―うっとうしくて気持が晴々しないこと。気がふさぐこと。
「死ねぽよォッ!!」
「っく……!」
剥き出しの闘志と共に迫る攻撃を、シモンは巧みな槍さばきでいなした。
(特殊な武術を使ってるわけじゃない……けど!)
これまでに多くの死線をくぐりぬけてきたシモンに言わせれば、ヴォーパルの攻撃はお世辞にも洗練されているとはいえない。
ただただ力任せに、己のフィジカルのみでごり押してくるだけの敵……達人級の技巧を持つシモンにとって、本来ならば訳のない相手である。
──だが。
「プルいプルいプルいプルいィィィイィイィ!」
肉切り包丁のような爪が、岩のような拳が、丸太のような腕が、絶え間なくシモンへと降り注ぎ続ける。
無造作に放たれるそれらは石畳を斬り裂き、建物の柱をへし折り、自動車をひっくり返す。そのいずれも、一撃で標的を粉砕しうる程に強力なもの。
(力のスケールが違いすぎる! まるで映画の中の怪獣──!)
──生物最強が、力任せに暴力を振るうということ。それは即ち、生態系の枠組みを逸した“災厄”そのものが、個にすぎぬ生命に牙をむくことを意味する。
(とにかく今は、少しでも時間を稼がないと……!)
嵐に直面した虫にできることはただ一つ、嵐が過ぎ去るのをひたすら待つことだけ。だがそれを許す程、アダム・ベイリアルが生み出した最強の怪物は甘くはなかった。
「有りよりの隙有りィ!」
それまで手を用いた攻撃に徹していたヴォーパルが、不意に体軸を回転させた。何が起きたのかを理解するよりも早く、シモンを目掛けて振り放たれるは、棍棒のような尾。
「ッ!!」
通常の人間が相手であればおよそ不可能な攻撃方法とタイミングで放たれる、強靭な一撃。それをシモンは、辛うじて正面から受け止めた──
「!」
そして彼は、己の失態を悟る。それは単発の攻撃ではなく、
「不味──」
先の強打をもろに受け止めてしまったシモンの体勢は万全ではない。もう一撃を防ぎ切ることはできないだろう。
(間に合え──!)
咄嗟に彼は、ウンカの脚力で後方へと跳躍した。回避行動は辛うじて間に合い、シモンは紙一重で死の間合いを脱することに成功した──かに思われた。
「っ、あ……ッ!」
だがその直後、着地した彼の体に一筋の裂傷が刻まれた。神経が脳に痛みを訴えかけるのと、傷口からドクドクと深紅の血が滲みだしたのはほぼ同時。
「チョベリグゥ……!」
苦悶の声と共に態勢を崩したシモンの姿に、ヴォーパルは愉悦の笑みを浮かべる。人為変態によって湾曲し、フック状の鉤爪となった足の親指。標的の血がべったりとこびり付いたその凶器で、得意げにコツコツと地面を叩きながら。
凶器の名は”シックル・クロー“。
ヴェロキラプトルを始めドロマエオサウルス科の肉食恐竜が後脚に備えていたその器官は、自分よりも大きな獲物を斬撃で殺傷するためのものだと考えられている。
「ンのヤロッ……!」
すかさずスレヴィンは、両手で構えていた拳銃の引き金を引いた。人為変態時のような弾幕形成は無理だが、無防備な生物相手なら一丁でも十分。
果たして50口径の銃口から放たれたホローポイント弾は狙い過たず、ヴォーパルの頭部に命中し──
「なっ……!?」
──
銃声の残響の中でゴィンという鈍い音が響き、跳弾が近くの噴水を破壊する。
「オイオイオイ、冗談だろ……!?」
一方のヴォーパルは全くの無傷。シドですら過剰変態による特性の強化でようやく防いだ一撃を受けながら、仰け反りすらしなかった。
「50口径の鉛玉を脳天に喰らってんだぞ!? 何でできてんだコイツ!?」
『──あれは
スレヴィンの疑問に通信端末越しに応えたのは、クロードと同じくU-NASAで戦況を確認しているヨーゼフだった。
