作中で、語られる「全国大会準々決勝、聖グロリアーナ女学院VS黒森峰女学園」の経過はオリジナル設定であります。
公式設定とは違うと思いますので、その点につきましてはご容赦ください。
また、作劇の都合上、ニルギリさんの学年と性格を改変しています。
この点につきましてもご容赦ください。
決戦前夜
それから、練習試合前日まで私たちは、大洗女子の各車の装填速度、命中率、機動時の癖などを覚え、各自の技能向上に励んだ。満足のいく事は無かったのだけど、こればかりは満足できる事は無いので、現状で妥協するしかなかった。
そして、外野でのアレコレは私達の手が届かない問題なので、あえて気にしなかったが。先日、偶然を装ってすれ違って来たフレミング先輩が、『OG会が上に下に、世代に、派閥に、と分裂して内紛状態ですが。何かしました?』と耳打ちしてきたが。私は『知りませんわ』と曖昧な微笑を返した。
実際の所、思い当たる所はあるのだが。ここ数日間は練習と研究に没頭していたので、周囲で起きている事など気がつかなかった。
また、私の手の届かない所での騒動なので、実際に知らない。
それ以外は私達はごくごく普通の戦車道女子として学園生活をして過ごしていた。もっとも、戦車道女子の生活が普通かどうかについては、多くの異論がありそうではあるが。
下級生が自力で走り出すのを見るのは、嬉しくもあり、些か淋しく感じるのは、奇妙な感覚だった。先輩方も同じような感覚を感じていたのだろうか?
私はついこの間まで、私の戦車で砲手をしていた後輩が、車長として、部隊長として立派に立ち回っている姿を眺めていた。
「練習試合に出れなくて残念?クランベリー」
「それは、そっちじゃないか?ルクリリ。大洗にはなにかとあるだろう?」
「それは全国大会優勝記念のエキシビションマッチで済ませるわよ」
綺麗な長髪を三つ編みで纏めた、マチルダⅡ小隊を率いている我が同期はそう言って、私に並んで同じ風景を眺める。そこではラミンやドアーズが最後の調整を行い、ダージリン様の訓示を聞くために車両を整列させていた。
「あいつ等が準決勝で居てくれたら、色々と楽だったのですけどね」
「ニルギリ、確かにお前ならそう言うよな。小隊車両はまだ入院中?」
「あぁ、新学期までは無理そうだ。エキシビションにも参加できない。練度低下が気になるけど……ひと段落したら、ドアーズに借りるか」
もう一つのクロムウェル巡航戦車の小隊を率いるニルギリが私達に並ぶ。彼女が率いるクロムエル巡航戦車小隊は先の全国大会準決勝、対黒森峰戦で重度の損傷を受けて学園の外の修理工場で完全に分解されての修理を受けている。
私たち三人は同級生で苦楽を共にしてきたせいで、三人だけだと聖グロリアーナ女学院の流儀を忘れて砕けて話せる。
そして、悲しいことに女生徒からの人気があると言う点でも同じであった。一年目はそうでもなかったのだが、小動物系だったニルギリが、肝が据わっと言うか、開き直ったと言うか。アッサム先輩を目指した結果。怜悧な空気を纏い始めた頃にそれが決定的になった。
その結果、ローズヒップ様命名の「ヅカ系三人衆」なる有り難いような、迷惑な様な二つ名が定着してしまっている。
「しかし、黒森峰の重戦車5両を我々全員で仕留めたから、新規にあの戦力が導入された訳だ。卵が先か鶏が先かだな」
「オムレツを作るにはまず。卵を割らなければならない、か」
ルクリリがニルギリに言う。ニルギリも解っているとでも言う様に呟き、肩をすくめた。
そう、黒森峰のティーガーⅠを三両、ディーガーⅡを二両撃破できたのは、ニルギリの小隊と私が所属するローズヒップ様のクルセイダー小隊が、ルクリリ達が支えていた戦線の真横に浸透し、黒森峰の隊列に突入し統制を乱し、グロリアーナ女学院が投入した全戦力での乱戦で得た戦果だった。その代償が75ミリ、88ミリ、128ミリの集中射撃を受けて大破したニルギリの小隊と我々の敗北であったが、確かにラミンとドアーズの戦力が加われば勝てたかもしれないと言う、ニルギリの発言には同意する。
―私達だって優勝したい―
これは、聖グロリアーナ女学院戦車道履修者の全員が抱いている願望であり、もはや熱望にも近い。
ベスト4常連で、準優勝も幾度か経験しているが、聖グロリアーナ女学院は最後の最後で敗北する。
聖グロリアーナ女学院戦車道の伝統と言う制約の中での戦術、戦略ではどうにもならない。
そう思わせられるほど、最後の一手が足りないと感じさせられる。
それを打破できる可能性が目の前に出てきた。これに期待しないでいられるだろうか?
