贖罪のゼロ   作:KEROTA

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 コラボ編最終話です。

 前回「あと一話」と予告しておりましたが、文字数があまりに膨大になったので、急遽予定を変更して前後編(または前中後編)に分割してお届けいたします。許せサスケ

 今回はちょっと特殊なお話なので、事前に注意書きをば。

・この話は「フランスと槍の一族の全面戦争」と「その裏側で起こるアダム陣営の暗躍」を書いたIFの話です。これまでのコラボ編の地続きにはなってないので、ご了承ください。

・(今更ですが)『深緑の火星の物語』『インペリアルマーズ』の最新話ネタバレを含みます。

・各キャラ最大強化仕様(※KEROTA基準)になっているので、本編に比べて手術ベースが増えていたり、肩書が新しくなっていたりします。

・ベースが明かされていないキャラは各作者様から情報をちょこちょこいただきつつ、私が妄想で書いています。本編とは詳細が違う場合があるのでご了承ください。

 それではどうぞ!


Route_IF-Armageddon(前編)

【アダム・ベイリアルからのお願い】

 

 映画を見る時は部屋を明るくして、離れてみてね! でも部屋は暗くした方が雰囲気出るぞ! 

 

 あとこのお話はフィクションです! 実際の団体や人物とは能力が違ってることもあるけど、怒らないでね!

 

 

 ※※※

 

 

 ──そして、(タガ)は外された。

 

 

 

 

 

 西暦2621年12月24日。聖なるその日、フランス共和国は史上最悪の一日を更新した。

 

 

 

「ンン……それじゃあ、開戦の狼煙を上げようか」

 

 

 

 ──現地時刻18時37分。

 

 突如発生した大規模な爆発により、パリ外周部の市街地が壊滅。

 

 爆発を引き起こしたものの正体は、夕闇に紛れるようにして放たれた無数の小型誘導爆弾。早い話、空爆である。ある程度事情を知っている人間であれば、それが槍の一族による開戦の合図であることはすぐに理解できた。

 

 この攻撃による死者数は5000人以上。負傷者に至ってはその数倍に及び、20000戸の家屋が全焼。更には発生した大規模な火災が包囲網となり、パリで暮らす市民300万人が孤立状態に陥った。

 

 これだけでもフランス史に残る大災害。しかしこの後に起きた惨劇を考えれば、この出来事はほんの序章に過ぎなかった。

 

 

 

「お行き、我が使徒たちよ。憐れな魂たちを救済しておくれ」

 

「さァ蹂躙するザマス、アタクシの死体人形たち!!」

 

「……ん」

 

 

 

 ──現地時刻19時5分。

 

 パリ全域に非常事態宣言が発表され、市民たちに不安と危機感が染み込んだころ。何の前触れもなく、槍の一族が送り込んだ生物兵器が市街地に出現。

 

 まず現れたのは、人間の胴体が無数に連なるムカデのような怪物たち。彼らは炎禍から避難を始めていた市民たちを次々に血祭りにあげていく。

 

「じジ、じョうジ」

 

「て……殺し、て……くだ……」

 

 次いで飛来したのは、テラフォーマーの大群と黒い翼を携えた少女の一団。何かに操られているかのような不自然な挙動で、彼ら・彼女らは市民を守ろうと紛争する警察や軍人たちに襲い掛かる。

 

 げに恐ろしきは、その不死性。

 

 首がへし折れようと、半身が吹き飛ばされようとお構いなし。彼らは目につく者を手当たり次第に殺し、陣形を乱す。そしてそれらを露払いとし、最後に地下から現れたのは──

 

「か……う……」「fねいじょ」「kjhふぇ」「あろろろろ」「sあhfsげ」「eqえthさtx」「xあryy」「ぴゅいー、ぴゅいー」「qfxpfpu」「げじdじょんfl」

 

 ──異形としか形容のしようがない生命体たちだった。

 触手、毒針、鋏、爪、牙……個体ごとに全く異なる性質を持ち、共通点といえば辛うじて人型の名残を残している程度。ひどく醜悪な見た目をした彼らは、MO手術を受けた兵士すらも屠った。

 

 それらが地下や裏路地、上空や廃屋から無尽蔵に押し寄せ、殺戮の限りを尽くす──まさにこの世の地獄としか形容できない状況。

 

「パリはもう駄目だ! 急いで外に脱出するぞ!」

 

「脱出って言ったってどこに!?」

 

「ルクレール通りよ! ヴェルサイユ方面は火の手が薄いみたい!」

 

 最早花の都パリに安全地帯などない。それを察した者たちは、中心市街地からの脱出を試みる……その先に待っているのが、更なる絶望でしかないことなど知る由もないまま。

 

 

 

「来ましたね。ではナタリヤ、手筈通りに」

 

「はい、はかせ」

 

 

 

 ──現地時刻19時27分。

 

 比較的火の手が薄いパリ南西区画で、降雪が観測される。そしてほんの10分前、()()()()作られた包囲の穴から脱出を試みた市民たちは、一人残らず雪に埋もれてこと切れていた。

 

 ……否、それは雪ではなかった。

 

 雪のようにしんしんと降り注ぐそれは死体に根を降ろし、皮膚を突き破り、ニョキニョキと細長い物体を伸ばしていく。そしてそこから放出された『白くふわふわとした何か』に触れた者は人も、テラフォーマーも、生物兵器も関係なく、その生命活動を停止。まるで取り残されたかのように、その一帯は異様な沈黙に包まれる。

 

 そして静と動、二つの地獄に侵される花の都の腹を食い破るように──

 

 

 

「では行くとしようか。今宵も、巡礼の時が訪れた」

 

「精鋭たちよ、私に続け! ゲガルドの急先鋒として、オリヴィエ様の道を切り開く!」

 

「さぁ皆さん、笑顔を忘れずに参りましょう。ああ、素敵な夜になりそうです」

 

 

 

 ──現地時刻19時45分。

 

 槍の一族の軍勢が、パリへの侵攻を開始する。

 

 中央、右翼、左翼の三方向に分かれた彼らは、パリの街を破壊し、物資を略奪し、会敵する者を鏖殺しながら、敵の本陣……エリゼ宮殿を目指す。

 彼らが仕える主の大敵たる、エドガー・ド・デカルトを抹殺するために。

 

 全ての侵略行動は、迅速に行われた。

 

 その惨状が公共の電波に乗り、速報として世界中のニュース番組に取り上げられたのは、パリが戦火と怪物が蔓延する死の街と化した後のこと。

 

 まさに、地獄絵図。

 

 そこに取り残された生き残りの市民が、そして世界中でその戦局を見守る誰もが、最早パリの陥落を疑わなかった。

 

 ──その渦中に身を置き、抗わんとする者たちを除いて。

 

 

 

 

 

「統合参謀長、ステファニー・ローズの名の下に命じる。ジェヴォーダンの獣達を解き放て」

 

 

 

 

 

 ──現地時刻19時57分。

 

「GUOOOOOO!」

 

「GARRRRR……!」

 

 指令部からの勅命により市街地に解き放たれたのは、無数の巨獣たちだった。

 

『ジェヴォーダン計画』──フランス軍が極秘裏に進めていた軍事プロジェクト。

 

 フランス独自の手術形式たるESMO手術のベースとするべく、複数の原生生物の遺伝子を掛け合わせて造られた古代生物たち。その役割を終えて殺処分を待つばかりとなっていた彼らにMO手術を施し、特殊な訓練を行うことで、フランス軍は彼らを軍用動物として再起用することに成功した。

 

 偵察部隊(ラプトル)遊撃部隊(ディアトリマ)重装歩兵隊(アンキロサウルス)航空兵隊(プテラノドン)……様々な役割を与えられた太古の猛獣たちが、槍の一族へと牙を剥く。

 

「フランス側の動物兵器!? 逃げろ、踏み潰され──ぎゃっ!?」

 

 ──自然界において、大き(デカ)さは強さに直結する。

 

 極めて単純、しかしそれ故に不変たるこの弱肉強食の理は、異常事態下のパリにおいても正しく機能した。

 

 数の上では槍の一族側の生物兵器に軍配が上がるが、単騎の戦闘能力ではフランス側の動物兵器が大きく上回る。

 

 圧倒的な物量にものを言わせた怪物たちの快進撃は、巨獣たちの登場によって大きく動きを鈍らせ、局地的には戦線を押し返し始めた。

 

 

 

「ジェヴォーダンたちはちゃんと仕事をしてくれたみたいだね。上々、上々」

 

「んじゃ、俺たちも共和国親衛隊として一仕事しますか」

 

「エドガー様に仇なす不届き者どもめが……! これ以上、奴らの好きにはさせん!」

 

「ひぃふぅみぃの……どうやら今回の敵はたくさんいるようですね」

 

「クカッ! なるほど、これは斬り甲斐がありそうだ」

 

「さぁて……殺し合いの時間だな」

 

 

 

 それを反撃の狼煙として、フランス側の主力たちが本格的に動き始める。戦場へと出撃した彼らは、槍の一族側の主力たちと矛を交え──ここへ至ってようやく、本格的な戦端が開かれた。

 

 神の座を巡る、二人のニュートンの戦い。それを止められる秩序の防人たちは、最早この星に存在しない。

 

 どちらか片方が死ぬまで、決して止むことのない聖戦が幕を開ける。それぞれの思いが錯綜し交差する戦場は、混沌の様相を呈し始める。

 

 何もかもが未知数のこの戦場において、確かなことはただ一つ。どちらが勝とうと、世界は大きくその在り方を変えてしまうだろうということ。

 

 賛美せよ(ハレルヤ)、新たな神の誕生を。

 

 賛美せよ(ハレルヤ)、生まれ変わる新たな世界を。

 

 

 

 

 

 

 最終局面──かくして世界は、終焉へと至る。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ン……暇だね、どうにも」

 

 ──パリ郊外。

 

 燃え盛る炎上網を眺め、微かに聞こえる怒号と悲鳴に耳を澄ませながら、赤い髪の少女──エスメラルダ・オースティンは退屈そうに呟いた。

 

「帰っちゃダメかねぇ。早く帰って、あの子に手料理を振る舞ってあげたいんだが」

 

 口にしてはみたものの、それができないことはエスメラルダ自身が理解していた。

 

 彼女がわざわざ人気のない郊外に配置されている理由はただ一つ。外部からパリへと向かう援軍を阻止するためである。

 

 ──大前提として。

 

 槍の一族とフランスが真っ向から殴り合った場合、勝利するのはフランスである。

 

 これは何も、オリヴィエがエドガーに劣っていることを意味するものではない。単純に動員できる人員と物資の桁が違うからだ。αMO手術によって個人の戦闘能力を底上げしようと、それが大局に及ばす影響などたかが知れている。

 

 そしてそれは、この戦いにも言えること。

 

 今、槍の一族がフランスに対して優位に立てているのは、戦場がパリという局所に集中しているからに過ぎない。時間が経てばたつほど、各地の基地からフランス軍の応援が到着し、形成は不利へと傾いていくだろう。

 

 無論、此度の侵攻は文字通り、槍の一族の総力を上げて決行されたもの。多少の援軍程度で覆せるほど手緩い攻勢ではないが、邪魔が入るのは遅ければ遅い方がよい。

 

 そのための足止めを任されたのが、槍の一族に与する戦力の中でも際立って高い破壊力と殺傷力を秘めた特性を有する彼女だった。

 

「で……そろそろ出てきたらどうなんだい?」

 

 不意にエスメラルダは、そう()()()()()。その視線は彼女の近くの建物の影へと向けられている。

 

「そこにいるのは分かってる。あんたが味方じゃないこともね……3秒以内に姿を見せな。さもなければ、ここら一帯を更地にするよ」

 

「おぉっと! 言う通りにするから、それはちょっと待ってくれ」

 

 おどけたようにそう言いながら姿を見せたのは、中折れ帽にスーツを纏った青年──フィリップ・ド・デカルトだった。降参ですと言わんばかりに両手を上げながら、彼はエスメラルダににこやかに笑いかける。

 

「そうカリカリするなよ。カルシウム、足りてないんじゃない?」

 

「……私は今、虫の居所が悪い。今すぐその口を閉じれば、楽に殺してやるよ」

 

「あっはは! 悪いが、俺はおしゃべりでね。この口を閉じるつもりはないぜ?」

 

 軽妙な彼の言葉に、いよいよエスメラルダの不快指数が頂点に達する。巨大なフォークを思わせる槍を握りしめ、彼女はジロリとフィリップを睨む。

 

「ンン、それは……『活け造りにして殺してくれ』ってことでいいんだね?」

 

「いいや、そうじゃない」

 

 エスメラルダの赤い瞳を見返しながら、フィリップは口を開く。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()ってことさ」

 

 

 

 フィリップが指を鳴らす。それと同時に、建物の影から無数の影が這い出した。

 

 十や二十では利かないそれらの正体は、ヤスデとムカデを足して二で割ったような姿をしたペルム紀の巨大節足動物──アースロプレウラ。

 

 咬合力、毒性、強度、敏捷性ーー原生種以上に強化された特性を持つ彼らは、群をなしてエスメラルダへと殺到する。

 

「ンン、鬱陶しいね」

 

 虫嫌いであれば卒倒するだろう光景だが、エスメラルダは面倒そうに眉をしかめるばかり。

 

「失せな、衛生害虫ども」

 

 エスメラルダの腹部が振動する。そして次の瞬間、アースロプレウラたちは彼女の特性によって一匹残らず駆逐される。

 

 音波による広域破壊。その威力の前には、強化された甲皮など何の意味もない。四方から襲いかかったアースロプレウラたちは肉飛沫となって、八方へと飛び散る。

 

「なるほど、聞きしに勝る威力だ。けど知ってるぜ? その特性、再発動にはインターバルが必要だってね!」

 

 フィリップの言葉と共にエスメラルダへと突進するのは、巨大なクマのような哺乳類──アルクトテリウム。

 

 体長4m強、体重は一説によれば2tを超えるという。音波攻撃の再準備が整うよりも早く、史上最大の肉食哺乳類がエスメラルダへと襲いかかり。

 

「グガォ!?」

 

 直後、その巨体を抉るように小さな爆発が起こった。

 

「クマは嫌いだよ。せっかく集めたご馳走を食い荒らされるからね」

 

 吐き捨てるエスメラルダ。彼女の周囲には、黒い卵状の機械が浮遊している。

 

「見つけたら駆除するに限る」

 

 エスメラルダが腕を振ると、その機械はまるで意思を持つかのようにアルクトテリウムへと突き進み、着弾と同時に次々と爆発していく。

 

「ブォっ、ゴァ……!」

 

 絶え間なく襲い来る音、激痛、熱。アルクトテリウムは苦痛のあまり、思わず後ろ足で立ち上がる。

 

「おつむは残念だったようだね。悪手だよ、それは」

 

 当然、その隙をエスメラルダは逃さない。彼女の操作により、アルクトテリウムの喉元で爆発が起こる。分厚い皮膚と脂肪の防御をぶち抜き、爆発はその首に風穴を穿つ。致命傷だった。

 

