ヒーロー世界の原典候補者   作:黒猫一匹

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3撃目

 

 時刻はまだ朝の7時前。

 A市にある二十階建てマンション。その最上階にある自室で目覚まし時計の音で目が覚めた部屋の主であるコータローは、起床してすぐに洗面所で顔を洗い、歯を磨き、外出の用意へと取り掛かる。

 寝間着から黒いパーカーに着替えて、髪を梳くのが面倒なのかそのままヘアバンド替わりにヘッドホンをつけてそのまま玄関に向かう。

 玄関で靴に履き替えていたそんな時に、ピンポーン、という来客を示すチャイムが鳴り響いた。

 

「……誰だよ、こんな朝っぱらから」

 

 そうぼやきつつ、そのまま扉を開けて外に視線を向けると、そこには黒いドレスコートを着た長身でグラマラスな体型の一人の女性が立っていた。

 

「ん? お前フブキか?」

 

「ええ、久しぶりね。コータロー」

 

 彼女はコータローと同じくヒーロー協会に所属しているB級1位のヒーロー、地獄のフブキ。つい最近S級3位へと降格した戦慄のタツマキの妹だ。

 

「ああそうだな。大体1年半ぶりぐらいか。それにしてもお前が取り巻き達を連れずに現れるとは珍しいな」

 

「あの子達にはフブキ組をより発展させる為に色々と各方面で資金集めを頑張ってもらってるわ」

 

「ふーん、で、こんな朝っぱらから何の用だよ?」

 

「その事なんだけど、実はね―――」

 

 そう前置きをするとフブキはコータローの家に訪れた理由を語る。

 どうやら彼女の話では、現在フブキ組はレンタカーを借りて移動している様だが、ヒーロー協会でも最大派閥であるフブキ組がいつまでもレンタカーでは世間一般の人々や同じヒーロー達に舐められてしまうという事でフブキ組専用の車(黒い高級車)を買う為に現在フブキ組全員で資金を稼いでいるそうだ。

 

 そこまで話しを聞いていたコータローは「ふーん」と余り興味なさそうな表情で話しを半分聞き流していたが、次にフブキが放った言葉にコータローは耳を疑う。

 

「そういう事だから、あなたもフブキ組の一員として資金稼ぎに協力しなさい」

 

「……は?」

 

 コータローは目を丸くしてフブキを見据える。

 

「おいコラ、何で俺がお前等の為に金を稼がねぇといけねぇんだ。そもそも俺がいつお前んとこの派閥に入った?」

 

 当然の様にコータローはそう文句を垂れる。だが、フブキはコータローの文句を軽やかにスルーして話しを続ける。

 

「そうね、まずはB級賞金首2人とA級賞金首3人くらいから行くとしようかしら」

 

 手元にある手配書のビラを捲って確認しながらそう呟く。

 そしてそのままコータロー腕を掴むと彼を連れ出そうと腕を引っ張る。

 

「オイ、話し聞け」

 

 ビシッとフブキの頭にコータローにとっては軽めのチョップを繰り出す。しかしフブキにとってはそれなりにダメージが入ったのか彼女は頭を抑えて涙目で抗議する。

 

「痛っ、ちょっといきなり何するのよ!」

 

「何するのよはこっちのセリフだこの野郎。本人の了承も得ずに勝手に連れ出そうとしてんじゃねぇよ。悪いが俺もそこまで暇じゃねぇ。お前のお遊びにはまた今度暇な時にでも付き合ってやるからお前はもう帰れ」

 

「あら、お遊びとはいってくれるわね。どうやらあなたはまだ事の重大性を理解していないのかしら。B級最大派閥である私達にとって格下に舐められるというのは一番の懸念事項よ。それをいつまでもレンタカーじゃあ締まらないにも程があるでしょう」

 

 故に、と言葉を続ける。

 

「これはフブキ組にとって重大な案件よ。あなたは私達フブキ組の出世頭なのだから協力するのは当然でしょう?」

 

 そう言ってフフンと胸を張るフブキ。対するコータローは面倒臭そうに溜息を吐く。

 

「だから俺がいつお前の組に入ったんだよ……」

 

 外見は全く似てない癖にこういう人の話しを聞かず融通が利かない所は姉であるタツマキにそっくりだ、と内心でその様な事を呟きながらコータローはこれ以上フブキと話していても時間の無駄だと判断する。

 コータローは「……もういい」と諦めた様に言葉を漏らし、玄関から出て歩を進める。

 腕を振りほどいて勝手に先に進むコータローにフブキは不思議そうな表情で訊ねた。

 

