「うるさッ──!?」
思わず口にしたその言葉は、それ以上の声量にかき消されて自らの耳に届くことはない。
鼓膜が破れそうな爆音の中、スレヴィンは必死でハンドルを握りこんだ。有効射程圏から外れているといっても、それはあくまで殺傷力の話。音量や衝撃波自体が完全に消えるわけではなく、現に車体は火も煙も伴わず押し寄せる爆風に揉まれて横転寸前だ。
衝撃に車体が揺れ、アスファルトに擦れたタイヤが悲鳴を上げる。数度のスピンを経てようやく車が運動を停止する頃には、ダリウスの攻撃もまた止んでいた。
「っし……大丈夫か、シモン?」
「こっちは、なんとか……」
屋根の上に声をかければ、ややグロッキーなシモンの声が返ってくる。振り落とされまいとしがみついた結果、酔ってしまったようだった。ひとまず無事らしいと判断したスレヴィンはそれ以上話しかけることをやめ、シートベルトを外して車外へと出る。
「すげぇ……つーか、ひでぇ有様だ」
そこに広がっていた惨状に、スレヴィンの口をついて飛び出したのはそんな言葉だった。
圧倒的な威力を帯びた音圧は、射程内の一切を蹂躙していた。木はへし折れ、アスファルトは砕け、すべてが等しく押し潰されたその末に、
事情を知らない者がこの光景を見て真っ先に疑うのは、おそらく近代兵器の使用であろう。無論作戦を共にする以上スレヴィンも事前情報で知ってはいたが、いざそれを目の当たりにすると言葉が出なかった。
「聞いちゃいたが、まさかここまでとはな」
そもそも先のサイト66の作戦行動において、ダリウスは一度たりともベース生物の力を本気で使ってはいない。
場所が屋内であったことに加えて、一度目の使用では同行していたシモンたちに被害が及ばないよう、二度目の使用ではエメラダを殺さないよう、特性の出力を大幅にセーブしていた。
だが、今回は違う。
『周辺被害』と『標的の生死』──その制約から解き放たれて初めて、ハデトセナゼミは真価を発揮する。
αMO手術により底上げされ、小型戦術核級の破壊力を伴って放たれる音響攻撃。その気になれば数秒間隔での連射も可能なこの特性にさらされ、無事でいられるものなど果たしてこの世界にどれだけいるだろうか。
──これが1位。
これが裏マーズランキングにおいて最強の評定を下された男の実力。同じMO手術とは思えない規模の違いに、スレヴィンは圧倒されるばかりだった。
「おーい!」
頭上からかかった声にスレヴィンが顔を上げれば、ちょうどパラシュートを開いたダリウスが地面に降り立つところであった。
「あ、ダリウス君だ」
「おう、オースティン」
酔いから脱したらしいシモンが上体を起こし、スレヴィンは片手を上げてその声に応じる。二人が見守る中、ダリウスは場慣れしている彼らから見るとやや危なっかしい足取りで着地すると、そのまま二人の元へ駆け寄った。
「お二人とも、ご無事でよかった」
「なんとかな。いっぺん首がもげたが、この通り今は治ってる」
「そうですか、首が……首が!? なんで生きてるんですか!?」
「過剰変態したらなんかくっついた」
目を白黒させるダリウスに、スレヴィンはどこか遠くを見ながら付け加える。
「……MO手術って、たまに生命の神秘を感じるよな」
「あとで絶対クロード博士かヨーゼフ博士に看てもらいなよ、それ?」
気遣い半分、呆れ半分に言いながら、シモンは「ダリウス君も」と続ける。
「寄生菌に内臓を侵食されたんだよね? ぶり返すとまずいから、無茶はしちゃだめだよ」
「それを言うならシモンさんもですよ。オコゼの毒って、ベースの時点で相当強いんですよ? 前に知り合いが刺されたときは、完治まで2か月かかったらしいですし。本当は動き回ったら不味いんじゃ……」
「「「……」」」
(──なんで俺(ボク)たち、まだ生きてるんだろう)
三人の内心の声が、ひそかに一致する。
かくして
「とりあえず、雑談はここまでにして」
仕切り直すようにスレヴィンは口を開くと、眼前の奈落へと再び視線を向けた。
「オースティン。
「はい……と言えたらよかったんですが、多分まだです」
その問いに答えるダリウスの表情は固い。
「俺が特性を使う瞬間、標的のヴォーパルがこちらに向かって口を開けたのが見えました。おそらく奴は、
「お前の特性を相殺したってのか? 流石にまさかだろ」
