贖罪のゼロ   作:KEROTA

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第36話-【A】 STARTING SURVIVE 始動 

 

 アネックス最上階にある脱出機格納庫の前は、テラフォーマーから逃れた乗組員たちでごった返していた。

 

「お、おい! 前の方、何やってんだ!?」

 

「は、早く進んでくれ!」

 

 ――当然ながら、この場にいる乗組員たちは全員が生身。今襲われれば抵抗できない、という恐怖に駆り立てられ集団のあちらこちらから切羽詰まった声が上がる。

 

「く、くそっ! こんな状態でゴキブリなんかが襲って来たら……!」

 

 特に、最後尾にいる者たちは気が気ではない。その中の1人が、心配そうな表情で背後を振り返り――

 

 

 

「うっ、うわああああああ!?」

 

 

 

 ――そして、悲鳴を上げた。

 

 つられて他の乗組員たちも彼の視線の先へと目をやり、同じように言葉にならない叫び声を上げる。

 

 ――彼らの目に映ったのは、やはりテラフォーマーだった。その全身は見えないものの、階段の下から特徴的な頭部と触角が見え始めている。

 

「て、テラフォーマー!? クソッ、もうこんなところ、に……?」

 

 乗組員の1人が悪態をつき……しかしその途中で、何かがおかしいことに気が付いた。

 

 テラフォーマーの動きが、不自然なのだ。確実へこちらへと近づいてきているはずなのに、生物が体を動かす際に見せる筋肉の動きがない。それに、よく見るとその目はあらぬ方向を向いており――やがてその全容が露になった瞬間、最後尾にいた乗組員たちは目を丸くした。

 

「……あれ、もしかして驚かせちゃったかな?」

 

 そう呟いたのは、豊かな髭の男性――第4班の副班長の片割れである(リュウ) 翊武(イーウ)だった。

 

「いや、ごめんねぇ。僕、身長が高いから普通に持ってもかなりの高さになっちゃうんだよね」

 

 彼は呑気な声で言いながら、その手に掴んでいた“外傷のないテラフォーマーの死体”を投げ捨てる。それから彼は反対の手で、思わず息を吞んだ乗組員の肩をポンと叩いた。

 

「まぁでも、心配ご無用! 直にオフィサーの皆さんが、パパッと片付けてこっちに来てくれるし――」

 

 ずれた眼鏡の位置を直すと、劉はその顔にニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「――御覧の通り、()()()()()()()何匹か仕留めてきましたから」

 

 

 

 

 

 劉がそう言うと同時、彼の背後にある階段から新たに2つの人影が姿を現した。

 

 

 

 

 

「みんな、怪我はない?」

 

 階段を上りきるや否や乗組員たちに声をかけたのは、第1班の副班長である小町奈々緒。年齢相応の大人っぽさと、年齢を感じさせない若々しさという矛盾した美しさを纏った彼女は、“首に何かで絞め付けた様な跡が残るテラフォーマーの死体”を肩に担いでいる。

 

 

 

「小吉達より、俺たちの方が早かったみたいだな」

 

 周囲をひとしきり見渡して呟いたのは、もう1人の第4班副班長であるティン。顎髭を薄く生やした顔には無数の傷跡。その出で立ちはまさしく歴戦の戦士といった様子だ。逞しい手には“頭部が粉砕されたテラフォーマーの死体”が握られている。

 

「お、おおッ……!」

 

 自分達が恐れていたテラフォーマーを、あっさりと無力化した。

 

 その事実に、乗組員たちがどよめく。副班長達の背後から、途中で保護したと思しき乗組員たちがぞろぞろと現れたのを見て、それは更に大きなものへと変わっていく。

 

「ほら皆、ぼうっとしない!」

 

 テラフォーマーの死体を放り捨てた奈々緒が手をパンパンと叩くと、立ち尽くす乗組員たちに指示を出す。

 

「全員、格納庫の中に入ったら班ごとに整列! 欠員・負傷者・体調不良者がいたら、すぐに私達か各班の班長に報告すること! ハイ、行動開始!」

 

「りょ、了解ッ!」

 

 彼女の言葉に乗組員たちは我に返り、再び行動を開始する。先程の様に乱れた動きではなく今度は落ち着いて、それでいて素早く、乗組員たちは格納庫の中へと入っていく。それを見て、劉が感嘆の声を漏らす

