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「【そうだ、戦争に介入しよう】」
アダム・ベイリアルは唐突に思いついたとばかりにパチンと指を鳴らして、そう言った。
「【おっ、俺TUEEEEEE系クソゲームマスターかな?】」
グリードからコンマの間もおかず入れられた茶々に、アダムは「だってさー」とぶー垂れる。
「【エドガー君とオリヴィエ君、僕が用意したチェスだけじゃ物足りなかったみたいでさー。勝手に盤外で殴り合いまで始めちゃったんだよ? なんか知らない間にただのチェスがチェスボクシングになってるんだよ? こんな面白すぎる状況、黙って見逃すわけにはいかないでしょ】」
「【それでお前が納得するなら、別に小生は止めんけども】」
ポテトチップスカイコ蛾味をパリポリと食べながら、「【で、具体的にどうするつもりだ?】」とグリードはアダムに問う。
「【んー、まぁ僕が赤の王とか言って第三勢力になってもいいんだけど、ここはやっぱり地球に追加アイテム的な物を送り込む方がゲームマスター的にいいと思うんだよね】」
「【やはり地球か……いつ送りつける? 小生も同行しよう】」
「【強欲院……いやダメだからね? 君送り込んだら、全陣営の
ちぇー、と口をとがらせるグリードの横で、アダムはさてどうしたものかと思案する。オリヴィエとエドガーの戦争は民間人に多大な被害を出しながらも、『ゲーム』の範疇に収まる程度のものだ。そんな中、自分だけ本気の主戦力を送り込むのも馬鹿らしい。しかし半端なモノを送り込んでも面白くない。
ああでもない、こうでもない……とアダムはしばらく考え込んでから、「よし決めた!」と膝を打つ。
「【送り込むのは【Q】と【R】にしよう! あの二人なら白黒盤外の濃ゆいメンツにも負けずに頑張ってくれるでしょ! グリード、ちょっと二人呼んできてー】」
「【自重はどうしたよ】」
やれやれ、とばかりにグリードは首を振って席を立つ。椅子の隣に立てかけていた武器を手に取ることも忘れない──アダム直属の戦力の中で屈指の実力者たるグリードであっても、今から呼びに行くモノたちは油断ができない相手だ。
【Q】と【R】──アダムが口にしたそれは、彼が誇る七人の『
即ち“
及び“
この両名を地球へと解き放つ──それは事実上、『世界を滅ぼす』と宣言するようなものだった。
「【音声認識:グリード】」
アダムと世話用に派遣されるテラフォーマー以外には長らく使われていない、両者を幽閉するための専用棟へと続く扉を開け、グリードは薄暗い廊下に躊躇なく足を踏み入れた。
「……」
歩調を緩めることなく廊下を進む。赤い非常灯に照らされるのは、無数のテラフォーマーたちの死骸だった──昼間に新しく派遣した世話係たちだ。この前の世話係たちは一週間近く保ったのだが……今日の連中は、相当に虫の居所がいいらしい。
そしてそんな無数の屍の先に、グリードは二つの人影を認めた。
「あら! あらあらあら! ヴォ―パル、珍しいお客様がいらっしゃったわ!」
人影の片割れが、楽し気に声を上げる。ドレスを身に纏っているらしく、そのシルエットは不規則な膨らみがある。その周囲には護衛のように数匹のテラフォーマーが棒立ちになっており、いずれのその肉体はまるで突然変異でも起こしたかのように奇怪な形態になり果てている。
「……」
対するもう片割れは、無言。こちらは相方とは対照的に何も身に着けていないのか、シルエットは人の輪郭そのものだ──身長が3m近いことを除けば。
その周囲には幾多のテラフォーマーたちの死体が倒れており、いっそ執拗といってもいいほどにぐちゃぐちゃに破壊されている。
「こんにちは、グリード叔父様! 今日もチェシャ猫のように笑っているのね?」
「……」
「【そういうお前らは相変わらず帽子屋みたいに気が狂ってるな──アストリス、ヴォーパル】」
常人には理解のできない言語で、グリードは返す。しかしその瞬間、ドレスの影はほほを膨らませ、あからさまに怒りを表現した。
「まぁ、ひどいわ! そんなことを言うと私、燻り狂うバンダースナッチになっちゃうんだから!」
「……」
ドレスの影──アストリスは大袈裟に声を張り上げると、腰から自らの得物であるナイフを引き抜いて両手で遊ばせた。それと同時、歪なテラフォーマーの兵士たちもまた、変わり果てた己の肉体に付属する武器を構える。
