贖罪のゼロ   作:KEROTA

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絶対凱歌EDGAR―6 獣蛇疾駆

「なにを、なにをしているのだ私は……!」

 

 アメリカ合衆国国防長官、デイビッド・ジョーンズは苛立ちと共に髪を掻きむしった。その苛立ちの要因は己がまさに犯している罪に対する苦悩に対するものであり、同時に己が進行形で晒している醜態故のものでもあった。

 

 フランスへの牽制に失敗しただけにとどまらず、あまつさえ敵である彼らの利となる行為を重ねてしまった。

 

 黒陣営の密入国の手引きに始まり、彼らの拠点の確保、ミッシェルやダリウスといった合衆国側の主力の軟禁、グッドマンの妻と娘の避難先情報のリーク、更にはホワイトハウスの救助部隊の作戦妨害や遅滞指示。

 

 いずれも、国防を担う組織のトップが犯してはならない罪。そんなことは分かっている。だが……

 

『どうだい国防長官、俺の『蜜』は極上だろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 脳裏に中折れ帽の青年の幻影がよぎる。記憶の奥底から、まるで悪魔が誘惑するかのように、彼は脳幹をくすぐるのだ。

 

『このままだとあんたは餓死するか、点滴で栄養を補充するしかない。依存症を治療するって手もあるけど、時間はかかるし下手な麻薬を抜くより辛いことは保証する。ま、どっちにしてもまともな社会生活は送れないだろう』

 

 ――けどね。

 

 まるで蛇が舐るように、記憶の中の彼はデイビッドに囁く。

 

『俺たちに協力してくれるなら話は別だ。俺の蜜をこっそりあんたに分けてやる。悪くない話だろ? 俺の特性は麻薬と違って普通の検査じゃわからない、上手くやれば今の地位に居続けられるさ』

 

 デイビッドは己の職務に殉じる……とまではいわないまでも、その責任は果たす人間だ。少なくとも、賄賂や利権の類でなびく類の人間ではない。だが結果として、彼はフランスの操り人形に成り下がってしまった。

 

 地位が惜しかったこともある、命が惜しかったこともある。だがそれ以上に、青年の特性による呪縛に抗えなかった。

 

『グッドマンを引きずりおろした後で、美味しい蜜はたっぷりあげよう。ほら、もたもたしてると禁断症状で苦しくなるぞー?』

 

 それはまさに悪魔の蜜――口にすれば甘く、しかし飲み込んだが最後、その者は永遠に『蜜』の虜となる。

 

 健全なる魂は、健全なる肉体にこそ宿る。肉体が耽美に堕落した今、デイビッドの魂が腐り落ちるのは時間の問題であった。

 

 ――なればこそ、未だ正気を保てているうちに。私は本来の責務を果たさねばならない。

 

「っぐ、うゥ……!」

 

 苦し気にデイビッドは頭を押さえた。既にここ数日、彼はフィリップの蜜を口にしていない、蜜の効力が切れかかった体が禁断症状に悲鳴を上げていた。

 

「! 国防長官!」

 

「構うなッ! ……これで、いい」

 

 慌てて駆け寄ろうとする秘書を手で制し、デイビッドは電話の受話器へ震える手を伸ばした。

 

 ――フィリップ・ド・デカルトの呪縛は強力で、その上悪辣だ。蜜の効力があるうちはその性質故に抵抗のしようがなく、効力が切れても激しい禁断症状でやはり抗えない。一度でも彼の蜜を口にすれば、文字通りの奴隷となる。

 

 だが、だからこそ、今なのだ。蜜の効力が消えた今ならば、苦痛さえ耐えられれば正気の行動ができる。隷属の鍍金を剥がし、己の正義に従って行動ができる。

 

「私だ……これより、超法規的措置を発令する。一度しか言わん、よく聞け」

 

 脂汗を拭いもせず、デイビッドは受話器に語り掛けた。すぐに自分は禁断症状に呑まれ、正気を失うだろう。だからこそ、今打てる手は一つだけだ。

 