『鱗や真皮が固く結合して形成される、防御を目的とした器官だ。現生種ではワニやアルマジロに見られる組織だが……強度が桁違いだな。実に原作に忠実に再現したものだ』
「原作? さっきから何を──ッ!」
不意に頭上から差した影に、スレヴィンは反射的に脇へと飛び退く。その直後、数秒前まで彼が立っていた位置に、放り投げられた救急車が着弾し、大爆発を引き起こした。
「クソッ! 無茶苦茶しやがって……!」
物陰に転がり込んだスレヴィンは、顔だけを出して様子をうかがう。どうやらヴォーパルは今の一撃でスレヴィンへの関心を失ったらしく、態勢を立て直したシモンとの戦闘を再開していた。
「おいヨーゼフ博士! 何か知ってんなら教えろ、ありゃ何だ!?」
『一連の事件の黒幕が送り込んだ生物兵器だ』
怒鳴るようなスレヴィンの問いかけに、ヨーゼフは努めて冷静に回答を口にする。
『生身で人為変態後の
「ミッシェルのαMO版ってことか、ゾッとしねぇ……ベースは?」
『αMOの2つ持ちだ。手術ベースは”インドミナス・レックス”および“インドミナス・ラプトル”』
「……待て、レックスにラプトルだと?」
スレヴィンは眉を顰める。ヨーゼフが口にした生物名こそ記憶にないものの、その中には聞きなじみのある単語が混じっていた。
「おい博士、まさかベース生物が恐竜とか言わねぇよな?」
『──概ね正解だが、実情はより悪い』
通信端末ごしに響くその声は、ひどく重々しい。間違いなく碌なものじゃないとスレヴィンは直感するが、黙って続きを促す。
『インドミナス・レックス、インドミナス・ラプトル──生物史において、
「……まさか」
原作、レックス、ラプトル、存在しない……スレヴィンの脳内で、点と点が線で結ばれていく。そしてその最悪の予想を肯定するかのように、ヨーゼフは核心を口にした。
「君は映画を嗜むかね、スレヴィン? 奴の手術ベースになった生物は、600年前の古典映画に登場する架空の怪物だよ』
※※※
──『ジュラシック・パーク/ジュラシック・ワールド』シリーズ。
最先端のバイオテクノロジーにより現代に蘇った恐竜と、彼らを巡って繰り広げられる様々な事件に焦点を当てた映画作品である──観たことはなくとも名前と大まかなあらすじは聞いたことがある、という方も多いのではないだろうか?
CGやアニマトロニクス技術を駆使して撮影されたリアリティ溢れる恐竜の姿が見どころであり、まさに「見ていて楽しい」エンターテインメント作品の筆頭といえるだろう。一方で作品の根底には「行き過ぎた科学への警鐘」という哲学的テーマが存在しており、視聴者に生命の本質を問いかける奥深い名作となっている。
「──という古典映画の傑作なんだけど、まぁ君たち二人なら解説いらないか。ジュラシック・パーク、面白いよねっ!」
「いや、知らんな」
「生憎と私も。あまり興味ないな」
「マジかよこいつら」
今一つピンと来ていない様子のオリヴィエとエドガーに、アダムは思わず真顔になった。
「かーっ、しょうがないなぁ君たちは! だったら僕が、特別に第一作から見どころを順番に教えてあげる! ほら、サブスク準備して!」
「下らん映画談議を始めるつもりなら、今すぐ通信を切るぞ道化」
額に青筋を立てたエドガーにブーブーと野次を飛ばしつつ、アダムは話を本題に戻す。
「まぁとにかく、僕はこのシリーズの大ファンでね。特にちょこちょこ出てくる、ハイブリッド恐竜の設定が大のお気に入りなのさ」
「ふむ。名前の響きからして、人工的に造られた恐竜という認識でいいのかな?」
オリヴィエの言葉に、アダムは「その通り!」とハイテンションで答える。
「といっても映画の設定だと、復元した遺伝子の欠落をカエルのDNAで補ってるから、厳密にいえばどれも本物の恐竜じゃないんだけどね。ハイブリッド恐竜は、そいつらを更に掛け合わせた正真正銘のニセモノってワケ。生物学者が監修したとかで科学的な整合性はとれてるけど、実在はしない架空の生物」
