贖罪のゼロ   作:KEROTA

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第4話 THE STOWAWAY 亡霊の正体

 小吉たちが密航者の目撃現場である廊下に駆けつけた時、そこには既に他の乗組員たちが集まり始めていた。

 小吉はその中にリーの姿を見つけると、彼に駆け寄る。

 

「リー! 何があったんだ!?」

 

「フン、小吉か……」

 

 振り向いたリーの顔は、小吉には若干不機嫌そう見えた。苛立たしさを押し隠すかのように、彼は鼻を鳴らす。

 

「俺はあの後見回りをしてたんだが……いきなり大当たりでな。丁度犯人が警告文を書いてるとこに出くわした」

 

 そう言って、リーが右手の親指で壁を指した。小吉たちがその方向へ視線を向けると、そこにはやはりペンキと思われる塗料で新たな警告文が書かれていた。

 

『火星には怪物がいる』

 

 ペンキで書かれたその文章はまだ半乾きで、所々から赤い雫が垂れている。その様子はさながら血が滴っているようでもあり、おどろおどろしさを感じずにはいられなかった。

 

「たまたま居合わせた奴らに伝令を頼んで、俺は奴を追ったんだが――逃げられちまった」

 

 チッ、とリーが忌々し気に舌打ちする。彼の機嫌が悪いのは、犯人を取り逃がしたことが原因のようだ。

 

「ただ、これではっきりしたぜ。亡霊とやらの正体は俺達の中の誰かじゃねェ。潜り込んでいやがった密航者だ」

 

 リーの口から改めて告げられたその言葉に、一同が息を呑んだ。ピリピリとした緊張感が、乗組員たちの間に張り詰める。

 

 ――密航者。

 

 その一言がバグズ2号の乗組員たちに与えるプレッシャーは、多大なものであった。

 もしも仮に、彼らが今いる場所が海の上であったのなら、乗組員たちの緊張もここまでではなかったのだろう。下手人をとらえて、次の港に着き次第警察に引き渡してしまえばそれでことは終わるのだから。万が一のことがあっても海という逃げ場があるし、最悪外部へ助けを求めることも可能だ。

 

 だが、ここは宇宙空間の中。次の港なんてものはなく、外へ逃げることはできないし、助けは絶対に来ない。密航者という未知の存在からの逃げ道が存在しない閉鎖空間の中なのだ。

 つまり、密航者の正体が何者であったとしても、彼らは自分たちの力で対処しなければならないということ。

 

「――だが、出発直前までバグズ2号の警備はかなり厳重だったはず。一体どうやって潜り込んだんだ?」

 

 メガネを掛けた乗組員、トシオの言葉に乗組員たちは顔を見合わせた。

 艦内の点検は入念に行われ、関係者以外はバグズ2号に足を踏み入れることはおろか、一目見ることすら難しい状況。言われてみれば、そんな状況で艦内に入り込むなど到底不可能なはず。

 それなのに、なぜ――。

 

「皆、無事か!?」

 

 その時、廊下の向こう側からドナテロとミンミンが、案内してきた乗組員のジョーンと共に姿を現した。

 三人とも息をそれなりに切らしていることから、よほど急いできたことが窺える。

 

「艦長、副艦長!」

 

 彼らの登場で、乗組員たちの間に張りつめていた緊張感が幾分か和らいだ。ドナテロやミンミンが信頼されている証拠であろう。

 

「ここに来るまでの間に、事情はジョーンに聞いた。密航者に危害を加えられたものはいないな?」

 

 ミンミンの確認に、乗組員たちは首を縦に振る。今のところ、怪我人が出ていない。その点は幸いではあるが――

 

「リー、密航者はどんな姿だった?」

 

 ミンミンが聞くと、リーは口を開いた。彼が発したその言葉は、乗組員たちを驚かせることになる。

 

 

 

「――ガキだ。身長は120cm程度。ガスマスクをつけて黒いフードを着ていやがったから、性別は分からねぇ」

 

 

 

「こ、子供?」

 

 リーの言葉に奈々緒が思わずそう漏らす。他の者たちも意外だったようで、ざわめきが広がる。しかし、リーが付け加えるように言ったその一言は、更なる衝撃を彼らに与えた。

 

「だが、ただのガキじゃねえ。恐ろしく身軽で、足が速い。闇雲に追いかけても捕まえらねぇだろうな、ありゃ」

 

「そんなに……」

 