 目を白く濁らせ、巨体が倒れ込む。それを尻目にエスメラルダは、フィリップへと向かって駆け出していた。

 

「動物をけしかけて自分は高みの見物とは、いいご身分だね」

 

「! 速――」

 

 フィリップのリアクションが終わるか終わらないかというタイミングで、フォーク状の槍が彼を目掛けて繰り出される。それを辛うじて躱すフィリップだが、刺突は二撃三撃と次々に放たれる。

 

「どうした!? 私を仕留めると大見得を切った割に、さっきから逃げ腰じゃないか!」

 

「それがこっちの戦闘スタイルなもんでねっ!」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべる少女から距離をとるように、フィリップは大きく後方へ跳躍する。着地点を串刺しにしようと更に一歩踏み出すエスメラルダだったが、しかし予想に反し、フィリップの体が地へ降り立つことはなかった。

 

「ケェェー!」

 

 上空から飛来した翼竜がフィリップの両肩を掴み、そのまま上空へと飛び立ったからだ。

 

「チッ、次から次へと……」

 

 先ほどまでの悦楽から一転、苛立たし気にエスメラルダは舌打ちをする。しかし上空へ逃れたところで、そこは依然としてエスメラルダの専用武器の射程圏内。彼女は目障りな男を排除せんと専用武器を起動しようとして――その瞬間、エスメラルダの足元の地面が大きく爆ぜた。

 

「シャアアアアア!」

 

 地面を突き破って現れたのは、太古の大蛇“ティタノボア”──メリュジーヌだった。彼女は目にも留まらぬ速度でエスメラルダの体を丸のみにすると、その口を硬く閉ざす。

 

Bravo(よし)! かかった──!」

 

 上空を大きく旋回した後、再び地上へと降り立ったフィリップが思わず口にする。

 

 その巨体に加え、発現した特性も相まって顎の力は強力である。一度閉ざされてしまえば、内側からその口を開けることは、例えMO手術を受けた人間でも不可能。メリュジーヌの奇襲を察知できなかった時点で、エスメラルダの敗北は決まっていた。

 

 かくして槍の一族の特記戦力。その一角は無事陥落――

 

「……って、なってほしかったんだけどなぁ」

 

 作戦の失敗を悟り、フィリップがぼやく。その直後、彼の眼前でメリュジーヌの胴部が膨張した。その姿はまるで巨大なツチノコのよう……に見えたのは、ほんの一瞬のこと。限界を超えて膨張した彼女の胴体は、内からの爆圧に耐えきれずに破裂した。轟音と共に、その血肉が四方に飛び散る。それを全身に浴びながら、赤い少女は地面に降り立つ。

 

「……予定変更だ」

 

 ドスの利いた声で言葉を吐くエスメラルダ。その腹部が微かに震えたのを、フィリップは見逃さなかった。

 

「!」

 

「お前はミンチにしてやるよ」

 

 そして彼女から放たれたのは、全てを消し飛ばす爆音だった。小型の戦術核にも匹敵する威力を纏い、不可視の爆撃は周囲の家屋を粉砕しアスファルトで舗装された大地を抉り飛ばす。その破壊は一瞬にしてフィリップの元まで達し──。

 

「……お前」

 

 エスメラルダはその目に、強い警戒を滲ませた。

 

「なんでまだ、原形を保ってるんだい?」

 

「ふー、あっぶなぁ……」

 

 派手な音と土煙を巻き上げながら倒壊する住宅街。その只中にあって、フィリップとその周囲数mは全くの無傷だった。

 

(同系統の特性? いや、奴にその類の予備動作はなかったはず……)

 

 訝しむエスメラルダ。その眼前でスーツに付着した土埃を払いながら、フィリップは口を開く。

 

「戦争って殴り合いがメインって思われがちだけどさ。実は()()()()()()()()()()()()()()。例えば情報戦とかね……アメリカの主要都市を軒並み壊滅させたのは君だろ、“人喰らいエスメラルダ”」

 

 帽子をかぶり直したフィリップは、エスメラルダを見やる。

 

「杜撰なんだよ、仕掛け(トリック)の隠し方が。いっぺん割れた手品の種なんて、いくらでも対策できる。君の相手をするって分かってるなら、そりゃあ馬鹿でも用意しとくでしょ──『逆位相消音装置』」

 

 パチンと指を鳴らすと、フィリップの前に浮遊して現れたのは一機のドローンだった。その機体の下には、メガホンを思わせる形状のスピーカーが取り付けられている。

 

「……あの子の専用武器の流用か」

 

「ご名答」

 

 フィリップはパチパチと手を打つと、その種を明かす。

 

「持つべきものは協力者ってね。君がアメリカを滅茶苦茶にしてくれたおかげで、大分情報を抜きやすかった。設計図さえパクれば、うちの技術研究所がなんとでもしてくれるってわけ」

 

 その言葉に、忌々し気にエスメラルダが舌打ちをする。

 

 自身の最大の強みが封じられたことに加え、目に入れても痛くない程かわいい子孫の武器を盗用されたこと──その二つの事実が、彼女の怒りの火に油を注ぐ。

 

「なら……ウェルダンにするまでだよ」

 

 エスメラルダが指揮者のごとく手を振るう──専用装備が内蔵され、金属の糸が絡みつくその左腕を。

 

 すると待機モードとなって遥か頭上に滞空していた小型誘導弾──音力発電式ホーミング焼夷弾『ペスト・オーゼカ』が、フィリップ目掛けて降り注ぐ。

 

「おいおいシェフ、そんな調理で大丈夫か? 活け造りがミンチになって、今度はウェルダン? レシピが二転三転しまくってるぜ」

 

 だが、当たらない。

 

 彼はタップダンスでも踊っているかのようにリズムを刻みながら、時に吹き寄せる爆風さえも利用して、エスメラルダの飽和爆撃を見事に避けきる。

 

「ン、問題ないね。今度こそお前の調理は終わりさ」

 

 エスメラルダが、微かに指を震わせる。すると無作為に降り注ぐ焼夷弾の中の一発が、突如意思を持ったかのようにその方向を変え、フィリップの背後から飛来する。

 

「おっとぉ!?」

 

 咄嗟に体を伏せ、それを回避するフィリップ。しかしそれこそがエスメラルダの狙いだった。

 

「!」

 

 体勢を崩した彼の眼前から、本命の一発が飛来する──決して避けられない軌道で。それに気づいたフィリップは微かに目を見開き。

 

「ほいっと」

 

 あらかじめ握り込んでいた弾丸を、指で撃ち出した。撃ちぬかれた焼夷弾は有効範囲内に標的を収める前に炸裂。窮地を脱したフィリップは、まるでブレイクダンスのようにクルクルと回転しながら飛び上がり、残りの攻撃をかわす。

 

「ちょこまかと──!」

 

「そりゃあするさ! 女体(筋肉)盛以外の調理なんて御免被る!」

 

 言うや否や、フィリップは大地を蹴った。数秒前まで自分が立っていた場所が爆裂する音を聞きながら、軽やかにステップを踏む。彼は持ち前の身体能力で焼夷弾をかわし、弾き飛ばし、撃ち落とし……そして、エスメラルダへと肉薄した。

 

「意味の分からない、ことをッ……!」

 

 エスメラルダは眼前の敵へ槍を突き出すが、白兵戦の練度ではフィリップの方が圧倒的に上。あっさりとその刺突を躱し、彼は素手の間合いへと踏み込む。

 

「そらっ!」

 

 腹を狙った鋭い蹴りを前に、遂にエスメラルダが守勢に回る。咄嗟に構えた得物の腹で打撃を受け止めた彼女は、その威力の重さに顔をしかめる。

 

(不味い、この距離じゃ爆弾が使えない! 音で攻撃を──いや、その前に反撃(カウンター)で潰される!)

 

「チィ……!」

 

 僅かな逡巡の末、彼女は蹴りの威力を利用して後方へと跳躍する。

 

(よし、距離は確保した! このまま弾幕を張って、奴を──)

 

「おっと、それを見逃すほど俺は甘くないぜ?」

 

 エスメラルダの思考はそんな言葉と、素手を不自然に振り上げたフィリップの姿に中断させられる。

 

「種も仕掛けもございません……ってな!」

 

「なっ!?」

 

 そう告げた彼は手の甲から鋭い棘が生えた蔓を伸ばすと、それを鞭のように振るった。深緑の有刺鉄線はエスメラルダの左腕に絡みつき、無数の鋭い棘の尖端が彼女の柔肌に食い込み、赤い雫を滴らせる。

 

「ッ、ぐ……!?」

 

 激痛に怯んだ瞬間を狙い、フィリップは鞭を手繰り寄せた。爆音による攻撃を試みるが、振動した瞬間にエスメラルダの腹にフィリップの膝蹴りが叩き込まれる。

 

「かハッ……!」

 

 苦し気な呼気と共に、エスメラルダは膝をつく。苦し紛れに右腕の口吻による刺突をエスメラルダは繰り出すが、バックステップを切ったフィリップにあえなく躱されてしまう。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな」

 

 帽子をとった彼は、わざとらしく彼女に向かって一礼する。

 

「フランス共和国親衛隊、騎兵連隊長──フィリップ・ド・デカルトだ。よろしくな、胸筋の薄いお嬢ちゃん」

 

 

 

フィリップ・ド・デカルト

“フランス共和国親衛隊『騎兵連隊長』”

MO手術ベース”植物型”

―グレープフルーツ―

+

ESMO手術ベース”古代植物型”

Meliorchis caribea(メリオルキス・カリビア)

 

 

 

「ゲホッ! ……つくづく癪に障る奴だね」

 

 口の端から垂れた一筋の血を乱暴に拭い、エスメラルダは立ち上がる。その目に、尋常ではない殺意と怒気をみなぎらせながら。

 

 

 

「──ブチ殺してやるよ」

 

 

 

エスメラルダ・オースティン

“槍の一族『特記戦力』”

αMO手術ベース”昆虫型”

―ブレヴィサナ・ブレヴィス―

使用武器:動体誘導・手動制御切替え式音力発電誘導焼夷弾

『ペスト・オーゼカ』

+

誘導制御、逆位相消音装置内蔵型制御機

『SYSTEM:Trunembura(トルネンブラ)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──パリ南西地区、とあるビルの一室。

 

「こんばんは、マドモアゼル。パリの夜はどうかな?」

 

「──え」

 

 この場にいるはずのない人物の声に、その純白の少女──ナタリヤ・エリセーエフは目を瞬かせた。その隣に立つ片眼鏡に白衣の青年、フリッツ・アードルングもまた、目を見開いてその人物を凝視する。

 

「……セレスタン・バルテ」

 

「おっと、私のこと知ってるのか。なら、話は早そうだ」

 

 この場における招かれざる客──セレスタンは防毒マスクをとると、眼鏡の奥の目を細める。フリッツにはその眼光が、まさに獲物を狩らんとする蛇のように思えた。

 

(……非常に不味い状況だ)

 

 フリッツの首筋を冷や汗が伝う。この建物にいるのは自分とナタリヤの他に、護衛の兵士が十数名ほどしかいない。それ以上の人数を自分たちに割く必要性がなかったからだ。

 

 現在進行形で、この区画に降り続くナタリヤの特性は、極めて毒性が高い。防護服がなければ、まず近づくことさえできないだろう。

 

 故に区画一帯を汚染した後は潜伏・籠城し、一時間弱もすれば迎えにくるはずのヘリでパリを離脱する──というのが、別動隊である自分たちの動き。フランス軍が装備を揃え、一区画とはいえ広大なパリ市街を捜索する時間を考えれば、脱出までの猶予は十分だったはずだった。

 

(その計算が狂った……少しでも、時間を稼がなくては)

 

 ポケットの中に忍ばせた通知ボタンで、階下の兵士たちに侵入者の存在を知らせながら、フリッツは口を開く。

 

「……どうやって、ここまでたどり着いた?」

 

 片眼鏡をかけ直し、彼は動揺を悟られないようセレスタンを見やる。

 

「まさか、この汚染地帯を生身で突っ切ったわけじゃないだろう?」

 

「いいや、そのまさかさ。チンタラしてたら、アンタらに逃げられかねなからな」

 

「う、嘘……!」

 

 セレスタンの言葉に、思わずといった様子でナタリヤが声を上げる。

 

「だって、今外に降ってるのは……!」

 

「知ってるさ。君の特性(それ)が、ロシアを落としたものだってことくらいはな」

 

 ──ロシア連邦の崩壊。

 

 その少し前に起きていたアメリカの主要都市壊滅の報も併せ、世界を震撼させたその事件が起きたのは僅か2か月ほど前のこと。ロシアの一都市で起きたバイオテロにより拡散した、未知の病原体がその元凶だった。

 

 実行犯からワクチンを奪取するための任務も実施されたのだが、発生源に派遣された精鋭部隊は誰一人帰ってこなかった。手をこまねいているうちに感染は拡大。サンクトペテルブルクが落ち、ノブゴロドが落ち、モスクワが落ち──指揮をとっていたスミレス大統領が病死し、行政機能が停止したことで、事実上ロシア連邦という国家は瓦解した。

 

 最終的に国連は世論を押し切り、汚染地域への『消毒』を実行。中国軍が中心となって生き残った僅かな人々ごと焼き払ったことで、辛うじてそれ以上の感染の拡大は食い止められたものの……ロシア連邦の領土の7割は今もなお『白くふわふわしたもの』に覆われ、立ち入れば生きて帰れぬ死の土地と化している。

 

「お前らのミスは一つだけ。()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()。病気だってんなら、ワクチンを接種しちまえばどうってことないからな……それを造れる人材が、フランス(ウチ)にはいる」

 

「レオ・ドラクロワか……!」

 

 ご名答、と答えるにセレスタンの前で、フリッツは端正な顔を悔しそうに歪める。彼もまた優秀な科学者ではあるが、だからこそ見誤った。これほど短期間で完全なワクチンを作れる人間など、自らの師以外にいるはずがないと高をくくっていたのだ。そのツケが、ここにきて廻ってきた。

 

「さて、時間稼ぎはもういいか? ああ、援軍待ちなら無駄だ。下の連中はたった今、片付いたようだからな」

 

 セレスタンの言葉と同時に、彼の背後の扉から影が現れた。

 

「クルルル……」

 

 ──ただし、それらは人ではなかった。

 

 鋭い鉤爪を持ち、全身を羽毛に覆われた小型の肉食恐竜──“シノルニトサウルス”。セレスタンの手術ベースともなった古代生物が、四匹。さながら群れのリーダーに守るかのようにセレスタンの前へ出ると、威嚇するように一声吠えた。

 

「お前らが隠れてる場所をドンピシャで当てたのはこいつらさ。犬並みに鼻がいいからな……ああ。胞子を感染させよう、なんて考えるなよ? こいつらも、俺と同じでワクチンは接種済みだ」

 

 そう言って、セレスタンはフリッツを睨む。

 

「5秒やろう。選べ……大人しく投降するか、ここで死ぬか」

 

 セレスタンに追従するかのように、口元を血で汚したシノルニトサウルスたちもまた、足の鉤爪でコツコツと床を叩きながら、フリッツとナタリヤに向かって唸り声をあげる。

 

「そうか。それなら──」

 

 絶体絶命の窮状。その淵に立たされたフリッツが選択したのは。

 

 

 

「──どちらもお断りだッ!」

 

 

 

 ──交戦であった。

 

「人為変態ッ!」

 

 変態薬を使用する暇はない。フリッツはαMO手術に特有の『薬を使わない人為変態』で、自らの体に特性を発現させる。一方、それを黙って見過ごすセレスタンではない。交渉の決裂を理解した彼と四匹の肉食恐竜は、一斉に駆け出す。

 

 迫る敵を迎え撃つかのように、フリッツは照準を定めた。親指を撃鉄に、人差し指を銃身に見立てて作った、指鉄砲の照準を。

 

(──なんだ?)

