贖罪のゼロ   作:KEROTA

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『チェックメイト』



 その瞬間を以て白の駒は一切が盤上より脱落し、趨勢は決した。此度、勝利の女神がほほ笑んだのは『灰』。



 かくして、冒涜弔歌は終焉に至る。







冒涜弔歌OLIVIERー10 白黒反転

 ──そして、彼女は意識を取り戻した。

 

 

 

「……」

 

 うっすらと、目を開けてみる。仰向けになった彼女の目に飛び込んできたのは、天井からつるされた様々な医療器具。思い描いていたのとは違うその光景に、彼女は訝し気に眉を下げる。

 

 彼女の最後の記憶は、最愛の人が呪歌を奏でたところで途切れていた。おそらく自分は死んだはずだ──他ならない彼の愛で、命を終わらせたはずだ。

 

 だというのに、この光景はなんだろうか? 天国にしては殺風景すぎるし、地獄にしてはあまりに生易しい。

 

「よう、目ェ覚めたかよ、エメラダ・バートリー?」

 

 そんな彼女の耳に届いたのは、聞きなれない男の声。その姿を確認しようと首を動かした直後、女性──エメラダは顔を思い切りしかめることになった。強烈な眩暈と耳鳴りに見舞われたのである。

 

「無理すんな。治療済みとはいえ、至近距離でうちの隊長の声を喰らったんだろ? 全身拘束されてるからどのみち動けねぇだろうし、おとなしくしとけ」

 

 男の声に視線を胴へと移せば、確かに横にされたエメラダの全身は、太い皮ベルトと拘束衣によって束縛されている。なるほど確かに、これではどうしようもない。

 

「あんた、誰?」

 

 エメラダは睨みつけるように、視界に映った声の主を見やる。金髪の天然パーマの青年だった。迷彩柄の戦闘服を身に着けていることから、おそらく彼が軍人らしいことが見て取れる。

 

「ああ、自己紹介が遅れたな。チャーリー・アルダーソン軍曹だ、お見知りおきを」

 

「あっそ」

 

「……自分で聞いときながらそりゃねえだろ」

 

 青年──チャーリーは怒ったような呆れたような表情で、エメラダの態度にため息をついた。

 

 チャーリーは裏アネックス計画において、北米第一班の副班長に任命されている人材──平たく言えば、ダリウス直属の部下である。彼にとって裏マーズランキング同率1位、もう一人の幹部候補だったエメラダは、いわばもう一人の上司になるかもしれなかった人物だ。

 

 始終こんな態度をとられ続けては、比較的社交的な彼でもたまったものではない。呆れと安堵、半々のため息をついたチャーリーに、エメラダは問いかけた。

 

「……ここは?」

 

「ヘリの中だ。まだ離陸はしてねぇが、もう少ししたらあんたを刑務所まで護送することになってる。あとはまぁ、体調が回復したら今回の件で沙汰があるだろ──耳に挟んだ話じゃ、極刑は避けられねぇそうだが」

 

「でしょうね」

 

 自分のことだというのに、エメラダの反応は驚くほど淡泊だ。取り乱しもしなければ、青ざめもしない。

 果たしてそれは虚勢なのか、あるいは本当に興味がないのか──そんなことより、という一言でエメラダは己の命に関わる話題を切って捨て、彼女にとっての最大の関心事項を口にした。

 

「ダリウス様は、私を殺してくれなかったの?」

 

「……らしいな」

 

 チャーリーの返答に、エメラダは顔を曇らせた。ああ、なぜ? 自分の存在が貴方を苦しめるのなら──あの時、貴方の優しく残酷な呪歌で、自分を殺してほしかったのに。

 

「その件で、うちの隊長からあんたに言伝を預かってる」

 

「!」

 

 チャーリーの言葉に、今度こそエメラダは表情を崩した。ガバ、と起き上がろうとする彼女の体を、拘束具が引き戻す。そのあまりの変わりように驚きながらも、チャーリーは近い将来上司になる男から預かった伝言を口にする。

 

「『俺は君を許さない』」

 

 告げられた言葉に、エメラダは歯を食いしばる。けれど、彼女は目を背けない。最愛の人からのメッセージ、その一言たりとも聞き逃すまいと、彼女は耳を澄ませた。

 

「『人の命を弄んだ君を、俺が許すことはない。だから──』」

 

 

 

 

 

 ──君には、生きてほしい。

 

 

 

 

 

 予想外の言葉に目を丸くするエメラダに、チャーリーは続けた。

 

「『裁きが下されるその時まで、生きて苦しむんだ。自分が犯した罪に向き合って、いつか自分の過ちに気が付くことができたら──その時にまた、君の想いを聞かせてほしい』だと」

 

「ぁ……」

 

 小さくエメラダの口から声が漏れた。

 

 ああダリウス様、私の愛しい王子様──貴方はなんて残酷な(優しい)人なんでしょう。

 

 貴方を苦しめるしかできなかった私に、貴方に許されることのない私に──貴方は、生きろと言うのですか。

 

 

 

 結局のところ、エメラダの人間性は何かが欠如したままだ。

 

 今の彼女は罪の事実を認識すれども、それに対する悔恨も罪悪感もない。けれどダリウスの一言は、自分が踏みつけてきたものを顧みることすらしようとしなかった彼女の認識に波紋を立てるには十分だった。

 

 

 

「……わかりました、ダリウス様」

 

 

