贖罪のゼロ   作:KEROTA

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第19話 DEAMONS ANABASIS 悪魔の進軍

 何かが剥がれるような、あるいは引き裂かれるような。

 

 そんな不快な音を立てながら、黒いつぼみはついに、小吉達の目の前で花開いた。

 

「……!」

 

 おぞましい光景に言葉を失う彼らの前で、卵鞘が突き破られる。卵鞘の中を満たす粘液を滴らせ、中から姿を現したのは3匹のテラフォーマーだった。

 生まれたてにも関わらず、黒い甲皮に覆われたその体は既に通常のテラフォーマーと同じだけの体格を有している。頭髪のない頭部には、まるで何かを象徴するかのようにそれぞれ『・|・』『\・/』『―・―』の模様が刻まれていた。

 

「じょうじ」

 

「じぎぎ」

 

「……ぎじょう」

 

 彼らは生まれたてであることを微塵も感じさせないしっかりとした足取りで卵鞘の残骸の上に立ち上がり、不気味な産声を上げた。まだ周囲の状況が認識できていないのか目の前の人間に襲い掛かるようなそぶりは見せず、無防備にキョロキョロと周囲を見回している。

 

 

 

 ――動くのなら、今しかない。

 

 

 

 そう判断したイヴは、すぐさまテラフォーマー達を目掛けて3本の注射器を投げつけた。ダーツのように飛んだ注射器は、彼らの眉間に突き刺さり、勢いのままにその中身を彼らの脳へと流し込む。テラフォーマー達は一瞬の間をおいて大きく目を見開くと、小刻みに体を震わせ始めた。

 

「『動かないで』!」

 

 イヴが声を張り上げれば、彼らはその体を一際大きく痙攣させ、その場に直立した。それを確認してから、イヴは油断なく警杖を構える。

 

「今のって……」

 

「ウッドさんから取り上げた、“エメラルドゴキブリバチの毒”」

 

 自らを見つめる奈々緒に、イヴが答えた。

 

 彼が投げつけた注射器は、たった今ウッドから取り上げたもの。つまりその中身は、他生物を意のままに操るエメラルドゴキブリバチの毒である。

 

 中枢神経付近に打ち込めば対象生物を容易く操れるそれを、イヴは()()()()()()()()()。この時点で既に、勝敗は決したも同然。しかしイヴは依然として、その顔を緊張で強張らせていた。

 

「……効いてるといいんだけど」

 

 そう言いながらも、イヴは心のどこかで確信めいた不安を手放せなかった。できれば外れていてほしい、と祈りながら、彼はテラフォーマーたちを見つめる。

 

 ――だが、彼の危惧は最悪の形で的中することになる。

 

「じょうじ。ぎ、ぎじょう」

 

 制止を命じられたはずのテラフォーマーが、再び動き出したのだ。

 

「なっ……!?」

 

 驚く一同を尻目に、3匹の内『・|・』と『\・/』の模様を額に持つ2匹のテラフォーマーは、自らの眉間から注射器を抜き取る。そして彼らは、あろうことかそれを床へと放り捨てていた。

 

 彼らに毒が効いていないのは、火を見るよりも明らかだった。

 

「効いてない……!? まさかこいつら、イヴと同じ薬効耐性持ちなのか!?」

 

「いや、違う! これは――」

 

 小吉の口をついて出た疑問に一郎が答えようとした、その時。

 

「……じぎ。じぎぎ」

 

 先程注射器を投げ捨てた2匹のテラフォーマーが、そんな声を発した。小吉達の視線を一斉に集めることになるが、彼らはその耳障りな鳴き声を止めることはない。むしろ、初めのうちは途切れ途切れだったその声の間隔は、徐々に短くなっていた。

 

 そしてその声が途切れなく連続で響き渡ったその瞬間、小吉達はその鳴き声の意味を理解した。

 

「じぎ、じぎギぎぎぎギぎぎィ!」

 

 それは、笑いだった。

 

 己の口角を吊り上げ、気味の悪い耳障りな声で、テラフォーマー達は確かに笑っていた。そう、彼らは()()()()()()()()、目の前の人間を。

 2匹のテラフォーマーは床に転がった注射器を、これ見よがしに踏みつぶした。その様子はまるで「こんなものが効くとでも思っていたのか」と、小馬鹿にしているかのようだった。

 

「――進化だ」

 

 一郎の口から、先程の小吉の疑問に対する答えが告げられた。一見して荒唐無稽とも思える彼の言葉はしかし、その場にいる誰もが腑に落ちた。目の前で笑うテラフォーマー達は、()()()()()()()()()()()()()()。より発達した認知能力を持っているのであろう2匹に、小吉達は自ずと警戒の色を強く滲ませた。

 

 しかし、その状況下にあってただ一人、イヴだけは他の2匹ではなく、残る1匹――額に『―・―』の模様を持つテラフォーマーに意識を向けていた。

 

(――観察、してる?)

