「はたて!ねぇ待って、はたて!」
「文………」
「あなたまで私を一人にするの?お願い、ここにいてよ」
「ごめんね。もう決めたことだから………」
「あっ、はたて!待ってはたて!」
「はたて!」
夢だった。
はたては私のたった一人の親友だった。家が近く種族も同じで、幼い頃からたくさん遊んできた。ずっと友達だよって、約束だってしていた。それなのに………。
「なんで………行ってしまうんですか………」
私達の住む山が鬼たちに占領されてしまった。
私達天狗は鬼たちに逆らうことができず、いつも言いなりに過ごしてきた。
そんな中、この山で暮らす妖怪の中でひとり鬼のもとで暮らし忠誠を誓うものを差し出せという命令が下された。
もちろん私は頑なに断った。その頃はまだ両親もいて、けれど病で寝たきりだったので離れることができなかったからだ。
なにより私達の住処を奪った鬼に、忠誠など誓えるものか。
けれどはたては違った。
自ら鬼のもとへ出向き、ともに暮らすと言い出した。
もちろんみんな大反対だった。
けれどはたての一言でみんなは黙りこんでしまった。
「忠誠なんて所詮形だけ。私があいつらからこの山を守るんだ。昔の頃に戻してやる」
昔から強い正義感を持っている子だった。どんな敵にも立ち向かい、我が身を惜しまず突き進むような子だったのだ。
けれど………。
「はたての気持ちはわかるけど今回は相手が違うわ。いつものような雑魚どもではないのよ?天狗一人が立ち向かえる相手じゃ………」
「文には私の気持ちなんてわからないよ!」
吐き捨てるようにはたては叫んだ。
「はたて………」
はっと我に返ったはたてはきまり悪げにその場から駈け出した。誰も後を追えなかった。
「本当に、行ってしまうんですか………?」
「………」
「正義と無謀は違うと、あなたが言っていたんですよ?」
「………」
「はたて………」
彼女は俯いたまま、何も言わなかった。
そうこうしているうちに鬼の迎えが来た。
「………文は」
ふいにはたてが口を開いた。
「文は、私がこのまま行ってしまっても、ずっと友達だって言ってくれる………?」
そういう彼女の唇は涙と不安で震えていた。
そうか、はたてだって怖いんだ。
怖くないはずがない。だって相手は鬼だ。親とも友達とも離れ離れになるのに、怖くないわけが………。
「当たり前です」
「文………」
「約束したでしょう?ずっと友達だよって」
「そう……だね」
ここへきて、初めてはたてが笑った。
もう迷いはないよと、スッキリしたような表情だった。
そのままはたては鬼に誘導されるがまま、遠くへ行ってしまった。
はたての勇気といろんな人たちの支えで、この山は見事鬼から開放されることとなった。
しかし、はたては戻ってこなかった。
「ずっと友達だよって言ったじゃない………なんで帰ってこないのよ………」
山に平和が訪れても、私の心はいつまでも暗いままだった。
椛はそんな私を慰めてくれる、とてもいい子。
でも、友達を失った悲しみはそんなものでは癒やされなかった。
隣で寝ていたはずの椛が、何かに思い当たったように飛び起きてそのまま外へ出て行ってしまった。
「ちょっと、椛!どこへいくの!?待って!」
慌てて追いかけたが、とうとう見失ってしまった。
途方に暮れた私は椛を探しながら外を歩いていた。
ここから少し行った先に、私と椛が出会った場所がある。土砂降りの雨の中震えていた椛を私が見つけたんだ。
思い出の場所に私はしゃがみこんだ。
このまま椛も遠くへ行ってしまうのだろうか。もう私は一人で生きていかなくてはならないのだろうか。
そう思うと、辛くて悲しくてたまらなかった。
いつの間にか雨も降りだした。
「まるで、私の心のようですね………」
黒く淀んだ空を見上げる。
雨はしばらく止みそうになかった。
このままここにい続ければ確実に私は風邪を引くだろう。でも動けなかった。
このままここで死んでしまえたら………。
そんなことを考えていたその時。
不意に肩を濡らしていた雨が止んだ。否、止んではいない。何かが雨をさえぎっている………?
「文、そんなところで………風邪引くよ?」
聞き覚えのある声だった。
はっと顔を上げるとそこには、かつての親友が傘を持って子狼を抱えて立っていた。
「はたて………?椛も………」
「この子が私を迎えに来てくれたの。椛っていうのね。帰りが遅くなってごめんね文」
間違いなく、はたてと椛だった。
帰ってきてくれたんだ………!
「ううん………帰ってきてくれてありがとう…おかえなさいっ!」
これが泣かずにはいられなかった。
二人を抱き寄せ、しばらく私は泣き続けていた。
私の心を映した空はいつの間にか晴れていて、綺麗な虹の橋を架けていた。