「……レオのE.S.M.Oと同じ理屈か」
「お、エドガー君もせいかーい! それでまぁ、僕の科学力ならさ。化石やら琥珀やらから、大昔の遺伝子を取り出すこともできちゃうわけで──」
──
そう言いながら、アダムはモニター上に二匹の生物のデータを表示する。
片方は“インドミナス・レックス”。テーマパークの新たな目玉展示品として、様々な恐竜と現生生物のDNAをかけ合わせて創造された新種という設定の、白い体色の大型肉食恐竜。
もう片方は“インドミナス・ラプトル”。恐竜の軍事利用を目的として、インドミナス・レックスの遺伝子に改良を加えて造られたという設定の、黒い体色の中型。
「遺伝子のベースになるのは、みんな大好き“ティラノサウルス”。これくらいの塩基配列に“ギガノトサウルス”と”ヴェロキラプトル”をちょいと詰めて、“テリジノサウルス”に”カルノタウルス”振って、“アベリサウルス”、“アウカサウルス”、”マジュンガサウルス”、”ルゴプス”、”ヴィアヴェナトル”、”ピクノネモサウルス””ディノスクス”、穴~の空いた遺伝子に“マムシ”と”アマガエル”、筋の通らない“コウイカ”を組み込んで完成さ!」
ベース生物の材料となった数々の生物名を一息に諳んじると、アダムは「ふー」と呼吸を整える。
「このシリーズ史上最強と名高い2匹のハイブリッド恐竜が、ヴォーパルのαMO手術のベース生物ってわけ。いやーこの「僕が考えた最強の恐竜」って感じ、実に品がないね!」
「なるほど、いかにも貴様が好きそうだ」
「おや、珍しく意見が合ったね。確かにこれはアダム君らしい」
「物凄くディスってくるじゃん。あれ? もしかして君らを使って世界を滅ぼそうとしたこと、まだちょっと根に持ってる?」
まだも何もほんの数分前に暴露されたばかりなのだが、それを指摘する者はこの場にいなかった。
「本体も材質からこだわっててね。「人類最強」と名高い幸嶋隆成君を筆頭に、生身でテラフォーマーに匹敵するニュートン以外の人間のDNAで打線を組むことで、 数値上はジョセフ君を凌ぐ身体能力を持ちながら、ニュートンの血筋無添加を実現! 更にさらに、本来はツノゼミを上乗せする枠には丁度余ってたハゲゴキの胴体の遺伝子を使用! 人とテラフォーマーのいいとこどりで時速300kmオーバーで42.195kmを全力疾走するし、飲まず食わずでも一か月生き延びて食べた物は即消化吸収する!」
「故に『生物最強』……アストリスに並ぶ、もう一枚のジョーカーというわけか」
エドガーは思案する。常識にとらわれない──あるいは常軌を逸したというべきだろうか──発想と、それを実現する科学力は、認めたくはないが賞賛に値する。
それを全く無意味な用途にしか使わないあたり、道化師が道化師たる所以なのだが。
「ところでアダム君。素人質問で恐縮なのだけれど、一ついいかな?」
「それめっちゃ痛いところ突いてくる前振りじゃん」
若干顔を引きつらせるアダムに、律義に手を挙げたオリヴィエは「いやいや、そう大した質問じゃないとも」と微笑を浮かべる。
「君が
『
オリヴィエの言葉を受け、アダムは「ああそれか」と得心が言ったように手を打った。
アダム・ベイリアル直属の最高戦力、『【S】EVEN SINS』。
その名の由来は文字通り『
──”
──”
──”
──”
──”
──”
──”
漫画や小説を始めとする様々なジャンルで取り沙汰される機会も多いため、単語だけは知っているという方も少なくはないだろう。
しかし今日ではなじみ深いこの概念が、実は幾度かの改定を経て今の形になっていることは意外にも知られていない。過去にはこの七つ以外にも、大罪とされていた悪徳があった。
