贖罪のゼロ   作:KEROTA

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※ここから数話の間、原作二巻の内容をなぞりつつのオリキャラの紹介回になります。火星突入まで、もう少々お待ちを……





第29話 GATHER 集う戦士たち

『こちら『ゴルゴン』、こちら『ゴルゴン』。定時報告の時間だ。アネックス各班の潜入員(サイドアーム)は報告を開始してくれ』

 

『こちら第6班担当、『ラプンツェル』。班内に目立った問題はありません。新しく赴任してきたオフィサー、ジョセフさんのおかげで全体的に雰囲気が明るいですね。班員同士でちょっとしたもめ事はありましたが、私の方でクールに―― ク ー ル に 解決いたしました』

 

『おつかれー、第1、第2班担当の『シンデレラ』だよ。こっちはついさっき、燈くんが目を覚ましたね。今はリハビリがてら、下の階に行ってる。あとは志願兵の子が来たみたいで、下がちょっと騒がしいくらいで、それ以外に異常はなし! 今日も平和でお姉さんは嬉しいぞー』

 

『へいへい、極寒の北国より『ノースウィンド』がお送りしますよっと。こっちは何やらきな臭いぜ? なんでも、ロシアは「ラハブ」とやらの謎を解き明かすために……中国の破壊工作に協力するらしい。ま、他の乗組員に危害を加えるような話が出てねーのが幸いですが……そこんとこどうなってます、中国は?』

 

『……』

 

『? どうした、『マーメイド』? 報告を開始して――』

 

『ぐー』

 

『おい、こいつまさか……』

 

『むにゃ……はっ!? ――おはよう。安心して、私は居眠りなんてしていない』

 

『嘘つけテメー!? 今思い切りおはようって言ってましたよねぇ!?』

 

『む、うるさい……あまり、寝起きの頭に怒鳴らないでほしい』

 

『やっぱり寝てんじゃねえか!?』

 

『落ち着け、『ノースウィンド』。こいつはもう何を言っても無駄だ。ひとまず報告を頼む』

 

『……了解。中国担当『マーメイド』より報告……結論から先に言えば、ウチはほぼ班ぐるみで真っ黒。最近、(ホン)とやっと訓練に関わらせてもらえるようになったけど、明らかに訓練内容が対人――というか、他班を意識してる。揃えてる兵器も、アークに負けず劣らずの最新式。どう見ても、皆殺しにする気満々。しょーぐんとか呼ばせてるし、劉副班長はもうだめだ……ミンミン班長とティン副班長が最後の希望。すーぱー針のむしろナウ』

 

『ま、そんなこったろーとは思ってましたけどねぇ……あと、「なう」は死語通り越して古語だぞ』

 

『事実上世界を掌握して、なおも貪欲に資源を求めますか。まったく、クールな話じゃありませんね』

 

『うわ、こりゃひどい……『マーメイド』は大丈夫なの? 何かひどいことされてない?』

 

『気づかれてないのか、泳がされてるのか……はっ! 『マーメイド』だけに泳がされている……?』

 

『……』

 

『むぅ、ウケなかった。残念……とにかく、今のところは大丈夫。今朝もジェットにナンプラー料理を作ってもらって食べた。おかわりするくらい美味しかった』

 

『……前々から思ってたんですが、お前の神経図太すぎません? 秘密の通信しながら居眠りしたり、敵地で平然と飯をおかわりしたり、どんな思考回路してるんです?』

 

『モグ、モグ……。……? 何か言った?』

 

『言ってる側から食ってんじゃねえ!?』

 

『……ひとまず、状況は把握した。中国への対処については本部へ指示を仰いでおこう。『マーメイド』、お前はくれぐれも正体がばれないように気を付けてくれ」

 

『わかった』

 

『頼んだぞ――ドイツは現在、班長のアドルフ・ラインハルトと新人が1人、U-NASA本部に向かっている。それ以外に異常はないな。さて、ここからが本題だが……『シンデレラ』、お前に朗報だ』

 

『お、何々?』

 

『第1班担当の潜入員が決まった。既にお前のいるU-NASA本部に着いてるはずだ。あとでお前の方から接触しておいてほしい。人種は日本人、髪型が特徴的だからすぐにわかるはずだ』

 

『本当!? いやー、二つの班を担当するのって、目が届かないところもあるから大変だったんだよね! そっかそっか、新人クン楽しみだなー!』

 

『ん? ってことは……まさか本部、六か国分の潜入員を揃えたってことか?』

 

『そういうことになるでしょうね』

 

『まじかよ……MO手術ってだけでもファンタジーなのに、よくもまあ、あんな屁理屈みてーな手術をポコポコ成功させますねぇ。いや、それに成功してる俺らが言うのもあれなんだですが』

 

『それができるから、『ダヴィンチの再来』などと呼ばれてるんでしょう、あの博士は。同じ生物学者としては、一周回って逆に「馬鹿ですか」と言いたいところですが……とりあえずシンデレラ、おめでとうございます。実にクール、喜ばしいことです』

 

『えへへ、ありがとうね』

 

『後輩ができる……嬉しい……ところで、本題ってそれだけ? 私、そろそろ紅と約束してた映画を見に行く時間。早く抜けたい』

 

『こいつは潜入任務を何だと思ってるんですかねぇ……お? エレナの姐さんがシャワールーム使ってら。旦那、俺も抜けていいですかい? ちょいと急用ができたもんで』

 

『2人とも少し待ってくれ、まだ連絡が残ってる。これは俺達に直接かかわる話じゃないが……』

 

『えー……』

 

『関係ないならさっさと行かせてくれませんかねぇ。もたもたしてると、ターゲットがシャワーから上がっちまいます』

 

『2人とも少し黙ってくれ――今日は団長達と小町艦長の会談日だ。会場までの護衛はシモン団長と第二団、特務部隊『ティンダロス』が行う。さっきも言った通り、俺達に関係する部分は少ないが――アーク計画の遂行を左右する大事な階段だ。各員、心に留めておいてほしい』

 

『あ、そういえばそれもあったね。アタシもやった方がいい感じ?』

 

『いや、逆だ。シンデレラ、お前は()()()()()()()()()()()()()()()。これは他の皆にも言えることだが――火星に着くまではなるべく、一般クルーとして振る舞ってくれ。アネックスの打ち上げまで、何としても正体は隠し通せ。いいな?』

 

『ん、オッケー』

 

『あいよー』

 

『わかった』

 

『承知しました』

 

『では解散! 各員、今日も班内の秩序維持に努めてくれ。頼んだぞ』

 

