贖罪のゼロ   作:KEROTA

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 本当なら次の話と合わせて一話のつもりだったんですが、長かったので前半部を一話として投稿します。一部の感想返しと食い違いが生じますが、ご容赦ください。

 それと、不肖KEROTA、ツイッターを始めました。作者のページにアカウントを乗せておいたので、よろしければフォローしてやってください。たまに、小説の裏設定とか呟くかもしれません。




第28話 OATH TO HEART 最愛に誓う

 

「……知らない天井だ」

 

 ワシントンD.Cにある、国際航空宇宙局――通称『U-NASA』本部。その特別病室で目を覚ました膝丸燈は、ぼんやりと呟いた。

 

 数分待って意識が完全に覚醒したところで、燈はベッドの上で上体を起こした。視点が変わり、彼の視界には白く清潔感のある病室と、窓から差し込む太陽の光。

 そしてベッドに上体を預けて眠る、百合子の姿だった。

 

「……ちょっと前までとは立場が逆だな」

 

 彼女がまだ病気で入院していた頃を思い出し、燈は頬を緩めた。穏やかな顔で眠る彼女へと手を伸ばし、彼はそっとその黒髪を梳く。

 

 布団越しに感じる彼女の体温が、そっと耳に届く彼女の呼吸音が、たまらなく愛おしい。いつまでこうしていても、飽きることはないだろう。

 

「……お楽しみ中に悪いが、そろそろいいか?」

 

「うおっ!?」

 

 突然背後から声がかけられた声に、思わず燈は体を固くする。慌てて百合子が座っているのとは反対側、病室の入口へと目を向けると、そこには病室の壁にもたれかかるようにして、ビジネススーツに身を包んだ、金髪の女性が立っていた。

 

「あ、あんた確か、ミッシェル……さん? い、いつからそこに……」

 

「お前が目を覚ました時からだ。ざっと――五分くらいか」

 

 しれっと言い放ったミッシェルに、燈の全身に二重の意味で冷や汗が噴き出す。今まで彼女の存在に気づかなかったこと、そしてそれほどの間、百合子の頭を撫でていたことを自覚したのだ。

 

「さて、それじゃ早速、現状を説明していくが……その前に」

 

 ミッシェルはヒールを鳴らしてベッドに近づき、手に持っていたファインダーで百合子の頭を軽くはたいた。途端、寝ているはずの彼女から「あイタっ!?」という悲鳴が上がる。

 

「いい加減起きろ、百合子。いつまで寝たふりしてんだ、お前は」

 

 呆れた様にミッシェルが言うと、百合子はおずおずと顔を上げた。その顔には、気まずそうに引きつった笑顔が浮かんでいる。

 

「い、いつから気付いてたんですか、班長?」

 

「大体四分前に、お前が目を覚ました時からだ。若い男女の触れ合いを邪魔するつもりはないが、こいつには言わなきゃならないことが五万とあるんだ。いちゃつくならその後にしてくれ、いいな?」

 

「……はい」

 

 蚊の鳴くような声でそう言って、百合子は恥ずかしそうに俯いた。一方の燈も、目が覚めてからの自分の行動を振り返って、顔を赤くしたり青くしたりしている。

 

 初々しいこった、と内心でぼやきながら、ミッシェルはベッド脇の簡易イスに腰掛ける。それから、滝のような汗をかいている燈へと視線を向けた。

 

「とりあえず燈。前に艦長から説明されたことは覚えてるな?」

 

 ミッシェルの言葉に、燈は強く頷いた。忘れるはずがない。あの日、小町小吉に告げられた言葉を受けて、自分が『手術』を受けることを――火星に赴くことを決意したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「燈くん、俺は――俺達は、君に謝らなければならない」

 

 ――燈が百合子と再会した、あの日。

 

 2人が落ち着いた直後、その場にいた小吉が最初にしたことは、燈へと頭を下げることだった。状況が飲み込めず困惑する燈に、彼は順を追って事情を説明していく。

 

 自分達がU-NASAの『火星探査チーム』に所属する人間であること。

 

 その目的は、百合子を侵していた諸悪の根源である、とあるウイルスのワクチンを作るためであるということ。

 

 そして、自分をそのメンバーの一員としてスカウトしようとする中、百合子の存在に気付き、保護。その上で彼女を治療し、病気を完治させたということ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 そこまで聞いたところで、燈は戸惑い気味に声を上げた。

 

