Magical Girl Lyrical NANOHA StrikerS Lunatic   作:テラ吉

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SEVEN

「…………う……ん」

 

 

 目覚めた先には知らない天井。いや、知った天井だ。視界の端に入った外はもう暗闇だった。

 定期的に聞こえる機械音が、気絶云々ではなく、純粋に眠気を煽る。それを回避すべく、シグナムは視線を周りへと向けた。その先には揺れる中途半端な色合いの髪。そんな髪を彼女は徐に一束だけ掴んだ。見た目とは裏腹に、それは柔らかい。

 ―――こんなふざけた髪で、よく管理局員と名乗れるな。

 出会った当初はこのパンクのような髪色も、カラスのような黒さだったのに、と。昔とあまり変わらない自分の姿と、すっかり様変わりしてしまった彼の髪を見つめながら苦笑すると同時に、その髪の持ち主は顔を上げ、彼女へと視線を向けた。

 

 

「痛むか?」

 

 

 単刀直入に紡がれた言葉は今度もしっかりとシグナムの耳へ届いた。単に自分を気遣ってか、それとも一応の形式張ったそれか判断が出来なかったが、首を縦に振る事で答えた。

 

 

「……そうか」

 

 

 ――なら、よかった。

 タクヤは後一言を漏らさない事にした。何故だか分からない。医務室特有の消毒薬等といった薬の匂いのせいで頭が痺れているのか、シグナムの髪から香る、実は甘ったるい匂いに痺れているのか。定かではないが、この空間が少し気持ちいいと思った自分が恥ずかしかった為に、一言だけ飲み込んだ。

 彼女は彼の一言だけを聞き、自分を気遣ってくれたのかと察した。彼の言葉を聞かなくても、微妙にソワソワした視線を見れば分かったかもしれないが。

 

 

「……そういえば、最後に聞こえた言葉は何だったんだ?」

 

 

 シグナムの問いに頭を掻きながら聞こえてたかだとかしまったと零すタクヤに、彼女は笑ってしまった。

 

 

「何笑ってんだよ」

 

 

 そして互いに笑った。

 二人だけの空間はやけに暖かく、脳がそれ以上考える事を放棄する程に蕩けてしまいそうになった―――が、甘いムードとは続かない物だ。特にその星の下に生まれてきた者にとっては尚更に。

 

 

『―――タクヤ・D・アルバトロス二等空尉。至急、レストハウスにまで来て下さい。繰り返します。タクヤ・D・アルバトロス二等空尉。至急、レストハウスにまで来てください―――雷様がお怒りや』

 

「………泣けるぜ」

 

 

 急な放送による呼び出しにタクヤはそう呟いた後、脱いでいた上着を引っ手繰り、医務室をマッハで飛び出した。機動六課をヒューズさせるわけにはいかないのだ!

 

 

「………馬鹿者」

 

 

 タクヤが消えた後、シグナムが拗ねるように呟いたその言葉は、彼には聞こえていない。

 

 

 

 

 ―――怒った女はかき乱された泉と同じ 泥だらけで見苦しく、純真さもなく、美しさのかけらもない。そうなれば、どんなに乾きを感じていても、誰も口をつけるどころか、指も触れもしない

 

 

 不意に、タクヤの頭にそんな名言が浮かんでしまったのは仕方がないことだと言えようか。

 しかし、訂正させてはくれないか? 彼女は泉ではない。光だ。熱源だ。身体の芯から痺れさせる雷様だ。

 子供心に遠くから見る分には興奮させてくれるが、近くで見れば恐怖の対象でしかない。

 それがフェイトという、自分よりも十も下の、色を知らない女の子だ。

 

 

「―――ねぇ、これはどういうこと? どうすれば転属初日から自動ドアを壊すは、訓練場の床に穴がアクノ?」

 

 

 宝石を彷彿とさせるルビーの瞳は濁っていた。濡れた唇から発せられた最後の三文字はカタカナだった。

 タクヤの背筋がゾクゾクと震えあがる。決して歓喜ではない。大切な事なのでもう一度言う。決して歓喜ではない!