『よし、終わった。とりあえず、映画の前に2回目の朝ごはん食べなきゃ……ZZZ』

 

『ふぃー、終わった終わった。んじゃ早速、ワクワクドキドキの覗きタイムと参りましょうかね』

 

『よーし! それじゃあお姉さん、今日も頑張っちゃうぞー♪』

 

『いつものことながら、皆さん落ち着きがありませんね……まったく。もう少し、クールに振る舞ってほしいものです。私みたいに。 私 み た い に !』

 

『本当に頼むぞ、お前ら……オールオーバー』

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 ――ワシントンD.Cにある、U-NASA本局。そのロビーに置かれた休憩用テーブルには、現在4人の人間が腰かけていた。

 

「なぁ、アレックス。前に読んだ日本(ジャパン)のマンガ、覚えてっか?」

 

 金髪を逆立てた青年、マルコス・エリングラッド・ガルシアが、隣に座る人物にそう語りかけた。彼はグリーンの瞳に好奇心の光を灯しながら、目の前に座っている人物をじろじろと眺めていた。

 

「ああ、あれだろ? シーラの家に置いてあった……ショーワとかいう時代の古典を描き直したやつ。確か丁度、こんな感じだったよな?」

 

 マルコスの言葉に答えたのは、彼の左隣に座る黒髪の青年、アレックス・カンドリ・スチュワート。こちらは様子を窺うようにその人物を見つめており、マルコスに比べるとやや大人びた印象を受ける。

 

「やめなさい、あんたたち。失礼でしょうが」

 

 2人をそう諫めるのは、この場における紅一点、シーラ・レヴィット。彼女は慣れた様子で、マルコスとアレックスの頭を平手ではたいていく。

 

 

 

 ――この三人は、小さい頃から共に育った幼馴染。

 

 

 

 出身は麻薬カルテルが支配し、警察官の殉職率が69%にも及ぶ、27世紀の地球上でも最悪に近い治安の国『グランメキシコ』。

 

 そんなグランメキシコ国内でも数少ない裕福な家庭であったシーラの家に、マルコスとアレックスの親が従業員として雇われたことがきっかけで、三人は出会った。

 

 しかし昨年、給料の不払いが原因で従業員による暴動が発生。

 

 家を失ったシーラは親類の伝手を辿ってアメリカへの不法越境を余儀なくされ、2人も後を追って越境、。紆余曲折を経た末に、こうしてU-NASAで再会を果たしたのである。

 

「いやでもよ、シーラ」

 

 マルコスは声を潜め、眼前に座る人物を指さした。

 

「これ、どう見てもジャパニーズ・バンチョーだよね?」

 

 彼の指さす先、無言で椅子に座っているのは、人相の悪い日本人の男性だ。

 

 まず真っ先に飛び込んでくるのは特徴的な頭部だろう。その髪型は、いわゆるヘアワックスでIの字型にまとめあげたリーゼントと呼ばれるもの。更に肩には、派手な虎の刺繍が施された特攻服を羽織っており、その姿は見るからに昭和のヤンキーといった風体だ。

 

「なんちゃってコスプレを疑うレベルの絶滅危惧種だろ。むしろ実在してたかも怪しいぜ」

 

 ピクリ、と男性の眉が釣りあがる。

 

「なるほど、つまりこいつは時間と次元を超えてここに来たのか……というか、あんまりこの場にふさわしい格好じゃねぇよな」

 

 ビキリ、と男性の額に青筋が浮き上がる。

 

「ちょ、やめなさいっ! すみません! こいつら、思ったことをすぐ口に出しちゃう奴で……!」

 

 シーラが慌てて謝る――が、どうやら一瞬遅かったようだ。怒りの沸点を越えたらしいリーゼントの男性は、ひそひそと言葉を交わすマルコスとアレックスを睨みつけた。

 

「さっきからごちゃごちゃうるせーぞ、このタマ無しチキン野郎ども」

 

「「あ゛ん?」」

 

 ドスの聞いた低い声と、鋭い眼光。地元のギャングを思い出し、思わずシーラは身をすくめる。一方、その隣の2人は微塵も臆した様子を見せない。マルコスとアレックス、両社とも負けじと男性を睨み返した。

 

「おうおう、ちょっと待ってもらおうか。そこのタコ野郎はともかく、誰がタマ無しだって?」

 

「黙ってろ、イカ野郎。こいつはともかく、俺をチキン呼ばわりとはどういう了見だ、リーゼント野郎?」

 

 顔に苛立ちを滲ませた2人。それに怯むことなくリーゼントの男は立ち上がると、そのままアレックスの胸襟を掴みあげた。

 

「聞こえよがしに陰口叩くその『態度』が気に入らねえって言ってんだよ! 言いたいことがあんなら、はっきり言いやがれ! この意気地なし共!」

 

 その言葉を受けたアレックスもまた、負けじと男の特攻服の襟首を掴み返し、マルコスはいつでも飛び掛かれるようにリーゼントの男との間合いを詰める。

 

「上等だコラ、そこまで言うんならこっちも言ってやる!」

 

「ああ、耳かっぽじってよく聞いとけよ!」

 

「ふ、2人共! 本当にやめてってば! こんな所で喧嘩なんて!」

 

 勇気を奮い立たせてシーラが静止の声を上げるが、マルコスとアレックスは全く聞く耳を持たない。2人はこれでもかとばかりに息を吸うと、眼前で青筋を立てるその男の鼓膜に刻み込むように、ありったけの声で叫んだ。

 

 

 

 

「「お前の格好と髪型、すっげーダサいんだよ!!」」

 

 

 

 

 ―― 言 い や が っ た ! ? 

