念章は、海外研修と海外派遣であり。他にも統幕や様々な部署を複数回経験したことを示している。
中央会計隊付で、そんな人物が遊んでいるわけがない。
もしくは、やらかして、営門一佐まで飼い殺しなのか?
自衛隊では―話を聞くに警察も同じらしいが―退役前に一階級昇進さて一つ上の待遇で退役者を見送る。例え、次の勤め先が決まっていなくても。だからこそ、一階級昇進させるのが、組織の伝統であり温情だった。
「高野二佐…」
ベッドセット越しに尋ねようとしたが、その前に、相手は私の方を向いていた。
「僕が着いて来たのは、君が踏み潰してくれた車の保証関係の挨拶…は、大洗だけだけど。それ以外に、何を何処が、何処から買っているかの調査。後は、好きなんだよ。戦車」
嫌味を言ったのちに、男は夢見るような視線を浮かべる。
「珍しいご趣味ですね」
少し、嫌味を返す。男は意外そうに返事をよこした。
「いや、多いよ。陸には、特に普通科。皆戦車を愛してやまない。どうしたら、この世から一台残らずに鉄屑に出来るかを日夜考えているよ。味方の戦車を除いて」
二佐は、そう言うと。これ最近言う機会多いなぁと、不思議そうに呟いていた。
「それは有名な、バンパイアハンターが吸血鬼に抱く感情では?」
不破一尉が呆れた様子で言う。
まぁ、そうだろう。陸自の非公式なドクトリンは「戦車絶対殺す」「火力戦で負けない」である。冷戦期に敵対していた仮想敵:甲―つまりは、ソヴィエトーの機甲戦力、砲兵火力があまりにも巨大で在った為であり。遡れば旧軍が連合軍の戦車に辛酸を舐めさせられた事と、火力戦を目指しながらそれを実現できなかった経験からそうなっている。
「まぁ、君たちが下りてくる前に。戦車が突っ込んでくるのを防ぐために、太ももに対戦車地雷括りつけて、ヘリボーンや空挺降下するしねぁ」
持てるだけの対戦車兵器を持って降りるからなぁ。と、二佐は思い出すように続けた。
「二佐は空挺団に在籍なされたのですか」
「大隊S2―情報幕僚―として居たよ。その後は、北米のフォートブラックとか、イギリスのヘレフォードとにかく海外研修祭りだったよ。子供達を私立に入れたくてね。手当が増える事なら何でもしたさ」
―特殊部隊の駐屯地ばかりじゃない―
絶対、まっとうな経歴と職務の人間でないと、私は決めつけた。
「まぁ、それに。聖グロには妹が居るのでね。歳の離れた妹なんで、久しぶりに顔が見たくなった。それで、この仕事に飛びついたんだが。仕事を早く済ませれば、会う時間ぐらい捻出できるだろ。時間の空白は有効に利用しなくちゃ」
すさまじい公私混同を、さらりと口に出した。
そこまで公言されると、脱力と心の底からの呆れが浮かんでくる。
「この人の基本行動原理は、大体コレなのよ。だからほっといて、私達は自分の仕事をしましょう」
不破一尉は、慣れたように疲れた声で言う。
隊を離れていた関係で、隊内事情に少し疎くなっていたが、どうやら有名な話らしい。
「真面目に仕事をしてくれれば、文句は言いませんよ。二佐殿」
私はそう言いきり。この兄を持つ妹は大変だと、内心で同情していた。
その、同情されるべき妹、ラミンは戦車道の授業中であった。
彼女は、コメットを事前に準備をお願いしていた演習場の射場に走らせていた。
書類選考で残った面々は、後続のC15TA装甲トラックに乗っている。
「桐花、運転の具合は?」
私は今のうちに車内の面々に尋ねる。
「まぁまぁ。これから走り回って、体に覚えこませるさ」
インターコムの調子は良い。
返答は彼女らしかった。
自転車と同じで、一度体で覚えたら、咄嗟に体が動く。そう昔言っていたのを思い出す。
「菖蒲、無線は?」
「ベター、増設したアンテナの感度も良好」