 口元を手で押さえ、顔色をなくしたマリアが呟く。元傭兵である彼が捕まえられない程の身体能力を持った子供――それが、自分たちに襲い掛かってきたとしたら。そんな想像が脳裏をよぎり、彼女の背筋を凍らせた。

 

「艦長……」

 

 ミンミンがドナテロに向き直り、指示を仰ぐ。目を閉じ、少しの間何かを考え込んでいたドナテロだったが、やがて静かに瞼を上げると声を張り上げた。

 

「総員、注目!」

 

 廊下にビリビリと響き渡ったその声に、乗組員たちは思わず佇まいを正した。

 

「これより、密航者の捜索を始める! 全員で手分けして、艦内をくまなく探せ!」

 

 ドナテロの力強いその声は、その迫力で以て乗組員たちの不安を押し流していく。今、自分たちがするべきことは、怯えることではない。言外にそう喝を入れられたような気分になり、乗組員たちは気を引き締める。

 

「密航者は発見次第拘束、状況によっては『薬』の使用も許可する! 以上、各自行動開始!」

 

「「「「了解!」」」」

 

 ドナテロの言葉に乗組員たちは一斉に返事をすると、すぐさま密航者の捜索行動を開始した。

 そんな様子を見て、奈々緒が小吉に呟く。

 

「それじゃ、アタシ達も行こっか」

 

「あ、悪いアキ、ちょっと待ってくれ……艦長、少しいいですか?」

 

 乗組員たちが艦内に散っていく中、小吉がドナテロに話しかけると、彼は「何だ?」と言って彼に向き直った。

 

「調査してて俺、色々考えたんですけど……密航者の目的って多分俺達を()()()地球に引き返させることなんだと思います」

 

「何? どういうことだ?」

 

 ドナテロが不可解そうに聞くと、小吉が「これはあくまで俺の予想なんですけど……」と前置きして、言葉を選びつつ話し始めた。

 

「破壊工作ならこんなに目立つ真似はしないだろうし、計画を頓挫させたいなら出発前にU-NASA側に圧力をかければいい。それなのに密航者は、本来バグズ2号には置いていないはずの塗料を、わざわざ危険を冒して持ち込んでこんなことをしてる。ってことは、警告文を書くこと自体が目的である可能性が高いと思うんです」

 

「なるほど……一理あるな」

 

 小吉の言葉に、ドナテロは神妙な顔で聞き入った。ティンやテジャスの言葉を思い出し、自分の頭の中で整理をつづけながら小吉は話を続ける。

 

「警告文は俺達に地球へ帰るように……いや、俺達が()()()()()()()()()に警告している。内容自体は一見信じられないようなのも多いですけど……仮に俺達を騙すことが目的なら、もっとばれないような嘘をつくと思うんです」

 

 小吉が壁に書かれた文字に目を向けてそう言った。

 

『火星には怪物がいる』

 

 その文の内容は確かに、嘘にしてはあまりにも稚拙すぎた。もしも彼らを騙すつもりであれば、もう少し現実味のある嘘をつくべきだろう。厳重な警備をかいくぐってバグズ2号に潜り込んだ密航者が、その程度のことにまで頭が回らないはずがない。

 

「まぁ内容の真偽は分かりませんけど……少なくとも、今まで密航者は姿を隠して警告文を書き続けてきた。寝首をかかれたりしたこともないですよね。だから……あー、何て言えばいいか……」

 

 小吉が言葉に詰まり、困ったような表情で頭をかいていると、隣にいた奈々緒がポツリと呟いた。

 

「……話せばわかる?」

 

「そう、それ!」

 

 ナイス、と言わんばかりに小吉が奈々緒を指さした。

 

「七日間、密航者が俺達を傷つける機会はいくらでもあったのに、未だに誰も怪我をしていない。俺には、密航者がそこまで危険な奴には思えないんです。多分、何か理由があるはずなんです……いや、だからどうしろっていうことではないんですけど」

 

 小吉の説明は確かに筋が通っていた。状況証拠しかないために確信こそできないものの、彼の言葉には説得力がある。

 

「分かった、頭の中に置いておく。少なくとも狂人の類ではないだろうから、場合によっては説得も視野に入れて動くよう皆に伝えておく。だが、相手が説得に応じなかったり、攻撃をしてきた場合には、先ほどの指示通り拘束しろ。いいな?」

 

 乗組員14名の命を預かる艦長として、最大限の譲歩であった。小吉はそれを理解し、ドナテロに頭を下げた。

 