ダリウスの言葉に、スレヴィンは疑わし気にいう。
音に音をぶつけて相殺する──逆位相による消音の原理はわかりやすく説明するのなら「1に-1を足して0にする」という考え方が近い。ただしこれは、単なる数式の話ではなく、様々な法則が複雑に絡み合う物理学の話。実際の現象として見た場合、「1+(-1)=0」であるからと言って「5+(-1)=4」になる
正確な逆位相ではない音同士がぶつかり合った場合どうなるのか? 答えは「音が重なって聞こえる」である。
ノイズキャンセリングの性能が低いイヤホンで音楽を聴いた時、音楽と雑音が重なって聞こえるように……二つの音は互いをすり抜け、同時に聞き手の元へと到達する。
「オースティンと全く同じ声量、それでいて真逆の波形で声を出さない限り相殺はありえないんじゃないか?」
字に起こすだけならば簡単そうに思える「威力の相殺」も、実際にやるとなれば繊細な条件のクリアが不可欠。だからこそスレヴィンは、ダリウスの言葉にはどこか懐疑的だった。
「……鳥の中には、聞き取った声をそっくり真似できる種もいる」
ぽつりとシモンが呟く。
「ベースの中にそういう鳥が混ざっていれば、ダリウスさんと同じ波形の声を出すこともできるはず。威力が弱まった攻撃なら、装甲と受け身で耐えきることも不可能じゃないと思う。そもそも、圧し潰される前に地面が崩落しちゃった可能性だってあるしね」
シモンが口にした予測に、スレヴィンは思わずうめく。ホワイトハウスからここに至るまでの一時間にも満たない間に、ヴォーパルの無法さを嫌というほど思い知らされた。だからこそ、提示された最悪の想定が決してありえないものではないこともまた理解したのだ。
『シモンの言う通りね』
すると、それまで事態を静観していたモニカが口を開いた。
『奴に埋め込んだ追跡装置からの信号は、今も途絶えてないわ。
モニカの言葉に、ダリウスは表情を曇らせた。先ほどの一撃でヴォーパルを完全に粉砕していれば、この戦いはそれで決着だった。
作戦前にあらかじめ伝え聞いた情報によれば、ヴォーパルの戦闘力は裏表アネックス計画の筆頭乗組員である
それを踏まえれば、ダリウスの特性で一気にケリをつけるのが最善だった。
「……すみません、しくじりました」
『あら、そう気落ちする必要はないわ。確かにベストではないけれど、あなたは役割をきちんと果たしたもの』
しかしそれを受けたモニカの返答は、いたって平静なものだった。
『
「……なるほど、読めてきた」
一方、その言葉で彼女の意図を察したシモンが口を開く。
「ここを最終地点にしたのは、もしかして
『ええ、
どこか上機嫌に声を弾ませるモニカ。相変わらずの計算高さと強引さに舌を巻くシモンを、スレヴィンが横から肘で小突いた。
「おい、一人で勝手に納得してないで説明してくれ」
「あっ、ごめん!」
我に返ったシモンは、慌てて口を開く。
「まずは二人とも、ここがどこか知ってる?」
投げかけられた問いに、そろって首を横に振るスレヴィンとダリウス。それを見たシモンは「見える?」と、崩落した穴を指さした。
「あれは……何かの地下施設ですか?」
淵から身を乗り出したダリウスが、思わず目を丸くする。
崩落によって露出した岩肌と地層。その更に下には、アスファルトで舗装された巨大な空間が広がっていた。穴底には土砂や瓦礫が散乱し、その合間には先ほどの衝撃で折れてこそいるが、円柱の構造物が等間隔で直立している。
「地下施設に柱……そうか、ブラッドフォード放水路!」
思わずといった様子で声を上げたスレヴィンに、シモンは頷いて見せる。
ワシントンD.Cは「ポトマック川」と「アナコスティア川」という二つの河川に挟まれる地理的な理由から、小規模な嵐や高潮による水害が度々発生している。特に24世紀以降は気候変動の影響で被害は増加の一途をたどり、一時は真剣に首都機能の移転も検討されるなど、アメリカの大きな社会問題となっていた。
そこでアメリカ政府は2450年に、日本の「首都圏外郭放水路」を参考にワシントンD.Cの郊外に巨大な地下治水施設を造った。当時の設計者である建築家ダリル・ブラッドフォードの名をとり、その施設は「ブラッドフォード放水路」と呼ばれている。
「この真下は、ちょうど放水路の調圧水槽*1。放水路には水門もあるはずだから、ここに落とせば──」
