贖罪のゼロ   作:KEROTA

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第39話 OPEN GATE 新たなる道

『鬼』は、古来より伝わる畏怖の象徴である。

 

 その言葉から連想するのは、「強大さ」「荒々しさ」「恐怖」といった要素。その名を聞いて真っ先に思い浮かべるのは、赤く屈強な肉体に二本の角、虎の毛皮の腰布を巻いて金棒を持った妖怪だろう。

 

 その一方、鬼の語源は一説によれば『隠ぬ(おぬ)』であるとされ、姿なき者としての意味合いを持っていたという。

 

 ――オニイソメ。

 

 果たしてこの和名をつけた生物学者たちが、どこまで民俗学的な知識を持っていたかは定かではないが、少なくともこの生物に関していえばこれ以上にないネーミングだろう。

 

 

 

 哀れな犠牲者は、死の寸前まで姿なきオニイソメの存在に気が付くことはない。末期の瞬間、彼らは自らに襲いかかる荒々しくも恐ろしき『死』を目の当たりにし――その直後には、地獄へと引きずり込まれることになるのだから。

 

 

 

「……変態完了」

 

 フゥと深く息を吐きながら、大河は呟く。額に生えた五本の触角も相まって、その相貌はまさしく鬼と形容するに相応しい気迫があった。大河は眼前のMO型テラフォーマー2匹に向けて、腕に生えたオニイソメの大顎を構える。

 

 

 

「さぁ、覚悟し「待て、大河ッ!」……なんだよオイ」

 

 

 

 ビシッと言い放った決め台詞に声を重ねられ、出鼻をくじかれた大河が不機嫌そうに振り向く。その両目には、変態してこちらへとかけてくるマルコスの姿があった。

 

「マルコスか。丁度いい、俺があのゴキブリ共をぶちのめす。お前はその間に、脱出機の進路を偵察して――」

 

「いや、俺にもやらせてくれ」

 

 大河の声を遮り、マルコスはそう言った。変異して彼の額に現れた6つの目に、怪訝そうに眉を顰める大河の顔が映る。

 

「……奴らはそれほど強いわけじゃないが、何か隠し玉を持ってる。不測の事態を考えりゃ、脱出機を守るランカーは多い方がいい。分かってんのか?」

 

「ああ、無理言ってんのは承知の上だ……けど」

 

 そしてマルコスは、胸中に渦巻く激情を吐きだした。

 

「このままじゃ引き下がれないんだよ! シーラを殺そうとしたゴキブリにも、それを止められなかった俺自身にもムカつくんだ! このまま何もしなかったら、多分俺は次もシーラを守れない! 頼む大河、俺にもやらせてくれ」

 

 自らを見つめる8つの瞳に、大河はしばし沈黙する。

 

 彼の要求を突っぱねるのは簡単だ。だが――。

 

 

 

 

「……まぁ、俺が決める話でもねえわな」

 

「っ! すまねぇ、ありがとう!」

 

 頭を下げるマルコスに、大河はきまり悪そうに首筋をかいた。

 

 ――断れない、断れるはずがないのだ。

 

 今のマルコスの言葉は、彼が抱いている思いは、大河自身が戦う理由に他ならないのだから。

 

「ゴミムシの方を頼んだ、マルコス。あっちのウネウネした奴は俺がやる」

 

「ああ、任された!」

 

 そう答えるや否や、大河の隣にいたマルコスの姿が一陣の風と共にかき消えた。

 

「じ……ッ!?」

 

 その瞬間、ミイデラゴミムシ型テラフォーマーの尾葉(レーダー)は、強烈な気流の流れを察知した。彼が身を翻せば、己の背後にはほんの一瞬前まで目の前にいたはずのマルコスの姿があった。

 

「やっぱ本物に比べりゃ大したことねーな……こんなのにしてやられたとか、情けなさすぎるぜ俺。イカ野郎にゃ絶対見せらんねぇ」

 

 ミイデラゴミムシ型は射程に入った人間に掌を向ける。だがその掌からベンゾキノンが放たれる頃には、既にそこにマルコスの姿はない。

 

「だからまぁそういうこった、教官モドキ」

 