それこそが”
人とウイルスの融合体たる
「単に枠が余っていなかったのか。はたまた性格面に難があるから外したのか。あるいは純粋に……
「んー、どれもちょっと違うかな」
うーんと腕を組むアダムの反応を、オリヴィエは無感情にうかがう。両者の会話に口こそ挟まないが、エドガーもまた同様。
──この場に集う三者の内、最も勢力に関する謎が多いのがアダム・ベイリアルだ。
純粋に『何をしてくるか分からない』という点において、ある意味で彼は目的が対立している敵以上の厄介者。故にここで少しでも情報を引き出しておきたい、というのが両者の思惑だった。
「一時期は開店休業状態だったから枠がなかったってことはないね。性格に難があるって意味じゃ、今のメンバーも目糞鼻糞の背比べ状態よ? 戦力って意味でも、特段あの子たちが劣ってるわけじゃない。明確にあれ以上となると……まぁ、そんなにはいないかな」
((少しはいると))
必要な情報以外の雑談は聞き流しながら、脳内で情報を整理していく二人。そんな彼らに潜在的脅威として警戒されていることなどつゆ知らず、アダムはべらべらと自身の内情を喋り続けるのだった。
「じゃあとりあえず……あの子たちのせいで、危うく僕のラボが壊滅しかけた時のことから話そっか!」
※※※
「【その事件は後に、テラフォーマーたちの間でこう語られる──】」
──同時刻、火星。
いかにも真剣な表情で、グリードは切り出した。医務室のベッドの上、点滴に繋がれながらの発言である。
「【──『アダム・ベイリアル、その歴史でn番目の悲劇』、と】」
「それはもう日常茶飯事というのでは」
隣で話を聞いていたプライドは、その与太話に半眼で返した。ポケット翻訳機が彼の疑念を吹替えて伝えれば、グリードは「【ちゃうねん】」と手を眼前で振って見せた。
「【確かに大惨事は頻発するけども、あん時はホントにヤバかったんだって。なにしろ、
「! それは……」
プライドが微かに目を見開く。彼が『【S】EVEN SINS』として
前任者たちがいかなる最期を遂げたのか、その詳細には少しばかり関心がある。
「【当時の『【S】EVEN SINS』は今と違って、全員テラフォーマーでな。小生を筆頭に、火星でも最強の七体が務めてたんだ。ほれ、あの頃の写真】」
手渡された写真立てに目を落とせば、そこには滅茶苦茶いい笑顔を浮かべたグリードと、彼に負けず劣らず個性的な六体のテラフォーマーが写っていた。
──両腕から生えた短槍と背中の翅が特徴的な、口元を布で覆ったテラフォーマー。
──両腕が斧状に変化した、毛むくじゃらのテラフォーマー。
──全身を鎧のような皮骨に覆われた、長い首を有する力士型のテラフォーマー。
──鋭い鉤爪を持つ、天狗のような風貌のテラフォーマー。
──異形の七支刀を佩いた、六ツ眼に十二の瞳を持つテラフォーマー。
──全身を灰緑色の瘤や皺に覆われた、醜悪な外見のテラフォーマー。
彼らこそが、初代『【S】EVEN SINS』──火星に生息する2億のテラフォーマーの中から選ばれし、頂点の7匹。文字通り精鋭中の精鋭であったはずの彼らはしかし、一夜にしてその過半数が命を落としていた。
「【あのお転婆どもの強さは、その数段上を行った】」
グリードは静かに目を閉じた。彼の瞼の裏によみがえるのは忘れもしない、かつての同胞たちが一夜にて壊滅した時の記憶。
『まぁ大変! このままじゃお茶会に遅れてしまうわ! ヴォーパル、急いでスナーク達を狩らなくちゃ!』
赤いドレスの少女が高周波ブレードを振るい、その体から妖しい風が吹き抜ける。精鋭Aは武器ごと体を真っ二つに両断され、不可視の疫災に晒された精鋭Bは頭蓋骨が帽子屋のように変形し事切れる。