 

 貴方がそういうのなら、私は今一度、己の罪に向き合いましょう。

 

 

 

 そしていつかまた、貴方に想いを告げに行きます。どうかその時には──私の愛に、答えをください。

 

 

 

 彼女が浮かべた静かな微笑みは、狂愛に溺れる女殺人鬼(レディ・オースティン)のものではなく──失恋を経て何かが変わったただの少女(エメラダ)のもので。

 

 

 

 それを確認したチャーリーは静かに席を立つ──これ以上、自分から彼女に告げるべき言葉はないだろうから。

 

 そして数分後、彼は離陸したヘリが山の向こうに飛び去って行くのを見送る。自分にできることなど、ほとんどないが……せめて暗闇の中で光明を見出した彼女が、正しい道を歩み始めることを祈るばかりだ。

 

 やがてヘリの姿が完全に見えなくなってから、チャーリーは踵を返した。当然ながらこの時の彼は──この直後、耳を疑うような指示が下されることになるなど知りもしないのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

「よかったのか、ダリウス?」

 

「はい?」

 

 ミッシェルからかけられた言葉に、ダリウスは首を傾げた──サイト66-Eへの突入より数時間後のこと、増援として派遣された米軍が手配した車両の中でのことである。

 

 主犯格たるエメラダ、ルイス、ブリュンヒルデの打破、および主要戦力であるワルキューレたちの機能停止により、サイト66-Eを占拠していた白陣営(テロリスト)の勢力は瓦解した。

 

 残されたのは不死性が失われて弱体化したテラフォーマーと、僅かばかりの狂人病の感染者のみ。もはや陣営としての体すらなしていない彼らは、正面から切り込んだ第七特務によってほとんどが制圧され、残党も駆け付けた米軍によって一掃されることになる。

 

 ミッシェル達内部突入部隊も無事に保護され、狂人病ウイルスのワクチン接種も完了。散布されたウイルス防除の対応はU-NASA科学班の領分。車外の慌ただしい空気からどこか隔絶された車中で、ミッシェルはインスタントコーヒーに口をつけながら続ける。

 

「エメラダのことだ」

 

「ああ……」

 

 彼女の言わんとしていることを察し、ダリウスは困ったような微笑を浮かべた。おそらく彼女は自分にこう問いたいのだろう──『殺さなくてよかったのか』と。

 

 人を食すという行為。それがダリウスにとって最大の禁忌であることを、ミッシェルは承知していた。だからこその問いだ。

 

「これでよかった、とは言えませんけど……それでも。()()()()()()()()()()()()()()

 

 ダリウスはゆっくりとかみ砕くように、自分の中の思考を言語化していく。

 

「俺と彼女は同類なんです。自分のために平気で他人を害する罪人──そんな俺に、彼女をどうこうする権利なんてありません」

 

 例えエメラダがその身に超常の如き能力を宿していようとも、彼女の罪は人間社会の中で犯されたもの。だからこそ彼女は、被害者の遺族と法律によって裁かれるべきだ。

 

 救いがたい罪人には、然るべき罰を然るべき形で。それがダリウスの考えだった。

 

「私としては好ましいが……やっぱり甘いな、お前は。その調子で裏アネックスの幹部が務まるのか?」

 

「はは、どうでしょうね。ただ、任されたからにはやりますし……」

 

 そういってダリウスは、微かに目を細めた。

 

()()()()()()()()()()()()()──これから俺が相手にするのは、多分そういう手合いでしょう? だったら、それはもう罪人ですらない。ただの害虫だ」

 

 ──その時には、俺も容赦はしませんよ。

 

 ダリウスの静かな決意と共に語られた言葉に、ミッシェルはただそうか、とだけ返した。

 

 ──沈黙。

 

 車中には、ただバリボリという何かをかみ砕くような音だけが響いて……。

 

「……おい、シモン」

 

「ふぁい?」

 

 呑気に返事を返したシモンを、ミッシェルはギロリと睨みつけた。

 

「やめろとは言わねぇ、空気を読めともいわん、が……もう少し静かに食えねえのかお前は?」

 

「ご、ごめんっ!」

 

 語調ににじみ出る怒気に気づいたのか、シモンは慌てたように謝る。その手から、数粒のカプセル薬がこぼれた。

 

 体内を菌に侵されているダリウス、全身に切り傷を刻まれたミッシェル。軽くはない怪我を負っている両者だが、シモンの容態はそれらを遥かに下回る深刻さだ。

 

 何しろ大量の失血に今なお体内を蝕む猛毒、加えて(表ざたにはできないが)過剰変態以上に肉体負荷がかかるベース生物の完全開放まで行ったのだ。常人なら死んでもおかしくない肉体の酷使ぶりである。

 その損耗を補うため、彼はクロードから米軍経由で渡された特製サプリを一心不乱に貪っていた……という次第だ。

 

「……というか、本当にそれを食べてるだけで傷の治りがよくなるんですかそれ?」

 

「まぁね。ほら、もう傷も塞がってきたよ」

 

「ぜってーヤバいもん入ってるだろ。大丈夫なのか?」

 

 ドン引きする二人に、シモンはフルフェイスヘルメットの下で微笑を浮かべる。半分は嘘だ──このサプリが自然治癒力を高めるのは本当だが、ここまで傷が早く塞がった要因は、シモンがこっそり制御を解除しておいたベースの一つ、“モンゼンイスアブラムシ”の特性にあった。