 背後から聞こえた声に、ミイデラゴミムシ型は腕を薙ぐ。正確に距離を捕らえたはずのその一撃はしかし空を切り、数m離れた位置に佇むマルコスは、それを見て不敵に笑う。

 

 

 

「さっきまでの腑抜けた俺ごとお前をぶちのめして、俺は進んでやる」

 

 

 

 

 

 マルコス・エリングラッド・ガルシア

 

 

 

 

 

 

 

 国籍:グランメキシコ

 

 

 

 

 

 

 

 16歳 ♂

 

 

 

 

 

 

 

 174cm 69kg

 

 

 

 

 

 

 

 MO手術 “節足動物型”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ―――――――――――― アシダカグモ ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よそ見たぁ余裕だな、透明野郎」

 

 ミイデラゴミムシ型の加勢に向かおうとしていたクリオネ型テラフォーマーは、咄嗟にその場から飛び退いた。直後、空間を切り裂いたのは黄金の斬撃。下手に飛び出していたら、今頃自分の首は地面に落ちていただろう。

 

「さて、待たせたな。そんじゃ、サクッとやられてくれや」

 

 黄金の刃をこすり合わせて火花を散らしながら、大河は中腰になる。まるで脚部に、力を溜めているかのように。

 

「ああ、言い訳も命乞いもしなくていいぜ。聞く気がねえからな。逃げてもいいぞ」

 

 もっとも、と大河は続ける。

 

 

 

「逃がさねぇけどな」

 

 それと同時に、バチン! と何かを弾くような音がして。

 

 大河の体は放たれた矢のように、クリオネ型目掛けて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ――地球、字浦市にて。

 

 

 

「MO手術のベースは、通常1人につき1つ……私が思うに、この前提は間違っている」

 

「……ど、どういうことです?」

 

 クロードの口から告げられたその言葉に、本多は訝し気に問い返した。

 

「20年前にも、技術革新はありました。例えば、私が蛭間くんに施したMO手術はネムリユスリカと人間を細胞レベルで同期させる特別なもの。ドイツは非公式ながらもヒトデや魚類でのバグズ手術を成功させていたし、他ならないあなた自身が群体動物による手術の生きた成功例でしょう。ですが――」

 

 本多は手に持っていたグラスを脇へと置いた。静かな空間にコトリ、と音の波紋が木霊する。

 

「それでも、複合型の手術を成功させることはついぞできかった。唯一の成功事例であるイヴも既に死亡済み……いや、彼も厳密には()()()()()()()()()()()()()

 

「バグズ手術がMO手術へと移行した現在でもそれは同じですよ、博士」

 

 本多の言葉に、七星が頷いた。既にグラスは空になっているが、その顔に酔いは微塵も表れていない。彼は理性的に、クロードへと言葉をかけた。

 

「『闇のジェド・マロース事件』のヴワーク・ヘブセンコ。スカベンジャーズ達が交戦したレイナ・ヤマバ。両者は複数のベース生物による手術を受けていましたが、いずれも体が負荷に耐え切れずに死亡しています」

 

 

 

 ――複数の生物の特性を使用できるようにする。

 

 

 

 MO手術に携わる研究者ならば、誰しも一度は考える発想だろう。ベース生物の当たり外れに左右されるとしても、基本的には手術を受けて弱くなるということはない。ならば1つよりも2つ、2つよりも3つという考えに至るのは、何もおかしなことではない。

 

 しかしそれは同時に、有識者であれば誰もが一笑に付す発想でもある。多重ベースは実現すればこの上なく有益。だがこの技術は、実現するまでのハードルが高すぎるのである。

 

 まず、そもそも素体が複数の生物に適合するかどうかという点。次に、複数の生物による手術を成功させるだけの技量を、技術者が有しているかという点。

 

 そして――。

 

「最大の問題として、仮にこれら2つの課題をクリアしても、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人間の細胞は脆弱だ。MO手術で組み込む生物が1種類の時点で、手術の成功率は既に5割を切っているのだ。その種類を増やしていけば、成功率が下がるのは火を見るよりも明らか。仮に手術自体が成功したとしても、細胞が定着するかどうかという問題もある。

 