 

「いやー、さすが小町副班長。夫婦そろって大したもんだ……僕にゃ真似できませんね、これは」

 

「劉、あんたそれ褒めてんの?」

 

 ジトッとした目で奈々緒に睨まれ、「勿論ですよ」と劉は肩をすくめて見せた。

 

「こんないい奥さんに巡り合えて、艦長ってば幸せ者だなぁ。いっつも飲み会で自慢されますよ、『奈々緒は自慢のカミさんだー』って!」

 

「そ、そうか……照れるな」

 

「ちなみに他にも『ああ見えて夜は凄い』とか『喧嘩になるとスズメバチでも勝てないカイコガ』とか色々と聞いてます。いやー、色々と頼もしい!」

 

「よし、あいつ後でしばく」

 

 目つきの変わった奈々緒を眺めながら、劉が愉快気に笑う。そんな2人の様子にそっとため息を吐くと、ティンはそれとなく話を本筋に戻した。

 

「それより劉、この艦が墜落するまでどれくらいかかる?」

 

「うん? この速度だと……」

 

 ティンの言葉を受け、劉は指を折って何かを数えてから口を開いた。

 

「ざっと40分ってとこですかね? 艦長達がどれくらいかかるか分からないけど……まぁ20分もあれば脱出まで完了するでしょ」

 

「……意外に余裕があるな」

 

 感心したように声を上げる奈々緒に、「そりゃ、第4班(ウチ)の誇るエンジニアたちが整備してますから」と劉は親指を立てた。

 

「これくらいできなきゃ嘘ってもんです……さ、僕らも中に入りましょう」

 

 劉の言葉にティンと奈々緒が頷き、3人は乗組員たちのあとに続いて格納庫の扉を潜り抜ける。

 

 中へ入った3人の目にまず映ったのは、等間隔で六方に設けられたシャッターだ。これは、プランδの発動時に使われる『高速脱出機』へと続く入り口。それが破られていないことを確認して、ティンは安堵の息を吐いた。

 

 次いで彼らが目にしたものは“全身に熱傷を負い、口や目から煙を立ち昇らせるテラフォーマーの死体”を傍らで見下ろす、コートの襟で口元を隠した青年だった。

 

「ああ……3人とも無事でしたか」

 

 ――ドイツ・南米第5班班長、アドルフ・ラインハルト。

 

 乗組員たちにとっての命綱である脱出機の護衛。それを一手に引き受けていた彼は、3人の副班長をそんな言葉で出迎えた。

 

「先程、艦長から通信が入りました。他のオフィサー達と共にこちらへ向かっているそうです。もう間もなく到着するかと」

 

 アドルフがそう言い終えたタイミングで、奈々緒たちの背後の扉が音を立てて開き、そこから5人の人間が次々と格納庫の中へと入ってきた。

 

 

 

「すまない、待たせたな」

 

 ――アネックス1号艦長兼日米合同第1班班長、小町小吉。

 

 その腕に握られているのは、“全身に穴を穿たれ、口から泡を吹いて息絶えたテラフォーマーの死体”。

 

 

 

「フン……」

 

 その後に続くのは、アネックス1号副艦長にして日米合同第2班班長であるミッシェル・K・デイヴス。

 

 その腕に握られているのは、“まるで至近距離で爆撃を受けたかの如く損壊したテラフォーマーの死体”。

 

 

 

「お? パニクッてるかと思えば……意外と冷静じゃねえか。感心感心」

 

 焦りを感じない――否。この状況をどこか楽しんでいるような余裕さえ感じられる口調でそう言ったのは、ロシア・北欧第3班班長であるシルヴェスター・アシモフ。

 

 その腕に握られているのは、“全身に拳の跡が刻まれ、首があらぬ方向へと折れ曲がったテラフォーマーの死体”。

 

 

 

「まだ時間はあるけど……脱出は急いだ方がいいな、これは」

 

 アシモフと対照的に冷静な声で呟いたのは、ミッシェルと同じアネックス1号の副艦長にして、中国・アジア第4班班長である(チョウ) 明明(ミンミン)

 

 バグズ2号時代に失った右腕に取り付けられた義手に握られているのは、“全身を鋭利な刃物でめった刺しにされたかのようなテラフォーマーの死体”。

 

