贖罪のゼロ   作:KEROTA

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(案の定)後編だけで収まらなかったので、中編となります。


Route_IF-Armageddon(中編)

 

 ──パリ西地区。

 

 エリゼ宮殿から500mほどの距離に位置する街道。そこを進軍していたのは、修道服に身を包んだ集団であった。

 

 “アポリエール家”。

 

 ニュートンの一族の一分家たる“ヴィンランド”から更に分かたれた家系であり、本家に反旗を翻した彼らの汚点である。

 

 かつて『神に等しい人間を作ること』を目的とした教団を設立した彼らは、しかし長い年月の中で組織が芯から腐敗し、今や狂信と俗欲の権化と成り果てている。

 

 当然、そんな彼らが道義に乗っ取った戦争行動など行うはずもない。彼らは逃げ遅れた民間人を見れば「救済」と声高に叫んで虐殺し、家屋を見れば押し入って財を奪い、美しい街並みに火を放ち、パリの人々の営みそのものを犯しながら進んでいく。

 

 彼らが通り過ぎた後には、荒廃しか残らない。エリゼ宮殿を制圧するべく槍の一族が送り込んだ三つの部隊の内、左翼の軍は最も凄惨な光景を作り出していた。

 

 ──ほんの十数分前までは。

 

「っま、待て! 降参だ!」

 

 修道服を着ていた男のうちの一人が両手を上げた。

 

「投降する! だから私のことは捕虜として──ギャッ!?」

 

 しかしその行動も虚しく、振り下ろされた刃が彼の体を左右に両断する。べちゃりと転がる死体に、周囲の者たちが示した反応は様々だった。

 

「嫌だ! し、死にたくブゲッ」

 

「ヒッ、頼む! 命だけはぐあっ」

 

「む、無理だ……こんなもの、勝てるわけあガッ」

 

 ある者は逃走を図り、ある者は命乞いをし、ある者は勝利を諦め……その誰もが、なすすべなく殺されていく。彼らの前に姿を現した、たった一人の男の手によって。

 

「クカカカカ! どうしたカルトども、今こそ貴様らの教義を果たすがいい! 人間を救うのだろう!? 導くのだろう!?」

 

 教徒の死体を山と積み上げ、流れ出した血河の中に佇みながら、男は心底楽しそうに叫ぶ。

 

「救ってみせるがいい! 人間()は、ここにいるぞ!」

 

 ──その背後に、太古の海の覇王の幻影を背負いながら。

 

 

 

シド・クロムウェル

“フランス共和国最高戦力『騎士/第三席次』“

ESMO手術ベース”古代哺乳類型”

―リヴィアタン・メルビレイ―

 

 

 

「さて……雑兵はこれで八割ほど片付いたか」

 

 頬に着いた返り血をぬぐいながら、シドは数十分前に主君から告げられた言葉を思い出す。

 

『──我が騎士、シド・クロムウェルに命じる。単身で出撃し、エリゼ宮左翼より迫るカルトどもを殲滅せよ。一匹残らずな』

 

「クカッ、エドガーめ……!」

 

 眼前のアポリエールの教徒たちを半分意識の外に置きながら、シドはどこか楽し気に恨み言を吐く。

 

 彼は知っていた。エリゼ宮殿にはもうじき、オリヴィエ・G・ニュートン率いる槍の一族の最高戦力が突入してくることを。そして彼らに対抗すべく、フランス全土から『騎士』たちが招集されていることもまた。

 

 まさに、全面戦争。未だかつてない強者が集う戦場に、自身も『騎士』として加わることになる。

 

 そんなギラギラした闘争心を昂らせていた彼に、冷や水のように浴びせられたのが先の一言だった。

 

『おいおい、エドガー。いくらなんでも、その命令は無体が過ぎる。犬の前に極上の肉を放っておきながら、それを喰うなと?』

 

『肉にありつきたければ、まずは余の()()()()を済ませることだ。疾く敵の左翼を壊滅させ、ここへ戻るがいい。よもや、できんとは言うまいな?』

 

『……他の連中には、俺の分も残すよう伝えておけ』

 

 そんなやり取りを経て、彼は単身アポリエールの教徒たちの前に立ちはだかっていた。

 

「さて、次は誰だ? 俺は貴様らを一掃したら、すぐに本陣へ戻らねばならんのでな。来ないようならこちらから行くが」

 

「っ、舐めるなッ!」

 

 生き残った教徒たちがシドの殺気に威圧される中、果敢にも一人の青年が飛び出した。青年の名はアンセルム・アポリエール──年功序列が基本のアポリエール家にあって、若くして上級司祭に片足をかけた実力者である。

 

 その身に宿るベース生物は“ミナミオオヒゲコメツキ”。その特性の一つとして肘に形成されたトンファーのような棘を、彼はシドへと向ける。

 

「貴様如きにアポリエールの巡礼が止められるなど、あってはならない!」

 

「威勢がいいな。と言っても、本当に威勢だけのようだが」

 

 パチン! という音と共に高速で振るわれた棘をヒョイと躱し、すれ違いざまにアンセルムを切り捨てる。

 

「次」

 

 死体が転がるのを横目に見ながら告げるシド。教徒たちの中でも優秀なアンセルムがあまりにも呆気なく殺された事実に怯みながらも、カラフルでけばけばしい装いをした太った女が声を上げた。

 

「な、なにをしているザマスッ! 敵はたった一人、数で押し切るザマス!」

 

 アポリエール家の上級司祭、ブリュンヒルデ・アポリエールは自らの配下にヒステリックに叫んだ。

 

「ワルキューレッ! 肉壁になるザマス! 早く、早くあの男を殺せ!」

 

「かしこ、まりました」

 

 ブリュンヒルデの声に応じ、白い少女たち──ブリュンヒルデのベースである“コマユバチ”の特性によって操られたアポリエールの尖兵たちが、一斉に“ワタリガラスの翼”を広げて飛び立つ。彼女たちは手の爪を構えると、上空から一斉にシドへと向かって急降下する。

 

「アポリエールの天使隊か」

 

 事前の情報でその正体を把握したシドは、剣を構える。

 

「待っていろ。今楽にしてやる」

 

 そして彼は一刀の下、襲い来る天使たちを切り捨てた。彼女たちは不死ではあるが、断じて不壊ではない。シドは彼女たちの頭部を破壊し、体を両断し、思考を強制的に停止させていく。

 少女たちはその体を寄生虫によって活かされながらも、魂は肉の牢獄から解放された。

 

「あり、がと……」

 

「礼はいらん。精々、あの世で姉妹と仲良くやるがいい」

 

 最後の一人の首を刎ね飛ばし、シドはブリュンヒルデへと肉薄する。

 

「司令塔は貴様か。では死ね」

 

「おボッ!?」

 

 振りぬかれた“リヴィアタン・メルビレイの牙”が、ブリュンヒルデの体を袈裟切りにする。切り裂かれた傷から臓物と血飛沫を地面にまき散らしながら肥満体が地面に倒れ込むころには、彼女は既に事切れていた。

 

「次……おっと」

 

 その時、シドの目は自らを取り巻くように迫る無数の触手を捉えた。比較的層が薄い箇所を切り裂き、包囲網を脱すれば「ちぇー」とかわいらしい舌打ちが響く。

 

「残念ですね。今のが決まっていれば、今頃あなたは動けなくなっていたのに」

 

 ──アレクシア・アポリエール。

 

 “ヒドラ”をベースとするαMO手術を受けた、アポリエールの修道女。

 

「クカカ! 生憎今日は、死なない限り眠るつもりもなくてな!」

 

 言いながらシドは、己の腕から生えた“リヴィアタン・メルビレイの牙”を、超音波の振動で()()()()。スペツナズナイフのように飛び出した刃は、アレクシアの喉を過たず貫き。

 

「……ア゛ぁ、痛゛いですねぇ」

 

 何事もなかったかのように、アレクシアは喉笛に突き刺さったそれを引き抜く。

 

「ですが……残念でした。貴方の攻撃は、私には効かないようです」

 

 挑発交じりに、アレクシアは告げる。喉に空いた風穴を、まるでビデオを巻き戻すかのように再生させながら。

 

 ──刺胞動物門ヒドロ虫綱花クラゲ目ヒドラ科 “ヒドラ”。

 

 ギリシャ神話に登場する怪物の名を冠するこの生物は、クラゲらしい毒の触手に加え、プラナリアにも匹敵する無尽蔵の再生能力を有する。

 

 メスで滅多切りにされようと、すり鉢ですり潰されようと、この生物はとにかく『死なない』。そしてその特性を身に宿したアレクシアもまた、生半可な攻撃では死ぬことはない。

 

「さて、次はどうします? 首を刎ねますか? 心臓を刺しますか? それとも脊髄を切りましょうか? 何時間でも、何日でもお付き合いしましょう。貴方の気が済むまで」

 

 アレクシアは微笑む。不死に挑むという愚行への、愛おしさ故に。

 

 ──嗚呼。彼は一体、何度私を殺せるのでしょう? 

 

 無駄な努力を重ねる幼児を見守るような慈しみを込めて、アレクシアはシドを見つめた。

 

「ああ、そう身構えるな。()()()()()()

 

「……え?」

 

 いつの間にか己の懐にまで接近していた、シドの顔を。

 

 ──ドスリ、とやや重い衝撃が彼女の体を揺らす。

 

 一拍置いて、アレクシアは自らの腹に二振りの刃が突き立てられていることを理解する。小さく咳き込めば、彼女の口からは血が一筋流れた。だが、それがどうした? この程度の刺傷、すぐに……。

 

「治せないだろう?」

 

 そんなアレクシアの思考を遮るようにかけられた、シドの言葉。何を馬鹿な、とアレクシアはそれを一笑に伏そうとし──しかし、できなかった。

 

「なん、で……」

 

 再生が始まらない。その事実に、アレクシアは目を丸くする。

 

「自分の特性を過信したな。俺が今刺したのは、肝臓と免疫寛容臓だ」

 

 愕然と呟く修道女の体から刃を引き抜き、シドが言う。

 

「覚えておけ、再生能力に胡坐をかくとこうなる」

 

「あ、あああアアアアア……!?」

 

 人為変態において最重要ともいえる、二つの臓器の破壊。その意味を理解したアレクシアが恐怖の声を上げた瞬間、彼女の全身の細胞が暴走を始める。

 

「ひっ!? 待って、待っテ! やだやだ! 死にたくない!」

 

 ヒトの遺伝子が、ヒドラの遺伝子に飲み込まれていく。手足は見る見るうちに退化し、その代わりに頭頂部から幾本もの触手が伸びる。その姿は奇怪なヤシの木を彷彿とさせるものだった。

 

「うゥ、アあ……! た、助ケ……」

 

()()()()()。またの機会にしてくれ」

 

 異形に成り果てていくアレクシアに冷ややかに告げ、シドは刃に着いた血を払い落とす。

 

「──次」

 

「ならば儂らが相手となろう!」

 

 シドの声に応えたのは、無数の腕を持つ大男だった。更にはシドの正面、そして左右から新たな刺客が迫る。

 

「その首、もらってあげる♪」

 

「殺す( `°罒°)」

 

「さすがにこの数ならぁ~、捌けませんよねぇ~?」

 

 ──『赤色の宣教団』。

 

 枢機卿の一人であるアヴァターラの手足であり、この作戦では左翼の護衛を任されていた精鋭中の精鋭。各々の特性を発現させ、彼らは一斉にシドへと襲い掛かった。

 

「クカッ! 違いない」

 

 右から“ヤマビルの出血毒”が塗られたナイフ、左から“ハンミョウの大顎”。両側から迫る二つの攻撃を左右の腕で止め、完全に無防備となったシドへ“マウイイワスナギンチャクの猛毒”を発現させた男が迫る。

 

「──()()()()()()

 

 シドが笑った、次の瞬間。その口から放たれた声が、正面に立つ男の臓腑を破壊した。

 

「( ゚д゚)・:∴ゴフッ!!」

 

「ッ、な──!?」

 

「“左足”!?」

 

 対処不能であるはずの挟撃が防がれた。その一瞬の隙をシドは見逃さない。彼は両腕を脱力し、あえて鍔迫り合いの均衡を崩した。

 

「っ!」

 

「しまっ──」

 

 勢いあまって、首を差し出すかのように前のめりとなる左右の教徒二人。その首を両腕の刃で斬り落とすと、シドはもう一度超音波を放った。その一撃は、先ほど殺した正面の男を大男に向かって突き飛ばし。

 

「ッ、なにっ──!?」

 

 大男は阿修羅さながらに展開していた“ヒガサウミシダの腕”で、その死体に触れてしまう──人間大になった、生物界最強と悪名高い猛毒生物の死体へと。

 

「が、っひゅ、おご、ぼご……!」

 

 変化はすぐに表れた。致死量を優に上回る量の猛毒を体内へと流し込まれた大男は泡を吹き、もがき苦しみながら倒れ込む。再生能力など、何の意味もない。今の彼にできることは、苦しみながら死を待つことだけ。バタバタと無数の腕をもがかせる大男から視線を離し、シドは言う。

 

「次」

 

 獲物を探す猛禽さながら、彼は周囲を見回した。次なる餌食となることを恐れ、眼光に射すくめられた者たちが後ずさる。そんな中、一人の男が群集の中から自ら歩み出た。

 

「……素晴らしい」

 

 パチ、パチと拍手の音を響かせながら歩み出たのは、口ひげを生やした肥満体の男だった。その姿にどこか見覚えのあったシドが記憶の中からその正体を探り当てたのと、その答え合わせが行われたのはほぼ同時だった。

 

「ロドリゲス卿……!」

 

 教団の中でも数少ない一般の出の幹部にして、この左翼軍の副将。その登場に、教徒たちの間にどよめきが広がる。

 

「誰かと思えばゴム人形(いつぞや)の……実在したのか」

 

 一方シドは、三年前の痛し痒しの折、エドガーの執務室のゴミ箱に捨てられていた妙にリアルなおしゃべりロドリゲス君(ゴム人形)を思い出し、微妙な表情を浮かべた。

 

「『赤色の宣教団』をこうも容易く屠ってしまうとは。この期に及んでなお、我々の認識が甘かったという他ありますまい。その類まれな心身の精強さ……ともすれば、貴方が我々の探し求めていた『神の卵』なのやもしれませんなぁ」

 

 説法を説くような落ち着いた声音に、浮足立っていた教徒たちは幾分落ち着きを取り戻す。

 

 ロドリゲスはその鈍重な見た目に反し、上級司祭の中でも武闘派で鳴らす実力者。しかも今回の作戦にあたって追加のMO手術を受け、今や彼の戦闘力は教団内でも枢機卿に次ぐと聞いている。現に彼が姿を現してから、あれほど暴れまわっていたシドが攻撃の手を止めた。

 

 ──彼ならば、いけるのではないか? 