 

 

 

 

 シーラを始め、事態の推移を見守っていた周囲の人間達の心の声が一つになる。ロビー中から音が消え失せ、渦中の三人を中心に嵐の前の静けさが周囲を不気味に包み込む。

 

 一触即発の空気がロビーに流れ、一秒、また一秒と時間が流れていく。そして、十数秒ほど時間が経った後――

 

 

 

 

「ッく……ハハハハハ!」

 

 

 

 

 ――それは、リーゼントの男自身が上げた爆笑によって破られることになった。

 

 

 

 

「やりゃあできるじゃねえか! それでいいんだよ、それで! つーか、できんなら最初っからそうしとけっての!」

 

 一瞬前までの険悪なオーラから一転、リーゼントの男は上機嫌に笑いながら、アレックスの背中をバンバンと叩いた。

 

「……あれ? これって、このまま殴り合う感じだったよな?」

 

 豹変した彼の様子についていけないのか、気勢をそがれたマルコスが目を丸くして思わず聞く。リーゼントの男はそれに「おう」と頷くと、彼の疑問に対する答えを口にした。

 

「口先だけの奴、はっきりしねー奴、仲間を悪く言う奴は嫌いなんだ、俺は。お前らが陰口だけのヘナチョコだったら、間違いなく殴ってただろうな。」

 

 けどよ、と男は続けてニッと笑った。

 

「お前らは、俺に正面切って本音をぶつけた。こっちとしちゃもう怒る理由がねーよ。俺の格好をどう思うかはお前らの勝手だしな」

 

「そんなもん……なのか?」

 

 完全に戦意を削がれた様子の2人に、「ああ、ただ」とリーゼントの男は付け足す。

 

「俺に関しちゃ構わねぇが、他の奴を馬鹿にするのは大概にな。何の気なしにからかったことがそいつの譲れないモンだったり、そいつにゃどうしようもないことだったりすることもある。つまんねー冗談で、ダチ公傷つけたかねえだろ?」

 

「「……」」

 

 顔を見合わせる2人の前で、男はどっかりとソファに腰掛けた。

 

「ま、そういうこった。分かったら、小町さん来るまで座っとけ。他の奴らに見られてんぞ」

 

「お、おう…なんか、悪かったな」

 

「そうだな。ちょっと、言いすぎた」

 

 座りながら、マルコスとアレックスが神妙な顔で謝罪するのを、シーラは意外そうに見つめる。意地っ張りな2人が自分から、しかも減らず口の一つも叩かずに頭を下げるのは相当に珍しいのだ。

 驚く彼女の前で、リーゼントの男は2人に向かって手をヒラヒラと振ってみせた。

 

「気にすんな。さっきも言ったが、俺の格好をどう思おうとお前らの勝手だ。俺がイカしてると思ってれば、それでいい。同じ補充兵『候補』のよしみだ、あんま堅苦しいのはやめようぜ」

 

「ん、それもそうだな」

 

 マルコスはリーゼントの男の言葉に相槌を打ち、チラリとアレックスを見やる。それを受け、アレックスは微かに頷いた。

 

 

 

 ――自分達も含め、どんな国にも不良やギャングを始めとした無法者は存在するが、彼らは大きく分けて二種類に分類することができる。

 

 

 

 その基準は単純明快、『話が通じる』か『話が通じない』かである。

 

 つい先日、マルコスとアレックスはとある事情から、後者のストリートギャングともめ事を起こしていた。無事に逃げ切ることができたものの、一歩間違えば死んでいてもおかしくないような状況だった。

 

 幼馴染であるシーラに言わせれば『無茶無謀が服を着ている』ような2人だ。死にかけた経験など両手の指では足りず、今更そんなことを過剰に気にするわけでもないが――今、彼らの隣には、シーラがいるのだ。

 

 2人にとって彼女は、命を懸けてでも守るべき幼馴染。

 

 だからこそ彼らは、確かめていたのだ。目の前で『いかにも』といった姿をしたこの男が、果たして話が通じる人間なのか、この先任務を共にすることができる人材なのかを。大衆の目があるこの場で。

 

 

 

 ――ま、杞憂だったみたいだけどな。

 

 

 

 グランメキシコで磨かれた勘に従って肩の力を抜くと、アレックスは口を開いた。

 

「ところであんた、名前は?」

 

「ん? ……ああ、そういやまだ名乗ってなかったか」

 

 リーゼントの男は思い出したように手を打つと、問を投げてきたアレックスに向かって凄みのある笑みを浮かべた。

 

東堂大河(とうどうたいが)だ。地元じゃ暴走族の(ヘッド)を張ってた。よろしくな」

 

「ぼ、暴走族……」

 

 リーゼントの男――大河の言葉に、シーラの表情筋が少しばかり引きつった。悪人ではないようだが、自信満々に暴走族であることを暴露する当たり、相当に変わった人物であることに間違いないだろう。

 

 とはいえ、それを気にするのは彼女だけだったようだ。アレックスはそれを顔色一つ変えずに、マルコスに至っては嬉々とした表情で「暴走族」のワードに食いついた。

 

「暴走族ってことは大河、お前バイク乗ったことあんのか!?」

 

「たりめーよ。こちとら毎晩、100人の子分を引き連れて都内の警官と追いかけっこさ。バイク乗り回すことに関しちゃプロだぜ、俺は」

 

「マジかよ、いいなー!」

 

 キラキラとした目で己を見つめるマルコスに、大河がどこか自慢げな表情を浮かべた。

 

「もしかしてお前、バイク好きなのか? なんなら、今度大型に乗せてやろうか?」

 

「いいのか!?」

 

「おうよ! この任務とやらが終わったら、一緒に夜の首都高走ろうぜ! 何だったら、この特注特攻服も着るか?」

 

「あ、それはいいや」

 

 真顔で断るマルコスに「おう、そうか!」と大河が豪快に笑ったを上げたその時、彼の背後から四人の待ち人の声が響いた。

 

「悪い、待たせたな」

 

「押忍! 小吉さん、お帰りなさいやせ!」

 

「おう。とりあえず、俺がヤクザの親分みたいに聞こえる挨拶はやめような? 俺の外聞に関わるから。あんまり変なことすると、奈々緒――カミさんにまた怒られちまう」

 

 腰を直角に折り曲げ、それはそれは見事なお辞儀をされた小吉が言う。その頬に、一筋の汗が伝った。

 

「それより、ちょっと席を外してる間に、随分仲良くなったな。何かあったのか?」

 

「押忍! バイクの話題で盛り上がってました! こんなに食いついてくる奴は久しぶりだったんで、つい……ん? 小吉さん、そっちの人は?」

 

 顔を上げた大河の視界に映ったのは、小吉――の他にもう1人。どこか暗い表情で小吉のあとに続く、美しい白金の髪をした女性だ。

 

「ああ、彼女はドイツ支局から来た補充兵候補の一人だ。さっきドイツの幹部から案内を頼まれてな。せっかくだし、同期の顔なじみがいたほうがいいだろうと思って連れてきたんだ」

 

「エヴァ・フロストです。よ、よろしくお願いします……」

 

 今にも消え入りそうな声で名乗ると、エヴァはぎこちなく腰を折った。その拍子に彼女の大きな胸が揺れ、それを直視した男性陣三人の目の色があからさまに変わった。

 

「マルコスです。好きな映画は『プリティ・ウーマン』です」

 

「アレックスです! 好きな食べ物はマルゲリータピザとサラダのセット!」

 