 

 幼児のようなその不可解な行動に、セレスタンを強烈な違和感が襲う。追い詰められ、正気を失った? ありえない。そうなるような人物なら、先ほどの降伏勧告を蹴る必要はないだろう。ならば奴は、何かの特性を使おうとしている──? 

 

「……!」

 

 本能が知らせる危機感に従い、セレスタンは僅かに足を遅らせる。一方、シノルニトサウルスたちはその横を通り抜け、標的を八つ裂きにせんと更に足を速めた。

 その中でも特に突出した一匹が、剥きだした毒牙をフリッツへと突き立てようとした──その刹那。

 

 

 

()()()

 

 

 

 ──何かが、その体に入り込んだ。

 

 

 

「! 待て!」

 

 セレスタンが制止すれば、シノルニトサウルス達は一斉に攻撃を中断する。だが、先頭の一匹の様子がおかしい。他の三匹がいつでも飛び掛かれるよう油断なく構えているのに対し、その個体だけは煩わし気な声を上げながら、しきりに喉のあたりを引っ搔いているのだ。

 

 思わず眉を顰めた、次の瞬間──セレスタンは見た。シノルニトサウルスの喉元と、そこへ触れた手に、付着している不気味な肉塊を。そしてその肉塊がぼこぼこと不気味に蠢き、刻々と拡大していく様を。

 

「なッ──!?」

 

「……どうやら、私の特性までは知られてなかったようだな」

 

 驚愕の声が口から飛び出す頃には、その肉塊は目を凝らさずとも目視できるほどの大きさにまで成長していた。目玉、臓器、腕や足といった人体の器官の一部を不規則に形成しながら、その肉塊はシノルニトサウルスの体を覆いつくしていく。

 

「覚えておくといい、セレスタン・バルテ。地球は広い」

 

「ゲ、ゴァ……コ──」

 

 苦し気な断末魔と共に、小型恐竜の体が完全に肉塊に呑まれた……刹那。肉塊の一部が、ぶるりと一際大きく震えた。

 

「ッ! 下がれ!」

 

 咄嗟にセレスタンが発した指示に二匹のシノルニトサウルスが従い、即座に後方へと飛び退く。だが、一匹は間に合わなかった。

 

 肉塊から、何かが飛び散る。それを不幸にも全身に浴びてしまった個体もまた、仲間と同じ末路を辿った。

 

「──かくも面妖な生態を持つ生物もまた、この星には存在するのだと」

 

 

 

フリッツ・アードルング

“エウラヨキ・第一生物工学研究所『統括研究部長』”

αMO手術ベース”???型”

―???―

 

 

 

「ナタリヤ、こちらへ!」

 

「へっ?」

 

 フリッツは立ち尽くすナタリヤを抱きかかえると踵を返し、セレスタンが入ってきたのとは反対の出入り口から廊下へと飛び出した。

 

「は、はかせ! はかせっ! けほっ!」

 

 慣れない大声で咳き込みながら、ナタリヤはそれでも言葉をつづける。

 

「わたしを、降ろしてください! このままじゃ、追いつかれます!」

 

 前方の廊下から、肉食恐竜の鳴き声が響いた。咄嗟に方向転換し、曲がり角を走り曲がるフリッツに、ナタリヤは言い募る。

 

「せめて、はかせだけでも──」

 

「できません」

 

 少女の嘆願をきっぱりと断り、フリッツは言う。

 

「前に私が言ったことを覚えていますか、ナタリヤ」

 

「え?」

 

 乱れる息をなんとか整えながら、彼は言葉を続けた。

 

「『君がたとえどんな答えを出しても、見限ったり害したりするつもりはありません』……この言葉をあの場限りにするつもりは、僕にはない」

 

「はかせ……」

 

 目を見開くナタリヤに一瞬だけ視線を向け、その不安を晴らすようにフリッツは微笑んで見せる。

 

「それよりも、口を閉じていなさい。舌を噛みますよ」

 

「……えへへ。はかせ」

 

 照れたように笑いながら、ナタリヤは彼の胸にそっと顔をうずめる。

 

「……舌を噛むほどの速度は出てないです」

 

「いいから口を閉じていなさい」

 

 図星を突かれ、フリッツは微妙な表情でそう返すしかない。悲しいかな、いかにも貧弱なインテリにしか見えない彼は、事実その通り貧弱なインテリであった。

 

 ──当然、そんな彼が太古の狩人たちから逃れられるわけもなく。

 

「! ナタリヤっ!」

 

「きゃっ!?」

 

 腕の中の少女を咄嗟に突き飛ばした瞬間、フリッツの体は乱暴に引き倒された。

 

「ウっ……!」

 

「はかせっ!」

 

 視界に火花が散る。一瞬の後、彼の目に飛び込んできたのは無機質なビルの天井と──こちらを見下ろす、太古の支配者の顔。

 

「コココ……ギョアッ! ギョアッ!」

 

 ──見つけたぞ、ここだ。

 

 今もなお探索するセレスタンと仲間に鳴き声でそれを知らせると、シノルニトサウルスはすぐさま臓腑を引きずり出さんと、鉤爪(シックルクロー)をフリッツの腹へと突き立て──られなかった。

 

「ぐっ……この見るからに貧弱そうな腹を引き裂けば、僕を一発で仕留められる。そう考えたのだろう?」

 

 百キロ以上で伸し掛かるその重量に顔をしかめながらも、フリッツは強がるように笑い声を絞り出す。

 

「──それが間違いなんだ」

 

 引き裂かれた白衣の隙間から顔を出したのは、黒色の甲冑のような装甲。

 危険な任務に赴く際、彼が胴体に着込んでいる防御用の装備が、致命傷を防いでいた。

 

「弱い部分があれば、武具で補う。その程度の発想ができる、相手だという事くらい、考えたまえよ……といっても、そのトリ頭じゃ無理か……!」

 

「……クルルル」

 

 シノルニトサウルスは不思議そうに小首をかしげる。フリッツの言葉を理解できたわけではない。が、生粋のハンターたる彼は、狩猟本能で理解した。

 

 この獲物の腹は硬い、自慢の鉤爪が刺さらない程に。ならばどうすればいいか……柔い部分を、食いちぎればいい。

 

「ギシャアアッ!」

 

 露出したフリッツの首をめがけ、シノルニトサウルスが食らいつく。反射的に首をひねって喉を守ったフリッツだが、その毒牙は彼の左肩に食い込んだ。

 

「ぐっ…!?」

 

 彼は特性で恐竜を排除しようとするが、偶然か本能か、咄嗟に使おうとした彼の両腕は鉤爪の生えた前肢に押さえつけられてしまう。爪の尖端が食い込み、赤い液体が破れた肌からあふれ出す。

 

「あああああああああッ!?」

 

「はかせっ!!」

 

 貫通の激痛と異様な灼熱感に、彼の口から絶叫が飛び出す。それを目の当たりにした瞬間、ナタリヤの体は考えるよりも先に動いていた。

 

「はかせから──」

 

 特性を発現させた彼女は、半泣きでシノルニトサウルスへと飛びついた。彼女は両手で肉食竜の目と鼻を覆い、全開にした特性を注入する。

 

「ギッ!?」

 

 シノルニトサウルスの口から苦悶の声が漏れる。

 

 無論、セレスタンと共に汚染地帯を突っ切ってきた以上、この個体もまたワクチンの接種は受けている。だが、彼女によって注ぎ込まれた特性は、それによって獲得した免疫の処理能力を遥かに上回る量だった。

 

「──離れて、ください!!」

 

 

 

ナタリヤ・エリセーエフ

“槍の一族『特記戦力』”

αMO手術ベース”???型”

―???―

+

MO手術ベース”???型”

―???―

 

 

 

「ゲッ、ガヒュ……!?」

 

 体を何かに侵される異痛。シノルニトサウルスはよろめき、フリッツの上からその体を退ける。そのまましばらく悶え苦しんでいたが、やがて全身の穴という穴から白く細長い何かを吹き出し、動かなくなった。

 

「はかせっ! 大丈夫ですか、はかせ!」

 

「ナタ、リヤ……」

 

 どこか朦朧とした声で答えるフリッツ。その肩からは血がとめどなく流れ出し、白衣を赤く染めつつある。

 

「はかせ、血が……!」

 

「大丈夫、ですよ。ナタリヤ……ぐっ」

 

 痛みに顔をしかめながら、フリッツは「それよりも」と言葉を続ける。

 

「急いで、ここを離れましょう。音を立て過ぎました。すぐに──」

 

「悪いが、それは無理な話だ」

 

 背後からかけられた声にナタリヤが振り向けば、そこに立っていた狩人の青い瞳と目が合う。二人を冷徹に見据えながら、追いついたセレスタンは言う。

 

「お前が注ぎ込まれたのは、自分より大きな獲物を痺れさせる“シノルニトサウルスの麻痺毒”だ。しばらくは動けない」

 

 戦闘職ではない二人との鬼ごっこは、彼にとっての準備運動にも値しないのだろう。大して息を切らした様子もない。手には専用武器である消音銃が握られ、彼の傍らには最後のシノルニトサウルスが控えている。合図があれば、すぐに眼前の敵へと飛び掛かるだろう。

 

「よく頑張ったと言いたいが、これでゲームセットだな」

 

「く、そっ……」

 

 なんとか立ち上がろうとするが、毒が既に回り始めているのか、フリッツの体は言うことを聞かない。そんな彼を守るように、小さな体がセレスタンとフリッツの間に割り込んだ。

 

「……いいんだな、マドモアゼル」

 

 精一杯に両手を広げ、極力フリッツの体を隠そうとするナタリヤを前にしても、セレスタン・バルテに躊躇はない。だが、彼には軍人として──そして大人としての分別があった。

 

 彼はフリッツの意思を確認したが、ナタリヤからはまだその解を聞いていなかった。彼女はまだ年端もいかない、幼い子どもである。自分の子供とそう年齢は変わらないだろう。

 

 故にナタリヤが今からでも投降するというのであれば。セレスタンは彼女を捕虜として丁重に扱うつもりであった。たとえ彼女が、何万人もの人々を病死させた病原体であったとしても……少なくとも、然るべき場で裁きが下されるその時までは。

 

「わたしは……」

 

 目じりには、涙が浮かんでいた。恐怖で膝は笑っていた。しかし、それでも。彼女は空色の瞳に強い意志の光を宿しながら、セレスタンを睨む。

 

「逃げ、ません」

 

「……そうか」

 

 ため息をつくように、セレスタンはそう呟いた。良心の呵責がないかと問われれば、嘘になる。だが彼には、大人として──そして()()()()()()分別があった。

 

 目の前にいるのは年端もいかない、自分の子供とそう変わらない年頃の少女だ。だが同時に、何万人もの人々を病死させた病原体である。そしてその少女は、投降は望まないという。

 

 であるならば……少女はフランス共和国に仇なす、敵である。

 

 例え入隊の経緯がコネであろうと、仕事があまり好きではなかろうと……フランス共和国親衛隊を預かる者として、危険因子は排さねばならない。

 

「じゃあな」

 

 セレスタンは専用武器の引き金を引いた。バシュ、と空気が抜けるような音と共に、充填された“シノルニトサウルスの毒牙”が射出される。狙い過たず放たれたそれは、ナタリヤの額を目掛けて空を裂き。

 

 

 

 

 

「──間に合ったようだな」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 横合いから割り込んだ槍によって、弾かれた。

 

「おいおいおいおい……!」

 

 俄かに表情を険しくしたセレスタンが、即座に構えをとる。先ほどまでの獲物を追い詰めるための、ましてや弱った獲物を始末するためのものでもない。自らを脅かす脅威に対する、交戦のためのものだ。

 

「ここでアンタが来るかよ、串刺し公──!」

 

 黒いスーツを着こなし、顎髭を揃えた中年男性──ヴラディスラウス・ペドロ・ゲガルド。オリヴィエとの意見、価値観、思想の相違さえなければ、今代ゲガルド家の当主の座についていたであろう実力者が、そこに佇んでいた。

 

「ヴラディスラウス様……なぜ、ここに?」

 

 思わぬ人物の助太刀に驚きながら、フリッツは問う。

 

「貴方の配置は、中央の部隊だったはず……」

 

「あちらには息子がいる。何も問題はない」

 

 そう答えたヴラディスラウスは、無防備にも槍を壁に立てかけると、フリッツの傍らにかがみこむ。彼は懐から包帯を取り出すと、手慣れた手つきでフリッツの応急手当てを始めた。

 

「エリゼ宮殿の正門に、『三枚盾』が揃っていないことが気にかかってな。別動隊が襲撃を受けていると踏み、別行動をとった」

 

 数多の敵を突破してたどり着いたエリゼ宮殿正門。しかしそこにいたのは、オリアンヌが率いるフランス共和国親衛隊の第一歩兵連隊の精鋭と、フランス外人部隊の混成部隊のみ。

 

 最高戦力である『騎士』を己の側に控えさせているとしても、エドガーにとっての最終防衛ラインはあまりにも手薄であった。

 

「君や殺人鬼の小娘がどうなろうと知ったことではないが、ナタリヤくんのような幼子を見殺しにしたとあっては、流石に寝覚めが悪い。幸い、私も彼女のワクチンは打っていたからな。こうして引き返してみれば、案の定というわけだ……よし、こんなものだろう」

 

 応急手当を終えたヴラディスラウスは立ち上がると、再び槍を手に取る。

 

「この場から離れる……のは、難しそうだな。ナタリヤくん、博士の側についていてあげなさい。彼の相手は、私が務めよう」

 

「は、はいっ! あの……ありがとうございます」

 

 ナタリヤは目の前の偉丈夫に、ぺこりと頭を下げた。

 

「あなたが来なければ、わたしもはかせも、今頃殺されていました。助けてくれて、ありがとうございます」

 

「……礼には及ばない。さぁ、下がっていなさい」

 

 ナタリヤが頷いたのを確認すると、ヴラディスラウスはセレスタンへと向き直った。

 

「……無防備な背を撃たなかったこと、感謝しよう」

 

「よく言う。それやった瞬間、こっちの喉を抉る算段だったくせに」

 

 セレスタンの言葉に「さてな」と静かに返すと、ヴラディスラウスはその長槍を一回しし、その穂先を眼前の敵へと向ける。

 

「待たせたな。ここから闘争の時間だ。どこからでも、かかって来るがいい」

 

「そうかい。なら遠慮なく──」

 