「あんたらがどういう人間なのかは分かった。どういう過程で、百合子を保護したのかも。けど――何であんたが謝ってるんだ? あんたらは、百合子のことを救って――」

 

()()()()()

 

 燈の言葉を遮るように、小吉の背後からミッシェルが口を挟んだ。

 

「確かに私達は彼女を保護した。病気の治療もして、無事に病も完治させた――そう、文字通りあらゆる手段を使ってな」

 

 だが、とミッシェルは微かにその表情を曇らせ、言葉を続けた。

 

「結果として――私達はその子を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……どういうことだ?」

 

 微かに顔を強張らせる燈。そんな彼に、小吉が再び口を開いた。

 

「彼女を治療するために、我々は試作型のワクチン投与を行った。ワクチンの効果は劇的なものだったが――彼女を完治させるには至らなかった。放っておけば、再発するのは時間の問題。だから彼女と、担当医と協議した上で――最後の手を使うことになった」

 

 固く拳を握りしめる小吉。強く引き締めたその顔に浮かぶのは、微かな後悔の色。

 

「火星探査チームに義務付けられている、特殊な手術を彼女に施したんだ」

 

「特殊な手術?」

 

「そう。彼女に施したのは、免疫寛容臓移植手術――通称、MO手術(モザイクオーガンオペレーション)と呼ばれるものだ」

 

 疑問の色を浮かべる燈に対し、小吉は手術の内容を簡潔に説明していく。

 

 ――MO手術。

 

 それは免疫寛容臓(モザイクオーガン)と呼ばれる特殊な臓器を移植することで、人間の肉体に他生物の遺伝子を共存させる手術。身も蓋もない言い方をすれば、人体改造手術である。

 この手術に成功した被験者は、通常の人間に比べて遥かに強靭な肉体と、組み込まれた生物に由来する『特性』を身に着けることができるのだが――

 

「――副次作用として、MO手術が成功した被験者は,例のウイルスに耐性を持つことが確認されていたんだ。逆説的に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一拍の間を置いて、小吉は続ける。

 

「成功率は40%前後、手術に失敗した被験者はほぼ確実に死亡する。稀に失敗しても生き残る奴はいるが……俺は2人しか知らないし、生き残った場合でも、免疫抑制剤が手放せなくなる。まぁ、とにかく危険な手術だったんだ。それでも……彼女を完治させるためには、この手術を施すしか道は残されていなかった」

 

「まさか、失敗したのか……!?」

 

 燈の顔から血の気が引いていく。しかし彼の予想に反して、百合子はその首を横に振った。

 

「ううん、手術自体は成功したの。担当してくれた先生が凄い人でね、後遺症とかも特に出てない。だけど……」

 

 そこまで言って、百合子は躊躇うように口を閉ざした。その先に続く言葉を言い淀んだ彼女に代わり、小吉は口を開く。

 

 

 

 

 

「手術が成功したことが原因で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「なっ……!?」

 

 小吉の口から告げられた言葉に、燈は驚愕を顔に浮かべる。一瞬の後、彼はその表情を怒りのそれへと変え、小吉のスーツの襟元を掴んだ。

 

「おい、正気かあんたら!? ほんの数か月前まで死にかけてた女を、火星の探査に駆り出すつもりか!?」

 

「……そうだ」

 

 ――返された肯定の言葉を受け、彼の胸の奥底に、憤怒の炎が荒れ狂う。

 

 まるで自分ではない『何か』に突き動かされるかのように、それは彼の理性を容易く飲み込んだ。

 

 激情にかられ、燈は半ば衝動的に、その腕を大きく振りかぶった。そしてそれを、小吉の顔面を目掛けて振り下ろし――

 

「待って、燈くん! 違うの!」

 

 ――耳に届いた百合子の声に、寸でのところで拳を止めた。

 

 彼女はそれを見るや否や、2人の間に自分の体を滑り込ませ、口早に事情の説明を始めた。

 

「小吉さんとミッシェルさんが、私を火星チームに入れたわけじゃない! 2人は最後まで、私を探査チームに入れないように動いてくれてたの! けど、気付いた時にはもうどうしようもなくなってて……!」

 

「……どういう、ことだ?」

 

 幾分冷静さを取り戻した燈が訊くと、小吉の背後からミッシェルがそれに答えた。

 

「どっかのクソ野郎が、その子を広告塔に使いやがったんだ。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』ってな。更にクソッたれなことに、SNSやらテレビCMやらで、この子の顔は世界中に放送されてしまった」