 

 このアブラムシは住処である植物が破損すると、自分たちでその修復を行うという変わった特性を持つ。口から放出する特殊な体液による応急手当と、傷周辺の細胞に刺激を与えて再生能力を高める鍼治療。いわば、大自然の東洋医学である。

 

 これにより、シモンは再生能力を持たずして高い治癒能力を持つわけだが──彼がここまで回復を急いでいるのには、それなりの理由があった。

 

「まぁ、ちょっと無茶なのは否定できないけど……()()()()()()()()()()()()()。いざというときのために備えておかないと」

 

「ああ、そういえば逃げられたんでしたっけ」

 

 シモンとダリウスの言葉に、今度こそミッシェルは怒気を浮かべた。大の男2人は、それをみてひぇっ、とばかりに息をのむ。

 

「……チッ」

 

 憤怒の形相で舌打ちするミッシェルの脳裏によぎるのは、先刻自分が対峙したテロの主犯格。悪趣味な装いの中年女性、ブリュンヒルデである。

 

 彼女はミッシェルがダリウスの戦闘の補助にかかりきりになっている隙を突き、まんまと自分ひとり逃げおおせていたのである。

 

「……あのクソババアめ。まさか私の特性を喰らっておきながら動けやがったとはな」

 

 爆弾アリの一撃は確かに入った。体内から爆砕されたはずの彼女に、まさか逃走を図るほどの体力が残されているなどと誰が考えるだろうか? 

 

 苛々とし始めたミッシェルの様子に、シモンとダリウスは顔を見合わせた。次の瞬間夜叉にでもなりそうなミッシェルを相手にこの話題を続ける勇気は、二人にはない。さてどう話題をそらしたものか……と、思案を始めたその時、車外のざわめきが一段と大きくなったのを二人は感じた。

 

「……騒がしいな。なにかあったか?」

 

 どうやら、ミッシェルもそれに気づいたらしい。三人の中でも比較的軽傷な彼女はベッドの上から降りようとした、その時だった。

 

 ミッシェルたちが体を休めていた大型車両の後部ドアが、慌ただしく開かれたのは。

 

 

 

※※※

 

 

 

 ──サイト66-Eを取り囲む、樹海にて。

 

 鬱蒼と生い茂る木々の合間を縫い、一人の人間がヨタヨタと歩いていた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 白のビショップ、ブリュンヒルデである。全身に痛ましい重傷を負いながらも、彼女の足取りは怪我の程度を考えればいやに軽やかだ。

 

「し、死ぬかと、思ったザンス……」

 

 とはいえ、本人にしか程余裕がある、というわけでもないらしい。息を切らせながら彼女が思い出すのは、ミッシェルに食らわされた最後の一撃。体内に流し込まれた揮発成分、内側から炸裂する肥満体。心臓が爆ぜたときには思わずヒヤリとしたものだ──()()()()()()()()()()()、あと少し位置がずれていたらどうなっていたことか。

 

「とにかく、一度身を隠さないとザンスね……あとは、オリヴィエ様の手の者からどうやって逃げるか……」

 

「それならもう手遅れっすよ、ブリュンヒルデ卿」

 

「ッ……!」

 

 何の前触れもなく眼前に現れた、ポニーテールの女性だ。周囲の景色とはちぐはぐなビジネススーツに身を包んだ、希维・ヴァン・ゲガルド。その姿を見たブリュンヒルデは驚いたように足を止め──そして取り繕うかのように、大げさに声を上げた。

 

「こ、これはこれは、希维様! 何たる僥倖! 奮闘むなしくルイス様は殺され、エメラダは敵の手に……残っているのはアタクシだけザンス! どうか、哀れなこの身をお救いくだ──」

 

「あ、そういう茶番はいいっす」

 

 ブリュンヒルデの口から紡がれる弁解とも命乞いともとれるその言葉をばっさりと切り捨て、希维は僅かに剣呑さを滲ませた口調で彼女に言う。

 

「私は今、猛烈に疲れてるっす。なので、さっさとゲロってほしいんすよブリュンヒルデ卿……いや」

 

 

 

 

 

「この場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

「……なんだ、ばれていましたか」

 

 では、もったいぶってもしょうがないですね。

 

 そう返したブリュンヒルデの声は、先ほどまでのねっとりとした中年の女性のものではない。もっと張りのある、艶やかなものだった。

 

 それと同時に、ブリュンヒルデの体がググリと()()()()()()()()()()。やがてミシリと音がしたかと思えば彼女の背中の皮が裂け――中から血と肉片にまみれた白衣の女性が姿を見せた。その様は、蛹から羽化する虫のそれによく似ている。

 

「血と脂の中からコンニチワ──アダム・ベイリアル・アブラモヴィッチです。いやしかし、よく気付きましたね? ティンダロスの目はちゃんとクローンの死体で誤魔化したはずなんですが」

 

「ゲノム編集は私たちの得意分野っすからね。盗み出したデータ見れば、貴女の偽装はバレバレだったっすよ……こんな形で潜り込まれているとは思ってなかったっすけどね」

 

 ブリュンヒルデの肉体を脱ぎ捨てるアブラモヴィッチ、その姿に希维はげんなりとした顔で返した。

 先の戦いでシモンから受けたダメージは回復しつつあるものの、病み上がりで見せられて気持ちのいい光景ではない。

 

