選ぶには対象を詳しく知る必要がある。
ラミンとなった高野皐月嬢にオレンジペコを付けて退席させ、私はティータイムを再開した。
「なぜ、彼女を選んだか。詳しいお話を聞かせていただけますか隊長。候補者は複数いたはずですが」
アッサムが優雅さの中に好奇心を覗かせて尋ねる。
データ主義者の私の参謀役にはデータを見せるのが早いだろう。
私は、卓上の書類を彼女に示す。
「お読みになられたら、少しは疑問が解消すると思いますわよ」
「では、読ませていただきますわ。失礼します」
彼女は一言断ると、私が示した書類を音もなく取り上げ、席に座りなおす。
「彼女に関する個人情報に、友人等からの聞き取り調査の報告書ですか」
アッサムは、声に出して私に尋ねる。発音する事で、自分の理解を早めるのと、私に詳細を喋らせるためだ。三年も付き合えば、お互いのスタンスが手に取るように解る。
「えぇ。GI6は良い仕事をしてくれましたわ」
GI6こと情報処理学部第6課は、こういう面でも我が戦車道チームに協力してくれる。
「普通科、成績は全般的に平均より少し上、得意科目は歴史と、語学。戦車道では、現在はクルセイダー巡航戦車の砲手。能力的にはパンツァー・ハイ気味ですが、狙いは的確。命中率は我が校では平均値。半年でこれはかなりの努力家ですね。後で、詳しいデータを頂けますか?」
隊長車砲手であるアッサムは同じ砲手として、その成長速度を評価している。確かに、行進間射撃を多用する我が校の戦車運用で平均値を出すのは、それなりに努力が必要である。
「構わないわ。続けて」
「車長への意見具申は多数で採用例多し。全般的な戦術傾向は搦め手を好む。好きな戦車はT-55、好きな花は桜。生まれも育ちも横浜」
アッサムは、彼女の調査報告書の最初のページの概略を軽く読み。二枚目の詳細内容に目を通し。少し驚いた様に声を出した
「家族構成まで…兄が一人に、姉が三人ですか。うち二人は我が校のOG」
「一人はお会いすることができましてよ」
「高野の姓のOGは、私の知る限り居ないと思いますが。最近、こちらに来られたOGの方の中には確実に」
「確かに、OGだけど、校医として赴任なさっているわ。主にメンタルヘルス専門家として」
それを聞いて、アッサムはさらに困惑した様であった。
「校医にも高野の姓の人物はいなかったと記憶していますが」
「それは、そうですわ。ご結婚なされていますから。因みに旦那様は偶に歴史学の講師として我が校を訪れますが、本業は古書堂の店主をなされています。まぁ、本人に言わせれば、それも研究費と資料代を稼ぐための副業と仰っていましたが。歴史学の博士号を持ってらっしゃる御方よ」
それを聞いて、アッサムは納得いったような顔をする。
「その御二方は存じています。渡良瀬非常勤講師と、渡良瀬校医ですね。しかし、渡良瀬校医の旦那様が、渡良瀬非常勤講師とは驚きです。同姓なだけで関係性は無いと思っていました」
アッサムは意外な人の繋がりに驚いたようだ。
横道に逸れるが、基本的に生徒の興味を上手く引き出し、学ぶ意欲の向上させる事に定評のあるが。外見的にはそれほど性的な魅力は無い非常勤講師と。
生徒との信頼関係を上手く構築して、悩みを聞き出し、親身に解決策を共に模索し、円満解決させる事に定評のある。才媛と呼ぶに相応しい知性と性的魅力を持つ校医。
あまり接点がなさそうな二人が、実は夫婦であることに驚きを感じているようである。
「あの、ジェントリ―没落した貴族の代わりにのし上がってきた人々―がパーティで振る舞ったとされるお菓子を再現したと言って、希望者を募りお茶会を開催して。悪夢の情景を演出した人物に伴侶が居たことが驚きですよ」
自分は事前に調べ、危機回避のために参加しなかったアッサムが、まるで参加した様に言う。
「あら、あれは事前に調べれば回避できる点で、ずいぶん良心的と思うのだけど」
私は渡良瀬非常勤講師が用意したお菓子を思い出しながら言う。
用意されたのはある貴族の邸宅を再現した純白の砂糖細工。白砂糖が貴重品だった時代には、その貴族やジェントリの財力を誇示するのには最良の物である。とは言え、実質的には数キロの砂糖の塊であり。食べても食べても、砂糖である事に変わりはなく。その単調な甘さに辟易し、多くの参加者が数日後の体重計を想像して、悲鳴を上げてることになった。
渡良瀬非常勤講師は、非常に濃く淹れた紅茶を用意し。砂糖細工自体も砂糖の種類を変更し、健康被害を最小限にしようとするなど、一応の配慮は見せていたが。
参加者の少女たちが四苦八苦している姿を見て、目に愉悦の色を浮かべていたと証言する生徒も居る。