「ルクリリ、クランベリー、これらに目を通し、評価してくれないか?それも今日中に」
「随分急ね」
私も同意と言った表情を浮かべてニルギリから四つの書類綴じを受け取る。
タイトルはそれぞれ
・『プラン:アヴェマリア』
・『プラン:G線上のアリア』
・『プラン:ハンプティダンプティ』
・『プラン:ビネガー塗の鰻ゼリー ファルサルス風味』
と書かれており。
流し読みで読む限り、作戦計画書であった。
「ラミン、ドアーズ、オレンジペコがそれぞれ立案し、採用された作戦計画。最後のが、ダージリン様の基本計画」
「つまり、ゲテモノにいくら調味料をかけてもゲテモノだから、正攻法で潰しましょうと、言う事かな?」
ダージリン様の命名センスに対する評価を冥王星ぐらいまで放り投げて、計画を咀嚼する。
誰しも全部完璧とならないのが人間である。
『ファルサルス』
かのジュリアス・シーザー……ガイウス・ユリウス・カエサルでも良いが、寡兵でポンペイウスの軍を撃破した戦い。
戦術面で言えば、ハンニバル・バルカがカンネーでプブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨルに、ザマの戦いでスキピオがハンニバルにやり返した包囲殲滅を、歩兵運用で行った包囲殲滅戦、鉄床戦術の完成系の一つとも言える。
ドアーズの小隊が大洗女子を誘い込み、決定的な段階でダージリン様が率いる本部小隊が、右側面を叩き、そのまま敵中央へと突撃する計画である。
ラミンの役割は、敵の迂回阻止、さしずめガイウス・クラッシアヌスといった所だろうか?
「戦術の定石って所かなぁ」
「教科書通りの戦闘ができる人が一番すごいと言うが」
定石を定石通りにできるのは、何事も相対的である現実では難しい。
まして、相手はあの大洗女子なのだ、定石通りの行動を強要させるのは難しい。
故に何かが引っかかる。
「まてよ……」
私は、ラミンとドアーズ、そしてオレンジペコの作戦計画を一通り確認する。
―なるほどね。ダージリン様も人が悪い―
後輩育成に熱心なのは理解していた。
そして、一年を重視するのは経験を積める時間が長いからだ。
彼女は聖グロリアーナ女学院戦車道チームと言う庭を手入れし、肥料を蒔き、苗を植えた。
―植えた苗が三年後に見事な茶葉を実らせるために―
大洗との練習試合を前に。ダージリン様は我々に、ネルソンの引用を交えた訓示をなされた。
一言で要約すれば。
『聖グロリアーナ女学院は、各員がその持ち場で行うべき義務に対して、最善を尽くすであろうと信頼する』
ネルソンがトラファルガーで示した旗旒信号の草案に近い物で、ダージリン様が『統率とは信頼によって成り立つ』と言う意思を示したものであった。
その後は解散となったが、私はドアーズと話して、コメットとクロムエルで明日戦いに出る全員に、コメットとクロムエルの前に並ぶように召集を掛けた。
全員にパンツァージャケット着用する事を命じ、自らも深紅のジャケットに袖を通して、黒の革手袋をはめ、騎乗ブーツを履き、腰にピストルベルトを巻き、双眼鏡、マップケース、信号拳銃を吊るす。最後に黒のベレーを被り、眼鏡をチタンフレームの物に替える。
「ラミン。皆揃ったわ」
ドアーズが私に告げる。
彼女もパンツァージャケットの腰の部分に馬上鞭を吊るしていた。
「鞭が似合い過ぎね」
「そっちもキメ過ぎ。ついでに、刻みの入った象牙のグリップの拳銃でも吊るせば?」
「残念ながら……パットンを気取って、サンダースに不要なヘイトを販売する予定も無いし。それに、熱血姐御なんてキャラじゃないし、好みでもないわね」
「そうよね。どちらかと言えば、ハロルド・アレグザンダー大将よね。貴女」
「渋いチョイスをありがとう」
一次大戦から激戦地で闘い続け、ダンケルクでは最後まで踏み留まり、アフリカ戦線を最後まで支え続けた歴戦の名将に譬えられるのは嫌ではない。しかし、それだけじゃないバズだ。
「怒れない皮肉は貴方の特技じゃない」
私は肩を竦めてみせ、歩き出す。
これからするのは、アレグザンダーよりパットンだが。
「全員、傾注!」
私が皆の前に立つと、意外な事に舞耶が号令をかけた。思えば聖グロリアーナ女学院在学歴が長いので、全員と顔なじみの可能性が在ったことを思いながら、自分もまだまだ付き合いが短いことを内心にメモしておく。
私は皆の正面に停車しているコメットの車体に昇り、両足で強く踏ん張り、肚から声を出す。
「親愛なる学友にして、勇敢なる戦友予定者である淑女の皆様」
声を張り、全員を俯瞰して見つめる。嫌になるほどの視線の集中に、何もかもを投げ出したくなるが、堪える。
「先ずは、突然の呼集に応じてくれたことに、感謝いたします。明日、我々は初陣を迎えます。相手は、今年度優勝校の大洗女子学園、我々の相手としては強敵と言えるでしょう。しかし、ダージリン様は我々が最善を果たすと事を信頼すると言われた。我々はその言葉に応えなければならない。淑女の皆さん。皆さんが学び、培って受け継ごうとしている聖グロリアーナ女学院の伝統、それらで構成された我々の戦車道を大洗女子にぶつける時です。我々は言うならば、聖グロリアーナ女学院戦車道部隊と言う花壇に植えられた花と言えます。一人がどの様に努力しても、聖グロリアーナ女学院戦車道部隊と言う巨大な花壇の中では一時の徒花でしかないのかもしれません。しかし、我々全員が協力し、努力すれば素晴らしいガーベラとして聖グロリアーナ女学院戦車道部隊と言う花壇を更に彩る事が出来ると私は信じております。これより先、我々は個々の義務において、最善を尽くして征く事でしょう。私たちの戦車道は未だ、行き先を濃い霧が包んでおります。しかし、ルビコン川が我々の目の前に迫っています。だから、明日、明日だけは、未来は来るのもではなく、勝ち取るものだと思って下さい。我々がガーベラになるために、運命は星が決めるのではなく。我々自身の想いと覚悟、そして行動が決めるのだと心得て下さい。そうであるが故に、明日。私は、賽を投げる!」
語りに熱が、自身の情念が強く入ってきたと自覚する。自分の思考も感情も、その熱にあえて浮かされる様にする。言葉遣いが徐々に荒くなるのを自覚するが、修正を放棄する。
戦友予定者の心に届かすには、婉曲にした言葉ではなく、素の熱い情念が必要だ。
「諸君らに問う。明日、我々の果たすべき義務は!命令は何か?殲滅だ!攻撃するだの、損害を与えるだの、包囲するだのじゃない。殲滅だ。繰り返し言う。殲滅だ。一両残らずの殲滅だ!故に為すべき事はただ一つ!」
最後は目の前に立っていたドアーズが唱和した。
「「地獄を作れ!」」
その命令に23人の戦友予定者は、見事な敬礼で応えた。
ガーベラ花言葉:「希望」「常に前進」