「ありがとうございます!」

 

「ああ。さあ、2人とも行くんだ。俺も艦内の捜索に移る」

 

 ドナテロがそう言うと小吉はもう一度礼を言い、奈々緒を伴って自身も密航者の捜索に向かった。一人残されたドナテロは、壁に書かれた文字を見て考え込む。

 

 ――密航者は身長120cm程度の子供、警備をかいくぐってバグズ2号に潜り込むだけの知能がある。

 

 彼の脳裏に一瞬だけ、一年程前に知り合った金髪の少年の顔がよぎる。彼ほど頭が良ければ、あるいは――。

 しかし、ドナテロはその思考を即座に打ち消した。そんなことがあるわけない。ただの考えすぎだろうと。

 

 頭を振って思考を切り替えると、ドナテロも密航者発見のためにバグズ2号内部の捜索を開始した。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「さっきはフォローしてくれてサンキューな、アキ。本当に助かった」

 

 バグズ2号の倉庫内に積み重なる段ボールの陰を覗きこみ、密航者が隠れていないかを確認しながら小吉が言った。

 

「んー、別にいいよ。あんたの尻拭いは慣れてるから、今更よ今更」

 

「ウホッ!?」

 

「冗談だからさっさと野生から帰ってこい、ゴリラ」

 

 小吉が衝撃を受けた表情で奈々緒を振り返るも、彼女は見向きもしないでそう言った。

 

「それに、さっきアタシが言ったのは昔のあんたの受け売り。だから、感謝するなら昔の自分にね」

 

「俺?」

 

 どうやら小吉は覚えていないらしく、頭の周りをクエスチョンマークが飛び交っている。そんな彼に、奈々緒は探索の手を休めることなく、なるべく素っ気ない口調を心がけて言った。

 

「ほら、アタシの部屋に入ってきた蛾をあんたが捕まえた時の」

 

「あ、あー! 思い出した、あの時か!」

 

 奈々緒の言葉に、小吉が思わず声を上げる。

 

 それは、まだ彼らが小学校に通っていた時のこと。蛾が入り込んだせいで家に入れなくなった奈々緒のために、小吉が室内の蛾を捕まえたことがあった。

 その際、蛾を殺すことなく窓から逃がしつつ小吉が言った言葉が「話せばわかる」だった。

 

「はは、そんなこともあったな!」

 

「まったく、蛾相手に何言ってんだか。無駄に優しいところはホント変わんないんだから、あんたは」

 

 随分昔の懐かしい記憶を思い出し、2人は笑った。一通り笑うと、小吉は何の気なしに呟いた。

 

「“情けは人の為ならず。巡り巡って自分のため”ってか。まさか、昔の俺に助けられるとはなぁ」

 

「でもさっきのあんたを助けたのは、間違いなくあの時のあんたの無駄な優しさだよ。何だかんだ言って、アタシも、それで助けられたクチだしね」

 

 小吉の呟きに、奈々緒はふと作業の手を止めると振り返った。彼女の澄んだ黒い瞳が、小吉を真っすぐに見つめていた。

 

 

 奈々緒はかつて、母親の再婚相手である父親から虐待を受けていた。暴力の痛みに苦しみ、怯え暮らす日々。そんな彼女を絶望の底から救い上げたのが、小吉だった。

 

 ――彼女の父親をその手で殺める、という行為で以て。

 

 小町小吉は確かに、秋田奈々緒を救った。

 

 それだけではない。後に発覚した父親の借金を返済するために参加することになったバグズ2号計画にまで、小吉はついてきてくれた。

 彼女の傍に寄り添い続ける義務などないのに。生存率35%のバグズ手術を受けてまで、彼は奈々緒の隣にいてくれるのだ。

 

「その……ありがとね。いっつも、アタシのことを助けてくれてさ」

 

 この言葉を、今まで一体何回口にしただろうか。そんなことを考えながら、奈々緒が言う。

 そして彼はいつだって、自分のこの言葉にはこう返すのだ。

 

「いいって。それこそ今更だ」

 

 小吉のこの言葉にも、彼女は救われてきた。

 理由はどうあれ、小吉の行為は紛れもない殺人。人によっては、彼の行いを軽蔑するだろう。

 

 それでも小吉は奈々緒が苦しい時には、共にいてくれた。

 

 辛い時には、支えてくれた。

 