「──奴を隔離する、即席の檻になる」
シモンの言葉の先を察し、ダリウスがその続きを口にする。
「水害の時期じゃないとはいえ、よく政府が頷きましたね。修繕費とかヤバイんじゃ?」
『たかだか数億ドルよ。最近ウチで後処理をした
「そ、そうですか……」
ウフフ、と通信端末ごしに聞こえる悪い笑い声に、ダリウスは曖昧な返事で言葉を濁した。これ以上この話題を深堀するのはやめよう、と心のうちに決めながら。
『さて、あなた達には早速調査に降りてもらうんだけど……その前に、Mr.オースティンとMr.セイバーには、とっておきのプレゼントがあるわ』
「プレゼント?」
『
スレヴィンの問いに、これまた悪い笑いを浮かべたモニカが待ってましたとばかりに答える。
『予算、実用性、費用対効果……その他諸々の事情でお蔵入りした『SYSTEM』の試作機を横流……もとい、お借りしてね。あなた達用にチューニングしておいたの。今回限りの専用装備、その名も──』
『──“『
モニカが言い終えると同時、三人のすぐ側に上空を旋回していたヘリが着陸する。
機体の足が完全に地に着くや否や、操縦席の窓からルドンが顔を出し、エンジン音に負けじと声を張り上げる。
「そういうことだ! ダリウスとスレヴィンはこっちに来てくれ!」
「お前らの装備が結構大掛かりだからな! 早いところ済ませちまうぞ!」
そう言いながらヘリから降りたのは、未だ変態を解除していないトシオだ。ヤンマの筋力を活用して後部席から降ろす積み荷は、本人の言葉通り中々の量と大きさだった。
「悪い、シモン。ちょっくら行ってくる」
「すぐに終わらせてきます」
一瞬顔を見合わせた二人は一言断りを入れ、小走りでヘリに向かっていく。その様子を見送ったシモンは、こっそりと通信端末に話しかける。
「ねぇ、モニカ……これ相当無茶なスケジュールだったと思うんだけど、『
『仕事をやり遂げると同時に全滅したわ。まぁ、クロード博士が三日でワクチン改良とかいうイカれた行程をこなしてる分、このくらいはね』
無慈悲なモニカの言葉を聞いたシモンは、心の中で開発チームのメンバーに合掌した。この戦いが終わったら全員に長期休暇をあげようと強く誓いながら。
『……シモン』
「うん?」
端末越しに呼びかけられたシモンは、ふと意識を現実へと戻す。
『ごめんなさい』
「ごめんって……何が?」
『必要だったとはいえ、あなたに無断で色々と動いたことよ』
重く息を吐きながら、モニカが言う。
『それにこの作戦のことも。確実に奴を殺すことを考えるなら、本当にそこに派遣すべきは『1位』か『12位』……だけど、これ以上私たちが介入すれば、本格的にアーク計画が露呈しかねない。それを避けるためには、こうするしかなかったの』
彼女はいつになく弱弱しく、告解するように心中を吐露する。
『判断を間違えたとは思わないわ。でも、シモン……あなたにまた、負担を強いることになる。それが、たまらなく心苦しい』
「……負担なんかじゃないよ」
そんなモニカの言葉を静かに否定して、シモンは目を瞑る。
「ミッシェルさんやギルダンさんだけじゃない。クロード博士やヨーゼフ博士、キャロルさんに百燐さん、モニカや紫藤さん……それに他の皆も。皆がここまで戦ってくれたから、ボクたちは今ここにいる」
瞼の裏に、仲間の顔が浮かんでは消えていく。そのすべてを見送って、シモンはゆっくりと目を開いた。
「皆がここまでのバトンを繋いでくれた。ボクたちはそれを、確かに受け取った。だからここからは、
『そう……そうね』
モニカの声から険がとれる。
『ありがとう、少し気が晴れたわ。本当は私が背中を押す側なのに、逆に励まされちゃったわね』
「いつも背中を押してもらってるから、たまにはね。こうやってモニカと話してると、ボクも気が紛れるからさ。普段通りにしててくれると嬉しい」
『……本当にズルい人』
「?」
拗ねたように呟くモニカに、シモンは頭上に疑問符を浮かべるばかり。「ホント鈍感なんだから」、と心の中でぼやきつつ、彼女は普段通りを意識して口を開く。
『ならお言葉に甘えるけれど……やっぱり無断であれこれした部下には、トップとしてオシオキをしなくちゃいけないんじゃないかしら? それはもうベッドの上でギシギシと、アンアン声が漏れちゃうくらいに』
「そこはいつも通りにしなくていいんだよ?」