 加えて、非人道的な光景に見慣れているはずの希维ですら顔をしかめている理由。それは──

 

「ヒュ……コろシテホシい……たスけ……」

 

 脱ぎ捨てられたブリュンヒルデから漏れ出すように聞こえる、救いを求める声だ。自身もまた優秀な科学者である希维は、瞬時にその意味を理解した。

 

 

 

 目の前の女は、何らかの技術で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「お褒めにあずかり恐悦至極。せっかくですし、この演出技法の解説でもしましょうか」

 

 そう言って、彼女は楽し気に語り始めた。

 

 それが全身の骨だけを除去し、人間を生きたまま着ぐるみに加工する技術であること。

 

 それがMO手術の被験者であれば、着ぐるみをそのまま変態させることで特性の行使が可能なこと。

 

 そしてこの技術で着ぐるみに“仕立てた”ブリュンヒルデを身に纏い、アブラモヴィッチはサイト66-Eでの戦いの始終を間近で観察していたこと。

 

「おかげさまでいい映像がとれました、ブリュなんとかさんには感謝ですね。もう死んでいいですよ」

 

「アアアアアアアアアアア」

 

 ほくほくとした顔で、アブラモヴィッチはブリュンヒルデの残骸を踏み潰す。しかしそれでもなお息絶えないブリュンヒルデを見て、彼女ははて? と首を傾げ。

 

「ああ、そういえば壊れないようにこの着ぐるみ自身に『コマユバチ』の特性を使ってたんでしたっけ。やっぱり持って帰って研究材料にしますか」

 

「……本家の方々があんたらを嫌う理由、ようやく分かったっすよ」

 

 胸糞悪い、と希维は吐き捨てた。所業の話ではない、あまりにも意味不明な思考回路の話である。

 

 人間を生きたまま着ぐるみに加工する──純粋な技術水準のみで考えれば、彼らの技術はゲガルド家が数世紀の年月をかけて積み重ねてきたモノすらも凌駕しうる。それだけの技術を持ちながら、()()()()()()()()()()()使()()()()()()

 

 それは目の前で札束をシュレッダーにかけられるような、歴史価値のある絵画に落書きする子供を見ているような、そんな不快感。なんという無駄だろうか……自分は決して狭量な人間ではなかったはずだが、彼らの振る舞いを見ていると心底虫唾が走るのである。

 

『特定部位複合型MO手術』を施された枢機卿は、単身でパリの駐屯兵を壊滅寸前まで追いこむほどの戦闘能力を発揮した。だが開発者は、その技術を『下半身を下半神に至らしめる』という意味の分からない用途にしか使わなかった。

 

『全くの別人に肉体を作り替えるMO手術』で全身を作り替えられた従兄は、主君の肉体の性能をある種本物以上に引き出していた。しかし開発者は、この技術を化粧の延長線にしか捉えていなかったという。

 

 そして──アブラモヴィッチもまた、その例に漏れない非合理の狂人である。

 

 今現在、国際情勢をひっかきまわしているAEウイルスの片割れ。人間をゾンビ化するウイルス。その気になれば文明社会を二度三度と滅ぼせる数多の生物兵器を生み出しながら、彼女はそれを使ってリアリティのある映画を撮ることしか考えていない。

 

「さて、改めてよくぞ気付いたと言っておきたいところですが……ご存じですか? 真相にいち早く気付いた脇役は、あっさりシナリオから退場するのがセオリーなんですよ」

 

 そういいながらアブラモヴィッチは懐からリボルバーと注射器が融合したような、奇妙な形状の装置を取り出すと、それを希维に突き付けた。

 

 

 

 “末期”のアダム・ベイリアル専用凶器──超高圧式ジェットインジェクター『キキーモラ』。

 

 

 

 高圧で薬物を射出することで投薬を可能とする針なしの注射器、ジェットインジェクター。その圧力を極限まで高め、甲虫の外骨格程度なら容易く貫通する威力で不治の病原体を対象に打ち込む──それがアブラモヴィッチの自衛手段だった。

 

「ところで希维さん、貴女がヒロインの新作映画なんですがね……ええ、病に侵されたヒロインの甘く切ないシックネスストーリーです。どんな病気に罹りたいですか? 選んでいいですよ……天然痘か、エボラ出血熱か」

 

「どっちもお断りするっす」

 

 今にも引き金を引きそうなアブラモヴィッチ。病毒の魔弾をその身に受ければ、いかに希维であっても死は免れない。それ故に希维もまた、交戦のための姿勢を──

 

「ところでいいんすか、アブラモヴィッチ博士?」

 

 ──とらなかった。

 

 まるでそんなものは脅威ではないとでもいうかのように、自然体。怪訝そうに眉を顰める彼女に、希维はなんてことないように告げた。

 

 

 

 

 

「私に気を取られすぎてると、死ぬっすよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、アブラモヴィッチの背中に強い衝撃が加わった。目を見開いた彼女の目に映ったのは、自らの胸を貫き真紅に染まった銀の穂先。

 

「かヒュ……新、手……!?」

 

 ぎょっとしたように振り向いた彼女の瞳に映ったのは、まるでアイドルのようなひらひらとした飾りのついた服に身を包んだ、14、5歳程の少女だった。赤い髪に赤い服──燃え盛る炎か流れ出す鮮血を彷彿とさせる彼女の手に握られているのは、巨大なフォークのような形状の三又槍。

 

 

 

 

 

 

 