これも、予測していた反応だった。
彼女はベストより、ベターの方が好きな性分だ。本人曰く、ベストは状況で変わる。それを求めたらきりがない。だから、ベターで現状に対処する。
彼女の言う、増設アンテナを確認するために、ハッチから上半身を乗り出して確認する。
砲塔上部に偽装網を巻きつける為の支柱が追加され、その上にアンテナが旧日本軍のチハ車の鉢巻きアンテナ様に追加され、車体後部に起倒機能が追加された長いアンテナが伸びている。
それらが、他の機構に干渉していない事を確認して、車内に戻る。
「舞耶さん。二人だと、広いね」
「さん付けは、しなくていいです。そのベレー帽、似合っていますよ」
彼女は自分の頭を指しながら言う。
「ありがとう」
私は髪を押し込んだ二次大戦中の英軍戦車兵のベレー帽に触れながら答える。
姉が戦車道を始めた時に贈ってくれたものだった。
頭部の保護の意味もあるが、あの濃い隊長たちに埋没しないためには、外見上の差異を出すしかないと思ったので、被る事にした。
私はそれほど、目立つ人間ではない。
「車内の振動は?」
「問題ありません。あの機械の方がしんどいくらいです」
私はそれを聞いて、「天国に昇る気持ちで、地獄行き」と言っていた志願者が居たことを思い出した。
彼女はそこまで言うと、昼食を消化吸収せずに体外に出していたが。
「なら、問題ないね。今日は動かないけど、厭きるぐらい装填を楽しめるだろうから」
「え?」
彼女が自分の今後を理解したのと同時に、コメットは射場に到着した。
既に設営班と、ブースロイド工兵隊と呼ばれる集団が待機していた。
戦車がダック・インした状態を再現する盛り土―つまりは射撃陣地の周りには、危険地帯を示す赤いデープで囲まれている。
コメットを射撃陣地に入れると、私はビジョンブロックで前方を確認する。私の注文通りの光景が広がっている事に満足すると。
後続の志願者達が整列している場所に歩いていく。
気の利いた人物が黒板を用意してくれていた。
「さて、お嬢様方。実射試験です」
私はわざとらしく丁寧に言う。片手で黒板に簡単な概略図を書く。
水色チョークがコメットで、ピンクのチョークが敵戦車である。
こういう場合、見方は青系色、敵は赤系色と伝統的に決まっている。
「想定状況は、我が方は威力偵察を完遂。後方攪乱の為、敵予想進路に先回りして、射撃陣地を敵到達までに完成したと言う状況より開始します」
そこまで、言うと。
私は黒板を固定している土嚢に視線を向ける。
何人かがそれが何を意味するかを察して、息を殺す気配を感じた。
「流石に、土嚢を持って走ってもらうのは、射撃試験の本位から外れますので、行いませんご安心を」
安堵の溜息。
私はあいうえお順に黒板に志願者の名前を書いていく。横に上から番号を付けて行く。
「では、一番の方から。実射テストを開始します。残りの方は呼ばれるまで」
周囲を見回す。在った。
「あちらのバンガーに避退していてください。順番が来たらお呼び致します」
最初の一人以外がバンカーに避難したことを確認して、志願者を連れてコメットに向かう。此処から先は志願者の一挙手一投足に注視する。
彼女は、真っ直ぐに砲塔内に入った。私は手にしていたクリップボードのチェックシートにチェックを付ける。
私も砲塔内に入り、ハッチを閉める。
「さて、始めますか」
最初の志願者はやる気に溢れているようだ。
「よろしく」
私はそう言うと、無線を開く。
「標的を出してください」
向こうからは了解の返答。私は、無線をホルダーにかけると、小型のスイッチを手に取る。腰を浮かせて、ビジョンブロックから外を見る。
戦車のシルエットをした標的がゆっくりと動いている。
「目標、1時、950、タイガー、徹甲」
「タイガー?ティーガーじゃ?」
舞耶が意図通りに聞き返す。
「Ⅵ号戦車じゃないの?」
菖蒲もそれにのる。
「ドイツ語だとなんでしたっけ?ティーゲル」
桐花も便乗する。
「それは、あれが作られた時代のドイツ語?それとも現代ドイツ語?どの地方の訛り?」
志願者まで便乗する。
「あぁ。ここはベルリッツ外国語学校じゃない。以後、戦車道連盟の戦車データで呼称します」
私はワザと、イラついた演技で言う。
「了解」
志願者が応じた瞬間にボタンを押し込む。それと同時に叫ぶ。
「見つかった!敵戦車発砲!撃ちか…」
その瞬間に工兵隊が盛り土に仕掛けた爆薬が炸裂し、車体を大きく揺さぶる振動。
その振動の中で、車内に轟音。志願者は素早く撃ち返したらしい。
「次弾装填急いで」
彼女は焦りながら、舞耶に言う。
「審判部より。標的に命中…判定では有効弾ではない」
それを聞いて、私は次の演技に入る。
「車長。撃ちます…車長?」
薄目で志願者を確認すると。返答がない私の方を振り返って、声を上げる。
「車長、失神。指揮を執ります」
彼女はそう叫ぶと、照準器に顔を押し付け、再度発砲。
「命中せず」
菖蒲が無線を聞きながら言う。同時にボタンをもう一度押す。
先ほどより激しい振動。
「審判部より。こちらに命中…撃破されました」
「状況終了」
演技を終えた私は、そう宣言する。
「お疲れ様でした。終了者用のバンカーで待機してください」
私は言うと、無線を待機者用のバンカーに繋ぐ。
「では、二番の方どうぞ」
車外に出て、一番の志願者を見送り。工兵隊が再度爆薬を設置するのを確認して、次の志願者を注視する。
この、実戦環境に近い実射テストは手に変え品を変え、様々なシチュエーションで志願者を試した。
さらに言えば、コメットの主砲の照準器は最初から少し調整を狂わせてもらっていた。
一気に人数を絞る事を目的にしていたが、それ以外にも評価するポイントを用意していた。だから、実射テストが終わるまでは、気が抜けなかった。
射撃技能だけでなく、総合的な能力を見ると言う事は、判断側の疲労は予想以上だった。
他の三名も協力してもらい。さらに、バンカーで待っている時の態度、終わった後のバンカーでの様子などを工兵隊の方々と審判部の方々、さらに一部の先輩の協力を要請して出来るだけ多角的に評価しようとしていた。
その中で、実射テストが本格的に開始される前に、コメットの照準器が僅かに狂っている事を看破した人間は僅か七名で、そして、実射テストで平然としていたのは二名だった。
それ以外にも私の判断基準に合致した人物が二名。後は、協力者の方々の評価を受け取って考える必要があるが…今日も徹夜を覚悟する必要がありそうだ。
とにかく、実射テスト参加者全員を招いたアフタヌーン・ティーでさらに、人物を見極める必要がある。
好き好んでやった事とはいえ、ここまで疲れるとは。
私はコメットの砲塔に寄りかかり、空を見上げる。陸自の輸送ヘリが学園艦に向けて、高度を下げるのが見えた。
嫌な予感がした。
その予感は的中する事になるが、神ならぬ私はその事を知らず。
ただ、本能が告げる警告を無視して、砲手の選別を続ける。
それが、現在、最も優先度の高い。私がするべきことであるからだ。
砲手の選別ですが。
ラミンは射撃技能だけでは選らぶ気ではなく。
コメットの役割に必要な人材を求めています。
時間がないのを理解していますが、それだけに人選には気を使っています。
さて、次話にはメンバーが決定すると思います。
久々にダージリン様達にも出番が在ると思います。
不破一尉は、機動警察パトレイバーより。
空挺レイバー隊の指揮官、不破二尉に昇進してもらい登場してもらいました。