 挑発ともとれるその言葉に、セレスタンは深く腰を沈め。

 

「行かせてもらおうかッ!」

 

 抜き放った二丁の消音銃を連射した。次々と放たれる毒牙の弾丸を、ヴラディスラウスは槍の回転で次々と弾き飛ばす。暗中に火花が散り、金属と硬質な物体がぶつかる音が響き渡る。そこへ紛れ込むように、口笛の音が響く。

 

「ギョアア!」

 

 リーダーの合図を受け、シノルニトサウルスが飛び掛かる。ドロマエオサウルス科に特有の脚力によって実現する、俊敏な跳躍。爪牙を振りかざして迫る太古の刺客を、ヴラディスラウスは胸部を突き破って飛び出す槍の筵で貫いた。

 

「ギ、ゲッ──」

 

 鋭利な肋骨で串刺しにされたシノルニトサウルスはびくりと痙攣し、事切れた。まずは一匹、と肋骨の槍を体内へ引き戻す──その一瞬の隙をついて。

 

「シャアッ!」

 

 死角からの鋭い蹴りが、ヴラディスラウスの頭部を目掛けて繰り出された。手中の槍でそれを防ぐが、セレスタンの攻撃は止まない。鱗に覆われた頑強な脚と爪先に形成された鉤爪を凶器として繰り出す、サバットの蹴り。次々と繰り出される連打をさばききったヴラディスラウスは、戦況を仕切り直すために一度距離を取り。

 

「む」

 

 頬の薄皮が一枚裂け、そこから血が流れていることに気が付く。してやったり、とセレスタンは好戦的な笑みを浮かべる。

 

「言っとくが、今の俺はあん時の数倍強い。油断したら、アンタでも狩られるかもな」

 

 

 

セレスタン・バルテ

“フランス共和国親衛隊『第二歩兵連隊長』”

ESMO手術ベース”古代爬虫類型”

―シノルニトサウルス―

 

 

 

「どうやら、そのようだな」

 

 ヴラディスラウスは静かに同意すると、頬の血を指先で拭いとる。その瞬間、彼は己の中でそれまでセレスタンへ向けていた「有望な若者」という、どこか侮った評価を完全に消し去った。

 

 己に攻撃を届かせた一人の好敵手として、彼は再び槍を構える。

 

「あの時の続きだ、セレスタン・バルテ。今度こそ、雌雄を決するとしよう」

 

 

 

ヴラディスラウス・ペドロ・ゲガルド

“槍の一族『槍術指南役』”

αMO手術ベース”両生類型”

―イベリアトゲイモリ―

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──エリゼ宮殿正門より、後方500m。

 

「とうっ!」

 

 そんな変身ヒーローのような掛け声とともに、和装の美女──風邪村千桐が刀を抜き放つ。あまりにも滑らかな鞘走りから、瞬時に神速の域にまで達する剣閃。手練れの戦闘員であっても反応できるかどうかという絶技は、しかしいとも容易く防がれた。

 

「甘い!」

 

 ──それを成したのもまた、和装の人物。

 

 ただし千桐と違いその容貌はひどく幼く、第二次性徴も迎えていないだろう少女のそれ。甘く見積もって中学生にも満たないだろう齢の少女はしかし、かつて剣聖と呼ばれた千桐と互角の──否、それを凌駕するほどの剣技を以て、彼女と渡り合っていた。

 

「そこッ!」

 

 一瞬の間を制し、攻守が反転する。少女が放った太刀の切っ先は、気が付けば千桐の目と鼻の先にまで迫っていた。

 

「むっ!?」

 

 千桐は即座に車椅子の背もたれをリクライニングシートのように倒し、その勢いのまま「寝そべって」大きく背を逸らす。直後、眼前を通過した斬撃は、回避が間に合わなかった千桐の髪をひと房、彼女から切り離した。

 

「おぉ~、お見事」

 

 車椅子でドリフトをしながら距離を取り、千桐はぱちぱちと手を叩く。その様子を、少女は鬱陶し気に見やった。

 

「チコちゃん、でしたか? いえ……ここは親しみを込めてチーちゃんとお呼びしましょう。大したものですね、チーちゃん」

 

「込めないでください。呼ばないでください。あと、私は千古(チコ)ではなく千古(ちふる)です」

 

「なら、やっぱりチーちゃんですね♪ それにしても、なんということでしょう。わたくしと貴女、キャラがだだ被りです。これが、収斂進化……!?」

 

 ──調子が狂う。

 

 楽し気にコロコロと笑う千桐と対照的に、和装の少女──上月(かみづき)千古(ちふる)は歯噛みする。力量では、こちらが大きく勝っている。だというのに、手玉に取られている気がしてならない。

 

「チーちゃんは甘いものはお好きですか? こういうときのために、普段から飴ちゃんを持ち歩いてるのですよ。よろしければ、お近づきの印におひとつどうぞ」

 

「いりません」

 

「まぁまぁ、そういわずに。はい、サルミアッキ」

 

「……もう少し万人受けするものの方がいいのでは」

 

「えー。おいしいのに」

 

 思わず素の反応をしてしまう千古の前で、残念そうな表情を浮かべた千桐がひょいとサルミアッキを口に放る。もぐもぐと咀嚼しながら、千桐は「それはそれとして」と切り出す。

 

「こうして出会えたのも何かの縁……ごくん。名前も、ファッションセンスも、何ならベースも似てる者同士、仲良くしましょう」

 

「そうですか。私はあなたが嫌いです。早く死んでください」

 

「ええっ!? こんなにも共通点が多くて、仲良くなれる気しかしないのに!? 一体なぜ!?」

 

「ついさっきオリヴィエ様の命を狙った口でよく言えますねこの下郎!?」

 

 怒りと困惑が同時に沸点に達するという、極めて稀有な感情に駆られて叫ぶ千古。彼女が思い出すのは、今から数分前のできごと。

 

 

 

『ゲガルド家ご一行様ですね? お初にお目にかかります。わたくしは風邪村千桐、皆様の案内人として馳せ参じました。どうぞよろしくお願いします』

 

 エリゼ宮殿へと続くパリの中央通り。先遣隊がこじ開けた進路を悠然と進む槍の一族の本隊の前に現れたのが千桐であった。

 

『ああ、君か。これはどうもご丁寧に』

 

 オリヴィエが軽く頭を下げる。敵対的な様子はない。こちら側の内通者だろうか? 主の様子につられ、本隊の面々も皆なんとなく頭を下げた。

 

『では早速、ぽちっとな』

 

 そんな彼らの前で、あまりにも自然な動作で千桐が何かのボタンを押す。と同時、地面をぶち破り、家屋5階分ほどの高さの、分厚く巨大な隔壁が市街地に姿を現した。

 

『おや、これは──』

 

『市街地戦用の対爆隔壁! 分断されたっす!?』

 

 ふざけた掛け声とは裏腹に、千桐が仕掛けたタイミングは完璧だった。先頭を歩いていたオリヴィエと、それ以外のメンバーを完全に分断したのだ。

 

『ちょ、オリヴィエ様!? さっきの「事前に話はついてる」みたいなやりとり何だったんすか!? 敵じゃない雰囲気だったから、皆様子見してたんすけど!?』

 

『うん? 彼女は敵で間違いないよ。事前資料にもあっただろう? 挨拶をされたから返したまでだよ』

 

『この大一番で紛らわしいことしないで欲しいんすけど!? あーもう、誰かこれ何とかできないんすか!?』

 

『フンッ! ……この壁、堅いですわね! 自慢の槍がへし折れましてよ!!』

 

『ワタシの特性で溶かそうにも、少々厚すぎますね』

 

『殴り続けりゃなんとかなりそうだが……こりゃ迂回した方が速いな』

 

 隔壁の向こうが俄かに騒がしくなる。それをBGMに、千桐は刀の柄へと手をかけた。

 

『それでは不肖。この風邪村千桐……冥途へのご案内を務めさせていただきます』

 

 車輪が猛回転し、千桐を乗せた車椅子はオリヴィエへと肉薄する。興味深そうに隔壁を観察するオリヴィエ。その無防備な背に向かい、彼女は鯉口を切った。かつての剣聖、今や剣鬼と堕ちた達人の一刀は、音すらも裂いてその首へと迫る。

 

『お命頂戴──!』

 

『──させませんッ!』

 

 それを食い止めたのが、上空から振り下ろされた千古の刀だった。空中に舞う火花。まさかこの攻撃に介入されるとは思っていなかったのか、千桐は目を丸くする。

 

『チコちゃん!? いつの間にそっち側に!?』

 

 隔壁の向こうから、希维(シウェイ)の声が響く。同じニュートンの血筋を引く彼女ですら、完全に意表を突かれた罠。それに上月千古という少女が対応できたのは、彼女が血族の中でも一際戦闘に特化した家柄の出であったからに他ならない。

 

 隔壁の起動と同時、躊躇なくその上へと飛び乗る。

 

 高速でせりあがる30cmもない足場から転落しないよう、完全に壁が上がりきるまでバランスを維持する。

 

 そして攻撃のタイミングと軌道を完全に読み切ったうえで、それを防ぐ位置へと落下する。

 

 こうして千古は、最短最速で主君の下へと馳せ参じたのだ。

 

『オリヴィエ様、行ってください! この女の相手は、私が!』

 

 ──かくして、両陣営における屈指の剣の達人同士による、死合の幕は上がったのである。

 

 

 

「オリアンヌさんみたいなことを言うんですね。チーちゃんはプチアンヌちゃんでもあったと。チの字も入ってますし」

 

「またわけが分からないことを──!」

 

「話せば気が合うと思うんですよ……あ。でもチーちゃんからオリヴィエさんに向かう矢印はゾッコンLoveですし、その辺の解釈違いで揉めるかもしれません」

 

「っそ、そういうのじゃありませんっ!」

 

 漫才のようなやり取りをしながらも、二人は剣撃の応酬を繰り広げていた。絶え間ない斬り合いの中で、両者は各々の勝ち筋を探る。

 

(相手のペースに乗せられるな、上月千古! 技巧ではこちらが上! オリヴィエ様のためにも──短期決戦でこのまま押し切るッ!)

 

(腕はわたくし以上。精神も相当ですが、頭に血が上りやすい……可愛いですね。のらりくらりと長期戦に持ち込んで、バテたところをサクッとプランでいきましょう)

 

 ──拮抗する戦況。

 

 既に二人が戦い始めてから相当な時間が経過しているにも関わらず、未だ天秤はどちらにも傾かない。しかしここは、試合場ではなく戦場。その戦いには必然、横やりが入る。

 

「あら?」

 

「……!」

 

 鍔迫り合いの後、大きく距離を取った二人が態勢を立て直したその時。彼女たちは地響きと共に近づいてくる大量の足音を耳にした。

 

「ふふふ。どうやらわたくし達の戦闘に呼ばれて、たくさんのフレンズ達が駆けつけてくれたみたいです。第二ラウンドですねぇ」

 

「この忙しい時に……さすがに、使わないわけにもいきませんね」

 

 千桐は相も変わらずマイペースな、どこか楽し気な声で。

 

 千古は面倒事が増えたといわんばかり、どこか棘のある声で。

 

 二人はそれぞれ着物の懐に、手を伸ばした。

 

 

 

「「──人為(原始)変態ッ!!」」

 

 

 

 二人の身体にベースとなった生物の遺伝子が発現するのと、四方八方から姿を見せた怪物や古代生物の大軍が彼らに襲い掛かったのは、ほとんど同時だった。

 

「いーち! にー! さーん! さぁさぁどうしました!? そんなことでは、わたくしの首はとれませんよ!?」

 

 ──“亜光速の反射”。

 

 生理学の限界を超えた反射速度で、千桐は迫る人足のムカデを唐竹割にする。振りかぶった棍棒ごと、テラフォーマーを袈裟切りにする。異形の怪物が吐いた水弾を刀の側面で受け流し、返す刃でその首を刎ね飛ばす。

 

「邪魔、ですッ!」

 

 ──“不可視の絶刃”。

 

 物理学の限界を超えた技巧で、千古は襲い来る恐鳥を群れごとバラバラに解体する。大口を開けて突進してくる大蛇を、真正面から三枚におろす。巨象の突進を受け流し、すれ違いざまにその頭を切り落とす。

 

 両陣営によって生み出された生きた兵器たちはそれぞれの標的へと向かうが、ただの一匹たりとも、二人の下へはたどり着けない。

 そして鮮やかに舞う血と肉と骨の飛沫が止んだ時、彼女たちが発現した己の特性を互いへと振るうは、最早必定だった。

 

「はあっ!」

 

 先手をとったのは千古だった。己の特性が造り出す“不可視の斬撃”を、その刃を千桐の防御圏の内側へと滑り込ませることに成功する。

 

(──獲った!)

 

 相手はこの攻撃を捉えられていない。チャンスだ。あの女の首を落とせば、自分も主の下へ追いつき、彼の刃として戦える──! 

