また、文科省の辻局長が出てきます。
『遅く起きた朝は、まだベットの中で半分眠りたい』と、昔の歌手が歌っていた記憶がラミンにはある。最も、彼女の唄は幼い頃に両親が良く聞いていたので、耳に残っている。そのおかげで、カラオケのレパートリーが増えている。
クルセイダー小隊との乱戦の翌日、丁度の休日であり。コメット巡航戦車は修理と整備中であるため、戦車道はお休みとなり、丁度良い息抜きの日になった。
頼もしい乗員は、「昼まで寝てる」と宣言した桐花と、夜遅くまで何らかの機械と格闘していた菖蒲はまだ寝ているだろうが。共同生活の生活面の主導権を握りつつある舞耶に何れたたき起こされるだろう。
私はそう予想しながら共用スペースに入ると、連絡事項を留めるコルクボードに「教会に行っています」と早苗の書置きがあった。
「本当にキリスト教徒だったんだ」
自分でも失礼な事を口走りながら、自分も走り書きで「車長会議に行っています」と嘘ではないが本当でもない事を書いて張り付ける。
外行きの私服に変な所が無いか確認して、半地下のガレージに入る。そこには、古いタイプの赤いミニ・クーパーがひっそりと彼女を待っていた。入学祝に貰った姉たちのお古だが、兄と姉達に弄り尽くされており、今の車両にも負けないパワーを持っている。
乗り込んで、エンジンを始動する。暫く、エンジンを暖めながら、外を見る。『霧の倫敦』の街並みと、横浜の街並みを混ぜたこの学園艦の朝方は、霧に包まれていた。
「そんな所まで再現しなくてもいいのに」
エンジンが十分に暖まり、ギアをローに入れフォグランプを付けて、ミニを駐車場から発信させた。目指すは、グラブハウス『モダン・タイム』そこに相手がモーニング・ティの用意をして待っているはずだった。
クラブハウス『モダン・タイム』の駐車場にミニを停めて入店する。先客が待っている事を告げて、店員にそこまで案内してもらう。私をモーニング・ティに誘った相手が私を待っていた。
「おはようございます。そして、ご招待いただきましてありがとうございます。ドアーズさん」
クロムウェル小隊を率いるドアーズが私を招いた相手だった。彼女は、ティーカップを音も無く置くと、良く聞こえる澄んだアルトの声を発した。
「まずは、お座りになってください。ラミンさん。貴女とは一度、ゆっくり話したかったものですので、今回の招待に答えてくださりありがとうございます」
ドアーズは笑みを浮かべて言う。私はそれに答えて座り、彼女と対面する。何度か話したことのある相手だが、印象的には油断ならない印象を感じている。いや、聖グロリアーナ女学院の生徒は概ね、外向きのペルソナ被りが上手い。それが英国的な気質を強く受け継ぎ、女子高と言うある種の閉鎖空間で作られたのかは判断を保留したい。
―ローズヒップ小隊長と言う例外が存在しているのだから―
「昨日は、クルセイダー小隊相手に大立ち回りを演じたと聞いております」
私が最初の一口を飲むなり、切り込んできた。
「いえ。原隊に胸を貸して頂いただけです。そちらは、マチルダⅡとブラックプリンス相手に勇戦なされたとか」
こちらも軽く切り返す。本題はそこではない筈だからだ。
「ヴィレル・ボガージュの再現のお手伝いをしたまですわ」
切り返しは効いた様だ。
「さて、枕はこれくらいにして。本題に入りませんか?」
これ以上の話の枕は、結果的に嫌味の応酬になりそうだと感じたラミンは、ドアーズに言う。ドアーズも同様の結論にたどり着いたようで本題にはいる姿勢になった。
「大洗との練習試合についてです。こちらは、貴女のコメット、我がクロムウェル、ブラックプリンスを含むチャーチルと言う陣容になるのはご存じのはずです」
「えぇ、存じています。我がコメットは先行偵察と遊撃が任務。クロムウェル小隊は、主力としてチャーチルと共同進撃ですか?」
聖グロリアーナ女学院戦車道部隊のドクトリンに従えばそうなる。隊伍を組み、隊列を崩さず浸透強襲。
「えぇ、ノルマンディー以前に連合軍が考えていた戦闘の様に」
第二次世界大戦で連合軍は欧州上陸後は、ボカージュや小河川の一本一本を防衛線として組織的に頑強な抵抗を行うドイツ軍を、血みどろのクロースコンバットをしながら潰していくと言う計画を立てていた。その為、ノルマンディー以降の補給は失敗と判定されている。物資の90%はフネか海岸に置かれたままで、残りの10%で戦争をしていた。最も、ドーヴァ海峡にパイプラインを引いて燃料補給問題の解決を図ると言う常識を超える物量と技術力を持った国家が連合国側に居たから、補給の問題が大問題にならなかったのであるが。
思考が横道にはいってしまった。練習試合で予定されているクロムウェル小隊の運用は、クロムウェル巡航戦車の利点を消している。足の速さを縛られては巡航戦車の意味がなくなる。
「伝統的ですが。非効率的な運用ですね」
私は内心で疑問を浮かべていた。あのダージリン様がその様な運用をするのだろうか?これは、ドアーズに対するダージリン様の課題と考えるべきか?