 

 心底忌々しそうに、ミッシェルは吐き捨てた。

 

「全世界のメディアに大見得を切った手前、上も簡単には引けないんだろう。何を言っても『これは決定事項だ』の一点張りで、私達(げんば)の声なんて聞きもしねえ。かといって無理に脱走すれば、機密を守るためにU-NASAから追手が差し向けられる可能性が高い」

 

「……なんだよ、それ」

 

 俯いた燈の口から、そんな言葉が漏れる。

 

 ――彼女の病が治ったのだと、素直に喜ぶことはできなかった。

 

 このままでは、百合子は火星の探査に連れていかれてしまう。火星は未だに開発中の惑星、どんな危険が潜んでいるか分かったものではない。しかも、火星に向かう人員がわざわざ人体改造をしている、という点。ここから推察するに、おそらく()()()()()()()()()()()()()()()

 

 真の意味で、百合子は助かっていない。ただ彼女のおかれた状況が『絶対に死ぬ』から、『死んでもおかしくない』に置き換わっただけだ。

 

「クソッ……!」

 

 生身で熊を倒せる身体能力があろうと、他を圧倒する武術を治めていようと。自分の手は、たった一人の愛する人さえも守れない。

 

 己の無力がどうしようもなく恨めしく、燈は歯を固く食いしばる。そんな彼に、小吉はゆっくりと語り掛けた。

 

「君には、どんなに謝っても謝りきれない。だが、その上で――どうしても君に頼みたいことがある」

 

 そう言って小吉は、その両腕を打ちひしがれる燈の肩へと置いた。

 

「燈くん。君には、俺達の火星探査チームに加わってもらいたい」

 

 その言葉に、燈は思わず顔を上げる。真っすぐに己を射抜く彼の視線を正面から受け止め、小吉は更に言葉を続けた。

 

「勿論、チームへの参加を強要することはない。ただ我々は、君を強く必要としている。君の技術、力、そして強い意志が、我々には必要なんだ。それにチームに参加すれば――君は火星に行っても、彼女のことを守ることができる」

 

 そこまで言ってから、小吉は深く頭を下げた。

 

「厚かましい頼みであることは承知の上だ。君の大切な人を盾にしておいて何を、と思うかもしれない。ただ――」

 

「やらせてくれ」

 

 燈は即答した。小吉の言葉を最後まで聞くことはしない――そもそも、その必要がないのだ。

 

「事情は分かった。チームの一員になれば、百合子の側にいられるんだな? なら、迷うまでもない。俺は、あんたたちと一緒に火星に行く」

 

 即断即決とはよく言ったもの、そのあまりの早さに、小吉とミッシェルは驚きを隠せなかった。これまでもクルーのスカウトをしたことがあったが、これほど早く決断を下したのは、燈が初めてだった。

 

 しかも――目を見ればわかる。彼の決意はその場の勢いではない、本物の覚悟に裏打ちされたものだ。

 

 鋼鉄の如き、揺らぐことなき彼の信念。それは歴戦の2人をして、思わず圧倒されてしまう程のものだった。

 

「……駄目だよ、燈くん」

 

 そんな中ただ1人、百合子だけは反対の声を上げた。彼女は俯いたまま、燈に告げる。

 

「燈くんはさ、もう十分に私のために戦ってくれたじゃん。だから、これからは自分のために時間を使ってほしい。それに――」

 

 そう言って、百合子は顔を上げた。

 

「――私のために傷つく燈くんなんて、もう見たくないよ」

 

 彼女の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。それは、先程まで彼女が流していた再会の嬉し涙ではなく、目の前の幼馴染を心から案じるがゆえのもの。

 

「私、昔から燈くんのことを傷つけてばっかりだよね。今だって、燈くんは私のために戦って、こんなに傷ついて。そのせいで傷つく燈くんを見てると、私は胸が張り裂けそうになる。でも……私は弱いから。きっとまた、その優しさに甘えちゃう」

 

 ――これから自分を待ち受ける未来を思うと、不安でたまらない。怖くて震えが止まらない。

 

 本当は一緒にいてほしい。側で支えてほしい。

 

 けれど彼女は、その想いを押し殺す。身勝手な自分の甘えに、これ以上彼を付き合わせることはできない。自分の弱さに、これ以上彼を巻き込むわけにはいかないのだ。

 