 

 そんな興奮と確信と共に振りぬいた手刀は、しかし。彼女の予想に反して肉を断つ感触を伝えはしなかった。

 

「──チーちゃんは素直で可愛いですね」

 

 “かしゃん”という、何かが割れるような小さな音と共にそんな声が聞こえて。

 

「わたくしのような悪い大人は、あなたみたいな子が大好物です」

 

 次の瞬間、地中から形成された結晶質の針山が、彼女の小さな体に殺到した。

 

「ッ……!」

 

 ガガガガ、と硬質なものを連続で打ち付けたような音と衝撃が、千古を襲う。その勢いをあえて殺さずに後方へ跳び退けば、その後を追うように次々と円錐状の結晶が街道から飛び出す。

 

「くっ!」

 

 地面の上を危険と判断した千古は一際大きく跳躍すると、宙返りをしながら放置車両の屋根の上に着地。一息吐きながらも油断なくこちらを見つめる彼女に、千桐は「なるほど」と頷いた。

 

「無傷の理由は、受け流しに特化した武術ですか。先ほど、あの高さから飛び降りて無事だった理由もそれですね? 本来無効にできるのは打撃系の攻撃でしょうが、手術ベースで硬度を補えば斬撃や刺突の類もそれなりに対応可能と」

 

 千桐は自らの指で摘まんだ極薄のガラス片を、まじまじと見つめる。

 

「攻撃の方は、わたくしと同じタイプのスタ○ド(のうりょく)。完全な軌跡を描き、正確な力で振るわなければ砕けてしまうほど脆い珪素(ガラス)の刃。それをその年にして実戦レベルで使いこなすとは……お見事です」

 

「……初見でここまで見破られたのは、初めてです」

 

 一層警戒心を強めながら、千古は千桐を睨む。

 

「……何故」

 

 あの瞬間、確かに自分の刃は彼女に届いていた。相手が変態していることも加味して、刃は振るったはずだ。にもかかわらず、不可視の絶刃は砕かれた。その仕掛けが、彼女には分からなかった。

 

「ああ、なぜ刃が通らなかったかですか? それはですね……よいしょっ、と」

 

「ちょっ!?」

 

 らしくもない声を上げ、千古は仰天する。何の臆面もなく、千桐が服を脱ぎ始めたからだ。数秒後に目の当たりにすることになるだろうものを想像した千古は赤面し──生まれて初めて、眼前の敵から目を背けた。

 

「いっ、いきなり何をしてるんですか!? 破廉恥な──!?」

 

「誰にも見られないなら、破廉恥じゃないですよー。それよりチーちゃん、ちょっと見てください」

 

「一瞬で矛盾する発言をしないでください!?」

 

 言いながらも、これまでのやり取りで見なければ話しが進まないことを察した千古は、しぶしぶ視線を戻す。

 

「ところでこれはわたくしごとですが……つい先日、長年決着を望んでいた好敵手を()()()()()

 

 まろび出た乳房。美しい曲線美でくびれた腰。女性らしい滑らかな肌。

 

「するとどうでしょう。ただでさえ侵食が進んでいた人工細胞が、まるでわたくしの達成感と虚無感に呼応するように、一気に臓器系まで侵しまして……気づけば完全に、全身の細胞が入れ替わってしまったのです」

 

 ──その全てが、水晶のように白く透き通ったガラスで構築されていた。

 

「ッ、な──!」

 

 先ほどまでの羞恥など忘れ、思わずその異様な肉体に目を見開く千古。そんな彼女に、千桐は滔々と続ける。

 

「今のわたくしは、全身が防弾ガラスで再構築された『元』人間、レオ博士の言葉を借りるなら『一属一種限りにして、一代一個体限りの珪素生物』でしたか。チーちゃんがわたくしを斬れなかったのは、技量不足じゃありません。単に材質が違っただけです」

 

 ──さて、それじゃあ続けましょうか。

 

 千桐はそう言って、たおやかに笑う。

 

「ですがチーちゃん、再開の前に一つだけ忠告を。貴女の方が強いのは事実ですが、その強さに胡坐をかいていると、痛い目に合いますよ。なにせ、今あなたの目の前にいるのは──」

 

 納刀の音が響く。パチンという耳心地の良い音は、これより剣鬼がもたらさんとする死の予鈴のようにも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「人類最強を斬り伏せた女ですから」

 

 

 

 

 

 

 

風邪村千桐

“フランス共和国『特記戦力』”

ESMO手術ベース”古代海綿動物型”

―コロナコリナ・アクラ―

使用武器:独民営企業非公認M.O.H兵器

八咫硝子(やたがらす)

改良型M.O.H兵器着用補助細胞

殺晶斥(せっしょうせき)

 

 

 

「……例え貴女が何者であろうと、私のやることは変わりません」

 

 呼吸と心拍を完全に整えた千古は、再び地面に降り立った。

 

 特性の発現によって変化した髪色は、夜闇を思わせる黒から月光を思わせる白金へ。体内の専用装備から朧にこぼれる光も相まって、その姿は周囲の惨状を塗りつぶす、どこか常世離れした神々しさを発していた。

 

「貴女を倒し、この身をただ一振りの刀としてあの御方に捧げる……それだけが、私の存在意義です」

 

 

 

上月千古

“槍の一族『特記戦力』”/“上月流『免許皆伝』”

αMO手術ベース”植物型”

―マダケ―

+

MO手術ベース”植物型”

―ススキ―

使用武器:珪素刃形成制御・操作装置

『SYSTEM:Mh'ithrha(ミゼーア)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──エリゼ宮殿正門前。

 

 フランス側にとって事実上の最終防衛ラインにあたるその場所では、両軍の兵士による死闘が展開されていた。

 

「ぐあっ!?」

 

「! またやられたぞ!」

 

 また一人、重傷を負って倒れた仲間の姿に、フランス兵が思わず叫ぶ。

 

「負傷兵を下げろ!」

 

「奴はどこだ!?」

 

「クソッ! 出てこい畜生!」

 

 口々に叫ぶ兵士たちだが、主兵装として手に持つアサルトライフルの照準は定まらない。しかしそれも、ある意味では当然と言えた。なにしろ()()姿()()()()()()()()()()

 

「他愛ないな、共和国親衛隊。上に立つものの器も底が知れるというもの」

 

「そこか──ガ、ぁッ!?」

 

 声の位置に当たりをつけて攻撃をしようとした兵士に、槍が突き立てられる。そのすぐ背後に一人の男の輪郭が浮き上がった。

 

「精鋭ぞろいと聞いていたが……噂は噂か」

 

 肩まで伸ばした金髪に、眉目秀麗な顔立ち。狐のように鋭い目には、狡知と野心の色。得物の槍を引き抜き、クルリと一回転させてから構えるその様には、威圧と華麗さが同居していた。

 

「! う、撃て!」

 

 我に返った一人の声に合わせ、三人の兵士が一斉に銃口を向ける。しかし次の瞬間、彼らはその喉笛に風穴を開けられていた。

 

 ──何が起きた? 

 

 瞠目しながらも声を出せない兵士に、男は「いつの間に? という顔だな」とつまらなそうに告げる。

 

「貴様らがモタモタと銃を構え、引き金に指をかけている間にだ。死ね、オリヴィエ様の道を阻む愚図ども──!」

 

 噴出した返り血をその身に浴びながら、彼は高揚したように笑う。

 

「ハハハ! どうした、お望み通り姿を見せてやったぞ! 殺してみせるがいい、フランス兵(サレンダーモンキー)ども! この私を!」

 

 圧倒的な武力の差を前に、兵士たちが思わず一歩後ずさる。それを見た彼は不遜に、傲慢に、なすすべを持たない凡人を嘲笑する。

 

「もっとも……貴様ら如きにできるなら、の話だがなァ!」

 

 

 

ルイス・ペドロ・ゲガルド

“槍の一族『急先鋒』”

αMO手術ベース”魚類型”

―オニダルマオコゼ―

+

MO手術ベース”魚類型”

―ヌタウナギ―

使用武器:体色連動式極薄リキッドアーマー

SYSTEM(システム)Glaaki(グラーキ)

 

 

 

「手術を受けていない者は下がれッ! 奴は我々が対処する!」

 

 戦線が俄かに瓦解しかけたその時。戦場に響いたのは、力強い男の声だった。それと同時、隊列の後方から人影が飛び出し、ルイスへと躍りかかった。

 

「!」

 

 反射的に槍でルイスが受け止めたのは、サーベルを思わせる一対の牙であった。自らの両腕に生えたその凶器を押し込まんと力を込めるその男の顔には、強い怒りの表情が浮かんでいる。

 

「よくも同志たちを殺してくれたな……!」

 

「マリアン・ヴィクトルか」

 

 槍で攻撃を受け流し、ルイスは後方へと跳躍する。

 

「同志とはそこに倒れている兵士どものことか? それとも、いつぞや殺した貴様の同僚のことか? どちらにせよ、筋違いもいいところだ! その怒りは、力及ばず敗死した役立たずどもに向けるがいい!」

 

「黙れ!」

 

 その口を挑発のために回しながら、ルイスは冷静にマリアンの身体を観察する。

 

(特徴的な形状の牙。私と打ち合えるだけの筋力。おそらくはアリ……“グンタイアリ”か。力勝負では少々分が悪いな)

 

「貴様はここで討ち取る! 行くぞ!」

 

 マリアンの指示を受け、彼の部下である外人部隊の隊員たちが一斉に動き出した。

 

「あいよ大将!」

 

「行くぜッ!」

 

「食らえ……!」

 

「援護するッ!」

 

 機動力に優れた特性を持つ二人が両サイドから迫り、正面から突っ込んでくる隊員が変態によりリーチが伸びた毛むくじゃらの腕をまさかりのように振り上げる。その背後から飛来するは、また別の隊員の眼球から放たれた鮮血の弾丸。

 

(擬態は悪手だな。感知型の特性持ちが紛れている)

 

 ルイスの視線の先には、額から角のような器官を生やした隊員。その特徴的な容姿から“ミツクリザメ”だろうとあたりをつけ、ルイスはコンマ秒の間に思考をまとめる。

 

(左の男は“チーター”、右は節足動物……“ヒヨケムシ”あたりか? 正面の男は大型の霊長類、援護射撃は“サバクツノトカゲ”か)

 

「だが、無意味だ」

 

 襲い来る奇々怪々な特性の群れ。それを前にしたルイスは左右の眼球を別々の方向へと動かし、最初に到達した挟撃に対処する。

 

「ッ!?」

 

「止められた──!?」

 

 槍の穂先で“チーター”の爪を、反対側で“ヒヨケムシ”の大顎を防ぐルイス。その胴に“オランウータン”の打撃が叩き込まれ。

 

「っ、な!?」

 

 その隊員は驚愕に顔を染める。四散すると思われたルイスの体が原形を保っているのみならず、その外見からは想像もつかない硬い感触が返ってきたからだ。

 

「最新鋭のリキッドアーマーだ。貴様如きの打撃が効くものか」

 

SYSTEM(システム)Glaaki(グラーキ)』により打撃を無効化し、ルイスはそのまま威力に『乗る』形で跳躍し、直接攻撃型である三人の間合いを離脱。更に“サバクツノトカゲ”の狙撃を回避する。

 

「だったら串刺しにしてやる!」

 

 次なる攻撃を仕掛けたのは、全身をトゲに覆われた男性隊員。彼は自らの棘を引き抜くと、隣に立つ女性隊員のカラフルな羽にこすりつけ、それを次々に投擲する。

 

「くだらん」

 

 狙いは正確。だがルイスを射止めるには、速度が足りなかった。

 

「“ヤマアラシ”か。無能な上にベースも外れとは、いっそ憐れですらあるな」

 

「っ!」

 

 懐に入り込まれたその隊員はすぐさまルイスから間合いをとろうとするが、遅い。

 

「正しい槍の使い方を見せてやる」

 

 目にも留まらぬ速さで繰り出されたルイスの槍は、“ヤマアラシ”の針の隙間を縫い、隊員の心臓を一突きにする。

 

「──まずは一人」

 

「ドミニクッ!?」

 

 次いでその穂先が女性隊員へと向けられるが、彼女は両腕の翼により地上を飛び立ち、間一髪で離脱に成功する──それこそがルイスの狙いであるとも知らずに。

 

「ハッ! どうやら、貴様より高く飛んでいる奴がいるようだぞ」

 

「?」

 

 ――何を言っている?

 

 その発言の真意を掴みかね、思わず怪訝な表情を浮かべる女性隊員。それを地上から眺めながら、ルイスは口元に嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「さぞ腹立たしいだろう? ……()()()()、ソウメイ」

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」

 

 

 

 ルイスの指示に応えたのは、狂乱した何者かの雄たけび。そして、豪速で投擲された槍だった。

 

「は──ガっ!?」

 

 背後を狙われたその隊員に逃れる術はなく、彼女の体は突き刺さった凶器ごと吹き飛び、エリゼ宮殿の壁へと見せしめのように磔にされた。

 

「ひ──ひひひひ! 高得点……! 高得点だぁ……!」

 

「よくやった」

 

 明らかに正気ではない虚ろな笑い声を挙げる部下を一声労うと、ルイスは誰に言うでもなく続ける。

 

「“ズグロモリモズ”。毒は強力だが、それだけだ。能力者に毒を打ち込む手段がなければ、凡庸な鳥型とそう変わらん。これで二人」

 

 失血死を待つばかりとなった彼女から興味が失せたように、視線を外すルイス。

 

「よくも二人をッ!!」

 

 そんな彼を目掛けて、“デンキナマズ”の特性を発現させた女性隊員が電撃を放つ。生物大の時点で350Vの電圧を誇る、自然界でも数少ない強電魚の特性。それが人間大で行使されれば、それは絶死の一撃となる。

 

「“デンキウナギ”の下位互換か! 笑止!」

 

 しかし、特性を把握したルイスの行動は迅速だった。即座に戦況を把握した彼がしたことは、まず背後に回り込んだ“チーター”の隊員に槍を突き立てることだった。

 

「ぐあっ!?」

 

「我が盾になる誉れをやろう、凡人」

 

 そうしてルイスは、その隊員の体を前方へと蹴り飛ばした。果たして電光はルイスから逸れて、即席の避雷針(金属の槍)へ。そしてそこから哀れな隊員へと流れ込み、彼の全身を黒く焼き焦がす。

 

「ッッ!! レナルドッ!」

 

「三人。そして四人だ」

 

 ルイスは足元に転がる敵の死体が取り落とした二丁の拳銃を蹴り上げた。素早くそれらをキャッチした彼は、味方殺しに動揺する隊員へ銃口を向けて引き金を引く。流れるような早撃ちで放たれた弾丸は、電磁バリアを展開する暇も与えず、女性隊員の眉間を撃ち抜いた。ばったりと彼女は倒れ込み、そのまま動かなくなる。

 

(! 奴が槍を手放した──!)

 

 次々と命を落としていく部下の姿に歯噛みしながらも、マリアンはその好機を逃さなかった。

 

「オーギュスタン、コゼット! 続け、畳みかけるぞ!」

 

「了解!」

 

「ヒャハッ! 殺す殺す殺すゥゥウ!!」

 

「……次から次へと」

 

 指示と同時に駆け出したマリアンに、“ディアトリマ”の特性を持つ隊員コゼット・アントナと、“ヒヨケムシ”の隊員が追従する。それを見たルイスは、隊員の死体から槍を回収しようと手をかけ。

 

「させ、る……か、よ」

 

 しかし引き抜かれようとしたその得物は、焼け焦げた手によって押さえつけられた。

 

「ッ、貴様……!?」

 

「へ……外人ぶたい、なめんな……」

 

 完全に死んだと思っていた隊員の思わぬ反撃。想定外の事態に、ルイスの顔に初めて驚愕が浮かぶ。そしてその瞬間こそが、マリアンの待ち望んだ隙だった。

 

「よくやった、レナルドッ!」

 

 瀕死の同僚が繋ぎ止めた一瞬。その一瞬のうちに、マリアンたちはそれぞれの間合いにルイスを捉えていた。”グンタイアリの牙”が、”ヒヨケムシの大顎”が、”ディアトリマの豪脚”が、一斉にルイスに迫る。

 

「チ……ッ!!」

 

 足運びや体捌きを駆使するルイスに、その攻撃は当たらない。だが流石のルイスも、精鋭三人がかりの攻撃を武器なしで相手どるとなれば防戦に徹せざるを得ない。忌々し気に顔をしかめながらも、彼は即座に打開に必要な一手を打った。

 

「エミール、ジュリオ!」

 

「承知した!」

 

「お任せを」

 

 ルイスの声に応じ、フランス兵と交戦していた槍の一族側の兵士二人がルイスの下へと駆け付ける。

 

「っ!?」

 

「う、オっ!?」

 

 そして“ヒヨケムシ”の大顎は甲殻類のものと思しき鋏によって、今にも蹴りだされようとしていた“ディアトリマ”の豪脚は毒針を先端に備えた肉の触手によって、それぞれ攻撃を中断させられる。

 

「少年兵だと……!?」

 

「無礼者め。誰に向かって口を利いている?」

 

 驚く外人部隊の隊員に対し、軍服に身を包んだ少年が不愉快そうに吐き捨てる。

 

「きめぇんだよジジイ! アタシの邪魔すんじゃねえよォォォ!」

 