ゴキブリらしく床を這い、奇襲を仕掛けようとした精鋭Cは「まぁ、ごめんなさい!」と振り下ろされた少女の異形の足で踏みつけにされ身動きを封じられた。
『ぴえん通り越してぱおん』
白と黒の皮骨を纏った巨漢は精鋭Dと精鋭Eの頭を掴み、勢い良くぶつけ合わせてミンチにする。二つの死体を放り捨てると、彼は精鋭Fの喉笛に食らいつき、全身を覆う装甲ごと首を引きちぎった。
『【小生はスナークじゃねぇしぱおんはこっちの台詞だバカヤロー】』
死んだゴキブリのような目でぼやきながら、グリードは紅色の太刀を抜き放つ。そうして彼は自らの特性を全開にすると、
「【──とまぁ、こんな感じで小生があいつらしばいて事は収まったんだが】」
回想終わり、とばかりにグリードは再び目を空ける。
「【こん時に虫食い8匹と赤布27匹、赤紐133匹と巻き込まれた常勤型が大量に死んでな。あとラボも物理的に半壊した】」
「大惨事じゃないですか」
笑い事では済まない惨状にプライドが相槌を打てば、当時の生き証人は「【せやで】」と返す。
「【そんでまぁ当時の『【S】EVEN SINS』も5匹が死亡。小生以外で唯一生き残った奴も降格喰らって、そして誰もいなくなったってオチよ】」
「興味深い話ではありましたが……それと彼らの肩書に、何の関係が?」
プライドの疑問に、待ってましたとばかりにグリードは破顔する。
「【あいつらの所業はアダムにとって、『
意味ありげな言葉。プライドは沈黙で先を促せば、彼は流暢に語りだす。
「【今世紀のアダムの自由研究は、こいつらに着想を得たもんでな。それに合わせて、単なる武装親衛隊だった『【S】EVEN SINS』も、今の最高戦力かつ
「なるほど……だからこそ彼らは番外。我々に比べて戦略価値が低い分、烙印も【Q】と【R】に甘んじていると」
「【そゆこと】」
腑に落ちた様子のプライドに首肯しつつ、グリードは「【もっとも】」と言葉を続ける。
「【単純な殺傷力に限ればアイツら、小生たち以上の優等生なんだけどな。なんにせよこのエキシビション、見物だな】」
彼は高揚したようにその頬を緩める。
この火星で頂点に立っていた7匹の内、自身を除く6匹を下した特記戦力。その片割れは今、『神のスペア』と『神への挑戦者』を退けた者達に牙を剥いた。
果たしてそれは、今この瞬間も青き星で戦う彼等をも絶滅させる『
「【……いいや、いいや。違うよなぁ?】」
──否、それは『試練』。
「【小生たちはたかだか500年の新参者。しかもラハブの置き土産とかいうラッキーパンチが無かったら、お前らと同じ土俵にも立てなかった。だから……ここは一つ、お手並み拝見といこうじゃないか、
深緑に染まったこの星で、誰よりも人の可能性を信じる異端者。
「【小生に見せてくれ。お前達の可能性を──存亡をかけた生存競争、その鮮やかな逆転劇ってやつを!】……じぎ、じぎぎ!」
彼は笑った。まるで最高の舞台演劇を鑑賞しているかのように愉しげに、上機嫌に。
「
そして彼はホウ酸団子の副作用がぶり返し、静かにベッドの上に突っ伏した。それを見たプライドは溜息をつくと、静かにナースコールを押してナース型テラフォーマーの到着を待つのだった。
※※※
「ぐぁっ!」
『シモンッ!』
遂に地面へと倒れ込んだシモンに、クロードはほとんど悲鳴に近い声で呼びかける。
『もういい、退くんだ! 君たちだけでどうにかできる相手じゃない、このままじゃ無駄死にだぞ!?』
「分かっ、てる……」
槍を杖代わりにして何とか立ち上がりながら、シモンは言う。
クロードからベース生物として想定されうる情報は粗方聞いていた。そしてその脅威もまた、嫌という程に思い知らされた。
(生物としての次元が違いすぎる。ボクの前にいるこいつは、本物の怪物だ……!)