 閑散としたレストハウスの床の上で正座をさせられているタクヤは心の中でそう何度も呟くしかなかった。羞恥心? 当に捨てたに決まってんだろうが。

 

 

「どうして喋ってくれないのかな? 私、何かオカシイコトイッタカナ?」

 

 

 カタカナの範囲が長くなり、瞳の濁りが一層に増す。背筋が更にゾクゾクと震えあがり、春先だと言うのに汗が流れる。

 ―――言い訳を、どうにかして言い訳を考えるんだアルバトロス! お前の言い訳は神をも超え、閻魔をも騙せるだろう!? 行けっ、そこだ決めろ! ボディーブローだ!

 どうにか口を動かそうと筋肉を総動員し、普段ろくなことには使われない脳をフル稼働させる。そして、タクヤは口を開いた。

 

 

「―――話せば、分かる」

 

 

 ニコニコとどんな荒波をも潜り抜けてきた愛想笑いを貼り付け、猫なで声と言っても過言ではない甘さの声を出す。

 しかし、フェイトの手には三角形の何かが握られる。何かって? 何だろうね。三角定規かな? だったら何を図るんだろうか? お前の命の距離だってさ―――笑えない! そして物は三角定規ではなく、彼女の愛機バルディッシュだ!

 メーデーメーデー!! ヘェルプ、ヘェルプミー!! ここに神はいないのか、都合のいいときに助けてくれる神はいないのか!? ただでさえ信仰心がないのに更に減っちまったらアンタも困るだろう? だから助けてくれよ、教会で毎日ゲロ吐く羽目になる前に助けてくれよ! 今度の給料はないけどさ、その次には寄付するからさぁ!

 タクヤは都合のいい天に祈る。が、都合のいい天は都合のいいようにタクヤを裏切った。

 

 

「あ、後な。シグナムとの模擬戦のときに流れ弾が窓ガラスに命中してんねん。その分も加算するから」

 

 

 急な余計な狸の一言により、フェイトの目がギラつく。髪を数本口に加えて睨んでくる辺り、もうホラーでしかない。

 火に油、ではなく雷に水をぶちまけた元凶であるはやてはサラダにフォークを差してニヤニヤと笑い、楽しげに後から来たシグナムと咀嚼する。

 実に羨ましい。今月のお財布がスッカラカンのタクヤには喉から手が出るほど食べたい物だ。しかし、今は自分がサラダにされ兼ねない状況と言うことを忘れてはならない。

 

 

「Easy does it. 落ち着けよ。そもそも俺はランチを食べちゃいない。ましてや時間はディナーだ。ここは一つ、ディナーをしてからお説教といこうじゃないか」

 

「そのディナー代は誰が出すの?」

 

「それはもちろん、フェイトが―――」

 

 

 刹那だった。それ以外のなんと表現できようか? 言い終わる前に間合いを詰めたフェイトの拳がタクヤの頭に落ちたのだ。心優しきはどうかだが、流石雷光は伊達じゃない。

 電気資質が付与された拳骨にタクヤは頭を押さえてのた打ち回り、フェイトはフンと鼻を鳴らして腕を組む。バルディッシュで首を切り飛ばされないだけ、マシだと言えようか。

 

 

「フェイトちゃん、そろそろ落ち着こか。何や、煽っといて悪いんやけどタクヤさんがちょっと惨めになって来たわ」

 

「そうだね、はやて。こんな馬鹿を相手にするよりかはディナーにした方がマシだよ」

 

 

 再度フンと鼻息を鳴らしたフェイトは、はやてとシグナムがいる席に座り込み、先に頼んで用意していたのであろうピザを一切れ口に含む。

 アツアツトロトロの良く伸びるチェダーチーズ。程よく焼けたトマトに玉ねぎ、変わり種でピーマンがあるが悪くはない。そして何よりも鼻に付くのは脂の乗った大きなサラミ。

 これら全てが正座をしている無一文な男の食欲を刺激しているのをフェイトは分かりきって食べている。実に美味しそうに、嫌らしく、見せ付ける様に彼女は食べている。

 

 

「フェイトちゃん。それ私も一つもろてえーかな?」

 

「テスタロッサ。私も一つ貰おうか」

 