『そう遠慮しないで。金と権力にものを言わせてフィンランドの大統領を脅して、アメリカの大統領を脅して、日本の総理大臣を強請って、CIAと米軍と他国の民間軍事企業をいいように使って、挙句の果てにU-NASAの研究データまで横領した悪い子に、罰を頂戴……♡』
「改めて羅列されると擁護しづらいぞこれ……!?」
ねっとりとしたウィスパーボイスで話しかけてくる妹分の所業に、シモンは頭を抱える。
必要だったとはいえ、これをお咎めなしにするとアーク内の風紀が乱れるか? いやしかし、そうする必要があったから仕方なくやったことだし……と思考がループ陥り始めるシモン。そんな彼の煩悶を楽しみながら、モニカは「それと」と口を開く。
『さっきはああ言ったけど、2人にどこまで話すかは任せるわ。アーク計画のこと、あなた自身のこと……全部話してもいいし、適当に誤魔化してもいい』
「ううん、きちんと話すよ」
その言葉に、シモンはゆっくりと首を横に振る。
「普通に考えれば、計画のことはともかく、ボクのことまで話す必要はないけどさ。何もわからない状況で、ボクたちを信じてくれたから。せめてもの誠意として、2人にはちゃんと事情を伝えたいんだ」
『分かったわ。それが貴方の決断なら、私は何も言わない』
──とはいえ、いざ話すとなると緊張はするなぁ。
モニカの言葉にうなづきながら、シモンは気を落ち着けるように深く息を吸った。自分はきちんと、説明できるだろうか。そして彼らは、受け入れてくれるだろうか……いや、今は余計なことを考えるな。
(詳しい話は後回し。ひとまず、ボクの本来の特性と戦闘能力を知ってもらえればそれで十分。2人ともプロだ。最悪、実演すれば分かってくれるはず)
頭の中で色々とシミュレーションを重ねるシモンをよそに、モニカが「あら」と声を漏らす。
『ぼちぼちよさそうね。2人とも、準備できたみたいよ』
「!!」
モニカの言葉にシモンは顔を上げ、再びヘリの方を見やる。
そして、澄んだ水色の瞳は捉えた。
最後の準備を終え、装いも新たに決戦へ臨まんとする二人の戦士の姿を。この最悪の盤上遊戯に終止符を打つ、頼もしい
「準備完了だ。こっちはいつでもいけるぜ」
そう告げるスレヴィンは、その身に合金製の特殊スーツを纏っていた。頭上に重厚なゴーグルを、腕や背にいくつかの兵装を取り付け、更に本来の特性に代わって腰から伸びる金属製の触腕。いかにもメカメカしいその姿は、SF映画に出てきそうな雰囲気だ。
「お待たせしました、シモンさん……取り込み中でしたか?」
一方のダリウスはスレヴィンに比べやや軽装で、両腕に左右非対称のガントレットを装備している。やや小ぶりな左手の装具からは金属の糸と給油機のホースのような管が伸び、背中に背負ったバックパック式のケースへと続いていた。
「いや、こっちも丁度打ち合わせが終わったところだよ。二人とも、似合ってる」
「ちゃんと使いこなせるか怪しいですけどね」
「まさかこの歳で、アイアンマンの真似事をすることになるとは思わなかった」
ダリウスとスレヴィンの言葉にシモンは小さく笑うと、切り替えるように「それじゃあ」と手拍子を打った。
「早速下に降りる……その前に。二人とも、ちょっと手を出して」
「!」
「お」
言いながらシモンは手のひらを下向きにした右手を、2人に向かって突き出した。それを見た二人は、学生時代のクラブ活動で試合前に組んでいた円陣を思い出す。
(意外だ。この人、てっきりこういうことはしないとばかり……)
(一番事情を把握してる自分が仕切ろうとしてる、ってとこか? 真面目な奴だな……しゃーない、ノってやるか)
「はいよ」
面倒見のいいスレヴィンが、いち早く応じる。彼もまた自身の手のひらを下に向けると、シモンの手の甲へとそれを重ね合わせた。
「柄じゃないが、たまにはこういうのも悪く──」
「あ、ごめんスレヴィン君。そうじゃなくて」
「ん?」
途中で遮られたスレヴィンが怪訝そうに顔を上げると、シモンは至って真面目な表情で続ける。
「手のひらを上にして、ボクの手のひらの下に重ねて欲しいんだ」
「お、おぉ……こうか?」
いま一つ意図を図りかねつつも、スレヴィンは指示通りに手の位置を変える。シモンは空いている左手を彼の手首に添え──
──ぶびゅっ、ブリュ! ブピッ!!