 

 

「安心してくれ、皆! 俺達が来たからにはもう大丈夫!」

 

 不安げな乗組員たちに優しい口調で声をかけたのは、ヨーロッパ・アフリカ第6班班長、ジョセフ・G・ニュートン。

 

 その手に握られているのは、“恐ろしいほど滑らかな切り口で縦に両断されたテラフォーマーの死体”。

 

 

 

「つ、強い……」

 

 集まった乗組員たちの中、無意識に百合子の口からそんな言葉が漏れる。

 

 ――彼女と燈が幼少期を過ごした孤児院は『膝丸真眼流』という古流武術の道場でもあった。燈以外に習っている者もほとんどいない寂れた流派だが、その『体得者』はまさに百戦錬磨の強者というにふさわしい実力と風格を持っていた。

 

 そんな彼らと日常的に触れ合っていたからこそ、百合子は瞬時にオフィサー達(彼ら)の実力を理解した。百合子自身は言うに及ばず、生身で熊と戦えるだけの戦闘力を誇る燈や、人間より優れた身体能力を持つテラフォーマーですら、その実力は彼らの足元にも及ばない。

 

 

「えー、色々言いたいこともあると思うが……この通りだ」

 

 鷲掴みにしたテラフォーマーの死体を乗組員たちに見せつけながら、アシモフは泰然とした様子で声を張り上げる。

 

「小町艦長より作戦の説明がある! 全員そのまま、静聴!」

 

 格納庫に響いた雷のようなその声に、乗組員たちは思わず背筋を正した。水面を打ったような静けさの中、小吉が口を開いた。

 

「これより緊急着陸プランδに則り、本艦からの脱出を開始する!」

 

 そう言って、小吉は『プランδ』の内容を端的に乗組員たちへと伝える。

 

 ――班ごとに6機の脱出機に分乗し、墜落しつつあるアネックス本艦を脱出すること。

 

 ――テラフォーマーの襲撃のリスクを分散するため、脱出機はそれぞれ別の方向に射出されること。

 

 ――着陸後は、無線で連絡を取り合いながら速やかにサンプルの確保を行うこと。

 

「合流までに各班でサンプルを既定量確保することが好ましいが……脱出機に積んである薬は数が少ない。不必要な戦闘は避け、生存と他班との合流を最優先に行動しろ! いいな!?」

 

「「「はい!」」」

 

 乗組員たちから返ってきた声に頷くと、小吉は壁に取り付けてあるボタンを押す。同時に彼らを取り囲む6つのシャッターが開き、格納庫へと続く通路が顔を出す。それを見た小吉が指示を出そうとしたその時、1班の列から慌てた様な声が上がった。

 

「ま、待ってくれ、艦長!」

 

 声の主は、マルコスだった。周囲の乗組員たちの視線を一身に浴びながら、マルコスが続ける。

 

「大河の奴がまだ来てない! このまま置いてく訳にはいかねえ!」

 

「ミッシェルさん、キャロルもだ!」 

 

 彼の言葉に追随して、今度は2班の隊列の最前に立つ燈が声を上げた。

 

「俺達を逃がすために、Sエリアでテラフォーマーと戦ってる! それに2人だけじゃない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「なっ……!?」

 

 ミッシェルの顔に動揺と困惑の色が浮かぶ。一方で隣に立つ小吉は、まるでこの事態を予期していたかのように、落ち着いた様子で乗組員たちへと指示を飛ばす。

 

「各班、すぐに点呼! 欠員を確認したら、班長まで報告を!」

 

 彼の言葉を受け、すぐに乗組員たちはすぐさま自班の顔ぶれを確認し始める。間もなくそれを終えると、彼らは己の班長の下へと駆け寄った。

 

 

 

 

「小吉。私達の班は、大河君以外は全員そろってる」

 

「……ああ、分かった」

 

 

 

「ミッシェルさん、俺達の班でいないのはキャロルだけだ!」

 

「くそっ、どうなってやがる……!?」

 

 

 

「隊長……ニコライが、いません」

 

「あァ?」

 

 

 

「ミンミン班長、僕らのとこは――」

 

「どうやら……リンファがいないみたいだな」

 

 

 

「ジョセフ班長! カリーナが、まだクルー居住区に……!」

 

「そうらしいね……これはマズいな」

 

 

 

 次々と上がる報告に、格納庫の中に困惑と不安が満ちていく。今この場にいない者はゴキブリに殺されたのか? それとも逃げ遅れたのか? あるいは、戦っているのか?