「――」

 

 空気を肺の中に取り込む。その一言を口にすれば免職は免れまい。しかも、事態をより悪化させてしまう可能性すらある。平時の彼ならば絶対にやらないどころか、自分以外の誰かが同じことをしようとすれば殴ってでも止めるだろう。

 

 だがこのままでは、全てが終わってしまう。『神への挑戦者』と『鋼鉄の薔薇』が描く筋書きの通りに、合衆国が敗北してしまう。それだけは、絶対に避けねばならない。

 

 故に彼はなけなしの理性と正気を振り絞り、宣言したのだ。

 

 

 

 

 

「検体番号354番――『シーザー』を、ワシントンD.Cへ解き放て」

 

 

 

 

 

 

 ――灰の変則駒(フェアリーピース)、『獅子(ライオン)』の戦線投入を。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ガルアアアアアア!」

 

 

 

 黄金の鬣を揺らし、シーザーが咆哮する。静寂に閉ざされた街に、王の憤怒が轟いた。

 

「オイオイ……いつからワシントンはサファリパークになったんだ?」

 

 軽口をたたきながらも、シーザーを捉えるフィリップの目は冷静そのものだった。彼は新たに現れた脅威を観察し、その戦力を分析する。

 

 ――生物種、ネコ科。ライオンに似てるが、たてがみの量が少ない。おそらくは品種改良種。

 

 ――骨格、頑強。筋肉の付き方も明らかに狩猟に特化。見世物ではなく、軍事利用を目的としたもの。

 

 そして四肢を強靭強固に補強する黒い外骨格、頭部から生えた節のある触角――明らかにM()O()()()()()()()()()

 

 このことから導き出される結論は。

 

「アメリカも化け札(ジョーカー)をきったってとこかな。こんなことをできるのは――」

 

 ――ジェラルド・グッドマン。

 

 脳内に真っ先に浮かんだその可能性を、しかしフィリップは即座に捨てた。現在進行形でシドの襲撃を受けているグッドマンが、わざわざ生物兵器を市街に開放するとは思えない。あまりにもメリットが少なすぎる。

 

 ならば、この混沌とした戦況を作り出した者は必然的に一人に絞られる。非常事態下において強い発言権を有し、国の中枢に近しいもの。

 

「――国防長官か。鞭が足りなかったらしいな」

 

 彼の脳裏に思い浮かぶは、隷属の蜜でがんじがらめに捕らえたはずの合衆国国防長官の顔。抵抗の意志はへし折ったつもりだったが、存外に愛国心は強かったらしい。

 

猛毒部隊(ポイズナス)、応答しろ。誰か生きてるかい? ……うん、知ってた」

 

 通信装置に呼びかけるも、数本隣の通りに待機しているはずの猛毒部隊からの返事はない。返ってくるのは虚しいノイズばかりだ。

 

 げんなりするフィリップの視線の先には、真紅に濡れたシーザーの前脚。おそらく自分がミッシェルと戦闘している最中に襲撃を受けたのだろう。

 

 もとより彼らは暗殺を生業とする粛清部隊、白兵戦となれば圧倒的に不利である。ましてやその相手がMO手術を受けた猛獣だったとなれば、彼らの末路がどのようなものであったかは想像に難くない。

 

 ――どうにも、上手くいかないな。

 

 溜息をついて、しかしフィリップはすぐさま思考を切り替える。エドガー・ド・デカルトと、彼の庭たるフランス共和国を脅かす外敵を幾度となく退けてきた『フランスの三枚盾』。その中でも随一の切れ者である彼にとって、味方の不在など手札の一つが潰されただけにすぎない。

 

「メリュジーヌ」

 

 大蛇はその声に応えるように二又の舌を口から出すと、フィリップを見やった。縦長の瞳孔を一層細め、彼女は主の次なる言葉を待つ。

 

「やれ」

 