──ハイブリッド恐竜こそ最強。
何故ならば彼らは、そのほとんどが軍事利用を目的として創られた『軍用生物』。つまり創造に当たって掛け合わされる遺伝子は必然的に、『より強く』『より凶悪に』『敵を殺傷する』ことに役立つ特性を持つものが選ばれるから。
実に72本もの歯を意図的に生やされた “ギガノトサウルスの大顎”。それを動かすのは、対50口径弾を想定した防弾ガラスをも噛み砕く“ティラノサウルスの咬合力”。
同等の威力を持つ前肢の“テリジノサウルスの鉤爪”は窓の鍵を開けられるほど器用に動き、強靭な“ディノスクスの尾”は一振りで木々を薙ぎ倒す。
全身を覆う“アベリサウルス類の
その体は麻酔を始めとする毒物に高い”薬効耐性”を持ち、休憩もなしに朝から晩まで殺戮活動を継続できる“持久力”を兼ね備える。
檻という狭い空間でさえ時速48kmで走行する“カルノタウルスの脚力”、足に生えた“ラプトルのシックルクロー”は容易く獲物を切り裂き、140~160デシベルというジャンボジェット機クラスの大音量で”咆哮”する。
“コウイカの擬態”は至近距離でも獲物に己の存在を悟らせず、“アマガエルの熱放射調整”は最新の赤外線センサーをも欺き、“マムシのピット器官”は一方的に標的を定位することを可能とし──
──殺戮を楽しむ “知性”と“残忍性”を備える。
数多の恐竜や現生生物が、長い進化の中で生存のために獲得してきた『強み』の美味しい部分だけを取り分けた『非』自然の生命体──その頂点こそが『
劇中の登場人物たちの言葉を借りるのであれば、彼らは「恐竜ではなく怪物」であり「生命への
「……分かってる」
その因子が宿るのは、人類の到達点に比肩しうる性能を持つ者のDNAを繋いで造られた肉体。どんな人間よりも速く、どんな人間よりも強く、どんな人間よりもMO手術に適したその体は理論上、誰よりもベース生物の力を引き出すことができる。
「……わかってるよ、先生」
そして駄目押しに、上乗せされたテラフォーマーの遺伝子と、彼に与えられた専用武器がその力を極限まで押し上げる。
生物としてのテラフォーマーがどれだけ優れているのかは、もはや語るまでもない。付け加えれば、組み込まれたスキンヘッド型のテラフォーマーの因子は彼の脳に影響を及ぼしており、言動や振る舞いに反して高い知能を授けている。
更に専用装備『SYSTEM:
これにより彼は本来のベース生物が持ち得ない“再生能力”や”毒”といった特性すら使用することが可能。
「でもさ、先生……ごめんね」
そこには、絶対的な力の差があった。どう足掻いたところで勝てるわけもないことは、他でもないシモン自身が良く分かっていた。
──それでも。
「ここで退くわけには、いかないんだ」
──シモンに撤退の選択肢はない。
既に好機を逃していた、というのもあるが。何よりもこの場で尻尾を巻いて逃げ出すという選択は、ここまでの全ての戦いを無意味にしてしまうことになるから。
「例えどれだけ戦力差が絶望的だろうと、諦める理由にはならない──こいつはここで仕留める。それができるのは、ボク達だけだ」
『ッ……』
シモンから発せられたその意思表示に、クロードは言葉を失う。そして──
『──それでこそよ、シモン』
──その沈黙を縫うように、第三者の声が通信端末から響いた。
「! モニカ!?」
『ご名答♪ 貴方の愛しの妹兼愛人、モニカ・ベックマンよ』