「あら、どこへ行くのかしら?」

 

「……Z市にちょっとな」

 

 コータローは簡単にそう答えると、よっ、と軽い声を出して階段やエレベーターを使わずに二十階の高さから地面に跳び下りる。そのまま衝撃をうまく殺し何事もなく着地すると、フブキも上から超能力を使い念動力で自分の身体を浮かし降下してくる。

 

「Z市に何か用事が?」

 

「ああ、私用でな。ちょっくらゴーストタウンまで行って来る」

 

「ゴーストタウン? そこって確か数年前から高レベルの怪人発生事件が多発している街でしょ? 怪人でも倒しに行くの?」

 

 フブキの疑問にコータローは苦笑いを浮かべて否定する。

 

「いや、態々そんな面倒な事をしにZ市まで行く訳じゃねぇよ。言っただろ、ただの私用だって」

 

「じゃあ何しに行くのよ?」

 

「Z市に住んでる化け物と喧嘩してくるだけだ」

 

「は?」

 

「まぁそういう訳だから、俺はもう行くぞ」

 

 コータローはそう言って一度だけフブキの方に視線を向ける。そして足に力を込めてZ市まで跳び立つ準備に入る。

 だがそこで、フブキがコータローに言葉を掛ける。

 

「待ちなさい。それなら私も一緒に行くわ」

 

「ん、お前も来るのか?」

 

「ええ、ゴーストタウンなら高レベルの怪人も結構すぐに出現するだろうし、どこにいるかも分からない賞金首を態々探し回るよりもよっぽど楽に稼げそうだし」

 

 そう言って地面に着地すると髪をクルクルと弄るフブキ。

 とはいえ、色々と噂があるZ市のゴーストタウンといえど、運よく怪人が出るとも限らないだろうと思ったりもしたが、そこはフブキ個人の問題である為、別にいいかと内心で結論を出し口には出さなかった。

 そしてコータローはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「そうか。それじゃあとっとと行くとするか」

 

 そう言ってコータローはフブキを横抱きに抱える。所謂お姫様だっこだ。

 いきなりの事に流石のフブキも狼狽えた。

 

「な!? ちょ、ちょっと待ちなさい! 何で私を抱えるのよ!?」

 

「あ? 何でってお前が能力使って飛んでいくよりも俺の方が速いからだよ。お前のペースでZ市まで移動してたら時間が掛かるからな。それに一緒に行こう(・・・・・・)って言ったのはお前だぜ?」

 

 ケラケラと笑いながら、顔を赤くするフブキをからかうコータロー。

 ここにフブキの過保護な姉であるタツマキがこの現場を見たら問答無用でコータローを殺しに掛かってきそうな光景が出来上がっていた。シスコンな彼女なら冗談抜きで本当にやるに違いない。

 

 フブキは「うぅ~、確かにそう言ったけどあれは別にそういう意味じゃ…」と小声で何事か呟いているが、特に抵抗らしい抵抗はない。

 そんな相変わらずな初心な反応を示すフブキにコータローはクックッと笑いが零れる。

 

「それじゃあ落ちない様にしっかりと掴まってな」

 

 コータローがそう言うとフブキは恥ずかしそうにしながらもちゃんと彼の指示に従い、コータローの首に手を回ししっかりと掴まる。

 そして彼らはそのままZ市のゴーストタウンに向かい跳び去って行った。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 Z市のゴーストタウン。そのある住宅街。

 そこは現在、戦場へと様変わりしていた。家々は吹き飛び瓦礫の山へと変わり、道路には至る所に地割れやクレーターが出来上がっており、火の手がそこら中で上がっていた。

 

「素直に驚いたな、弱小種族とまで言われた貴様達地上人が我々地底人とこれほどまでに戦えるとは。ここまで我々を手こずらせた地上人は貴様が初めてだ」

 

 今もなお粉塵が舞っている戦場のど真ん中。自らを地底人と名乗ったその怪人は対峙する一人のハゲ頭の青年に向かいそう述べる。

 対するハゲ頭の青年サイタマは頭から血を流しながら寝間着もボロボロになっているも、未だ目だけは死んでいない。

 地底人がそんなサイタマを見つめながら言葉を発する。

 

「だが貴様の奮迅もここまでだ。我ら真なる地球人には勝て――」

 

 サイタマから音速を超えた拳が放たれる。

 不意打ち気味に放たれたその拳を回避出来ずに頭を砕かれ絶命する。

 

「な、貴様!?」

 

 その光景にサイタマの背後に陣取っていた地底人達が声を荒げる中、サイタマは高速で彼らの元に近寄り拳の連打を与える。その拳の連打に地底人達の身体が耐え切れず爆散して死に絶えた。

 

「オラァァァ!!!」

 

 そしてサイタマは休憩するも間もなくすぐさま背後から迫る地底人達の足を払い体勢を崩させた。

 

「ムオッ!?」

 

 短い悲鳴を上げる中、サイタマはその隙を見逃さずに一撃の元に殴り飛ばす。

 そのまま地底人達は壁に激突し崩れ落ちる。

 

 

――これだ、俺が待ってたのは

 

――この戦いの高揚感!

