贖罪のゼロ   作:KEROTA

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第6話 BATTLE 交戦

『艦長! 小吉たちが密航者の追い込みに成功しました!』

 

「本当か!? 場所はどこだ!?」

 

 携帯無線機に入ったテジャスからの通信に、ドナテロが大声で聞き返した。

 

『第二倉庫です! 小吉の他にもティンとリー、トシオとルドンが現在交戦中のはずです!』

 

「ッ!?」

 

 テジャスの報告に、ドナテロが僅かに狼狽する。しかし、すぐさま彼はそれを押し隠すと、彼に向けて指示を出した。

 

「……分かった、俺もすぐに向かう! 他の皆にも知らせてくれ!」

 

 威勢のいい了解の返事と共に通信が切断された。同時に、ドナテロは廊下を駆け出した。

 

(クソッ! はめられたか!?)

 

 事前にジャイナと打ち合わせた配置では、どこに密航者が逃げてもいいように戦闘要員は比較的ばらけさせておいたはずだ。

 戦闘経験が豊富なリーやミンミン、武術の心得があるティンと小吉、肉体が強靭な一郎、ベースとなった昆虫自体が極めて強力なルドンとトシオ。

 比較的近い位置にいた小吉、ティン、リーが一緒にいるのはともかく、フロアすら別のルドンやトシオが一緒にいるのは妙だ。それ以外の乗組員がその場にいないというのも不自然すぎる。

 

(おそらく密航者は、()()()()()()()()()()()()! そして――そんな真似をするということは、奴には何らかの『手札』がある!)

 

 ドナテロには、確信があった。そしてその確信が、彼を焦躁へと駆り立てた。脳裏に次々と浮かぶ不吉な予感を押さえつけながら、ドナテロは廊下を走る。

 

(とにかく、急いで小吉たちと合流を――)

 

「艦長!」

 

 その時、後方から彼を呼び止める声が響いた。足を動かしながらドナテロが振り向くと、彼の後を追うようにしてジョーンが駆けてくるところであった。

 

「たった今、U-NASAから通信がありました! すぐに艦長と通信を繋ぐようにとのことです!」

 

「後にするよう伝えろ! 今はそれどころじゃない!」

 

「そ、それが――」

 

 足を止めずにそう言ったドナテロに、ジョーンは少し戸惑いながらも食い下がった。

 

「通信はヴァレンシュタイン博士からです! 至急、密航者について話したいことがあると……」

 

「……何?」

 

 彼の言葉に、ドナテロは思わず足を止めた。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 ――バグズ2号の第二倉庫内にて。

 ゴッド・リーと密航者が――すなわち、三井寺歩行虫(ミイデラゴミムシ)土亀虫(ツチカメムシ)が対峙する。

 

 一見するとこの勝負、リーとミイデラゴミムシが圧倒的に優勢に見える。元傭兵のリーと超攻撃向きのミイデラゴミムシの特性は言うまでもなく相性がいい。実際、彼らが優勢なのは紛れもない事実。 

 

 しかし同時に、彼は優勢ではあれども不利であった。

 

「……知ってるよ、その虫」

 

 密航者のその言葉は、静かな倉庫の中にやたらと響いたように感じた。

 

 

(何だ? 僅かにだが、あの子の雰囲気が変わった……?)

 

 

 密航者の変化に、ティンが違和感を覚えた。密航者の口調は先程までの淡々としながらもどこか熱のこもったものではなく、どこか冷めている素っ気ないものであるように思われた。

 戸惑う彼の前で、密航者が口を開く。

 

「黄色い甲皮に、褐色の斑点。それから両手の掌の孔――ミイデラゴミムシだよね? 分類は昆虫綱甲虫目、オサムシ上科ホソクビゴミムシ科。自分を守るために、敵に高温のベンゾキノンを吹き付ける虫だったはず」

 

「なっ……!?」

 

 密航者の言葉に、小吉たちが驚愕を顔に浮かべる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。それも、かなり詳細なレベルで。その事実は、覆しがたいディスアドバンテージに他ならない。

 

 知識とは武器である。それが何であるのかを知っていれば事前に対策を打ち、うまく立ち回り、時として自身に都合よく利用することすら可能だ。

 今までの行動と発言から、密航者の知能が高いことは容易に予想がつく。いくらなんでも子供相手にリーが負けるとは思えないが、それでも思わぬ方法で足元を掬われないとも限らない。