「お願い、燈くん。私なら大丈夫だから。これ以上、私のために戦わないで。これ以上、私に優しくしないで……!」

 

 絞り出すような声で、百合子は燈を拒絶した。同時に彼女はひざを折ると、俯いて嗚咽をかみ殺した。

 

 沈黙が、部屋の中を支配する。

 

 小吉とミッシェルは、何も言わなかった。この沈黙を破るべきは、自分達ではないと理解していたから。

 

 重苦しい静けさの中で、時間はゆっくりと刻まれていく。一体どれほどの間、彼らはそうしていたのだろうか。長い沈黙の果てに、燈はゆっくりと口を開いた。

 

「なぁ、百合子。初めて会った時のこと、覚えてるか?」

 

 そう言って燈はしゃがみ込み、俯く百合子に視線を合わせる。思わず顔を上げた彼女に、燈は優しく微笑む。

 

 

 

 ――幼少時、燈はその特異な体質が原因で、周囲から孤立していた。

 

 一緒に遊ぶ友達も、他愛のない話ができる仲間も、喧嘩をする相手さえもおらず、ただひたすらに孤独な日々。何かが欠け落ちた空虚な日常を、燈はぼんやりと過ごしていた。

 

 それを崩してくれたのが、他でもない百合子だった。

 

『あかり君! そんな所にいないで、いっしょにおべんとう食べようよ!』

 

 そう言っておにぎりを差し出した彼女の笑顔を、燈は決して忘れることはないだろう。百合子の言葉は、灰色だった自分の世界に鮮やかさをくれた。

 

 彼女の優しさに、燈は救われたのだ。

 

 自らを見つめる百合子。大きく息を吸って、燈は口を開いた。

 

「俺、本当はさ。あの日からお前のことが――」

 

 

 

 

『――すごく、大切なんだ』

 

 

 

 

 ――かつて病床に伏せる彼女に、自分はそう続けた。

 

 無論、その言葉に偽りはない。けれどそれは、本当に自分が伝えたい言葉でもなかった。

 

 あの時の自分はまだ、彼女がいつまでも隣にいると思っていた。いつの日か彼女が元気になる日が来るだろうと、この想いはその時まで秘めていようと、そう思っていたのだ。

 

 だが、今ならば分かる。

 

 平穏な日々がいつまでも続く保証など、どこにもない。大切な人が明日も隣にいるとは限らない。ふとした拍子に大切なものがこぼれ落ちて、二度と戻らない可能性は誰にも否定できない。

 

 だから、今度こそ伝えるのだ。あの日の自分が本当に言いたかったその言葉を。あの日の自分が、言わなかったその言葉を。

 

 あの日の自分が言えなかった、その言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

「お前のことが好きだったんだ、ずっと」

 

 

 

 

 

 口を開けば、それは意外なほどあっさりと喉の奥から滑り出た。突然の告白に目を丸くする百合子に、燈は続けて言う。

 

「お前があの時に声をかけてくれたから、今の俺がある。お前がいてくれたから、俺は今ここにいる。一緒に泣いたこと、笑ったこと、喧嘩したこと……俺にとっては、どれもかけがえのない宝物なんだ。お前が傷つく俺を見たくないように、俺も苦しむお前は見たくない」

 

 ――なぁ、百合子。

 

「『これ以上戦わないで』なんて、寂しいこと言うなよ。俺だけが日常に戻ったって、意味がないんだ。隣にお前がいなかったら、俺の幸せはまた色褪せちまう。だから――」

 

 そう言って燈は百合子の手をとった。燈の大きな手は、百合子の小さな手を、あらゆる災いから守るように、優しく包み込む。

 

 そして、燈は告げた。言の葉に、己の決意と想いを乗せて。

 

 

 

 

 

「俺はお前が何と言おうと、火星に行く。大切な宝物を、俺の幸せを……この手で守り抜くためにな」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「というのが、お前がこれから火星に行く理由な訳だが――」

 

「待ってミッシェルさん! 燈くんが恥ずかしさで悶死しそうになってる!?」

 

 悲鳴を上げる百合子の視線の先には、顔色が赤を振り切って白くなりつつある燈。何かをブツブツと呟き続ける彼の頭をファインダーで叩くと、ミッシェルは続けた。

 

「お前の手術は無事に成功し(おわっ)た……といっても、お前や私の場合、成功することは分かりきってたんだがな」

 

 ――ミッシェルと燈の体には、先天的に他生物の遺伝子が備わっている。

 