「まぁそう仰らず。この至福の時間を共に愉しみましょう」

 

 怒り狂うコゼットの眼前で、ステッキを携えた老紳士が優雅に告げる。

 

「さて、まだやるのか? これで再び、一騎打ちとなるが」

 

 ルイスの言葉に形勢の不利を理解し、マリアンは歯噛みする。だがそれでも、彼に撤退の選択肢はない。

 

「──上等だ! 尻尾を巻いて逃げ出すくらいなら、死ぬまで貴様に食らいついてやる! 誇り高きフランス兵としてな!」

 

「……身の程も分からん馬鹿が」

 

 自らを奮い立たせ猛然と特攻を仕掛けるマリアンに憮然と吐き捨て、ルイスは両手首から蛍光グリーンに輝くナイフのような刃物を飛び出させた。

 

 ──“オニダルマオコゼの短剣”。

 

lachrymal saber(涙サーベル)』と呼ばれるそれは、オニダルマオコゼのいかつい顔面に備わった暗器の一つであり、通常は皮膚の下に仕舞われているが、頬肉と骨の動きに連動して露出する機構を有する。

 

 器官の役割は不明点が多いものの、2018年時点では『捕食者への防御手段』『求愛時の異性へのディスプレイ』『仲間同士での闘争手段』などの説が提唱されている。

 

「こちらは得手ではないが……フン。丁度いいハンデだ」

 

 手首の短剣と手中の拳銃を構えるその姿は、奇しくもルイスが忌み嫌う従妹である希维のそれに似ていた。

 

 ──ゲガルド家において代々練磨され、独自に継承されてきた武術には二種類が存在する。

 

 敵の隙を突き、相手を劣位へ追い込むことに特化した『槍術』。

 

 敵の行動を読み、自らが優位に立ち回ることに特化した『銃格闘術』。

 

 ルイスは前者の使い手であるものの、後者を扱えないわけではない。幹部(オフィサー)クラスの実力者には通用しないだろうが、MO手術を受けた兵士程度ならばこれで十分。

 

「余裕でいられるのも今のうちだ!」

 

「こちらの台詞だ、羽虫がッ!」

 

 腕に生えた牙で切りかかるマリアンを、ルイスは銃と短剣で迎え撃つ。そうして近接戦にもつれ込んだ両者だったが、趨勢が決するのにそう時間はかからなかった。

 

「ッく……!?」

 

 短剣が脇腹を切り裂き、マリアンの口から苦痛の呻きが漏れる。

 

 勝敗の行く末は、火を見るよりも明らかだった。まして素体のみならず技術、特性、射程(リーチ)の全てにおいてルイスはマリアンを上回る。

 

「ハッ! 随分と情けない姿だなァ!」

 

「ぜェ……はァ……」

 

 交戦時間が1秒と伸びるごとにマリアンの体には銃創、裂傷、刺傷が刻まれていく。それでも彼は防戦に徹し、ただひたすらに伺う──その傲慢を食い破る好機を。

 

「そのザマでよく粘る。だが、こちらも暇ではない……そろそろ引導を渡してやろう」

 

 血塗れで足取りも覚束ない様子のマリアン。勝利を確信したルイスは、その心臓を一突きにしようと左手首の短剣を構え、マリアンとの距離を詰める。

 

「とどめだ! 死ねッ、マリアン・ヴィクトル!」

 

(……今ッ!)

 

 接近したルイスに、マリアンは口から蟻酸を噴霧する。特性の鍛錬によって使用が可能となった彼の、正真正銘の奥の手。

 

「!」

 

 咄嗟にルイスは反対の手で目と口を庇う。その瞬間、僅かにルイスの視界が途切れる瞬間にマリアンはサイドステップを切り、彼の背後をとる。

 

「終わりだッ!」

 

 そうして彼は、振り上げたグンタイアリの牙を無防備なルイスへと振り下ろそうとし。

 

 

 

「背後をとれば安全とでも思ったか?」

 

 

 

 その背を突き破って飛び出した13本の毒棘、“オニダルマオコゼの魔槍”がマリアンの体を貫いた。

 

「が、あッ……!?」

 

 マリアンがその奇襲に反応できたのは、ほとんど奇跡に近かった。体を捻り、辛うじて心臓や脳といった急所の被弾は避ける。

 

 だがそこから注ぎ込まれるは、ベース生物大の時点ですら人を死に至らしめる威力を秘めた神経毒『ストナストキシン』。今度こそ戦闘不能になったマリアンは、数歩後ずさるとそのまま地面に膝を折った。

 

「貴様の浅はかな考えなど、始めからお見通しだ」

 

 ルイスは槍を回収すると、その穂先を動けないマリアンの頬へと当てる。

 

「ではな、『誇り高きフランス兵』とやら。己の非力を悔い、恨みながら死ぬがいい」

 

「ク、ソ……!」

 

 ルイスが槍を振りかぶる。己の命を穿たんと迫るその凶器を、マリアンはただ見ていることしかできない。

 

(──ここが、死地か)

 

 死期を悟ったマリアンの内心は、不思議と凪いでいた。脳裏に浮かぶのは苦楽を共にした仲間との記憶や、生まれたばかりの甥っ子のこと。

 自らの名を叫ぶ部下たちに「あとは任せた」と、マリアンは静かに目を瞑り──。

 

 

 

「──させるかァァッ!!」

 

 

 

 意識が途切れる寸前、落雷のように轟く咆哮を聞いた。

 

「! チィッ!」

 

 何かに気付いたらしいルイスが、舌打ちと共に真横へ飛びのく。その残像を貫き、地面に突き刺さったのは、ハルバードと呼ばれる斧状の武器だった。

 

「──エマール伍長」

 

「は、はっ!」

 

 名を呼ばれた“オランウータン”の隊員は反射的に敬礼し、同時にその顔に驚愕を浮かべた。

 

「指揮官であるマリアン・ヴィクトル中尉に代わって命じる。彼を連れて戦線を一時離脱し、急ぎ治療を受けさせろ」

 

 そう告げながら悠然と歩み出たハルバードの投擲手は、この防衛線における総指揮官であったからだ。

 

「彼はフランスに必要な人物だ。無為に死なせることは許さん……あとは任せろ」

 

「! 了解!」

 

 その言葉に我に返った隊員は、意識を失ったマリアンを抱き上げると後方へと撤退していった。それを横目に見送り、彼女はジロリと眼前の敵を睨みつける。

 

「……随分と好き勝手に暴れてくれたようだな。そんなに戦いたいのなら、ここからは私が相手になろう」

 

 着込んだ甲冑の下にはベースとなった生物の分厚い鎧が発現し、装甲や城塞さながらの重圧を放っている。弓手に原始の戦鎚、馬手に太古の軍刀。人為変態により武神さながらの出で立ちとなった女傑は、ルイスの前に立ちはだかった。

 

 これより先へは何人たりとも通さないと、言外に告げるように。

 

「死にたい者から、このオリアンヌ・ド・ヴァリエに向かってくるがいい!!」

 

 

 

オリアンヌ・ド・ヴァリエ

”フランス共和国親衛隊『第一歩兵連隊長』”

ESMO手術ベース”古代爬虫類型”

―アンキロサウルス―

+

ESMO手術ベース”古代昆虫型”

Linguamyrmex(リンガミュルメクス) vladi(・ヴラディ)

 

 

 

「オリアンヌ・ド・ヴァリエェェ……ッ!!」

 

 すべてを察したルイスの顔が、不快と怒りに歪む。彼はその矛先を、オリアンヌから距離をとる(逃げる)ように後退してきた男へと向けた。

 

「ランベールッ!」

 

 所々に紫をあしらった司祭服に身を包んだその男── “紫色の枢機卿” ランベール・ノウア・アポリエールに、ルイスは叱咤の声を飛ばす。

 

「私が足止めをしている間に、貴様の特性で奴を制圧する算段だったはずだ! 何を遊んでいる!? ご自慢の宣教団はどうした!?」

 

「返す言葉もないのですねェ……!」

 

 ランベールは冷や汗をかきながら、己の右腕を見やる。内部の肉や骨が目視できるほどに透けたその腕の中には、醜悪な肉蟲の群れが蠢いていた。気味の悪いアクアリウムのようなそれが、彼の身に宿るベース。

 

 ──αMO手術ベース“寄生生物型” Euhaplorchis(ユーハプロルキス) californiensis(カリフォルニエンシス)

 

 吸虫と呼ばれる生物であり、一生の中で複数の宿主を渡り歩くことで子孫を残すという、複雑なライフサイクルを持つ寄生生物の一種である。

 

 彼らは寄生先であるメダカの脳へ入り込むと、セロトニンやドーパミンといった神経伝達物質を巧妙に調整し、その精神操作と行動のコントロールを行う生態を持つ。こうして操られた哀れな魚は、吸虫たちを次なる寄生先である鳥類へ移動、自ら水面まで浮上し狂ったように水面で跳ね飛ぶと言う。

 

 ランベールの能力は、これを更に対人用に調整・改良したもの。彼の右手で触れられれば最後、体内で増殖した吸虫たちが一斉に標的の体内へと侵入し、その体を彼の思うままに行動する操り人形へと仕立て上げる。

 

「……はずだったのですが、計算違いが生じましてねェ」

 

 言い訳がましい自覚をしながらも、ランベールはルイスに報告する。

 

「あの女の体を覆う装甲が堅固な上、とにかく分厚い……私の吸虫たちでは、食い破ることが難しく。白兵で仕留めようにも、想定以上に奴の戦闘力が高い。宣教団もすべて破壊されてしまい、私だけではどうすることも……」

 

「ッ……」

 

 激し、口を突いて飛び出しそうになった罵倒をルイスは飲み下す。ここでランベールを責めたところで、戦況が好転するわけでもない。

 

 加えて認めたくはないが、こうなった要因には己の差配ミスも含まれている。父であるヴラディスラウスの別行動を容認したことも、ランベールをオリアンヌに当てたことも、全ては己の見通しの甘さが招いた裏目。

 

 波立つ心を鎮め、ルイスは瞬時に戦況を整理する。

 

(そうだ、狼狽えるな……最大戦力こそ健在だが、敵の戦力は着実に削れている。ここで奴を潰せれば、あとは消化試合)

 

 逆に言えば、オリアンヌが健在である限りこちらの目的を達成することは不可能。そして今この場にいる他の兵士たちに、オリアンヌの相手は荷が重いだろう。彼女を相手に立ち回れるのは、自分とランベールのみ。

 

「ランベール。どこに触れれば、奴に虫を流し込める?」

 

「……そうですねェ」

 

 己の失態をそれ以上言及されなかったことを意外に思いながらも、ランベールは丸眼鏡の奥から舐るようにオリアンヌを観察する。

 

「やはり頭でしょう。目、鼻、耳、口のいずれかから侵入させるのが、最も手っ取り早い。他の箇所は脳に吸虫が到達するまで時間がかかったり、そもそも装具が邪魔だったりと、狙うのは現実的ではありませんねェ」

 

「いいだろう。私が前衛を務める。貴様は隙を見て奴の頭を狙い、寄生虫を流し込め」

 

 ルイスは手早く指示を下すと、手中の槍をオリアンヌへと向けた。

 

「共同戦線だ。我ら二人で、オリヴィエ様の血路を切り開く! 紫色の枢機卿の名が飾りでないこと、示してみせるがいい!」

 

「──ええ、ええ! 承知いたしました!」

 

 その言葉が何かの琴線に触れたのか、どこか弱腰だったランベールの瞳に戦意の光が戻る。

 

「槍の一族の急先鋒たる貴方にお力添えをいただけるなら、まさに百人力といえるでしょう! 今度こそ、あの女の目にもの見せてやるのですねェ!」

 

「──おしゃべりは済んだか?」

 

 対するオリアンヌはただ静かに唸ると、異形の武器を発現させた両腕を構える。

 

「エドガー様に歯向かった愚行、その命を以て償うがいいッ!」

 

「「死ぬのは貴様だ(貴方なのですねェ)!」」

 

 声を揃えて叫ぶと同時、二人はそれぞれの行動に出た。ルイスはオリアンヌへ向かって一直線に駆け出し、逆にランベールは混戦の最中へと紛れ込むように、敵味方入り乱れる戦場へと更に撤退していく。

 

「! どこへ消えた──?」

 

 紫という目立つ色合いの服を纏っていながら、瞬きのうちにランベールは姿をくらませる。奇襲を警戒し周囲へ目を走らせるオリアンヌだったが、それよりも速くルイスが間合いへと踏み込んだ。

 

「よそ見とは余裕だな!」

 

「む──!」

 

 左腕に発現した鈍器で迎撃するオリアンヌ。その大ぶりな一撃をひらりと躱すと、ルイスは首を狙って槍を繰り出した。

 

「シィッ!」

 

 0.0015秒という速さで獲物を飲み込む、“オニダルマオコゼの瞬発力”。放たれたその一刺は、確かにオリアンヌの喉を捉えた。

 

「効かん!」

 

 だがその穂先はガツッという鈍い音と、返ってくる硬い手応えに阻まれる。オリアンヌの全身、急所をも覆う装甲によって阻まれたからだ。

 

 ESMO手術ベース、“アンキロサウルス”。

 

 白亜紀の地球に生息していた、鎧竜と呼ばれる草食恐竜の一種。この生物の最大の特徴は、全身を覆う分厚い骨板と骨質のスパイクという二重の装甲と、尾の先端部に見られるハンマーのような骨塊にある。

 

 頑強な鎧による守りは外敵の攻撃を一切通さず、重厚な鈍器による反撃は野蛮な捕食者たちの骨を破壊し内臓を破裂させる。

 

 多くの恐竜が牙や爪、体格といった原始的な武器を頼みとして生き抜いた太古の地球において、これほどの過剰武装で身を固めた生物は他に類を見ない。しかもこれほどの装備で身を固めながら、アンキロサウルスは狩猟を行う肉食恐竜ではない。あくまで草食、生態上は積極的に他者を害する必要はないにも関わらずこの装備。

 

 専守防衛、自ら他者を攻撃することはしない。しかし一度攻撃の脅威に晒されれば、彼らは敵を真っ向から打ち砕く。護国の長たるオリアンヌにこの生物が適合したのは、ある意味では必然であると言えた。

 

「オォッ!」

 

 怒号と共に、オリアンヌは左腕の鈍器ごと己の拳を振り下ろす。隕石さながらのその一撃をルイスが避ければ、大地に打ち付けたその拳は石畳を砕き大地に亀裂を走らせた。

 

「ッ! 馬鹿力が──!」

 

 その様子に思わず悪態をつき、オリアンヌへと視線を戻したルイス。その目に映ったのは、彼女の右腕から生え、小刻みに震える銀の刃。

 

(ESMO手術の特質から考え、奴のベースは鎧竜の類! しかしあのような細い刃を備えた種は、私が知る限り存在しない。新種? いや、あの取ってつけたような発現の仕方──おそらく、複数ベース持ち!)