 親指を下に向け、調教師は抹殺を命じた。その瞬間、新生代の王(メリュジーヌ)は既に稲妻となり、アスファルトに覆われたワシントンD.C.の大地を駆けていた。

 

 ――あまりイメージが沸かないかもしれないが、蛇という生物は全身が筋肉の塊である。

 

 獲物を狙う際に発揮される瞬発力、獲物を絡めとり絞め殺す拘束力。これらは全て、しなやかかつ強靭な蛇の筋線維があってこそのもの。それが今、史上最大のヘビたるティタノボアの躯体で発揮される。

 

 神速で迫るは短刀の如き牙。だがそれが、現代の帝王(シーザー)の肉を食らい裂くことはなかった。

 

 メリュジーヌの牙が自らに到達する刹那、シーザーは四肢に力を込めてその場を大きく跳躍したのである。

 

「……へぇ?」

 

 それを見たフィリップは、興味深げに目を細めて見せた。ネコ科の生物は身体能力が高く、この科に分類される生物は総じて優秀なハンターである。だが、どれほど彼らが運動能力に優れていようと――()()()4()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ガアアアアア!」

 

 シーザーはビルの壁を蹴り、獲物を見失ったメリュジーヌへと勢いよく前脚を振り下ろした。大蛇が身をくねらせて紙一重でそれを避ければ、獅子の前脚は小規模な地震と共にアスファルトにクレーターを刻みつける。

 

「シューッ!」

 

 闘争においては、一瞬の隙こそが命取り。攻撃直後、無防備な姿を晒したシーザーの側面に俊敏に回り込み、メリュジーヌはその首へと食らいついた。今度こそ彼女の牙は、万獣の帝王の肉を捉える。

 

 通常、蛇の噛みつく力はさほど強くはない。大型種であるアナコンダでも約20kg程度、無論小型の蛇となればよりその数値は小さくなる。一般的な成人男性の咬合力である60kgと比べても、その数値の差は一目瞭然だ。

 

 大型の蛇であれば、獲物を狩る方法は『絞殺』。

 

 有毒の蛇であれば、獲物を狩る方法は『毒殺』。

 

 彼らの顎は猛獣のように噛み砕くことを想定していない、単純に飲み込むだけの力があればそれでいいのである。自然界の中で種の繁栄を目的として生まれてくる彼らならば、それで十分。

 

 だが、メリュジーヌは違う。古代生物の名を冠する品種改良種、『ティタノボア・セレホネンシス』は繁栄ではなく、戦闘を目的として生み出された生物兵器である。

 

 手術ベースとして人体に組み込む前提ならば、その強さは十分よりも十二分である方が好都合。故にレオ・ドラクロワはティタノボアを造り上げるにあたって、その遺伝子にワニ類を組み込むことで大幅に咬合力を強化させている。

 

 多くの生物にとって首は急所。必然、この一撃で勝負はつくはずであった。自らの牙が獲物の肉を突き破り、次いでボギン! という音と共に頸椎が折れて戦いは終わり。

 

 自身と同じく、1人の天才によって生み出されてきた数多の古代生物。実験動物たちを相手どり在庫処分(戦闘訓練)をこなしてきたメリュジーヌ。彼女の経験と本能に根差した予想は、しかし次の瞬間裏切られることになる。

 

「グル……!」

 

 ――牙が通らないのだ、シーザーの首筋に。

 

 理由は至極単純、彼の首筋は三十の鎧に守られているから。

 

 第一に、ライオンの血を引くが故の“たてがみ”。第二に、彼のベースとなった昆虫が有する“硬質な外骨格”。これら二つが牙の貫通を防ぐ。

 

 そして第三に、やはり彼のベースとなった昆虫に由来する“圧倒的筋力”。生物の中でも最高峰のそれが、先述の二つの防御も相まってメリュジーヌの牙を押し返したのだ。

 

「ガルルルァ!」

 

 ――闘争においては、一瞬の隙こそが命取り。

 