「────」
湿った音とともに、何かをスレヴィンの手のひらへと排出した。
「!? ……!?!?!?」
「これでよし」
『ぷっ』
目を白黒させながら己の手のひらを凝視するスレヴィン。思わず吹き出すモニカ。それをよそに、シモンはダリウスへと向き直った。
「はい、ダリウスさんも」
「えっ!? 俺もですか!?」
「うん」
まさかの即答だった。真顔でそう言われては、これ以上食い下がることもできない。ダリウスは頬に一筋の汗を伝わせながら、恐る恐るシモンへと手を差し出す。
──プリュッ、ニュルっ。
「わ、わぁ~……」
『んふっ! く、くくっ……』
魂が抜けたような声を出しながら、ダリウスは差し出した手のひらをまじまじと見つめる。そこには朝顔の種に似た小さな黒い粒と、それを包むゼリー飲料のようなプルリとした物体。絶妙な湿り気と生ぬるさが、より得体の知れない気色悪さを喚起する。
「「…………」」
──何これ? どうすればいいんだ? というか本当に何だこれ。
硬直する2人の心の声が一致したその時、それを知ってか知らずかシモンが二の句を継ぐ。
「それ、食べて」
「「食べて!?!?」」
『~~~~っ!』
ついにこらえきれなくなったらしいモニカの爆笑が端末越しに響き、直後に通信がミュートになる。
「待て待て待て!? これ食うもんなの!?」
「せめて詳細を説明してくださいシモンさん! 何ですかこの……何ですかこれ!?」
「へ!? あっ……ご、ごめん! 色々うっかりしてた!?」
恐ろしい勢いで詰め寄る2人に、我に返ったシモンが慌てて弁解する。
ちなみに事の真相は「少しどころではなく緊張していたシモンがテンパり、説明なしの実演という奇行に走った」である。
「さっきもらった専用武器と、ボクの特性を組み合わせた奴でね。一回食べると変態している間、
「だったら最初からそう言え!? よく分からん物体をいきなり効果音付きで手に出されたこっちの身にもなれ馬鹿野郎!」
「そうだよね!? ホントにごめん!」
「ま、まぁまぁその辺で……」
至極もっともな怒声に平謝りするシモンと、言葉は見つからないがとりあえず仲裁するダリウス。そして事情を理解した二人は、戸惑いながらも意を決して手の中のゼリーと黒い粒を口に含む。
「んぐっ……ったく、こちとら錠剤は苦手なんだよ。オェっ、まだ喉のあたりにつかえてる感じが……」
「けど、確かに効果はありますね。それなりの重量を装備しているはずなのに、体がいつも通りに動く」
効き目は上々。体の調子を確かめる二人に、シモンはほっと息を吐く。そうして彼は、胸の奥で凝り固まっていた緊張が解けていることに気が付いた。アークの仲間と共にいるときのような、自然体の自分がそこにいた。
──この戦いに負けはない。この三人ならば。
何の根拠もなくそう思えて、気が付けば彼は「二人とも」と呼び掛けていた。
「この戦い──勝とう、絶対に。ボクたちなら、できる」
「おう」
「ですね」
それにスレヴィンとダリウスは、力強く応じる。その瞬間、彼らは血よりも固い絆で結ばれた群れとなった。
『さて、準備はいいかしら?』
復活したモニカが、音頭をとる。
『指令部イプシロンより伝達。これより『クロスピン』作戦、最終フェーズを開始します──任せたわよ、三人とも』
その言葉に頷くと、三人の戦士は足を踏み出した。この戦いを終わらせるために。
※※※
ブラッドフォード放水路には、地上と調圧水槽を繋ぐ出入口が存在する。そこから中へ入った三人は、念のために周囲を警戒しながら階段を下っていく。目指すは当然、ヴォーパルが落下しただろう調圧水槽の最下部だ。
