Magical Girl Lyrical NANOHA StrikerS Lunatic 作:テラ吉
今タクヤがいる場所は八神はやてと書かれたネームが刻まれた部隊長室の扉前。
少しだけ威厳のある自動ドアをノックする前に自分の身嗜みを確認する。ネクタイは曲がってないか、汚れはないか、髪は乱れてないか、心は乱れてないか。多分最後の乱れは治せないだろう。
準備万端、いざ開けようとして気が付いた。自分が持ち上げている左足に、422部隊特有の開け方が癖になっていることに。
駄目だ駄目だ、と頭を振って気を取り直し、頭の中で蹴れば自動ドアの請求書が来ると何度も復唱しながら―――自動ドアを蹴飛ばした。
「………I blew it(やっちまった)」
横にスライドする筈のドアが、まさかの前に吹き飛ぶというのは製作者も意図しなかっただろう。もちろん開けた本人もだが。
何はともあれB級アクション映画の発破シーンのように吹き飛んだドアは地面を滑り進み、少しお高いデスクにぶつかることでストップする。
そのお高いデスクの主である少女は目を丸くして少しだけ驚いたあと、タクヤを視界に入れると目を僅かに吊り上げた。
「―――驚いたわ。近頃の扉は吹き飛んで開くもんなん? 頭のネジが外れてへん私にはとうてい考えられへんわ」
「稼動一日目で新品の隊舎の自動ドアを壊したのは悪かったさ。でも、俺に言わせればこんな蹴り一つで壊れるドアが悪い。考えてみろよ、こんな簡単に壊れる自動ドアで凶悪犯から身を守れると思うのか?」
「どこをどう考えたらそんな発想にブッ飛ぶんよ。そもそも、こんな場所に犯罪者が来るなんてその人正気の沙汰ちゃうで」
「逃げ隠れをするのが犯罪者だって言うのなら訓練校で一からやり直した方がいいぞ。何が起こるかなんてこの世はわからないんだ。だから―――」
「この教訓を生かして自動ドアの修理代は経費で落とせ、だなんて言うわけないやんな? いや、言わせんへんで。タクヤさんの今月分の給料から自動ドアの修理代は引いとくからな。あぁ、そやった。ようこそ機動六課へ」
「………」
部隊長 八神はやての反論の余地がない完璧な占めにタクヤはぐぅの音もでなかった。そして取って付けた様な歓迎の言葉は聞こえない。
ただ彼は思い考えるのだ―――男の子が大好き甲虫が好みそうな質素な食事を、砂糖水をどうして避けようかと。
「で? なんで部隊長室に来たん? もう皆はそれぞれの仕事に取りかかっとる。なのにタクヤさんは仕事に取り掛かってへん。あかんな、これはもう減給確定や。これ以上下げられたくなかったら早よ戻り、ハリーハリーハリー!」
ミッドでは聞き慣れない訛りの捲し立てにウンザリし、顔を顰めるもこれはいつものやり取りだ。
小言の一つや二つも返してやりたいが、これ以上怒らせれば狸は狸神へと化け上がり、上官と言う権力を振りかざしてくるのは目に見えている為に我慢する。
だから懐から唐突に一枚の書類を取り出し来客用のソファーに腰をかけると、はやてへと投げ付けるように渡す。
落とすこともなく難なく受け取ったはやては書類に一瞬だけ目を通したあとタクヤを一瞥し、溜息を吐きながらピカピカに光る天井を仰ぎ見た。
「―――古い結晶と無限の欲望が集い交わる地、死せる王の下、聖地よりかの翼が蘇る。死者達が踊り、なかつ大地の法の塔はむなしく焼け落ち、それを先駆けに数多の海を守る法の船もくだけ落ちる」
唐突にタクヤの口から放たれたのは詩か暗号か。少なくとも内容的にはお世辞にもロマンチックな物ではない。
この言葉が何を意味するかはタクヤはもちろんのことはやても知っている。この言葉があってこそ機動六課は造られたのだから。
聖王教会・教会騎士団所属の騎士であり少将であると同時にタクヤにとっての義妹であるカリム・グラシアはとある希少能力を持っている。
それは『予言者の著書』と言われる古代ベルカの詩文形式の予言能力である。本人は良く当たる占い程度であると言い張るが、その希少能力が予言を引いたのだ―――管理局のシステム崩壊と言う名の破滅を。
「あいつは、カリムは頑なにこれを話そうとしなかったからこれを探り当てるのには苦労した。だが、どうにかして辿り着けた。そして落ち込んださ」
「………管理局が無くなるかもしれんから?」
「別に局がどうなろうが俺には知ったことじゃない」
そうじゃないんだよと言わんばかりにやれやれと頭を振って、タクヤも天井を仰ぎ見る。
「どうして……クロノは、カリムは、お前は、俺に教えてくれなかったんだってね」
「ッ、それはっ」
「まぁ、良いさ。俺はこれだけを言いたかった。それだけだ。邪魔したな」
ソファーから腰を上げ、見向きもせずにタクヤは片手を上げて部隊長室を後にする。
残されたはやてはただ何も言えず、艶やかに染めた紅いメッシュの髪が垂れ下がる背中を眺めるしか他なかった。
やはり来るべきではなかった。部隊長室を後にしたタクヤは少し歩いた後、近くの壁に凭れ掛かり小さく息を吐く。
まだ稼動一日目での心労は最早イエローゾーン突入であり、出来ることなら今日はこのもままサボってまだ見ぬ寮へと足を進めたい所だ。
そして部屋で紅茶を一口含んでから買い溜めた本に目を通しながら、だらだらと何時間も気持ち良く寝ころぶのだ。なんだったらピザの宅配を頼むのもいいだろう。
