贖罪のゼロ   作:KEROTA

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協奏三歌XX-5 悪鬼討滅

 

「死ねぽよォッ!!」

 

 剥き出しの闘志と共に、ヴォーパルがシモンへと躍りかかる。状況だけを見れば、ホワイトハウスにおける戦端と全く同じシチュエーション。

 だが、付随する要素はまるで違う。この決戦舞台の壇上にあって、シモンには最早一切の制約が存在しない。即ちそれはあらゆる不条理を超克する【災禍の戦列】、そしてそれをその身に宿した【人造の堕天使】の降臨を意味する。

 

 

 

「拘束制御第2・第7号、施錠。第1・第4・第6号、解錠」

 

 

 

 シモンの声に合わせ、彼の体に発現する特性が入れ替わる。索敵用の“チャバネアオカメムシ”の因子は鳴りを潜め、代わりに近接戦闘を補助する特性たちが顕在化。前衛彫刻じみた、どこか非対称な姿となったシモンは、迫る悪鬼を正面から見据える。

 

「速いね。だけど──」

 

 シモンは言いながら、首を右へ36°傾けた。

 

「──()()()()

 

 その直後に振り下ろされたヴォーパルの爪は、シモンの顔の真横を空振りした。

 

「!」

 

 これほどまでに小さな挙動で己の攻撃を避けられたことに驚きつつ、ヴォーパルはすぐさま次撃へと移る。

 

 逆手による薙ぎ払い、大顎による噛みつき、右脚によるサマーソルトキック、からの尾によるアッパー。

 

 だがそのどれも、シモンには届かない。次々に繰り出される一撃必殺の攻撃はシモンに当たるどころか、彼が纏う服に触れることすらできなかった。

 

 “ベニツチカメムシの経路積算”。

 

 現在地から巣までの最短距離を演算する特性の応用による、「攻撃軌道の見切り」である。

 

 本来この特性は、戦闘においてここまで上手く「ハマる」ものではない。牽制やフェイントが介在する対人戦において、必ずしも相手の攻撃が最短最適であるとは限らないからだ。

 

 ただし、相手が「単調な攻撃しかしない」のであれば話は変わる。もしもその攻撃が、工夫も駆け引きもなく、ただただ力任せに振るわれるだけであれば……この特性は完全に的中する『攻撃予報』となり、シモンに触れることは至難を極める。

 

「マジうざいんですけどォ!!」

 

 苛立ちが頂点に達したヴォーパルが、両手を組んで打ち下ろす。しかしその一撃も、シモンは落ち葉のようにひらりと躱して見せた。またも攻撃は空振りに終わり、ヴォーパルの体は束の間、全くの無防備となる。

 

 

 

「隙だらけだよ」

 

 

 

 すかさずシモンは、攻勢へと転じた。“ウンカ”、“キノコカスミカメ”、“ホソヘリカメムシ”。特性の相乗により強靭化した足腰で練り上げた(エネルギー)は、腕を介してシモンの槍へ。そしてその穂先に流れ込む勁が最高潮に達した、その瞬間。

 

「噴ッ!」

 

 彼はそれを、一気に解き放つ。車上とは違い、文字通り地に足が付いた状態で放たれた万全の槍撃。その一刺しはヴォーパルの右肩に刃を突き立てた。

 

「ぬ……!」

 

「まだッ!」

 

 すかさず二度、三度と長槍が唸り声とともに空を裂く。その刃が振るわれるたび、ヴォーパルの体には傷が刻まれていった。

 

「ッ、ちょこまかと……」

 

 ヴォーパルは苛立ち交じりに呟く。威力自体は大した問題ではない。このくらいのダメージならば、専用装備と特性でいくらでも治せる。だが、彼にとって見過ごせない懸念点が一つ。

 

(コイツ、なぜ我の装甲を貫ける?)

 

 ヴォーパルの防御の要である“インドミナス・レックスの皮骨板”。それがシモンの槍には全く通じていないことだった。50口径の銃弾を真っ向から弾き飛ばし、人類最強の拳すらも防ぐ鉄壁の守り。それをシモンが意に介さない理由は、彼の専用武器にあった。

 

 ──専用武器『封神天盤』および『崩天画戟』。

 

 この二つの装備にはカメムシの特性を十全に活用するための機能が複数備わっている。その中でも最も重要な機能の一つが「音エネルギー変換機構」である。

 

 数秒間隔で特性を連続使用できるダリウスと違い、シモンの“クマゼミ”は全力で特性を発動させた場合、数分のインターバルを挟まなければ再使用ができない。そのため単体で運用しようとすれば、この特性はハデトセナゼミの下位互換でしかないのだが……シモンはこの特性が生み出す莫大な音エネルギーを、専用武器を介して別のものへと変換し、戦闘へと転用する。

 

 例えばそれは「振動」。シモンは槍の穂先を音波メスのように高速振動させることで、その切れ味/貫通力を高めることが可能。

 

 つまりこの場におけるシモンの槍は、明確にヴォーパルを殺しうる攻撃手段の一つ。並の武器や特性では脅威足りえないヴォーパルにとっても、警戒に値するもの。

 

「だが、やはりヴォーパルしか勝たん」

 

