そのころ、丘では彼女の家族にラミンの近況が届く。
ローズヒップ小隊長の奇抜な発想と、車両整備部門の驚異の技術力によって出現した装填手訓練装置によって、装填手の志願者の選別は五指まで減らすことができた。
ローズピップ小隊長と車両整備部門の方々には、後で菓子折りと差し入れを持って行こう。
その後、残った五名と面談を兼ねたティータイムを楽しんで最終的に一人に絞り込んだ。
選択基準は、筋は通すが、妥協をしなければならないときに妥協する人物。
浸透偵察兼威力偵察。そして、後方攪乱を行う時には妥協をする時を理解している人間ではないと困る。最も、この選別方法は兄の受け売りなのだが。
そして、私が選んだのは、吉田舞耶―よしだ・まいや―と言う。
面識は少ないが、話した結果。気持ちの切り替えが早く、その場での自分の役割を理解し演じる事が出来る頭の回転の速さを持っている事が判った。
それに、桐花と菖蒲とも相性は良さそうだった。これについては、後で二人に尋ねておこう。
砲手の選別は明日、実際に発砲してそれで最終判断をする予定だが。それまでのふるい分けとしてとして、簡単な小テストを用意した。
砲手用のシチュエーションシミュレーションソフトを使い。コメットの照準器に敵を映した図を製作し、さらに現在の自車の方位、移動速度を書き。それからどう行動するかを質問し、目標までの距離と角度を答えさせた。
意図は、どう行動するかを答えさせることにより。性格的傾向を軽く分析するのと。 私が言った『コメットの任務』をどう理解しているかを読み取る事。
敵戦車が照準器に映った図の問題は、高校戦車道で遭遇しそうな戦車のスペックを記憶しているのかを調べるのと、ミル計算を理解しているかを調べる為である。
後者は、ボーナス問題で電卓や携帯の使用を許可した。
高校から戦車道を始めた人間と、それ以前からやっていた人間では差がありすぎるからだ。それに、この問題に対して。誰がどう動くかを私は俯瞰してみる事ができた。
その小テストと、その時に俯瞰で見た時に、気になった事を書き留めたメモ帳数ページを前にして。その量を見ながら、「明日までに終わるだろうか?」と思っていた。
他人に任せる仕事ではないので、これは一人で行う必要があるそれ故に、軽い現実逃避をしたくなったが、気分転換に近況報告を親に送ってから作業を始める事にした。
横浜市某所、国際競技場やみなとみらいを遠くに見下ろせる高台に建てられた。それなりの面積と、通常よりは大きいガレージを二つ持つ庭付きの一戸建ての書斎と呼ぶべき本棚に囲まれた部屋で。初老に差し掛かった男が、年齢に似合わぬ、古いアニメの主題歌が流れるスマートフォンを軽快に操作していた。
「皐月からか…ふむ。振り切れたか。手を貸すまで無かったな」
ラミン、つまり皐月の父である高野邦夫―たかの・くにお―は、彼の妻であり、目の前のソファーに座る男にとっては、母の高野綾音―たかの・あやね―の誕生日を祝う為に帰省していた長男。高野善行―たかの・よしゆき―に言う。
「それは良かったですね。葉月から聞いたよりも良くなっていますね」
中年に成りつつある肉体を、厳しい訓練と、職業意識から押しとどめている皐月の兄は、既に結婚し、皐月と同じ学園艦に夫婦で住んでいる妹の名前を上げながら、嬉しそうに答える。
邦夫の子供達は、一番歳の離れた妹を溺愛する傾向がある。
無論、孫と同じ歳の娘を邦夫と綾音は溺愛しつつも、それまでの反省を活かして、優しくも厳しく育てた。
「何か贈りますか?」
色々と破天荒な人生を歩んでいる息子は、親の思考を先読みして尋ねる。
「お前たちも送るだろう…そうだな」
邦夫は名刺大の紙片に何かを書き込む。彼の脳は、歳のよる老化を感じさせな程、明晰ではあったが。娘の祝い事となれば、万が一忘れるようなことが在ってはならぬと考えメモを残す。
重要な事をメモするのは、高野家の共通する癖である。無論、目の前に例外が居るが。
「聖グロリアーナ女学院の学園艦には良い革製品の店がある。そこのアドレスと紹介状を用意しておこう。支払いは私だが」