 

 猛獣の如き騎士によるこの地獄のような狩りを、終わらせてくれるのではないか。そんな期待と共に、教徒たちは相対する二人を食い入るように見つめる。

 

「その行く末が神へと続いているものか、見定めさせていただきましょう──オリヴィエ様より新たに賜った、この力で」

 

 刹那、彼の姿が掻き消えた。

 

「!」

 

 シドが反射的に、大きく真横へ飛び退く。その直後、彼が立っていた空間を、巨大な物体が豪速で通過する。

 

「おお、素晴らしい……! 今の一撃を躱すとは……」

 

 感極まったようなその声は、シドの後方から響いた。

 

「ですが、貴方も所詮はその程度ということでしょうなぁ」

 

 振り向いたシドの目に映ったのは、いつの間にか彼の後方へと移動していたロドリゲス。彼は嘲笑と共に、猛獣の如き騎士へと告げる。

 

「残念でなりません。どうやら貴方もまた、神へ至る器ではないようで」

 

 

 

セシリオ・ロドリゲス

”アポリエール家『上級司祭』”

αMO手術ベース”細菌型”

―■■■■・■■■―

MO手術ベース”細菌型”

―ブデロビブリオ―

 

 

 

「可能性なき、憐れな子羊よ……その魂に、救いあれ!」

 

 いかにも慈悲深く告げたロドリゲスは、再びシドへと高速で突進する。それも躱されれば、その先の壁や地面を足場に再び跳躍し、標的へと跳ね返る。その繰り返しで紡がれる怒涛の連撃は、まるでピンボールのようだった。

 

 ──“ブデロビブリオ”。

 

 グラム陰性細菌と呼ばれるこの生物は、“体当たり”という一風変わった方法で他の細菌を捕食する。

 

 彼らが獲物を見つけて突進する速度は凄まじく、1秒間のうちに体長の100倍以上の距離を移動する。

 そしてこの特性が、もしも身長172cm、体重113kgというロドリゲスの体に適用されたのなら……その体は時速619km(マッハ0.51)という速度で敵を轢き殺す、凶悪な肉弾戦車と化すだろう。

 

「クカッ、速いな。直線での移動速度はテラフォーマー以上か」

 

「その余裕がいつまで続くものか、見物ですなぁ!」

 

 楽し気に喉を鳴らし、攻撃を躱し続けるシド。それに対し、縦横無尽に跳ね回りながら圧倒的な速度と手数で追撃を続けるロドリゲス。

 

 一見すると拮抗しているかのように見えたその戦い。しかしその幕切れは、意外にもあっけないものだった。

 

「……どうした? シェイプアップはもう終わりか?」

 

「ぜェ……はァ……」

 

 シドの言葉に、ロドリゲスは答えられなかった。声を発そうにも、酸素と休息を求める体が言うことを聞かなかったからだ。

 

「多少は楽しめると思ったのだがな。興覚め極まりない」

 

「ゼヒュ……馬、鹿な……ハァ……!」

 

 息を荒げ汗に塗れ膝をつくロドリゲスが、つまらなそうなシドにようやく言えたのはその一言だけだった。

 

 ──スタミナ切れ。

 

 なんのことはない、ペース配分を度外視した攻勢がもたらした、ある意味当然の帰結。

 

(いや、違う! 普通ならこうなる前に、とっくに勝負はついている!)

 

 しかし当事者であるロドリゲスにとって、それは俄かには受け入れがたい事実だった。息を荒げ、大量の汗を流しながら、彼はシドを凝視する。

 

(新幹線の二倍近い速度で、前後左右から絶え間なく狙い続けているのだぞ!? この男、なぜここまで──)

 

「なぜここまで的確に躱せる、とでも言いたそうな顔だな」

 

「!!」

 

 内心の疑問を言い当てられ、ぎょっとしたように身を固めるロドリゲス。そんな彼に、シドはその答えを口にする。

 

「なんのことはない。高速で動き回る敵とは、以前も交戦したことがあるのでな」

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、3年前にアメリカで起こった『痛し痒し』の件。そしてその作戦行動中に会敵した『白の女王(クイーン)』ことエメラダ・バートリーの姿。

 

エメラダ()の方が速かった。お前よりもな」

 

 人間大になったヒトスジシマカの移動速度は時速667km。ブデロビブリオの手術を受けたロドリゲスの攻撃速度を上回る。

 

「加えて奴の場合は上下からの奇襲も警戒する必要があり、攻撃は一刺しで即死しかねない殺傷力があった。あれに比べれば、貴様のそれはお遊戯同然。捌けんわけがないだろう」

 

「おお……おおおォ……!」

 

 ロドリゲスの顔が怒りで赤くなる。屈辱のあまりその体は震え、振動で顎の下の贅肉がブルブルと波打った。

 

「……よろしい。ならば、お遊戯はここまでといたしましょう……!」

 

 多少なり息が整ったロドリゲスはゆっくりと立ち上り、そして勢いよく走りだした。ブデロビブリオの高速跳躍ではない。あえて自らの足で大地を踏みしめながら、ロドリゲスはシドへと突っ込む。

 

「刮目せよ! これが私の、真の力ッッ!」

 

 それを迎え撃たんとシドが腰を落した瞬間、ロドリゲスの腹部がぼこぼこと蠢き──彼の太古腹を突き破って、数本の槍状の器官が飛び出した。

 注射針を彷彿とさせる中空の構造体。およそ生物の一器官とは思えない無機質な魔槍が、標的を貫く穂先となってシドへと襲い掛かる。

 

 そしてダメ押しに、シドの間合いの外周より数m先で、ロドリゲスは再びブデロビブリオの特性を使う。先ほどまでと違い、今度はシドの回避が間に合わない距離だ。

 

 ──至近距離での時速619kmという速さのタックル。

 

 ──予期せぬ箇所から飛び出した複数の槍による刺突。

 

 ──113kgという全体重をかけた押し潰し。

 

「クカッ! まったく──」

 

 避けることも、受け止めることも能わない死の攻撃。それに対してシドがとった行動は。

 

 

 

 

 

「──なぜお前たちは、誰も彼も腹から槍を出したがるんだ?」

 

 

 

 

 

 ──()()()()だった。

 

()ッ!」

 

 攻撃の拍子に呼吸を合わせ、ロドリゲスの槍をガッチリと掴む。そのままシドは体を引きながら捻り、突進の威力を味方につけてロドリゲスの巨躯を投げ飛ばす。

 

「は──?」

 

 ロドリゲスの視界が180°回転する。背中から伝わる衝撃。それを知覚する頃には、彼の体は仰向けで地面の上に転がっていた。

 

「こちらとしては掴みやすくて助かるがな」

 

 埃を払うように手を叩きながら、シドは言う。

 

「悪いが()()()()()()()()()。付け加えるなら、ルイス(坊ちゃん)の方が鋭かった」

 

「なッ、おゴっ!?」

 

 自らに起きたことをようやく把握し、起き上がろうとするロドリゲス。だが、その行動は遅すぎた。すかさず馬乗りになったシドは、体内へ引き戻されようとしている槍のすべてを脚で押さえつけ、ロドリゲスの顔面を鷲掴みにする。

 

「ほ……お慈悲(ほひひ)を……!」

 

「クカカカッ! 笑わせる」

 

 最早彼にできることと言えば、涙目で命乞いをするくらいのもの。猛獣の如き騎士は尖った歯を剝き出しにして笑った。

 

 

 

「──最強の獣(リヴァイアサン)に、慈悲などあるものか」

 

 

 

 シドの腕から伝導した衝撃波が、ロドリゲスの頭蓋を破裂させる。太った修道士は一度だけびくりと体を痙攣させ、そのまま動かなくなった。

 

「さて……」

 

 立ち上がったシドは首を鳴らし、平淡な声で告げる。

 

「──次」

 

「あ、あぁ……ッ!」

 

 その一言が、最後の一押しとなった。生き残っていた左翼軍は、今度こそ完全に恐慌状態に陥った。

 

「う、うわああああああああ!」

 

「あ、あああぁ! お助けをっ! お助けをぉおお!?」

 

「は、話が違う! こんな怪物がいるなど、聞いていないぞ!」

 

 総崩れとなり逃げ惑う教徒たち。最早彼らの頭からは信仰も救済も、略奪も凌辱も消えている。そこにあるのはただ「死にたくない」「この地獄から抜け出したい」という、あまりにもささやかな願い。

 

「クカカカカ! そら、走れ走れ! この俺から、逃げられるものならば!」

 

 しかし当然ながら、『騎士』の中で最も冷酷かつ残忍と称されるシド・クロムウェルが、それを聞き届けるはずもなく。

 

 彼らの命は、これまで彼らが弄んできた無数の被害者たちと同じように、次々とかき消されていく。

 

 ある者は凶刃で体を切り裂かれた。またある者は超音波で体を破壊された。運よく魔の手を逃れ路地裏に逃げ込んだものは、事前にシドが仕掛けておいたブービートラップや地雷によって一人残らず始末されていく。

 

「ひっ……!」

 

 また一人、シドの手にかかった教徒が斃れた。その血を顔に浴び、呆然と立ち尽くしていた神父服の中年男性は我に返る。幸運なことに彼は、ここまで棒立ちだったにも関わらず未だシドの目には留まっていなかった……あるいは抵抗する者や逃走する者に比べて優先順位が低く、単に見逃されていただけなのかもしれないが。いずれにせよ、今や死者の方が多くなった左翼軍において、彼は数少ない生者の一人であった。

 

「はっ、はっ……!」

 

 しかし、彼が死者側に加わるのもまた時間の問題。教団内で派閥抗争や利権の奪い合いに時間を費やし、己を鍛えず手術も受けていない彼では「戦闘」を選ぼうと「逃走」を選ぼうと、その先に待つのは死という末路のみ。

 

「らッ、ラシェル卿!」

 

 故に彼は「縋る」という第三の選択肢をとった。

 

 眼前の脅威に背を向けた、駆ける出した神父の先には、一人の女性が静かにたたずんでいた。豊かな金の長髪をベールで覆い、アレクシア同様その身に修道服を纏った彼女は、彼の姿に目を丸くする。

 

「まぁ、アッツォ神父」

 

「お助けください! どうか、どうか私をお守りください!」

 

 神父と修道女。一般的な感性から見れば、立場が下と思われるはずの女性──ラシェルに、神父は必死で訴える。その表情は恥も外聞もなく、恐怖から来る涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 

「やはり無謀だった! あのような怪物、我々では勝てるはずもない! なにとぞ、なにとぞッ……!」

 

 ラシェルは一瞬、その言葉に耳を傾けて。その直後、ある事実に気付いた彼女は微かに表情を曇らせる。

 

「もしかして……怖いのですか?」

 

「当たり前でしょうッッ!!」

 

 命の危機に余裕をなくした神父は表情を一転させる。号泣しながらラシェルの服の裾に縋り付いていた彼は勢いよく立ち上がると、今度は憤怒の形相でラシェルの胸倉を掴む。

 

「あのロドリゲス卿が、歯も立たずに殺される相手ですぞ!? 恐ろしくないはずがない!? いいから早く、奴を──」

 

 だが、神父は気づかない。眼前の脅威に気を取られ、ヒステリーに陥り、戦場から逃げることしか頭にない彼が、気付くことはなかった。

 

 ──自らが返した答えを聞き、ラシェルが纏う空気が明らかに変わったことに。

 

「いけませんッ!」

 

「あがっ!?」

 

 怒声と共に、彼女は神父の口に手を突っ込んだ。突然の行動と口内の異物感に目を白黒させる彼に、ラシェルは言う。

 

「怯えるのはよくないことです。笑顔ですよ、神父。もっともっと、笑ってください。そうすればきっと、楽しい気持ちになれますから」

 

「お、お待ひ、くら……ギッ、あガ……!」

 

 ミチミチ、ブチブチ。

 

 そんな怖気の走るような肉の断裂音と共に、神父の口が()()()()()()()()()()()。それを成しているのは他でもない、彼の口内へと突っ込まれたラシェルの腕。しかしその形状は、先ほどまでの嫋やかなものではない。

 

 ──灰と黒の縞模様に象られた、禍々しさを感じさせる大鎌。

 

 両腕が変じて作られたそれは、明らかに殺傷用。処刑人の斬首剣かギロチンの刃を彷彿とさせる禍々しさを孕んでいた。

 

「ぱひゃっ」

 

 そしてその凶器は、遂に神父の頬を内側から完全に裂いた。解放と同時、空気が抜けるような呻きと共に神父が倒れ込む。

 

「怒り、悲しみ。よくない感情です。恐怖なんて、以ての外ですよ。幸せな感情が、逃げてしまいますから」

 

 そんな彼の顔を覗き込むと、ラシェルは「ああ、良かったぁ」と独り言ちる。

 

()()()()()()()()()()()()、アッツォ神父」

 

 血にまみれた両腕の鎌をしゃり、しゃりとこすり合わせながら彼女は慈愛に満ちた表情でほほ笑む。

 

 顎が思い切り引き裂かれ、だらりと締まりなく開いている神父の顔。その表情は口元だけを見れば、確かに笑っているように見えなくもなかった。

 

 

 

ラシェル・カルテジア・アポリエール

“アポリエール家『赤色の枢機卿』”

αMO手術ベース”昆虫型”

―ダブルシールドマンティス―

MO手術ベース”寄生生物型”

―ハリガネムシ―

 

 

 

「クカッ! 噂の聖躯(ホスチア)か。最後の最後に大物が残っていたらしい」

 

 痛みにのたうち回りながらも、なんとか這いずってこの場から逃走しようとする神父。その首を一刀の下に刎ね飛ばし、シドは口角を釣り上げる。

 

「お初に、“ラシェル・カルテジア・アポリエール”。いい夜だな」

 

「ええ、とっても」

 

 にこやかに返答したラシェルは、どこか不思議そうに小首をかしげてシドを見やる。

 

「私のことをご存じで?」

 

「ああ、そちらの主だった戦力の情報は軒並み頭に入れてある」

 

 そこで一度言葉を切ったシドは「と言っても」と付け加えた。

 

「お前についてはわざわざインプットするまでもなかったが」

 

 この数年のうちに裏の世界に急速に知れ渡ったその悪名と所業を、彼は幾度となく耳にしている。

 

 曰く、その女は武装した兵士数十名を単騎で抹殺する実力を持つ。

 

 曰く、その女の腕は死神の如き鎌を形作っている。

 

 曰く、その女に殺された者は必ず口を引き裂かれ、死体は『笑顔』になっている。

 

 人間は理解できない物を恐れ、忌避する。殺し殺されが日常茶飯事の社会においてさえ、その猟奇的な行動の意味を真に理解できるものはいない。故にラシェルの名は、猟奇に駆られた死神として知られていた。

 

「まさか、ここで出くわすとはな」

 

「……辛いご気分なのですか?」

 

 その言い草に、どこか悲し気に尋ねるラシェル。しかしそれに対し、シドは「いいや」と首を横に振った。

 

「むしろ最高の気分だ。割り当てを聞いた時には外れを引いたと思ったものだが……こうしてお前に会えた」

 

「まぁ! 情熱的ですね」

 

 薄っすらと頬を赤らめるラシェル。両腕の鎌をすり合わせるスピードが、心なし早くなった。

 

「そういうあなたも、私たちの間ではとっても有名人さんですよ。“シド・クロムウェル”さん」

 

「ほう! かの聖躯にご記憶いただけているとは、光栄だな」

 

 笑顔を向けるラシェルに、シドはシニカルに言う。

 

「カルトどもの間で、俺がどう噂されているのかは気になるところだ」

 

「『この聖戦の引き金』。あるいは……『アポリエール家三度目の悲劇』と」

 

「クカカ! なるほど」

 

 あまりにも心当たりのある言葉に、シドは思わず笑いをこぼした。

 

「大袈裟なことだ。俺がしたことと言えば、ただ少しばかりプログラムを書き換えただけだというのにな」

 

 

 

 

 

 ──ことの発端は、一か月前に遡る。

 

『シド・クロムウェル。貴様にはこれから月へ行ってもらう』

 

『ほう? これはまた愉快な無茶ぶりだな』

 