 しかしヴォーパルは一度、シモンの槍を見切っている。先ほどの追走劇の最中に比べればスピードと破壊力こそ増しているが、本質的な癖や技術は変わらない。警戒に値すれども、恐れるには値しない。

 

()()()

 

 意趣返しのようにそう告げた、ヴォーパルは心臓を狙って放たれた一突きを鷲掴みにした。

 

「!」

 

 シモンは槍を引き戻そうとするが、悪鬼の握力と腕力で固定された彼の得物はビクともしない。ヴォーパルは勝ち誇ったように残忍な笑みを浮かべ。

 

 

 

「ッガアアアアアアッ!?」

 

 

 

 しかしその直後、その口から苦悶の悲鳴を上げた。バチバチと油が跳ねるような音とともに、ヴォーパルの体が不規則に痙攣する。神経を焼く灼熱感と激痛に思わず槍を手放せば、その穂先は紫電を纏っていた。

 

「『音力発電』。この槍は便利でね、電気も作れるんだ」

 

「ッ……!」

 

 そう告げるシモンの声を、ヴォーパルは己の真下から聞いた。瞬きの間に間合いを詰めたシモンは、その勢いのまま攻撃に移る。

 

()ッ!」

 

 全体重を乗せた鉄山靠(体当たり)が、ヴォーパルへと叩き込まれる。浸透勁に加え、振動に変換した音エネルギーを相乗させることで、文字通り爆発的な威力を帯びた打撃は、その体を大きく後退させた。

 

「すっげ……」

 

 援護の隙を見計らっていたダリウスが思わず呟いた。この数合で、ヴォーパルがどれほど怪物じみた身体能力を持っているかは、直接戦闘に疎い自分でも理解できた。そしてその怪物を相手に、技能を以て互角以上に渡り合うことができるシモンの強さも、また然り。

 

 これほどの格闘技術を持つものは、表裏アネックス計画を併せてもそうはいない。もしかすると自分が出る幕などないのではないか、などという呑気な考えすら頭の片隅でちらつき始めているくらいだ。

 

(……あの皮膚)

 

 しかし対照的に、当事者であるシモンの反応はあまり芳しくない。むしろ予想以上に鈍い手応えに顔をしかめた。

 

(防御力があるだけならともかく、勁まで通りにくいのか。厄介だな)

 

 例えばこれが蟹の甲羅のように、単に「抵抗が強い(硬い)」だけであれば、今の一撃はそれを貫通してダメージを与えていたはずだ。

 

 だが皮骨板は違う。皮膚や鱗のミネラリゼーションによってできあがるそれの頑丈さは、「甲冑」よりもむしろ「鎖帷子」に近い。柔剛どちらの性質も併せ持つがゆえに、力積がどうであろうとそれが打撃である時点で大幅に軽減される。

 

(ただ、今ので大分()()()()()

 

 シモンは観察するように、ヴォーパルへ向ける目を細める。直後、シモンが待っていたその現象は起きた。

 

「ぐゥ、な゛……!?」

 

 ヴォーパルが突然、苦痛と驚愕が入り混じった声を上げる。かと思えば彼の体は、まるで空気入れで空気を入れ始めたかのように、不自然に膨らみ始めた。

 

「! ありゃ、ミッシェルの……!」

 

 見覚えのある特性に、スレヴィンは思わず声を上げる。

 

 外敵に襲われると自らの体を化学反応で破裂させる特性、「Autothysis(オートサイシス)」。この特性を注入することで敵を爆砕する戦法のは、爆弾アリのMOを持つミッシェルの十八番。

 

 しかしこの生態は、何も爆弾アリの特権というわけではない。自然界には同様の性質を持つ生物が、他にも多数確認されている。

 

 別種のアリ、一部のシロアリ、そして──。

 

 

 

 

 

「──“エンドウヒゲナガアブラムシの爆液”」

 

 

 

 

 

 

「ごッ、オォ……!」

 

 いよいよ体内からの膨張圧は強まり、限界まで膨んだ彼の体はハリセンボンさながら。ボゴリと一際鈍い音が響き、ヴォーパルは目をはち切れんばかりに見開いた。そして──

 

 

 

 

 

「──効かない、か」

 

「アッ、ハァァ……! セェェェフ……!!」

 

 

 

 ──爆発が起きることはなかった。

 

 

 

 大きな食物を飲み込むためにあえて可動式になっている“ヘビの肋骨”に加えて、“アマガエルの鳴嚢”。この二つの特性で体の伸縮率を上げ、化学物質の揮発による内部からの爆散を防いだのだ。

 

「ゲェェップ! ……小細工頼みの雑魚ピがちょづくな、マジウザイ」

 

 下品な呼気と共に気化した爆液を吐き出し、ヴォーパルはシモンを見下す。

 

「貴様が何をしたところで、結局ゼロ意味。貴様では我を殺せん」

 

「……確かにそうかもね」

 

 だけど、とシモンは続ける。

 

「ボクができないなら、できる人に任せればいい」

 

「あァ? ──ッ!!」

 

 本能的な直感に従い、ヴォーパルは有無を言わさずその場を飛びのいた。それとほぼ同時、轟音とともに数十発の弾丸が舗装された地面を破砕する。

 