一方の巨影──ヴォーパルは小声で何事か呟くと同時、その姿はまるで空気中に煙が解けるかのように消失した。ただ突き刺すような殺気はむしろ先ほどよりも強まり、決して彼がこの空間から逃走したわけではないことを物語る。
「【やっぱりこうなったか】」
できれば面倒ごとは避けたかったが、こうなっては是非もない。相対するグリードもまた、腰に差しておいた彼の武器――幾何学の文様が刻まれた真紅の剣、史上初めて自分たちテラフォーマーを討ち果たした人間の忘れ形見『ジョージ・スマイルズ』を引き抜き、戦闘の態勢に移行した。
刹那の膠着、それを真っ先に破ったのはアストリスの手勢と化した変異テラフォーマーたちだった。
ある者は鋏のようになった右腕で、ある者は鞭のように変異した舌で、またある者は全身から生えた棘を以て――グリードに襲い掛かる一匹残らず輪切りにされていた。
「ふふっ──一緒に遊びましょ♪」
その影を縫い、接近するはアストリス。彼女は瞬間移動としか捉えられぬ歩法でグリードに近づき、ナイフで喉を切り裂いた両腕を大太刀で切り飛ばされた。
「ひゃっ!?」
さすがに驚いたのだろう、アストリスはすぐさま飛び退いて離脱する両足を切り落とされる。
「【幼な子はどなりつけろ、ってか】」
身動きが取れずにもがきながらアストリスが地面に倒れこむ様を、グリードは追撃をしかけるでもなく見つめる。
そんな彼の背後に回り込んだヴォーパルは、完全に認識できないはずの不可視の攻撃で以てグリードの命を奪う更に背後へと回り込んだグリードが顔面を目掛けて放った専用の麻酔スプレーを諸に吸い込んでしまう。
「……!」
ズシン、という地響きが鳴り、その直後膝をついたヴォーパルが姿を現した。一吸いすれば象すら昏倒するそれを受けながらも未だに意識は保っているようだが、しかしさすがに身動きはできないらしい。グリードは彼の頭部をわし掴みにすると、ゴキリと首の骨を鳴らして一言。
「【任務かんりょー】」
「乱暴すぎるのだわ! 降ろして叔父様、おーろーしーてー!」
「……」
いつの間にか再生させた手足でぽかぽかと己を叩くアストリスを肩に抱き上げ、ぐったりとしたヴォーパルの巨体を引きずって、グリードは来た道を引き返し始める。その口元にニタニタとした笑みを浮かべ、そこからこらえきれない不気味な笑い声を漏らしながら。
「じぎ、じぎぎぎぎ……
ジョセフ・G・ニュートンよ。
オリヴィエ・G・ニュートンよ。
エドガー・ド・デカルトよ。
知っているか? お前たちが愚かだと見下す人間は、お前たちが下らないと侮る人間は。お前たちの想像している以上に愚かだということを。その愚かさはいつだって、全知たる神を以てしても計り知れぬものだということを。
人知を超えて神の座を目指す者どもよ、ゆめゆめ忘れるな──そして知るがいい。
お前たちが黒幕気取りと嘲る我が友、アダム・ベイリアル。そのあまりにも低俗でどうしようもない狂気は、狂いなく神を殺す一矢になりうることを。
──お前たちが戦うべきは、同じく神を目指す者どもだけではないことを。
※※※
火星から二機の小型ロケットが打ち上げられたのは、その数時間後のことだった。そのうちの一機がアフリカのリカバリーゾーンへ、もう一機がベネズエラの熱帯林に着弾したのは、それからさらに39日後のこと。
そしてこの戦いの全てが終わった後に──事情を詳しく知る者たちは、口を揃えてこう言った。
例え核爆弾を落としてでも、あれが地球に届くのは阻止すべきだった──と。
【オマケ①】他作品の登場キャラ紹介
アストリス・メギストス・ニュートン(深緑の火星の物語コラボ編)
うさ耳カチューシャ、大胆に胸元が開いた赤のドレスに身を包んだ美人さん。不思議の国のアリス的な独特の口調が特徴。
盤外戦にアダムが送り込んだ「赤の女王」。
グリード「(舐めるようにバニースタイルを眺めながら)……
プライド「お前、種族的に考えて守備範囲広すぎないか?」
【オマケ②】
アダム「前話でかっこよく三章の予告したが……どっこい幕間……! これがアダムクオリティ……! 愉悦……圧倒的愉悦……!」
オリヴィエ「今回入れて幕間は二話入るから、エドガー君の出番はもう少し先だね。どんな気分か聞いてもいいかい?」
エドガー「貴様らほんと空気読まんよな」