 

――この戦いの緊張感!

 

 

 サイタマはその顔に好戦的な笑みを浮かべ地底人達の元へと突き進んでいく。

 迫る攻撃を回避し、時には受け止め、反撃の拳を放ち、頭突きを放ち、蹴りを放つ。

 

 

「随分と息子たちが世話になった様だな。この地底王が貴様を葬ってやる!」

 

 

 ハァハァと血と汗が流れ息が切れていた時、ふとその様な声が聞こえると地面が割れる。

 するとそこから今までの地底人達とは比べ物にならない程の巨大なエネルギーを覇気を発していた。

 自らを地底王と名乗ったその怪人にササイタマより笑みを深めて拳を握る。

 

 

――そうだ、これこそが俺の求め――、

 

 

 

 

 

 ジリリリィィィという音が鳴り響く。

 サイタマは音源に向かい反射的に拳を突きだし、目覚まし時計を完膚なきまでに破壊して目が覚めた。

 布団から起き上がり周囲を見回すとそこはいつもの部屋。破壊された痕跡など一つもない。

 外からはチュンチュンという小鳥のさえずりが聞こえて来る。

 そこまで確認したサイタマは理解する。

 

「………、何だよ夢か」

 

 がっかりした様子で肩を激しく落とした彼は起き上がろうと身体を持ち上げた瞬間、

外からドォンという音が鳴り響いた。

 

「ふははは!! 地上は我ら地底人がいただいた!!」

 

 とその様な声が聞こえて来た。

 サイタマはすぐさまその顔に笑みが浮かび、すぐさま寝間着からヒーローとして活動する時に着る黄色のスーツにマント、赤い手袋を着けて、窓から飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り。

 コータローとフブキはZ市に到着していた。

 

 ここまで来るまでの間、フブキが借りて来た猫の様にやけに大人しかったのが気になったが、運ばれた態勢が恥ずかしかったのだろうとすぐに思い至り、取り敢えずその思考は頭の隅に追いやる。今は逸る気分を落ち着かせる方が先決だ。

 

「おい、着いたぞ」

 

「え、ええ。そう見たいね」

 

 地面に着地するとすぐさまフブキを地面に降ろす。フブキは地面に降りると同時に何やら深呼吸を繰り返している。その顔は熱でもあるのかというぐらい真っ赤に染まっているが余程恥ずかしかったのだろうか。

 自分でしておいて何だか、そんなに恥ずかしかったのなら抵抗の一つでもすればいいのにと思ってしまう。もしその様な素振りを少しでも見せていたなら直ぐに降ろして上げたのだが。

 

「……落ち着いたか?」

 

「……ええ、もう大丈夫よ」

 

 どうやら漸く呼吸が整った様だ。フブキのそんな様子を確認したコータローはサイタマの家に向かい歩を進める。

 

 

 その後、二人は暫くゴーストタウンの中を探索していると、数体の怪人と出くわすが、それほど強い怪人ではなかったのか出現した際にフブキが超能力の一発で全て仕留めてしまう。

 

そしてそのまま探索する事、十数分。

フブキが訊ねる。

 

「それで、あなたが目指す場所にはまだ着かないのかしら?」

 

「いや、たぶんこの辺だと思うんだが……」

 

 コータローは周囲の建物を見てそう呟くも、その声はどこか自信なさげだ。

 さてどうしようかとコータローが本気で困っていたその時、

 

「ふはははは!! 地上は我ら地底人がいただいた!!」

 

 という上機嫌な笑い声が聞こえて来た。どうやらまた怪人が出現したらしい。

 

「あら、また怪人? これで何回目かしら? いくら何でも怪人の出現率が多過ぎない?」

 

「そうだな、流石はゴーストタウンと言った所か。とはいえ、行くんだろ?」

 

「ええ勿論よ。態々向こうから出向いてきてくれたのだからちゃんと退治してあげないと失礼ってものよね」

 