「……静かですね」
誰となしに、ダリウスが呟く。すでに外の環境音が届かない深さに、三人は届到達している。聞こえるのはコンクリートの床をたたく自分たちの足音と、互いの話声だけだ。
「モニカさん、標的に動きは?」
『あったら言ってるわ』
ダリウスの問いに、モニカは言う。
『さっきからモニタリングは続けているけど、信号は落下地点から一回も動いてないの。案外、落下のダメージで瀕死になってて、もう動けないのかもね』
「だとしたら、それに越したことはねぇな」
最後尾を歩くスレヴィンは相槌を打ち、「ところでシモン」と先頭を進むシモンに視線を向ける。
「今のうちに聞いときたいんだが。お前のベース、ありゃなんだ? さすがにカマドウマじゃないよな」
──どう切り出そうか迷ってる間に聞かれてしまった。
きまり悪そうに頬をかくと、シモンは口を開いた。
「そうだね。スレヴィン君が言う通り、ボクのベースはカマドウマじゃない。長くなるから簡単に伝えるけど、ボクの本当の手術ベースは『カメムシ類』。ボクの体には全部で20種のカメムシが組み込まれてる」
「に、20種ですか?」
想像の斜め上を行く回答に面食らい、ダリウスが聞き返す。
「シモンさんはαMO手術の被験者じゃなかったですよね? 2つ3つならともかく……そんなに何回も手術ってできるものなんですか?」
「ボクの場合、体質がちょっと特殊でね。手術自体も、クロード博士が開発した特殊な方式で受けてるから、何とか形になってる感じ。一応、ボクにできることは2人にも共有しておくね」
そう前置きして、シモンは説明を始める。一つ一つは強力とは言えない特性も少なくなかったが、それらは組み合わせることで何通りもの戦術につながる。果たして、情報の共有が終わる頃には彼らは長い階段を降り切っていた。
「……シモンさん。あなた逆に、何ができないんですか?」
一通り聞き終えたダリウスが、驚きとも呆れともつかない声で尋ねたのも無理からぬことだった。それを受けてシモンは「いっぱいあるよ」と苦笑する。
「体への負担があるから、一気に全部の特性を使うようなことはほぼできないし。それに大概の特性は、各分野に特化したベース相手だと負けるしね。ただ、どんな状況でもある程度は対処できるのがボクの強み。だから、何かあったら遠慮なくいってね」
そう締めくくったシモンに、ダリウスが感嘆の声を上げる。一方その背後、スレヴィンはシモンが話し始めてからずっと何かを考えこんでいるようだった。生じた疑問と違和感は、既に無視できないほどに大きくなっている。その答えに、あと少しでたどり着ける。そんな直感が、彼の思考を支配していた。
『はいストップ。残念だけど、お喋りはそこまでよ』
しかしスレヴィンが答えに至るよりも早く、モニカからの通信が彼の思考を遮った。彼が顔を開ければ、目の前に機械仕掛けの重厚な門が立ちはだかっている──目的地だ。
「ここが……」
『ええ、調圧水槽につながる水門。この向こう側に、奴はいる』
モニカの言葉に、誰かがごくりと喉を鳴らす。ただの鋼鉄の門が、異様な重圧を放っているように思えた。
『今から私が、遠隔操作でゲートを開けるわ。あなた達が中に入ったのを確認したら、標的の闘争を防ぐためにすぐゲートを閉め直す。そこからは、どちらかが死ぬまでのデスマッチよ……くれぐれも油断しないように』
「「「了解」」」
三人の返答を確認したモニカが手元のタブレットを操作すると、門はギギギと音を上げてゆっくりとその口を開いていく。やがて完全にゲートが開き切きると、三人は躊躇なく調圧水槽の中へと足を踏み入れた。