「ン……待ちくたびれたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 気だるげに発せられたその一言が、アブラモヴィッチが耳にした最期の言葉になった。

 

 最後の力を振り絞り、彼女はジェットインジェクターの引き金に指をかける。しかしアブラモヴィッチが引き金を引くよりも、少女の歌声が響く方が早かった。

 

 

 

 それは、終焉の黄昏に謳う角笛のように。

 

 

 

 無慈悲なまでに絶対的な力は大地を抉り、木々をなぎ倒す。生き残った鳥たちがギャアギャアとけたたましく鳴きながら一目散に逃げ去った後、その場に残されたのは大破壊の元凶たる少女と、地に伏せることで蹂躙から逃れた希维、そして原型をとどめないほどに粉々に砕かれたアブラモヴィッチとブリュンヒルデの肉塊だけだった。

 

「これで仕事は終わりだろう? せっかくだ、遠出ついでに可愛い子孫の顔を見てくるよ」

 

「んー、今はダメっす」

 

 スーツの汚れを払い落としながら告げた希维。途端、ただでさえ機嫌を崩していた少女の虫の居所はさらに悪くなった。

 

「……人を無理やり引っ張り出した挙句、散々待たせた奴の台詞とは思えないね」

 

 死にたいのか? 

 

 言外に少女の眼光が告げる。それに対して希维は、「ああいや、誤解しないでほしいっす」となんてことのないように返した。

 

「人間の記憶はとても不安定で、その上繊細なんすよ──まして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今の貴女が彼に会うと、貴女が思い出せない『大切な人』と『可愛い子孫』の顔がごちゃ混ぜになる可能性があるんす」

 

 それでもよければ止めないっすよー、と希维は言葉を締めくくる。それに対して少女は忌々し気に舌打ちをしながらも、眼光に込めた殺意を薄れさせた。納得しているわけではないようだが、ひとまずは希维の忠告に従うことにしたらしい。

 

「ン……とんだ厄日だよ、まったく」

 

 少女は吐き捨てると、フォークのような三又槍をアブラモヴィッチの残骸に突き立てた。それを見て、希维は空気を換えるかのようにパンと手をたたいた。

 

「よし、これでアメリカ出張の任務もおしまいっすね! あとはオリヴィエ様とリンネちゃんにお土産を買って、『神殿』に帰るとするっす。さ、行くっすよー」

 

 そう言って希维は、なんてことないように少女の名を呼ぶ。仮に事情を知らない者が聞いていたのなら間違いなく耳を疑うような、その名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寓話の殺人鬼の名で呼ばれた赤の少女は、何も答えない。しかし、まるでその言葉を肯定するかのように──彼女は眼前の肉塊を拾い上げると、それを無造作に頬張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら盤上の勝敗も決したようだな、泥人形?」

 

「……みたいだね」

 

 エドガーのせせら笑いに、オリヴィエはどこかしょんぼりとしたように肩をすくめて見せた。

 

 アメリカというチェス盤内の戦いにおいてすべての駒を欠き、フランスというチェス盤外での戦いでは一大戦力を差し向けながら黒の王(エドガー)を殺すことができなかった。

 

 対するエドガーは全ての駒が盤内に健在、盤外においてもフランスは健在。戦況は拮抗こそしていたが、結果を見ればオリヴィエの惨敗であるといっていい。

 

「いやいやエドガー君、敗者をなじるような言動はよくないよ! 実際、オリヴィエ君は頑張ったんじゃないかな。途中から(キング)自身が前に出る妙手を見せてくれたし、変則駒で盤面を白で塗りつぶそうとする案も悪くなかったと思う。だけど、勝負の女神様に──」

 

「無理にフォローしてくれなくてもいいんだよ?」

 

「あ、そう? いやー、正直僕としてはプライドとの賭けにも勝ってホクホクなんだよね! 正直あそこでドッペルゲンガー使ってキャスリングとか完全に予想外だったし、笑った笑った!」

 

 ゲラゲラと笑い転げるアダムを、オリヴィエは悲しそうに見つめる。その真意は彼にしか分からないが、そこは友情的に考えて白側に賭けていてほしかった……といったところだろうか。

 

「ともあれ、これで私の勝ちの目はほとんどなくなってしまったね。頼みの綱のヴラディスラウスも任務には失敗してしまったし……敗因は勝負を急ぎすぎたことかな? 慎重に機を見定めたエドガー君の差配に、惜しみない賛辞を贈るよ」

 

「フン……何をしらじらしい」

 

 その言葉を聞いたエドガーは先ほどの笑みから一転、気に入らないとばかりに吐き捨てた。

 

「……何のことかな?」

 

「え、何が?」

 

 とぼけたように薄ら笑いを浮かべるオリヴィエ、本当に何のことか理解していないらしいアダム。エドガーは愚鈍なアダムを無視し、オリヴィエに「しらばっくれるな」と言い放つ。

 

「貴様、最初から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、なんだってー!?」

 

 驚いて見せるアダムの横で、オリヴィエは笑みを浮かべたまま沈黙する。それを肯定と捉え、エドガーは続けた。

 

「αMO手術で固めた手勢。字面だけ見れば大層なものだが……ナイト以下の士気は最低、兵力の維持はいつ裏切るとも知れんビショップ頼り、現当主の型落ちたるルイスをルーク兼指揮官に据え、挙句切り札たるクイーンはまるで制御不能。これで本気で勝とうと思っていたのなら貴様、そこの道化以下の評価は免れんぞ?」

 

「あれ? さりげなく僕ディスられてない? そんなことないよね? オリヴィエ君はあのメンバーで世界タイトルを目指してたんだよね?」

 

「それは困るなぁ……そうだね、認めよう。私は確かに、君にこの戦いで勝つつもりはなかったよ」

 

「オリヴィエくぅううううん!?」

 

 騒々しいアダムを放置し、神を目指す異端児たちは答え合わせをするかのように言の葉を交わしあう。

 

「私にとって今回のゲームはエキシビションマッチのようなものだ。私と君が決着をつけるのに相応しい舞台はもっと別にあるからね……だから、戦闘映えする面々を選出したんだ」

 

「違うな。貴様がこの戦いに乗った真の理由は『足手まといを排除するため』だ」

 

「心外だよ。ルイスは希维には劣るけど優秀な部下だったし、ブリュンヒルデは欲張りだけど敬虔なアポリエールの信徒だった。エメラダさんに至っては面識すらなかったし……邪魔者扱いはひどいんじゃないかな」

 

「語るに落ちたな、泥人形。余は一言も、『貴様らの駒が』足手まといだとは言っていないぞ」

 

「……」

 

「ルイス・ペドロ・ゲガルドは優秀だが、貴様の腹心と反目する可能性があった。あの俗物信徒は既に、そこの道化師に群がる羽虫の一匹に成り代わられていた。そして万が一にも、アメリカが人食いの小娘を使って『神殿』に攻め込めば、如何に貴様らといえどもただでは済むまい……これで満足か?」

 

 エドガーは淡々と事実を並べ立て、そして畳みかけるように己の考えを突き付けた。

 

 

 

「いずれ貴様にとっての足枷となりうる不確定要素を、今のうちに使い潰しておきたかった──それが貴様の参戦動機だ。違う、とは言わせんぞ?」

 

 

 

「……さすがだよ。今度こそ君に、心からの賛辞を贈ろう」

 

 真意を見抜かれたことにも一切の動揺を見せず、薄く笑うオリヴィエ。食えん奴だ、とエドガーは胸中で呟き、その直後にそれも詮無き事かと思い直す。

 

 己が遥か至高の頂から下界を見下ろす上位存在であるならば、この泥人形は深淵より現世を凝視する異形。相互理解などできるはずもないのだ。

 

「……ふひっ」

 

「何がおかしい?」

 

 思考を強制的に打ち切る間抜けな笑い声に、エドガーは画面越しに声の主を睨みつけた。

 

「ぷふーっ! ……ああ、ごめんごめん。どや顔でかっこつけてるエドガー君が、実際は盤外戦のせいでお腹がゴロゴロピー状態だって考えると、腹が捩れそうなほどおかしくて」

 

「ああ、そういえばそうだったね……ふふっ」

 

 アダムの言葉を受け、エドガーの腹痛を引き起こした張本人たるオリヴィエが思い出したように呟く。

 

 先に述べた通り、結果だけを見れば盤上においても盤外においても、先の戦いはオリヴィエの惨敗である──()()()()()()()()。だが深く状況を検分していけば、この戦いにはまた違った側面が浮き出てくる。

 

 そもそも現在、フランス共和国は『共和』とは名ばかり、実際はエドガーという人間の苛烈なまでのカリスマによる独裁状態にある。裏も表も押さえつけ、圧倒的な支持のもとに国家を運営するその手腕は素人目に見ても見事の一言に尽きるが、それを維持するためエドガーは、常に圧倒的にして絶対的な力を求められている。

 

 それがいまはどうか? 自らの領域に外部勢力──それも邪教としか言いようのないカルトの尖兵たちの侵入を許し、民間・軍部問わず多数の犠牲者を出し、さらには共和国の守護者たる三人の連隊長の内、一人が欠け落ちた。

 

 この一件はエドガーの威信に泥を塗るのには十分すぎた。例えエドガー自身がいかに優秀であろうとも、彼が社会という歴史の表舞台に身を置く身である以上世間の評価からは逃れることができない。加えて、彼の力が弱まれば裏に蠢く有象無象たちは増長するだろう。

 

 オリヴィエは試合にこそ負けたが、勝負においては上等以上の戦果を残していた──エドガー自身ではなく、その周囲に波紋を広げるという呪毒が如き置き土産で以て。

 

「案外オリヴィエ君が先に脱落したのは、う〇こを痩せ我慢したエドガー君が手番をスキップしまくった結果かもしれないね!」

 

「……」

 

 あからさまにエドガーを挑発するアダムと、何も言わないオリヴィエ。しかし、クツクツと押し殺したような笑いをこぼす2人の姿は、陰湿そのものとしか言えないだろう。

 

「……ク」

 

 だが──そんな彼らの態度を目にしたエドガーの口から洩れたのは、怒鳴り声でもなければ悪態でもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クハハハハハハッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それは、笑い。

 

 心底愉快だと言わんばかりに高笑いをするエドガーの様子に、オリヴィエとアダムは押し黙った。

 

「余を笑い死にさせるつもりか、道化師?」

 

 そう言ってエドガーは、その口に不遜にして不敵な笑みを浮かべた。

 

「浅慮が過ぎるぞ、下民共。余を誰と心得る? いずれ全ての人知を超越して神に至る、エドガー・ド・デカルトだぞ――たかが毒虫の十や二十ごとき、飲み下せないとでも?」

 