 

「ッ!」

 

 本能的に身を屈めたルイスの頭上を、刃が真横に薙ぎ払った。数本の髪がハラリと宙を舞う。

 

 ──Linguamyrmex(リンガミュルメクス) vladi(・ヴラディ)

 

 それがツノゼミと差し替える形でオリアンヌの体に組み込まれた、もう一つのベース生物の名。

 

 ミャンマー産の琥珀から発掘されたこの昆虫は、9800万年前の白亜紀に生息していたアリの仲間である。この生物はアリという生物に共通する高い筋力に加え、二つの特性を持つ。

 

 一つが金属で補強された強靭な牙、もう一つがアゴを高速で閉じることで瞬時に獲物を捕らえる機構である。

 

 一つ一つの特性自体は、原生種にも見られるものではある。例えばイチジクコバチという寄生蜂は産卵管を亜鉛でコーティングしているし、アギトアリと呼ばれるアリは、昆虫大の時点で時速230kmにも達する速度で顎を閉じることができる。

 

 だが、これら二つの特性を同時に併せ持ち、あまつさえ武器として使用する生物は他に類を見ない。リンガミュルメクス・ヴラディもまた、生物が進化の道筋を模索していた時代だからこそ現れた、過剰な武装の持ち主。

 

 そしてその特性が身長184cmのオリアンヌの体に宿り、しかもアンキロサウルスの筋力も相乗された上で放たれたとすれば……それは神速で敵を両断する、慈悲なき処刑の刃と化すだろう。

 

(速いな。攻撃が起こってからの回避は実質不可能)

 

 表情を動かさず、ルイスはオリアンヌを観察する。ニュートンの血を引く彼の視力でも、オリアンヌの攻撃の瞬間を知覚することはできなかった。しかしルイスの表情に、焦りはない。

 

(だがその分、予備動作は分かりやすい! 並の戦闘員ならいざ知らず、我々ならば対処できる範疇!)

 

 ──ここで仕留める。

 

 方針を固めたルイスは、背を低く保ったまま大地を駆ける。

 

「む……!」

 

 オリアンヌは接近するルイスに右腕の剣を打ち下ろす。しかし、あらかじめ攻撃を予見していた彼の体を捉えることはない。

 

「そらッ!」

 

 次いでルイスが放った槍の一突きが装甲の継ぎ目を狙う。しかし皮膚や骨が転じて形成されるアンキロサウルスの鎧は、甲殻型のそれと違って関節部に明確な隙間があるわけではない。その穂先はオリアンヌの体表に形成された骨板によってあえなく弾かれる。

 

「効かんといっているのが分からんかァ!」

 

 今度は左腕の槌を振るうオリアンヌ。だが、そちらもルイスには当たらない。カウンターにルイスは槍を振るうが、やはり彼女の装甲を貫くには至らない。互いに決定打に欠ける両者の死闘は、千日手の様相を呈し始める。

 

「ちょこまかと……!」

 

 その状況に先に痺れを切らしたのは、オリアンヌだった。

 

 彼女が繰り出したのは特に強い力を込めた、しかし隙も大きい左腕の一撃。それを悠々と躱したルイスに襲いかかるは、右腕による高速の斬撃。だがこれもまた、彼の体に触れることはできず、空振りに終わる。

 

 左右両腕による一撃必殺の攻撃。それを外し、本体が無防備になる一瞬──その一瞬を狙いすまし、息を潜めていた脅威が動き出す。

 

「隙を見せましたねェ!」

 

 ──機は熟した。

 

 乱戦の中から好機を伺っていたランベールが、ここぞとばかりに飛び出した。姿を消す前に比べると、化粧でもしたかのように肌や髪色のトーンが変わっている。またその腕からは、先ほどまで無かった「踊り子の腕飾り」を思わせるひらひらとしたベール状の器官が生えている。

 

 

 

ランベール・ノウア・アポリエール

アポリエール家『紫色の枢機卿』

αMO手術ベース”寄生生物型”

Euhaplorchis(ユーハプロルキス) californiensis(カリフォルニエンシス)

+

MO手術ベース”魚類型”

―マリアージュロングフィンメダカ―

 

 

 

(! 注意は怠っていなかったはず──!?)

 

 視界の中でランベールが鮮明な輪郭を結ぶ様に、オリアンヌは僅かに目を瞠る。

 

 猪突猛進に見られがちなオリアンヌだが、こと戦闘における判断力はセレスタンやフィリップにも勝るとも劣らない。いくら姿を見失ったとはいえ、ランベールに対する警戒を彼女が解くことなどありえず、あまつさえこれほどまでに接近を許すなど、通常ならばありえない話である。

 

 それにも関わらずランベールの奇襲が成功した要因は、彼が新たにその体へと組み込んだ特性にあった。

 

 ”マリアージュロングフィンメダカ”。

 

 ランベールのαMOと生態的な結びつきが強いメダカの品種改良種で、優雅な尾びれと背びれ、そして美しい青銀の鱗が特徴的な飼育魚である。

 

 その特性は槍の一族の血筋にしばしば適合者が現れる生物、“カイゾクスズキ”のような化学擬態──

 

(体色や髪色が微かに変わっている。ルイス(相方)と同じ擬態か? ならばなぜ完全に姿を消さない?)

 

 ──ではない。

 

 生物としてのメダカの特徴は、その優れた感覚器官にある。

 

 大きな目は魚類の中では良好な視力を有し、仲間を顔で識別可能。また他の魚と違い脳に近い場所(頭部)に備わる側線は、水圧・水流・振動を敏感に感じ取る。彼らが群れで生活しながら互いにぶつからないのは、これらの恩恵によるものであるという。

 

 加えて彼らは、周囲の環境に合わせてある程度体色を変化させる。それは単に景色へ溶け込むだけでなく、「紫外線から身を守るために黒くなる」といった二重の意味での保護色。この特徴を利用し、飼育下でより美しい色合いのメダカを作ることに熱を上げる愛好家も多い。

 

(……()()()()()()()()()か! 特性はあくまで補助!)

 

 ──メダカというベース自体が強力なわけではない。

 

 カイゾクスズキのように周囲の認知能力を狂わせることも、オニダルマオコゼのように完全に景色と同化することもできない。感知能力という面でも、メダカを上回る感度の感覚器官を有する魚は数多く存在する。戦闘員のベースとして考えれば、メダカという生物の特性は『外れ』と言わざるを得ないだろう。

 

 ただし、それを扱うのが人心の機微に敏いランベールであれば話は別だ。

 

 正面きっての真っ向勝負? なんと馬鹿馬鹿しい! 馬鹿正直に相手の土俵で勝負してやる必要などない。ただ一度、敵に触れる隙さえ作れればそれでいい。吸虫を体内に流し込めば、それだけでゲームセットに持ち込めるのだから。

 

 戦場・議場を問わずランベールを支えてきたこの戦術理論は、ここにきてメダカという生物の特性を組み込まれたことで盤石のものとなった。

 

 多少優れている程度の感覚器官? それで十分。表情の変化や空気の流れを捉えられるなら、意識の穴を突くことなど造作もない。

 

 せいぜい肌や髪色を変える程度の擬態? それで十分。自らのトーンを調整できるのなら、煽動も隠密も立ち回り一つでどうとでもなる。

 

「私の攻撃など取るに足らないと、高を括ったのでしょう!?」

 

 ランベールが顔面目掛けて繰り出された貫手を、オリアンヌは身を逸らすことで躱す。機敏な動きで一撃必殺の攻撃を繰り出すランベールに、徒手の間合いを許すのは不味い。そう判断したオリアンヌは大きく一歩後退し、右腕の軍刀を構える。

 

「それが命取りなのですねェ!」

 

 だが、先の一手は牽制であり陽動。ランベールの本命は、むしろ次の一撃にこそあった。

 

(! あれは──)

 

 ランベールが取った構えに、ルイスの目には微かな驚きの色が宿る。

 

 静かに上げた彼の両腕が、まるで幾何学模様を描くかのような奇怪な軌道で動き、ある一点でぴたりと静止する。

 

 腕から生えたベール状の鰭で巧妙に隠しているが、間違いない。一瞬だけ見えた毒蛇を思わせる独特の構えは、インドの裏社会に伝わると無銘の暗殺拳のそれ。

 

(失伝して久しいと聞いていたが、実在したのか!)

 

 成程、確かに主が枢機卿に推挙するだけのことはある。ランベールへの評価を改めながら、ルイスは槍を構えた。ただし、その行動は攻撃のためではない。

 

「ランベール!」

 

「ありがたく!」

 

 呼びかけの意を察し、ランベールは槍に飛び乗る。ルイスが素早くその体を打ち上げた直後、神速で放たれたオリアンヌの刃は彼の残像を切り裂いた。

 

「油断、慢心ッ! それが貴女の死因ッ!」

 

 頭上を仰ぎ見たオリアンヌの顔面へ迫るは、寄生虫が蠢くランベールの凶手。

 

 ──勝った! 

 

 ランベールは確信する。

 この高度な連携に、敵はまるで反応できていない。睨むようにこちらを見ることしかできていないのが、まさにその証拠。

 

 右腕の剣に今から力を溜める暇はない。そして鈍重な左腕の迎撃では間に合わない距離まで、自分は距離を縮めている。あとは棒立ちになったこの女の目鼻から、寄生虫を流し込むだけ。

 

 ランベールはその顔に、愉悦と嘲弄の笑みを浮かべた。

 

「これでェ!!」

 

 ──オリアンヌの左腕が、小刻みに震えていることにも気付かず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりなので  あぱ ゃ ッ 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな間の抜けた断末魔と共に、ランベール・ノウア・アポリエールという男は死んだ。上半身を文字通り粉砕され、自分が死んだことにすら気付かないまま即死した。

 

 右腕の刃と同等の速度で振り抜かれた、オリアンヌの左腕の戦鎚によって。

 

「左腕で使えない、と言った覚えはないぞ」

 

 血肉が雨のように降り注ぐ。返り血という言葉でも生温いそれを一身に浴びながら、オリアンヌは静かに言った。

 

 ──3年前の一件でアポリエールの枢機卿に辛酸を舐めさせられて以来、彼女は空いている時間のほとんどを鍛錬に費やした。

 

 肩を並べる2人の戦友と違い、凡人である自分に近道など存在しない。だからこそ彼女は今まで通りに、そして今まで以上の苛烈さで我武者羅に努力を続けてきた。

 

 時に戦友たちの手を借り、時に戦術指南役の翁の手を借り、己の肉体と技量を限界まで研鑽する内、彼女に埋め込まれた太古の因子たちもまた、その闘志に呼応するかのように身体への順応を深めていった。

 

 そして、現在──レオ・ドラクロワが直々に下した死の宣告すら踏み越え、この場に立つ彼女の実力は最早当時の比ではない。

 

「油断も傲りも……どうやら貴様自身の死因だったようだな、アポリエール」

 

 フランス共和国親衛隊第一歩兵連隊長にして、()()()()()()()()

 

 それが名実ともに現在の彼女を飾る肩書である。

 

「次は貴様の番だ、ゲガルドの尖兵」

 

 辛うじて原型を留めていた右腕から這い出した吸虫たち。それを荒々しく踏み潰したオリアンヌは、事態の悪化に表情を険しくするルイスに眼光を飛ばす。

 

「それとも、今から尻尾を巻いて逃げ出すか? エドガー様を敵に回した時点で、どのみち貴様らに勝ちの目などありはしない。その選択を笑いはすまい……逃がすつもりは毛ほどもないがな」

 

「ッ!! 言わせておけば……!」

 

 ──逃げてもいいんすよぉ、ルイス兄? どうせ、私には勝てないんすから。

 

 図らずも、かつて己が受けた屈辱を想起させる言葉に、ルイスの頭にカッと血が上る。激情に駆られた彼は、怒りのままオリアンヌへ攻撃を仕掛けようと足に力を込め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、ルイス。首尾はどうかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から不意にかけられたその声に、彼の脳は冷静さを取り戻した。

 

「ッ!」

 

 ──戦場の空気が、どろりと淀んだ。

 

 その異質な空気に、戦場にいる者たちは敵も味方もなく一斉に戦いの手を止めた。ほんの一瞬前まで激しい戦闘音が響いていたその場は、水を打ったように静まり返る。

 

「オリヴィエ様……!」

 

 静寂の中、彼は即座に身を翻すと片膝をつき、臣下の礼をとった。そこに立っていたのはルイスの想像通り、己の主君たるオリヴィエ・G・ニュートンその人であった。

 

 否、彼だけではない。オリヴィエの後方には、槍の一族に与する者の中でも生え抜きの実力者のみで編成された本隊の面々が続いている。その中の一人は戦況を把握するや、軽蔑半分あきれ半分といった様子で盛大にため息を吐いた。

 

「はぁ~……ちょっとルイス兄。どういうことっすか?」

 

 ゲガルド家の当主を務める女性、希维(シウェイ)・ヴァン・ゲガルドは、跪いたルイスへ軽蔑のまなざしを向ける。

 

「正門、全然突破できてないじゃないっすか。わざわざエインヘリャルの指揮権まで委譲したのに……この失態、どう責任をとるつもりっすか?」

 

「希维ィィ……ッ! 貴様、私を謀ったな!?」

 

 激昂したルイスは周囲の目も気にせず、希维に怒鳴り散らす。

 

「明らかに事前に渡された情報より、敵の戦闘力が高い! 加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!? 当主の座を脅かそうとするこの私を、あろうことかオリヴィエ様の聖戦を利用して消そうとしたな!? 恥を知れ、この女狐がッ!!」

 

「全然違うっす……って、アヴァターラ卿もラシェル卿もまだ来てないんすか?」

 

 希维は怪訝そうに周囲を見渡すが、両翼を任せていた二人の枢機卿の姿はない。

 

 槍の一族側で想定していた作戦は、三方向からの同時攻撃により正門の守備を突破するというものだった。確かに挟撃前提の戦力で、他の部隊の助力なしに正門の守備隊を突破するとなれば、中央部隊の負担は相当なものにはなりそうであった。

 

「……まぁ。そういうとこ含めて臨機応変にやれないあたり、所詮ルイス兄って感じっすけど」

 

「なんだと……ッ!?」

 

「! お二人とも、()るんですのね!? 私もその輪に加えてくださいまし!」

 

「二人とも喧嘩はそこまで。君も、混ざろうとしない」

 

 オリヴィエは火花を散らす希维とルイスを仲裁し、そこへ飛び込もうとする配下の一人に釘を刺す。ひどく緊張感に欠いたその一幕は、静まり返ったこの戦場の中にあってひどく異質な様相を呈する。

 

「もう一押しのところまでは来ているけれど、決定打に欠けて押し切れない。そんなところかな」

 

「仰る通りです」

 

 ルイスは深く頭を下げる。

 

「敵陣突破の大任を果たせなかったこと、弁明のしようもなく。いかなる罰もお受けします」

 

「構わないよ。むしろ本来の半分も戦力が揃っていない状態で、よくここまで敵を崩してくれたね」

 

「! お言葉、ありがたく……!」

 

 オリヴィエの賞賛を受けて喜色と共に平伏するルイスを、希维は面白くなさそうに見つめる。そんな彼らを外様から見つめながら、オリアンヌは口を開いた。

 

「──貴様が首魁か?」

 