「と……東堂大河、だ」

 

 我先にと互いを押し合いながら自己紹介をするマルコスとアレックスと、胸を直視すまいと首ごと視線を逸らし、逆に露骨な大河。そんな彼らを、シーラは冷たい目で見つめた。

 

「馬鹿2人は少し落ち着きなさい、エヴァさんドン引きしてるから。あとタイガさんは目線逸らしすぎ。逆にバレバレですよ」

 

「は、はぁ!? か、勘違いすんなよ! これは、天井見てるだけで、別に目をそらしてるとかそんなんじゃねえし! 女の胸とか全然興味ね―し! ねーし!!」

 

「こういうの、語るに落ちるっていうんだっけ……あ、あたしはシーラ。よろしくね、エヴァさん」

 

 四者四様の自己紹介に、小吉はからからと笑い声を上げて背後のエヴァを振り返った。

 

「な、面白い奴らだろ?」

 

 しかし、エヴァは遠慮がちに俯くばかり。その顔には、先程と変わらず憂鬱気な『陰り』があった。

 

「おう、どうしたんだあんた? さっきから随分と辛気臭い顔してよ」

 

 そんなエヴァの表情に気づき、大河が首とリーゼントの角度を元に戻してエヴァに訊く。つられて他の3人もエヴァの顔に視線を向けると、彼女は微かにその体を強張らせた。

 

「あ、あの……どうして皆さんは、怖くないんですか?」

 

 一瞬の間を置いて、エヴァの口は細い声で疑問が紡いだ。一斉に頭の上に『?』マークを浮かべる4人に、彼女は更に続ける。

 

「手術、6割の確率で死んじゃうんですよね? 何で、そんなに明るく笑ってられるんですか……?」

 

「あー……それでか」

 

 エヴァの言葉から彼女の表情の理由を察した大河が唸り、シーラも合点がいったと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「え? そんな悲観する程か?」

 

「そうそう。俺らの地元で公務員になって、死亡手当じゃなくて年金もらって退職するよりも可能性高いぞ。いけるいける」

 

「あんた達、ちょっとポジティブすぎない?」

 

 一方、マルコスとアレックスはまるで理解ができないとばかりに、首をひねる。呆れたようにシーラがツッコミを入れるが、それにアレックスが「つってもよ」と反論する。

 

「手術は今のところ、45%の確率で成功すんだろ? なら楽勝だって、楽勝」

 

 ――MO手術は後天的に臓器を埋め込み、更に他生物の細胞を人体に共存させるという、生物学的にも医学的にもかなり無茶な手術だ。

 

 本来ならその成功率は、4割を切ってもおかしくない。

 

 それでもなお、手術の成功率が45%という数値を保っているのは、U-NASAの全科学部門を統括する『クロード・ヴァレンシュタイン』率いる研究チームによって、手術についての研究が徹底的に進められているからだ。

 

 MO手術のコンセプトから考えると、この手術成功率は奇跡に等しい。

 

 しかし――

 

「そ、それでも……やっぱり、半分以上の人は死んじゃうんですよね?」

 

 エヴァの言葉もまた、もっともなものだ。

 

 今世紀最高峰の科学者たるクロードをもってしても、手術の成功率は依然として5割にも満たない――というより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なぜなら、そこから先は素体となる人間側の問題だから。

 

 被験者がどんな生物に適性を持つのか、体がその細胞を受け入れるのか――こればかりは、施術する側にはどうすることもできない。だからこその限界点。それが可視化したのが『45%』という数値だ。

 

 どう捉えるかは個人の性格に依るが――限界点を超えて生を勝ち取った者の数は、全被験者の半数をきっているというのは、紛れもない事実である。

 

「そ、そりゃそうなんだけど――もっとこう、気の持ちようを、こう……な?」

 

「そうそう、艦長さんの言う通りだぜ、エヴァ。そんなんじゃ、成功する手術も成功しないって」

 

 小吉とマルコスがなだめるものの、やはりエヴァの表情は晴れない。どうしたもんか、とアレックスが腕を組んだその時、何かをじっと考え込んでいた大河が、意を決したように「よし」と呟いた。

 

「マルコス、アレックス。あとで何かメシ奢ってやるから、ちょっと使い走りを頼まれてくれねぇか?」

 

「お、何々? 三ツ星レストランでフルコースを奢ってくれるって?」

 

 悪い笑みで詰め寄るマルコスに、大河は重々しくため息を吐いた。

 

「目の前で悩んでる女のためだ、労働対価はハンバーガー程度に負けとけ。お前らがちょっと走るだけで、ハンバーガーにこの子の笑顔までついてくるんだ、フルコースなんぞよりよっぽど価値があるだろ?」

 

「なるほど、それはもっともだ」

 

「ああ。どんなに美味い飯も、女の子の笑顔には勝てねぇもんな」

 

 意味の分からない謎理論を持ち出す大河と、それに納得した様子のマルコスとアレックス。横から見守るシーラは何も言わないが、その表情は雄弁に「何を言ってるんだこいつら」と語っていた。

 

「分かってくれたみたいだな。じゃあ早速だがお前ら、ちょっとその辺から適当な補充兵を数人連れて来い。目の前に成功例がずらっと並べば、気分も晴れるだろ」

 

「よし来た、任せろ!」

 

「今すぐ、計画参加者110人連れてきてやらぁ!」

 

 マルコスとアレックスはそう言い残すと、弾丸もかくや、という速度で駆け出す。呆気にとられるシーラとエヴァを他所に小さくなっていく彼らの背中に、小吉は「気を付けろよー」と声を投げかけた。

 

 

 

 ――5分後。

 

 

 

「というわけで、連れて来やしたぜ兄貴」

 

「へっへっへ……眼鏡クールなお姉さんに快活そうな女の子、そして術後ホヤホヤの日本男児です」

 

「おう、よくやったお前ら。あとでとびっきりのバーガーショップに連れてってやる」

 

 やりきったとばかりに、ハイタッチする三人。その背後でキョトンとした表情を浮かべているのは、丁度リハビリのために病室を出たばかりの燈と、彼に付き添う百合子だった。少し離れて、ミッシェルがさらに後に続く。

 

「お、目ぇ覚ましたか燈。調子はどうだ?」

 

 軽く手を挙げて声をかけてきた小吉に、燈は軽く会釈で返した。

 

「お疲れ様です、艦長。俺はほぼ万全なんすけど……あの、どういう状況ですか、これ?」

 

 戸惑う燈の疑問に小吉が答えようとするが、その前にアレックスが燈の肩に手を置いた。

 