 傲慢に断言したエドガーは、興味をなくしたかのようにアダムから視線を外す。それから沈黙を保つオリヴィエへと目を向けると、再び口を開いた。

 

「なぁ、オリヴィエ・G・ニュートンよ。これだけの時間と手間をかけ、自軍の膿出ししかできん愚物よ──まさか貴様、余が黙って蹂躙されているだけとでも思っていたのか?」

 

「……そうじゃない、とでも言いたげな口ぶりだね」

 

 穏やかに返すオリヴィエだが、しかしその口元から既に笑みは消えている。その言葉に「愚問だ」と応じ、エドガーは通信装置の電源に指をかけた。

 

「貴様が無様な手を指してる間に、こちらの準備は完了だ。泥人形に道化師よ、貴様らはただ指を咥えて見ているがいい──白を飲み込んだ灰が、純黒に塗りつぶされていく様をな」

 

 それだけ言い残して、エドガーは通信を切断した。もはや語るべきことはない、貴様らに構っている時間などないといわんばかりに。

 

「……統合参謀長」

 

「はっ」

 

 エドガーの呼びかけに、背後に控えていた短く女性が応じる。眼鏡の向こう側から除く怜悧な眼光に、引き締められた表情筋。鋼鉄の薔薇を思わせる、美しさと冷血さを兼ね備えた彼女こそ、エドガーを除けば軍部の最高司令官である『統合参謀長』ステファニー・ローズだ。

 

「仕上げにかかるぞ。生温い戦争ごっこしか知らん連中に、本物の戦争を教えてやれ」

 

「……御意に」

 

 短く応じて、統合参謀長は大統領執務室を後にする。その背を見送りながら、エドガーは自分以外の存在が消え失せた執務室で一人呟いた。

 

 

 

「さぁ──戦争を始めようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まずは、灰の女王(ダリウス・オースティン)にご退場いただこう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乱暴に開かれた車両のドアから乗り込んできたのは、十数人の米軍人だった。

 

 その先陣を切っていたのは他でもない、自分の大事な部下でもあるチャーリー・アルダーソン。普段は陽気な彼がいつになく真剣な面持ちでいるのを見て、ダリウスは好ましくない事態が発生したことを直感した。

 

 

 

 しかし、誰が予想できただろうか。

 

 

 

「召喚命令だ、隊長──いや、ダリウス・オースティン。今すぐ、俺たちと一緒に来てもらう」

 

「……は?」

 

 自分に全く身に覚えのない罪状が、部下の顔を曇らせていたなどと。

 

 事態を理解しきる前にダリウスに突き付けられたのは、無数の銃口。それを見て真っ先に我に返ったのは、階級上彼らの上司に位置するミッシェルだった。

 

「これは何の真似だ、アルダーソン曹長!? 上官命令だ、今すぐに銃を下ろせッ!」

 

「デイヴス少佐の命令とあっても承服しかねます──隊長には今、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なッ!?」

 

 驚きの声を上げるミッシェルに、チャーリーは続けた。

 

「エメラダ・バートリー、ブリュンヒルデ・フォン・アポリエール。αMO手術の被験死刑囚がサイト66-Bから脱獄するのを、ルイス・ペドロ・ゲガルドと共に手引きした疑惑だ」

 

「そんな馬鹿な話があるかッ!」

 

 激昂したミッシェルがチャーリーの胸倉を掴み上げた。

 

「脳みそ腐ってんのかてめぇら!? αMO手術を受けてから奴らが脱獄するまで、こいつは24時間ずっと米軍の監視下だっただろうが! どうやってその状況で敵の手引きをするってんだ!」

 

「んなもん、こっちが聞きたいんすよッ!」

 

 負けじと怒鳴り返すチャーリーに、ミッシェルは押し黙る。上官に逆らうのは、軍の中では御法度──それでもなお、彼は叫ばずにはいられなかった。

 

「俺たちだって、この命令がおかしいことくらい分かってる! けどデイヴス少佐、この指示を出したのは貴女よりも上の人間だ! 俺たちの一存じゃどうにもできねぇ!」

 

「んだと……ッ!?」

 

 ぎょっとしたように、デイヴスは目を見開く。軍の上層部がここまでトチ狂った指示を出したというのか? 

 

「その指示を出したのは、誰?」

 

 ミッシェルの背後からシモンが問いかける。それに対してチャーリーは、苦虫をかみつぶしたような渋面を浮かべる。

 

「俺に直接連絡を入れてきたのは本部の大佐だが……命令の発信元は国防長官だ」

 

「!」

 

 ──やられた。

 

 この緻密さと狡猾さを感じさせる絡め手は、おそらく黒陣営(フランス)による攻撃だろう、とシモンは推測を構築する。これが白陣営(槍の一族)であれば、もっと直接的かつ冒涜的な手口で仕掛けてくるはずだ。

 

 いかなる手段を使ったのか、直接的な物理攻撃ではなく外交による社会的攻撃。その威力を彼らは、身を以て思い知らされることになる。

 

「頼むから黙って従ってくれ、隊長。抵抗した時には射殺しろって命令も出てる──まだあんたのことはよくわかんねぇけど、悪人じゃないことだけは分かってるつもりだ」

 

 懇願するようにチャーリーが言う。その言葉にダリウスは目を閉じ、数秒ほど考え込んでからゆっくりと口を開いた。

 

