Magical Girl Lyrical NANOHA StrikerS Lunatic 作:テラ吉
ミッドチルダ中央区画湾岸地区にある真新しい隊舎をタクヤは見上げる。
一体どうすればこんなに真新しい建築物を献上して貰えるんだ。違法な取引でもしてるんじゃないか、と妙な勘繰りを入れるのは勝手な異動をさせられたことに対する腹癒せではない。
軽い荷物だけを詰め込んだボストンバックを左肩に担ぎ、航空武装隊とは別のブラウンの隊服に身を包み込んだタクヤは憎らしいほどに冴えわたった空に嘆息した。今の彼の心の声を復唱するならばこれしかないだろう―――帰りたい、と。
それに同意するかのように、彼の左腕に付けられている銀の髑髏の腕輪の目の部分がチカチカと赤色に点滅する。
「……お前もか?」
問いかければ再度チカチカと目を赤く光らせる。それは人間で言えば同意を示した意味なのか、タクヤは人間臭い反応をする髑髏の腕輪―――相棒に苦笑を浮かべた。
「気は進まない。しかし進まなければ坊やに怒鳴られる。嗚呼、進んだ先に待つのはなにがあるのだろうか?」
一人、詩でも読み上げる様な口調で腕の相棒に聞いてみれば今度は何の反応も示さなかった。それは聞いていなかったとみるべきか、それとも暗にこの先を意味してるのか。どちらにせよタクヤはまだ見ぬ部隊に更なる不安を抱いた。
着いて早々にどうしてそうなった? 今この現状にタクヤは頭を悩ませつつ、閑散とした機動六課のレストハウスで紅茶を口にしながら共に紅茶を飲んでいる人物に伝票を指で弾く。奢れと暗に示して。
弾かれた伝票は氷上を滑るかのようにテーブルを進み、その者に届くが怪訝な顔をして逆に弾き返される。因みにこの不毛なやり取りは今回を含めれば五回目である。
タクヤは肩を竦めながら二人分の代金が書かれている伝票を、諦めの表情を浮かべながら受け取った。
「―――お前は女性に奢らせると言うのか? 男の風上にもおけん奴だな」
そんなタクヤを一睨みするは、彼の向かい側に座る騎士シグナムだ。彼女とタクヤの付き合いは言うならば元航空武装隊での同僚、と言ったところか。
隊舎に足を踏み入れるや早々に彼女と出会い、稼動式まで一時間以上あると聞かされ、ならばティータイムとレストハウスへ向かったのが事の経緯だ。
「だから俺が伝票を受け取ったんだろ。小言は勘弁してくれよ」
参った、降参と言わんばかりに両手を上げタクヤは紅茶を口に含む。局にしては中々の上品の味だ。使った葉っぱを聞いておこうと頭の片隅に留めながら。
「小言とはなんだ、小言とは」
「事実だ。合同演習のときにお前の小言を毎日聞かされていた俺の身になってくれ。耳にはもうタコが住み着いてるな」
「自業自得だ。お前がちゃんと部隊を纏めないからそうなる」
「俺が言っても意味がないって分かりきってるお前がムカつくな」
涼しい顔して言い流すシグナムにサムダウンして男はスプーンで紅茶をかき回す。カチャカチャではなく、ガチャガチャと不機嫌さを露にして。
不機嫌さを表すタクヤに対し彼女はシニカルに笑い、同じく紅茶をスプーンでかき回す。こちらはガチャガチャではなく、カチャカチャとさも馬鹿にしたように。
良い女だ、と拓也は思った。その後に続くのはこの馬鹿にした笑みさえなければな、という言葉だが。
「今は、そんなことはどうでもいい。私の話だ」
「俺の事情がどうでもいい、ね。まぁ、俺は紳士だから気にはしないが」
頬を引くつかせながら自分に言い聞かせる。俺は紳士だ、の部分を念入りに、何度でも。
話の内容は分かりきっているが、また同じ話を聞かされる身としては嬉しくはない。
そしてシグナムの口が開かれる。飛び出す最初の言葉はただの疑問だ。
「―――何故、お前が機動六課にいるのかがわからない……」
着ているブラウンの隊服と機動六課のマークを見ながら言われたことにタクヤは、ほらなと言わんばかりに肩を竦める。
それは俺じゃなく、坊やもといハラオウン提督に聞いてくれと答えるのが先から繰り返されるやり取りだ。心なしか紅茶がまずく感じた。
「言ったろ。腹黒提督に嵌められ、ここに来ることになりましたって」
俺とて本意じゃないんだ、と言葉を続けながら異動を確定された書類を向かいの騎士様に突き付ける。
そこに書かれているのはタクヤ本人が書いた覚えのないサインと本人の印鑑。これを見た当初は訴えることが可能じゃないかと考えもしたが諦めた。提督と言う立場で揉み消されるに違いない。権力万歳の世の中だから。