ちなみに、この「砂糖の悪夢」と呼ばれるお茶会はそれ以降、二度と開かれてはいない。
「渡良瀬校医は、元自衛官、最終階級は一尉。医官だったのですか」
「戦車道の授業中に怪我人が出た場合、素早い応急治療をする為に待機なされているわ。昨日、菓子折りを持って会いに行ったわ」
「妹さんの事を聞き出すためにですか」
「まさか」
私は首を軽く、左右に振って答える。
「ただ。日頃の事に関する感謝の気持ちよ。軽い雑談はしたけど、彼女について聞こうとは思わなかったわ」
それが礼儀と言うものでしょ?と、語外に言うと、アッサムはそれを察した様で軽くうなずいた。
「お兄様は自衛官、渡良瀬校医が一番歳が近い姉で、その上の二人の姉は、一人は報道関係者、もう一人は教育関係者、お父様は通信行政に携わっていると。随分、年齢が兄と姉達から離れていますね」
そう、一番年齢の近い姉でも、干支一回りは歳が離れている。
「そのあたりが、彼女の人格形成にどのような影響を与えたかは、興味深いわね」
随分可愛がられて育てられたのは間違いないだろう。しかし、それだけでは無いだろうとも、推測できる。
私はそれを再確認するためにアッサムを促し、彼女の我が校での評価の部分を読ませた。
「一般的な印象は、近寄りがたいですか。その様には見えませんでしたが」
アッサムは、意外そうに言う。確かに、先ほどの彼女は、小動物系の怖がり方と緊張をしていた。しかし、物怖じせずに会話ができる辺り、社交性は高いと評価していたのだろう。
私は、無言で続きを読むように促す。
「その割には自称、友人の方が多いですね。その方達は彼女を称賛してますね。これは興味深いですね」
アッサムはラミン称賛している人物達の個別聞き取り報告に目を走らせ、納得するような声を漏らす。
「なるほど、なかなか活動的ですねラミンは。多くのケースで、面識のある人物が困ってる際に、その人物との関係の深さは関係なく問題が大きくなる前にさりげなくサポートを行っている。その事に気が付いた人間が、友人を自称する者達ですか。しかし、否定的な意見もありますね。主に上級生からですが」
そういうと、彼女はそちらの報告書に目を通して、何とも言えない表情を作った。
「なんとも、相手を称賛しながら、理解できる人間にはその称賛が実は罵倒であるという方法で相手を罵倒するとは…確かに、罵倒されている事を理解できる人間なら、嫌いになりますね。特に上級生なら下手に怒ると、自分の株が下がってしまう」
女子高と言う社会では、体面と言うものが重要視される。我が聖グロリアーナ女学院は英国的な面が強調されているから、他校よりもずっと重要視される。その中でラミンは、上手く立ち回ろうと努力をしている。その努力の半分は成功してると言えるだろう。半分は失敗と言わなくても、もう少し手管を変える必要があるかもしれない。
入学から半年で、一般的な印象は近寄りがたいと言う評価を周囲からされるのは、なかなかできる事ではない。少なくとも、それなりに注目されなければ、一般的な印象は獲得できない。第一印象は、容易に変わるものであるから、これからその印象がどう変化するかに期待するべきなのだろう。
私は自分が卒業した後の事を少し考えながら。残りの学院生活の中で、彼女と係ることを意識しながら、少し笑みを浮かべて言う。
「まぁ、罵倒される人間は、明らかに間違った行為をした人間に限られるようですから。私が間違えても罵倒するでしょうね。私を称賛する言葉で」
そういう人間だから、私は彼女にコメットを任せるのだ。
長期的に見れば、オレンジペコが隊長になった時の参謀役になれるように。
私にアッサムが居るように、彼女にも同級生の相方が必要だろう。ペコも最近は辛辣になってきた気がするが、根は素直である。故に少し癖の強いラミンと交流させれば、複数の茶葉をブレンドするのと同じように、変化が期待できる。
「それができるのでしたら、あと半年は楽しくすごせそうですわね。ダージリン隊長」
アッサムが何故か、含みのある笑顔で私に言う。
「さて、そろそろですかね」
私は時計で時間を確認しながら言う。
アッサムは何のことかと、思考を回しているようだ。
「彼女が戻ってくる時間よ」
私がそう言うのと、『紅茶の園』のドアが控えめにノックされたのは同時だった。
ラミンこと、高野皐月嬢の対人関係での評価。
そして、自分が去った後を考えるダージリン様の思惑。
次回は、ラミンこと高野皐月嬢が、コメット巡行戦車の乗員をどう集めるかと。
ラミンとオレンジペコの交流を主軸にして書こうと思います。
私事で、次の投稿は少し時間がかかりそうですが、できる限り早い投稿を目指そうと思います。