 七星が挙げた2者は最後のハードルをクリアすることができず、死亡している。唯一、日本の皇宮護衛官である風邪村(かぜむら)一樹(いつき)は、後天的な手術を複数回受けて存命中の人物であるが、それは彼の天性の肉体に由来するもの。常人の体では、多重ベースの負荷に耐えられない。

 

 だからこそ、先天的にベース生物を獲得することができるミッシェル(ファースト)(セカンド)は特別なのだ。

 

 しかし――。

 

「いや、2人とも少し難しく考えすぎだ。そうだな……少し表現を変えてみよう」

 

 クロードは七星の言葉に否とばかり、首を横に振る。その言葉の真意を掴めずに困惑する七星と本多へ、クロードは更に続けた。

 

「アドルフ・ラインハルトと小町小吉を除き、()()()2()()()()()()()()()()()()()()――先程MO手術の説明をされたばかりの本多博士はともかく、七星君ならこの説明で分かるはずだ」

 

「! なるほど……『ツノゼミ』ですか」

 

 合点が言ったように、七星が呟く。

 

 旧式人体改造術式である『バグズ手術』の最大の目玉は、昆虫の細胞をその骨肉に取り込むことで、強化アミロースによる甲皮と開放血管系を獲得できる点にあった。昆虫類が有するこの普遍的な特性は人間の基礎的な運動能力を向上させ、ある程度過酷な環境でも活動を可能にするというメリットがある。

 

 MO手術では昆虫型以外の生物による手術も可能になったが、例えば哺乳類や魚類などの手術ベースでは、過酷な火星で活動するのに十分な基礎能力は得られない。この課題を解決するため科学者たちが『昆虫類の細胞を上乗せする』という発想に至ったのは必然であっただろう。そこで脚光を浴びたのがツノゼミだ。

 

 

 

 昆虫綱カメムシ目ツノゼミ。

 

 

 

 この昆虫は毒針を持たず、強靭な筋力や脚力も持たず、酸やガスを吐くわけでもなければ、糸を紡ぐこともできない。

 

 この生物の最大の特徴、それは『形状の多様性』にある。ツノと冠する通り、この昆虫は胸部背面に角上の構造が存在しているのだが、その形は種によって千変万化、千差万別。我々人間の完成ではおよそ理解しえない、奇妙な形状をしているものも少なくない。

 

 そして、この多様性にこそ科学者たちは注目した。種によって形状が違うということは、ベース生物によって最適なツノゼミを選ぶことができるということ。強化アミロース皮に開放血管系という科学者たちの要求も満たしており、MO手術に用いるには最適な生物だったのだ。

 

 かくしてツノゼミの上乗せ技術が開発されたことによって、『昆虫以外の手術ベースを用いたバグズ手術』は『MO手術』へと昇華されたのである。

 

「そう、正式なMO手術の被験者は全員、従来のベースに加えてツノゼミの特性が上乗せされている。私はここに着目し、そして考えたんだ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とね」

 

 瞠目する本多と七星に、クロードは薄く笑みを浮かべてさらに続けた。

 

「結論から言えば、可能だったよ。ツノゼミは異なるベース生物同士をくっつける接着剤の役割を果たしてくれたんだ。この特性について研究を重ねることで――MO手術ver(バージョン)『H』、ツノゼミ累乗術式『Hyde』は完成した」

 

 クロードはそう言ってグラスを傾ける。からん、と涼し気な氷の音を聞きながら、彼の目はどこか遠くを見つめている。

 

「勿論、何もかも思い通りにいったわけじゃなかったけどね。まず、脊椎動物の上乗せは不可能だった。ツノゼミの細胞が潰されてしまうから、露骨に強い生物同士――例えば、パラポネラの被験者にオオスズメバチを累乗することもできない。とどめに手術の成功率も28%まで下がる……とまぁ、これだけ聞くとかなりひどい技術だ」

 

「それらのデメリットを踏まえて実用化に踏み切ったということは、この技術には大きなメリットが?」

 

 本多が問いかけに、クロードは首肯する。それから彼は、ピースサインをするかのように右手の指を二本立てて見せた。

 

