「なァんか忘れてる気がするんだよなァ」
腕が一本ない、赤い髪をした男はそう呟いた。その片方の目には、かつてある男につけられた痛々しい三本の傷跡が残っている。
「どうしたんすか、お頭」
「いや、なんかとてつもなく大切なものを忘れてる気がするんだ。けどそれが何だったのか…さっぱり思い出せない」
時折ちらちらと脳裏に浮かぶのは、顔のわからない少女。かつてロジャー船長の船で見習いをしていた時だったと思う。そこで大切に思っていた”誰か”がいた気がするのだ。”彼女”はロジャー船長に気に入られていて…まるで娘のように可愛がられていた。いや、ロジャー船長だけではない。クルーみんなが彼女を可愛がっていて、自分も例外ではなかったはず。
それなのにどうしても…それが誰だったのかどうしても思い出せないのだ。キラキラと輝く海に、麦わら帽子をかぶって気ままに動いていた少女。泣きたくなるほど懐かしいのに、その姿はまるで陽炎のようにゆらゆらとしてよくわからない。
ふわふわと、まるで雲のようにつかみ所のない少女。手にしようとすれば、その存在は夢だったかのように消えてしまう。
「なんなんだ、一体…」
ポツリ、呟いた声は誰に届くこともなく消えた。
***
「っ、ルフィから離れろバカァ!!」
止めを刺そうとするサトリに、スケートボードに乗ったまま突っ込んだ。私の動きが予想できないサトリは、思いっきり吹っ飛ぶ。人を殴ることはできない、人を傷つけるのは嫌い。
ーーだけど仲間と言ってくれた彼らを、見殺しにするのはもっと嫌だ。
そう思って奮い立ち、船から降りてきた。
「ルフィ!!起きて!!」
「っ、助かった、ソラ」
「ううん、大丈夫?」
「あぁ、これくらいどうってことねェよ」
よっ、と立ち上がったルフィは腕をグルグルと回す。
「ウソップとサンジ、頼むな」
「うん!」
倒れているサンジのところに行く。
「くそぉっ…小娘がっ!!」
いくつも玉が連なり、龍のような形になったものが襲ってくる。とっさに木の陰に隠れ、息を押し殺した。するとサトリは私の居場所がわからなくなり、ルフィを狙う。申し訳ないけど、アレの相手は私じゃ力不足だ。
頑張って、ルフィ!、と心の中で応援し、サトリの意識が私から逸れたのを確認するとピクリとも動かないサンジの方に駆けて行く。
「サンジっ、サンジっ」
ゆさゆさと身体を揺らす。
「ぅ…」
小さくうめき声が聞こえ、息のあることにホッとする。
「苦しい?私、何すればいい?」
「ひ…ひざまくらを…」
膝枕!?急いでサンジの頭を持ち上げ、膝に乗せる。サンジがうっすらと目を開いた。ボロボロになったサンジを見て、自分の不甲斐なさに涙が溢れそうになる。でも痛いのは私じゃなくて、サンジだ。私が泣いたらいけない。唇を噛み締めて、必死に涙をこらえる。
「…あーあ、こんなに泣き腫らして…」
サンジの手が私の目元に触れて、ピリッとした痛みが走る。
「わ、私、何もできなくて…船も、止め方わからなくて…」
「そうか…悪いな、随分無理させちまったみたいで」
その言葉に、ふるふると頭を横に振った。私は何もできてない、何もできなかったのだ。
「今、ルフィが一人で戦ってて…」
「わかった。…ソラ」
サンジは起き上がると、麦わら帽子をかぶっている私の頭を軽く撫でた。
「あとは俺に、任せて」
「っ、うん!」
彼は煙草を取り出し、火をつけた。ふわり、タバコの匂いがする。サンジがものすごい爆発音のした方に歩いていく。ルフィは大丈夫だろうか、とか、あんなひどい怪我してるのに、とか、思うことはたくさんあったけれど、今私にできることは信じることだけ。
「ウソップ!」
「ソラっ!」
重症ながらも、起き上がっていたウソップに声をかける。
「お前、船がどこにあるかわかるか?」
「探す!」
さっきまで乗っていたが、入り組んだ動きをしているせいで、見失ってしまった。
「あぁ、頼む!」
スケートボードを走らせると、カァ、と鳴く声が聞こえた。
「あった!」
船の上にいる鳥が、教えてくれた。なんとか乗り込み鳥にお礼を言うと、鳥は満足そうに一鳴きしてからどこかへ飛んで行ってしまった。
そのあとすぐに、ウソップの声がした。
「ソラ~!!船は見つかったかァ!?」
「ウソップーー!!」
喉が張り裂けんばかりに叫ぶと、ウソップがこちらに気づいたようだった。ルフィとサンジを連れ、ウソップアーアアーというものでこちらに飛んでくる。船が片方に重心がかかりすぎて転覆しそうになったから、慌てて反対側に行ってバランスをとった。
「わっ…」
船に入ってきた三人に目を丸くする。ボロボロなのはさることながら、どこかに打ち付けたようなたんこぶがいつくもできていた。さっきより重症だ。
「おぼえテロ…」
とサンジが恨みがましくウソップに言っていたところを見ると、ウソップがこちらに来るときになにか失敗したらしかった。
「大丈夫?…大変!ウソップの鼻、ひどい折れ方してる!!」
自分の着ていた白いワンピースを破ると、それを川につけて濡らし、ウソップの顔の傷を拭く。
「#bk_name_3#ちゃん、俺も…」
「おでも…」
しゅー、とダウンする彼らに応急処置を施す。それから少しすると、三人とも話し始める。
「いや~、危なかったなァ」
「テメーらふざけてるからだろうが!!」
「いやいや、俺は至って真面目だったぞ」
大怪我をしたはずなのに、涙一つ見せずに和気あいあいと話し出す彼らの超人的な治癒力に驚いた。
「怪我、治るの早い」
「ん…あ、そういやそうだな。全然痛くねぇぞ」
「それはソラちゃんの愛のおかげさ」
「おいおいサンジ。ソラの手当てで痛みが消えたからって、いくらなんでも子供に手を出すのはどうかと思うぞ」
「私、子供、違う」
ムッとして唇を尖らせると、ルフィは笑った。
「どう見ても子供じゃねェか!」
「おいおいルフィ、やめてやれよ。ソラが子供じゃないっつってんだからそうからかうなって。大人に憧れるお年頃なのさ」
そういったウソップにカチンと来て、鼻を引っ張った。
「いでででで!なめてんじゃねェぞこのガキ!」
大きな声を出したウソップに、びくりと肩を震わせる。
「おいこらウソップ!ソラちゃんをいじめんな!」
「そうだぞー、ウソップ。大人げない」
「お前だけには言われたくねェよ!」
怪我をしたばかりなのに、やっぱり元気なみんなに安心して笑みをこぼした。