 1年ほど前に獄中から解放されて以来、シドはエドガーの命を受け、いずれ来る槍の一族との決戦に備えた任務をこなしていた。

 今回、彼が呼び出されたのもその一環。それ自体はシドにとっても想定の範疇であり、不満もない。しかしエドガーが告げた内容はこれまでの任務とある種一線を画し、想定を超えて突拍子もないものだった。

 

『で、俺は何をすればいい?』

 

『カルトどもの首魁の居場所を、対外治安総局(DGSE)が突き止めた』

 

 手渡された資料にシドは目を通す。そこに記してあったのはある人物の情報だった。

 

 ──ロムアルド・イデア・アポリエール。

 

 アポリエールという分家の当主にして、教団のトップを務める男である。クリップ止めされたその写真を見やれば、そこに映っているのは司教冠を被った祭服の老人の姿。一見すると高位の聖職者然とした装いだが、宝石がはめ込まれた錫杖や過度に絢爛な装飾は、彼の人としての浅はかさを体現しているかのよう。『いかにも俗な生臭坊主』というのが、彼が受けたロムアルドの印象だ。

 

『この男の抹殺が今回の任務か。別に構わんが……資料の通りなら、コイツはゲガルドの傀儡だろう? 今後の戦局に影響を及ぼす可能性は低く、手術を受けている様子もない。この局面で、わざわざ始末するほどの価値があるとも思えんが』

 

『そうだ。貴様の言う通り、この男にわざわざ貴様を刺客として送り込むほどの価値はない。真に価値があるのは、奴が握っている代物の方でな』

 

『その代物とは?』

 

 好奇心に片眉を上げて見せるシドに、エドガーは言葉を続ける。

 

『“システマ・セレーネ”。数百年前、一族が『武力による世界秩序』の達成を目的として考案した戦略兵器だ。既存の防衛システムを搔い潜る機動ミサイルを、月面の発射基地から地球のどこへでも撃ち込める……いわば、この星にいる限り常に迎撃不能の爆撃機に制空権を取られ続けるようなものでな』

 

『クカカカ! なるほど、文字通り天の裁きというわけだ。血は争えんな。どうも貴公の傲慢さと物騒さは、ご先祖様譲りらしい』

 

『減らず口を叩くな、愚民め』

 

 シドの言い草にエドガーは憮然と鼻を鳴らす。

 

『構想だけの兵器と聞いていたが、どうやら奴らが持っていたらしい。大事に保管していたのか、わざわざ開発して輸送したのかは知らんが……さすがにパリごと核弾頭で消し飛ばされては敵わん』

 

『なるほど、読めてきた。つまり今回の俺の任務は、この()()()()()の対処というわけだ』

 

 紙面を指で弾きながらシドが言えば、エドガーが「その通りだ」と頷く。

 

『我が騎士、シド・クロムウェルに命じる。“システマ・セレーネ”のコントロールを奪取し、敵方へ撃ち込め。身の程も弁えん不愉快なカルトの親玉も、()()()()始末しておけ……おそらくこの作戦が、奴らとの戦端を開く最後の一手になるだろう』

 

『委細承知した。吉報を待つがいい、新聞でも読みながら。週末の朝刊には、任務の成否が載るだろうよ』

 

 そして小型の宇宙飛行艇を使いシドは単身、アポリエールの月面基地へと乗り込んだ。彼の予想に反し、信徒や警備システムによる抵抗は特になかった……というより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『フン、コソ泥が入り込んだか』

 

 その空間において特筆すべきものは、僅かに二つ。

 

 一つ、アポリエールの教皇”ロムアルド・イデア・アポリエール”。写真で確認した通りの風貌だが、その頭や背からは無数にコードが伸び、彼の座す玉座のような装置へと繋げられていた。

 

 二つ、彼を世話する機械のアーム。ロムアルドの衣装を正したかと思えば、彼の口元へ栄養食を運びと、クリーンな稼働音と共に甲斐甲斐しく彼を介護している。

 

 それ以外には一切の物がない実験室のような、ひどく殺風景な空間。この生臭坊主は断捨離にでも目覚めたのだろうか? 引退して余生を過ごすには慎ましすぎるが……などと益体もないことを考えるシドに、この空間の主たるロムアルドは余裕を崩さず告げる。

 

『我が財が目的か? 無理もない。ここにある家具や宝石、芸術品……どれも貴様のような者は、一生お目にかかれないものばかりだ』

 

『……?』

 

 シドは首をかしげる。それらしきものは、この部屋に何一つ存在しない。

 

『それとも私の命か? 確かに私は、今やゲガルドすら手中に治めた。この地位にとって代われば、それらを己が物にできると考えたか? だとすれば、浅はかなことだ』

 

『……??』

 

 初耳である。どうやら知らぬ間に、ゲガルドとアポリエールは立場が逆転していたらしい。

 

『もっとも、どちらであろうと関係ない。貴様がここから生きて出ることはないのだからな』

 

 色々と衝撃的な発言を一方的に切り上げると、ロムアルドは玉座のひじ掛けのカバーを外す。その中から現れたのは、いくつかのボタンだった。

 

『死ぬがいい。貴様の悲鳴を、この酒の肴としてやろう』

 

 紙コップに注がれた、生理食塩水。アームから手渡されたそれを、あたかも美酒で満たされた金杯であるかのように掲げると、ロムアルドはボタンを押した。

 

 ボタンを押して、そして……何も、起こらなかった。

 

『……なに?』

 

 怪訝そうに顔をしかめ、ロムアルドが改めてボタンを押す。やはり何も起こらない。衛兵がなだれ込んでくることも、最新鋭の防衛設備が稼働することもない。

 

『な、なぜだっ!?』

 

 目を見開いた彼の表情から余裕の色が消え、俄かに焦燥の色が浮かび上がる。

 

『なぜ誰も来ない!? エドヴァルド! アレクシス! ペトリ! 誰か、誰か!!』

 

『いるはずないだろう、こんな狭い空間に……と、認知が狂っているお前に言っても無駄か』

 

 概ね事情を理解したシドが呆れたような、どこか憐れむような声で言う。

 

『まぁいい。こちらも暇ではないのでな。さっさと終わらせよう』

 

『なぜだあああああああ!?』

 

 錯乱して叫ぶロムアルドの首をシドは一息に斬り落とした。自らの身に何が起きたのかも分からぬまま逝けたのが、彼にとってせめてもの救いだっただろうか。

 

『俺が言えた義理ではないが……実に趣味の良い連中だ』

 

 血だまりに沈む教皇に背を向けると、シドはミサイルの発射区画へと踏み込む。最早彼を妨げる者はなかった。

 

『任務完了。月での任務という字面に反して、なんともまぁ……』

 

 “システマ・セレーネ”のプログラムを書き換え、予備を含めて僅かに二発分だけ用意されていた核弾頭を発射すると、シドは月面基地を後にした。

 

『……やりがいのない仕事だったな』

 

 そしてこの数分後、アポリエールの教団本部は一面の光に包まれ──

 

 

 

「あの一件で、実に8割近い信徒たちが殉教されました。本来、この部隊の指揮を執るはずだった司教や、上級司祭の方々も含めて」

 

 ──そして、時間は現在へと戻る。

 

「難を逃れたのは、私を含めあの日様々な理由から本部にいなかった者たちだけ。これほどの凶行を成せるのは、エドガー様配下の中でも貴方だけだろうと主が仰せに。生き残った皆様もすっかり怯えてしまって……笑顔を取り戻すのは一苦労でした」

 

「そうか。災難だったな」

 

 他人事のような言葉の裏に、無理矢理『笑顔』にされただろう信徒たちへの同情を込めつつ、同時にシドは納得する。

 

 対外治安総局からの情報とシド自身が耳にした噂を聞く限り、ラシェルはおよそ統率に向いている人材ではない。にもかかわらず、彼女が左翼の軍の指揮を一任されているのは、彼女が口にした通り純粋な人手不足が原因なのだろう。

 

(本拠地の『神殿』には何かしら対抗札があるだろうと、あえてアポリエールとフィンランドを狙ったが……正解だったな)

 

 表裏アネックス計画以降、様々な勢力の暗躍により大国は衰退し、世界情勢は加速的に悪化している。大真面目に世界の終末が議論され始めたこの世の中で、アポリエールは最早『ニュートン一族の木っ端』と切り捨てられぬほどの力を持ち始めていた。それをまとめて一掃したという事実が、ここにきてフランス側の有利に働いていた。

 

 加えて先ほどの発言から推測するに、もう一発の核弾頭──フィンランドの国会議事堂へと落とした弾頭もまた、目算通りの仕事をしてくれたらしい。

 

 折り悪く(タイミングよく)、その日フィンランドは国会の最中。フィンランド国防軍の防衛作戦も虚しく、“システマ・セレーネ”によって発射された核弾頭は政府高官が一堂に会する国会議事堂を直撃。大統領のサムエル・ハカミエスを筆頭とするゲガルド家のシンパが、少数の善良な政治家や押しかけていた報道陣諸共に消し飛んだのだった。

 

(とまぁ、ここまでが俺が仕事だったわけだが……)

 

 ──その後に起きたことを思い出せば、シドは失笑せずにはいられない。

 

 表向きとはいえ頭を失い国家機能が停止したフィンランドに対し、フランスは()()()()()を実施。政府内へと人員を送り込み、()()()()()()()()()()()。この動きに呼応するように、欧州諸国は相次いでフランスとの協調路線を発表した。

 

 特に熱心に()()()()()に取り組んだのはローマ連邦で、フランスと同規模の支援を実施し()()()()()()()。またイギリスは国家機能が麻痺したフィンランドの軍部・情報部に代わってこの件を調査し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。各国で起きている一連のテロ事件への関与も強く疑われることも併せ、国際社会に警告した。

 

 かくして一致団結した欧州諸国により、その悪業は白日の下に晒された。『ゲガルド』という一族の名は今や広くに知れ渡り、人類社会に巣食う病巣、絵にかいたような世界の敵として、多くの人間から敵視されている。

 

 ──当然、槍の一族にしてみればたまったものではない。

 

 なにしろでっち上げの証拠から、入念に関与の痕跡を消し、表立って追及ができないよう手を回した事案を芋づる式に引っ張り出されたのだ。まともに対処すれば馬鹿を見るが、尻尾を切ろうにも今回はその尻尾が存在しない。

 

 フィンランドという寄生先を奪われ、秘密裏に彼らを支援していた国家や企業からの支援も断たれ、進退窮まった彼らにできることと言えば、乾坤一擲の大勝負に出ることだけ。

 

 つまり兵力を削がれ、補給を断たれ、準備が不完全であることを承知の上で……彼らは決戦の土俵に立たなければならなかった。

 

(統合参謀長殿もえげつない手を考える)

 

 月から帰還した直後に出席した会議でステファニーの口から作戦の全容が語られた時、爆笑するエドガーの隣でシドが抱いた感想は「悪魔かこの女」だった。というか半分くらい口に出た。

 

 しかしどちらが悪か分かったものではないこの作戦も、その有効性に疑う余地はない。現に彼女の推測通り槍の一族は行動を起こし、自分はこうしてカルト狩りにいそしんでいるのだから。

 

「お前もさぞ、はらわたが煮えくり返っているのだろう。俺が憎いか?」

 

「いえいえ、まさか!」

 

 ある意味で挑発ともとれるシドの問いに、しかしラシェルが返したのは慌てたような否定の言葉だった。

 

「憎むだなんて、とんでもない。憎しみは何も生みませんから……憎悪に心を囚われるよりも、笑顔で日々を過ごす方が有意義。そうは思いませんか?」

 

「違いない」

 

 聖職者然と微笑みかけるラシェルの言に同意し、シドが「では」と切り出す。

 

「ここは一つ、俺が更に笑顔になるために協力してもらうとしよう」

 

「もちろんです。私にできることであれば、なんでも仰ってください」

 

 ラシェルの返答にシドは口角を釣り上げ、両腕から生えた”リヴィアタン・メルビレイの刃”を構える。

 

 

 

 

 

「俺と踊ってくれ。この戦場の、生と死の狭間で」

 

「ええ、喜んで」

 

 

 

 

 

 ──両者共に刃の届かぬ間合いにあって、先手を取ったのはシドだった。

 

 彼は体内に形成されたメロン器官から、ラシェル目掛けてソニックビームを撃つ。この特性は基盤となった原生種“マッコウクジラ”の時点で、テラフォーマーを一撃で戦闘不能に追い込む威力を持つ。当然、その発展形であるリヴィアタン・メルビレイには、更に強化が施されている。

 

 直撃すれば肉体が弾け飛ぶ、魔王の凱歌。これに耐えるには甲殻型のような頑丈さか、逆に軟体動物型のような柔軟さが不可欠。

 

 しかしラシェルがとった選択肢は『防御』でも『回避』でもなく……『迎撃』だった。

 

「まぁ、綺麗な歌声ですね」

 

 灰と黒に彩られた右の大鎌で、彼女は()()()()()()()()。振動する大気中の一点に刃を差し込み、音の波形を変えることで彼女は砲撃を霧散させる。

 

 人並外れた絶技を可能としたのは、ラシェルの人間離れした身体能力。その鋭敏な聴覚は、自らに迫る不可視の破壊の輪郭を正確にとらえていた。

 

「お歌がお好きなんですか?」

 

「!」

 

 ラシェルはシドの顔を()()()()()()()告げる。懐に入り込まれた──シドが知覚した瞬間、その眼前には鎌が迫っていた。

 

「チッ!」

 

 どこか楽し気に舌打ちをしたシドは、両腕の刃を交差させてラシェルの攻撃を防ぐ。片腕であるにも関わらず、彼女の一撃は重い。鍔迫り合いに僅かに押し負けた代償に、シドの頬には鎌の尖端が食い込んだ。傷口からあふれた血は筋となり、その切っ先を伝う。

 

「防ぎますか。なら、こちらはどうでしょう?」

 

 完全に無防備となったシドの脇腹を目掛けて、左の大鎌が振るわれる。防御は不可能と判断し、シドはバック転の要領で強引にそれを回避する──

 

「フンッ!」

 

 ──のみならず。

 

 その勢いを利用したサマーソルトキックをラシェルへと見舞う。完全な不意打ちの拍子で放たれたそれを、しかしラシェルは涼しい表情で躱し。

 

「!」

 

 直後、顔を打たれたかのように大きく体を仰け反らせた。シドの足裏から放たれた衝撃波が、ラシェルの頭部へ命中したのだ。完全に不意を突かれながらも、ラシェルは追撃の斬り込みを器用に避け、そのまま飛び退いて間合いを取り直す。

 

「……あら、お見苦しいところを」

 

 目を丸くしたラシェルの鼻から、鼻血がツゥと垂れる。鎌の背でそれをぬぐうと、ラシェルはシドへと目を向ける。

 

「驚きました。まさか、そんなところからも音波を出せるなんて」

 

「クカッ! 鍛えているからな」

 

「まぁ、そうでしたか」

 

 鈴のように笑うラシェル。彼女を油断なく見据えながら、シドは言葉をつづける。

 

「しかし、こうも平然としているのは予想外だ。俺の計算では、今頃お前の頭は爆ぜているはずだったんだがな」

 

「うふふ。鍛えておりますので」

 

「そうか」

 

 頬を伝う血を舌で舐めとり、闘争本能をむき出しにしたシドが笑う。

 

「良いな、お前。どうやら俺は、久方ぶりに殺し甲斐のある”敵”に出会えたらしい」

 

「うふふ、とっても素敵な笑顔。そう言っていただけると、私も嬉しくなってきます」

 

 柔らかに口角を上げ、ラシェルもまたうっとりと笑う。

 

「もっとよく見せてください。あなたのそのお顔を」

 

 聖女が告げると同時、両腕が変じて象られた彼女の大鎌は黒く、黒く、漆黒に染め上げられていき、その硬度を極限まで高めた。

 

「ああ、嫌というほどに見せてやろうとも。よく焼き付けておけ」

 

 騎士が答える。それと同時、両腕に生じた双刃は超音波によって小さく鳴動し、その切れ味を研ぎ澄ましていく。

 

 ──夜の帳が下りたパリの市街地。

 

 怪物同士の殺し合いの幕は、こうして静かにあがった。

 

 

 

※※※

 

 

 

 ──同時刻、パリ東地区。

 

「……素晴らしい」

 

 無数の弾丸が敵から放たれる。迫る鉛の雨を巧みに躱しながら、彼は呟く。

 

「素晴らしい……!」

 

 投擲されたグレネードが炸裂する。飛び散る鉄の礫を無数の盾で弾きながら、彼は口走る。

 

「素晴らしい!!」

 

 陣形を崩すため、無尽の刃を振るう。それをシールドで防がれ、あまつさえ反撃に振るわれたそれに押し返され、彼は──アヴァターラ・コギト・アポリエールは、感極まって叫んだ。

 

 ──槍の一族、右翼軍。

 

 この軍を構成するのは、アヴァターラただ一人。他二つの軍に比べても特殊な部隊の編制となっている理由は、彼がその身に宿したベース生物の特異性にあった。

 

 古今東西、格闘技のような『試合』でもない限り、規模の大小に関わらず戦闘の際には避けては通れない命題がある。

 

 Q.自軍に対し、敵軍の規模が圧倒的に多い。どうすべきか? 

