「――どうやら目が覚めた様だのう」
「……は?」
見渡す限り真っ白な空間。上下左右前後、どこを見渡しても白一色しかない空間の中、不意に掛けられた老人の声に俺は意識を完全に覚醒させる。
声の方に視線を向けると、そこには白い髭を蓄えた老人が一人いた。
「……誰だアンタ?」
見知らぬ老人に俺は警戒した声音で訊ねる。
「儂はお主達人間が言う所の神という存在じゃ」
「……神?」
「そうじゃ。そして此処は転生するものが訪れる世界の狭間に存在する転生の間じゃ」
「転生……それに神……という事は、まさか俺は死んだのか?」
「うむ、その通りじゃ」
そこまで神と名乗った老人と会話をしていた時、俺は思い出す。
俺の名前は
そしてその日も時間ギリギリまで学校に居座り、その帰り道に書店に立ち寄り、新刊のライトノベルを一冊購入して電車に乗車し帰宅する。
帰宅までの暇潰しに、先程購入したブックカバーの付いたライトノベルを広げ、読み始める。
その本は「問題児たちが異世界から来るそうですよ?」というタイトルでジャンルは異世界ファンタジーものだ。
第1章も読み終わり、続いて第2章に突入しようとしたその時にそれは起こった。
突然、電車が急ブレーキを掛けたかと思うと、何の前触れもなく目の前が真っ白に染まり、俺の意識はすぐさま途切れたのだ。
「なるほど……思い出した。しかし、どうして転生する事に?」
「それはじゃな。お主も薄々勘付いておると思うが、あの電車事故は儂の部下のミスでな。そのお詫びという事じゃ」
「……やっぱりか」
いきなり目の前が真っ白になって意識が途切れたから、ただの交通事故ではないと思ってはいたが、まさかネットの二次創作の様な展開が現実にあるとは……。しかも俺がその経験をする事になるとはな。
本当に人生というのは何が起こるか分からないものだ。
「それじゃあ、お主には転生をしてもらう訳じゃが……まずはこのサイコロを振ってくれるかの?」
「サイコロを? それはまた何故?」
「それはお主に与える特典の個数を決める為じゃ。お主がこれから転生する世界は『ワンパンマン』と呼ばれる漫画の世界でな。人間を脅かす怪人達が普通に存在する危険な世界じゃから、何の力も持たない人間ではこの先苦労するじゃろうし、下手すればその怪人に殺される可能性もある。そうならない為に自分の身は自分で守れる様にという事じゃ」
「なるほど、そう言う事か」
特典が貰えるのは素直にありがいたいな。確かにあの世界は主人公のサイタマが敵をワンパンで終わらしたり、サイタマのマイペース過ぎる性格から若干コミカルな感じの漫画になっているが、その世界に住む一般人達にとってみれば笑えない現実だからな。
と、そんな事を考えながら俺は手渡されたサイコロを振ると、サイコロはコロコロと白い空間の中を転がっていく。なるべく大きな数字がいいが、こればかりは流石に運頼み神頼みだ。……神様目の前にいるけど。
そしてサイコロは徐々にその動きを止める。
出た目の数は『2』
「賽の目は『2』か。余り運がいいとは言えんのう」
「……まぁ、『1』よりはまだマシだとポジティブに考えるさ」
「そうか。それで、特典は何にする?」
「そうだな……、それなら俺が死ぬ前に読んでいた『問題児たちが異世界から来るそうですよ?』の主人公、逆廻十六夜の
「
よし、これで例えボロスや覚醒ガロウ級の怪人でも対処可能の筈だ。というよりも十六夜ならサイタマとも普通に戦えそうだし、身体のスペック的には余裕があるか?
「して二つ目の特典は決まったか? もうすでに一つ目だけでも十分なほどのチートだが」
うん、俺もそう思う。これで怪人達に何の抵抗も出来ずに理不尽に殺されるという最悪の展開は消えた筈だから確かにもう十分か。
「二つ目だけど、特典というよりちょっとしたお願いがあるんだが」
「ん? なんじゃ?」
「いや、両親や生前に仲良かった友達達に『先に死んでごめん、今までありがとう』と謝罪とお礼の言葉を一言でもいいから伝えられたらと」
「……なるほどのう。二つ目の特典を消費すればその願いは叶える事は出来るが、ホントに良いのか?」
「ああ」
「そうか。よし分かった。ならそこへ転移し、伝え終わったらお主の転生を行う。そういう流れでよいか?」
「ああ、ありがとう。それで十分だ」
俺が頷くと、爺さんと俺の周囲が青白い光に覆われ、視界が閃光に染まった。
◆◆◆
俺はその後、両親や友達に謝罪とお礼の言葉を無事に伝える事ができ、転生の間へと戻ってきた。
「――それでは、まずはお主に
すると、途端に俺の身体が発光し始める。そしてすぐにその光は収まる。だが、身体にこれといった変化はない。本当にこれで恩恵は宿ったのか?
その疑問が顔に出ていたのか爺さんがどこからか小石を取り出し、それを俺の方へと放り投げる。その小石をキャッチすると爺さんは口を開く。
「取り敢えず、あっちの方に向かってその石を投げてみい」
「分かった」
あっちの方に、と俺から見て左側の白い空間に向かって指を差す爺さんの指示に従い、俺は小石を投げる。
すると、とんでもない速度で小石は吹き飛んでいった。まさに一瞬の出来事だった。
「うむ、第三宇宙速度くらいは普通に出ておるのう」
爺さんが小石が飛んで行った方向を眺めながら、その様な事を呟く。どうやらちゃんと恩恵は俺の身体に宿っている様だ。その事に安心していると、
「あてっ! 何だ!?」
背後から突然、ドォンッ!という、音が響いた。そして後頭部に衝撃を受ける。
何かが俺の後頭部にぶつかった様だ。しかし、音の割には頭に受けた衝撃は意外にも少なかった為、大した痛みはない。俺は背後を確認しようとした時、カツンと何かが地面に落ちた音を拾う。
音源に視線を向けると、そこには先程俺が投げた小石があった。
「身体の耐久力も問題ないようじゃのう。これで正体不明の恩恵はちゃんと宿しておると理解出来たじゃろう?」
爺さんがそう口を開いた。
「……ああ、そうだな」
「次に獅子座の太陽主権の恩恵の方も試しておくか?」
そう言って爺さんはまたどこからか取り出した斧を握り締め、確認してくる。
「いや、遠慮しておく」
「そうか。よし、ではいよいよ、お主には転生してもらおうかのう」
そう言って爺さんは斧をしまい、パンパンと柏手を打つと、目の前に突然白い扉が出現する。
「その扉を超えたら転生は完了じゃ。準備はいいな?」
「――ああ、いろいろとありがとう」
俺は爺さんにお礼を言って、目の前の扉を開けると、中は白い光に覆われていた。
これを潜り抜けたら新しい世界、か。心が躍動しているのが分かる。
「じゃあ、行って来る」
「うむ、本当に済まなかったのう。第二の人生では楽しく生きるのじゃぞ」
それを最後に俺は扉を潜り、視界一面が真っ白に染まり、意識が途切れた。