 予期せぬ事態に判断を鈍らせたメリュジーヌの胴体に、シーザーは前脚を振り下ろす。猫パンチ、などと可愛らしく形容できるのはそれが小型のイエネコの規格であればこそ。大型の猛獣サイズで放たれるそれは、一撃で獲物を即死させることすらもある凶撃である。

 

 ――ブシュリ。

 

 シーザーの爪は鱗ごとメリュジーヌの体から肉をそぎ落とし、アスファルトを鮮血で彩る。力が緩んだすきを狙ってメリュジーヌの体に噛みつくと、彼は力任せに大蛇の肉体を放り投げた。

 

 15m近い彼女の肉体は宙を舞い、車道を挟んで向かい側のビルに叩きつけられる。振動で窓ガラスが一斉に砕けると、ぐったりと倒れ伏す古代生物に雨霰と降り注いだ。

 

「昆虫類の外骨格、ネコ科であることを加味しても明らかに発達した脚力、そして自分より巨大な相手にもビビらず襲い掛かる凶暴性……触角の形は蟻か」

 

 僅か数合の攻防、しかしそれで十分。フィリップは読み取った情報を脳内で即座に組み上げ、シーザーの肉体に組み込まれた生物にあたりをつけた。

 

「ブルドッグアント、かな」

 

 ブルドッグアント、またの名をトビキバアリ。『殺人蟻(ジャック・ジャンパー)』の通称で呼ばれるこのアリはその異名の通り、小さな体躯に数多の攻撃機構を盛り込んだ昆虫界きっての殺し屋である。

 

 強靭な顎は屈強な昆虫の外骨格を容易く食い破り、屈強な脚は体長の数倍以上の距離を跳躍することも可能。蟻の中では頭一つ飛びぬけた視力で獲物を見つけると、時に人の命すらも脅かす毒液を仕込んだ針で刺殺し、自らの糧とする。

 

 数ある生物の中でも『モンハナシャコ』と並び、表裏アネックス計画のオフィサークラスに与えられるベースとしてU-NASAが目を付けていた生物だ。一方で環境破壊が深刻化した27世紀の地球上においては生息数が極端に少ないために研究も進んでおらず、『現時点ではαMO手術でないと適合しない、昆虫でありながら高難度なベース』でもある。

 

 現状、この生物を用いた公式のMO手術成功事例は裏アネックス計画の幹部『島原剛大』ただ一人。そしてその彼は現在、白陣営による黒陣営への『盤外戦(フランス侵攻)』に対するカウンターとしてU-NASAからフランスへと派遣されている。

 

 故に今回の作戦でお目にかかることになるとは思っていなかったのだが。

 

「『非公式の』施術成功事例はいたってわけね。なるほど、強いわけだ」

 

 轟! と雄たけびを上げ、硝子の雨の中で瀕死の大蛇へと歩みを進める獅子を前に、フィリップは帽子をかぶり直した。

 

 アネックス計画関係者の中でも、トビキバアリの特性を持つ剛大は最強クラスの実力者である。剛大自身はニュートンのような特異体質でもなく、幸嶋隆成のように武を極めることに心血を注いだわけでもない。優秀なれど、本人の能力は人間の範疇を出ない彼を最強の頂にまで押し上げたベース生物が、あろうことか猛獣に組み込まれた。

 

 それがどれほど危険なことであるかは言うまでもないだろう。現に、彼が調教した古代生物達の中でも最強のメリュジーヌすら、こうも一方的に戦闘不能へと追い込まれてしまった。

 

「けどさぁ――()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 彼はポケットから弾丸を取り出すと、メリュジーヌと対峙するシーザーの背に向けて立て続けに三発放つ。無音で放たれた弾丸たちが、無防備にさらされたシーザーの背中に吸い込まれるように向かっていく。

 

「! ガルッ!」

 

 しかしそれを、シーザーは躱した。果たしてそれは野生の直感によるものなのか、あるいは何らかの感覚機能で事前にフィリップの動きを予期していたのか。いずれにせよフィリップの攻撃を見切ったシーザーは、特性で強化された脚力でその場を飛びのいた。