「この技術の利点は2つ。1つは、本来の手術ベースと能力を組み合わせ、戦略に幅を持たせることが可能になるという点だ」

 

 その言葉に、2人が頷く。これは、ある程度予想できていた点だ。

 

 例え強力なベースを重ねることが不可能でも、2つの手術ベースを持てるということは大きなアドバンテージとなりうる。

 

 戦闘向きのベース生物であれば、累乗ベースを補助に回すことで攻撃性能の上昇や弱点の補強ができるだろう。あるいは戦闘向きのベース生物でなくとも、組み合わせ次第では思いもよらない奇天烈な戦法をとることもできるようになるはずだ。

 

「だが、これだけではまだリスクとリターンの採算が合わない。この技術の最大の利点はもう1つの部分、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ……ど、どういうことです!?」

 

 クロードの言葉に、本多が思わずカウンターから身を乗り出した。隣で説明を聞いていた七星も、思わず体ごとクロードの方を向いている。

 

 MO手術は被験者に適合する生物でしか施せない、という前提を覆されたのだ。2人の反応は当然といえた。

 

「言葉通りの意味だよ、本多博士。『Hyde』で使う累乗ベースは、本来のベース生物に上乗せされたツノゼミに、更に上乗せするもの。被験者の細胞との間にはツノゼミと本来のベース生物という2つのクッションがあるから、直接適合している必要はない。

 勿論、本人に適合していれば、成功率は上がるが――『脊椎動物でないこと』と『強すぎるベース生物を組み合わせないこと』。この2点さえ守れば誰に対しても、どんな生物であっても施術可能だ」

 

 何でもないことのように語るその様子に、本多は息を吞んだ。

 

 ――見くびっていた。かのアレクサンドル・グスタフ・ニュートンをして、「ダ・ヴィンチの再来」と言わしめた、彼の技術力を。

 

 火星と時差なく通信するための機器の開発、MO手術の成功率の向上。この数年の間に、彼がU-NASAで挙げてきた功績は数多い。しかし、それすらもほんの氷山の一角にすぎなかったのだ。

 

 U-NASAの全科学部門の最高責任者として手腕を発揮する裏でアーク計画を進行し、幾つもの新技術を開発する。これだけのことをやってのけるなど、常人には不可能だ。

 

「『Hyde』は他の2つに比べると癖のない手術でね。比較的に多くの団員に施すことができた。基本的にこの手術を施した団員たちは『アークランキング』――マーズランキングのアーク版みたいなテストでも、トップランカーに食い込んでいるよ。さて、せっかくの機会だし……」

 

 

 

 残り2つの技術についても、説明しておこうか。

 

 

 

 どこか楽し気なクロードに七星は密かにため息を吐き、本多は内心で頭を抱えた。今夜、自分は何度常識を壊されることになるのだろうか、と――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「おっと、こいつを避けるか」

 

 驚いたように声を上げる大河。その目の前に落ちているのは、クリオネ型の半透明な右腕。しかし本体は未だ健在で、大河から少し離れた位置で様子を窺っている。

 

「獲ったと思ったんだがなぁ……」

 

 先ほど大河が仕掛けた一撃は、彼に与えられた累乗ベースである『ムシャシロアリ』によるものだった。

 

 シロアリといえば、家を食い荒らすことで有名な害虫であるが、種類によっては様々な特性を兼ね備えていることも少なくない。そしてムシャシロアリもまた、奇妙な特性を備えているシロアリの一種だ。

 

 このシロアリは左右非対称に捩じれた奇妙な顎を持っているのだが、それをパチン! とはじくことで、跳躍することができるのだ。

 

 この特性はばね(スプリング)開閉機構(ラッチ)を組み合わせた特殊な構造によって引き起こされるもので、ムシャシロアリ以外には一部の蟻や蜘蛛にも見られるものだ。この仕掛けで生み出されるエネルギーは筋力の限界を遥かに超えて、爆発的な力を発揮することができる。

 

「……まぁいい、どっちにしろ遅いか早いかの違いだしな」

 

 大河の言葉と同時に、クリオネ型の傷口から右腕が生えてくる。軟体動物類の特性である、高度な再生能力が為せる業だ。

 