「これでも食らいやがれ、化け物」

 

 自らを奮い立たせるように叫ぶスレヴィン。その右腕は装備として己に取り付けられた、六本の銃身からなる巨大な機銃を構えていた。

 

『M134ミニガン』。

 

 俗にガトリング砲やバルカン砲の名で知られるこの銃は、毎分2000発~4000発もの速度で銃弾を発射できる重火器である。当然ながらその火力と引き換えに重量と反動もすさまじく、個人が携行できるタイプの兵装ではない。それをスレヴィンがこうして運用できているのは、ひとえに彼が身に着けた専用装備があってこそ。

 

 人工筋肉充填式強化駆動甲冑『SYSTEM_EX:Cthulhu(クトゥルー)』。

 

 スレヴィンがこの強化駆動甲冑(パワードスーツ)は、元々は裏アネックス計画のとある幹部に与えられる予定だったもの。装甲内に人工筋肉を生成し、これを機械的・電気的に補助することで、着用者は筋力や瞬発力を数倍に向上させることができるという代物。

 

 ここに人為変態で得られる身体強化が加われば、本来は車両や船舶に固定して使う重火器を片手で取り回すなど造作もないこと。

 

「オオオオオオッ!」

 

 痛みを感じる暇もなく標的をミンチにする火力から「無痛ガン」の異名を持つM134。無数に放たれた弾丸のうち数発がヴォーパルを掠め、装甲を抉る。いかに彼であっても、その集中砲火に晒されればどうなるかは火を見るよりも明らかであった。

 

「チィッ!」

 

 忌々し気に舌打ちしたヴォーパルは、狙いを定めさせないよう不規則に跳び回りながら、乱立する柱の影へ身を滑りこませる。

 

「逃がすか!」

 

 スレヴィンは掃射をやめると、すかさず柱に向けて左腕に構えた迫撃砲《ロケットランチャー》──『AT4』の引き金を引く。発射筒から射出された対戦車弾は、着弾と同時に爆発。爆炎と煙が巻き上がり、大破した柱が音を立てて崩れ落ち──その中から、紙一重で爆発を回避していたヴォーパルが鬨の声とともに飛び出す。

 

「クソッ……!」

 

 悪態を吐いたスレヴィンは、別の柱の壁面に着地したヴォーパルへ再び狙いを定める。だがその次の瞬間、スレヴィンの体は強烈な打撃とともに宙を舞っていた。

 

「かはッ……!」

 

「スレヴィンくん!?」

 

 肺から空気が追い出される。シモンが己を呼ぶ声を聞きながら、スレヴィンの目は自らの鳩尾にめり込んだ物体の正体を捉えた。

 

 “カエルの舌”は、秒速4000m──音速の実に11倍以上もの速度で伸縮させることが可能。しかも口から飛び出した舌がこの速さに達するまで、僅か0.04秒しかかからない。

 

 そして舌という器官は、全体が筋肉によって構成された器官である。特にカエルの場合、種によっては自重の3倍もの重量を引き寄せることができるという。

 

 体長数cm時点では、素早い獲物を捕らえるのに便利な捕獲器官。しかしそれが身長3m弱のヴォーパルの口から放たれれば……それは回避どころか知覚することさえ不可能。

 極めて凶悪な速度と殺傷力を帯びた狙撃と化す。

 

「ウっ!?」

 

 ──しかも、本来の機能は据え置き。

 

 ヴォーパルの舌はその粘着力を発揮し、元の長さへと縮みながらスレヴィンの体をヴォーパルの下へと引き寄せる。

 

「──まずは一匹(まふふぁいっひひ)

 

 高速で引き寄せられてきたスレヴィン食らうため、ヴォーパルはぐわりと大口を開き。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「?」

 

 彼の優れた動体視力は、確かにそれを捉えていた。死角から口元へと飛来した、卵状の物体。それは前触れなく破裂すると、中から毒々しいオレンジジュースのような液体をばら撒いた。

 

 四方へ飛び散った飛沫。その一部が付着した舌をヴォーパルは口内へ引き戻し。

 

 

 

「ガ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」

 

 

 

 そして彼は悲鳴とともに、スレヴィンを取り落とした。

 

(ッ、何だ!?)

 

 それなりの高さからの落下だったが、空中で態勢を立て直したスレヴィンは辛うじて着地に成功。追撃を警戒した彼は、そのまま頭上の敵へと視線を戻す。

 

「……あん?」

 

 しかし彼の予想に反して、追撃はなかった。柱の壁面にしがみつくヴォーパルはスレヴィンなど気にも留めず、何かに悶え苦しんでいたからだ。

 

 ──まず初めにヴォーパルを襲ったのは、焼き付けるような舌の痛みだった。

 

 超高温に熱した針を何十本も同時に突き刺されたような、筆舌に尽くしがたい激痛。次いで粘膜が燃えるような熱を帯び、強烈な「えぐ味」が味覚はおろか嗅覚までも蹂躙する。

 

 戦闘における外傷とはまた違う、本人の努力では如何ともしがたい、感覚器官をいたぶるような攻撃。しかも悪いことに、ヴォーパルは舌ごとそれを口内へ引き入れてしまったために、被害が口内や喉にまで広がってしまっていた。