 絶望の闇に飲まれそうになった時には、自らの行き先を照らす燈し火となってくれた。

 

 例え、世界中の誰もが小吉を犯罪者と蔑もうとも……奈々緒にとって、小吉はヒーローであった。

 

「あんたのその優しさはさ。何だかんだ言っていつも、どこかで誰かを助けてる。それはアタシだったり、あんた自身だったり、それ以外の誰かだったり」

 

 だからさ、と奈々緒は言葉を続けた。

 

「今回の密航者だってきっと、話せば分かる。そしたら小吉の優しさが伝わって、全部丸く収まるんだ。絶対に」

 

 確信を持ってそう言い切ると、奈々緒が笑みを浮かべた。普段はあまり見せることのない奈々緒のその表情に、小吉は思わず赤面して見惚れた。

 

「……ジロジロ見るな、バカ」

 

「んあ!? あ、ああすまん! 悪い悪い!」

 

 同じく頬を染めた奈々緒の悪態で、小吉はやっと我に返った。思いつくままに謝罪の言葉を並べながら、小吉は照れ臭さから彼女から目を逸らした。

 

 

 

「――あ」

 

 

 

 そして図らずも、目を逸らした先に彼は見つけた。ガスマスクをつけ、黒いフード付きのマントを身に纏った小柄な人物。

 

 

『バグズ2号の亡霊』――即ち密航者を。

 

 

「どうした、小吉……っ!」

 

 異変を感じ取って小吉の視線を辿った奈々緒もその姿を見て、思わず固まった。一方で密航者の方も、なぜだかすぐに逃げ出す様子もなく、じっと2人を見つめていた。

 妙に長く感じられる沈黙が、三人を包み込む。

 

「……な」

 

 実際にはわずか数秒であったその沈黙を破ったのは、小吉だった。

 

「な、ナマステー?」

 

 次の瞬間、密航者はすさまじい勢いで逃走を開始した。

 

「あっ、しまった!」

 

「何やってるんだ、バカ! 追うぞ!」

 

 奈々緒に急かされて小吉が立ち上がり、密航者から数秒遅れて2人は後を追い始めた。

 

「このアホゴリラ! 何で咄嗟に出た単語がナマステだったんだ!?」

 

「俺が聞きてぇよ! せめてアニョハセヨにしとけば!」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 走りながら奈々緒は小吉の頭を小突いた。

 

「とにかく、話しかけてみろ! ほら、話せば分かる!」

 

「よし来た! おーい、待ってくれ君! ちょっと俺の話を聞いてくれー!?」

 

 小吉が叫ぶが、密航者は止まる気配がない。むしろ、走る速度を上げたようにすら思える。ぐんぐんと、密航者と2人の間の距離は伸びていく。

 

「あ、駄目だこれ! 話を聞く気がないっぽい! アキ、プランBでいくぞ!」

 

「諦め早っ!? というかプランAもBも知らねぇよ!?」

 

 全力で走りながらも奈々緒がツッコむと、小吉がジェスチャーで耳を貸せと伝えた。訳がわからないながら、取りあえず奈々緒は小吉に耳を寄せる。

 

「いいか、俺がこのままあいつを追いかける。その間にアキちゃんは別の道を通って奴の前に回り込んで変態しておいてくれ。んで2人で挟み撃ちの状況を作って、アキちゃんの『特性』であいつを捕まえる。あの素早さ、リーが言う通り生身でどうにかできる相手じゃない」

 

「お、おう。存外まともな作戦だな……分かった、変態すんのは死ぬほど嫌だけど、やるしかない」

 

 意外そうな顔で奈々緒はそう言うと、「見失うなよ!」と声をかけて一人廊下の角を右に曲がった。

 これでよし、と小吉は頷いて密航者を追い続ける。

 

「しっかし、速いな」

 

 誰ともなしに、小吉がぼやいた。仮にあの密航者が身長通りの年齢であったとしたら、普通ではない。まがいなりにも宇宙空間での任務に耐えれるように訓練を重ねてきた自分が全力で走っても追いつけないどころか、見失わないようにするのが手一杯などありえない事だ。

 

「追いつける気がしねえ……リーが逃げられたのも納得できるな」

 

 そんなことを口にしながら、鬼ごっこを続けること数分。ついに、その瞬間がやってきた。

 

「!」

 