 

 これに対し、歴史上多くの軍人たちはそれぞれの解を示してきた。

 

 A. 敵の大将を叩く。

 A. 撤退し体勢を立て直す。

 A. 奇策を以て数的不利を覆す。

 A. 防戦に徹し援軍の到着を待つ。

 

 などがその典型的な例。一方、MO手術の技術が確立した27世紀の地球において、槍の一族はこの問題に対して、全く別の答えを導き出していた。

 

 

 

 ──A. 自分が増える。

 

 

 

 それを聞いた多くの人間は「何を馬鹿な」と失笑することだろう。あるいは、それができれば苦労はしないと呆れかえるかもしれない。

 

 だが、それは所詮人間の尺度での話。

 

『己を増やす』ことを可能とする生物は、自然界に数多く存在する。例えばゾウリムシの分裂、例えば植物の栄養生殖──そして “出芽”。

 

 親の体のある部分から子の体ができ、ある程度まで成長すると親から切り離されて独立する。ホヤやクラゲによくみられる生殖方法だが、これをより原始的な態様で成す生物がいる。

 

 αMO手術ベース“カラクサシリス”──多毛綱シリス科に属する、ゴカイの一種。

 

 彼らはあたかも木が幹から枝を伸ばすように、()()()()()()()()()()()()()()()()。驚くべきことに、この分岐した胴体はそこから更に別の胴体を生やすこともできる。これを繰り返すうち、彼らの姿は唐草模様のような形を象っていく。故に“カラクサ”シリス。

 

 こうして親個体から生えた『子』は、繁殖期が来ると遊泳個体(ストロン)となって本体から分離。目や触角、脳を形成して動き回り、放精放卵を行うことで子孫を増やす『ストロナイゼーション』という独自の繁殖方法を行うという。この特性に槍の一族は目を付けた。

 

 ──もしもこの遊泳個体たちを、部隊として運用できたのなら? 

 

 生産には、莫大な栄養分を必要とするだろう。だが、逆に言えばそれだけ。たったそれだけのコストで、無限に等しい兵力が手に入る。

 

 まさに、『個にして()』。

 

 アヴァターラに随伴する兵がいないのは、彼へのあてつけでも、フランスへの侮りでもない。単に()()()()()()()()()である。

 

 そう、必要がない。カニの軍人100人も、デンキウナギの工作員100人も必要ない。カラクサシリスの指揮官が1人いれば、それだけで『デカいやつが強い』に並ぶ戦闘の大原則『多い方が強い』という条件を味方にできてしまう。

 

 しかもアヴァターラはMO手術を複数回受けることで特性を大幅に強化しており、白兵戦でも隙がない。現に彼は3年前の一件で、裏アネックスの幹部一名とアークの潜入員一名と交戦し、彼らを正面から退けている。

 

 オリヴィエ直属の特殊作戦群“エインヘリャル”──その上位戦闘員の中でも更に上澄みの実力者と同等の強さを持つ人員。だからこそアヴァターラはただ一人右翼を任され、単身でフランス軍が陣取るパリ東地区からエリゼ宮殿への侵攻を始めたのだが……。

 

「ああ、今日ほど自分の語彙の少なさを恨めしく思ったことはない! この感動を表す言葉が見つからないんだ! まさか──」

 

 興奮したようにまくし立てていたアヴァターラ。その下顎より上が、展開した盾の隙間を巧みに縫った狙撃によって爆ぜた。

 

 アヴァターラは一瞬だけ体を強張らせるが倒れることはなく、すぐに頭部が再生する。そして彼は、常人ならば即死していたようなダメージにも無頓着で、言葉を続けた。

 

「──まさか、()()()()()()()()()()()()()()、俺と救済の使徒をここまで押しとどめるなんて!」

 

 大仰に手を広げるアヴァターラ。虹色の法衣を纏う彼の眼前に立ちはだかったのは、200人ほどのフランス共和国の軍人たち。機銃や防弾シールド、そのほか最新鋭の装備で身を固めている彼らだが、それ以外に特筆すべき点が二つある。

 

 第一に、彼らはMO手術を受けていないこと。厳密には手術を受けている兵士自体はいるが、彼らは作戦の都合で前衛には出ず後列にて待機中。少なくとも、今の段階では誰も人為変態を行っていない。

 

 第二に、彼らの大半が訓練を終えてから間もない、あるいは軍人としての経験がせいぜい2~3年程度の若手であるということ。ベテランと呼べる軍人は各班の班長クラスの人間のみ。

 

 本来アヴァターラと彼が率いる1000は下らない怪物から成る右翼軍を押しとどめられるような戦力ではないことは、言うまでもない。展開した戦線が崩壊するまで1分かそれ未満、5分も保てば奇跡。それほどの戦力差がそこにはあったはずだった。

 

 だが、実際はどうか。この東地区で戦端が開かれてから30分もの時間が経過してなお、フランス兵による戦線は堅調に維持されている──どころか、僅かにアヴァターラを押し返し始めてさえいた。

 

 しかも戦場には無数の怪物たちの死体が転がっているが、そこにフランス兵のものは混ざっていない。それが意味するのは、彼らがここまで一人の犠牲者も出さずに戦い続けているという事実。

 

 まさに大戦果。彼らがそれを成しえたのは無論、護国の覚悟や日頃の鍛錬の賜物であることに間違いはないが……何より、陣頭指揮を執る指揮官が優秀であったからに他ならない。

 

「A班撃ち方始め。奴に再生の隙を与えるな」

 

 機械のように平淡な声が、指示を紡ぐ。それを受けて10名ほどの兵士たちが一歩前進すると、携行していたアサルトライフル──『対甲殻型10mm低反動銃』の掃射を開始する。金切り声を上げる銃口が吐き出す弾丸は、多くがアヴァターラの触手に展開された“プルムテリスの盾”に阻まれる。

 

 しかしその一部は防御を掻い潜り、盾の付け根にあたる触手やアヴァターラ本体に着弾。すぐに再生するとはいえ、次々と傷を刻んでいく。

 

「ベルレアン伍長、グレネード。目標30m前方、2時の方向から接近する敵5体」

 

「了解!」

 

 次なる指示に、比較的若い兵士が応じる。彼が放ったグレネード弾は3秒後に炸裂し、接近する怪物たちを吹き飛ばす。

 

「バルニエ軍曹、シールドを構えたまま5m前進。B班続け」

 

 その指示に合わせ、防弾シールドを構えた最前列の兵士たちは前進。先ほどまで怪物たちが陣取っていた位置まで、フランス側の前線を僅かに押し上げる。

 

「C班撃ち方止め。クリストフ曹長と共に後退し、弾薬を補給」

 

「モルコ伍長およびD班前へ、撃ち方始め」

 

「E、F、G班は側面を警戒。弾薬は潤沢に使って構わん、敵を徹底的に排除しろ」

 

「H班は物資の状況を細かく把握し、残量が六割を切ったら後方から物資を運搬せよ」

 

「I班、狙撃準備。防御の切れ目を狙い、順次敵の本体を狙撃」

 

 まるでプロ棋士の百面差しが如く矢継ぎ早に、しかし正確無比に指示が下される。兵士たちはただ従うだけでいい。ただそれだけで、徐々に徐々にではあるものの戦況は好転していった。

 

「D班撃ち方止め。A班前へ撃ち方始め。それと……ニール上等兵」

 

「は、はっ!」

 

 まさか名指しで呼ばれるとは思ってなかったのだろう。最前線で戦う兵士たちの後方に控える(温存される)部隊、そこへ配属された新兵の一人が上ずった声で答える。

 

「気持ちは分かるが、逸るなよ」

 

「!」

 

 釘を刺すようなその言葉に、彼は無意識に自分が薬のポーチへと伸ばしていたことに気付く。慌てて手を戻した彼の耳は「他の者もだ」と続く声を聴く。

 

「MO手術で得られるのは、超常の力などではない。所詮は科学の範疇、銃やミサイルと同じただ兵器だ。特性(のうりょく)は人を英雄にすることも、怪物にすることもない。したがって私が貴官らに求める働きも英雄のものではなく、あくまで武装した一兵士としてのもの」

 

 彼女は自らを見つめる兵士たちを一瞥する。

 

「手術を受けた自分が何とかしなければ……などという考えは、今すぐに捨てろ。我らは誇り高きフランス兵。手術を受けていようといまいと、兵士としてこの国を守りたいという想いは皆同じ。それをないがしろにすることは、肩を並べる仲間への侮辱と思え!」

 

「「「「──了解!」」」」

 

 新たな力にどこか驕りがあったもの、その責任に気負いがあったもの。それぞれの内心に違いはあれど、MO手術を受けた兵士たちは一様に気を引き締め直す。

 

「そしてこの前提は、奴にとっても同じこと!」

 

 それを確認した彼女は、視線をアヴァターラへと戻す。

 

「奴は断じて不死身の怪物などではない! 極端に傷の治りが速いだけの人間に過ぎん! ただ付属品が多いだけの、射撃訓練の的と思え!」

 

「ひどい言い草だなぁ」

 

 苦笑するアヴァターラだが、当然そのぼやきに対する回答はない。

 

「忘れるな、諸君。これは勝てる戦いだ」

 

 部隊を手足のごとく操り、物量において数倍の規模の軍勢を相手に、開戦から今に至るまで決して優位を崩さない。神懸かり的な指揮の手腕を見せつけながら、『鋼鉄の薔薇』の異名をとる才女は宣言する。

 

「諸君はただ、いつも通りの実力を発揮するだけでいい──確実に詰めていくぞ」

 

 

 

ステファニー・ローズ

”フランス共和国軍『統合参謀長』”

MO手術ベース ―なし―

 

 

 

「いやはや、素晴らしい演説だった。思わず聞き入ってしまったよ」

 

 一通り聞き届けたアヴァターラが、感想を口にする。何を白々しい、と冷ややかな視線を向けるステファニーに、「ああでも」と彼は言葉をつづけた。

 

「けれど、いいのかい? もしも君らが誇り高い兵士であるというのなら、なおのこと……彼らの立派な志を、守るべきものの血で汚させてしまって」

 

 その言葉が耳に届いた兵士のうち数人が、眉を顰めた。何の話だ、この男は何を言っている? その発言の真意を確かめようと、無意識に耳を傾けてしまう。

 

「フランス兵諸君! どうやらご存知ないようだから、俺からも一つ追加情報を加えさせてもらおう」

 

 それを見抜いたアヴァターラは、その口から滴らせる。

 

「──さっきから君たちが殺している俺の嬰児たち。この子たちはね、皆意識を残したフランスの市民なんだよ」

 

 奮い立つ決意を腐らせる、毒の滴を。

 

「──!」

 

 何を馬鹿な、と顔をしかめる兵士がいた。

 

 ふざけた戯言を、と義憤に駆られる兵士がいた。

 

 微かに驚きを見せながらも、攻撃を緩めない兵士がいた。

 

 そもそも、彼の言葉を聞き取れていない兵士の方が多かった。

 

 彼と対峙する100余名のフランス兵の内、その言葉にアヴァターラが期待した通りの反応を示したのは少人数。

 

「あ、あぁあ……!?」

 

「そ、んな……!」

 

「! おい、撃ち続けろッ! 突破されるぞ!」

 

 だが、アヴァターラの言葉を真実と受け止めたほんの数名の兵士が、銃撃を中断してしまう。こうして手薄となった弾幕は、アヴァターラが付け入るには十分すぎる隙だった。

 

「その鉄壁、破らせてもらおう」

 

 薄く笑った彼の合図で、怪物たちが一斉にその個所へ殺到する。怪物の群れは小さな傷口を押し広げるように、戦線を崩壊させる──

 

 

 

「狼狽えるなッ!」

 

 

 

 ──ことはなかった。

 

 鋭い一喝が、兵士たちに伝播しようとしていた動揺を切り裂く。

 

「ラポルト二等兵、レノー二等兵は後列まで後退! クリストフ曹長、ベルレアン伍長はカバーリングを! 大尉、2分ほど指揮を任せる」

 

 ステファニーは手を止めた新兵を即座に後退させ、特に冷静な二人の兵士を最前列へ投入。自身の副官に一時指揮をゆだねると、彼女は後退させた兵士たちの下へと歩を進める。

 

「両名とも、平気か?」

 

「……統合参謀長」

 

 その声に新兵たちは、魂が抜けたようなしかし泣きそうな顔でステファニーを振り返った。

 

「申し訳ありません、俺……俺たち……」

 

「謝罪は不要。だが、惑わされるな。加工肉に自我など宿らん」

 

 そんな兵士たちに、ステファニーはトーンを落とした冷静な声色で、言って聞かせるように伝える。

 

「ソーセージに豚の意識が残ると思うか? それと同じことだ。もし仮に意識が残っているのだとすれば、殺してやることが慈悲と思え」

 

 新兵たちの顔に幾分の冷静さが戻ったことを確認し、ステファニーは次の言葉を口にする。

 

「お前たちが今期の入隊生の中でも特に情が深いことは、軍学校の教官から聞き及んでいる。だからこそ、付け込まれるな。お前たちの美点が、味方を殺すための道具にされることがあってはならん。いいな?」

 

「「──了解!」」

 

 力強く頷く二人に「よろしい」と返すと、彼女は声を張り上げた。

 

「オランド伍長、11時の方向へグレネード! ラポルト、レノー両名は爆発と同時に持ち場へ戻れ!」

 

 投擲された炸裂弾が、怪物たちを吹き飛ばす。それに合わせて兵士たちは前線へと戻り、再び掃射に加わった。

 

「お見事! 折れかけた闘志を、ああも見事に立て直すとは!」

 