 

 その個体は他の二匹と違って注射器を破壊することなく、自らの額から引き抜いた注射器を観察していたのだ。

 

 どんな形状で、どんな仕組みなのか。それを確かめるかのように、『―・―』のテラフォーマーは注射器を凝視する。時々角度を変えてみたり、ピストンを押してみたりと……両脇の個体に比べて静かで目立たないが、その行動がイヴには一層不気味に見えた。

 

「じょう」

 

 不意に、そのテラフォーマーは顔を上げた。どうやら、イヴに見られていることに気が付いたらしい。それまで注射器に向けていた視線が、イヴの青い瞳を見据えたのだ。 それからそのテラフォーマーは、まるでモルモットを観察する研究者のように、好奇心の視線で以て、イヴの全身を舐め回す。

 

「……じょう」

 

 数秒の後、一通りイヴの観察を終えたらしいテラフォーマーはただ一声そう鳴く。そして――一切の予備動作無く、手中の注射器をイヴ目掛けて投擲した。

 

「うわっ!?」

 

 テラフォーマーの目を注視していたイヴは、その攻撃への判断が遅れる。彼は反射のままに、注射器を咄嗟に警杖で払い除けた――()()()()()()()()()

 

「あっ……!」

 

 イヴの脳裏で、今の状況とリーと戦った時の記憶が重なる。あの時、リーは投げたナイフを囮にして、彼の懐に飛び込んできた。

 

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 

 イヴの視界一杯に、『―・―』の模様を刻んだ黒い悪魔の顔が広がった。

 

「っ……!」

 

 回避は間に合わない。

 

 そう判断したイヴは、自身とテラフォーマーの間に警杖を滑り込ませた。直後、両手で固く握りしめた警杖越しに、イヴの腹部へと膝蹴りが叩き込まれた。

 

 時速300kmの助走から繰り出された蹴りは、軽い自動車の衝突にも匹敵する破壊力を持つ。辛うじて耐えた警杖ごとイヴの体は吹き飛ばされ、室内の壁に叩きつけられた。衝撃で肺の中から空気が一気に吐き出されてしまい、イヴは喘ぐように咳き込む。霞む目で前方を見やれば、『―・―』のテラフォーマーは満身創痍のイヴにとどめを刺すべく、駆け出そうとしていた。

 

「させるかッ!」

 

 そんな『―・―』のテラフォーマーの前に、小吉がその身を躍らせた。彼はイヴを背にするようにして立つと、突進してきたテラフォーマーを勢いそのままに投げ飛ばした。

 

「ティン! 今の内にイヴをッ!」

 

 受け身をとり、体勢を即座に立て直したテラフォーマーから目を離すことなく、小吉がティンに叫んだ。

 

「ああ!」

 

 そう答えてティンがイヴに駆け寄ろうとするも、『・|・』のテラフォーマーが、すかさずティンの前に立ちはだかり、その進路を阻む。

 

「どけッ!」

 

 テラフォーマーの頭部目掛け、ティンがサバクトビバッタの豪脚を振るう。『・|・』のテラフォーマーはその攻撃をしゃがんで躱すと、そのまま軸足に蹴りを打ち込んだ。

 

 ぐらり、とティンの視界が傾く。その腹部目掛けて、テラフォーマーは思い切り掌底を放った。

 

「がッ……!」

 

 もろに攻撃を受けてしまったティンの体はボールのように地面を転がると、壁にぶつかって止まった。ごぽっ、という嫌な音をたてて、彼の口から赤黒い液体が零れる。

 

「ティンッ!?」

 