 彼は口から6本の触手を展開し、その一本一本に翅の裏に隠し持っていた石製のナイフを持たせ、身を低くかがめる。

 

「やっとやる気になったか……けど、ちょっと遅かったな」

 

「じ……!?」

 

 大河が言ったその瞬間、彼の眼前でクリオネ型が膝を折った。

 

 特段、大河が何かをしたわけでもない。だが、クリオネ型の四肢は言うことをきかず、口から飛び出したバッカルコーンも石造りのナイフを取り落とした。

 

「悪いな、こいつは“仕込み刀”なんだ。お前の体は今、傷口から沁み込んだ毒にやられてる」

 

 そう言いながら、大河は腕を上げて見せる。強靭な黄金の刃、よく見るとその表面にはうっすらと何かの液体の雫が付着していた。

 

 

 

 ――実はあまり知られていないことであるが、イソメ類はその肉体に有毒物質を有している。

 

 釣り餌にイソメを使った際、しばしば指がかぶれたようになってしまった経験はないだろうか? その原因こそがイソメ毒、正式名称を『ネライストキシン』という化学物質である。

 

 この成分は死んだイソメから放出されるのだが、他生物に対する毒性がかなり強い。水槽内にイソメの死体が1匹あるだけで、他の魚が麻痺してしまう程だというのだから相当である。

 加えて高い殺虫作用を有しており、その効果はゴキブリにも有効であるとの実験結果も示されている。

 

 大河の専用武器である【対テラフォーマー大顎一体式毒素分泌ギプス “鬼哭”】は、その濃度を高めて腕の大顎に滲ませるというもの。かくして、毒刀の斬撃を二度受けたクリオネ型に対し、ネライストキシンは牙を剥いたのである。

 

「じ、じ……!」

 

 もはやクリオネ型は立っていることすらできなくなり、地面に倒れ伏してしまう。何が起きているのかも理解できず、もがき苦しむクリオネ型に大河は静かに語り掛けた。

 

「待ってな、今楽にしてやる」

 

 そう言って彼はクリオネ型にとどめを刺すべく、足を踏み出した。脳の片隅でぼんやりと、自らがこの凶星で戦うきっかけを思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ――朝日が嫌いだった。

 

 東の山から顔を出して「さぁ、今日も一日健全に頑張ろう!」とばかり眩しく輝く、太陽の光が大嫌いだった。

 

 時々、自分の中に1つの疑問が湧いてくることがあった。

 

「果たして、自分がお天道様に顔向けできないような生活を送るようになったのはいつからだっただろうか」

 

 その問いに、当時の自分は決まってこう返していた。

 

「生まれた時からだ」

 

 父親はギャンブル好きの飲んだくれ、母親は水商売。三流小説家が考えたような劣悪な家庭で、俺は育ってきた。

 

 家にいれば暴力やヒステリーにさらされ、学校に行けば陰口の良い的。そんな俺が、夜に居場所を求めたのは、ある意味当然だった。

 社会の底辺というレッテル。それを貼られた自分達が、誰の目も気にせず、ありのままの姿でいられるのは夜だけだ。電灯に集まる蛾みたいに、俺たちは夜になると集まって、バカをやって毎日を過ごしていた。

 

 だから夜を追い立てる朝日が、いつも憎たらしかった。「お前らは所詮、お天道さまの下じゃ歩けない社会のゴミだ」と現実を突きつけられているようで、心の底からムカついた。

 

 だが日本の仕組みは元々、脱落者や這い上がれない者に対して冷たい。それを何となく分かっていたから、俺は理不尽に対して腹を立てながらも、それを受け入れながら上手くやっていくつもりだった。

 

 

「り、リーダーが倒れた!?」

 

 

 

 ――あの時までは。

 

 

 

 丁度、1年前だった。俺が所属してた暴走族(グループ)のリーダーたちが、一斉に病にかかった。

 

 世間的には決して褒められた人たちじゃない。だけど、俺みたいなはぐれ者の世話を焼いてくれる、気の良い人達だった。俺も含めて暴走族(グループ)の奴らは皆、あの人たちを慕っていた。

 