「……ひとまず強襲はない、か」
「みたいですね」
些細な異変も見逃さないよう、シモンは忙しなく視線を走らせる。だが、水槽内は至って静かなものだ。自分たち以外の何かが動くような気配は、今のところは感じない。
ゲートが再び閉じるまでその場で待機した三人は出入口の封鎖を確認すると、水槽内の捜索に移った。
地下という言葉に反し、人工照明に照らされたその空間は意外にも明るい。だが乱立する柱は多くの死角を作り出し、いつ奇襲を受けてもおかしくない状況。緊張の中で引き延ばされた時間の中、三人は一定の距離を保ちながら、ゆっくりと進んでいく。
「! お前ら!」
真っ先にそれに気が付いたのは、やはりスレヴィンだった。緊迫感を帯びた呼びかけに2人が駆けつければ、彼は無言で自らの正面を指さした。
そこは丁度、ダリウスの爆撃が直撃したことで天井が崩落していた地点。照明ではなく陽光が差し込み、周囲から切り抜かれたような明度で白日の下へと晒されたその場所に……それを見つけた。
──うつ伏せに倒れ伏し、微動だにしないヴォーパル・キフグス・ロフォカルスを。
『マーカーの座標と一致。発信源はあそこね』
「確認は俺が」
名乗り出たスレヴィンは専用武器に搭載された銃を構え、座標へと向かって歩みを進める。慎重に、しかし臆することはなく。
「──」
両者の距離、残り10m。だが、ヴォーパルが動く気配はない。
「──―」
両者の距離、残り5m。だが、ヴォーパルが動く気配はない。
「────」
そして両者の距離、残り1m。だが、ヴォーパルが動く気配はない。
(戦うにしろ逃げるにしろ、行動を起こすべき間合いはとうに超えてるハズ)
極限の緊張状態に、心臓が早鐘を打つ。しかし軍人としての思考は恐ろしく冷静に、そして素早く回り、あり得る可能性を洗い出していく。
(嬢ちゃんが言ったみたいに、本当に落下の衝撃で死んだのか? それとも──)
その時、視界の中で不意に何かが光ったのを、スレヴィンは見逃さなかった。強烈な違和感が、ぞわぞわと彼の神経を舐め回していた。
「……」
スレヴィンは躊躇なく手を伸ばすと、光を放ったものを拾い上げる。丁度、手のひらに収まるサイズの肉片だった。
肉片の一部には、白みがかった分厚い皮膚が付着している。まだ温かく、表面に付着した血液は乾ききっていない。そしてピンクと赤の筋繊維に絡みつくようにして、肉片には人工物が食い込んでいた。
──ダニエル・アーサーJr.が撃ち込んだ、マーカー弾だった。
「ッ、まさか──!」
雷に打たれたように、スレヴィンは横たわるヴォーパルの体を振り返った。
うつぶせに倒れ伏したヴォーパルの体は、相も変わらず動く気配がない。だが、それも当然といえるだろう。その背に走った、大きな亀裂。その隙間から微かにのぞく物体が、すべてを物語る。
──ヘビは体の成長に伴い、古くなった皮を脱ぎ捨てる。
「──デコイだッ!!」
警告のため、スレヴィンは声を張り上げる。
「奴はまだ生きて──」
「! スレヴィンさんッ!」
しかしその声に重ねるように、ダリウスもまた警告を発する。
「
「ッ!!」
意図を察したスレヴィンが、咄嗟に頭上を見上げる。降り注ぐ陽光に彼の目が眩むことはなかった。既に覆い隠されていたから。
「 マ ジ テ ン シ ョ ン あ げ み ざ わ ァ !」
歪な牙をむき出し、落下速度の勢いのまま彼に食らいつかんとする悪鬼が、上空から迫っていたから。
(くそッ!)