「……わかったよ、チャーリー。それで上の気が済むなら、俺のことは連行してくれて構わない」

 

「っ、オイ!」

 

 立ち上がったダリウスをミッシェルが制止しようとするが、その行動は他でもないシモンによって阻止された。

 

 戦いはまだ終わっていない──今この場でもめ事を起こし、全員が厳重監視下に置かれるような事態だけは避けなくてはならない、

 

「シモンさん、ミッシェルさん。すいませんが、ちょっと離脱します……あとのこと、任せました」

 

 そう言って困ったように笑うダリウス。その隣で、指揮を執るチャーリーが声を張り上げた。

 

「班を二つに分けるぞ! 半分は俺と一緒にダリウス・オースティンの護送だ! もう半分はデイヴス少佐とウルトル現場指揮官を警護しつつ、状況を説明しろ! 指揮はジョニーに任せる! 以上、行動開始!」

 

 チャーリーの号令一下、軍人たちは迅速に行動を開始する。チャーリーたちがダリウスを引き連れて車両を出ていくと、ジョニーと呼ばれた残留班の指揮官がミッシェルとシモンに現状の報告を開始した。

 

 

 

 

 

『駒でもないのに盤上をうろつく輩がいるな──失せろ、目障りだ』

 

 

 

 

 

「まずはお耳に入れておかなければならない事態として──ダリウスさん以外にも、第七特務の皆さんが連行されました」

 

「あいつらまで……!」

 

 クソッたれめ、とミッシェルは歯噛みする。どうやら先ほどの車外での騒ぎは、第七特務と米軍の間でのひと悶着だったらしい。

 

 何者かが自分たちの力を次々と剥奪している──この一件の真相を知らない彼女ではあるが、その裏に蠢く悪意の存在は確実に感じ取っていた。

 

 

 

 

 

灰の城塞(ミッシェル・K・デイヴス)灰の僧侶(シモン・ウルトル)の動きを封じろ。盤が黒に征服される様を、黙ってみているがいい』

 

 

 

 

「加えてお二人の処遇ですが──未知のウイルスに感染している危険があることから、当分の間は入院させろとのことでした。万が一の報復に備え、二十四時間警護がつくとのことです」

 

「……!」

 

 事実上の軟禁宣言。ここまでやるか、とシモンは焦燥に顔を歪める。監禁よりはマシだが、今後動きにくくなることには変わりない。

 

 さぁどうするか。

 

 とにかく今はフリーで動け、かつ信頼がおけるスレヴィンとスカベンジャーズと連絡を取りあい、できる限り速く合流しなければ……。

 

「──そして最後に」

 

 しかしそんなシモンの考えは、図らずも解消されることになる。

 

 

 

 

 

 ──想定しうる中でも、最悪のその一歩手前の状態で。

 

 

 

 

 

 

 

「先刻、“スレヴィン・セイバー”、“トーヘイ・タチバナ”、“エリザベス・ルーニー”の三名がU-NASAに襲来した未知の勢力と交戦。スレヴィン・セイバーが重傷を負い、ルーニー・タチバナ両名は現在意識不明の重体とのことです」

 

 

 

 

 

 

 

 

灰の騎士(スレヴィン・セイバー)を叩き潰せ。二度と立ち上がれぬよう、完膚なきまでに』

 

 

 

 

 

 

 

 あらゆる抵抗の術を奪われた灰陣営。その無様を嘲笑する超越者の声が、聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──かくして、駒は出揃った。

 

 

 後手は黒──漆黒に染まった挑戦者は今、星条旗を傲慢不遜に踏みにじる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『古き波濤の冥王』     『血霧に霞む武士道(再戦の契り)』     『気高き星条旗(ユナイテッド・ステイツ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇夜の海魔(スレヴィン・セイバー)』    『太古の因子は牙を剥く(E.S.MO手術)』    『変態紳士の飴と鞭』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『喰らいあう二匹の獣』  『猛毒部隊(ポイズナス)』  『譲れぬ弾丸、満たされぬ刃』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神への挑戦者(エドガー・ド・デカルト)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To be continued third song ── 絶対凱歌 EDGAR ──

 




【オマケ①】他作品の出演キャラクター紹介


チャーリー・アルダーソン(深緑の火星の物語)
 裏アネックス計画、北米第一班の副隊長。αMO手術を受けた被験者たちに次ぐ実力を有する「MO手術最強」で、表アネックスのアレキサンダー先輩みたいな立場の人。でも対戦相手が揃いも揃ってチートなので、黒星の方が多かったりする。
 手術ベースの影響で体臭が獣臭くなり、最近彼女にフラれたらしい。

ジョニー(深緑の火星の物語)
 誰だお前(探してみよう)


エスメラルダ(深緑の火星の物語)
 とある寓話の主人公の名を関する赤毛の少女。その性質は極めて短期かつ凶暴で、残忍。なぜアメリカ開拓史時代の殺人鬼が26世紀の地球上に存在するのか? そもそも彼女は本物のエスメラルダなのか? すべては謎に包まれている……

エメラダ「貴女のご子孫をお嫁に下さい」

エスメラルダ「ン……誰がお前みたいな小娘に、大事な子孫をくれてやるものか」

2人「「……」」

(すごい戦闘音)

チャーリー「隊長……あんた女難の相でも出てんじゃねぇか?」

ダリウス「……(死んだ目)」
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