 だから、俺達は方々手を尽くした。ネットで情報を集め、名医と紹介されている医者に片っ端から電話をかけ、頼み込んで診察をしてもらった。

 

 だが、あの人たちの病気は奇病中の奇病だった。どんな治療法を試しても、一切効果は上がらなかった。

 最終的には、全員病死。死に顔が苦悶の表情の人はまだましで、人格に変調をきたして狂ったような笑顔で死んだ人や、ひどいと顔中発疹に覆われて元の顔が分からなくなっている人もいた。安らかな死に顔は、誰一人として浮かべていなかった。

 

 兄貴分たちがいなくなると、自ずとまとまりもなくなり、暴走族(グループ)は自然に消滅した。そうして、俺の居場所は夜からすら消えてしまった。

 

 

 

「クソったれ……!」

 

 

 

 自分の居場所がなくなったことも、優しかった彼らが理不尽に死んでいったことも、何もかもが納得できなかった。

 

 居場所を失くして俺は、夜を彷徨う。バイクに乗る気は起きなかった。こんな気分で乗ったら思いですらも穢されてしまいそうで、兄貴分たちが死んだ日から、一度だってあの車体を跨いだことはなかった。

 

 そうして、あてもなく歩き続けて、高架下に差し掛かった時のこと。考え事をしていたからだろう、俺は正面から走ってきた人に気付かず、その肩にもろにぶつかってしまった。

 

「ってぇな! オイ、どこ見て歩いてんだ!?」

 

 思い返すと、自分でもクソダセェことをしていると思う。けどその時、俺は自分のことでいっぱいいっぱいだった。やりきれない感情のはけ口に、俺は運悪くぶつかったそいつを選んだ。

 

「おい、面貸せ」

 

「やだね」

 

 だから、自分にぶつかったそいつがビビる様子もなくそう言った瞬間、閾値寸前だった俺の怒りは、呆気なく大爆発を起こした。

 

「いいから貸せって、言ってんだろうがァ!」

 

 周囲に人がいれば、間違いなく俺は通報されていただろう。俺はそいつに殴りかかった、それもかなり本気で。

 

 メリ、と肉の歪む感触。

 

 そして次の瞬間、()()()()()()()()()()

 

「あ……?」

 

 何が起こったのか分からなかった。仲間内でも、俺はかなり腕っぷしが強い方だった。その俺が何もできずに倒れている、という状況を理解するまでに、数秒の時間を要した。

 

「ヤベェ、つい反射的にやっちまった! オイあんた、大丈夫か?」

 

 俺がぶつかったそいつが、心配そうに顔を覗き込んでくる。ムカつくから拳を振り上げてやったら、そいつはひょいと避けて「なんだ、思ったよりも大丈夫そうだな」なんて笑いやがる。

 

「んっのヤロ……!」

 

「あ、待て、無茶すんな! 顎に一発入ったんだ、お前今脳震盪――」

 

「るせぇっ!」

 

 気遣うそいつの言葉をかき消して、俺は殴りかかる。といっても、既に一発いいのが入ってる俺はフラフラだ。むやみに殴りかかっても、当てるどころかかすりもしない。

 

「クソッたれ……どいつもこいつも、バカにしやがって……!」

 

 数分後、そこには息を切らして這いつくばる俺と、一切傷を負っていないそいつがいた。

 

「やけに血気盛んなヤンキーだな……どうした、何か嫌なことでもあったのか? ここであったのも何かの縁、俺でよければ話し相手になるぞ?」

 

「……誰が、てめぇなんかに」

 

「まーまー、そう言うなって」

 

 そいつは人懐っこい笑みを浮かべ、俺の横にどっかりと腰を下ろした。始めのうちは鬱陶しくてたまらなかったが、そいつの快活な語り口に妙に毒気を抜かれ……気づけば俺は、今までの経緯を全て話していた。

 

「はっ、笑いたきゃ笑え。何もできなかった、愚図な男の話だ」

 

 そう言って俺は、自嘲気味に笑って見せた。だが、話を聞いているそいつの表情は至って真剣で、思わず俺の方が真顔に戻っちまうくらいだった。

 

「笑わない……いや。俺はお前のこと、笑えねえよ」

 

「あぁ?」

 