 ぎょっとして振り向いた小吉に、『・|・』のテラフォーマーがそのまま飛び掛かった。虫の息の害虫(にんげん)より、自らに危害を加えうる元気な害虫(にんげん)の方が脅威だと考えたのだろう。

 

「くそッ!」

 

 連続で放たれる拳をいなしつつ、小吉がやむを得ずその個体と対峙したその時、今度は反対側から悲鳴とうめき声が聞こえた。

 

 拳撃の応酬の中で一瞬だけチラと視線を見やれば、地面にうつ伏せに倒れた一郎と、動揺した様子で彼の体を揺するウッド、そして彼らを見下ろす『\・/』のテラフォーマーの姿が目に入った。

 

 まずい、と小吉の頬を冷や汗が伝う。

 

 おそらく身を挺してテラフォーマーの一撃からウッドを庇ったのだろう、地面に倒れた一郎は完全に気を失っているらしく、動く気配がない。一方ウッドは、薬を没収された上に手が拘束されている非戦闘員。今の彼女たちを殺すのは、テラフォーマーにとって赤子の手をひねるよりも容易い。

 

 いかに裏切ったとはいえ、彼らもまた寝食を共にしたバグズ2号の乗り組員。助けに入りたいが、目の前の敵はそんなことを許しはしないだろう。

 

 悔し気な小吉の視界の隅で、テラフォーマーが腰を低く落とした。おそらく蹴りを放つつもりなのだろう、その黒い脚の筋肉が強張ったのが分かった。

 狙いをウッドの頭部に定めたテラフォーマーが、脚に溜めた力でもって彼女の首をへし折ろうとした――まさにその瞬間。

 

「お、りゃあ!」

 

 そんな掛け声が管制室に響き、同時に『\・/』のテラフォーマーの頭部を何かが穿った。

 

「ッ……!?」

 

 それは急所を打ったとはいえ、そのテラフォーマーにとって対した威力の攻撃ではなかった。だが自分が不意打ちを受けてしまったという事実を認識した『\・/』のテラフォーマーは、即座にウッドたちからバックステップで距離をとった。

 

「っし、今なら!」

 

 そんな声と共に、奈々緒がウッドと一郎の前に体を滑り込ませた。驚くウッドの前で彼女は自分達を取り囲むように糸を張り巡らせ、鋼鉄の絹糸による即席の結界を編み上げた。糸の頑丈性もあって、いかにテラフォーマーであってもすぐには破れないだろう。

 

「こっちは大丈夫! 小吉、目の前の敵に集中して!」

 

 奈々緒の声で我に返り、小吉は再び『・|・』のテラフォーマーへと意識を集中させた。

 

 テラフォーマーと小吉の実力はほぼ互角であり、優位にこそ立てないが劣勢に陥っているということもない。油断ならない状況ではあるが、裏を返せばそれは自分と戦っている間、この個体はティンやイヴには手を出せない。『\・/』のテラフォーマーも、奈々緒が引き付けている。

 

 これならば――

 

(――いや、待て)

 

 小吉が現状に微かな希望を見出そうとしたその時、その脳裏に黒い影の姿がよぎった。

 

()()()()()()()()()()()!?)

 

 『―・―』のテラフォーマーの存在を思い出した小吉は、後退して『・|・』のテラフォーマーと間合いを取り、素早く周囲へと目を走らせた。

 

 ――いた。

 

 そのテラフォーマーは先程投げ飛ばされ、立て直した状態から一切姿勢を変えず、ただただ戦況を俯瞰していた。その様子は、まるで将棋盤を眺めて次の一手を考える棋士のようにも見える。

 じっと室内を眺めていた『―・―』のテラフォーマーは、一言だけ何かを呟くとゆっくり立ち上がった。それから大きく息を吸い込むと、

 

「ジョオオォウ!」

 

 という、奇妙な雄叫びを上げた。

 

 その不可解な行動に、小吉達は怪訝そうに眉を潜める。だが、すぐに彼らは屋外の異変に気が付いた。

 

 先程まで窓から差し込んでいたはずの光が、一筋すらも見えなくなっていたのだ。それどころか、外はまるで夜のように暗い。

 

(夜……!? いや、さっき夜明けを迎えたばかりだったはず!)