 密航者が何度目かの角を曲がった先、廊下の向こう側に、奈々緒が手に注射器を握りしめて待ち構えていたのだ。

 バグズ2号の乗組員が例外なく受けているバグズ手術だが、取り込んだ昆虫の特性を本格的に発揮するためには身体の組織のバランスを崩し、肉体をベースとなった昆虫の組織で肉体を再構成する必要がある。

 彼女が今手にしているのはそのための薬品、「人為変態薬」と呼ばれる代物だ。

 

「アキ、今だ!」

 

 小吉の叫び声を受けて、彼女は手にしていた注射器を首筋に突き刺し、ピストンを押して中の薬品を自らに打ち込んだ。

 同時に、奈々緒は小さく呟く。

 

「“人為変態”」

 

 次の瞬間、彼女の体が変異を始めた。血流にのって薬品が体中を巡り、彼女の体に眠っている“ベースとなった昆虫”の遺伝子を呼び覚ます。

 瞬く間に変貌していくその様子は、さながら繭から成虫が羽化するように美しく、神秘的で、生命力に溢れていた。

 

 

 

 

――その昆虫は、唯一人間に『飼い慣らされた』虫である。

 

 約5000年程前にとあるガを改良して作られたと考えられているこの虫は、おそらく現存するすべての生物の中で最も『脆い』。

 

 餌を食すための口吻――退化して何も食せず。

 

 大空を飛ぶための翅――羽ばたけはすれど、飛ぶことはかなわず。

 

 環境適応能力――野外の草本に止まらせれば一夜にして捕食されるか、地に落ちて全滅。

 

 一切の野生回帰能力を失ってしまったこの昆虫は、自然界において最弱と嘲られることも往々にしてよくある。

 

 ――されど、その虫が紡ぐ糸は優美にして強靭。人類の歴史において改良を繰り返されたその虫は、26世紀の地球上で最も美しく、最も強い糸を紡ぐことで知られている。

 

 人と共に生き、人と共に栄え、人と共に滅びゆく虫。それこそが、秋田奈々緒のベースとなった昆虫である――。

 

 

 

 

 

 

秋田奈々緒

 

 

 

国籍:日本

 

 

 

22歳 ♀

 

 

 

168cm 54kg

 

 

 

バグズ手術ベース

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ――――――――――――クモイトカイコガ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺がこのまま追い込むから、蜘蛛糸蚕蛾(おまえ)特性(いと)で捕まえろ!」

 

「了解っ!」

 

 小吉の叫び声にそう返した奈々緒は、頭から櫛のように枝分かれした2本の触角が伸び、体中に純白の美しい体毛が生えていた。

 彼女が両手を合わせ、一瞬の後に離すと、手と手の間には無数の糸の束が出来上がっていた。

 

 ――古代ローマでは同量の金と同じだけの価値を持つとさえ言われた蚕蛾の糸(シルク)だが、通常は他者を拘束できる程の強度はない。人間大のカイコガが糸を紡いだところでそれは変わらず、そこまで強靭な糸を作り出すことはできないのだ。

 

 

 

 

 

 ――それがただのカイコガであったのなら、の話だが。

 

 

 

 

 

 奈々緒のベースとなったクモイトカイコガは、その名の通りクモの遺伝子を使った品種改良によって誕生した生物である。紡ぎ出す糸の強度は通常のカイコガを遥かに凌ぎ、クモのそれと同質。

 そして、クモの糸は同じ太さの鉄よりも強靭であり、鉛筆程度の太さでジャンボジェット機を止める程の強度を持つ。

 

 ――もしも仮に、人間大のクモイトカイコガが糸を紡いだのならば。

 

 その糸は自然界においていかなる者をも逃がさない、最強の拘束具となるだろう。

 

「ターゲット」

 

 奈々緒は紡ぎ出した糸をあやとりのように繰り、迫りくる密航者に狙いをつける。

 

「――捕獲!」

 

 ――次の瞬間。

 無数のクモイトカイコガの鋼糸が、密航者を捕らえんと彼に襲い掛かった。

 




【オマケ】
――小吉たちが話している倉庫の外では――

トシオ「よく見ておけ、皆の衆。あれがかの有名な“ジャパニーズ・ツンデレ”だ。普段ツンツンしてる分、デレた時の破壊力が凄い」

テジャス「なるほど……“ギャップモエ”ってやつか」

ジャイナ「これが噂の“ヒメゴト”ってやつだね」

リー「お前らみたいなのを“デバカメ”っていうんだぜ。いいから密航者探せ」
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