 

「アドルフ班長っ!」

 

 情報が錯綜する中、隊列の合間を縫ってエヴァがアドルフの前へと飛び出した。

 

「バ、バスティアンさんがいません! も、もしかしたら、ゴキブリに――」

 

 今にも泣きだしそうな声で続けようとするエヴァ。アドルフはそんな彼女の頭に右手を乗せてそれを遮ると、袖口に仕込んだ薬を取り出した。

 

「……艦長、他の乗組員たちを連れて脱出機で待機を。その間に俺が――」

 

「いや、その必要はない」

 

 アドルフの言葉を遮って小吉が告げたのは、実に彼らしくない台詞だった。その言葉に多くの乗組員たちがどよめき、隣に立つ奈々緒がぎょっとしたように小吉を見つめた。

 

「……部下を見捨てろと?」

 

 アドルフが小吉に言う。アドルフをよく知る者ならば、今の彼の言葉には非難と怒りが混ぜ込まれていたことに気が付くだろう。

 

 無論、小吉もアドルフを良く知る人物の一人。彼は誤解を解くために「違う」と断言して首を横に振った。

 

「本当に()()()()()()()。そいつらなら、自力でここまで来るはず……そうじゃないと意味がないからな」

 

「? 何を――」

 

 アドルフが言いかけたその時、格納庫の入り口の扉が再び音を立てて開いた。この場に集まった乗組員たちの中に扉の近くに立っていた者はいない。即ち扉は()()()()()()()()()()()()()

 

「――ッ!」

 

 音を聞いた時点である可能性に思い至り、燈の背をゾッと悪寒が這う。頭から抜け落ちていたが、艦内に侵入したテラフォーマーの数は全部で15匹。オフィサーと副班長が確実に仕留めたテラフォーマーの数は9匹。

 

 つまり、()()6()()()()()()()

 

「――!」

 

 薬を持っている幹部たちは入り口から離れた場所に集まり、自分達はそちらの方向へと体を向けている。つまり自分達は今、いつテラフォーマーが来るとも分からない通路へと無防備な背中をさらしている状態だ。

 

「まずい――ッ!」

 

 幹部を除けば、おそらくその反応は誰よりも速かっただろう。すぐさま体を反転させた彼は、腰に下げた己の専用武器の柄へと手をかけ――そして、予想とは違ったその光景に動きを止めた。

 

 扉を潜り抜けて入ってきたのは、テラフォーマー――ではなく、6人の乗組員たちだった。男性と女性が3人ずつ、計6人。整然とした足取りで歩くその姿は、凱旋を果たした騎士団のそれを彷彿とさせる。

 

「あ、え……?」

 

「な、何で……?」

 

 遅れて振り向いた乗組員たちも、その多くが自分の目に映ったものが信じられずに愕然と立ち尽くす。避難の間際、彼らが戦う姿を見ていた乗組員たちでさえ、何も言えずに息を吞んだ。

 

 

 

 ――ほとんどの乗組員たちは、彼らの内の誰かのことは『知っていた』。

 

 

 

 ある者は友として、ある者は相談相手として、ある者は頼れるリーダーとして……彼らという人間を、その人柄を知っていた。

 

 だが今この瞬間まで、乗組員は誰も……あるいは、事前に事情を知らされていた小吉でさえ、知らなかった。

 

 彼らがこの瞬間まで隠していた、本当の実力を。

 

「なるほどな……クロード博士の言ってた『潜入員』ってのは、お前らだったか」

 

 そう言って小吉は、乗組員たちの視線を浴びながら立ち並んだ6人を見つめた。

 

 

 

「少し遅れちまったか」

 

 開口一番にそう言って、東堂大河は乗組員たちを見渡した。既に彼のリーゼントは元の黒色へと戻っており、破れた隊服の袖以外に変態の痕跡は残っていない。

 

「だが、見ての通りだ。艦内に侵入した残りのゴキブリは、俺達で仕留めといたぜ」

 

 そう言って大河は笑うと、その手の中にあった物を乗組員たちに見せつけるように持ち上げた。

 