 完全に元の状況にまで押し返された戦線に、アヴァターラは惜しみない喝采を送る。

 

「率直に言って驚いたよ、統合参謀長殿。まさか君の指揮一つで、ここまで押し返されるとは思っていなかった」

 

「……その言葉、訂正してもらおう」

 

 アヴァターラの言葉に、ステファニーは硬い声で答える。

 

「私は特別なことは何もしていない。ただ情報を集め、それを元にいくつかの戦術を考案し、必要なものを準備しただけ。こうして貴様を追い詰めているのは私ではない。他でもない彼らだ」

 

 そう告げたステファニーは、静かに眼鏡の奥からアヴァターラを睨みつけた。

 

「貴様にどのような信仰があろうと、信念があろうと知ったことではない。だが、彼らを侮ることはこの私が許さん。フランスを甘く見るなよ、アヴァターラ・コギト・アポリエール」

 

 平時と変わらず冷徹な言葉の裏に、確かな怒りと熱を込めて。

 

「お前を今日殺すのは、英雄の刃などではない。お前たちが踏みつけにしてきた、どこにでもいる凡人たちの牙だ」

 

「……ああ、そうだな。全くもって、その通りだ」

 

 感じ入るようにその言葉を嚙みしめたアヴァターラは、しずしずと頭を下げる。

 

「謝罪しよう、フランスの兵士たち。そんなつもりは毛頭なかったが、どうやら俺は君たちの覚悟を軽んじていたらしい。だから君たちに敬意を表して……」

 

 アヴァターラが頭を上げる。その顔を見た瞬間、最前列で盾を構えていた兵士たちは気付く。男の纏う空気が、ガラリと変わったことに。

 

「……ここからは俺も全力で行かせてもらおう」

 

 アヴァターラが宣言する。そして次の瞬間、その肉体は大きく変化を始めた。

 

 

 

 ──今から一年と少し前。

 

 U-NASA第四支局所属の小型戦略宇宙艦『星之彩(ほしのあや)』に乗ったアヴァターラは、中国軍の兵士と共に火星へと降り立った。

 

 既に裏表アネックス計画、およびアーク計画は完了しており、各計画の搭乗員たちは火星を飛び去っている。では、なぜわざわざ彼がこの星に来た理由はなぜかと言えば、それはアヴァターラが主であるオリヴィエからの『報酬』を受け取るため他ならない。

 

『ほうほう、これが噂の。なるほど、思った以上に地球化は進んでる』

 

 あたり一面を覆う深緑の苔と、ところどころに露出する赤い大地のコントラスト。その美しい光景に見とれていると、そこへ一匹のテラフォーマーのテラフォーマーが現れた。

 

『ハァイ、ジョージィ!』

 

 赤い外套を纏い、額に『∴』の紋様を持つスキンヘッドの個体。彼はテラフォーマーとは思えないフランクさでにこやかに挨拶すると、中国軍の兵士たちを一瞬にして──アヴァターラですら辛うじて目で追えるほどの速度で、切り捨てた。

 

『う、お──ッ!?』

 

 咄嗟に展開した触手の腕々が、アヴァターラを守るように何重もの盾を構える。その全てを一太刀で切り裂き、更にその一閃がアヴァターラの首を落とすその寸前。テラフォーマーは真紅の刃をピタリと止め、ゆっくりと口を開く。

 

『──Are you Ah゛adara(アバダーラ)?』

 

『……えーと』

 

 まさかの英語だった。

 

 さすがのアヴァターラも、これには困惑は隠せない。そもそも、突然の奇襲からこの状況になるまで、ほんの数秒のできごとなのだ。情報の処理が追いつかないのは当然と言えた。

 

『──Yes. I am Avatara Cogito Apoluere』

 

 とはいえ、そこはアポリエールの枢機卿。すぐに思考を切り替え、彼はテラフォーマーに言う。

 

『Nice to meet you……で通じるかな?』

 

『お、マジぃ? Mise do meed you doo!』

 

『あ、通じた。それはそれとして、訛り凄いね君』

 

 太刀をしまい、友好的に差し出されたテラフォーマーの手をアヴァターラは握り返す。それと同時に、彼は理解する。おそらく、このテラフォーマーこそが()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

ほな行こかー(じょじょ、じょぉーじぎ)

 

 彼に「ついて来い」と仕草で伝えて歩き始めるテラフォーマーに、アヴァターラが続く。時折ジェスチャー交じりの雑談を交わし、人間に無限の可能性を見出しているという点で意気投合しつつ、一時間ほどの時間をかけてたどり着いたのは表向きには一切開拓されていない火星にはおよそ不似合いな、研究施設のような場所だった。

 

『やっほー、アヴァターラくん! 直接会うのは初めてだね!』

 

 そこに待っていたのは、白衣を纏った一人の少年──アダム・ベイリアル。気さくに手を上げた彼は、友人からの紹介客であるアヴァターラを歓待した。

 

『一昨年の痛し痒し(ツークツワンク)、裏方で盛り上げてくれてありがとねー。おかげで楽しいゲームになったよ』

 

『いえいえ。俺はただ、教義を全うしただけさ』

 

『うーんこの謙虚さ、『【S】EVEN SINS』の皆にも見習ってほしいね……さて。それじゃあ来てもらって早々だけど、とりあえずアヴァターラくん入院ね』

 

 ──二年前の『痛し痒し(ツークツワンク)』、その裏側で起こった『盤外戦(マインドゲーム)』。その中でアヴァターラが上げた成果は、槍の一族にとって申し分のないものだった。

 

 その報酬を主であるオリヴィエに問われ、アヴァターラが欲したのは『力』だった。いずれ来る決戦において、より多くの人々に神の道を示せるように。そのために必要な試練と救済を不足なく施せるように、彼はそれを求めた。

 

 しかし既に複数回のMO手術を施されたアヴァターラに対し、これ以上手術を施すことは槍の一族の技術では困難。そこでオリヴィエがアダムに相談し持ち掛け、今回の入院と追加手術が実現したのだった。

 

『まぁ今回のは追加っていうより拡張がメインだけどね。あ、プライドくん麻酔頂戴』

 

『ふむ、拡張というと?』

 

 アヴァターラの問いに、アダムは手渡された麻酔を準備しながら「そのままの意味だよ」と答える。

 

『見てもらった方が早いかな。というわけで、今回料理していくものがこちら!』

 

 手術着を纏ったテラフォーマーが二匹がかりで、やたらと大きな医療用のカートを押してくる。料理番組のような台詞と共に、アダムはそのカートに掛けられたシートを取り払った。

 

 ──小瓶に入った数種類の環形動物。

 

 ──同じく小瓶に入った、数種類の貝類。

 

 ──小瓶には入らなかった人間の死体。

 

 ──花瓶に差さった頭部付きの脊髄(背骨ソード)

 

『オリヴィエ君に頼まれてこうして機会を作ったわけだけど、君の体の空きスロット的に、もう三つも四つもベースを追加するのは僕でもしんどくてね。だからここは更に七、八種類くらいベースを組み込んでみようかなーって』

 

『うーん、なにをいっているのか、よくわからないが』

 

 本気で何を言っているのか分からないという表情のアヴァターラに、アダムは説明する。

 

『要はESMO手術の逆バージョンさ。遺伝子操作で造ったベースを組み込むんじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今回、純粋に追加するベースは1つだけ。それ以外の生物は遺伝子をちょこちょこ入れて、今あるベースを補強してく方針ってこと。ついでに強敵の第二形態はロマンなので、この特性は君が『薬を使った変態』中に『薬を使わない変態』を重ね掛けしたときだけ使える仕様……っていうのが、安価で決まった君の施術方針ね』

 

『安価』

 

『安価は絶対なので、文句は受け付けませーん。『全ての触手に下半身を無限連結して全身ムカデ人間化』とかいう地獄みたいなスナイプが外れただけマシと思ってくださーい』

 

『下半身』

 

 思わず復唱するアヴァターラに、アダムはピッと指を立てる。

 

『ということで、インフォームドコンセント終了! 質問、感想ある? なお異議は受け付けない』

 

『インフォームドコンセントの意味を問いただしたくなる説明だったなぁ……まぁその辺のことはあんまり詳しくないから、お任せするよ』

 

『その言葉が聞きたかった!』

 

 何処かの医者のようなセリフを吐いたアダムは、「ドスッ!」という音が聞こえそうな勢いで麻酔の注射針をアヴァターラに突き立てた。思わず顔をしかめる彼を尻目に、アダムはメスを指の間に挟む形で両手に4本ずつ構える。

 

『それじゃあオペを始めよう! 『神への挑戦者』でも『神のスペア』でもなく、あくまで天然モノ(オーガニック)の神にこだわる君への手術形式に、僕はこの名を贈ろう! ちなみに昨日徹夜で考えました!!』

 

 よく見ると目の下に隈があるアダムに、アヴァターラは生まれて初めて手術を受けることに不安を覚えた。しかしそれもつかの間、麻酔が効き始めた彼はすぐに人工の眠りへといざなわれていく。意識が闇に呑まれる刹那、アヴァターラの耳に楽し気な狂人の声がリフレインした。

 

『その名も──』

 

 

 

 

 

 

 

 

「──胎蔵変態、“至神の徒花(アイオーン)”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 自らの体に刻まれた特性()の名を口ずさむ。それと同時、アヴァターラの体から伸びる触手は、彼の内から血と情熱が滲みだしたかのような赤色に染まった。

 

 その節ごとに形成された無数の腕もまた同様。加えて幼児ほどの大きさだったそれらは成人男性程度にまで強靭化し、各腕に備わった武装にも変化が訪れる。

 

 左腕の剣。新たに鋸刃が形成され、より巨大化・強靭化したその凶器は、さながら偃月刀のよう。“オニイソメ”“ティラノブデラ・レックス”など、数いる環形動物の中でも特に肉食性の強い数種の因子によって、史上最も巨大な顎を手に入れた“ギボシイソメ”は、新たなる古代生物の名をベースとして戴冠する。

 

 右腕の盾。貝殻のような形状のそれは金属製の鱗と棘で覆われる。環形動物の一種である“ウロコムシ”、更には系統上の関係が強い貝類──“ウロコフネタマガイ”“ギガントペルタ・イージス”の因子で文字通りの鋼鉄と化し、重厚な棘盾(スパイクシールド)の殻を発現させた“プルムリテス”は、異なる古代生物にベースとしての名を禅譲する。

 

 一層凶悪に変貌した二つの武装は構造色によって虹色に輝き、それらを構える触手たちは、無数に枝分かれしたその末端に至るまで青紫の雷電を纏う。

 

 そこから滴る体液は石畳を溶かし、戦場に血と死臭に惹かれやってきたハエや虫が、揮発した成分に触れた途端に次々と地面に堕ちていく。

 

 それは楽園の樹と呼ぶにはあまりに歪で妖しく、しかし幻想的で美しい姿だった。

 

「──泥中にも花は咲く」

 

 蓮を模した司教冠を頭上に戴き、その身に虹の法衣を纏った枢機卿は、人間への想いを謳う。

 

「彼らはそれを徒花と嗤い、見向きもしないだろう」

 

 今までは単にアヴァターラ自身の「決意表明」以上の意味を持たなかったその装い。しかし現在、それは彼に与えられた地位そのものを示すものとなっている。

 

「だけど、俺はそうは思わない。君たちのような眩しい魂の持ち主こそが、真に神へと到達しうるのだと、俺は心底信奉する。君たちの輝きを、徒花と散らせはしない」

 

 ──『虹色の枢機卿』。

 

 それは教皇ロムアルドを筆頭とする多くの信者の殉教に伴い、オリヴィエやゲガルド家の手で再編されたアポリエールの教団に新たに作られ、そしてアヴァターラに贈られた8つ目の枢機卿の地位だった。

 

 虹色。逆境や試練の後に現れる、希望と幸運の色。

 

 また神との繋がりを意味する色でもあり、ある宗教では人類をより高次の存在へと引き上げる導師(マスター)は七色の光を司るとされる。

 

 人を神へと繋ぐ架け橋となるべく、アヴァターラもまた全てを背負う覚悟と共に、この戦場に立っていた。

 

「さぁ、俺に見せてくれ。そして、魅せてくれ──」

 

 万感の思いと共に、アヴァターラは一歩踏み出した。この試練の先にこそ、人間(彼ら)の道は開かれているのだと、欠片も疑うことなく。

 

 

 

人間(君たち)が結実する様を」

 

 

 

 

 

アヴァターラ・コギト・アポリエール

”アポリエール家『虹色の枢機卿』”

αMO手術ベース”環形動物型”―カラクサシリス―

+

MO手術ver.『至神の徒花(アイオーン)』”特定部位複合型”

”環形動物型”

―グリセラ・ディブランチアータ―

+

”古代環形動物型”

Websteroprion(ウェブステロプリオン・) armstrongi(アームストロンギ)

+

”古代環形/軟体動物型”

―ウィワクシア―

+

”環形動物型”

―ゴビサバクオオチョウムシ―

 

使用武器:体内内蔵型出芽体形成促進・圧縮再生芽生成、蓄積装置

SYSTEM(システム)Ubbo(ウボ)-Sathla(サトゥラ) Proto(プロト)

 

 

 

 

 

 ──至神の徒花(アイオーン)支葉碩茂(サルヴェイション)

 

 

 

 

 

「データにはない姿……新たに手術を受け直したか」

 

「俺の上司に伝手があってね。少し力を借りたのさ」

 

 その物言いに、ステファニー十中八九、彼の新たな特性にアダム・ベイリアルが関わっているだろうことを察する。

 

「いと尊き神の卵たちよ、試練の時だ」

 

 警戒する兵士たちの前でアヴァターラは片膝をつくと、祈るように呟く。

 

 

 

「──“悪の嚢(マーレボルジェ)”」

 

 

 

 刹那、アヴァターラの背中から無数の触手が濁流のようにあふれ出した。

 

「ッ、サインK! 陣形再構築、急げ!」

 

 緊迫感を以て告げられたステファニーの指示に、動揺しながらも素早く円陣を組み直すフランス兵たち。

 

 そんな彼らを包囲するように、アヴァターラの体から伸びる肉蔓は次々と地面を這い、周囲の建物に枝葉を伸ばし、そして建物と建物の間を繋ぐように樹冠が生い茂っていく。

 

「善哉、善哉。さすがは音に聞く『アダム・ベイリアル』。まさかストックを三分の一を突っ込んだだけで、この規模で特性を使えるほど栄養効率を上げてくれるとはね。今までの俺なら、間違いなく干からびてたな」

 

 感心したように呟き、アヴァターラはぐるりと周囲を見渡す。その視線の先には、彼を中心に形成された、直径300mほどの肉の鳥カゴがあった。海綿動物に絡みつき、その体液を啜るとされるカラクサシリス。その生態がある意味で正しく人間大となった姿だった。

 

「C班、包囲網を破壊せよ。手段は問わん」

 

「り、了解ッ!」

 

 ステファニーの言葉に、兵士の一人が肉の格子へ向けて銃を乱射する。しかし“ウィワクシアの棘盾”同様、触手の表面に形成された鉄の鱗と棘に阻まれ、内部に弾丸が貫通しない。弾倉を一つ無駄にした彼は、焦燥と苛立ちに悪態を吐いた。

 

「だったらこれで……ぐおっ!?」

 