「ですので、次回の指揮官会議で提案したい事がありまして」
ドアーズが意地の悪そうな笑みを浮かべて私に言う。彼女も自分に対する課題と考えていたらしい。
私達二人は、ある種の計画を昼近くまで協議しあう事になった。
海の上で少女達が今後について話し合っている頃。陸では大人達もある種の密談を交わしていた。
「そうですか。大洗の廃校は早まりますか」
陸上自衛隊の制服を着た、高野善行によく似た一等陸佐が。文部科学省学園艦教育局局長である辻廉太に言う。
「行政改革特命大臣と文部科学大臣の双方が合意に達したのでね。政治の決定だよ」
辻は目の前の制服の男にそう答える。彼は局長まで登りつめたキャリア官僚であり、それまでに多くの同期や先輩を踏み台にしてきた。
それ故にこの永田町での処世術に長けており、また官僚としての能力も高かった。
「君達が調査してくれた各学園艦の戦車道部隊の実情はとても重要な情報になったよ」
辻は、高岡と名乗っている。防衛省情報本部から来たと言う事になっている、一等陸佐を労う様に言う。
「しかし、聖グロリアーナ、プラウダ、知波単とのエキシビションの直後に伝えるとは、今後の展開を貴方は予想していますな」
高岡と名乗っている一佐は、辻を試す様に言う。
センセーショナルな事情を抱え、奇跡と言われる優勝をした高校にまたセンセーショナルな問題が発生する事になる。それから展開する状況を、この永田町の鵺の一匹が理解していない筈がなないと読んでの質問でもあった。
「戦車道による状況の打破」
辻は静かに言う。
「それだけですか?」
「いや、今度は戦車道連盟を巻き込むだろう。西住の家元も動くと予想できる」
「それに、ウチから出向している強化委員も、でしょうな」
高岡はそこまで言うと、制服から煙草を取り出す。この場所は嫌煙の風潮の中でもタバコが吸える数少ない場所である。
「しかし、見事なタイミングだ。プロリーグの開催、世界大会の誘致、政府の戦車道振興の方針。それを円滑にするには、世論を戦車道に釘付けにする必要がある。人は、他人の苦労や悲劇を物語として消費したがるものですからね」
紫煙と共に吐き出された言葉に辻は憮然とした声で答える。
「何を言っているだ?私は職務に忠実なだけだ」
「己の首がかかっていても?」
高岡は紫煙を吐き出し続ける。
「大臣達は、どう転んでも次の選挙で勝てればよい。進退問題になるのは貴方だ。あぁ、そう言えば、来年度から戦車道の新興を目的とし。また、戦車道にブラックマネーの流入を防ぐ目的で『日本戦車道振興協会』が設立されますな。戦車道を新たに始める学園艦の支援から、戦車道振興籤の管理までを行う団体だ。局長クラスを経験した理事が、一人はいないと大変でしょう」
どちらに転んでも貴方は安泰だ。ど高岡が付け加えて言うと、辻は表情を崩して答える。
「私はただの官僚だよ。官僚は行政を円滑に行う為に存在する」
そして、薄笑いを浮かべる。それは、永田町に潜む鵺に相応しい笑みであった。
今回の任務は非公式なものであった。防衛省は学園艦の実態調査と言う正規の任務の裏で、今回の文科省の行動の情報支援を始めとする各種支援は、非公式に行われているものである。故に、高野善行二等陸佐はこの期間中、高岡征二郎一等陸佐と言う人物になる事になっている。
善行はこの人生と言うゲームで、堅実な大勝負をする官僚に気になる事を質問する事にした。この場所に高岡一佐が居たと言うアリバイを作る為の時間つぶしでもある。
「で、戦車道で廃校回避を目指す大洗女子と何処を戦わせるつもりですか?」
「大学選抜チームだ。あそは島田流の後継者が指揮を執っている。西住流対島田流、センセーショナルな事になると思うが」
「では、ルールは世界大会用の殲滅戦」
「無論だ」
30対8で殲滅戦か。まぁ、情報を事前にリークすれば、短期転校と言う手段で増援が来るだろう。
善行は、防衛省は大洗側の動きを無視に近い形で黙認すると言う上司の発言を思い出していた。
上司の浅岡一佐は、「女の子たちが力を合わせて障害を乗り越えるのは絵になるじゃないか」等と言っていたが。義行も同意できる事がらであった。
「そう言えば、北海道で文科省が主導でレストアしているアレは?」
「レストアが間に合えば投入する」
あぁ、この人物はこの機会を最大限に利用するつもりらしい。確かに、アレの砲撃は見たい。
そして、アレをレストアしてさらに改造を加える技術力を見せつけることもできる。
どう転んでも、『戦車道に理解のある官僚』と言う印象は確保できる。
故に、貴方は最後まで滑稽な悪役を演じるのでしょう。その演技、見せていただきますよ。
善行は内心でそう思うと、紫煙を吐き出した。
今回は、密談のお話。
劇場版への布石と、自分なりに辻局長を官僚として書いてみました。
どうも、官僚機構とかが好きで、そこで働く人物を悪く書けない悪癖が自分にあるような気が…
局長まで登り詰めた人物が、逃げ道を用意していない訳がないと思うのです。