 

「ゴポっ! ヴォエっ!」

 

 ヴォーパルは混乱しながらも、体内に大量の“コウイカの墨”を生成し、口腔内を洗浄。異物を墨ごと吐き捨てると、ヴォーパルは不愉快な攻撃を仕掛けた張本人へと血走った目を向ける。

 

「ムカ着火ファイアァ……貴様、マジで許さんぞ……!」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

 恨み言を吐くヴォーパルを、ダリウスは静かに睨み返す。

 

「お前たちのせいで、どれだけ罪のない人が死んだと思っている? お前たちの悪ふざけが、どれだけ多くの人の未来を奪ったか分かっているのか?」

 

 思考は冷たく、しかし鼓動は煮えたぎるような熱を帯びて。

 

 ダリウスは銀の手甲(ガントレット)を装着した左腕を、オーケストラの指揮者さながらに掲げた。

 

「──命を、何だと思っている!」

 

 

 次の瞬間、ヴォーパルを取り囲むようにあの卵状の機械が一斉浮上する。

 

「ッ!」

 

 危機に気づいたヴォーパルが離脱しようとするが、遅い。逃げる暇を与えず、それらは一斉に破裂した。

 

 

 

 ──対人・対テラフォーマー音力発電式ホーミング特殊弾『蕃神(あだしがみ)』。

 

 

 

 それは『音による広域破壊を用いた手術ベースと無人兵器の相互運用』を基底概念として設計された、ダリウスの専用武器の設計案の一つ。

 

 音力発電によって生成された電気を動力とするこの小型誘導弾には、様々な弾頭が存在する。これらをもう一つの専用武器である『SYSTEM_EX:Xada-Hgla(ザーダ・ホーグラ)』によって制御・運用することで、“ハデトセナゼミ”に「破壊」以外の選択肢を増やそうというコンセプトの下で考案されたのがこの専用武器だ。

 

 例えば、より広範囲の敵を殲滅するための焼夷弾。逆に、殺傷力を可能な限り抑えた閃光弾。あるいは自軍の進行・撤退を支援するための煙幕弾。そして──

 

 

 

「──“音力発電式ホーミング化学弾『ペスト・クラッチ』”」

 

 

 

 ──殺傷範囲を個人単位にまで絞った、化学弾。

 

 ハデトセナゼミの生物としての最大の特徴は、このセミが体内に毒を有する点にある。

 

 その毒素は21世紀時点では不明だったが、U-NASAが近縁種との比較研究を行ったことで2618年現在、その成分は『カンタリジン』に類似した物質であることが判明している。

 

 大前提としてダリウスに求められているものは、希少な『広域制圧』の特性とそれを中心とした立ち回り。そのため格闘技能はあくまで二の次であり、毒はそれほど重要視されている特性ではない。

 

 故に本人もまた「戦闘の補助」程度にしか認識していないこの特性だが……カンタリジンは本来、暗殺に用いられることもある劇毒である。

 

 

 

「グゥ……ッ!?」

 

 

 

 肌を焼く灼熱感に、ヴォーパルが呻き声を上げた。飛び散った液体が付着した箇所が赤く爛れ、ジクジクとした痛みを訴える。

 

 装甲が分厚かろうと柔剛併せ持とうと、関係ない。それが体の一部である以上、濃縮されたハデトセナゼミの毒は接触した時点で皮膚に炎症を引き起こし、耐えがたい苦痛を与える。

 

 ──死ぬようなものではない。だが、放置すればするほどに悪化する。

 

 そう判断したヴォーパルは、すぐさま“コウイカの再生能力”で自らの傷を回復させようと試み、そして異変に気付く。

 

「……あァ?」

 

 治らない。再生が阻害されている、という意味ではない。()()()()()()()()()()()()

 

「治そうとしても無駄だ。お前はもう、再生能力を使えない」

 

 困惑するヴォーパルに、ダリウスは告げる。

 

「さっきお前の周りで破裂させた誘導弾の中に、マイクロ波パルス弾を混ぜておいた。お前の専用武器は、とっくに壊れてる」

 

「……ッ!!」

 

 音力発電式ホーミングEMP弾『ペスト・オーバム』。

 

 電子回路を破壊することで、電子機器類を使用不能にする電磁パルスを放つ特殊誘導弾。それが至近距離で炸裂したことで、ヴォーパルの体内の『SYSTEM』は完全にその機能を停止。

 

 これによりヴォーパルは、本来のベースである2つのαMOと、ツノゼミとして上乗せされたテラフォーマー以外の特性の使用を封じられた。

 

「でかした、オースティン!」

 

 スレヴィンは叫ぶと、再びヴォーパルへと右腕の機銃を掃射する。迫る弾丸を前にしたヴォーパルは足場を蹴り、次から次へと柱を飛び移る。

 そうしてスレヴィンが弾切れを起こしたその瞬間、攻勢に移るため彼は地面へと飛び降り。

 

「はぁぁッ!」

 

 そこで再び、特性を発現させたシモンの強襲を受ける。

 

「邪魔を、するなァッ!!」

 