「うん、良いよ。はやてとシグナム“なら”大歓迎だよ」

 

 

 誇張された“なら”には悪意しか感じられない。俺は大歓迎じゃないのか、と聞こうにもオチが分かりきっている為に聞けやしない。

 どうしてこの腹を満たしてくれようか。そう考えているタクヤの足に、ちょんちょんと何かが当たる。足が痺れるからやめろ。

 

 

「ん?」

 

 

 なんだなんだ、と振り向けば、そこにいたのは青い犬―――ではなく狼。ザフィーラだ。

 烈火の将であるシグナムと同じ、はやての守護者である彼とタクヤの仲は本音を話せる友人だ。

 もっとも、タクヤが普段から知っている彼の姿のほとんどははふさふさの耳をもつガタイのイイ男、ではあるが。

 何はともあれ、彼は友人だ。何かしらの助け舟を出してくれることに期待しつつ、彼に耳を傾けた。

 

 

「ディアーズ―――食べるか?」

 

 

 少し硬めの肉球の付いた前足で押し出される―――残飯の入った皿。

 

 

「………」

 

 

 多分、ザフィーラは善意で言っているのであろう。だが待ってほしい。お前の守護獣としてのプライドはどこにいったんだ?

 色取り取りにチキンやら魚やら野菜やらがチリソースや醤油、ドレッシングでぐっちゃぐっちゃに混ざり合った、味の保証ができない食べ物。

 それをお前は食べるのか? 狼としての嗅覚は大丈夫なのか? そして俺は食べる気は断じてないぞ。

 スッ、と無言で押し返せば「そうか…」とどこか寂しそうに呟いて、ハグハグと皿に顔を突っ込んで食べだした。もうお前は狼じゃない。犬だ。

 

 

「そういえば、ハグッ、ディアーズ。お前が、ハグハグッ、こっちに来ていて、ハグッ、驚いたぞ」

 

「ワンちゃん。とりあえず喰うか喋るかハッキリしな」

 

「ンッグ……犬ではない―――守護獣だ」

 

 

 口から残飯をはみ出しながら言われても全く説得力がない。

 

 

「俺だって驚きさ。少なくとも俺の予定に機動六課だなんて危険な物は入ってなかった……どこかのシスコン提督に嵌められるまではな」

 

「そうか。だがオレ個人としては歓迎している。お前が来てくれるのは心強い」

 

「………なるだけ頑張ってみるさ」

 

 

 ザフィーラの心からの言葉に、タクヤは肩を竦めてから皿に残っていた残飯のレタスを勝手に咀嚼する。ぺトンと尻尾を動かしただけで彼は怒ってはいなかった。代わりに彼から念話が飛んでくる。

 

 

(後、出来る限り主はやてを責めないでやって欲しい。預言の事をお前に言わなかったのも何かあるからだろう)

 

(別に責める気なんて微塵もないさ。ただな、守護獣として盗み聞きはどうかと思うが?)

 

(仕方あるまい。どこかの奴が自動ドアを壊していたからな)

 

(そりゃ、悪かったね)

 

 

 再び肩を竦めるタクヤにザフィーラは何も言わず、残りの残飯を平らげるとレストハウスを去っていく。

 ―――ほんっと、俺には出来過ぎた友だ。

 青い後ろ姿に苦笑しつつ、さて、と彼はレストハウスの床から立ち上がり、汚れを掃う。

 期待されている以上は結果を出すしかない。しかし、結果を出すには腹ごしらえが必要だ。ならばやろう、やってやろう。

 彼はフェイト達が食事を取っている卓に近づき、一言。

 

 

「―――悪いが金を貸してくれないか?」

 

 

 直後、機動六課のブレーカーが落ちたのは言うまでもない。




と、言うわけで更新です。
なんだかザフィーラが少しだけ残念になってしまったよう……ザフィーラファンごめんなさい。
彼の一人称ってなんでしょうかね? ゲームならコピーがオレと言っていたのでこの作品ではオレにしましたが、知っている方がおられるなら教えてください。
あと、ヒロイン候補は決めていますがヒロインは絞れていません。
そして主人公が回を増すごとに駄目な気が……書いてる方はたのしいんですがね(笑)

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