思いがけない人物の介入に、シモンはツッコミも忘れて立ち尽くす。クロードが何か手を回したのか? という考えが一瞬脳裏をよぎるが、彼もまた絶句しているのを見る限り、彼女の独断であるらしかった。
『そっちの状況はある程度把握してるわ。多分クロード博士とヨーゼフ博士のキャパだと、敵の正体を突き止めるあたりが限界と思ってね。
「『その先』って……」
『とーぜん、
モニカの言葉を肯定するように、シモンの頭上からバラバラと機械音が響いた。顔を上げれば、そこにはホワイトハウス上空を旋回する三機のヘリコプター。
『手短に言うわ。この怪物を倒す作戦があるの。舞台も役者も準備は万端。ただしシモン、この方法にのった場合、まず確実に……貴方の秘密が、ダリウス・オースティンとスレヴィン・セイバーには知られることになる』
思わず息をのむシモンに、モニカは真剣な口調で続ける。
『この作戦が機能するかは、貴方が「信頼できるか」どうかにかかってる。私と……ここまで一緒に戦ってきた、仲間たちをね』
「──」
──突然の事態に、シモンの思考は理解が追い付いていなかった。モニカが考えているだろう作戦も、まるで見当がつかない。
けれど。今この場で言うべきことは分かっていた。
「──うん、信じるよ」
ヘリの飛行音と、銃声、怪物の咆哮……騒音に満ちた戦場でありながら、静かなその声はしかしはっきりと響いた。
「モニカの作戦なら、ボクは信じられる。ダリウス君もスレヴィン君も、いい人たちだったしね……この人たちになら、ボクのことも明かしていいと思う」
『──そう。なら決まりね』
モニカは通信端末の向こうで柔らかに微笑み……そして、開戦の号を発する。
『それじゃあ、反撃開始といきましょうか!』
※※※
「まさか初のアメリカ出張がテロの真っ最中とはのぉ」
──数分前、ワシントンD.C某所。
避難指示により一般人が退去し、人気の失せたその場所には奇妙な一団がいた。
スーツ姿に身を包んだ彼らは、一見すると出勤途中のサラリーマンのようにも見える。だがその中に、アメリカ人は1人もいない。ほとんど全員が日本人であり、唯一西洋人と思しき女性もまた、アメリカ国籍の人間ではなかった。
「つくづく、日本が平和な国だと思い知らされるけぇ」
「全くやで」
眼鏡をかけた男の言葉に、髪の長い青年が頷く。そんな彼らのやり取りを尻目に、黒いライダースーツを身に纏った西洋人の女性は「それで」と問いかける。
「今回の任務内容は?」
『君たちに行ってもらうのは、『交通誘導』と『個人情報の保護』だ』
女の問いに応えたのは、通信端末の向こう側に座る司令官だった。
『アメリカを取り巻く戦いは終盤だが、この一戦に国家の存亡がかかっていると言っても過言ではない。一企業としても
彼の言葉に、軽口をたたき合っていた一行の空気がピリリと引き締まる。画面越しにそれを感じ取った司令官──蛭間七星もまた、ホワイトハウスでモニカが発したのとほぼ同タイミングで指令を発する。
『――集団的自衛権を行使する! 『一警護』、出動!!』
「「「「応ッッ!!」」」」
──「1」の紋を背負った友軍が、勝利のピースを埋めるべく動き出した。
U-NASA予備ファイル 『初代『【S】EVEN SINS』』【組織】
数年前までアダム・ベイリアルの親衛隊を務めていたテラフォーマー達。
火星中から選ばれた最強のテラフォーマー7匹で構成されており、いずれも
以下、個体の内訳。
★★★
【初代エンヴィー】