 それは異なる遺伝子の拒絶反応を防ぐための免疫寛容臓もまた、生まれつき彼らの体内に存在しているということに他ならない。つまり、MO手術で最も危険な臓器移植の過程を踏む必要がないのだ。

 

「何にせよ、これでお前も宇宙艦『アネックス1号』の一員だ。改めてよろしくな、燈」

 

「――はい!」

 

 燈が頷いたのを確認して、ミッシェルは立ち上がった。

 

「細かい話はまたあとにしよう。もうじき担当医が来るはずだ。午後になったら歩行のリハビリがあるから、それまでは大人しくしとけ……ああ、それと百合子。教官殿から伝言だ」

 

「うっ……リー教官からですか」

 

 自分にも他人にも厳しいことに定評のある教官の姿を思い浮かべ、百合子が微かに顔をしかめた。内容は、燈の手術当日から訓練を休んでいた自分に対する叱責といったところだろうか。

 

 そんな予想を巡らせる百合子だが、ミッシェルの口から出た言葉は彼女の予想を裏切るものだった。

 

「『今日までは何も言わねぇが、明日からの訓練には出てもらう』……だとよ」

 

「……え?」

 

 キョトンとする百合子をしり目に、ミッシェルは背を向けると入口へと向かって歩き出した。

 

「まぁそんなわけで、お前には特別休暇をくれてやる。班長命令だ、お前は今日一日、そいつと青春しとけ」

 

「えっ、班ちょ――」

 

 おそらく赤面しているだろう百合子に手を振り、廊下に出たミッシェルはぴしゃりと病室のドアを閉めた。

 

「……我ながら似あわねぇ。余計な気を回しすぎたか?」

 

 少しばかりの気恥ずかしさを誤魔化すように呟いて、ミッシェルは廊下を歩きだす。

 

 とはいえ、何年もの間、未知の病という壁に隔てられ続けた2人だ。今日くらい好きにさせた所で、罰は当たらないだろう。彼らは機械でも昆虫でもなく、1人の人間なのだから。

 

 例えこんな場所、こんな形での再会だとしても――最低限の幸せは保証すべきなのだ。それが、アネックス計画の幹部であるミッシェルにとっての義務であるのだから。

 

「ただ、だからこそ――」

 

 

 

 ――()()()()()()

 

 

 

 棟内の廊下を歩きながら、ミッシェルは考える。2人が無事に再会できたことではない。燈が火星に行くことでもない。そうなるに至った『過程』が問題だった。

 

 ――考えてみればこのアネックス計画には、不自然な点が多い。

 

 まず第一に挙げられるのは、『病み上がりの百合子を火星に連れていくという』U-NASA上層部の正気を疑うような判断。

 

 小吉と自分が詰め寄った際に得られた回答は、以前燈に説明した通り。だが実際問題として、これにはかなり無理がある。U-NASAが本気を出せば――あるいは本気を出すまでもなく、ある程度の報道規制を敷けば、それだけで百合子の存在を隠蔽することは十分にできるのだから。

 

 はっきり言って、病み上がりである百合子の任務適正はかなり低い。言い方は悪いが、足手まといになる可能性も決して低くはないだろう。なのになぜ、上層部はこうも頑なに彼女をアネックス計画に参加させようとしているのか?

 

 

 違和を覚える点はまだある――旧バグズ2号の乗組員たちの処遇だ。

 

 U-NASA上層部は旧バグズ2号の乗組員の過半数に対して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今回のアネックス計画に参加を許されたのは、ただの四人。

 

 アネックス1号の艦長であり、日米合同第1班の班長を務める『小町小吉』。

 

 ミッシェル同様、アネックス1号の副艦長にして、中国担当の幹部を務める『張明明(ちょうみんみん)』。

 

 戦闘員の欠如が著しい中国・アジア第四班に戦闘要員として配属された『ティン』。

 

 そして、アネックス計画の実行委員会への直談判により、特例中の特例で参加を許可された小吉の妻『小町奈々緒』。

 

 アネックス計画への参加を志願した旧バグズ2号の乗組員12名の内、参加が叶ったのは僅かその3分の1にとどまった。だが、これも随分と筋の通らない話だ。

 

 バグズ2号の乗組員たちの中でも、U-NASAに職員として残った者は半分ほど。残りの者は各々社会への復帰を果たし、それぞれの望む社会的地位を獲得した。

 