 意味が分からずに首をかしげる俺に、そいつは「それよりも」と切り出した。

 

「1つ聞きたいんだけどよ……もし仮に、お前の兄貴分たちを殺したウイルスの正体が分かるかもしれないって言ったら、どうする?」

 

「何か知ってるのかッ!?」

 

 思わず詰め寄る俺を手で制しながら、そいつは続ける。

 

「あくまで可能性の話だ。けど、似たような話を聞いた覚えがある。ちょっと待ってろ」

 

 そいつはそう言うとポケットからスマートフォンを取り出し、どこかへと電話をかけ始めた。

 

「あ、もしもしめぐ姉? うん、俺……え? 今何時だと思ってる? いや、悪い悪い。けど、どうしても今確認したいことが――」

 

 どうやら、話し相手は女らしかった。そいつはメモを取りながら、数分ほど電話越しに話し込んでいた。それから電話を切ると俺の方に向き直り、「あたりだ」と言った。

 

「多分だけど、お前の兄貴分たちが感染してたのは、AE(エイリアン・エンジン)ウイルス。ここ20年で流行りだした新種のウイルスだ」

 

AE(エイリアン・エンジン)ウイルス……」

 

 ウイルスの名前が脳内で反響する。リーダーたちを殺したウイルスの名前、自分の最後の居場所を奪ったウイルスの名前。思いがけない切り口から見つけた、奇病の情報。気が付けば俺は、そいつに聞いていた。

 

「おい、そのAE(エイリアン・エンジン)ウイルスってのは、どこで研究してる?」

 

「……それを知って、どうするつもりだ?」

 

 そいつはやや冷淡な口調で、俺に問いかけた。

 

「もう一回聞くぞ。この情報を今からお前に渡すとして、お前はそれからどうしたいんだ? もう、お前の兄貴分たちは戻ってこないんだぞ?」

 

「何がしたいか? そんなの決まってんだろ」

 

 不思議そうに俺を見るそいつに、俺は言った。

 

「このままじゃ終われねぇ。だから俺は、()()()()()()()()()()! どんな手を使ってでも必ず、な」

 

 俺のその言葉にそいつは一瞬キョトンとした顔をして、それから「なるほど、そいつはいいな!」とからから笑い始めた。一通り笑うと、彼は涙をぬぐいながら懐からメモ用紙を取り出した。

 

「U-NASA日本支局ってとこに行ってみな。多分そこなら、詳しい説明をしてもらえるはずだ」

 

 そう言ってそいつは、メモを半ば押し付けるように俺に手渡す。それをポケットにしまいながら、俺はふと気になってそいつに問いかけた。

 

「なぁ、あんた。何で初対面の俺に、ここまでよくしてくれるんだ?」

 

 そう、こいつにとって今の俺は『向こうが完全に悪い上、いきなりキレて襲い掛かってきたチンピラ』だろう。警察に突き出しこそすれ、こうして親しげに接してもらえるとは思っていなかった。なのに、なぜ?

 

「ああ、そうだな……強いて言うなら、お前が俺に似てたからかな」

 

 そう言って、そいつはポツポツと語り始めた。そいつは将来を有望視されていたボクサーだったこと、ボクサーとして目標としていた人がいたこと。

 自分の戦果が振るわず、怪しげな八百長に手を出してしまったこと。そしてそのせいで、憧れの人と誰よりも大切な幼馴染に迷惑をかけてしまったこと。

 そして紆余曲折を経て自分の初心を思い出し、こうして一から鍛え直しているところであるということ。

 

「俺も散々、皆に迷惑をかけてきたからさ。だから今のお前は、ついこの間までの自分を見てるみたいで、放っておけなかったんだ」

 

 そいつはからりと笑うと「さて!」と言って立ちあがった。

 

「それじゃあ、俺はジョギングに戻るからな。縁があったら、また会おうぜ!」

 

「ッ! 待ってくれ!」

 

 そうしては知り出そうとするそいつを、俺は呼び止めていた。不思議そうに振り向くそいつに、俺は名前を尋ねる。

 

「名前? ……ああ! そういや、まだ自己紹介もしてなかったな」

 

 そいつは俺の質問の意図をくみ取り、それから口を開く。丁度その時、狙いすましたかのように夜が明けた。東の山から太陽が顔を出し、高架下の俺達を明るく照らす――けれど、なぜだろうか。

 

「俺は南虎冴(たいが)。しがないボクサーさ」

 

 俺と同じ名前のそいつは、背負った朝日と同じようにとても眩しくて。けれど、そこにいつものような嫌悪感はなく、その代りに不思議な清々しさと満足感があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 気が付けば、大河はクリオネ型を見下ろす位置まで歩みを進めていた。既にマルコスはミイデラゴミムシ型を仕留めたようで、戦闘音は止んでいた。そろそろ、潮時だろう。

 

「なぁ、虎冴さん。俺はやっと……お天道様に顔向けできる道を見つけたよ」

 

 ここには、仲間がいる。もうなくなってしまったと思っていた居場所がある。だからここで手に入れた力は、自分や仲間を、そして皆が集う居場所を守るために振るおう。

 

「だから……悪く思わないでくれよ、テラフォーマー」

 

 そう言って大河はクリオネ型にとどめを刺すため、腕の刃を上段へと構えた。

 

 

 

 

 

「俺達は、こんなところで死んでやるわけにはいかないんだ」

 

 

 

 

 

 オニイソメ最大の武器は、獲物を狩るための大顎である。その威力は時に、獲物となる魚を勢い余って真っ二つにしてしまうほど。

 

 

 ムシャシロアリの最大の武器は、巣を守るための大顎である。特殊な構造で閉じられるその顎は、瞬きよりも速い速度で、侵入者をことごとく巣の外へと叩きだす。

 

 

 ではもしこの両者の利点がかけ合されたそれが、人間大になって振るわれたのなら?

 

 

 

 それは万物を切り飛ばす、最強の断頭台(ギロチン)となるだろう。

 

 

 

 

 

 神速で振るわれた大河の手刀は、クリオネ型の上半身を食道下神経節ごと切り裂いた。例え軟体動物であっても、体の中枢を破壊されてはどうしようもない。やがて完全に動かなくなったクリオネ型を一瞥してから、大河は1人呟いた。

 

「……さて、あんま悠長にはしてらんねぇな」

 

 彼の目に映るのは、ミイデラゴミムシ型を倒したマルコスの姿。だが、大河の顔に仲間が無事だったことへの喜色はあまり滲んでいない。それどころか、どこか険しささえ感じさせる表情で、彼はこう続けるのだ。

 

「嫌な予感がしやがる……さっさと本隊や二班の奴らと合流して、こいつらを安全地帯まで届けてやんねぇとな」

 

 

 

 

 

 

 ――日米合同班合流まで、あと14時間。

 

 

 




【謝罪】9/25追加
 旧39話の終盤シーンのインパクトがあまりに強すぎ、他の描写がかすむという問題が発生したため、終盤シーンを次話に独立させました。ご迷惑おかけします。



【オマケ①】キャラクター紹介②

Q.南虎冴って誰?

A.『外伝 鬼塚慶次』で登場したキャラクター。ヤクザの伝手でツノゼミを使った簡易MO手術を施し、試合で八百長を働いていたボクサー。慶次に憧れているが、同時に割と拗らせている。彼の素手のパンチは鉄製ロッカーを凹ませたり、変態した慶次が甲皮越しでも威力を感じたりとかなりのポテンシャル。ツノゼミやべえ。

【オマケ②】
大河「いいんだ、俺の過去話なんて誰も興味ねえのさ……悪いな虎冴さん、俺はまだ、お天道様にさらされるにゃ早かったんだ……」

ニコライ「メイン回なのにあんまり感想欄で触れて貰えなかった(9/25時点)大河が拗ねたぞぉ!?」

バスティアン「慰めになるかは分からんが、俺はぐっときたぞ、うん……ドンマイ」

カリーナ「く、クールに行きましょう! ここから頑張れば評価もうなぎのぼりですって!」

リンファ「でも、ここで1班のシーンはいったん終了。次は2班とキャロルに視点が移る」

キャロル「この空気で!? いくらなんでもキラーパスすぎるでしょ!?」

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