「うん? ああ、そうだよ」

 

 不遜な彼女の物言いに、一団の中の数名が俄かに殺気立つ。一方、問われた張本人であるオリヴィエはその声に一瞬首を傾げ、それから思い出し方のように答えた。あたかも、オリアンヌなどそもそも眼中になかったとでもいうかのように。

 

「初めまして。近衛長オリアンヌ・ド・ヴァリエくん。私はオリヴィエ・G・ニュートン。君のご主人様、エドガー君の敵対者さ」

 

「……」

 

 そんな気楽な自己紹介に、オリアンヌは沈黙を以て返した。普段の彼女ならば、神が如く崇拝するエドガーを愚弄するような言葉に怒り、即座に攻撃に移っていただろう。だが今この瞬間に限って、彼女はそれをしない。オリアンヌは力強く彼らを睨みこそすれ、その場を動こうとしなかった。

 

「なるほど、慎重だね。()()()()()()()()()

 

 オリアンヌが戦闘に移らない理由は至ってシンプル、考えなしに動けば死ぬ……そんな確信があったからである。

 

 ──先ほど乱戦に加わろうとした、槍を携えた金髪碧眼の令嬢。

 

 ──鍔広の中高帽に黒白のゴシックドレスを着こんだ、魔女を思わせる女。

 

 ──干からびたミイラのような、ヨボヨボの老人。

 

 ──トレンチコートを纏った、無双の傭兵。

 

 更にその背後には、彼ら以外にも数名の戦力。老若男女、人種から体格まで一切関連性を見出せない彼らに唯一共通しているのは、全員がただならぬ気配を纏っているという点。

 

(……最低でも私やそこの男(ルイス)と互角、ほとんどが格上か。ともすれば、エドガー様の騎士たちにも匹敵するやもしれん)

 

 常人であれば即座に呑まれてしまうただならぬ空気の中にあって、オリアンヌの動物的直感は彼らの実力を嗅ぎ取る。

 

 敵の首魁を含み、自分よりも実力で上回る相手が複数。情けない話であるが、勝つことは難しいだろう。ならば自分がなすべきことは──

 

「今から君がする抵抗は、私たちにとって何の痛手にもならない」

 

 そんな彼女の思考に水を差すように、泥は囁いた。

 

「君の力では彼らに勝てないし、時間を稼いだところで君たち側の主力もほとんど出払っていて、援軍も期待できないだろう? つまりここからの戦いは、全くの無意味なんだ」

 

 ──そこで、どうだろうか。

 

 底なし沼を思わせる虚ろな瞳が、オリアンヌをじっと見つめる。

 

「オリアンヌくん、ここは一つ退いてくれないかな?」

 

 オリヴィエは穏やかに語り掛けながら、一歩足を踏み出した。

 

「君がエドガー君に忠実な兵士であることは、よく理解しているとも。けれど、よく考えてみて欲しい。もしも君が本当に彼のことを考えるのなら、最も避けるべき事態はこの場で犬死することじゃないかな」

 

 出来の悪い生徒に言って聞かせるように、オリヴィエは続ける。

 

「生きてさえいれば、汚名は雪げる。私たちを通してくれるなら、君と君の部下の命も保証しよう。そして私は、君に戦うなとも言わない。なんなら、この後に控えるエドガー君や騎士たちとの戦いに駆け付けてくれても構わないよ。その方が勝算も高いだろう。私たちはとにかく、この場を通りたいだけなんだ……お互いに利のある話だと思うのだけれど」

 

「……なるほど」

 

 オリヴィエの言葉に、オリアンヌは足を動かした。

 

 しかしそれは敵へと向かって前進するものではなく、まるで道を空けるかのように脇へと逸れるもの。予想外の行動に彼女をよく知るフランス兵たちは愕然とし、敵である槍の一族側の人間でさえ意外そうに目を丸くする。

 

「ありがとう。物分かりがよくて助かるよ」

 

 オリヴィエだけは「伝わってよかった」とばかり、満足そうに頷くとエリゼ宮殿へと向かって歩き始めた。さぁみんな、行こう──そう配下たちに声をかけようとして、彼は。

 

「──貴様は一つ、思い違いをしている」

 

 続くオリアンヌの声に、ピタリと足を止めた。

 

「私にとって最も避けるべき事態は、エドガー様の役に立てず死ぬこと。貴様の指摘が全く的外れというわけではない」

 

 停止、と形容するのが相応しいオリヴィエの挙動。どこか人間味の薄いそれを横目に見やりながら、オリアンヌは先ほどルイスへと投擲したハルバードを拾い上げ。

 

「だがそれは、できるできないの話ではない」

 

 

 

 

 

 

「──()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 再びそれを、オリヴィエに向かって投擲した。

 

「!」

 

 高速で回転しながら迫るそれを悠々と躱すオリヴィエに対し、オリアンヌは高らかに声を張り上げた。

 

「私がここで戦うことの意味を決めるのは私でも、ましてや貴様でもない! それを決められるのは、この世でエドガー様ただ一人のみ! 知ったような口を聞くな!」

 

 ガン、と彼女は己の剣と鎚を打ち鳴らした。戦の音が、静まり返った空気を裂く。

 

「正門守備隊、傾聴ッ!」

 

 力強いその声が、立ち尽くしていたフランス兵たちを打ち据える。軍人としての習慣で思わず背筋を正す彼らに、オリアンヌは続けた。

 

「相手が何者であろうと、成すべきことに変わりはない! この国と、この国に暮らす人々の健やかな営みを守る! それが兵士としてこの国を背負う者の責務である!」

 

 その演説に闇のような静寂は払われ、兵士たちの表情から恐怖が消えていく。

 

「正義は我らにあり! 例え銃弾が底を尽き、盾が砕けようと決して退くな! 戦友が死に、最後の一兵となろうとも戦い続けろ! 例えその先に待つのが無残な死であろうとも……」

 

 代わりに満ちていくのは、決死の覚悟とかつてない戦意。銃を、剣を、変態薬を握りしめる各々の手に力が籠る。

 

「魂だけは絶対に渡すなッッ! 総員、私に続けェ!!」

 

 地を揺るがすは鬨の声。異質な怪人たちを前にオリアンヌの声に呼応したフランス兵たちは一斉に反撃に転じ始める。

 

「押し返すぞてめぇら! マリアン隊長の努力を無駄にするな!」

 

「っく……!?」

 

 ヒヨケムシの猛攻を前に、少年兵は防戦に徹し。

 

「ヒャハハハ! 全員ぶっ倒せばいいだけの話だよなァ!!」

 

「ん゛お゛っ! なんと激しい足技ッ! 紙一重ッ、こんなにも紙一重で私の命が……んほォオオオオ♡」

 

 ディアトリマの連撃を前に、紳士は絶頂した表情を浮かべながらもじりじりと後退を始める。

 

「オオオオオオオッ!」

 

 形勢は再び、五分に持ち直した。奮戦する部下たちを背に、オリアンヌは咆哮と共に駆け出す。狙いはただ一点、オリヴィエ・G・ニュートンの首級。

 

「……理解に苦しむよ」

 

 そんな感想をポツリと口にして、オリヴィエは冷たい声で続けた。

 

「殺せ」

 

「かしこまりました」

 

 主君の声に応じたのは、魔女のような女だった。彼女が特性を発現させると同時、その足元から石畳の上に何かが広がった。

 

 ――古ぼけた絨毯のような黄土色と、黒灰色の痣を思わせる模様の染み。

 

 それは石畳を溶かし、伝いながらオリアンヌへと迫る。

 

「フンッ!!」

 

 接触は危険。

 

 本能的にそれを察したオリアンヌがしたことは、左手の鎚を高速で振るい、地面へと叩きつけることだった。砕けた石畳は死の絨毯がオリアンヌへ到達するのを防ぎ、更に飛び散った破片は礫となって敵へと降り注ぐ。

 

「あぶねぇな、オイ」

 

 それを防ぐのは、トレンチコートの傭兵。黄金の体毛と黒い甲皮を発現させた彼は、飛来する石の雨を素早く叩き落す。

 

「一番槍は頂きますわ!」

 

 その隣から飛び出したのは、槍を構えた令嬢──先ほどルイスと希维の乱戦に加わろうとしていた女である。目を爛々と目を光らせた彼女は、闘志と共に周囲に紫電を散らしながらオリアンヌを見やる。

 

「私たちを前に啖呵を切る覚悟、気に入りましてよ! その心意気に敬意を表し、この私がお相手仕りま──」

 

「待て」

 

 しかしそんな令嬢を制するように、彼女の前に槍が割り込んだ。文字通り横槍を入れられた彼女はピタリと足を止める。令嬢が不満げに視線を向ければ、そこには臨戦状態で佇むルイスの姿があった。

 

「オリヴィエ様。この場を今一度、私にお任せいただきたく。必ずや、御身の道を切り開いて御覧に入れます」

 

「……ふむ」

 

 ルイスの言葉に、オリヴィエは1秒ほど考え込む。その思考に、温情や贔屓が入り込む余地はない。純然たる打算が、まるで計算機のように脳内を駆け巡り。

 

「……そうだね。なら、お願いしようか」

 

 その奏上を、彼は承諾した。苦言を呈そうとする希维を手で制し、彼はただ一言付け加える。

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 

「──仰せのままにッ!!」

 

 

 

 主君の期待に応えるべく、ルイスは驀進する。稲妻の如き速度で距離を詰めた彼は、オリアンヌの脳天を目掛けて槍を突き出した。

 

(先ほどよりも速い──!)

 

 その一撃を、右腕の軍刀で辛うじて弾くオリアンヌ。その刹那、彼女はルイスの腹が内から膨らむのを見た。

 

(マリアン中尉がやられた毒の槍衾! 腹部からも出せるのか!? だが問題はない、このまま防いで反撃を──)

 

 そこまで考えた時、オリアンヌの思考は強制的に中断された。射出された棘槍が鎧を抉り、その穂先が体内へ食い込んだためだ。

 

「か、ハっ……!?」

 

「──本音を言えば、この手は使わず貴様を仕留めたかった」

 

 全身を襲った焼けつくような痛みに、思わず片膝をつくオリアンヌ。その眼前で毒槍を体内へと引き戻しながらルイスは言う。

 

 

 

()()姿()()()()()()()()()()()()……!」

 

 

 

 ──醜魚(オコゼ)のそれへ変貌した顔を、晒すように見せつけながら。

 

「ッ、過剰変態……!」

 

 

 全身を苛む激痛と熱に脂汗を滲ませながら、なんとか立ち上がるオリアンヌ。彼女の前で、ルイスは空になった魚類型の変態薬の容器を放り捨てた。その双眸は完全に魚眼と化しており、開いた口は頬の内側にまでぎっしりと歯が生え、この世の物とは思えない醜悪な形相となっていた。

 

「死の覚悟があるのが、貴様だけとでも思ったか? 舐めるなよ、この身は槍の一族が急先鋒! オリヴィエ様に命を捧げる覚悟など、当の昔にできている──!」

 

 ルイスが再び槍を振るう。今度はその一撃を防ぐことは能わず、オリアンヌは右肩を貫かれる。

 

「っぐ、フゥゥ……!」

 

 しかし、彼女もただでやられるばかりではない。彼女は怯むどころか、自らに突き立てられた槍を右手でがっちりと固定すると、ルイスに向かって左腕の戦鎚を振り上げた。

 

「なんっ、のォ!」

 

 残像を置き去りに振りぬかれた左腕が、鮮血で赤く染まった鈍器でルイスを殴りつける。それは彼の頭をスイカのように叩き割るのに、そしていかに最新鋭のリキッドアーマーで身を守っているといえど、その防御を貫通して内臓を破裂させるのに、十分な威力を込めたはずだった。

 

「……ッ!?」

 

 だがオリアンヌの手に返ってきたのは、敵を叩き潰した感触ではなく、柔と剛が合わさった弾力と奇妙な()()()。未知の感覚に一瞬止まった思考に、ルイスの声が響く。

 

「馬鹿の一つ覚えだな。貴様の打撃は、最早私には通じん……!」

 

 ──MO手術ベース“ヌタウナギ”。

 

 ルイスに追加で施されたMO手術のそのベースは、円口類と呼ばれる非常に原始的な魚類の一種である。

 

 名前の通りウナギのような外見を持つこの生物は、自分の体を結べるほどに柔軟な肉体構造と、牛革の1.5倍と言われる強度の皮膚を有する。

 

 しかし彼らの最大の武器は、ヌタ腺と呼ばれる固有の分泌腺から放出される粘液にある。ヌタウナギは天敵に襲われた際、粘液を纏うことで攻撃を逸らし、時には敵を窒息死させることで身を守るのだ。この二つの特性が、オリアンヌが感じた不可解な感覚の正体。

 

 加えてヌタウナギは頭部や内臓を失っても、しばらくの間は生命活動を維持できるほどの生命力を持つ。過剰変態によってその特性も増強されている今、真っ向勝負でルイスを打破することは至難を極める。

 

「オリヴィエ様! お進みあれ!」

 

 粘液を潤滑剤代わりに、オリアンヌの腕から槍を抜き取ったルイスが叫ぶ。

 

「御身の行く末に、必ずや勝利がありましょう!」

 

「そうさせてもらおう。ではね、オリアンヌくん」

 

「ッ、待て!!」

 

 そう告げて歩き出すオリヴィエと、その配下たち。すかさず彼らを追わんとするオリアンヌだったが、喉を目掛けて繰り出された槍撃にやむを得ず足を止める。

 

「ハッ! 人為変態で脳まで鎧竜(クルミ)サイズになったか? 貴様の相手は私だ! どうしても追いたければ、まずは私を殺すことだ!」

 

「そこをッ! 退けェェ!!」

 

 かくして己の主の勝利を盤石とするべく、『魔槍の隠者』と『白亜の鎧槌』、二つの忠義が再びぶつかり合う。

 

 およそ人対人とは思えぬほどに激しいその戦闘が次に止まるのは、戦いそのものに決着がつく時。即ちどちらか一方、あるいは双方がその命を散らす時になるであろうことは、想像に難くなかった。

 

 

 

 

 

 

「しかし、計算外だったっすね」

 

 エリゼの庭を進みながら、希维がオリヴィエに言う。

 

「散々根回ししたうえで完全に奇襲を決めたのに、ここまで抵抗されるとは思ってなかったっす」

 

「それだけフランス側の対処が完璧だったということだよ。エドガー君のことだ、さぞ優秀な人材を揃えているんだろう。組織としての土台の差が出たね」

 

 肩をすくめるオリヴィエに、希维はむぅと眉を顰める。

 

「この先にはエドガー様の他に、まず間違いなくフランス側の最高戦力、『騎士』たちがいるっす。ルイス兄やランベール卿みたいな二軍はともかく、こっちの主力はできるだけ揃えた状態でぶつけたかったんすけど……両翼がどっちも遅れてるとは思わなかったっす」

 

 まったく、と希维は頭が痛そうに息を吐く。

 

「アヴァターラ卿もラシェル卿も、どこで油を売ってるんすかね」

 

 

 

 




後編へ続く(cv.キートン○田)
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