スレヴィンは咄嗟にその場を離脱しようとするが、気づくのがコンマ数秒遅かった。最早どの方向に飛び退こうとも、逃れることは不可能な距離にまでヴォーパルは踏み込んでいる。
(駄目だ、間に合わ──)
「──拘束制御装置第2・第8号、解錠」
しかし次の瞬間、流星のように飛来したその一撃を、ヴォーパルはその体を打ち据えた。
「ッッぐ、オォッ!?」
バキリと何かが砕ける音がして、ヴォーパルが景気よく吹き飛ぶ。その体は数ある柱の一つにたたきつけられ、その壁面に罅を入れて停止した。
「そう来ると思ったよ」
土煙の中、頭を振って立ち上がったヴォーパルにそう声をかけたのはシモンだった。バッタ類に比べても遜色ない規模に増強された足で大地を踏みしめる彼を、ヴォーパルは恨めし気に睨みつける。
「……なぜわかった?」
「事前に発現させておいた振動探知に、何も引っかからなかったからね。いつ見つかるとも分からない地上で、お前が待ち伏せをしているとも思えなかった。だから、仕掛けるなら上からだろうと思ってた」
──完全に思惑が見透かされている。
その不愉快な事実に、ヴォーパルは歯ぎしりする。なぜだ? なぜこうも邪魔ばかり入るのだ? 己はただ最強の頂に君臨し、そこそこの強者を嬲り殺したいだけだというのに。
「スレヴィンさん、立てる?」
「ああ。助かったぜ」
尻もちをついていたスレヴィンを引っ張り起こし、態勢を整える。奇襲の優位は潰えた。ここから御託も理屈も抜きにした、真っ向勝負の生存競争だ。
「お前は強い。多分戦闘能力なら、この場にいる誰よりも。だけど──」
長槍をクルリと回転させ、その穂先を悪鬼へ向ける。
「ただ強いだけで生き残れるほど、この
──覚悟しろ。
―クマゼミ+ナナホシキンカメムシ+……他カメムシ類 計20種―
「お前が何なのか、何を考えているのか……俺は全く興味がない。ただ一つ、言えることがある」
──
そう告げるダリウスの目は、怒りに燃えていた。
「人殺しのゴミクズがどの口で、って言われればその通りさ。ただ、それでも言わせてもらう。俺がゴミクズなら、お前はそれ以下だ」
殺戮を愉しむということ。すなわちそれは、命を弄ぶということ。
遺伝子が叫んでいた。それは決して、相容ることのできない考え方だ。同胞を正しい方法で慈しむ術を知らない、自分たちの同類ですらない。
「勝手な言い分と思ってくれ。理解してほしいとも思わない。俺はただ、俺の信念に従って──」
──お前という存在を、許さない。
『SYSTEM_EX:
「ったく、どいつもこいつも俺を何だと思ってんだって話だよ」
スレヴィンは隣に立つシモンに、愚痴るように吐きだした。
「αMO手術を受けてるわけでもなけりゃ、複数のベースを持ってるわけでもねぇ。どこにでもいる死にぞこないの一般兵士にゃ、荷が重いっつーの……けどな」
「そんな死にぞこないにも、大事なもんがあるんだよ」
ガチャリ、と音を立てて、スレヴィンは両腕に取り付けられた兵装の砲口をヴォーパルへと向けた。
「それを守りたいって、身の丈に合わねぇプライドもな。それを奪おうとしてる輩を、はいそーですかって見逃すわけにはいかねェよな」
──テメーはここで、潰す。
『SYSTEM_EX:
そして地の奥底深くにて。
誰に知られることもなく、最終決戦の幕は上がる。
――【人造の堕天使】が奏でし音色に合わせ、【闇夜の海魔】が踊り狂う。虚ろの五線譜に刻まれし、【呪歌の残響】を聞け。
U-NASA予備ファイル『SYSTEM_EX』
裏アネックス計画の発足に伴い、
考案者はヨーゼフだが、当然のように了解はとっていない海賊版。一体何ード・誰ンシュタイン博士の仕業なんだ……!?
没理由(
開発担当「弾数も限られるうえに開発コストが高い。加えて、本人の迅速かつ正確な戦況判断が求められる……本人の特性には合致しているが、火星での任務に向いているとはいえんな。それと若干、方向性が迷子になり始めている気がする」
没理由(
4位「……装備が私の動きに着いてこられてないわね。これなら素手でやった方が早いんじゃないかしら(真顔)」