 その横から別の兵士が飛び出し、軍用の斧を力一杯振りかぶる。しかしそれを振り下ろした瞬間、武器伝いに逆流した強力な電撃によって、彼は大きく吹き飛ばされた。仲間に助け起こされた彼が目にしたのは、自分の一撃が刻んだ破壊痕から溢れた溶解液で腐食していく武器。

 

「ッ、マジかよ……!?」

 

 また別の兵士は、グレネードによる破壊を試みた。その目論見自体は成功し、地鳴りのような爆音と共に鋼鉄の触手は爆ぜた。しかし彼が戦果に喜んだのも束の間、肉の檻は即座に再生を始め、ようやくこじ開けた脱出口を十秒と経たないうちに閉ざしてしまう。

 

「統合参謀長! 本部との通信、繋がりません!」

 

「発電、強酸……中国が成功にこぎつけた、例の新種か」

 

 通信兵の報告に、ステファニーは苦々しい表情を浮かべながら脳内にある生物の情報を思い浮かべる。

 

 ──“ゴビサバクオオチョウムシ”。

 

 スナミミズ目チョウムシ科オオチョウムシ属に分類される一属一種の環形動物であり、27世紀(最近)になって発見された新種の生物。分類名から分かる通り、乾燥地帯に適応した生態を持つミミズの仲間である。

 

 しかし地球温暖化に伴う環境汚染や砂漠化に伴い、元々その地域に生息していた原生種が遺伝子レベルで進化適応を遂げた他のスナミミズたちと、ゴビサバクオオチョウムシには決定的に異なる点が一つ存在する。

 

 それは『実在が確認されたのがつい最近』というだけの話で、この生物の存在自体はスナミミズ目という分類が成立する25世紀より500年以上も前、1926年頃から人々に認知されていたということ。

 

 “モンゴリアンデスワーム”という通称の、未確認生物(UMA)として。

 

 火を吐き、毒を持ち、電撃を放つ……現地の伝承はやや誇張された表現ではあったものの、実際に確認されたこの生物の特性はほぼすべてが事実だった。

 

 触れれば火傷のような炎症を引き起こす、雀蜂のような猛毒。

 

 全身を構成する発達した筋肉が生み出す、蟻のような筋力。

 

 内臓単位の負傷をも修復する、蟹のような再生能力。

 

 大地を掘り進むために進化した、蛸のような柔軟性。

 

 全身の筋肉に備わった発電器官による、電気鰻のような放電能力。

 

 そしてそれら全てを駆使して獲物を狩る、捕食者としての獰猛性。

 

 さすがに火こそ吐かないものの、一生物が持つにはあまりにも過剰ともいえる特性の数々を、この生物はその身に宿していた。

 

 その複雑な機構から、ゴビサバクオオチョウムシは本来αMO手術でしか適性を持つことができない生物に数えられる。しかしアヴァターラのベースが同じ環形動物であることに加え、 “特定部位複合型”という特殊な手術形式、更に()()()()()()()()()()()()()()()()という手法をとったことで、彼はこの特性を獲得するに至った。

 

「……ジャミングまでこなすとは、器用な」

 

「驚くにはまだ早いよ、統合参謀長閣下」

 

 おどけたようにアヴァターラが言うと同時、鳥カゴはその内側に無数の『蕾』のようなものを生じさせる。それらは一斉に花開くと、中から異形の嬰児たちを生み落とした。

 

「なんだ、これは……!?」

 

 フランス兵たちをぐるりと囲う(しがらみ)に作られた花々。その中から現れたのは、首のない人間の胴体だった。

 

 兵士たちへ手向けるかのように合掌するその肉体たちは、露出した直後こそ幼児ほどの大きさだったものの、大量の養分を注ぎ込まれ見る見るうちに成長していく。

 

 やがて成人ほどの大きさになった個体は、仕上げとばかりに両腕に盾と剣を形成。その刃で自らを触手から切り離すと、その足で大地へと降り立った。

 

 ──“カラクサシリスの出芽”。

 

 原理自体は、先ほどまでアヴァターラが率いていた怪物や、この戦場を覆う鳥カゴと全く同じもの。ただしそれらは物量で制圧することを目的とした前者とも、敵の隔離を目的とした後者とも違う。

 

 ──対MO手術被験者を想定した上位個体。

 

 即ちその存在目的は、彼が真に認めた者たちへの最終試練。各個体の戦闘能力は、一体一体がマーズランキングの上位ランカーにも匹敵する。

 

「クソッ! ホラー映画じゃねぇんだぞ……!」

 

 一方、フランス兵の頭上──天蓋に作られた花々から次々に現れたのは、巨大な口蓋垂のような肉の袋。

 

 だらりと垂れ下がったそれは不気味に蠢き、そして膨張する。べろりとめくれたその内から露になったのは、エイリアンのような異形の『口』。無数の口は眼下に立ち尽くす獲物たちに食らいつく瞬間を待ちわびるように、静かに牙を剥きだした。

 

 ──“グリセラ・ディブランチアータの口吻”。

 

 そこに備わる四本の鋭い牙は、極めて摩耗耐性の高いバイオミネラル『アカマタイト』で構成される。更にその凶器には毒腺が通い、人体にも有害な『グリセロトキシン』という毒素を分泌する。

 

「こんなのどうやって戦えば──!」

 

「狼狽えるな!」

 

 怯え、動揺する兵士たちに恐慌に陥る暇を与えず、ステファニーは素早く指示を下す。

 

「A班からE班は、引き続き防衛線を維持。F班からI班は装備を対人から対物へ切り替え。敵本体と頭上の異物に対処!」

 

 混乱しながらも、訓練でしみついた動きを体は再現する。動き出した自軍の様子を確認すると、ステファニーは切り札を切った。

 

「出番だ、J班! 防毒マスクを着用し、人為変態!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 今か今かと待ちわびていた指示に、後列に控えていた兵士たちは勇んで変態薬を摂取する。蟹、猛獣、昆虫……それらは決して、アヴァターラのような特異なベースではない。しかし絶望に挑もうとする周囲の兵士たちにとって、彼らの姿は窮地へ差し込んだ希望の光以外の何者でもない。

 

「諸君、正念場だ!」

 

 MO手術を受けた兵士たちの参陣に、いくらかの気勢を取り戻す兵士たち。それを見逃さず、ステファニーは声を張り上げる。

 

「恐れるなとは言わん、だが思い出せ! 隣人、友、恋人、そして家族の顔を! エリゼの正門守備隊にも、大統領を守る騎士にも、奴を相手取る余力はない! ここから先へ奴を通せば、全てを奪われると思え! この国の存亡は、お前たちの奮戦にかかっている!」

 

 兵士たちの表情が引き締まり、武器を持つ手には自ずと力が籠る。恐怖はあった。震えもあった。だが心の奥が、どうしようもないほどに熱かった。

 

 魂が叫ぶのだ。戦え、屈するなと──突き刺すような怒りと戦意が、僅か1個中隊にも満たない兵士たちを血よりも固い絆で結び、一個師団にも劣らぬ強固な群れと成す。

 

「お前たちの命、このステファニー・ローズが預かる! 我らの誇り、矜持にかけて──奴を打ち倒せ!」

 

 ステファニーの激励に兵士たちは奮い立ち、気炎を吐き、そして鬨の声を上げた。一度ならず二度までも形勢を立て直した彼女──否、()()()()()、アヴァターラは最早何も言わない。

 

 ただ一瞬だけ、ひどく眩しそうに目を細め……そして彼は、開戦の号を唱えた。

 

「──では始めよう」

 

「総員、状況開始!」

 

 そして閉ざされた肉の檻の中で、群対軍による戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──パリ市街地、地下。

 

 暗黒で満たされていたその空間に、唐突に光が差し込んだ。

 

「よっと」

 

 開かれたマンホールの口からそこへ降り立ったのは、一人の男だった。黒髪に黒の着流し……全身を黒ずくめの、若い東洋系の()()だった。

 

 ──水無月(みなづき)六禄(むろく)

 

 MO手術で得た特性によってその肉体を十代まで若返らせた、”元”エドガー・ド・デカルト直属の暗殺者である。

 

「さて、この妙な空気……当たりみてーだな」

 

 遥か遠くから戦場の喧騒が響いているが、この空間自体に異変はない。ただ霧のように暗闇が立ち込め、静謐が満ちているばかりだ。

 

 しかし、89年に渡って戦闘技術の研鑽を重ねてきた六禄の感覚は見逃さない。常人ならば見落とすだろうごく小さな違和感──例えば仄かな臭気、僅かな空気の淀み、そして微かに感じる気配。

 

『ムロクくん、通信感度はどう?』

 

 手足を防護するためのグローブやブーツを装着しながら、周囲の様子を探る六禄。その耳に、耳骨伝導式のインカムから女性の声が届いた。

 

「おう、地下でもばっちりだ」

 

 どこに敵がいるとも分からぬ地下空間でありながら、六禄は特段声を抑える様子もない。どこか冗談めかした口調で、彼は続ける。

 

「さすがだな、ロスヴィータ博士殿」

 

 ──アダム・ベイリアル・ロスヴィータ。

 

 本名を“ロスヴィータ・シントラー”。かつてのレオ・ドラクロワに師事しながらも袂を分かち、自らの研究を完成させるため『アダム・ベイリアル』の一人となった機械工学者。現在の水無月六禄の相方である。

 

『それで標的はいたの?』

 

「いんや。ただ、間違いなくここに()()。妙な『気』の乱れがあるからな」

 

『……相変わらず、非科学的ね』

 

 理解できないわ、とロスヴィータは呆れたようにため息を吐く。

 

『貴方がそういう感覚を外したことはないし、今回もアテにさせてもらうけど』

 

「大船に乗ったつもりでいな、博士殿。まぁ船は船でも、俺のは『陸の船』だけどな。八極拳だけに*1

 

 呵々と笑いながら、六禄はロスヴィータに言う。

 

「しっかり仕留めて、エドガーにお前さんの研究価値を認めさせてやるさ」

 

『ええ、頼りにしてるわよ』

 

 

 

 

 

 ──ルーマニアに潜伏していた2人の拠点へシド・クロムウェルが訪れたのは、今から半年ほど前の話。

 

『ほい』

 

『おっと』

 

 それがファーストコンタクトにおける、六禄とシドのやり取りだった。ちなみに前者が六禄、後者がシドである。

 

 字面だけを見ればなんとも気の抜けるやり取りだが、実態は六禄が殺すつもりで撃った指弾をシドが剣で受け流すという、極めて殺伐としたものだった。

 

『おー。兄ちゃん、それなりにやるな。こりゃ二の打ちいらずとはいかねぇか』

 

『如何に貴公が達人だろうと、さすがに見せ札()()で殺されてはな』

 

 剣を鞘へしまいながら、シドは六禄へと不敵に笑いかける。

 

『お初に、水無月六禄。エドガー・ド・デカルトの『騎士』、第三席次のシド・クロムウェルだ』

 

『……へぇ』

 

 その言葉に六禄もまた笑みを深めた──瞬間。彼は尋常ではない殺気をシドへと向けた。場慣れした軍人でも膝を折るその重圧を、しかし彼は涼し気に受け止めた。片眉を多少動かしはしたが、その表情は至って涼し気だ。

 

『なるほど、こりゃ本物だな。で、その騎士サマが何の用だ?』

 

 腰を切り、実力を理解する。ひとまず言葉を交わす価値はありそうだと判断し、六禄は口を開く。

 

『エドガーの奴、遂に本腰入れて俺たちを始末しに来たか?』

 

『クカカ! それはそれで面白そうだが、あいにくと今回の俺の任務は営業でな』

 

 交戦の意思はないとばかりに手を振ると、眼鏡の暗殺者は続ける。

 

『端的に要件を言えば、スカウトに来た。話がしたいんだが……お前の雇い主も交えて、三人でな』

 

『おいおい、ウチは宗教勧誘お断りだぜ?』

 

『そういうな、バスティーユ牢獄から遥々来たんだ。ああ、それと(エドガー)からの言伝だが……「損はさせん。ひとまず話だけでも聞いておけ」とのことだ』

 

『お、今のモノマネ滅茶苦茶あいつに似てるな。よし、その面白さに免じて入れてやろう』

 

 ……などというやり取りを経て、ロスヴィータを交えた商談の場が開かれた。

 

『レオ・ドラクロワは切って捨てたようだが、フランス共和国としてはロスヴィータ女史の研究は高く評価している。特に軍部がな』

 

 そうして彼の口から語られたのは、現在のフランスの内情だった。

 

『アネックス計画が終わって以降、ゲガルド家とアポリエール家の動きが活発化している。おそらくそう遠くないうちに、奴らとの全面戦争が勃発する……というのが、有体に言えば、戦力が要るというわけだ。そこで、お前たちを雇いたい』

 

 そう告げたシドは契約書を取り出すと、テーブルの上に放った。

 

『こちらがお前たちに提供するものは、研究資金と最新の設備。逆にお前たちはこちらに、一定の研究成果と有事の際の戦力を提供する。分かりやすいだろう?』

 

『……断る、と言ったら?』

 

 契約書に目を通し、しばらく考え込んだ末にロスヴィータが口にした言葉に、シドは口笛を吹いた。

 

『気丈だな。俺を知らんわけでもあるまいに、大した胆力だ』

 

『ま、俺がいるからってのもあるだろうがな……中々いい女だろ?』

 

『違いない』

 

 シドは眼鏡の奥で面白がるように目を細めた。

 

『女は気が強い方がそそられる。一々癪に障らないし、組み伏せる楽しみがあるからな……しかし貴公も罪な男だ、水無月六禄。その手管で、今までに何人の女を引っ掛けたんだ?』

 

『古典に倣うなら、食ったパンの枚数数える奴いる? ってとこだ。で、そういうお前はどうなんだ? 兄ちゃんの顔なら、言い寄る女も多いだろ』

 

『引く手こそ多いが、取るに値しない手がほとんどでな。食ったパンの枚数でいえば……古典に倣って「13人だ」といったところか』

 

『お前も大概なタラシじゃねぇか』

 

『『……クカカカカカ!』』

 

 ロスヴィータは紅茶で満たされたティーカップに口をつけながら、下世話な会話に花を咲かせる両者へジトっとした視線を向ける。その視線に気付いたシドは、「ああすまん」と笑いながら話の軌道を修正する。

 

『先ほどの質問に答えるとしよう。回答は「別に何も」だ。断られたら俺は素直に帰るだけ、報復に刺客を送り込むこともない』

 

『あら、随分と紳士的ね』

 

『紳士の国から来たものでな。ただまぁ、お前はこの話を呑まざるを得んだろうがな』

 

 怪訝な表情を浮かべるロスヴィータに、シドは続ける。

 

『一つは単純にメリットの話だ。今を逃せば、エドガー相手に資金と最新設備をたかる機会は永劫訪れんだろう。こちらの要求条件である戦力提供も、見方によっては大々的な実地試験とデモンストレーションと考えることもできる。研究者にとっては願ってもない待遇のはずだ』

 

『そうね。確かに魅力的ではあるわ』

 

 ロスヴィータはその言を肯定しつつ、「けど」と言葉を紡ぐ。

 

『私に言わせれば、取引相手がフランス(あなた達)である必要はない。私の技術を欲する国や組織はたくさんいるもの、彼らに売り込めばもっといい待遇も望める』

 

Exactly(その通り)。この取引、メリットだけではお前を靡かんだろう。故に俺は二つ目の理由で、今度はお前を脅すことになるわけだが……ここで手を貸さなければ、()()()()()()()()()()()()()

 

『……』

 

 ロスヴィータが無言で続きを促すと、シドはその根拠を挙げ連ねていく。

 