 いかに変幻自在の特性使用ができなくなったといえど、ヴォーパルの圧倒的な戦闘能力というアドバンテージはいまだ失われていない。苛立たし気に叫んだ彼は槍、拳、脚……シモンが繰り出す多彩な攻撃を辛うじて防ぎ、躱し、受け流す。

 

「そっちばっかに気を取られてんじゃねぇぞッ!」

 

 そこへ無用の長物と化した機銃を捨てたスレヴィンが乱入する。シモンとの攻防に気を取られ、周囲への警戒が甘くなったヴォーパル。彼はその股間を、スーツによって増強された脚力で思い切り蹴り上げた。

 

「~~~ッッ! こ、の──!」

 

 腹の奥から突き上げるような鈍痛に、ヴォーパルの体が硬直する。しかしその程度で戦闘不能となるような、(ヤワ)な生物ではない。

 

「舐めるなァ!!」

 

 怒りに任せて咆哮した彼は、強靭な尾をスレヴィンへと叩きつけた。岩を砕き、木をへし折る破壊力を秘めた打撃。

 

「ぐっ……捕まえたぜ、この野郎」

 

 スレヴィンは抱え込むようにして、受け止めていた。通常であれば内臓が破裂してもおかしくない威力の一撃。それを大したダメージもなく押さえ込めたのは、本人の特性や専用装備だけでなく、シモンの特性による身体強度の増強ありきのもの。

 

「シモン、やれッ!!」

 

 スレヴィンが捨て身で作り出した、最大の好機。シモンは間髪入れず、ヴォーパルの懐へと飛び込む。

 

「拘束制御装置、全号解錠……!」

 

 身体強化を目的とした、全特性の開放。全ての因子を発現させたシモンは素早く勁を練り上げ、狙いを定め、そして放つ──八極拳において、最強の一つに数えられる絶技を。

 

「ぜァッ!!」

 

 ──“猛虎硬爬山”。

 

「山を駆け上る虎」という意味を持つその技は、相手の防御を崩し本命の一撃を叩き込む連撃として知られる。

 

 沖捶(中段突き)頂肘(肘打ち)鉄山靠(体当たり)、そして虎撲(両掌底)

 

 装甲を貫く浸透勁と、変換振動による威力の増幅を上乗せしたそれを、シモンはヴォーパルの胴体へと叩き込む。

 

「ゴァ……ッ!!」

 

 さすがのヴォーパルもその威力には白目を剥き、その口からは血が噴き出す。するとその巨体へと矢のような物体が飛来し、その装甲を貫通して肩へと食い込んだ。

 

「シモンさん、スレヴィンさん! そいつをこっちへ!」

 

 ダリウスが叫ぶ。その右腕に装備された『杭射装置(パイルバンカー)』からは合金製のワイヤーが伸び、今まさにヴォーパルへと突き刺さった“セミの口吻”へと続いている。

 

「任せろ!」

 

「了解!」

 

 応じたスレヴィンとシモンが、同時に拳を叩き込む。グラリと傾いたヴォーパルの巨体は踏ん張りが効かず、ワイヤーが巻き取られる勢いのままダリウスへと引き寄せられる。

 

「ッ!?」

 

 次に起こることを予期したヴォーパルは、拘束から逃れようとすると身をひねる。だが離脱は、一歩間に合わなかった。

 

「──────―!」

 

 ダリウスの腹部が激しく振動し、“ハデトセナゼミの呪歌”が放たれる。荒れ狂うその音は水槽内の石柱を次々と粉砕し、ヴォーパルの体を壁へと叩きつける。

 

(これでどうだ……!?)

 

 専用武器である消音無人機、『無形』でシモンとスレヴィンを守りながら、ダリウスは様子をうかがう。ある程度の広さは確保されているとはいえ、崩落の危険がある地下空間。さすがに100%の出力で特性を使うことはできなかった。

 

 そうはいっても、それは「標的が肉飛沫になるほどではない」程度のもの。通常の生物を殺すには十分すぎる威力は、間違いなく込めた。だが──。

 

「グ、ウウゥ……!」

 

 ──ヴォーパルは、立ち上がった。

 

 ギラギラとした眼光を、その目に灯しながら。

 

「っ、これでもダメか……!」

 

「いや、こっちの攻撃は効いてる。奴も満身創痍だ」

 

 歯嚙みするダリウスの言葉を否定し、シモンはヴォーパルを注意深く観察する。

 

 今の一撃で全身を負傷したのだろう、白と黒の鱗はその血で赤く染まっている。左腕は折れているか外れているのだろう、肩から先には力が入っていないように見える。

 またよく見なければ分からないが、左足も何かしらの負傷をしているらしく、尾を支えに立っているような有様。

 

(……なんだ?)

 

 だからこそ、シモンは違和感を覚えずにはいられなかった。先ほどまでのような戦闘が可能な状態ではない。このまま戦いを続ければ、勝つのはおそらくこちらだろう。

 

 にも関わらず、その目からは未だに闘志が消えていない。敗色が濃厚であることなど分かっているはず。それでもなお、ヴォーパルが逃げる素振りを見せないのはなぜだ? 

