5月に飲むラミンーある少女の挑戦―   作:飛龍瑞鶴

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お待たせいたしました。
今回は少し短いですがご容赦ください。



練習試合編
練習試合直前、軽くなった心


 夜明けの静かな海に影を落としながらに、聖グロリアーナ女学院学園艦は大洗港学園艦専用の桟橋に侵入した。見れば、大洗女子学園の学園艦は既に入港していた。

 メガストラクチャが並ぶ光景は一種の感動すら感じさせる光景であった。その二隻の中では、今日この地で闘うことになる戦車道女子たちが静かに闘志を燃やしている筈であった。

 そう、その筈だったのだ。

 

 「聖グロリアーナ女学院戦車道チームは、34番昇降機(リフト)―断じてエレベーターでは無い―を使用し、48番出入り口(ゲート)から下船して下さい。下船後は、大洗港管理部の交通統制に従って下さい」

 

 「一般車両は、3、6、9斜路(ランプ)を優先して使用してください」

 

 「乗船希望業者は、2,4、8斜路(ランプ)から乗船願います」

 

 「左舷(ひだりげん)のゲートは順次開放を開始してください」

 

 大量の乗船生活者が上陸し、また学園艦自体の些細な修繕の為に乗艦する業者の出入り、必要物資の搬入の為の車両の出入りなどで学園艦航行管理部門は大忙しである。

 聖グロリアーナ女学院戦車道チームも車両をキャリアに載せ、指定されたルートを辿って下船しようと慌ただしく移動を始めていた。

 移動するのは戦車だけでは無く、整備部門の車両、兵站部門の車両も加わり、一種のコンボイとなる。

 そして、下船は急ぐ必要がある。一般車両が港湾周辺の道路を埋めてしまう前に幹線道路人出る必要がある。大洗の学園艦も入港しているから、大洗港周辺の道路は、一時的には大きく混乱すると予想された。

 通常の入港ではここまでの混雑はない。しかし、今日は戦車道の練習試合が開催される為に、両方の学園艦居住者の多くが練習試合の見物の為に繰り出していた。

 見物者対策に、大洗町役場、商工会議所、茨城県警、戦車同連盟茨城支部は大忙しであり。観客席や観戦用メガビジョンの設置等をおこなっており。そして、人が集まればそこに商売を見出す香具師、的屋、地元商店街の出店などが早くも商売を始めていた。

 

 「戦車道による地域経済活性化……あのコストカットしか興味ない大臣様とデカい物潰して手っ取り早く功績を作りたい政治屋は無視するだろうなぁ…はむぅ……大洗周辺選出のセンセイに動いてもらうかなぁ」

 

 「お父様、食べ歩きながら考え事は、少々はしたないと思いますか」

 

 「あぁ、すまない。美紗」

 

 高野善行は歴戦の諜報員であるが、妻と娘、そして家族の前ではとても立場が低くなる。彼はバツが悪そうに出店のチョコバナナを胃に収めて、口元をウェットティッシュで拭った。

 

 「葉月伯母さんと、皐月叔母さんに会いに行くのですか?」

 

 「お父さんは、戦車同連盟の方に挨拶に行ってくる。恐らく、葉月もそっちに居ると思う。美紗は先に皐月の所に行ってくれないかい?」

 

 善行は娘と同じ目線の高さに合わせて、娘の目を見て言う。家族にお願いをする時は必ず行う動作だった。

 

 「はい。わかりましたわ。お父様、場所は地図通りでよろしいですか?」

 

 「あぁ、問題ないと思う。あと、皐月で通じなかったら、ラミンと尋ねれば大丈夫だと思うよ」

 

 善行の言葉に彼の娘は少し苦笑した。

 

 「聖グロリアーナ女学院戦車道チームの伝統ですね」

 

 「笑ってやるな。美紗の学校でも似た様なものだろう」

 

 「まぁ、生徒会役員はバラの名前で呼ばれますけど」

 

 彼女が通う学園艦は、戦前から武蔵野に在ったミッション系のお嬢様学校であり。その長い歴史から独自の文化と伝統を持っていた。

 

 「そう言う物なんだ。と思っておけばいいよ。それじゃぁ、行ってくるよ。聖グロリアーナ女学院の方に行く時には電話をするね」

 

 「はい、では、グロリアーナ女学院の集合場所でお待ちしております」

 

 

 戦車道の試合前にはどうしても、空白時間と言うのが発生する。それは、練習場で展開した各学園の車列(コンボイ)が会場に着き、試合開始地点で車両の最終確認、作戦の最終確認を行う。それを双方が完了したと審判団が判断して、試合開始前の挨拶の為に車両と、人員を試合会場のほぼ中心に移動させる。

 審判団の各種確認にはそれなりに時間がかかり、その時間がどうしても空白時間になる。

 

 ラミンはその隙間の時間を使い、大洗側に『横濱レンガ』と言う6個入り1450円のチョコレート菓子を贈呈用に梱包し、大洗戦車道チーム全員分を用意して、先日の詫びに出かけていた。

 

 練習試合に出ない面子は、試合開始まで意外と暇である。紅茶を用意し、保温用のケトルに淹れ、軽食を用意する。観覧席に場所取りに何名かが行っているが、流石にダージリン様のように貴賓席を設営したりしない。

 

         ―あのような事はダージリン様位でないとできない―

 

 別に、聖グロリアーナ女学院の階級制度と言う訳ではないが、戦車道チームを率いる隊長としての格とでも言えば良いのだろうか?兎に角、隊長であることは大変と言う訳だ。

 