 それは“上半身だけになったテラフォーマーの死体”だった。右肩から左脇にかけて両断された、ジョセフと同じ斬殺死体。しかしその切り口はジョセフのように鋭利に切断されたものとは違って粗く、むしろ鋸のような刃物で『引き裂かれた』ような印象を与える。

 

 

 

「よかったぁ……みんな無事みたいだね」

 

 キャロル・ラヴロックはほっと安堵の息を吐くと、日焼けしたその顔にいつも通りの柔らかく、それでいて明るい笑みを浮かべた。

 

 そんな彼女が腕に持っているのは、『何かの結晶が胸に突き立てられたテラフォーマーの死体』。遠目にはガラスのようにも見える円錐状のそれは、テラフォーマーの急所である食道下神経節を正確に貫いていた。

 

「あー……ところで皆」

 

 ――だが、彼女へと向けられた視線が集まっているのは、彼女が持つ死体ではなかった。

 

「あ、あんまりじーっと見ないでほしいなぁ……いや、気持ちは分かるんだけど。その……凄く恥ずかしいんだ、これ」

 

 キャロルは仄かに頬を赤らめると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そっとテラフォーマーの死体を自分の体の前へと抱え上げた。

 

 

 

「なるほどね……」

 

 ニコライ・ヴィノグラードは素早く視線を巡らし、乗組員たちの様子を観察する。

 

 ――この状況そのものに混乱してる奴らが6割、俺らが『何』なのか分からず困惑してんのが2割、こっちの出方を待ってるのが1割……。

 

「でもって、ごく一部が敵意寄りの警戒ね」

 

 ニコライが目を向けた先には、彼の所属するロシア班の班員たち。

 

 理解が追いつかずに固まっているイワンを除き、彼らは自然体を装いながらも既に戦闘態勢に移行している。おそらくアシモフの号令さえあれば、すぐにでも自分は10人近い軍人に強襲されることになるのだろう。

 

「こうなんねーようにムードメーカーを気取ってみたんだが……やっぱダメか。ま、こんなもん持ってる時点でアウトだよな、そりゃ」

 

 そう言って肩を落とした彼の手には、“喉に空いた穴から煙を噴き上げるテラフォーマーの死体”。抉られたようにも、焼き熔かされたようにも見えるそこからは、焦げ付いたテラフォーマーの体内がチラリと覗いている。

 

「ったく、メンドくせーなぁ。どーしたもんか」

 

 ニコライはそう言うと、わしゃわしゃと己の頭を掻いた。

 

 

 

「……あ、(ホン)

 

 (フー) 鈴花(リンファ)は乗組員たちの中に友人の姿を見つけると、隊列などお構いなしと言った様子で彼女の下へと駆け寄った。

 

「大丈夫? 怪我はない?」

 

「私は、その……な、なんとか」

 

 近づいてきたリンファに頷きながらも、紅の視線は無意識のうちに別の方向へと向けられていた。

 

 紅の視線の先にあったのは、リンファがその手に握る”体の前面に小さな傷が刻まれたテラフォーマーの死体”。銃創を思わせるその傷は左右に12個ずつ、計24個。何か規則性があるかのように、等間隔でつけられていた。

 

「紅?」

 

「ひゃいっ!?」

 

 息の熱を感じるほどの距離で顔を覗きこまれ、我に返った紅が悲鳴を上げた。そんな彼女の様子を見て何を勘違いしたのか、リンファは無表情ながらも自信ありげに断言した。

 

「不安かもしれないけど、大丈夫。紅は私が守る……だから、安心してほしい」

 

 いつも通り猫を思わせるマイペースさだが、スレンダーな胸を張るその姿は不思議と頼もしい。彼女の言葉に、紅は無意識のうちに頷いていた。

 

 

 

「ふふ……カリーナ・チリッロ、クーーーーールに帰還、です! ……ぜぇ、はぁ……」

 

 肩で息をしながらそう言うと、カリーナ・チリッロは額に浮かんだ汗をぬぐった。

 

 ――カリーナが息を荒げている原因は、彼女が引きずるテラフォーマーの死体にあった。

 

 “()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()グロテスクな死体”だ。その上死体は既に腐敗が始まっているらしく、少し動かしただけでボトボトと肉がこそげ落ちるような有様。