 

 嫌な予感が胸中をよぎり、奈々緒が窓へと目を向ける。

 

 

 

 ――そこには窓ガラスにべったりと張り付いた、無数のテラフォーマー達がいた。

 

 

 

「なん――!?」

 

 あまりにも不気味なその光景に言葉を失う一同の前で、テラフォーマー達は力任せに窓を叩き始めた。管制室の中に、バン、バン、バンという音が四方八方から響き始めた。

 

 いかに宇宙空間用の特殊なガラスと言えども、数百のゴキブリの拳で延々と殴られ続けて、耐えられるはずもない。

 数秒は持ちこたえたものの、そのままガシャン! という音と共に窓ガラスは呆気なく砕け、管制室には次々とテラフォーマーたちが乗り込んできた。

 

「じょじぎ。じょーう」

 

 『―・―』のテラフォーマーが、乗り込んできた新手のテラフォーマー達に対して、何事か指示を出した。するとテラフォーマー達はそれに答えるかのように触角を揺らすと、一斉に奈々緒の張った糸の防壁へと殺到した。

 

 予想できていなかった事態に、奈々緒が驚愕の表情を浮かべる。直後、彼女たちは悲鳴を上げる間もなく、糸の防壁ごと黒い濁流に飲み込まれた。

 『\・/』のテラフォーマーは黒い球体のように盛り上がったソレを、ニヤついた笑みを浮かべながら眺めている。

 

「う、嘘だろ!? おい、アキ! アキッ!!」

 

 絶望の形相で叫んだ小吉に、『・|・』のテラフォーマーが容赦なく打ち掛かった。一瞬の隙すらも逃すまいと繰り出されるその攻撃に、小吉は幼馴染の安否を気に掛けることすら許されず再び戦闘へと引きずり戻された。

 

 彼らの攻防の横を通り過ぎ、『―・―』のテラフォーマーは無防備になったイヴへと、ゆっくり近付いていく。

 

「じょう」

 

 彼はイヴの前で足を止めると、一声そう鳴いた。後方の2匹と違って、その顔に笑みはない。ただその目には「こんなものか」と言わんばかりの、どこか失望にも似た光が灯っているように見えた。

 

「ぐっ……!?」

 

 イヴは何とか立ち上がろうとするが、回復しきっていないその体は思うように動かない。もがく彼の前で、『―・―』のテラフォーマーはただ静かに、その右手を振り上げた。

 

 そして――。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「チッ、こいつら……狙いを俺達から小吉(サムライ)共に変えやがったな」

 

 目の前でテラフォーマー達がとった唐突なその行動の真意を見抜き、野外で戦闘を行っていたリーは不快そうにそんな声を漏らした。

 

 先程まで包囲を固めるように立っていたテラフォーマー達が突然、一斉にバグズ2号へと向かって駆け出したのだ。彼らはそのままバグズ2号の外壁に張り付くと、窓を割って次々と艦内に侵入していく。その光景に、釈然としない様子でミンミンが呟いた。

 

「……妙だな。あれだけ完璧に包囲しながら、なぜそれをわざわざ解いた……? こいつら、一体何を考えている?」

 

「さてな」

 

 リーは素っ気ない相槌を打つと、自分の考えを口にした。

 

「作戦が変更になったか、そもそもそういう作戦だったか……それとも」

 

 そこで一度言葉を切って、リーは目の前で拳を振り上げる漆黒の巨漢を見上げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まるでその言葉が合図だったかのように、力士型のテラフォーマーは力任せにその腕を振り下ろす。2人がそれぞれ左右へと飛び退いた直後、一瞬前まで彼らが立っていた地面を丸太のような腕が砕いた。

 

「リー! 後ろだ!」

 

 ミンミンの声にリーがパッと振り返れば、彼の背後ではもう一体の力士型が両手を広げた姿勢で立っていた。反射的にリーがその場でしゃがんだその瞬間、彼の頭上で力士型の両手が打ち合わされる。バチン、という大きな音が響いた。

 

「助かったぜ、副長!」

 

 振り向かずにそう言ったリーは両手を突き出し、お返しとばかりに力士型のテラフォーマーに高熱ガスを撃ち込んだ。

 もっとも、度重なる戦闘の中でテラフォーマーに高熱が効かないのは重々承知。故に今の一撃は、ただの目くらましでしかない。

 

 立ち昇る黒煙に紛れるようにして、リーは力士型の背後に回り込む。それからリーは掌を地面に向けると、そのままベンゾキノンを噴射した。

 

