ある雨の日の午後、私は道端に捨てられた小さな段ボール箱を見つけた。
中にはまだ幼い子狼が、雨に濡れて震えていた。
私は迷うことなく、その段ボール箱を抱えて家に帰った。
「あーやさんっ!」
「うわっ!?」
私が植木のそばのアリの行列を観察していたら、突然子狼が植木から顔を出してきた。どれくらい長く潜っていたのだろう、全身葉っぱだらけの彼女の身体から葉っぱを払い落としながら私は言う。
「椛ぃ………急に脅かさないでっていつも言ってるじゃん」
「すみません。でも文さんが驚いたとこすっごく可愛くて………」
「そんなもので私は騙されませんよ。ほんとにやめてくださいね?」
「はーい」
全然反省の色が伺えない椛の顔を撫でながら私は深くため息をついた。
椛という名前は、私がつけた。
初めて拾って帰った日、彼女に名前を聞いたが自分に名前はないという。家がどこかも、親が誰かもわからないそうだ。そこで私は彼女を養う決心をし、親の形見である天狗のうちわから名前をとってもみじと名づけた。
―――いつまでも一緒にいられるようにと、願いを込めて。
「文さん、お腹空きませんか?」
椛が植木から出てきてしっぽを揺らしながら聞いてきた。こう質問をするときは狩りにでたがっている証拠だ。
「そうね、そろそろお昼どきだしね。ついでに今日の晩御飯のぶんもお願いしていいですか?あとあまり遠くへは行かないように」
「わかってますよ~。では、いってきます!」
「いってらっしゃい」
元気よく森の中へかけて行ったもみじを見送って、私は家の中へ入っていった。
最初のうちはあんなふうには心を開いてくれていなかった。昔に酷い目にでもあっていたのか、私が手を差し出しても頑なに拒んでいた。作ってやった小屋の中からはなかなか出てこず、たまに出てきたかと思えばすぐに森の中へ消えてしまう。
そんな日々が数年間続いていた。
何度か目の冬を迎えた時、椛が山から何日も帰ってこないという事件が起こった。
数日帰ってこないことは以前にも度々あったが今年の冬は雪がつもり、森の中も大変危険な状態であった。
この町の新聞記者である私が一番よく知っていることだった。
大急ぎで捜索に出かけると、山の中腹らへんで足を痛めて倒れているもみじを発見した。話を聞くと「雪で足を滑らせて偶然飛び出していた木の枝が刺さってしまった」と恥ずかしそうに答えた。
しかし私はすぐにそれが嘘だとわかった。
彼女の左足、枝が刺さったという箇所は明らかに刺し傷ではなく獣に噛まれた跡だった。
「嘘。木の枝が刺さっただけでこんなにひどい怪我になるはずがないわ。お願い、本当のことを言って」
「心配しすぎですよ。嘘も何も………」
「私がどれだけ心配したと思ってるんですか!」
無意識に椛を抱き寄せていた。
「こんな危険なときに森へ出かけていったまま何日も帰ってこなくて、私が心配しないとでも思っていたんですか?」
「文さん………」
「親が病で死んで、私にとってあなたが唯一の家族なの。もし何者かに襲われてあなたまで死んでしまったら……私………ッ!」
年甲斐もなく、幼い子の前でわんわん泣いた。
椛もまた、泣いていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「もういいの、あなたが無事でよかった………!」
あとから聞いたところ、背後から別の狼に襲われ戦闘になったという。体格差で圧倒的不利だった椛は足に噛み付かれ、歩くことができなくなったそうだ。
「山の上の方は危険な生き物がたくさんいるから、狩りに出かけるなら遠くへは行かないこと」
私と椛で決めたルール。
あの子は今でもそれを忠実に守っている。
私にとって、椛は可愛い妹のような存在だった。
「文さん、いますか?」
「おぉ、もう帰ってきたの?」
「いいところに子豚がいたもんで!」
嬉しさに満ち溢れた笑顔で椛は手に持っている獲物を高々と掲げる。子豚とはよく言えたもんだ、椛が狩ってきたのはまんまるに太った猪だった。
「よくそんなものつかまえられたね」
「寝てたんですよ、親子ともに」
何故かうり坊は生かしたまま、抱えてやってきた。
「私のペットです」
「まぁいっか、大切にするんですよ?」
「わかってます!」
今日も無事に帰ってきた椛と一緒に、お昼ごはんを作った。