 

「……もう怒ったかんなァ」

 

 一歩、ヴォーパルが踏み出す。顎先から垂れた血が数滴、ポタポタと滴って地面を赤く汚す。

 

「許さないかんなァ……!」

 

 更に一歩、ヴォーパルが踏み出す。もはや固定されていない左腕が、ぶらぶらと揺れる。

 

「橋本カアァァァンナアアアアアアァッッ!!」

 

 そして、最後にもう一歩。憎悪と屈辱の咆哮を上げたヴォーパルは、それを取り出した。

 

 ドス黒い薬液で満たされた、その注射器を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 M a l i g()M E T A() M O R P H() O S I S() 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そう来るだろうと思ったぜ」

 

 そして、一発の銃声が轟いた。

 

「ッ!?」

 

 放たれた銃弾は、ヴォーパルの右手ごと注射器を粉々に吹き飛ばした。痛みに顔を歪めるヴォーパルの足元に血と薬液が飛び散る。

 

「んなあからさまな奥の手、使わせるわけねーだろ」

 

 どこか呆れたように、スレヴィンが言う。右手に構えた愛銃のM500の銃口から、紫の硝煙をくゆらせながら。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

 

 じわじわと忍び寄る死の気配に、呼吸が浅くなる。今まで自分が他者に与えていたその恐怖を前に、彼を支えていた闘志はぐらついていた。

 

「っ、ガン萎えッ……バイブスが、下がるッ……!」

 

 ──憂鬱だった。

 

 戦闘生命体、生物最強、生態系の外の捕食者。そのように造られた彼にとって、火星に天敵は存在しなかった。確かに幾度か、戦闘で敗北を喫したことはある。だが、その時はいずれも全力ではなかった。本気を出せば勝つのは自分だと、彼は信じて疑っていなかった。

 

 だからこそ、彼は退屈だった。全ての存在は等しく、自分の餌でしかないから。

 

 だからこそ、彼は憂鬱だった。自分以外の存在は取るに足らない、羽虫のごとき雑魚でしかないから。

 

 そのはずだ、そうでなくてはならないはずなのに。

 

「なぜだ、なぜ潰せない!? 最強であるはずの我が、雑魚ピでしかない貴様らをッ!」

 

 

 

 

 

「──それはお前が、何も持っていないからだ」

 

 

 

 

 

 八つ当たりのようなその問いに答えたのは、シモンだった。

 

「お前はただ生まれ持った身体が、特性が強かっただけ。それに心と技が、まるで追いついていない」

 

 ──ヴォーパルは持ちえない。

 

 ただ一人を一途に恋い慕い、全てを投げ打つことも厭わぬ白の女王のような『心』も。

 

 見果てぬ野望に剣を捧げ、その刃をひたすらに研ぎ続けた黒の女王のような『技』も。

 

 彼にあるのは、ただ恵まれた強さだけ。信念も技巧もなく、ただただ力を振るうだけの存在。だからこそヴォーパル・キフグス・ロフォカルスは、赤の怪物(モンスター)なのだ。

 

「そんなものに負けてやれるほど、ボクたちが背負ってるものは軽くない」

 

 

 

 

 

「──地球を、舐めるな!」

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

 刺し殺すような、強い闘志。それに気圧され、後ずさった怪物の喉が鳴る。

 

キャパい……

 

 脳が理解を拒んでいた。叩き潰そうと叩き潰そうと、自分という絶対に立ち向かってくる『心』とやらを。

 

キャパい……! 

 

 

 本能が恐怖を訴えていた。圧倒的に弱者であるはずの雑魚どもが、自分をここまで追い込んで見せた『技』とやらに。

 

マジきゃぱい……!! 

 

 そして彼は直感する。自分の暴力に、目の前の奴らが屈服することはないだろうことを。何度叩きのめそうと勝つまでやる、死んだら呪う……そう言う「わけの分からない何か」を頼みに、彼らは戦っているのだと。

 

 

 

「貴様らマジ……やばたにえんッ!!」

 

 

 

 ヴォーパルはシモンたちへ背を向けると、一切の躊躇なく逃走を開始した。テラフォーマーの特性で壁に貼りついた彼は、まさにゴキブリのような動きで壁を駆け上がっていく。

 

 そんなものに負けられない? こちらのセリフだ。そのようなわけの分からないモノに付き合うなど、冗談ではない。一刻も早く、この異常者どもから逃れなければ。

 

「! 待──」

 

「ガアアアアアアアアアアアアア!! ゴガアアアアアアアアアアア!! ギョアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 追撃の手を止めるため、なりふり構わず叫び散らす。あまりにも情けない姿だが、ヴォーパルは全く意に介さない。そして恥も外聞もかなぐり捨てるのであれば、それは存外に有効な一手でもあった。

 

「っ、あのヤロ……!」

 

 耳を塞ぎながら、スレヴィンは悪態を吐くことしかできない。咄嗟の判断故に取り落としてしまった拳銃は、足元に転がっている。だがそれを拾い上げたところで、ヴォーパルの逃走を阻止できるとは思えなかった。

 

「クソっ……」

 

 ダリウスもまた、それを見守ることしかできない。特性による追撃を思案するも、すぐに断念する。ヴォーパルを確実に仕留められる威力で特性を使えば、調圧水槽自体が崩壊しかねないからだ。