「フンッ!」

 

 ガス噴射を推力に空中へと飛びあがったリーは、そのまま無防備な力士型のうなじへと蹴りを叩きこんだ。運動神経の束が存在する頸椎を破壊することで、力士型の動きを止めようと考えたのだ。

 

「じょう」

 

 だが、それも効いた様子はなく。

 

 力士型は首周りの骨を二、三度パキパキと鳴らすと、何事もなかったかのように振り返ってリーに一瞥をくれた。

 

「これも駄目か」

 

 平然としている力士型に、リーは吐き捨てるようにそう言う。

 既に戦闘が始まってからかなりの時間が経過しているが、彼は未だに力士型に有効打を与えられていない。チラリと視線をミンミンに向ければ、彼女もやはり力士型にはてこずっているようだった。

 

 ――力士型のテラフォーマーは幼少期から動物性蛋白質を摂取し続けることで、2mを超す巨体と200kgに及ぶ体重を有している。

 その巨体から繰り出される攻撃は一発一発が速く、そして重い。まともに受ければ即死は免れない以上躱すしか対策はとれず、どうしても攻勢に出ることができないのが現状だった。

 

 力士型のテラフォーマーの攻撃を避け、気休めに効果の薄い反撃を叩きこむ。その繰り返しで、ただただ時間だけが過ぎていく。

 

「このままじゃジリ貧だな……」

 

 状況は一見して拮抗しているように見えて、その実リー達は着実に追い込まれていた。彼らの肉体は数々の戦闘を経て体力的に消耗しており、対する力士型達は未だ体力を温存していたからだ。

 

 ――このままでは、いずれ敗ける。

 

 2人は奇しくも同じタイミングで、全く同じ危機感を抱く。そして彼らの危惧は図らずも、更に戦闘が数分ほど経過した頃に現実のものとなる。

 

「はっ!」

 

 ミンミンがそんな掛け声とともに、攻撃直後で傾いたテラフォーマーの体に鎌状の右腕を振り下ろす。

 

 それが通常のテラフォーマーであったなら、ここで勝敗は決していただろう。

 

 だが相手は、テラフォーマーの戦士階級にして、通常の個体の3倍近い瞬発力と筋力を有する、力士型のテラフォーマー。

 彼はその尋常ならざる反射神経で彼女の攻撃を見切り、大鎌を側面から指で挟み込むことで、斬撃を防いだのだ。

 

「しまった――」

 

 ――己の判断の誤りに気づいた時には、もう遅い。

 

 ブチッ! という筋繊維の千切れる音と共に、ミンミンの右肘から先が、赤い飛沫を撒き散らしながら、彼女の体から離れていった。

 

「が、ぐ……!」

 

 ミンミンは歯を食いしばり、苦痛の悲鳴を何とか抑え込む。だが、それに費やした僅かな時間が、彼女にとっての正真正銘の『隙』となった。

 

「じょうじ」

 

 一瞬だけ動きを止めたミンミンに向け、力士型のテラフォーマーは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っく……!」

 

 ――何体ものテラフォーマーを葬り去ったミンミンの武器が今、テラフォーマーによって彼女自身の命を刈り取ろうとしている。避けようにも、瞬き一つ分ほどの時間が足りない。

 その事実に気が付いたミンミンが激痛と屈辱で顔を歪めたその時、力士型の腕を一筋の熱光線が穿った。腹の底に響くような爆音と共に火炎がはじけ、力士型の手にあったミンミンの右腕は、炎を上げながら遠くへと吹き飛ばされる。

 

 ミンミンは咄嗟に地面を蹴って、力士型との距離をとった。光線が飛んできた方を見やれば、彼女の目にはこちらに向かって両掌を突き付けているリーの姿が映った。

 

「リー!!」

 

 ミンミンは彼の名を呼ぶ。

 

 それは礼を言うためではなく、かといって叱咤するためでもなく、『警告』の叫びだった。彼女の目には、完全に無防備になったリーに死角から、もう一匹の力士型が高速で彼に詰め寄っていたのだ。

 

「チィッ!」

 

 それに気づいたリーは攻撃を躱そうとするが、力士型が拳を振り抜く方が速い。

 

