人は、どんな過去と何時かは向き合う必要がある。
聖グロリアーナ女学院は室内競技の施設も充実している。
新体操用の練習場も上質の設備が揃っていた。
アフタヌーン・・ティータイムの為か、この広い練習場には誰も居なかった。
酷く静かで、心なしか空気が冷たい。この空気は、大会で自分の演技を始める瞬間に似ている…いや、冷徹に人を評価する人間の視線と、興味・敵意・期待の視線が入り混じった空気とはやはり、異質だとおもう。
丘に居た頃は、その視線の中で踊っていた。だが、諸々の事が嫌になり。私は海に逃げたのだ。
その、諸々の嫌な事を思い出す。この場所には一度も足を踏み入れなかった。意図的に、時には強引にでも逃げ回っていた。
そのような場所に足を踏み入れたのは。差出人は不明だったが、心当たりがある人物からの手紙。
ご丁寧に蝋に桐花紋を押し付けて封をした手紙、友人が届けてくれたのだが、差出人はまるわかりだった。
内容はただ一言、「もう、踊れる?」
私は躊躇もなにもなく、この場所に入れた事に驚きながらも、室内を見回す。ご丁寧にも私が得意だったフープが置いてあった。
―癪だけど乗ってやるわよ―
私は靴とストッキングを脱いで裸足になり、ネクタイを外し、ワイシャツの袖のボタンを外す。手足の柔軟を入念にして、フロア・マットの上にフープを持って立つ。
音楽は無いが、体が動作を覚えている。フープを高く投げると同時に走り出す。
時間にして、一分半、私は1年と半年ぶりに踊った。
「もう、踊れるじゃない」
私を呼び出した人物は、わざとらしい拍手をしながら現れる。
「自分でも、意外だったわよ。桐花」
荒くなった息を整えながら、彼女が投げ渡してきたタオルで汗を拭い。身だしなみを直しながら答える。幸い、ワイシャツは裂けて無いようだ。
踊れたのは意外だった。以前は、マットの上さえ踏めなかったのに。さっきは自然に準備し、踊れた。
卯月桐花―うづき・とうかー私のいわゆる幼馴染であり、小中と同じ学校に通っていた。
確か北九州に引っ越した関係で、私とは高校から別の道を歩いていた。
戦車道では私の兄が私物で持っていたM24を二人で乗り回して、祖母から姉まで総出で怒られて以来の付き合いになる。私が小中と新体操に進んでも、彼女は戦車道を続け。私の友人、いや、親友だった。
「黒森峰かサンダースに行ったんじゃないの?」
私は少し攻撃的な声で言う。正直、会いたくなかった。彼女は私の昔を知っていて、今でも恐れている挫折を見ている。
「サンダースに入学していたわ。でもねぇ、あそこでスタメンになるのは大変なのよ。それにM4は乗り回しても、面白みがないから…そんな時に、貴女が戦車道を始めたのを知ったのと、貴女のお兄さんの戦車コレクションで乗って楽しかったのは、英国戦車だったのを思い出してね。それで、転校してきたって所。最も、この学園の流儀に自分を適合させるまでは会うつもりもなかったけど…事情が変わったのよ。ラ、ミ、ンさん」
私の紅茶名を強調して彼女は言う。
「それで、私を笑いに来たと」
私は吐き捨てるように言う。
ここまで卑屈で臆病になった理由を知っている相手で、最も私を理解していると思う彼女だから、私は吐き出す。
「勝手に祭り上げて。結果を知れば掌を返して、隠された真実が明らかになれば、また掌を返す。そうされる私を笑いに来たんでしょ」
「ちがう」
桐花は、練習場全体に響くような声で否定する。その目は、真剣そのものだった。
「あんたと、一緒に笑いに来た」
彼女が私の両肩を掴む。
「あの時は、私は門外漢だから、手出しできなかった。いや、そう言う理由をつけて、自分を守っていたのかもしれない」
掴まれた肩に籠められた力が、彼女が抱えていた様々な感情を雄弁に伝えていた。
「今度は違う、私も貴女も同じ戦車に乗る。あんたが指揮して、私が動かす。あんた一人で耐えられないモノでも、二人なら耐えられるかもしれない。二人で無理なら、あんたが選ぶ戦車の乗員全員で耐えればいい」
最近は、自分が間違っていたことに気がつかされてばかりだ。調子が狂う。
「そういわれたら。操縦士を任せるしかないじゃない。桐花」
「任せなさい。さつ…ラミン」
彼女は昔と変わらず胸を張った。
こうして、二人目の乗員は決まった。
「桐花、貴女変わってないわね」
私達は昔と同じように肩を並べて歩く。
「何が」
彼女は、心当たりがないらしい、無自覚なのは昔と変わらずか。
「嘘が下手。戦車を乗りますのは簡単な事じゃないでしょ?」
戦車の操縦は今でも特殊技能である。
「まぁ、そうだけど…気難しい所が良いじゃん。英国戦車」
「その、嘘を指摘されると、意地でもそれを通そうとするところも」
桐花はそれを聞いて、黙り込んだ。これも昔からの癖だ。
彼女が少なくとも変わっていない部分があると知って、私は嬉しかった。
「貴女じゃないけど、戦車なら最悪。踏み潰せば良いのよね」
練習場を出た私は、何気なくそう呟く。
桐花はそれを聞いて、呆れたような声を出す。
「あんたも、やっぱり。高野なのね」
桐花が何か言ったが。私は聞き逃してしまった。
「何?」
「いや、気がついてないなら良い。それより」
彼女はそこまで言うと、少し期待を籠めた視線を向けた。
「もう、ちゃんと踊れるなら。もう一度、新体操始める?」
その問いに、私は首を左右に振って答える。
「いや、今は戦車道を一直線。でも」
「でも?」
私は、捨てた筈の過去を見つめるように目を細めて。
「たまになら。いいかな」
と、過ぎ去った日々を忘却するのではなく。受け入れ、気慣れたシャツに気がつかない様に自分の一部にする為に答えた。
今回は少し短め。
ラミンは昔、新体操をしていて、挫折しました。
その挫折が、彼女を在り様を大きく変化させた過去であり。
彼女は今までそれから、逃げていましたが。これからは逃げずに自分の一部として受け入れていくでしょう。
では、次の話でお会いしましょう。
2015/01/21/16:32
描写不足を確認したので、加筆修正