「はーい、エヴァさんご覧になってますか? U-NASAニュースの時間です! 本日は現場から中継で、補充兵の皆さんにお話を聞いていきたいと思います!」

 

「早速、新人のエヴァさんのお悩みを解決してもらいましょー! どうでした、補充兵の皆さん? 手術、楽勝でしたよね?」

 

 そう言うと、マルコスがマイク代わりに丸めた雑誌を燈の口元へと運ぶ。

 

 なお、このタイミングで状況を理解した百合子がはっとした表情を浮かべたのだが――残念ながら彼女がフォローを入れるよりも、燈の口が余計な言葉を紡ぐ方が先であった。

 

「いや、確かに俺らは補充兵だけど……俺たちは色々事情があって、全員ほぼ確実に手術は成功してたらしいぞ。あと、こちらの方は補充兵じゃなくて幹部だからな?」

 

「おいカメラ止めろ」

 

 大河が間髪入れずに言うと同時、明後日の方向を向いたマルコスが「D(ディー)~! 今のシーンカットで~!」と叫ぶ。その隣で、アレックスが重々しく嘆息した。

 

「ちょっと君ぃ、空気読んでもらわないと困るよ~! どうすんの、現場白けちゃったじゃん。何、この『モテないと思ってた友人に実は可愛い彼女がいて、それをモテない男友達同士の会話中に突然暴露された』みたいな空気。どうしてくれんの?」

 

「はぁ……?」

 

 燈の顔が、あからさまに不機嫌そうな表情へと変わる。

 

 よく分からないまま連れてこられたと思ったら、よく分からない質問をされ、よく分からないまま答えたら非難の雨。いくらなんでも、これはちょっとあんまりではないだろうか。

 

 そう考えた燈は、意趣返しの意もこめて、反論の言葉を口にする。

 

「いや、俺そもそも彼女いるし」

 

「「「……」」」

 

 この時、燈の言葉を聞いた野郎三人の心は、偶然にも一つの感情で一致した。即ちそれは、眼前の青年に対する、突き刺すような『怒り』。

 

 

 

 

 ――非常の事態に、気の利いた台詞など出てこない。

 

 

 

 

「「「殺す」」」

 

「うおっ!? 何だお前ら、やんのか!?」

 

 臨戦態勢に入った三人に、歩行器越しに構える燈。それを見た百合子が苦笑いで「あんまり無茶しないでよ?」と声をかけたことで、より一層三人の嫉妬と怒りを増長する。モテない男のひがみというものは、燃えやすいのである。

 

「……まぁ、結局さ。気の持ちようなんじゃないかな?」

 

 あまりにも醜い争いを始めた四人にため息を吐き、しかしそれをどこか楽しそうに見つめながら、シーラは言った。

 

「アタシも初めて手術の話を聞かされたとき、エヴァさんみたいにブルーになったの」

 

 でもね、と続けて、シーラはエヴァを見つめた。

 

「不思議だけどさ。アイツら見てると、そういうのが何だか馬鹿らしくなっちゃうんだ。だから、上手く言えないけど……」

 

 そう言って、シーラはエヴァの手をそっと握りしめた。彼女の手から伝わる温かさにエヴァは微かに目を見開く。

 

「一緒に頑張ろう、エヴァさん。アタシ、エヴァさんともっと仲良くなりたいから。全員で生き残って……またこうやって、皆で笑い合おうよ」

 

 ね? とシーラが微笑みかける。エヴァはそんな彼女を少しの間、驚いたように見つめ、やがて小さく頷いた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「シーラちゃん、どこに行ったんだろ……」

 

 ――とりあえず、このあとは夕飯まで自由時間とする! 難しい話はあとだ、あと!

 

 そんな小吉の鶴の一声によって、思いがけず自由時間を与えられたエヴァは、U-NASAの敷地内を歩き回っていた。

 

 彼女の目的は、先程自分を元気づけてくれたシーラにきちんと礼を言うこと。そのために、ふらりと姿を消してしまった彼女を探していたのだ。

 

(……あ、いた!)

 

 ほどなくしてエヴァは、U-NASAの研究棟の裏に座るシーラを見つけた。周囲にマルコスやアレックスの姿はなく、どうやら彼女1人らしい。

 

「シーラちゃ――」

 

 改めて礼を言うには、絶好の機会。そう考えたエヴァは声をかけようとするも、直後、視界に飛び込んできた彼女の表情に、思わず踏みとどまってしまう。

 

 シーラの顔に浮かんでいたのは、先程エヴァに向けた快活な笑顔ではなく、今にも壊れてしまいそうな泣き顔。頬を伝う涙の筋が、西に傾き始めた太陽の光を反射して輝いている。

 

「……!」

 

 エヴァは慌てて陰に身を隠した。シーラが泣いている理由は、おおよそ見当が付く。おそらくは彼女も、手術の失敗による『死』が恐ろしいのだろう。先程エヴァを励ました時、彼女もまた無理をしていたのだ。

 

「ど、どうしよう……」

 

 そっと様子を窺いながら、エヴァは漏らす。

 

 ――今、自分が彼女に慰めの言葉をかけることは可能だ。

 

 けれどその言葉は、果たして自分の口から告げたところで、意味を持つのだろうか? 先程彼女が自分にしてくれたように、彼女の心に安心感をもたらすことができるのだろうか?

 

 ――多分、できない。

 

 エヴァは心の中で自答する。

 

 今の自分が何を言ったところで、それは詭弁にもならないだろう。なぜなら、他ならないエヴァ自身が手術による死を恐れているから。そんな自分の言葉がシーラの心に安らぎをもたらすとは考えにくかった。

 

 ――戻ろう。

 

 エヴァは唇をかみしめ、己に言い聞かせた。自分にできるのは、彼女の弱い姿を見なかったことにすることだけだ。せめて今見た光景は自分の心の内に止めておこうと決意したエヴァは踵を返し――。

 

 

 

 

 

「おっと?」

 

 

「っひゃあ!?」

 

 

 

 

 

 ――背後に立っていた人物に驚いて尻もちをついた。

 

「あっ、ごめんごめん! いきなり振り返ると思ってなくて……大丈夫? 痛くない?」

 

 そう言ってエヴァの顔を覗き込んだのは、見覚えのない赤毛の女性だった。

 

 薄手のパーカーを羽織っており、その下に着込んだスポーツウェアの首元からは、健康的に発育した胸の峡谷が覗いている。「やってしまった」と言わんばかりの表情で頬をかくその仕草は、どこか悪戯がばれた猫のそれに似ていた。

 

「だ、大丈夫です。その、こっちこそ心配させてごめんなさい……」

 

「いや、こっちこそ――って、これじゃ堂々巡りだね。うーん……それじゃ、今回は『おあいこ』ってことにしよっか!」

 

 女性はそう言って、快活気な笑みを浮かべた。それから彼女は「立てる?」と尋ねつつ、エヴァへと手を差し伸べる。

 日焼けしたその腕はどうやら鍛えているらしく、一見して女性らしい柔らかさを残しつつも、筋肉質かつしなやか。エヴァはドイツで待機している女性隊員の1人を思い出しながら、彼女の手を取った。

 

「わっ!?」

 

 途端、エヴァの体は引っ張り上げられ、あっという間に起立させられていた。女性は驚くエヴァをしり目に「これでよし」と満足そうに頷く。

 

「ところで君、こんなとこで何してたの? もしかして、迷っちゃった?」

 

 女性に尋ねられ、エヴァははっとした表情を浮かべた。失念していたが、今この場には建物の角を挟んでシーラもいるのだ。今のやりとりで、もしかしたら自分の存在に気付かれてしまったかもしれない。

 

「っ! ご、ごめんなさい! 失礼しま――」

 

「誰かいるの?」

 

 慌てて立ち去ろうとするエヴァだが、駆け出そうとした矢先、建物の影から音に気付いたシーラが顔を出してしまう。

 

「エヴァさんと……キャロルさん? 何でここに?」

 

 2人の姿を視界に入れた彼女は、思わず泣き顔を隠すのも忘れて目を見開く。キャロルと呼ばれた女性もまた、意外そうにシーラを見つめ返した。

 

「あれ、シーラちゃんもいたんだ? ……って、どうしたのその顔?」

 

 心配そうにかけられたキャロルの言葉に、シーラは慌てて目元をぬぐった。

 

「あ! ち、違うんです! ごめんね、エヴァさん! これは、その……」

 

 語調が少しずつ尻すぼみになっていくシーラと、どうしたらいいのか分からずにおろおろとするエヴァ。そんな2人の様子を少しばかり眺めると、キャロルは指をパチンと鳴らした。

 

「うん、よし! よくわかんないけど、とりあえず何かあったってことは分かった! とりあえず落ち着きなって、2人とも。深呼吸、深呼吸」

 

 キャロルは明るい声で言うと、慌てふためく2人を落ち着かせる。それから彼女達を座らせると、自身もまたどっかりと地べたに腰を下ろした。

 

「それで……うら若き君たちの身に、何があったのかな? よかったら、アタシに話してくれない? キャロルお姉さん、ちょっとした相談なら乗っちゃうぞー」

 

 おどけた口調でキャロルが言う。しかし彼女の声色にからかうような様子は微塵もなく、むしろ2人を心から気遣っている彼女の優しさが滲んでいた。

 

 エヴァとシーラは一瞬だけ顔を見合わせる。それから彼女たちは、どちらともなくポツリポツリと話し始めた。

 

 ――手術に対する不安。

 

 ――せっかく巡り会えた仲間と別れてしまうことへの恐怖。

 

 ――他人を慰めながら、自分にも同じ思いがある恥ずかしさ。

 

 ――苦しむ仲間にかける言葉を見つけられない、情けなさ。

 

 一度回り出した口は、彼女たちが抱えていた負の想いを次々に吐き出していく。キャロルはそんな2人を見守りながら、ただ黙って彼女たちの話を聞き、その全てを受け止める。

 

 そして、シーラとエヴァが話し切ったところで――

 

「2人とも健気すぎる! あーもう、可愛いなー!!」

 

 キャロルは2人を、思い切り両手で抱きしめた。キャロルの体から漂う何とも言えぬ良い匂いが鼻と肺を満たし、シーラとエヴァは思わず顔を赤らめる。

 

「……大丈夫だよ」

 

 そんな彼女達の背中を静かに叩きながら、キャロルは優しく語り掛ける。まるで怖い夢を見て眠れない小さな子供を安心させるかのように、その声は2人の傷ついた心を包み込んだ。

 

「根拠があるわけじゃないけど、アタシには分かる。シーラちゃんもエヴァちゃんも、絶対に手術に成功して、無事に火星での任務もやり遂げて、そして誰よりも幸せになるよ」

 

 そう続けると、キャロルは抱きしめた2人の頭に頬ずりをしながら言った。

 

「だって2人とも、こんなに誰かのことを想える、素敵な女の子たちなんだもん。報われないなんて馬鹿な話、ありえない! アタシがそう言うんだから、間違いない!」

 

 得意気に鼻を鳴らしたキャロル。そんな彼女の胸に抱かれながら、エヴァの心は安堵と驚きで満たされていく。それはシーラも同じだった、

 

 論拠なんて何もない、空論とすら呼べないような主張のはずなのに。キャロルの言葉は、どんな証明を並べられてもぬぐいきれないだろうと思っていた2人の恐怖を、いとも簡単に拭い去ってしまった。

 

「それじゃ2人共、そろそろ中に戻ろっか。今頃、奈々緒さんが皆のために腕によりをかけて、夕ご飯を作ってくれてるはずだよ」

 

「うそ、もうそんな時間……!?」

 

 シーラが慌てて立ち上がり、空を見上げる。先程まで水色だった空は橙に染まり始め、建物の影は東へと伸び始めていた。

 

「エヴァさん、急ご! 艦長の奥さんの料理、美味しいからすぐになくなっちゃうんだ」

 

「う、うん……あ、シーラちゃん!」

 

 慌てて駆け出そうとするシーラを、エヴァが呼び止める。振り返った彼女に、エヴァは遠慮がちに、しかし真っすぐにシーラの目を見ながら告げた。

 

「私のことは、『エヴァ』って呼んで。年は近いと思うし、私も仲良くなりたいから……『さん』は、つけなくていい」

 

 その言葉にシーラは一瞬だけ意外そうな表情を浮かべるが、すぐに彼女はその顔を笑顔に変え、大きく頷いた。

 

「行こう、エヴァ! キャロルさん、本当にありがとうございました! また食堂で!」

 

 シーラはそう言い残すと、エヴァと共に忙しなく駆けていく。キャロルは手を振りながら彼女達を見送り、やがてその姿が見えなくなったところでほっと息をついた。

 

「やっぱり女の子は笑顔が一番、ってねー。立ち直ってくれてよかったよ、本当に」

 

 1人呟きながら、キャロルはそれとなく()()()()()()()()()()()()()()()

 