そこまで言うと、まだ象牙を取ることが許された時代に、英領だった香港で邦夫の先祖が買い。代々高野家の家長に受け継がれてきた象牙パイプにトルコ葉を詰める。
代々使われてきた象牙パイプは綺麗な琥珀色に変色している。
父がマッチでそれに火をつけるのを見ながら、善行はカリブの小島で彼の為だけに作られている葉巻の封を切る。
「私は実用品を送りますよ。双眼鏡辺りが良さそうだ」
善行はそう言うと、父から火種を貰い。炙る様にして火をつける。
それと同時に、ブランデー党の母好み味に作らせた上質のXОクラスの琥珀色した液体を卓上のグラスに注いだ。
彼の破天荒で特異な人生は、彼に少なからぬ傷を作ったが、同時に様々な恩恵を与えていた。
「ツァイス製のか?お前は海外に伝手が多いから、入手も簡単だろう」
息子の破天荒で特異な人生の全てを知るわけではないが、一端は知っている父親が皮肉めいた口調で言う。
「ドイツ人の友人はあまり居ませんので、難しいかもしれません」
息子は盛大に紫煙を吐き出しつつ言う。
「私は基本、アングロサクソンと仲が良いので」
好き勝手に生きたとは言えない人生だが、家族に迷惑をかけている事実を理解しつつ。最近は人生をいかに楽しむかを考えている男は、そうであるがゆえに家族には最大限の支援をする。
「送るのはニコン製ですよ。最近の双眼鏡は対象までの距離や、移動速度、現在地からの俯角仰角まで知ることが出来るのが在りますので、戦車道には便利でしょう」
「軍用か」
「そうですが。同質の物はゴルフ用品店で買えます。恐らく安く」
二人は同時に笑い出した。そう、大体の物は市販品の方が優れていると言う現実が、長年公務員とそれに準ずる職業をしていた人間には笑わずにいられない現実だった。
最も優れているから良いと言う事でもない事も、二人は良く理解していた。
「戦車道か。お前も戦車が好きだったな」
父は息子に含みのある視線を向ける。
「えぇ、好きですよ戦車は。愛していると言ってもいい」
息子は信仰を告白するように続ける。
「愛して夜も眠れません。奴らをいかに早く鉄屑にするかを考えるほど、愛していますよ」
「バンパイアハンターが吸血鬼に抱く感情だな」
「これでも、陸上自衛隊の人間なので」
息子はそう答える。
陸自の人間の一部は「敵戦車殺すべし。慈悲は無い」と言う考えを持っている。仮想敵の機甲戦力が常に膨大であった歴史が、そう言う思想を生み出す土壌を作った。
「お前が、妹たちの為に戦車を何処から調達しているのは、最大の謎だが。自分本位で…あぁ、大学時代に結婚する位には馬鹿だったか」
邦夫は象牙パイプをスタンドに置いて、グラスを手に取る。高野家の人間はブランデーに氷を入れたり、何かで割ったりしない。無論、飲める人間だけの伝統であるが。
善行は無意識に喉の中央から右リンパ線前まで伸びたケロイド状になった傷跡を撫でていた。
この傷跡の為に、『浮気かばれて嫁に斬り捨てられそうになった』だの『浮気相手が心中目的で、サーベルで斬りかかってきたのを万年筆で逸らすのに失敗した』等の噂が流れている。彼の妻が古流剣術の家元の娘であることから、その噂に信憑性が増している。
実際は、模型製作中に折れたカッターナイフの刃が掠めただけなのだが。
「ともあれ、皐月が良い方向になったのは良いことです。祝いの品は送りますか?」
「お前が纏めて届けろ。どうせ、何かと理由を付けて行くのだろう?」
「バレてましたか」
善行はわざとらしく言う。
「当たり前だ。何年お前たちの親をしていると思う」
邦夫の口調は厳しかったが、表情は笑みで緩んでいた。
要するに、親バカと妹バカの親子は、一番年下の妹の再出発を祝いたいだけなのである。
そのころ、祝われるべき末の妹は、遥か遠くの学園艦の上の寮の一室で、唸りながら書類と格闘を続けていた。
おかしい。
書類と格闘するラミンを書くはずが、ラミンのお父さんとお兄さんの会話がメインだ。
一応、今後の伏線として機能する話でもあります。
どう機能するかはお楽しみと言う事で…
次回、ついにコメットの主砲が火を吹くと良いなぁ…
次話も、ベストを尽くして頑張ります。