 

「……」

 

 一方シモンだけは焦ることなく、ヴォーパルの行動をただ静かに見守る。彼だけは知っていたからだ。彼が逃走するその直前、通信端末ごしにモニカから知らされた情報によって。

 

 ヴォーパルがここから逃げ延びることは、到底不可能であることを。

 

「フーッ、フーッ、フーッ……!」

 

 そんなことはつゆ知らず、瞬く間に天井へと到達したヴォーパル。彼は脱臼していた左肩を力任せに填めると、天井に空いた穴の淵へと手をかける。

 

 そうして彼は、勢いよく地上へと飛び出し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、今朝ぶりだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その腹に、毒針を突き立てられた。

 

「──調子どうよ、怪物(モンスター)?」

 

 トレンチコートをなびかせながら、地上で待ち構えていたその人物──ギルダン・ボーフォートが、ヴォーパルへと問う。

 

「ッお、前ェ……!」

 

「そう怖ェ顔すんなって。こういうのはお互い様だろ?」

 

 ギルダンは毒針を引き抜くと、バックステップを切る。

 

「デミアン! イーリス!」

 

 するとその呼びかけに応えるかの如く、二人の人物がギルダンの両サイドから飛び出した。入れ替わるように前線へと身を投じるや否や、彼らは一斉にヴォーパルへと仕掛ける。

 

「さっきは使う間もなくやられちゃったしね。存分に味わってくれたまえよ」

 

 左舷、飄々とした雰囲気を纏う青年。牙が生えた腕から噴き出した酸性の液体を、ヴォーパルの顔面へと噴霧する。

 

「潰れて、死んで……!」

 

 右舷、フリル付きのドレスに身を包んだ少女。特性によって回転しながら跳躍した彼女は、身の丈に合わない大剣でヴォーパルの腕に深い裂傷を刻む。

 

「い、ギッ……!」

 

 よろめきながらも独楽のように回転する少女を振り払い、青年から吹き付けられた酸を拭いとり、目を見開いたヴォーパル。その眼前にいたのは。

 

「よォデカブツ、また会ったなァ?」

 

「へっへっへ、ちょっと面貸せよ」

 

「また遊ぼうぜ、トカゲもどき! 今度はてめーがサンドバッグな!」

 

「このサービス残業の落とし前、つけてもらいますよ?」

 

 ──U-NASAの猟犬、第七特務。

 

 自分たちをコケにした怪物に一矢報いんと、治療を終えて早々に戦線へ復帰したその隊員たち。意地と柄の悪い笑みを浮かべた彼らは各々の特性を発現させ、満身創痍のヴォーパルの前へと立ちはだかる。

 

「ッ、舐めるな……!」

 

 一度下した相手に戦意を取り戻し、ヴォーパルは唸り声を上げる。

 

「貴様らは所詮、一度我に屈した雑魚ピども! 蟻に何十匹群がられようと、我の敵ではない!」

 

「そうかよ。だったら……」

 

 気炎を吐く悪鬼に、ギルダンは無感動に告げる。

 

 

 

「蟻がもう一匹増えたって、文句はねェな?」

 

 

 

 

 

「ガルルルァァ!!」

 

 

 

 

 

 上空から人ならざる獣の咆哮が轟く。直後、勇壮な鬣を振るわせながら地面へと降り立ったのは、『万獣の帝王』シーザーだった。彼は前足で地面をかくと、この場にいるほかの者には目もくれず、自らに一度土をつけた怪物に牙をむきだす。

 

「ネコ、チャンッッ……!!」

 

 ヴォーパルが青ざめる。消耗した今の自分に、ギルダンとシーザーを同時に相手取る余力はない。しかし当然、そのような事情はシーザーの感知するところではなく。

 

「グルルァアアアッ!」

 

 投薬によって発言したブルドッグアントの脚力で、彼は正面からヴォーパルへと飛び掛かった。

 

 それを見たヴォーパルは、やむなく迎撃に移ろうとし……そして、体勢を崩した。

 

「な、ん……!?」

 

 起きたことを理解できず、ヴォーパル。その呼吸は浅くなり、意識が徐々に遠のいていくような感覚に彼は陥った。

 

 毒を二度、体内へ流し込まれたことによる“アナフィラキシーショック”。

 

 この場に至って顕在化したギルダンの仕込み。それによって生じた一瞬の隙が、彼の命運を分かった。

 

 

 

「ごガッ!?」

 

 

 

 ネコ科の脚に“ブルドッグアントの脚力”が加わった、前脚蹴り。それを顔面に叩き込まれ、ヴォーパルの体は再び弾き飛ばされた。

 

「────ッ、あ」

 

 今しがた這い上ってきたばかりの、崩落した穴へと向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【またわたしが見ていると、天が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた】

 

 

 

 

 

 

「! 来たっ!」

 

 そして。この瞬間を待ち望んでいたシモンは、すぐさま大地を蹴った。この戦いに、正真正銘の終止符を打つために。

 

【それに乗っているかたは、「忠実で真実な者」と呼ばれ、

義によってさばき、また、戦うかたである】

 