『まずこの戦いをフランスが制した場合。大一番で風見鶏に徹した者に、エドガーが手を差し伸べるとは思えん。先ほどお前は他の支援先と言っていたがな、おそらくあれが牛耳る世界にそいつらの居場所はないだろう。そして残るのはカスのようなパトロン、研究は先細りして消滅……これがお前たちにとって最良のパターンだ』

 

『次にゲガルドが勝った場合。オリヴィエ・G・ニュートンなら、あるいはお前を登用するかもしれんな。だが、ゲガルドとしてはどうだ? 奴らもまた、かつて水無月六禄に散々煮え湯を飲まされている。碌なことにはならないのは想像がつく。付け加えるなら、奴の目指す最終地点にお前たちが存在する余地はない……そもそも、奴らが勝てばインフラから何から、既存の社会システムが完全に崩壊するだろう。そうすれば、研究どころではなくなる』

 

『なら、ニュートン本家に売り込むか? 論外だ。奴らには『アダム・ベイリアル』を生かす理由も、デカルトの暗殺者である水無月六禄を生かす理由もない。しかも、わざわざ数百年をかけて人間の品種改良にこだわる連中だ。仮にお前の技術が要求水準に仕上がったとしても、MOHの派生研究に興味など示さんだろう』

 

『そうなると頼みの綱はお前の上司だが、奴らがどこまで親身になってくれるかは怪しいところだ。現に俺はこの数か月、向こう側に付きそうな『アダム・ベイリアル』を三人ほど狩ったが、未だに報復の一つもない。ぬるま湯のような繋がりは、冷めるのも一瞬。奴らを頼るのが利巧とは思えんな』

 

 一通り喋り終えると、シドはティーカップを手に取った。彼は見せつけるように紅茶の香りを楽しんでみせると、静かに中の液体を口に含む。

 

『そういうわけだ。選んでいただこうか、ロスヴィータ女史──天国行のフリーパスか、地獄行の片道切符。そのいずれかをな』

 

『……わかったわ。フリーパスを頂戴』

 

 観念したように両手を挙げるロスヴィータに、シドは「結構」と口端を釣り上げた。

 

『ようこそ、フランス共和国へ。貴公らの参陣を心より歓迎しよう』

 

 ──それはフランスという国家が、再び最強の戦力を陣営へと引き入れた瞬間であった。

 

 

 

 

 

「んじゃ、ボチボチ始めるとするか」

 

 呟いた六禄が、パチンと指を鳴らす。すると彼が侵入したマンホールから、次々と五つの人影が地下に降り立った。

 

 似たような背丈と体格の彼らは、全員が頭上からつま先まで近未来的な意匠の強化甲冑で装備を固めている。個性という概念を塗り潰し、規格化されたかのような彼らは、一糸乱れぬ動作で地下空間内に直立した。

 

「おお、いつぞやのジャンキーどもより格段に動かしやすいな」

 

『当り前よ。あの時とは使える資金もコネも全然違うんだもの』

 

 感心したように声を上げる六禄に、ロスヴィータが答える。

 

『素体は黒幣(ヘイパン)から仕入れたAランクの奴隷(商品)。彼らを食事やトレーニング、薬物療法で強化したうえで、ツノゼミをベースにした簡易版MO手術でブースト。ダメ押しに軽量型のMOHスーツで装備を固めて、徹底的に身体能力を上げしてある。身体機能は、全盛期の()の貴方の五割程度ね』

 

「へぇ……」

 

 六禄は試しに、脳内に五つの型を思い浮かべてみせる。すると彼が口に出していないにもかかわらず、五人の戦士は五者五様、六禄が思い描いた通りの構えを、コンマ秒の誤差もなく再現して見せた。

 

「なるほど、こりゃいい! 特に俺自身も普通に戦えるレベルの集中力で動かせるのが気に入った」

 

『それは何よりよ』

 

 以心伝心の連携。それを可能にするのが、彼に専用武器として与えられているチョーカー型の機械──かつては“人体操作型MOH兵器『コントロール』”と呼ばれていた代物である。

 

 “体がもう一つ欲しい”。誰しも一度は考えたことがあるそんな願いを、この装置は現実のものとする。装備者の脊髄と被操作者の脳を人工神経で有線接続することで、肉体を無理やり動かすことができるのだ。まさに夢のような機能だが、現実はそう甘くない。

 

 五感の共有を原因とする、装備者側への知覚ダメージのフィードバック。

 

 有線という接続方式を原因とする、動作内容の制限。

 

 被操作者側の身体能力を原因とする、行動再現の限界。

 

 1年半前にルーマニアで行われた実証実験では、兵器としてのこれらの欠点が浮き彫りとなった。もっとも、ロスヴィータに言わせればあくまで『コントロール』は通過点。必要なデータが集まった時点で、倉庫の肥やしとなっていたのだが……

 

 

 

『へい、ロスヴィータちゃん! ちょっと前に君が造った試作型のMOH兵器、使ってないなら僕らに弄らせて!』

 

 

 

 それを掘り起こしたのが、名目上は彼女の上司にあたるアダム・ベイリアルだった。アダム・ベイリアル専用の掲示板。そこで行われる定期報告会でのことだ。

 

『アヴァターラ君をバチクソ強化しちゃったからさー、公平性を保つためにもフランス側にも塩を送っておきたいんだよね。というわけで野郎ども! 安価の時間じゃああああああ!』

 

『『『うおおおおおおおおお!』』』

 

 かくしてアダムの鶴の一声により、ロスヴィータを置き去りに「コントロール」の魔改造会議が始まった。

 

『やはり感覚のフィードバック機能にリミッターを設けるべきでしょう。閉所で催涙ガスなど使われたら、目も当てられない』

 

『量子通信を採用すれば、ケーブルが絡まる問題は解決できるの!』

 

『やはりここは、操作する側の負担も軽減しておきたいところ! 解説の弟さん、いかがでしょう?』

 

『そうですね。操作する側の補助用に調整したAIを導入するなどの工夫が必要になるかと思います』

 

 さながら雨後の筍のように沸いて出る、改良案の数々。かくして有志たちの手で「コントロール」は魔改造されていき……なんということでしょう。

 

 役目をはたして倉庫の肥やしとなるばかりだった実験装置が、水無月六禄にとってこの上ない専用武器へと生まれ変わり、着払いで送り返されてきたではありませんか。

 

『最初は余計なお世話と思ったけど、結果オーライね。断片的な情報しかないけど……今回の標的は、ムロクくんでも体が足りない可能性があったわけだし』

 

「ま、それならそれで何とかはしてたけどな。負担が減るなら、それに越したことはねぇ……んじゃ、行くか」

 

 六禄が散歩にでも行くような足取りで地下を進み始めれば、その後ろには操られた5人が黙々と続く。

 

「そういや、クロノスの方はどうなってる? こっちが当たりなら、あっちはスカか?」

 

『あちらはあちらで交戦中よ。状況は……まぁ、聞かない方がいいわ。脳が理解を拒む光景が繰り広げられている、とだけ』

 

「?」

 

 珍しく歯切れが悪いロスヴィータに首を傾げつつ、しかし六禄がそれ以上その話題を続けることはなかった。

 

「qwttgヴぇb?」

 

 曲がり角の先から、一体の異形が現れたからだ。

 

「フンッ!」

 

「ミョgiッ!?」

 

 見敵必殺。すかさず放たれた六禄の正拳突きが、敵の銅部の中心線に叩きこまれる。コンクリートの壁に叩きつけられた勢いで肉体は四散し、異形はそのまま動かなくなった。

 

「……地底人?」

 

『そんなわけないでしょう、今回の標的の特性よ。よく見せて』

 

 ロスヴィータは六禄が眼球に取り付けたコンタクト型のカメラを通して、その死体を検分する。

 

『二足歩行、人型、大きさは170cmくらいかしら。皮膚はなし、所々に別生物の痕跡……って、ちょっとムロクくん?』 

 

 観察を中断するように視線を動かす六禄に、ロスヴィータが抗議の声を上げる。

 

『まだきちんと観察が終わってないのだけど』

 

「いや、博士殿。もう必要ねぇ……これから腐るほど見ることになる」

 

 彼の瞳が見据えるのは、前方に広がる闇。その奥に目を凝らしながら、六禄は静かに臨戦の構えをとる。

 

「……そら、お出ましだ!」

 

 その声とほぼ同時、通路の奥から押し寄せた肉塊の濁流が視界一杯に広がった。六禄と操られた戦士たちは一斉にその場を飛び退き、肉の質量による圧殺を回避する。

 

『! これが例の……!』

 

 事前の情報を知っていてなお、驚きを隠しきれないロスヴィータ。しかし彼女が絶句する間にも、事態は刻々と様変わりしていく。

 

 通路の横道。天井の排水路。下層に続くマンホール。張り巡らされたパイプ管。前後左右上下、あらゆる方向から肉塊があふれ出し、氾濫したそれらで通路が満たされていく。

 

 壁や床面の肉塊から起立するのは、鳥の嘴を思わせる棍のようなものと、鞭のように細長くうねる触手。また天井の肉塊は錨を思わせる形状の棘がびっしりと生えたサッカーボール大の球体を、果実のように実らせる。

 

「あfg、mこおふぁggh」

 

「ghsdじゅl;:あ」

 

「げhぶいあglmd;、t」

 

 そして根のように、蔦のようにコンクリートを覆いつくす肉から奇声と共に芽生えるは、異形の落とし仔たち。全身を醜い腫瘍で覆われ、個体ごとに棘、毒針、爪、口、噴水孔、鎌、触手などの全く異なる特性を発現させた人型が、次々に現れる。

 

 そうしてできあがったのは、迷い込んだ者の正気を根こそぎ削ぎ落すかのような、悪夢の如き肉林。人の成れの果てが、そしてそれを生み落とした冒涜的な樹海が、六禄へと狙いを定める。

 

「クカカ! どいつもこいつも、活きがいいな!」

 

 常人なら発狂するだろうその光景の中にあって、六禄は動揺も恐怖も抱いてはいない。それどころかひどく楽しそうに笑った彼は、自分が操る戦士たちともども応戦の構えをとった。

 

「博士殿、こいつらの出所を特定できるか?」

 

『……ええ、時間さえあれば』

 

 六禄の言葉に我に返ったロスヴィータは、手元のコントロールパネルを操作する。すると、六禄が操る戦士の中の一体が持ち込んだ装置が起動する。

 

『この規模の特性行使、生身では絶対に不可能よ。なら、それを可能にする専用装備があるはず……付近の電磁波を観測するわ。2分頂戴』

 

「オーケー。ただ2分じゃ準備運動にもならねぇ。のんびり10分くらいかけてもいいぜ」

 

 六禄がロスヴィータにそう返すのと、異形たちが彼らに牙を剥いたのは同時。襲い来る悪夢の大群に、六禄と戦士たちは応戦を開始する。

 

 鱗に覆われた口から、水のレーザーを発射する異形。戦士の一人はそれを指弾で相殺すると、キックボクシングでその頭を粉砕する。

 

 腕に生えた口で喉を食い破らんとする異形。伸ばされたその腕をサンボで破壊した戦士は、そのまま異形の首をへし折る。

 

 抱擁せんと躍りかかる、全身に毒針を生やした異形。その前に歩み出た戦士は、異形の肉体を毒針ごとムエタイで破壊する。

 

 しゅうしゅうと煙を上げる液体を吹きかけんとする異形。その機先を詠春拳で制した戦士は、そのまま異形の体に怒涛の連打を叩き込む。

 

 不規則に生えた棘を狂ったように振り回す個体。その一撃を軽やかに躱すと、サバットの動きで間合いを詰めた戦士は異形をそのままノックアウトする。

 

「クカカ! どうした、その程度で俺を殺すつもりか!?」

 

 そして六禄本人は、自らへと襲い掛かる肉塊の飽和攻撃を捌いていく。打ち下ろされる大量の棍を次々にへし折り、隙間なく振るわれる無数の鞭をまとめて引きちぎり、雨の如く飛来する棘付の球を片っ端から叩き落す。

 

「いいねぇ、楽しくなってきたぜ」

 

 恐るべきはその迎撃の正確さ。

 

 少しでも判断を誤ればそのまま袋叩きにされて死ぬ極限の状況下で、水無月六禄はただの一度として判断ミスを起こさない。己に組み込まれた特性すら使わず、彼は培った経験と武練、そして専用装備だけで、無尽蔵に押し寄せる奇々怪々な特性に無傷で立ち回っていた。

 

『特定したわ。ムロクくん、200m先の分岐路を右へ』

 

「はいよ!」

 

 周囲の探査を終えたロスヴィータの言葉に、六禄と戦士たちは一斉に走り出した。獲物を逃すまいと襲い来る怪物や奇怪な凶器を蹴散らしながら、彼らは進む。

 

 どうやら彼女のナビゲートは、正しくこの悪夢の根源へと迫っていたらしい。六禄たちが進めば進むほどに攻撃は激化し、現れる異形たちもその強さを増していく。

 

 それらを打ち払い、叩き潰し、全速力で地底を駆けること数分。ついに一行は、後の通路に差し掛かり。

 

『あとはここを直進……なんだけど、お邪魔虫がいるわね』

 

 六禄の瞳越しに見えた光景に、ロスヴィータはぼやく。彼女がナビゲートする進路をせき止めるように、通路の床から天井まで目一杯に肉塊が詰まっていたからだ。

 

『迂回路のナビは必要かしら?』

 

「構わねぇ、突っ切る!」

 

 ロスヴィータの提案を蹴り、六禄は飛び出した。そうして肉壁の前へと躍り出た彼は重心を下へと落とし、急停止。行き場をなくした疾走のエネルギーを人間離れした体幹で御した六禄は、その流れを拳へと乗せて解き放つ。

 

「──破城崩拳!!」

 

 爆発的な破壊力の伝導。文字通り城をも崩す威力の打撃が肉の壁を穿ち貫き、道をこじ開ける。通路にこびりついた肉片の花道を潜り抜け、六禄たちがその先へと足を踏み入れる。

 

 ──終着点は、開けた地下空間だった。

 

 横たわる漆黒の闇。

 

 無数の何かが胎動する気配。

 

 絶えず響く言葉として成立していない歪な声と、時折聞こえる歌うような小さな声。

 

 この空間において、生身で知覚できるのはそれだけ。

 

「……へぇ、こりゃたまげた」

 

 しかしコンタクト型カメラの暗視機能がオンになっている六禄は、この空間の全貌を正確に捉えていた。

 

 今まで通ってきた地下通路に比べて何倍も広い壁、何メートルも高い天井。そこを肉でできた根のような物体が幾重にも、何層にも折り重なるように這っている。迎撃はない。先ほどまでの猛攻が嘘のような、不気味な静寂。

 

 そしてその中心で、異常なる聖域の主はまどろむ様に佇んでいた。

 

「わ……は…………ま……」

 

 小さな女の子だ。

 

 歳の頃は6~7歳といったところだろうか? 布一枚を体に巻き付けただけの簡素な服に、特に整えられていない金色の長髪。ひどく素朴な装いだが、その容姿は人形か彫刻のように美しい。

 

 眠るように目を閉じた彼女は、歌うように小さく声を発していた。

 

「そ……て……わり」

 

 頭上に戴く無機質な多面体と、それを取り囲むように生えた数本の透明な触手は、さながら王冠のよう。髪間から覗く額には松葉を放射状に並べたような紋様が躍り、腰から伸びた醜悪な根茎はそのまま周囲一帯を覆い尽くす肉の海へと続いている。

 

『ムロクくん、間違いないわ。あの子がこの特性の持ち主よ』

 

 確信と共に、ロスヴィータは六禄へと告げる。その女の子の姿に見覚えがあったからだ。

 

 今から10か月前、彼女の故郷であるドイツの首都ベルリンで発生した、生体兵器による大規模なテロ事件。その犠牲者の一人である元ドイツ首相、ペトラ・エイハイムの死の瞬間を捉えた防犯カメラの映像に映り込んだ襲撃者の姿が、今六禄の前にいる女の子と完全に一致していたのだ。

 

「了解」

 

 短く答える声に、先ほどまでの気楽さはない。気負いこそないものの、完全に油断を捨て去った六禄は、従える五人の戦士ともども八極拳の構えをとり、素早く女の子を包囲した。

 

(全く反応しねぇな。こっちを認識してないのか?)