 

 小吉たちが危機感を募らせる一方、自らの特性を看破された張本人であるリーに、焦りは全くなかった。彼は爪楊枝を加えた口をニィと釣り上げる。

 

「へぇ……ミイデラゴミムシ(こいつ)を知ってんのか。なら、話は早い……火傷したくなかったら、降伏することを勧めるぜ」

 

 彼のベースとなったミイデラゴミムシの最大の特徴は、超高温のベンゾキノンの噴射にある。その威力は体長1.6mmの時点でも、蛙に火傷を負わせてしまう程。刺激臭のあるガスを独特の音と共に噴射する姿から『屁っぴり虫』とも呼ばれるこの虫だが、リーが人間大でそれを行えば『屁っぴり』などという生易しいものでは済まされない。火炎放射さながらの大爆発を引き起こし、立ちはだかる敵を焼き尽くす。

 

「そんなことしないよ。ボクは火傷なんか怖くないし……第一リーさんは今、その特性を使えないでしょ?」

 

 ――だがここは宇宙空間であり、バグズ2号の艦内。逃げ場のない密閉空間の中で『火炎放射さながらの大爆発』を引き起こすなど、自殺行為に他ならない。故に、リーとミイデラゴミムシは最大の強みであるベンゾキノンを使うことができないのだ。

 この点においても、リーとミイデラゴミムシは非常に不利だった。

 

 

 

 

 

 ――が、しかし。

 

 

 

 

 

「……それがどうした、密航者? んなことは最初(ハナ)から分かってんだよ」

 

 密航者の挑発的なその言葉にも、リーは眉一つ動かすことはない。彼はすぐさま、腰のベルトからナイフを引き抜いた。

 

「手の内がばれてる? 最高のコンディションで戦えない? ……戦場じゃあそんなのは日常茶飯事だぜ」

 

 

 

 ――この程度の不利は、リーにとって何の障害にもなり得ない。

 

 

 

 ベンゾキノンのガス噴射は、リーが戦闘時に選びうる攻撃手段の中の一つでしかない。

 例え火炎放射が封じられようとも、彼には幼少期から戦場で磨かれた戦闘経験と数々の技術がある。そしてそれらの技術は、人為変態で得られる甲虫の筋力と運動能力によって十二分に威力を発揮するのだ。

 

「どうした? 構えろよ。俺は後ろの奴らと違って甘くねぇぞ」

 

 そう言って、リーは不敵に笑った。

 

 

 

 ――脅威、いまだ健在。

 

 

 

「……」

 

 対する密航者は、何も言わずにフードの内側から三本の棒状の物を取り出した。連結式らしいそれを彼が組み上げると、漆黒の手の中にはたちまち一本の長い警杖ができあがった。

 

 

 

 

 ――古今東西、世界各地で編み出された武術は星の数ほどあるが、その中でも比較的“誰が使っても脅威になり得る”武術がある。

 

 それは、槍や杖などを用いる棒術だ。

 

 ある程度修練を積まねば実戦では使い物にならない剣術や各種格闘技に比べ、棒術は「棒状の武器」さえあれば、使い手が例え素人の女子供であっても十分な脅威となり得る。

 

 実際に日本の戦国時代には、訓練を積んだ武士が竹槍を持った農民に討ち取られる例も数多くあり、この武術がいかに強力なものであるのかを如実に示している。

 

 

 

 

「三節棍か……使えんのか?」

 

 リーがやや胡乱気な口調でそう言うと、密航者はやや憮然とした口調で返した。

 

「見てればわかるよ。ボクの棒術と……ツチカメムシの力がね」

 

 その言葉に、リーは獰猛な笑みを浮かべた。

 

「面白ェ……!」

 

 そう言うと同時に、彼はナイフを構えて密航者へと躍りかかった。

 

「やッ!」

 

 警杖による迎撃を、リーは体をひねることで躱す。続けて繰り出された斜め上への振り上げは、身を屈めることで回避。同時にリーは、密航者の彼の手を狙ってナイフを振るった。密航者はそれを警杖で防ぐと、すかさず突きを繰り出す。リーはナイフを使って攻撃の軌道を逸らした。

 

「あ、ありえねぇ……あいつ、リーと互角に渡り合ってるぞ……!?」

 