「ぁ……アリエンティ!!」

 

 落ちまいと、ヴォーパルは手を伸ばす。だがその爪は、穴の淵には僅かに届かず。星の重力に引きずられ、怪物の体は再び落ちていく。地に穿たれたその大穴へと。

 

【獣は捕えられ、また、この獣の前でしるしを行って、獣の刻印を受けた者と

その像を拝む者とを惑わしたにせ預言者も、獣と共に捕えられた】

 

 

 

「我はヴォーパル! 赤の怪物(モンスター)The Rex()のヴォーパルだぞ!?」

 

 最早、なすすべはない。それを頭では分かっていながらも、ヴォーパルは足掻かずにはいられない。

 

「こんな最期が、許されていいはずが──!!」

 

 

 

【そして、彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄との池に投げ込まれた。

そこには、獣もにせ預言者もいて】

 

 

 

「シモンッ!」

 

「シモンさんっ!」

 

 2人の声を背に受けながら、シモンは落ちてくる悪鬼へと向け、槍を構える。

 

 

 

 

「破ッ!」

 

 

 

 

 そして振りぬかれた槍は狙い過たず、ヴォーパルの心臓を──そしてその食道下神経節を、正確無比に穿ち貫いた。

 

 

 

 

【彼らは世々限りなく日夜、苦しめられるのである】

 

『ヨハネの黙示録』より、抜粋

 

 

 

 

「! ──、……」

 

 胸の中心を正確に貫かれたヴォーパルは、かっと目を見開く。そして何かを口にしようとして、しかしそれが何か意味のある言葉になることなく。

 

 最期に一度だけ小さく痙攣して、怪物はそれきり動かなくなった。

 

「ふーっ……!」

 

 深く、長く、シモンは息を吐く。どっと力が抜け、今にもへたり込みそうになるのを辛うじてこらえる。

 それから彼は、こちらへと駆け寄る二人の姿を認めると……疲労の滲むその顔にへにゃりとした笑みを浮かべ、口を開いた。

 

 

 

任務完了(チェックメイト)、だね」

 

 

 

 ──と。

 

 

 

 




U-NASA予備ファイル『SYSTEM_EX②』

『SYSTEM_EX:Xada-Hgla(ザーダ・ホーグラ)
 ダリウスの専用装備として考案された装備。後述する『蕃神』の操作制御を行うための装備であり、着用者の脳から発せられる電気信号をスキャンしてその軌道を操る。相互互換品として『Trunembra(トルネンブラ)』と呼ばれる装備が存在し、操作可能最大数で遠く及ばない代わりに、最大距離と精密操作性で勝る。

右手側はパイルバンカーを兼用しており、セミの口吻を装填し圧縮空気で射出することが可能。内部に仕込んであるワイヤーを取り付ければ、牽引装置としても利用可能。作中ではヴォーパルを引き寄せる使い方をしたが、他にも敵に囲まれた際に速やかに離脱する緊急脱出装置としても使える。

左手側は毒素の装置であり、ガントレットから伸びたチューブを通して背中のバックパックに格納してある誘導弾へとカンタリジンを充填する。

『蕃神』
 音力発電式ホーミング特殊弾。様々な種類の弾頭が存在し、用途別に使い分けることで様々な戦術展開が可能。ヨーゼフが考案したのは音力発電式ホーミング焼夷弾『ペスト・オーゼカ』、音力発電式ホーミング化学弾『ペスト・クラッチ』、音力発電式ホーミングEMP弾『ペスト・オーバム』、音力発電式ホーミング閃光弾『ペスト・オーヴァリィ』、そして音力発電式ホーミング煙幕弾『ペスト・スポーン』の五種類。

 携行できる弾数に限りがあること、開発コストが馬鹿にならないこと、操作性が高いとはいえ味方を巻き込みかねないこと、そしてダリウス自身が戦術規模での判断をあまり得意としていないことから廃案となった。

『SYSTEM_EX:Cthulhu(クトゥルー)
 裏マーズランキング『4位』の専用装備として考案された装備。着用者の血肉を材料として装甲内に人工筋肉の層を形成。これを体に纏わせるように展開し、機械的・電気的な補助を行うことで筋力や瞬発力を増強する。

説明はなかなか物騒だが、実際に使う細胞は人為変態時に入れ替わるものと、本来触腕を形成する際に使われるもので賄われるため、着用者の負担はそれほど大きくない。頭足類の適合者が着用するのが最も負担がないが、再生能力があるベースであれば基本的に使用自体は可能(再生能力がないベースの適合者や身長・体重が一定水準に達していないものが着用した場合、命の保証はない)。

 ちなみに本編のスレヴィンが使用していたガトリング砲やロケットランチャーは、アーク側が武装としてカスタマイズしたもの。本来このパワードスーツの用途は格闘戦であり、本編では使わなかったが、通常の触腕に代わって神経節からの電気信号で動く触腕型軍用マニピュレータ、カラストンビのキチン質から刃を生成する機能などが搭載されていた。

 試行型で実地テストを行ったところ、『4位』の身体能力が数値以上のものであることが判明。裏アネックス計画までに要求水準を満たす形での実用化は困難と結論付けられ、廃案となった。

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