 

 六禄は女の子を観察する。いかに暗闇と言えども、息遣いや布ずれの音で知覚できる距離。しかしそれにも関わらず、女の子は自分たちを意にも介さない。その様子は強者がしばしば立ち合いにおいて見せる余裕とも違い、本当に無反応なのだ。

 

(まぁいい。速攻で仕留める──!)

 

 方針を固めた六禄は、包囲の完成と同時に女の子へと向かって大地を蹴った。六禄が操る戦士たちもまた同様。多少のタイミングのズレはあれど、各々の位置から女の子へと飛び掛かる。

 

 人類最高レベルの技巧を誇る武人による、六方向からの同時攻撃。常人はおろか玄人、あるいは超人の中でさえ、果たしてそれに対処し生還できる者がどれだけいるだろうか? 差し迫る、文字通り必殺の攻撃。それを前にして、少女は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そして しゅごしゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ただ静かに、碧の双眸を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッ!!」

 

 ──悪寒。

 

 本能と経験が鳴らす警鐘に、六禄は即座に攻撃を中断し、全速力で飛び退いた。コンマ秒のタイムラグを挟み、その動きに戦士たちが追従するのと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ……! なんだありゃ──!?」

 

 その異様な光景に、さすがの六禄といえども驚きは隠せなかった。

 

 まるで夏の日差しに晒されたアイスクリームのように、少女の腕から皮が、肉が、筋繊維が、神経が、液状になって滴り落ち、白い骨だけが外気へと晒される。しかし、それも一瞬のこと。すぐさま特性による再生が行われ、腕は元通りに修復される。

 

 ここまで、僅か1秒足らず。警戒と共に女の子を凝視する彼の耳に、四人の軽やかな着地音が響いた。

 

 ──四人? 

 

 思わず流しそうになった違和感を、六禄は手繰り寄せる。自分が操っていた戦士の数は五人だった。ならば、あと一人は? その答えを、彼はすぐに知ることになる。

 

「う、おっ……!?」

 

 突如脳内に流れ込んできたのは、まるで眼球と三半規管をグルリと引っ掻き回されたかのような、ありえない浮遊感と視点移動。その直後、強制的に戦士の一人との感覚共有が遮断され、“ばちゃっ”という転倒音が響いた。

 

『なに、これ……?』

 

 一部始終をモニタリングしていたロスヴィータが、思わず息を呑む。

 

 離脱が僅かに遅れたその戦士の体は、完全に溶解していた。原形を失った細胞は崩れてコンクリートの床へと染み広がっていき、頭髪の一部と骨格だけがその場に取り残される。

 

 否、その現象に見舞われたのは、何も戦士だけではない。

 

 女の子を中心とした一定範囲内に存在する全ての細胞が、完全に死滅する。天井に、壁に、床に伸びていた肉の根がその輪郭を失い、細胞質の泥が沼のように地面の上に広がっていく。

 

(体外消化? 腐敗の促進? いえ、どちらにしても不自然! おそらくはもっと別の、そしてより殺傷性の高い何か……!)

 

 戦慄するロスヴィータの視界の中で女の子は、ぺちゃりと足を踏み出した。

 

 異形たちによる攻勢は、あくまであらかじめプログラミングされた「女王に近づくものを排除する」という原始的な命令によって行われていたもの。

 

 不幸にも自らの聖域へ迷い込んだ人間()()に、彼女自身が一々意識を傾けることはない。先ほどの攻撃も、周囲を飛び回る蝿を鬱陶しがった人間が殺虫剤を吹き付けたようなものだった。

 

 しかし人間(六禄)は、避けようのないはずの攻撃から逃れた。

 

 その事実を認識したとき、女の子の関心は初めて六禄へと向いた。これまでに彼女が相手にしてきた凡百の相手とは、訳が違うらしい。まどろむような思考でそう判断した彼女は、手自ら六禄を排除することを決めた。

 

かえれ(返れ)かえれ(還れ)かえれ(孵れ)。そして──」

 

 即ちそれは、外敵に対し槍の一族最後の切り札が、本気でその特性を振るうことを意味する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【はじめに神は天と地とを創造された。

 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、

 神の霊が水のおもてをおおっていた】

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ひかりあれ」

 

 女の子の声に応えるように、彼女の体内に二つの光が灯る。

 

 赤と青、太陽と月を思わせる輝き。それは彼女の体内に内蔵された専用装備を源とする、人工の光。『U』と『T』──最先端のテクノロジーの結晶が起動し、本来ならばαMO手術の被験者といえど実現不可能なリンネの御業(特性)を、現実のものとする。

 

 

 

【神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけた】

 

 

 

「みずはひとつところにあつまり、かわいたちがあらわれよ」

 

 それまで周囲に無作為に広がっていたかつて生命だったモノのプールが見る見る内に縮小し、コンクリートの路面が再び顔を出す。液体が吸い上げられているのだ、まるで皿のスープを飲み干すように。

 

 女の子の腰から伸びる、肉の主根によって。

 

 

 

【神はそのかわいた地を陸と名づけ、

 水の集まった所を海と名づけられた。

 神は見て、よしとされた】

 

 

 

「ちはあおくさと、たねをもつくさと、しゅるいにしたがってたねのあるみをむすぶかじゅとを、ちのうえにはえさせよ」

 

 そして再び、少女の体から肉の根が氾濫した。先ほどと同様に、あるいはそれ以上の勢いで、肉塊は地下空間そのものを覆い尽くしていく。そしてその根を起点として、稲穂のように肉の鞭が、樹木のように骨の棍が、果実のように棘に覆われた球が……夥しい数の凶器状の器官の数々が、蠢きながら屹立する。

 

 

 

【地は青草と、

 種類にしたがって種を持つ草と、

 種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた

 神は見て、よしとされた】

 

 

 

「みずはいきもののむれでみち、とりはちのうえ、てんのおおぞらをとべ」

 

 次々に異形の群れが芽吹き、生み落とされていく。手足があるものは呻きと共に泳ぐように地を這い回り、翼あるものは奇声と共に宙を飛び回る。決して手狭ではないはずの地下は瞬く間に異形の生命で溢れ、六禄たちは逆に周囲を取り囲まれる形となる。

 

 

 

【神は大いなる海の獣と、

 水に群がるすべての動く生き物とを、

 種類にしたがって創造し】

 

 

 

【また翼のあるすべての鳥を、

 種類にしたがって創造された。

 神は見て、良よしとされた】

 

 

 

「われわれのかたちに、われわれにかたどってひとをつくり──」

 

 諳んじる女の子の背後で、一際大きな大きな二体の異形が体を起こす。

 

 ──片や夥しい数の人体が連結合体して象る、前衛芸術じみた巨人(ギガース)

 

 ──片や醜悪な腫瘍に全身を覆い尽くされた、グロテスクな泥人形(ゴーレム)

 

 いずれも体長5mを優に超す圧倒的な巨躯に、何十という生物特性から成る数の凶器を発現させている。

 

 明らかにこれまでの異形よりも強力な個体。それが六禄という敵を排除するために生み落とされたものであることは、言うまでもない。

 

 

 

 失墜し、狂い果てた生命の楽園。その円心に佇む槍の一族の子女は、侵入者を虚ろに見つめた。

 

 

 

「──しょくもつとしてすべてのあおくさをあたえる」

 

 

 

 

 

 

【こうして天と地と、その万象とが完成した】

 

――『創世記』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンネ・G・ニュートン

”槍の一族『特記戦力筆頭』”

αMO手術ベース”???型”

―???―

+

”???型”

―???―

+

”???型”

―???―

 

 

 

 

 

 

 

『……常識の範疇でいうなら』

 

 耳を塞ぎたくなるような怪音声と、意思のない無数の瞳。カメラとインカム越しにそれを知覚したロスヴィータは、声が引きつるのを必死にこらえながら言う。

 

『逃げた方がいいわね、どう考えても』

 

 ──いくらなんでも、これは。

 

 握りしめた手に、汗がにじむ。甘く見ていたつもりはない。だがそれでも、やはり自分は心のどこかで見くびっていたのだと、ロスヴィータはそう痛感する。

 

 幸嶋隆成や草間紫暮と同じく、人類最高峰の実力者たる水無月六禄。敵がどれだけ強力であろうとも、彼が戦う以上は敗北などありえない。誰よりも近くでその実力を目の当たりにしていた信頼故に、ロスヴィータはそう高を括っていた。

 

 だが、違う。()()()()()()

 

 目の前の敵は、強さではどうにもならない。技を磨き、武を鍛え、人生をかけて己を高めてきた誇り高き者をあざ笑うかのように、悪夢は際限なく肥大し増殖し続ける。

 

 人間の悪意の煮凝りが、そこにいた。

 

「なんだなんだ? 常識の外にいる奴が、急に常識の範疇の話をするじゃねぇか」

 

『失礼ね。私はいつだって常識的なの』

 

 一方の六禄は、案の定というべきか平常運転。いたって軽妙な調子で返ってきた言葉に心外とばかりに声を上げ、それからアダム・ベイリアルらしからぬアダム・ベイリアルは、ひどく不安そうに言う。

 

『今まで貴方が戦ってきた敵とは、根本的に違う。あれは、本物の怪物よ』

 

「それがどうした」

 

 六禄はそれを、軽く笑い飛ばした。

 

「自分より強い相手をねじ伏せんのは、石器時代から人間の特権よ。ご先祖様にとっちゃ、マンモスだって怪物だったろうぜ……なぁ博士殿。怪物退治に必要なもん、知ってるか?」

 

『……いいえ』

 

「そうか。なら覚えときな」

 

 予想通りの答えに、六禄はその答えを口にする。

 

()()()()()()()()

 

 

 

 

 

【ここに知恵が必要である】

 

 

 

 

 

「自分より強い奴をどう無力化する? どう殺す? より効率的に、より的確に……先人たちがそういう試行錯誤の末に成立したのが、武術ってやつだ」

 

 強く足を踏み下ろす。達人の武脚に踏み抜かれたコンクリートに亀裂が走り、地震さながらの震動が地下空間に伝播した。

 

 

 

【思慮のある者は、獣の数字を解くがよい】

 

 

 

「八極拳の歴史はざっと800年。つまり800年分の知恵と工夫の集大成ってわけだ……ついでに俺の88年分の研鑽もな。どんだけ化け物じみた力を持ってようが、100分の1も生きてないような小娘に負けるほど、八極拳(俺達)はヤワじゃねぇ。それに──」

 

 拳を硬く握りしめ、六禄はギッと口の端を歪めた。

 

「人間所詮、身一つに魂と魄一つよ。怪物だろうと、元が人間ならいくらでもやりようはいくらでもある」

 

 

 

【その数字とは、人間を指すものである】

 

 

 

「てか俺にいわせりゃ、あの嬢ちゃんは怪物なんぞじゃねぇ。ちょいと特殊な能力を持ってるだけで、戦いのイロハもろくに知らねぇただの子供だ」

 

 

 

 ──だったら、俺が負ける道理はねぇよな? 

 

 

 

 六禄はそう続けると、静かに睨みつける。リンネを、ではない。彼女の背後にまとわりつくように佇む生みの親の幻影と、その理念を。

 

「敵より増える? 無数の特性を備える? 浅ェんだよ、戦いへの理解が。俺を殺したけりゃ、世界を殺す一撃を持って来い。お前さんにゃあ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──功夫(クンフー)が足りねぇ。もう800年ほどな」

 

 

 

 

 

 

 

【そしてその数字は六百六十六である】

――『ヨハネの黙示録』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水無月(みなづき)六禄(むろく)

フランス共和国『特記戦力筆頭』/フランス共和国『武術指南役』

MO手術ベース”???型”

―???―

使用武器:量子通信式人体操作M.O.H兵器

『ケイオス・クルセイダーズ』

 

 

 

 

 

 

 正しき生命を餌とし、朽ちながらにして肥大し続ける生命の樹。生れ出づるは輪を描く命、廻らない魂。

 

 相対するは時代に選ばれず、英傑となりえなかった暗殺者。振るうは絶招、発勁凶猛・崩憾突撃の極致。

 

 

 

 ──英雄と成り損なった人間が、理から外れた人間の成れ果てへと挑む。

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

【オマケ】とてもじゃないけど本編に差し込む余地がなかった対戦カード

『アダム・ベイリアル・ハルトマン VS クロノス・パイパー』

 

 古今東西の凶器を搭載し、重量級を超えて重機級のMOHスーツ『アナテマ』に身を包み地下を進むクロノス・パイパー。そんな彼の前に立ちはだかったのは、アダム・ベイリアル・ハルトマン。彼の下半身は痛し痒し(ツークツワンク)より三年の時を経て、更なる進化を遂げていた。

 

 ──MO手術ver『魔女の脚(バーバヤーガ)1.35』。

 

 新たなるベースが加わり、更には『アダム・ベイリアル・ラスコーリニコフ』──道は違えど確かに志を同じくした友の遺物/逸物、MO手術ver『神の槍(ケラウノス)*2をも受け継いだ彼の下半身は、割と冗談抜きにそこらの近代兵器を凌ぐ脅威と化していた。

 

 襲いかかる、無数の下半身*3。彼らは地下空間を縦横無尽に()()回る*4。彼らは『神の槍(ケラウノス)』によって射出可能となった生殖器*5を、次々にクロノスへと向かって発射する。

 

 防戦に徹するクロノスだが、炎を吹き上げながら、ロケット弾のごとく降り注ぐ生殖器の流星群*6を躱しきることはできない。

 

 そして遂に一本の生殖器がクロノスを貫いた時*7、彼の体に異変が起こる。なんとクロノスの肉体が雌化したのだ*8

 

 

 

【主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造つくり、

 人のところへ連つれてこられた】

――『創世記』

 

 

 ハルトマンは豪語する。人の性別すら定めることが可能となった我が下半身は、遂に本物の神へ至ったのだと。

 

「見るがいい。私の腰から下を。そしてひれ伏せ──」

 

 感動と興奮にうち震えながら、ハルトマンは己の下半身を女体化したクロノスへと見せつける*9

 

「真なる下半神の威光に」

 

 

 

 ──真・下半神(バーバヤーガ1.35)絶怒張(アウトレイジ)

 

 一方、大量の下半身が展開する物量攻撃と急速な身体構造の変化による体力消耗、更には女体化による筋力低下など、窮地に追い込まれたクロノス。しかし、その顔に諦観はない。

 

「……組み上がりましたよ。あなた方を殺す計画が」

 

 自らの装備を起動させた彼女は、笑った。この戦いの結末を見透かしたかのように。

 

「ニューