5月に飲むラミンーある少女の挑戦―   作:飛龍瑞鶴

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今回はラミンと兄の会話。
そして、防衛省が動いている理由の一端が明らかに。


兄と妹 兄の仕事

 「ヤコブの手紙 3章9節」

 「『わたしたちは舌で、父である主を賛美し、また、舌で、神にかたどって造られた人間を呪います』ですか」

 同じ血脈に連なる年の離れた男女は、人の途絶えた戦車格納庫で向かい合っていた。 人が途絶え、戦車のみが整然と並び存在する格納庫は。納骨堂の様な静寂と、ある種の思想を具現化した神殿の様な空気を持っていた。

 「お前はまた、そう言う事態になるかもしれない」

 歳の離れた男は、ラミンとこの学園では呼ばれる妹に言う。彼にはそれが杞憂の類の心配であることを理解していたが。彼女の決意を自分の瞳で確認したくなったのだ。

 「そうなったら、あらゆる手段を使って、身を守ります。兄さんにも容赦なく協力してもらいます」

 陸上自衛隊二等陸佐であり。ラミンの兄である高野善行は、妹が少し見ぬ間に大きく変容したことに気づかされた。

 

 ―少し前までは、恐ろしく卑屈で臆病で心配していたが。変わったな―

 

 と、内心で思うが。表面上のペルソナを改変するのには二日もあればできる事と、その手段たるマインドセットの方法を彼女に教えたのは自分だと思い出す。

 「それでは、マタイ10.16だ」

 「『いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。 マタイによる福音書 第10章16節』さっきから引用が、少し違う気がしますよ。兄さん」

 律儀に返してくる妹の知識量に、付け焼刃の聖書知識では対応は不可能と判断し。軽く両手を挙げ、降参の意志を示す。

 

      ―敵わんね。妻たちにも、妹達にも。そして、我が子たちにも―

 

 それが、自分の欠点であり。そして、守るべき『最後の一線―ラスト・ディッチ―』であることを自覚しながら。義行は言葉を発した。

 「聖グロリアーナ女学院の戦車道部隊の隊長さんは、格言好きらしいから。それなりに予習してきたんだがなぁ」

 「嘘ばかり。完璧に他人になる事もあるのが、兄さんの職業でしょうに」

 まぁ、娼婦と同程度に古い職業に属するのは事実である。

 「ヨシュア記2章。暗唱しようか?」

 私は言う。妹は不要と言うように首を左右に振った。

 「で、用件は」

 誰でも、今の妹を見れば不機嫌と察するだろう。まぁ、無理やり呼び出したのは自分なので、責任は私にあるだろう。

 「お前の最大の友軍からの支援物資だ」

 持ってきたプレゼントを渡す。一部はかさばるが、殆どはこの学園艦で実物と交換するためのチケットの様なものである。

 「あ、ありがとう」

 予想外だったのだろう。我が愛しの妹は、自分の家族の行動力を理解しているのに、自分にそれが向けられることを失念する事が多い。

 「父さんと母さんからは、皮の手袋と騎乗用ブーツを作ってくれる店の紹介状だ。代金は気にしなくていい。フルオーダーで作ってくれる。体に合うのを作って貰え。俺からは最新の軍用双眼鏡だ。多目的に機能が付いていて、便利だぞ。それに、使用感も良好だ。過酷な僻地で使用した人間が言うのだから間違いない」

 少し、皐月が笑う。もう少し、兄と妹の会話を楽しみたかったが。そろそろ仕事を始めなければならない時間だ。

 「後は、時計やら水筒やら…あ、葉月からは何故か、WWⅡの英軍採用の信号拳銃一式だ。まぁ、在って困るものでも無いが。」

 無線が使えなくても、位置やタイミングを知らせるぐらいは出来る。後は、士気を高める為にも使える時もある。

 「さて、お仕事の時間だ。会えて良かった。がんばれよ」

 制帽を被りなおして、サングラスをかけ。皐月、いや、ラミンに背を向け歩き出す。

結局、兄らしい言葉は最後ぐらいしか出なかった。我ながら自分の不器用さと不甲斐なさに、悲しくなる。任務なら何の抵抗もなく何でもできるのだが、家族の事になるとどうしても上手くできない。

 「兄さん。ありがとう」

 背後から聞こえる妹の声に、せめて格好良く見えるように右手の親指を立てて答えた。

 

 

 仕事は一段落し、学園艦に居る資産―ある職業での専門用語―から情報を受け取り、学園長と戦車道部隊隊長のご厚意で、戦車道の授業を見学できる事となった。

 少女たちが戦車に群がり、砲弾や燃料を運んでいる情景をみていると。数回経験したブルーベレー任務―国連平和維持軍任務―で目撃した情景を思い出し、複雑な感情を懐く事を禁じえなかった。