 コータローとフブキはその様な会話をしながら、声の出所へと向かう。

 

 その際に自らを地底王と名乗ったその怪人だったが、上空から降ってきたハゲ頭にマントを羽織った青年の手により一発でKOしてしまった。

 

「あら? 私達以外にもいたのね。見た事のないヒーローだけど、そうなるとCランクのヒーローかしら?」

 

 フブキがハゲ頭の青年、サイタマを見てそう呟く。

 コータローはサイタマを視界に入れるとその顔に軽薄な笑みが浮かぶ。

 

 

「――やっと見つけた」

 

 

 ポツリと言葉が漏れる。

 その言葉にフブキはコータローの方に視線を向けて「どうしたの、コータロー?」と不思議そうな表情で首を傾げるも、コータローはフブキの疑問の声を無視して、地面に落ちている小石を拾い上げた。

 取り敢えず自分もあの輪の中に加わる事を決めたコータローは、問題児の十六夜と同じ要領で現場に乱入する事にした。

 

 

 

「俺も混ぜろやゴラァァァァ!!」

 

 

 

 

 そう叫び、小石は第三宇宙速度というデタラメな速度で地底人達の元へと飛んでいき、轟音と共に粉塵を巻き上げ次々に戦闘不能へと追いやった。

 

 粉塵が晴れると、そこには爆撃でも起きたのかという程のクレーターが出来上がっており、そのクレーターのすぐ近くでは先程の余波に正面から耐えきったサイタマがコータローへと視線を向けていた。

 サイタマはコータローの姿を確認すると同時に彼から感じるデタラメな強さを見抜き、思い出す。

 

「ん? お前もしかして昨日B市にいた奴か?」

 

 サイタマの質問にコータローは頷いて肯定する。

 

「ああ、初めましてだな。俺はS級2位一撃無双(ワンターンキル)のコータローだ。そう言うお前はD市で大型巨人を俺へとトス(・・)してきた奴だよな?」

 

 コータローはサイタマの事を知っていながらも、こうして面と向かって会うのは今が初めての為、そう言って訊ねる。

 するとサイタマも肯定を示す。

 

「ああ、俺はサイタマ。趣味でヒーローをしている者だ」

 

「趣味でヒーローね…。という事はやっぱりヒーロー名簿には登録していないのか?」

 

「ヒーロー名簿? なんだそれ?」

 

 コータローの言葉にサイタマは首を傾げる。

 その様子にコータローはやっぱりしてなかったか、と内心で呟く。

 原作でも確かジェノスが説明するまでその存在自体を全く知らなかったぐらいだから無理ないかと納得する。

 

「ヒーロー名簿っていうのは――」

 

 コータローは取り敢えずサイタマにヒーロー名簿について説明をする。

 

・全国にあるヒーロー協会にある施設で体力テストや正義感テストを受けて一定の水準を超えれば正式にヒーローを名乗れ、ヒーロー協会の名簿に登録される事。

・認められたヒーローはその働きに応じて報酬が支払われる事。

・名簿に登録されていない者がいくら個人で活動していてもヒーローとは認められず妄言を吐く変人扱いされる事。

 

 それらを事細かく説明してやると、サイタマはその場に膝をつき項垂れる。

 

「知らなかった。まさかそんな名簿があったとは……」

 

 どうやらサイタマは精神的に深手のダメージを負った様だ。そんな彼の様子にコータローは苦笑を零し、フブキは変人を見る様な瞳でサイタマを見下ろす。

 

「まぁそれはそれとしてだ――」

 

 コータローは飛び散った道路の破片を掴み、サイタマに向かって第三宇宙速度でぶん投げる。

 

「!!」

 

 サイタマは突如自分に迫る凶弾に気づき顔を上げる。そして第三宇宙速度で迫る凶弾の速度を見切り、回避する。

 ドォォンという轟音が再び周囲に響き渡る中、コータローはその顔に好戦的な笑みを浮かべる。

 

「――いきなりで悪いが、俺と本気で戦ってくれねぇか?」

 

 因みに嫌だと言っても無理矢理にでも戦うから、という拒否権なしの言葉を後につけ加えてサイタマに問う。

 対するサイタマも先程の精神ダメージから回復したのか、コータローと同様の好戦的な笑みをその顔に浮かべて口を開く。

 

「――ああ、いいぜ。俺もお前とは戦ってみたかったからな」

 

 

 

 そんな二人の様子を眺めていたフブキは思う。

 

(あら? なんだか私だけさっきからずっと蚊帳の外にされてるけど、今は邪魔しない方がいいのよね……?)

 

 


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