 力士型の拳がリーの腹を打ち、何かが砕けたような音と共に、彼の体はくの字に折れ曲がってミンミンの方へと吹き飛んだ。地面に激突したリーの体は、砂利を跳ね飛ばしながら転がると、ミンミンから数m離れた位置で止まった。

 

「しっかりしろ! リー、意識はあるか!?」

 

「問題ねェ。まだ生きてる」

 

 自らの名を呼びながら駆け寄ってきたミンミンにリーは片手を上げて応えると、軋む体に鞭打って上体を起こした。

 

「外傷は?」

 

「肋骨が数本に、左肩脱臼ってとこか。絶好調だぜ、クソッたれ」

 

 ミンミンの短い問いに、リーはせりあがってきた血反吐を吐き捨てながら答えた。

 

 咄嗟に拳と同じ方向に飛び退くことで威力は殺したつもりだったが、どうやら相殺しきれていなかったらしい。裏を返せば、ある程度威力を軽減できたからこそ、この程度の怪我で済んでいると言えなくもないが。

 

 いずれにせよ、2人の負った傷は決して軽いものではない。形勢は既に、取り返しがつかない程に傾いていた。

 

「詰んだな、こりゃ」

 

「ああ、認めたくはないが」

 

 自分達を挟み込むようにして徐々に近づいてくる力士型を見て、彼らは淡々とした口調で言った。

 

 片や片腕を失くしたカマキリ、片や満足に動くことも叶いそうにないゴミムシ。対する敵は地力でこちらに勝りながら損傷軽微。

 

 漫画でもあるまいし、この状況からの逆転は万が一にもないだろう。百戦錬磨の彼らはそれを悟りながら、しかしその目になおも闘志の光を灯し続けた。

 

「ま、だからってむざむざ殺されてやる気もねェがな」

 

 そう言ってリーは、胸に走る激痛に顔をしかめながらも立ち上がると、こちらへと歩みを進める力士型を、正面から睨みつけた。

 

 ――物心ついて以来イスラエルの武装勢力に身を置いていた彼にとって、思い出すべき走馬燈などほとんどない。

 

 事実、死を覚悟した彼の脳裏によぎったのは地球に置いてきた妻と娘のこと、そしてイヴや小吉を始めとするバグズ2号での乗組員たちとの記憶だけだった。

 

 だが、それだけでも戦う理由としては十分。リーは肩に羽織ったマントで口元の血を強引にぬぐい取ると、ニタリと獰猛な笑みを浮かべた。

 

「気に入った奴らのために戦って死ぬ……フン、最期としちゃ悪くねェ」

 

「――ああ、そうだな」

 

 リーの言葉に相槌を打つと、ミンミンは彼と背中合わせになるように立ちあがった。彼女の脳裏に蘇るのは、今の自分の原点となる記憶。

 

 どんよりと曇った空の下で全てが『緑』に染め上げられた村と、商品として出荷されていく人々、そしてそこで『国を根本から変える』ことを誓い合った幼少期の自分と、あどけない一人の少年の姿だった。

 

 ミンミンは記憶の中の少年に微笑み、そして小さく謝罪の言葉を口にした。

 

「……すまない、翊武(イーウ)。どうやら私は、ここまでらしい」

 

 

 

 ――お前は生きて、少しでもこの世界を良くしてくれ。

 

 

 

「……よし。やるぞ、リー」

 

 決意を共にした友人に別れを告げ、ミンミンは顔を引き締める。それから彼女は大きく息を吐くと、残された左腕の大鎌を力士型に向けて構えた。

 

「了解……そら、かかってきなデカブツ」

 

 ミンミンの言葉に短く答えると、リーは無事な方の右手に握られたナイフの切っ先を力士型へと向けた。

 

 その顔に浮かぶは、死地に臨む戦士の形相。自らの生存すらも計算から除外し、己の誇りに殉ずることを選んだ、気高き『人』としての意志であった。

 

 

 

「「相討ちになってでも、お前を倒す!」」

 

 

 

 そして彼らは、眼前に迫りくる黒い悪魔に自ら飛び込んだ。

 




【オマケ】孵化シーンの感想

小吉「……超どうでもいいんだが、精々デカいゴミ箱くらいの大きさしかないあの卵鞘に、どうやってあいつら3匹も入ってたんだ?」

奈々緒「ツッコんだら負けだぞ、小吉」




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