 シーラとエヴァは気が付かなかったが、実は先程までこの場にはもう1人、人間がいたのだ。

 

 

 

 ――ドイツ・南米第5班班長、アドルフ・ラインハルト。

 

 

 

 壁の向こう側から、彼の気配は消えている。キャロルはそっと曲がり角の向こう側を覗き込み、彼の姿がそこにないことを確認した所で、ほっと安堵の息をついた。

 

 ――わざわざこの場所にピンポイントで、アドルフさんが張っていたとは考えにくい。

 

「ってことは、偶然居合わせただけ、か。びっくりしたぁ……」

 

 赤毛を指で弄りながら、キャロルはそう漏らす。

 

 

 

 ――自分達の計画は、その時が来るまで誰にも知られてはいけない。絶対に正体を明かさず、暴かれないように。

 

 

 

 それが、彼女たちに課された厳命。特に、こちら側の計画を根本から破綻させかねない幹部たちには、絶対に自分達の存在は隠さなくてはならないのだ。

 

 そのために彼女は、自分達の現場指揮官から課せられた任務に、この場所を選んでいた。

 

「……まぁ、仮に聞かれても大丈夫だとは思うけど」

 

 ――もっとも、今日はただの顔合わせ。やり取りの時間は短く、万が一見られたところでいくらでも言い訳はできるだろう、というのが彼女の考えだった。

 

 しかしそれでも――やはり、危険な橋を渡るような行為は避けたい。二十年も前から彼らが積み重ねてきた『計画』を、自分のヘマ一つで潰すわけにはいかないのだ。

 

「あらためて責任重大だなー……おっと?」

 

 こちら側へと近づいてくる足音を聞き取ったキャロルは、思考の海から浮上して、神経を研ぎ澄ました。足音の人物が待ち人であればいいが、そうでない場合には不信感を抱かせず、穏便に引き取らせる必要がある。

 

 何気なく、しかし警戒心を強めるキャロル。そんな彼女の前に現れたのは――

 

「ん? あんた、こんなとこで何してんだ?」

 

 ――特攻服に身を包み、リーゼントと呼ばれる髪型をした日本人男性だった。

 

「……ちょっと、静かな場所で考え事をしたくてね」

 

 キャロルは彼の疑問に何気ない口調で言葉を返し、「君も?」と聞き返す。

 

「いや、俺は煙草を吸いにな」

 

 そう言って男性――東堂大河は懐から煙草とライターを取り出してみせると、キャロルへ視線を向けた。言外に喫煙の許可を求めているのだと察したキャロルは頷き、右手を差し出した。

 

「アタシはキャロル。君は?」

 

「東堂大河、補充兵候補だ。よろしく頼……むぜ」

 

 大河も名乗ると、その手でキャロルの右手を握り返した。なお彼の視線はこの時、彼女の胸部を視界に収めぬよう首ごと明後日の方向へと向けられていた。それに苦笑を浮かべつつ、キャロルは気づかないふりをして言葉を続けた。

 

「大河君ね、よろしく。ところで――」

 

 そこで一度言葉を切ると、キャロルは微かに目を細めた。

 

 

 

 

 

「――大河君、()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 彼女の口から紡がれたのは奇妙な……とまではいかないものの、かなり変わった内容の質問。おそらく初対面の人物にこの質問を投げかけられたのなら、多くの人は返答に窮するだろう。

 

 だが大河は逸らしていた視線をキャロルへと戻すと――その顔にニヤリと笑みを浮かべた。

 

「――『金の斧と銀の斧』だ。悪者が痛い目見る結末ってのは、見てて胸がすくもんだ」

 

 まるで事前に考えていたかのように大河はすらすらと答える。それを聞いたキャロルもまた笑みを浮かべた。

 

「そっか。ちなみにアタシは『シンデレラ』が好きだよ。うん、()()()()()()()()

 

()()()()()()。ま、お互い頑張ろうぜ」

 

 キャロルにそう返すと、大河は咥えていた煙草を踏み消し、吸殻を用意しておいた空き缶へと突っ込んだ。

 

「よし……そんじゃとっとと戻ろうぜ。あんまりもたもたしてると怪しまれるし……何より、腹が減った」

 

「ん、アタシも同感。けど、ちょっと待ってね……うん、これでよし!」

 

 キャロルは手中のスマートフォンがメールを送信し終えたのを確認すると、それをパーカーのポケットへと滑り込ませた。

 

「お待たせ、それじゃあ行こっか! さて今夜の献立は……って、ああ!? 『奈々緒さん特製カレー』じゃん!? 大河君、急ごう! これを食べそびれると、アネックスライフの半分損する!」

 

「どんだけ美味いんだ、それ!? くそっ、走るぞ! アレックス達に食い尽くされるのは癪だ!」

 

 騒がしく、慌ただしく、2人がその場を走り去る。そしてその場には、夕日に伸びる影と静寂だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「団長、『シンデレラ』からメールが入った。全部つつがなく終わったとよ」

 

「ん、了解」

 

 助手席に座る戦闘服の男の言葉に頷くと、シモンは隣に座る人物に視線を向けた。

 

「……改めてありがとう、小吉さん。忙しいのに時間を取ってもらって」

 

「気にすんなって、俺とお前の仲じゃねえか。補充兵たちへの説明はミッシェルがやってくれるし、問題ないさ」

 

 シモンの言葉にそう返すと、小吉は特に警戒する様子もなく、座席の背もたれにその体を預ける。

 

「強いて言うなら、アキの飯が食えなかったのが残念だな。いいなー、あいつら! 俺も久しぶりにカレー食いてえなー!」

 

「奈々緒さんのご飯、美味しいもんね」

 

 叫ぶ小吉に、シモンはフルフェイスの下で笑いながら相槌を打った。

 

 別段、料理の腕がシェフ級というわけではないのだが、奈々緒の作る手料理は『優しい味がする』として、大変人気なのだ。U-NASAで日々激務に追われる小吉や、任務に不安を抱えるクルーたちにとって、たまに奈々緒が作る料理は心の拠り所である。

 

 事前に予定が入っていたから仕方ないとはいえ、小吉にとって彼女の料理が食べられないのは、かなりの心残りだった。

 

「ま、アイツの飯はあとの楽しみにでもとっておくとするわ……ところで」

 

 そう言うと小吉は、自分が乗せられている車をぐるりと見まわした。

 

「……随分厳重だな。ちょっとやりすぎじゃないか?」

 

 ――小吉がそう言うのも、無理からぬことであった。

 