シグナムは何を馬鹿な、と哀れみの篭った視線を向けてくるが何一つ嘘は言っていない。これが人徳と言う物だろうか。
「とにかく、俺は今日からここのInstruction(教導)する側だ」
「………今、何と言った?」
信じられない一言がシグナムの耳に飛び込んだ。それは寝耳に水と言うレベルではない。
目の前の男が教導する側、すなわち教導官になるということがシグナムには信じられなかった。
航空武装隊という縁でこの男がどう言う人物かはシグナムは分かりきっている。少なくともタクヤが教導に向く人材ではないことを。
なのに教導官。一体全体何がどうしてこの男にそういう話がいったのかがシグナムには理解不能。解析不能。脳がオーバーヒート。
ぷすぷすと音を立てるシグナムの頭に気付かず、タクヤはなんで俺が……と呟きながら嘆息する。
「俺にだってわかってるさ。自分が柄じゃないってことはな」
「いや、私はそれよりどうすればお前の様な奴が教導免許を取れるのかが気になる」
「上司の命令、と言ったら?」
「……なるほどな」
思い出すは合同演習のときの422部隊のレディーナ・バルバート。彼女が指示をしたのならば納得だが、やはりこの男が教導免許を取っているのが不思議でならない。
はっきりと言って似合わないし、この男にできる度量があるとは思えない。そんなことを考えつつもシグナムは自信を無理矢理納得させることにした。
今度はシグナムの紅茶が心なしかまずく感じた。
「と、言うわけで今日から俺はここ、機動六課で教導官をやらせてもらう。Do you understand?」
「理解したくはないが理解しよう」
相変わらず失礼な、とタクヤは苦笑し、シグナムはシニカルも嫌味もなく自然に笑う。柄にもなくタクヤはその笑みに見惚れた。
「っと、そろそろ稼動式だな。悪いが先に行ってるぞ」
「あぁ、私の方は紅茶を飲んでから向かう。失礼のないようなにな」
その言葉に出来ることなら、と思いながらタクヤは席から立ち上がり出口へと向かう。しかし。
「―――待て」
背中からかけられるはシグナムの声。振り向かずに立ち止まれば後頭部に何かが当たる感触。足元を見れば丸められた紙が転がっていた。
それは見なくてもタクヤには十分わかる物で、小さな舌打ちがシグナムとタクヤしかいないレストハウスに響いた。
クシャクシャになった紙を広げれば紅茶二つ分の請求書と、何故かチーズケーキと書かれたもう一つの請求書。
「私との約束を反故にしようとした罰だ」
シニカルに笑うシグナムはやはり良い女だ、とタクヤは思いながら行きたくないレジへと向かいながらこう言った。
「―――太っちまえ」
直後飛んできたのは紙ナプキンだった。
「機動六課課長、そしてこの本部隊舎の総部隊長八神はやてです。平和と法の守護者、時空管理局の部隊として事件に立ち向かい人々を守っていくことが私たちの使命であり、成すべきことです。実績と実力に溢れた指揮官陣。若く可能性に溢れたFW陣。それぞれ優れた専門技術の持ち主のメカニックやバックヤードスタッフ。全員が一丸となって事件に立ち向かっていけると信じています。ま、長い挨拶は嫌われるんで以上ここまで。機動六課課長及び部隊長、八神はやてでした!」
在り来たりで無難な式にタクヤは人知れず嘆息する。早めに部隊長の挨拶が済んでくれたのは嬉しい誤算だが、語る内容が綺麗すぎる為に耳が痛い。
422部隊に一丸と言う神に信仰するような言葉があっただろうか? 思い浮かぶは酒に溺れたクソ上司と女日照りの駄目局員ども。立派だ。実に立派だ。立派過ぎて耳が痛い。思わず耳を押さえたい衝動に駆られるがそれはできない話だ。
立ち位置が悪いのだ。目先に映るはレストハウスでチーズケーキを奢らせたバスト90越えであろうおっぱい魔人のシグナムがいる為に。
因みに耳を押さえる仕草をしたらしたでどうなるか? 間違いなく上官に対する不敬罪だのなんだので鉄拳制裁で身体中が刻まれるだろう。その過去を思い出すだけでタクヤは身を震わせる。
しかし、それも終わった話である。壇上から部隊長が降りたのだからこれで話は終了。後は格隊員、格スタッフが持ち場に付くだけだ。
何事もなく、チャチャッと終わったことに安堵しながら他の局員たちと同じく壇上から降りるはやてに拍手する。御座なりの拍手だが。
解散の合図が掛けられ、終わった終わったとばかりに伸びをする。だがタクヤは知らない。その軽薄な態度が露骨に表れていたことを。
「―――おい、待ちやがれ」
さぁ、さっさと自分の職場に、と足を進めようとしていたタクヤは何かに後ろから隊服の裾を引っ張られ足を止める。