 「あれ?戦車は好きなんじゃないですか」

 蝶野一尉がヘリでの会話を思い出し。私の現在の表情から違和感を読み取ったのか、そう尋ねてきた。

 「あぁ、世界の少数派で居る事の喜びと。昔の感傷との折り合いが、なかなかつかなくてね」

 「少数派ですか。それならば、今を楽しむべきでは」

 「怖いほど魅力的なこと言うね。楽しんだら仕事にならないよ」

 私は蝶野一尉に視線を向けながら答える。そう言う意図で言ったのではないのだが。 いや、気がついて話を切り替えたのだろう。

 そう言う割り切る感覚は、女性の方が上手いのは理解しているのだが。どうも、自分自身はそこまでロジカルになる事はできず。ふとしたことで忘却と愚鈍になる事で耐えている事が、心の深淵から顔を覗かせ、平穏をかき乱す。

 内地にいる事が考える時間を増やすのも原因だろう。

 「まぁ、男はロマンチストでね。なかなか、ロジカルには生きられないのさ。それに昔の感傷の方が最近は強くなってね」

 暗い話をしても気が滅入るだけなので、話題を切り替えた彼女の話にのる。

 「昔の感傷ですか。なんです?七か二の師団長を目指していた事ですか」

 「それは今でも目指しているよ」

 胸を張って答える。我が社の機甲戦力の精鋭中の精鋭を指揮するのは、まだ諦めていない夢の一つだ。師団S-2辺りには何とかすれば、異動でなれる可能性が残されている。寒い所は嫌いだが、極地よりはマシだろう。

 その可能性自体が、水をワインに変えるぐらいの可能性なのは考えないことにする。そうすれば、希望くらいは残る。

 「では何です?」

 不破一尉も気になる様で、尋ねてくる。

 「迎え撃つべき怪獣や異星人が存在せず。命がけでそれらに撃ち込む『銀の弾丸』たる秘密兵器が存在しないことだよ」

 二名のWAC-婦人自衛官の略称―から冷めた視線が飛んでくる。いや、本当に本心なのだが。

 「それに気がついたのは何時頃で」

 「小学校に上がる前には気がついていたよ。でも、こういう情景を見ると、ワクワクするのは確かだよ。それだから、制服を着ているのかもしれない」

 それに対する反応は両極だった。蝶野一尉は、「なにを不真面目な」とでも言いたそうな表情をしていた。

 「男の子は何時までもオトコノコって事ですね。ウチの旦那も似たようなものです」

 結婚している不破一尉が言う。

 

  ―蝶野一尉。君も結婚したらわかるさ―

 

 我々は視線のみで内輪の会話を止めるのを決める。人が近づく気配を察し、お互い外向きのペルソナを被る。まぁ、一般幻想は守らなければならない。

 来たのは、私も良く知る聖グロリアーナ女学院戦車道部隊の隊長である少女だった。

 「蝶野一尉、お久しぶりです。他の方々は初めまして。聖グロリアーナ女学院戦車道部隊の隊長をしています。ダージリンと申します」

 優雅であり、数年後には貴賓さに困惑的な美しさを手に入れるのを期待できる少女は、蝶野一尉に一礼後改めて、我々に一礼する。

 視線で不破一尉にレディファーストと告げて、自分ではどう挨拶するか少し悩む。

 とりあえずサングラスは外す。

 その間に不破一尉は自己紹介を済ませてしまう。さて、私の番だ。

 「初めまして、ミス。ダージリン。私は高野善行です。ラミンの兄をしています。妹がお世話になっているようで」

 自分でも思うのだが、この親父の様な挨拶はなんとかならなかったのか?ほら、ダージリン嬢も笑っている。

 「それでは、お父様のご挨拶の様ですわ。高野二佐」

 「まぁ、自分の子供と同じ歳の妹なので、どうも…可愛い妹なのですがね」

 我ながらシスコンだな。と内心呆れる。

 「まぁ、ご家族に愛されている彼女は、幸福ですわね」

 「彼女に言わないでくださると、非常に助かります」

 ダージリン嬢は、年齢に似合わない小さな笑みを漏らす。

 「しかし、珍しいですね。防衛省の方が直接来られるのは」

 緩急が見事な質問だった。将来が楽しみな人材だな。

 「『柿も青いうちは鴉もつっつき不申候』と言う奴で。つっつきたいが、知識は無く、調べる気のない人たちが、連盟に貸しを作らずに情報を欲していましてね」

 私は皮肉めいた笑みを作る。隊長レベルにはわざと情報を流すように命令されている。その情報の正誤については機密だが。

 「この場合の柿は、大洗かしら?」

 なかなか鋭い。

 「いえ、戦車道そのものと我々は判断しています。今年の快挙で、二匹目の泥鰌を狙う所は多い。新たに戦車を買う所も増えるでしょう。そこに変なのが混じらない様にするのが今回の仕事でしてね」

 嘘は言っていない。

 そう言う側面もあるのは事実で、そちらに関する調査も任務として存在する。

 戦車道に関連する各種物資は膨大であり。それが生み出す利潤に群がる輩は、既に動き始めている。

 数年後のプロリーグ、それを睨んだ利権争い。

 選手、車両、そしてスポンサーの確保。

 魑魅魍魎が百鬼夜行を始めるには十分である。

 

 遠目に、ラミンを名乗ることになった妹の乗るコメットを眺める。

 キューポラから上半身を乗り出している妹は、久々に充実している様に見えた。

 兄としてできる事は、彼女が充実して戦車道を出来るように少しばかり助力するだけである。

 




 今回の話は劇場版への布石のお話。
 
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