 

 体力のないカリーナにとって、状態が悪い上に重い死体を格納庫まで運ぶことがかなりの重労働であることは、想像に難くなかった。

 

「あちょ、待っ……おげっ、ゲホっ! オェ……!」

 

 どうやら、この格納庫へと入って来た際も大分無理していたらしい。咳き込むその姿に彼女の提唱するクールさは欠片もなく、それを見つめる乗組員達の視線もどこか生暖かかった。

 

 

 

「脱出機は……よし、無事だな」

 

 最後に入ってきたのは、バスティアン・フリーダー。彼は通路の向こう側に見える脱出機を確認すると、静かに呟いた。

 

 その手に握られているのは、”何かで全身を塗り固められたテラフォーマーの死体”。コンクリートかセメントを思わせる物体で厚いコーティングを施されたそれは、死体というより石像か彫刻と表現したほうが適格だろう。

 

「目下の障害は排したが……気を抜くなよ、お前ら。俺達の任務は、ここからが本番だからな」

 

 バスティアンが肩越しに声をかけると、他の潜入員たちが各々返事を返した。

 

 

 

「艦長ォ……こりゃどういうことだ?」

 

 アシモフのその一声で、格納庫内の空気が音を立てて凍り付く。

 

「さっきの口ぶり、あんた何か知ってんだろ? 説明してくれねぇか……俺の目の前で何が起きてるのかよ」

 

 そう言ったアシモフの口元には笑みが浮かんでいるものの、その目に浮かぶ疑念と警戒は隠しきれない。他のオフィサーも彼ほどではないものの、強い怪訝の色を浮かべている。

 

 ――ここが正念場。

 

 小吉は息を吸うと、まずは真っ先に伝えるべきことを口にした。

 

「まずみんな、安心してほしい――彼らは味方だ」

 

 彼の言葉に、数人の乗組員たちの面持ちが幾分和らいだ。小吉はそれを認めると、事前にクロード達と打ち合わせておいた台詞を続ける。

 

()()()()()、クロード博士からアネックスへ通信が入った。通信の要点は2つ。時間がないからかいつまんで話すが――1つ目は、『クロード博士が独自に手配した救助艦が、既に火星で待機している』ということ」

 

 小吉の言葉に、乗組員たちがどよめいた。

 

 本来ならば火星と地球の距離を考えた場合、各国から派遣された救助艦が火星に到着するのは最速でも39日後。その間彼らは、物資も乏しい状態でテラフォーマーと戦い続けねばならない。

 言うまでもないことだが、この任務内容は非常に過酷だ。乗組員たちが生存できる確率は、どう見積もったとしても、高いとは言えないだろう。

 

 しかし、任務初日にして既に救助艦が到着しているとなれば話は別だ。補給もない中、39日も耐え忍ぶ必要はない。早いうちに救助隊と合流して救助艦まで避難することができれば、大きくリスクを減らすことが可能だ。

 

「そして2つ目が、『その中でも特に腕利きの隊員が、合流までの護衛を務める』ということ。彼らがその護衛だ」

 

「なーるほど……随分と都合がいいこともあるもんだな」

 

「っ! おい、アシモフ!」

 

 皮肉気にアシモフが言うと、ミッシェルが非難するように彼を睨む。しかしそれを真正面から受け止めると、アシモフは「何か間違ったこと言ったか?」と続けた。

 

「アネックスが襲われたと思ったら、潜入員とやらが俺達を助けた。明らかにタイミングが良すぎるんだよ。それに本当に味方だってんなら、最初から俺達に伝えられてねぇのもおかしいだろうが」

 

「っ……!」

 

 それに反論する言葉を、ミッシェルは持ち合わせていなかった。黙り込んだ彼女から視線をずらすと、アシモフは潜入員たちへと視線を向けた。

 

「率直に言って、俺はお前らを信用できねぇ。本当に味方だってんなら、何か証拠を見せてほしいもんだ」

 

「……まぁ、普通はこの状況で信じねえよなぁ」

 

 同意するようにそう言いながら、面倒くさそうな表情を隠せない大河。彼はそのまま右を向くと、自分達の指揮官へと指示を仰いだ。

 

「で、どうすんだバスティアン? このままじゃ、俺らの任務に支障が出かねないぞ?」

 

「ふむ……」

 

 潜入員たちの視線を受け、バスティアンは考え込む。それから数秒後、彼は静かにアシモフの要求に応え得るものに思い至った。

 

「我々の身元なら、これが証拠になるはずです……お前ら、()()()を」

 

 そう言ってバスティアンは前に進み出ると、コートの襟を裏返した。指示の意図を理解したらしい他の5人もそれに続く。

 

 彼らの襟にあったのは、アネックスの乗組員ならだれでもつけている所属国の国旗を象ったバッジ――と、もう一つ。五芒星とフラスコを重ね合わせた紋章のバッジだった。

 

「! それは確か、クロード博士の……」

 

 思い出したようなジョセフの言葉に、バスティアンが頷いた。

 

「クロード・ヴァレンシュタインの関係者に与えられるバッジです。これで我々の所属については納得していただけるかと」

 

「おっと、隊長。『そんなもんいくらでも偽造できるだろ』は言いっこなしですよ? それいい始めると、堂々巡りになっちまうんで」

 

 ニコライに釘をさされ、アシモフが小さく舌打ちする。それを見て、ようやく息が整ってきたらしいカリーナが口を開いた。

 

「付け加えるなら、侵入してきたテラフォーマーの数が多すぎるのでは? もし私がマッチポンプを狙ってゴキブリを招き入れるなら、クールに集会の時間を狙って6匹だけ放ちますね。そうすれば、最小のリスクでほぼ最大のリターンが得られますから」

 

「……確かにな」

 

 カリーナの言葉を、渋々と言った様子でアシモフが肯定する。

 

 

 

 乗組員たちの信頼を勝ち取りたいのなら、より多くの人が集まっている場所で行うのが最も効果的。だが居住区にいたカリーナを除き、大衆の目に触れる場所で戦闘を行った者はいない。

 

 それに言うまでもないことだが、テラフォーマーは立ち合えばいつ殺されてもおかしくない相手だ。それを彼らにとっての命綱である薬品庫や武器庫付近に放ち、そこで一対一で交戦するメリットはほとんどないといっても言い。つまりテラフォーマーの襲撃に関していえば、潜入員たちはほぼシロであるといっていいだろう。

 

 

 

 アシモフ以外のオフィサー達の反応は様々だが、その表情を見るに概ね納得はしたらしい。

 

「――皆、墜落までもう時間がない! 悪いが、詳しい話は後にしてくれ!」

 

 空気を変えるように手を叩きながら、小吉は声を張り上げる。

 

「彼らと現地で待機している救助艦については、俺が責任を持って保証する! その立場も、実力もな」

 

 それが鶴の一声となった。小吉は乗組員たちが落ちついたのを確認して、作戦開始の号令を口にした。

 

「繰り返すが、脱出後はサンプルの確保よりも他班や救助隊との合流を優先すること! 着陸後は状況に応じてアネックス――あるいは救助艦『アーク1号』へと向かってくれ! 態勢を立て直し次第、サンプルの確保を開始する! さぁ、お前ら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――隊列(なら)べ! 脱出()るぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





【オマケ】希望の生物 潜入員編(術後)

大河「まぁ、何でも良いとは言った。言ったが……誰がエイリアンで手術しろって言った!? おい、大丈夫なんだろうな!? 偽装の方の可愛さが微塵もねーが、本当に誤魔化せるんだろうな!?」

キャロル「あ、あのさ、言いづらいんだけど……とっ、特性使うとおっぱいが大きくなるの何とかならない? ――え、要望通りの癒し要員? ち、ちがっ!? アタシの言う癒しって、そういうエッチな意味じゃ……!?」

ニコライ「よっしゃ、それっぽいの来たァ!! ……あ゛っ!? いや、これはそういうんじゃなくてですね――だからその笑顔やめろっての!?」

リンファ「ぜつぼーした。このベースは食べられない……ふぁっきゅー」

バスティアン「……皮肉だな。よりにもよって、この生物が適合するとは――いや、気にしないでくれ。完全にこちらの話だ。要望通りの手術、感謝する」

カリーナ「ふむ、またエグイの持ってきましたね。まぁいいでしょう。で、戦うときはこの専用武器を起動して、敵に触手で刺せばいいんですね? では早速、プスッと……きゃああああああああああ!?」(SANチェック)



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