なんだなんだと後ろを振り向くが誰もいない。周りを見渡すが誰もが持ち場に付こうと動いている。
狐にでも摘ままれた状況、というのを97世界の言葉で聞いたなと思い、気を取り直し足を進めようとしたが。
「どこ見てやがる!」
次も背後から襟を捕まれ引っ張られる。急な事にバランスを崩したタクヤは後頭部を打たないように、頭を守りながら背中を打つように倒れ込む。肺が圧迫され少しだけ咳き込む。
逆さまになった視界に映るは腕を組んで仁王立ちしたオレンジ色の三つ編みをした少女と驚く局員たちの姿。機動六課に来て早々のこの扱い。思わず口癖が出そうになったが寸でのところで抑える。
代わりにどのような荒波をも乗り越えてきた愛想笑いを浮かべ、一言。
「どうしたんだい、お嬢ちゃんンンっ!」
問答無用で靴底を下してきた足から横に転がることで回避する。行き成りな事に驚くがそれよりも驚いたのは無地の真っ白の下着が見えたことだ。
「おいおい。豪く荒れてるな―――ヴィータ」
大の字になりながら少女を―――ヴィータを見ると酷く苛立たしげに睨まれる。
この少女との付き合いはシグナムを通して知り合った仲であるのだが、どうも初めの印象が酷かったためかあまり好印象を持たれていない。その証拠がこの扱いだ。
尚もその体勢のままからヴィータの顔を上下逆の視界から見れば、またもヴィータの足が持ち上がる。そうはさせまいと身体をブリッジで持ち上げカサカサと移動する。エクソシストだ。
「良いのか? 下着が見えてるぞ?」
「っ!?」
「お前が足さえ上げなければ俺の視界に無地で白い紐パンが映ることはなかった」
足を押さえ内股になるがもう遅い。タクヤの記憶に鮮明に焼き追いている。蝶結びにされた紐が。
背伸びをしたい年頃なのはわかるが少女がそんな物を履くべきではない、と言えば叩き潰されるのがわかっているタクヤは何も言わずに立ち上がる。
新品の隊服が埃塗れとはついていない。やれやれと頭を振りながら疲れ切った溜息を悪態とともに吐きだした。
「そもそもなんだ。いきなり人を転ばさせて次は顔踏みか? 今日から働きましょうと言う同僚に対してこの扱い。嗚呼、嘆かわしいな。最近の若い者はカルシウムが足らないのか? だが安心しろ。俺は紳士だ、誰よりも紳士だ」
「紳士ならレディの下着なんか見るわけねーだろ! と言うか人の下着をばらすなぁッ!!」
「おいおい、俺は下着を見たんじゃない。見せつけられたんだ。白い紐パンをな。生憎俺の好みは黒だ。紐パンよりもガーターベルトなら更にGoodだ」
「んなことは聞いてねーんだよ!! そもそもディアーズ! テメェの聞く態度が悪かったからあたしが直々に指導してやってんだ!」
「―――ほう。それは詳しく聞きたいものだな、ディアーズ」
怒り狂ったヴィータが羞恥で頬に朱を差し咆えるがタクヤは気にせずせせら笑う。せせら笑ってヴィータが言った言葉と同時に後ろから掛けられた声にタラリと頬に汗が流れた。
おかしい、おかしすぎるぞ。ここは出来たばかりの隊舎であって空調施設は完璧な筈だ。湿気もあって乾燥もジメジメもしてない筈だ。なのにどうして喉はカラカラで背中は汗まみれなのだろうか? おかしいな。実におかしいな。
幾らうーん、うーんと首を捻ろうが、額を人差し指でトントン叩こうが答えは出ないし出る筈もない。だってこれは現実逃避なんだから―――シグナムと言う名の。
「私は言ったはずだが? 稼動式、真面目に聞けと……」
「待てよ。俺は真面目に聞いてただろう? お前見て無かったのか? 拍手だってしたし欠伸もしなかっただろう?」
「だったら、はやて…部隊長が言ったことを復唱して見せろよ」
「………Why?」
思わぬ角度から来た予想外の襲撃にタクヤは固まる。ぶっちゃけヴィータの言う通り真面目に話を聞いてたわけではないし、復唱しろと言われたら「一丸となって」と「長い話は嫌われるんで」との所しか覚えてない。
というか他の局員だって聞いてないんじゃ、と視線を張り巡らせれば我関せずと顔を背ける同僚たち。見ろ、見てくれ、シグナム。あいつら絶対に覚えてないから復唱できないはずだ。頼むから肩に爪を喰い込ませないでくれ。
そう心の中で懇願するも聞こえるわけがないし、そもそも声を出したところで人徳を考えればタクヤが信じてもらえるはずもない。結局のところタクヤの味方は誰もいやしないのだ。人徳万歳な世の中が憎い。
諦めたタクヤは腹を括り、一番覚えてる部分だけを言った。
「―――八神はやてでした!」
顔面と腹にナイスなパンチが入ったの言うまでもなかった。