 しかし同時に、彼らはバグズ2号で自分達が味わった辛酸を忘れることはなかった。彼らは業務や生活の合間を縫ってU-NASAの訓練施設やトレーニングジムなどに通い、研鑽を重ねていたのだ。

 

 無論、小吉や軍隊出身の幹部勢に匹敵する力を身に着けたものは多くはないが、それでも彼らに与えられた手術ベースはどれも強靭なものばかり。そのため有事の際には、全員が最低でも、一般戦闘員程度の活躍は見込めるはずだ。

 

 それにも関わらず、上層部は彼らが火星に行くことを良しとしなかった。無論、これには当事者たちの激しい反発を受けたものの、結局U-NASA側から提示されたのは、小町奈々緒のみ同行を認めるという、妥協とも呼べないような妥協案のみ。百合子の一件と合わせて考えると、その奇妙さがよく分かる。

 

 この他にも、計画準備期間の大幅な削減、莫大な投資、定員数の拡張など、このアネックス計画には不審な点がいくつもある。

 

 計画の主導をしているのは、U-NASAに加盟する6つの国だ。おそらく、計画の裏側では激しい工作合戦が行われているはずだ。それが表出した結果がこれだと言われれば、一応納得することはできる――が。

 

 

 

 ――本当にそれだけなのか?

 

 

 

 ミッシェルの不安はぬぐいきれない。根拠があるわけではない、証拠があるわけでもない。だが、妙な胸騒ぎがするのだ。

 

 アネックス計画と、それを巡る水面下での攻防。そしてそれすらも隠れ蓑にして、見えない何かが少しずつ自分達を絡めとっているかのような、そんな感覚。

 

 何をするにも、それが絶えず彼女に付きまとっていた。

 

「……クソ、何が起きてんのか分かりゃしねぇ」

 

 ミッシェルは思わず立ち止まる。彼女は廊下の窓の外へと目を向けると、まだ明るい空の彼方、そこに薄く輝く深緑の惑星を睨みつけた。

 

 

 

 ――調べなくては。今、何が起こっているのか。

 

 

 己と仲間たちを苛むの影の正体は、一体なんであるのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようし、我ながら上出来っ!」

 

 暗く、窓のないその部屋。パソコンのモニターから発せられる光だけが唯一の照明とも言えるその空間に、上機嫌な声が響いた。

 

「百合子ちゃんのお涙頂戴CM、ちょちょいと流せば、あとは勝手に圧力をかけてくれると思ったんだよねー! 具体的には、Cから始まって日本語でも英語でも読めちゃうあの国とか」

 

 そういってクツクツと笑いを漏らすのは、白衣を羽織った少年だ。容姿に特筆すべきものはなく、その姿は至極平凡。だがその言動はどこか白々しく、見るものにねっとりとした不快感を与える。

 

「まったく、クロード君も詰めが甘いなぁ。彼女は下手をすれば、ミッシェルちゃんや燈くん以上の『重要サンプル』だ。その情報を掴んだ国が、わざわざ彼女だけ見逃すはずないでしょ?」

 

 少年は己の座るパイプ椅子をクルリと一回転させて、再び口を開く。

 

「何にせよ、これでアッカリーン☆は飛び込まざるを得なくなったわけだ――蟲毒の壺の中に。大変結構……どうせ運命は変わらないんだ、なら盛大なバカ騒ぎにしてしまった方がいい」

 

 そう言って少年は、すぐわきにあるモニターの一つを人差し指でつついた。

 

「仕込みは上々。あとは舞台の幕が上がるのを待つばかりってね……さて、それじゃあ諸君」

 

 そう言って少年は椅子を飛び降り、その身を反転させた。それから背後に広がる闇に向かって大きく両手を広げると、その顔に満面の笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――デ バ ン ガ ク ル マ デ ノ ア イ ダ 、 ボ ク タ チ ハ 。

 

 

 

 

 

 

 ――カ ン キ ャ ク ヤ ク ニ テ ッ ス ル ト シ ヨ ウ カ 。

 

 

 





【オマケ】 よく分かる、アネックス計画水面下の図

某国A「国益のために色々工作したるで」

某国B「そんなことさせないわ!」

某国C「とりあえず、他国出し抜いて色々調べたろ」

某一族「新世界の神になる」

主人公「最新兵器は揃えた」キリッ

黒幕「百合子ちゃんCM、絶賛放送中! おっと、ウイルスは倍ドンだぁ!」

アネックス計画「ひぎぃ!?」


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