 「失礼いたします。こちらは、聖グロリアーナ女学院の戦車道チームの待機テントでしょうか?」

 

 想定外の来訪者に対応しようとしたクランベリーは、相手の容姿、服装、所作を見た瞬間に聖グロリアーナ女学院の外向きのペルソナを被った。

 相手は黒に緑を一滴垂らした様な深緑色の古風なセーラー服姿、今時珍しいロングスカートを履きこなし、純白に近いタイを一寸の隙も無く着こなしている。その姿から何処の学園かは予想がついた。明治から続く、基督教系の御嬢様学校、それも昔は華族の子女向けで有名な学校である。

 

 「こちらは、間違いなく聖グロリアーナ女学院の戦車道チームの待機テントですよ。当学院に何か御用でしょうか?」

 

 「実は、人を探しています。聖グロリアーナ女学院の戦車道チームのメンバーの皐月叔母様……失礼、現在はラミンさんでした。を探しております。こちらにいらっしゃいますか?」

 

 「ラミンは席をはずしております。失礼ですが、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 

 その言葉を聞いて、来訪者は耳まで赤くなって、少し慌てて応対をしたが、言葉づかいには乱れはなかった。

 

 「失礼いたしました。最初に名乗るべきでしたね。私、高野美沙(たかのみさ)と申します。皐月叔母様のお兄様の娘です。本日は叔母様の戦車道の試合を父と観戦しに来たのですが、父は所用がありまして、私のみが先にこちらに参りました。ご迷惑でなければご一緒に観戦してもよろしいでしょうか?」

 

 「ラミンのご家族でしたら問題はございませんよ。只今、御席を用意いたします。お二人分必要でしょうか?」

 

 久々にラミン兄が私用でくるのかと、クランベリーは内心で少し楽しみになった。ラミンの兄は現役自衛隊幹部と言う事もあり、その戦術眼は大いに参考になる。また、博識と言うより衒学か碧学に近い豊富な知識量を駆使して、その場を盛り上げると言う。気遣いも好ましい。

 所詮は、子供と大人の差なのだろうがそれでも今回の練習試合の観戦を普段より実りあるものにしてくれると、期待を感じていた。

 

             ―さて、肝心のラミンは何処だろう?―

 

 

 そのラミンは自分の戦車部隊に戻っていた。

 大洗女子学園戦車道チーム全員に「私の車両のクルーと親類がご迷惑をおかけしたようで」で菓子を配り、深々と頭を下げて回って戻ってきた。

 アンコウチームの面々には、「迷惑じゃなかったですよ」と、「インフルエンザもう大丈夫ですか?」と恐縮と心配され。エルヴィンには「いや、知見を広げるいい機会だった」と返された。

 生徒会広報、河嶋桃が瞬間湯沸かし器の様に「貴様、我々を懐柔するつもりか!」と、怒鳴り上げたが生徒会長の角谷杏が「私らの戦車道は安くないだろう?かぁーしまぁ」の一言で収まり、風紀委員からは「今度からは許可を取る事」と言われる程度だった。

 

 「戦う前に大洗女子のチームを見てきた感想はあるかしら。ラミン?」

 

 自車に戻る途中でで、ダージリン様にそう言って呼び止められた。一瞬、心臓を嫌な寒気が撫でた。それは、私の感覚の間違いで在ってほしい。

 

 「ご存知でしたか」

 

 「オレンジペコが、『ラミンは戦闘前に一度、大洗女子のチームを見に行くと思います』と教えてくれたの。で、貴方の大洗女子の戦車道チームはどう見えたのかしら?」

 

 ダージリン様の声は普段と変わらず優雅そのものだった。いや、言葉の温度に楽しむような響きがある。私は色々と覚悟してその問いに答えることにした。

 

 「正直に申しあげますと、個性的過ぎて混乱しました。乗員も戦車も」

 

 「最初はもっと個性的だったわ。しかし、その彼女たちが今年の全国大会優勝を掴んだ。今日は私たちが、彼女たちの胸を借りる番」

 

 そうである。ダージリン様直属の本部小隊以外は、対外戦の初陣の人員である。

 

 「貴女はどうするの?」

 

 ダージリン様が問う。私はその瞳を真っ直ぐ見つめて答える。

 

 「隊長の信頼に応えられるように、私たちの戦車道をぶつけ、最善を尽くす様に努力いたします」

 

 私の答えに、ダージリン様は優しく微笑む。

 

 「それでいいわ。ハードスケジュールで変に気負わせたと思ったけど。それを忘れていないならのであれば、貴女はガーベラとして十分咲けるでしょう」

 

 そう言って、私をコメットの方へと送り出した。

 敵わないなぁと思いながらも、あと二年であそこまで至れるかと思ったが。

 

    ―私はダージリン様の模倣品になる為に戦車道をしているのでは無いい―

 

 と言う事に気がついて、心が少し軽くなった気がした。

 

そう思い、歩みを速めたところで、携帯電話がなった。

 

 「はい、高野です」

 

 「叔母様、美紗です。父と観戦に来ました。えっと、そのご武運を!」

 

相手はは年上の姪の美紗、懐かしいく、つい話したくなるが声が変わった、兄だ。

 

「電話変わるぞ、皐月。手短に言う。外野は気にするな。あの時とは違う。そして、お前の友と楽しめ。それじゃぁ、後で」」

 

 それで、通話が途切れた。

 同時に肩が軽くなった気する。

 

 

「今日は楽しもう」

 

 私は少し軽くなった足取りで、仲間とコメットの方へ急いだ。

 




練習試合前です。
なかなか試合が始まらなくて申し訳ない。
07/06
加筆

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