 そう呟いたルドンの頬に、冷や汗が伝う。ここまでの攻撃の応酬で、既に密航者の実力の高さが窺えた。威力よりも速さを重視した攻撃を多く繰り出し、リーに攻撃させる隙をほとんど与えていない。

 実際のところはさておき、傍から見れば密航者がリーを押しているようにも見えるだろう。

 

(大したもんだな。普通なら持て余す武器を、虫の筋力で使いこなしていやがる)

 

 密航者の攻撃を回避しながらリーは思考する。この数合の打ち合いの中で、彼は僅かに残っていた密航者への『子供』という認識を、完全に捨て去っていた。

 

 

 ――棒術は確かに、素人が使っても脅威とはなる。

 

 しかし密航者のような子供であれば本来、警杖を『完全に使いこなす』ことは難しい――否、不可能であると言ってしまっても差し支えないだろう。

 なぜなら子供の背丈と筋肉量では、武器である棒に振り回されてしまう可能性が高いからだ。

 それは才能や訓練でどうにかなるものではなく、物理的な問題であった。

 

 

 だが、彼の腕に宿るツチカメムシの筋力があれば、話は別である。

 

 

 数いるカメムシの仲間の中でも特に地中生活に適応したこのカメムシは、掘削に適した強靭な前足を持っている。当然ながら人間大ともなれば、その腕力はアリやケラ程ではないにせよ、大幅に強化される。

 密航者はこの特性によって、子供でありながら自身の倍以上ある警杖を完全に使いこなしていた。

 

 自分の力量を把握し、その上で最善ともいえる戦い方を選んだ彼に、リーは驚きを通り越して感心すら覚える。

 

「やあッ!」

 

 密航者はその小さな体からは想像もつかないような威力の攻撃を、次々とリーに繰り出していく。

 

「……なかなか悪くねぇ」

 

 攻撃を躱しながら、リーが呟いた。

 

 突き、切り上げ、振り下ろし、横薙ぎ。密航者が使う技はいずれも洗練されており、威力・精度共に一級品。バグズ手術の恩恵があることを踏まえても、子供が使う棒術としては見事なものであった。

 

 

 

 

 

「けどな」

 

 

 

 

 

 ――しかしどの攻撃も、リーの体に当たるどころか掠ることすらなかった。

 

 

 

 

 

「……お前くらいの使い手なら、戦場にはゴロゴロいたぜ」

 

 鋭い突きの軌道をナイフで逸らし、リーが挑発するようにそう言った。

 

「このッ!」

 

 全く攻撃が当たらないことに業を煮やしたのか、密航者は警杖を力任せに薙いだ。力こそあるが大振りなそれを、リーは後方に飛び退くことで容易く回避する。

 そして追撃のために密航者が一歩踏み出したその瞬間。

 

「隙あり、ってな」

 

 リーは踏み出された足を目掛けて、ナイフを投げつけていた。

 

「っ!?」

 

 出足を挫く様に飛んできたナイフを、密航者は辛うじて警杖で弾く。そして同時に、彼は自らの失策に気付いた。

 密航者がナイフの防御に警杖を振るった無防備なその一瞬。その一瞬のうちに、リーは密航者の懐に飛び込んでいたのだ。

 

「くっ!」

 

 密航者が苦し紛れに警杖を振るう。しかし、姿勢を崩された上にここまで密着されては、警杖本来の威力など出せるはずもない。彼の一撃は、あっさりとリーの左手に受け止められてしまった。

 

「勝負ありだ、ガキ」

 

 静かにそう言って、彼は黄色い甲皮に包まれた右腕を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――リーにたった一つ誤算があったとすれば。それは彼が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がッ……!?」

 

 バチバチッ! という油が弾けるような音。それと同時に、リーが片膝をついた。

 

「なっ!?」

 

 小吉が驚きの声を上げる。何が起こったのか、理解できなかった。たった今まで、戦闘の流れは完全にリーにあったはずだ。なのになぜ、彼が()()()()()()()()

 

「ぐっ……! テメェ……その武器、ただの棒じゃねえな……!?」

 

 頬に冷や汗を伝わせながら、リーが唸るように言った。

 

 

 

 

 

 ――U-NASA支給、対人特殊電気警杖『スパークシグナル』

 

 

 

 

 

 U-NASAとその支局に支給される、防犯用具の一つである。その見かけはなんてことのない、ただの鉄製の棒。だがこの武器には、ある特殊な機能があった。

 

 それこそが、たった今リーを無効化して見せた電気ショックである。

 

 内部と先端部分がスタンガンと同様の造りになっているこの武器は、手元のスイッチを押すことで対象に電気ショックを与える。これを用いれば非力な研究員であっても、ある程度離れた位置から暴漢を無力化し、自らの身を守ることが可能なのだ。

 

 

 密航者が持っているものは、とある人物がそれを更に強化・改造したもの。最大電圧を上昇させ、電気出力の調整機能と組立機能が付与されたことにより、防犯用具は収納性と攻撃性に優れた『対人体改造術式被験者用』の兵器へと変貌した。

 

 

 

 

 

「最初から電撃(それ)が狙いか……!」

 

 自らを睨みつけるリーを、密航者はマスク越しに見つめた。

 そもそも密航者は、自分がゴッド・リーに白兵戦では決して敵わないことなど百も承知だった。だからこそ密航者は、チャンスを待っていたのだ。

 実力では決して勝てないであろうリーに、電気ショックを食らわせるための千載一遇のチャンスを。

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 密航者は小さく謝罪の言葉を口にすると、動くことができないリーの首筋に警杖を押し当て、電流を流した。

 致死性でこそないものの、その威力は人間の意識を刈り取るには十分。青白い閃光がリーの首筋に走り、彼はそのまま床へと倒れた。

 すかさず密航者は、懐から取り出した手錠でリーの両腕を拘束する。

 

「う、嘘だろ……! リーがやられた!?」

 

 トシオが悲鳴にも似た声を上げた。他の3人にとっても、目の前の光景は俄かには信じられないものであった。呆然とするのも無理はない。

 

 思わず立ち尽くす小吉たちに、拘束を終えた密航者が向き直った――その時。

 

 

 

 

 

 

  ギリッ

 

 

 

 

 

               ギリッ

 

 

 

 

 

                           ギリッ

 

 

 

 

 

 小吉の耳に、聞き覚えのある音が届いた。彼の脳裏に、先ほど奈々緒の糸を躱した時の密航者が見せた跳躍の光景がよぎる。

 あれがもし、攻撃のために使われたのならば――!

 

「気をつけろ! 跳ん――」

 

 嫌な予感を感じた小吉が叫ぶが、警告を発するには遅すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       ギ    ュ    ル    ル    ル    ル    !

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かが回るような音が聞こえた次の瞬間、密航者は小吉の背後にいたトシオに飛び掛かっていた。

 

「なっ――」

 

 悲鳴を上げる間もなく、警杖の電気ショックを浴びたトシオが崩れ落ちる。

 

「トシオ!」

 

 咄嗟にルドンが薬を取り出すも、密航者はすぐさま警杖を振るって彼の手からそれを叩き落とした。

 一瞬ルドンが怯んだその隙に彼の脇腹に警杖を当て、密航者は電気ショックを流し込む。一瞬ルドンの体は一瞬ビクリと痙攣すると、力なく床へと倒れこんだ。

 

「このッ!」

 

 密航者目掛けて、小吉が咄嗟に拳を振り下ろす。

 変態こそしていないものの、小町小吉は空手の有段者。その一撃が当たれば、例え人為変態をした人間であっても無傷では済まないだろう。

 

 しかし、それはあくまで『当たれば』の話である。先ほどまでリーの本気の攻撃を捌き続けていた密航者にとって、殺意のない攻撃など牽制にもならない。彼の攻撃を難なくかわすと、密航者はすかさず小吉目掛けて警杖を振るった。

 

 

「しまっ――」

 

 

 背の低い密航者を攻撃するため、慣れない態勢になっていた小吉はそれを避けることができない。苦し紛れに小吉は左手で胴体部を庇い、全身を襲うであろう電気の熱と痛みに備える。

 

 

 

 

 

「    シ   ュ   ッ   !    」

 

 

 

 

 

 しかし次の瞬間、そんな掛け声が聞こえたと同時に、密航者の手から警杖が弾き飛ばされた。

 

「っ!」

 

 驚きの声と共に密航者がそちらに目を向ける。その視線の先には、蹴りを放った姿勢のままで立っているティンの姿があった。その隙に小吉がすかさず態勢を立て直す。

 一連の僅かな時間の間に密航者の脳は回転し、ティンの繰る技術の正体を探っていた。

 

(キックボクシング? ちがう。あれは、もっと蹴り技中心の構え……)

 

 脳内で情報を照合させていき、やがて彼は一つの可能性に思い至ったのは、小吉が態勢を立て直したのとほとんど同時だった。

 

「――ムエタイ!」

 

 一秒とかからず導き出された結論に、密航者はすぐさま気を失っているルドンとトシオの襟首を掴んで後方へと跳躍した。2人の体を引きずるようにして、倒れこんでいるリーの元まで撤退する。

 

 目の前の小吉に気を取られていたとはいえ、生身で変態した自身の腕から警杖を弾き飛ばす程の威力の蹴りを、ティンは繰り出せる。先程は運良く追い込めたが、小吉もおそらくはティンと同程度の実力者であるはず。

 密着した状態で武術に精通した二人を相手取るのは分が悪い、と密航者は判断したのだ。

 

「引き際も弁えている、か……」

 

 こちらを警戒しながらもルドンとトシオの拘束を進める密航者を見つめ、ティンが呟いた。2人に手錠をかけていくその手つきも慣れたもので、瞬く間に2人は手錠で身動きを封じられた。

 運動神経がいいだとか、頭の回転が速いだとか、そう言った言葉だけでは表しきれない手強さを、密航者は持っていた。

 

「助かった。ありがとな、ティン」

 

 小吉が礼を言いながら、ティンの横に並び立った。ティンの助けがなかったら、今頃自分もあそこで手錠を掛けられていたことだろう。ティンはそんな彼に「気にするな」と返すと、自分を戒める意味も込めて警告を口にした。

 

「奴を子供だと思わない方がいい。格闘技術も、判断力も……奴の戦闘能力は、俺達と比べても遜色ない」

 

「そうだな。さっきので痛いほど理解したぜ、手加減してどうこうなる相手じゃないってな」

 

 ティンの言葉に、小吉が頷く。既に3人が倒された。本気を出さなければ、小吉とティンであっても敗北しかねないだろう。

 小吉とティンは注射器を取り出し、自身の首筋に突き立てた。骨肉が造り直される音と共に、2人の体はベースとなった昆虫の特性を反映した姿へと変化していく。

 

「2人がかりでやるぞ、小吉」

 

 変態を終えたティンは、静かに小吉にそう言った。彼の四肢は黄緑色の筋繊維と外骨格に包まれ、とりわけその両脚は、人間である時に比べると遥かに筋肉質で強靭なものへと変化していた。

 

 

 

 

 

 ティン

 

 

 

 国籍:タイ

 

 

 

 21歳 ♂

 

 

 

 179cm 68kg

 

 

 

 バグズ手術ベース   

 

 

 

 

 

   ―――――――――――― サバクトビバッタ ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……密航者を拘束して、あいつらを助けるぞ!」

 

 小吉はそう答えると、腰を落として構えをとる。彼の眼元には紫の隈取が表れ、その両腕はまるで蜂の腹部のような形状へと変化していた。鮮やかな黄と黒による縞模様は、まるで自身の危険性を敵対者に知らしめているかのようだ。

 

 

 

 

 

 小町小吉

 

 

 

 国籍:日本

 

 

 

 22歳 ♂

 

 

 

 187cm 87kg

 

 

 

 バグズ手術ベース   

 

 

 

 

 

  ―――――――――――― “日本原産” オオスズメバチ ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオスズメバチとサバクトビバッタ……」

 

 ボクなんかで勝てるかな、と。

 

 密航者はそんなことを考えながら、足元に転がっていた警杖を拾い上げる。彼は警杖を2人に見せつけるように振り回し、それを突き出すようにして構えた。

 

「だけど、負けられない。絶対に……勝たなくちゃ」

 

 言い聞かせるように密航者はそう呟くと、彼は2人に向かって飛び掛かった。

 

 

 

 

 




【オマケ】

密航者「知ってるよ、それ――へっぴり虫だよね」

リー「おい、何で俗称の方で呼んだ」

密航者「ゴミムシの仲間に分類される」

リー「悪意のあるはしょり方やめろ」

密航者「能力は、高温のおならを相手に吹き付けること」

トシオ&ルドン&小吉「「「ぶふぁっ!」」」

リー「ぶっ殺すぞテメェら」

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