しかし、これは叶わぬ願いなのだ。それでもせめてもの夢を見るのだ。幸せを望むのだ。
「―――あ、タクヤ」
だから、その夢を覚ますかのように自分の名前を呼ぶ女性の声に、タクヤは心底げんなりした。
振り向くと、そこにいたのは見慣れた美しき長いブロンドの髪に大きなルビーを思わせる瞳と世の女性が嫉妬し、世の男性を虜にするであろうナイスなボディー。
そんな女性とタクヤが知り合い。タクヤの知り合い(♂)がそれを見ればさぞ悔しがるだろうが、生憎とタクヤは彼女をそういう風には見ていない。
それどころか先のげんなりとした顔を更に歪ませ、厄介な者に捕まったと言わんばかりに顔を顰める。
「………何でそんなに嫌そうな顔なの?」
「気のせいだろ―――フェイト」
フェイト。そう呼ばれた女性はタクヤを半眼で睨むも、無駄なことだと気付いたのか嘆息して肩を落とす。
彼女―――フェイト・
彼女の兄であるクロノを通じて二人は知り合った仲ではあるのだが、航空武装隊と本局執務官なのにどうしてか高確率で同じ事件を担当するという不思議な縁がある。
その為二人は長年の知り合いであるのだが、不真面目なタクヤと真面目なフェイトである為に顔を合わせればいつもこれなので二人に言わせれば腐れ縁である。
「会えばいつもそう。どうして私だけにはそんな態度なの?」
「そんな態度になるに決まってるだろ? お前が自動車免許を取得した祝いに愛車を貸して一日経って帰ってきたと思えば可愛い愛車が闘いきったボクサーの面だ。それでそんな態度にならない奴がいるのか?」
「そ、それは謝ったし修理代も支払ったよ!?」
「おいおい。謝る前にお前が何て言ったか覚えてるか? あぁ、俺は覚えているともさ―――車の耐久性の限界を知りたかったんだ。けれども駄目だね、この車。たった一度の横転で大破だよ、だったってな」
「う、あぅ……」
今でもタクヤは鮮明に思い出せる。フェイトが頭をトチ狂わせ、廃車同前と化した愛車を蹴りつけながら拳を握りしめ、熱弁と言う名の言い訳をしていたことを。
しかも、後に聞いた話では彼女の担当をしていた運転免許の試験官は実技中に白目になって口から泡を吹いたと言うではないか。
それだから顔を顰めるのは仕方がない、という顔をするタクヤにフェイトは気まずげに目を右往左往させる。
「大体お前はな、」
「も、もうその話は終わり! それ以上もこれ以上もないし、これ以上ネチネチ言ったら男らしくないよ!?」
男らしくない。そう言われては自称紳士であるこの男にとっては黙らざる終えなかった。
まだ文句を言いたげにしているタクヤの目にフェイトは若干の不安があったが、黙ってくれたことにより安堵する。
そして今度はこちらの番だ、と言わんばかりに形良いルビーの瞳を吊り上げる。
「タクヤだって人のこと言えないよね? 二年前に私のツケで食べたピザの代金、返してもらってないんだけど」
「まだ、覚えてやがるのか。俺より役職が上なんだ、たかがピザの一つや二つぐらい奢ってくれても罰は当たらないだろ?」
「その一つや二つが積もりに積もってるから言ってるんだよ!! というか覚えてやがるって何? まさか水に流そうとしたんじゃないよねっ!?」
「チッ、それぐらい忘れてくれ………悪かった。俺が全面的に悪かったさ。手持ちは今はないからまた今度な?」
そんなに食べたか? と指を折るが生憎タクヤは都合の悪いことは覚えていないという便利な頭なので思い出すことは不可能に近い。
けれどもパチパチと放電する彼女を見れば否応なしに自分に非があるのを認めるしかあるまい。新品の制服を消し炭にされるのはごめんなのだ。
フェイトはそんな適当な返事をするタクヤに本当に払うの? と胡散臭そうに見るが、気持ちを落ち着けるように深呼吸を一つする。
「とにかく。今度の給料日には返してよね?」
「Aye, ma'am」
敬礼しながら調子良く答えるタクヤに、彼女はひとつ頷く。
しかし彼女は知らない。今度の給料日のタクヤのマネーはほぼゼロであることを。
「で、タクヤはここで何してたの?」
「何、部隊長さんと仕事の話でな」
本当はもっと重要な話であったが、仕事の話であることに嘘偽りはない
まぁ、タクヤ本人は彼女に嘘の一つや二つを言ったって痛める良心などないのだが。
「そっちはどうした?」
「私もこれから部隊長と地上本部にお仕事」
歓迎はされないだろうけどね、と苦笑する彼女に地上本部から機動六課が睨まれていることを改めて実感した。
どうしてそこまで睨まれているのかはわからないが、これには少しばかりだけ狸に同情する。
しかし、睨まれている原因の一端に義妹が関わっていることを彼は知らない。
「じゃあ、そろそろ行くね?」
「あぁ、俺もそろそろ訓練場に行くわ」
「給料泥棒にはならないでよね」
「善処するさ」
肩を竦めながら答えるタクヤに一抹の不安をフェイトは感じたが、時間が惜しいので部隊長室へと足を進め出す。
タクヤもそれに釣られるように訓練場を目指して足を進めようと第一歩を踏み締めた―――が。
「―――訓練場ってどっちだ?」
「本当にだいじょうぶかなぁ……」
一抹以上の不安をフェイトは感じざるおえなかった。
一言だけ申すなら別にはやてと敵対する気はありませんので悪しからずご了承ください。