 彼が今乗せられているのは、特殊な防弾加工を施した送迎車。政府の人間を始めとする、要人の移動に用いられる車両を、警護の観点からより改良した代物だ。

 

 しかもそれだけではない。変態した小吉でも容易に破れない強度の防弾ガラスがはめ込まれた窓からは、同じタイプの車両と大型のバイクが一台ずつ、いずれも小吉が乗っている車両を守るために、絶妙な距離を保ちながら道を走っている。

 加えて運転手の青年が、たまに通信装置へ何事かを話しかけているのを見るに、実働人員は目に見える以上に多いらしい。

 

 

 

 そしてとどめとなる要素が、護衛を務めている人間が、かなりの手練れであること。

 

 

 

 小吉が直に見たのは助手席に座る『戦闘服の大男』と運転手を務める『秘書風の青年』の2人だけだが、その立ち振る舞いはいずれも、戦闘の訓練を積んだ者の動きだ。後続車両とバイクに乗っている護衛達も、彼らと同様に戦闘訓練を受けていると見ていいだろう。

 

 ――過剰と言っても言いレベルの警戒度。いくら自分がアネックス計画の艦長だからと言って、これは少しやりすぎではないだろうか?

 

 そう考えての小吉の発言だったのだが――

 

「ううん、そんなことないよ」

 

 シモンは小吉の言葉を、首を横に振ることで否定した。

 

「小吉さんに何かあると、不味いんだ。ボク達は今、かなり凶悪な組織と戦ってるから……本当はもう少し、増やしたいくらいなんだよ」

 

「いやいや、そんな大げさな……冗談だよな?」

 

 小吉が冗談半分に確認するも、シモンは何も答えずに視線をそらす。小吉が表情を引きつらせると、バックミラー越しにそれを見ていた助手席の大男が笑いながら口を開いた。

 

「ま、安心しなって艦長さんよ。そんなときのための俺達さ。核でも落とされりゃ話は別だが、ただの刺客なら俺たちだけで十分さ。最悪団長が出張れば、軍隊相手でも何とかなんだろ」

 

 自信ありげな大男の言葉に、運転席でハンドルを操る秘書風の青年が頷く。

 

「この男の言う通りです、小町殿。貴方や団長には及ばないものの、我々もそれなりに戦闘は得手としておりますので……いざとなれば、肉盾と足止め程度はこなしてみせましょう」

 

「お、おう……とりあえず、その時は自分の命を大事にね?」

 

 小吉は青年に言うと、隣に座るシモンへと視線を向けた。

 

「……というか今更なんだが、この人たちは?」

 

「ああ、そう言えば紹介してなかったかな。彼らはボクの部下。素性は――まだちょっと明かせないんだけど。ボクにはもったいないくらい、良い人たちなんだ」

 

 シモンの言葉に「ふーん」と呟くと、小吉は更に口を開いた。

 

「ところで俺達は今、どこに向かってるんだ?」

 

「それは……行ってみてのお楽しみ、ってことにしておいてくれないかな?」

 

 防諜のためにもね、とフルフェイスの下で苦笑いを浮かべるシモン。その様子を見た小吉の目が、微かに険しくなる。

 

「……なぁ」

 

 そして、彼は切り出した。意を決して、その言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()、イヴ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それも、今はまだ企業秘密かな」

 

 一瞬の間を置いて、シモンは答える。

 

「それと小吉さん、ボクの名前は『イヴ』じゃなくて『シモン』だからね?」

 

 何も言わない小吉に、シモンは静かに告げる。

 

「『イヴ』は死んだんだ。大切な人を守れなかった罪を糾弾された、20年前のあの日に。だから、今この場にいるのはイヴじゃなくて、『シモン』なんだ……間違えないでほしいな」

 

 シモンは普段とほとんど変わらない口調で、しかし微かに語気を強める。

 

「……じゃあ、お前は何のために戦ってるんだ?」

 

 小吉はフルフェイスの向こう側にあるシモンの目を見つめた。

 

「もしイヴが死んだなら、それで全部がチャラのはずだろ? なのに、何でお前は――」

 

「償いのために」

 

 小吉の言葉を遮り、間髪入れずにシモンは答えた。

 

「死んだだけじゃ、駄目なんだ。それだけじゃ、彼女への償いにはならない」

 

 シモンの表情はフルフェイスヘルメットに覆われているため窺うことはできないが、その言葉には寂しさや悲しさ――そして、虚しさが込められていた。

 

「ボクは今度こそ、絶対に守りきらなくちゃいけない。彼女の大切なもの、彼女の守りたいもの――そして、彼女自身を。それが、ドナテロさんとの約束だから」

 

 そう言ったシモンの姿は、まるで不可視の鎖に縛られているように小吉には見えた。

 

「イヴのままじゃ駄目なんだ。もっと強くて、もっと有能な『シモン』じゃないと――きっとまた、ボクは取りこぼす。それにミッシェルちゃんもきっと、イヴのことなんて、二度と見たくないと思ってるはずだ」

 

 

 

 ――それは贖罪の体を成した、妄執だった。

 

 

 

 彼の在り方はとても歪で、痛々しく――けれど、どこまでも真っすぐ。

 

 本人の言葉と裏腹に、皮肉にも彼は二十年前と同じように。大切な人のために全てを投げ打ち、強大な敵へと挑もうとしていた。

 

「……シモン。本当は、ミッシェル(あいつ)はもうとっくに――」

 

 ――だからこそ小吉は、そこから先を言うことはできなかった。

 

 これはシモンとミッシェルの問題だ。例えその形がどんなものであったとしても、その結末がどうなったとしても、自分が口を出していいものではないだろう。

 

 そう思い直して、小吉は首を振った。

 

「――何でもない。忘れてくれ」

 

 そう言ったきり、小吉は黙り込む。

 

 車内は重い沈黙に包まれ――やがて、運転手を務める青年が、目的地への到着を告げるその時まで、破られることはなかった。

 

 

 

 






【オマケ①】
Q.このシリアスな空気をぶち壊しなさい

A.『間話 CROSS ROAD 邂逅』へ続く!



【オマケ②】ある日の食堂の風景

マルコス「っしゃあ、おかわり一番乗り!」

アレックス「下がってろイカ野郎! 俺が一番乗りの誉れを得る!」

小吉「させるかァ! 奈々緒のカレーは渡さん!」

ミッシェル「上等だ、お前ら――負けた方が害虫だ」


ワーワーギャーギャー



奈々緒「……全員、食器を持ったままで構わん。 一 列 に 並 べ !!」

四人「イエス、マム」ズラッ

奈々緒「よし」




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