 

 弾丸は虚しく王の残像を貫き――。

 

「今のを避けるか……やるね。でもま、想定内だ」

 

 そして、『瀕死の大蛇の鱗を撃ちぬいた』。

 

 

 

「ライガー君さぁ――その力、自分だけの特権だと思ったら大間違いだぜ?」

 

 

 

 途端、メリュジーヌの肉体がミシミシと音を立て始めた。なんのことはない、フィリップが放った弾丸には、『フラノクマリン』だけでなく『変態薬』も装填されていたというだけのこと。

 

 そのままシーザーが被弾すればよし。既に変態している彼にとっては致命的な投与量となるだろう。仮に避けられても構わない。その時にはフィリップの攻撃は一転、メリュジーヌの巨体に組み込まれた『特性』を目覚めさせる援護となる。

 

「!」

 

 異変を感じ取ったシーザーは姿勢を低くし、警戒するように唸り声を上げる。その眼前で、メリュジーヌの体は刻々と変異を遂げていた。

 

「シ、ィイイイ……!」

 

 急速な細胞の活性化により、胴の傷が見る間に塞がっていく。全身をびっしりと覆う鱗は深緑から褐色に色づいて隆起し、滑らかな蛇の流線は強靭な筋線によって補強される。頭部から生えた節のある触角は、ミッシェルやシーザーと同じ蟻の特徴。牙は二回りほど太く、氷柱のように鋭利に伸びた。

 

「シュウゥ――」

 

 グイ、とメリュジーヌは横たえた上体を起こす。美しさと力強さを兼ね備えたその姿に、もはや『大蛇』という形容詞では役者不足であった。

 

 まさに『(ドラゴン)』。

 

 伝説の生物、神秘の象徴とされる幻獣が、実体を伴ってワシントンへと降臨していた。

 

「ガァッ!」

 

 復活を果たしたメリュジーヌ、すぐさまシーザーは間髪入れずに飛び掛かった。彼を突き動かしたのは、帝王の矜持と本能。メリュジーヌという自らに比肩する生物を生かしておけないという衝動が、彼の肉体を突き動かす。

 

 そして次の瞬間、シーザーの視界からメリュジーヌの姿が掻き消える。驚く間もなく、まるで巨人に握りしめられたかのような強烈な圧迫感が彼を襲う――鱗に覆われた太く長い怪物の胴が、シーザーの全身に締め上げていた。

 

 その視界に、ヌッと鎌首をもたげたメリュジーヌの顔が広がる。口の端からチロチロと舌を出入りさせながらじっと獅子を見つめる龍は、シーザーが力尽きる様をどこか楽しんでいるようにも見える。

 

「ガ、ァ……ッ!」

 

 自らを捕らえる力から逃れようと力を籠めるも、彼を王者たらしめるブルドッグアントの怪力を以てしても、身じろぎすら敵わない万力。

 

 しかも、シーザーがメリュジーヌに抵抗する力は刻々と弱まっていた。拘束による酸欠にしては、あまりに早すぎる。メリュジーヌが鱗の隙間から放出する、彼女のベース生物に特有の化学物質が原因の『麻痺』である。

 

「運が悪かったね、ライガー君。俺もメリュジーヌも、蟻相手にはめっぽう強いんだ。まぁこれに懲りたら、覚えておくといい。獅子じゃ龍には勝てない。獣じゃ調教師には勝てない。そんでもって――」

 

 ――孤高の王じゃ、群れた徒党には勝てない。

 

 言い聞かせるようにそう言って、庭師はその手に妖花の蜜を滲ませた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 古くから人間は、戦争においてしばしば動物を利用してきた。

 

 軍用犬は言うに及ばず、オペラント条件付けによって刷り込みを行った鳩によるミサイル誘導、ナパーム弾を括り付けたコウモリによる爆撃など、近代史においても戦争における動物兵器の研究が欠かされたことはなかった。