短槍と翅が特徴のテラフォーマー。またの名をヴォーパルに頭をミンチにされた精鋭D。烙印は『The Speed star(神速)』。
特性は高速飛行。亜音速で死角に回り込み、急所を腕の短槍で貫く暗殺戦法を得意としたが、ヴォーパルの動体視力にはあっさり見切られた。グリード曰く無口だったらしい。
【初代ラース】
両腕が斧状に変化したテラフォーマー。またの名をヴォーパルに頭をミンチにされた精鋭E。烙印は『The Tomahawk(大戦斧)』。
特性は斧に変化した腕。特殊な能力はないがバグズ2号の頃から生きている古参であり、戦闘経験が豊富。もっとも、それだけで勝てるほど、生物最強は甘くはないのであった。妻子持ち。
【初代グラトニー】
装甲と長い首のテラフォーマー。力士型。またの名を装甲ごと首を引きちぎられた精鋭F。烙印は『The Unbeaten(無敵)』。
特性は全身を覆う装甲で、並大抵の攻撃は通さない。得意技は長い首を利用したネッキング。装甲でヴォーパルの攻撃を防ぎつつネッキングを一発食らわせたが全く聞かず、力任せに首を引きちぎられるとかいう原作のジャイナみたいな末路を辿った。
度々頭をラボの天井にぶつけていた。
【初代スロウス】
天狗のような見た目のテラフォーマー。幼体。またの名を頭蓋骨を帽子屋のように変形させられた精鋭B。烙印は『The Vitarity(自己再生)』。
特性はプラナリアに匹敵する再生能力で、肉片一つ一つが個体として再生できるほど。物理攻撃が事実上無効なのでヴォーパルと戦っていれば善戦できたのだが、アストリスの遺伝子変異攻撃には成す術がなかった。
テラフォーマーの中では若手のホープ的な立ち位置だった。
【初代プライド】
六ツ眼に十二の瞳を持つテラフォーマー。またの名を武器ごと真っ二つにされた精鋭A。烙印は『The Wielder(達人)』。基本的に烙印は特性にちなんだものがつけられるが、コイツの場合は本人の技量由来。同じ剣士ということもあり、グリードの好敵手だった。
特性の甲皮と毒顎を七支刀状に再構築した専用武器を操る剣士であり毒使い。また空中を高速で滑空することができ、上空からの奇襲など幅広い戦術を持っていた。しかしアストリスの初見殺し武器の性能を見抜けなかったことが原因で、あっさり真っ二つにされてしまった。
【初代ラスト】
全身を灰緑色の瘤や皺に覆われた、醜悪な外見のテラフォーマー。スキンヘッド型。またの名をアストリスに足蹴にされた精鋭C。烙印は『The X-mas(性夜)』。勘のいい読者の皆さんはお察しかと思うが、エロフォーマーの進化個体である。
特性は【???】。初代の中では頭一つ飛び抜けて凶悪な特性で、広域制圧に長けていた。
アストリスに奇襲を仕掛けようとしたところ、角度的に彼女のパンツが見えそうだったため攻撃を中断。その隙をついて踏みつけにされたことで更に興奮、幸せをかみしめて戦闘を放棄した。グリードはキレていい。キレた。
なおこの時、アストリスはしっかり遺伝子変異攻撃を喰らわせているのだが、何らかの方法でこれを無効化して生き延びている。
★★★
本編では手も足も出ずに蹂躙されているが、これは突然押し掛けた二人にいきなり襲われたため。初見殺しに引っかかったり、相性が悪い方と戦わざるを得なかったり、性欲を優先したりしたことが惨敗の原因で、七体でちゃんと戦っていればある程度互角に渡り合えるだけの実力はあった。
ちなみに初代と二代目(現行の『【S】EVEN SINS』)が戦った場合、おそらく二代目が圧勝する。