 

 それは27世紀においても変わることはなく。エドガー・ド・デカルトが協力者としてレオ・ドラクロワを迎え入れれたことを契機に、フランス共和国軍上層部では1つの軍事計画が持ち上がった。

 

 その名を『PROJECT:Gévaudan(ジェヴォーダン計画)』――ESMO手術のベースとするために生み出されたものの、本来の役目を果たす前に何らかの事情で用済みとなった合成生物たちの軍事利用を目的とする計画である。

 

 ステファニー・ローズが中心となって発足させたこの計画の根本にあるのは、奇しくもシーザーを生み出したアメリカ合衆国と同じ思想。早い話が人間よりも強い生物にMO手術を施して『最強×最強=最強』を実現しようというもの。

 

 ただし、シーザーを生み出した科学者たちが目指していたのが『最強の決戦用兵器』だとすれば、ジェヴォーダン計画を主導するステファニーたちが重視したのは『優秀な量産型兵器』であった。これを実現するため、彼女が重視したのは戦力価値・生産性・制御性の三つ。

 

 このうち、戦力価値については申し分なかった。古代生物の再現として造られた合成生物たちは総じて巨大で力強い。手術ベースとしては万全の力を発揮しきれない生物でも、素体としてならば並の軍人では及ばないポテンシャルを秘めている。

 

 生産性の問題もなかった。もとより廃棄予定の合成生物を再利用するため、素体のコストはかからない。ベースとなる生物についても、ありふれた生物を用いればいいだけのこと――むしろ単純なパワープレイによる蹂躙を目的とした量産兵器に、複雑な機構を持つベースは邪魔でさえある。最終的には採集が容易であり、ベース自体も高い能力を有する『アリ』をベース生物とすることで話はまとまった。

 

 残す問題は制御性――これを解決するために白羽の矢が立ったのが、ESMO手術被験者の中でも特殊なベースに適合したフィリップ・ド・デカルトだった。

 

 彼の手術ベースとして生み出された『メリオルキス・カリビア』は蜜を介して他生物を利用する植物であり、フィリップ自身も騎兵隊長として生物の扱いに長けている。加えて計画発足直前に起きた事件で、彼が対外的には死亡したことになっていたのも都合がよかった――彼がこの計画の要として抜擢されるのは必然だったと言えるだろう。

 

 かくしてフィリップが率いる科学者と調教師たちの手によって、何体もの軍用合成騎獣(ジェヴォーダンの獣)が生み出された。槍の一族によるフランス侵攻の折には秘密保持の観点から投入は見送られたが――もしも仮にこのジェヴォーダンの獣たちが先の戦いで前線へ投入されていたのであれば、もっと早く決着(ケリ)がついたはずだ。

 

 人間サイズであっても容易くテラフォーマーを屠る彼らのベースが、文字通りに恐竜サイズのスケールで振るわれることになるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリュジーヌ

 

 

 

 

 

 生物種:ティタノボア・セレホネンシス

 

 

 

 

 

 国籍: ―― / フランス

 

 

 

 

 

 5歳 ♀

 

 

 

 

 

 体長15m 体重1.5t

 

 

 

 

 

 MO手術 “昆虫型”

 

 

 

 

 

 

 

 

   ―――――――――――― アルゼンチンアリ ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【オマケ】
ステファニー「いずれ共和国親衛隊騎兵連隊の騎馬は、こいつらに差し替える方向で考えている」

フィリップ「へぇ、統合参謀長でも冗談をいうん……待って、その顔まさか本気??」

エドガー「統合参謀長、貴様その軍事脳をなんとかしろ。騎兵連隊の役割は儀礼や祭典など対外的側面が強い。要人のエスコートをティラノサウルスでさせるつもりか」

千桐「全然ありでは?」

六禄「断然ありだな」

オリアンヌ「風邪村、座っていろ。本編設定を無視して立つな」

セレスタン「爺さん、あんたもだ。いい歳して目を輝かせるな」



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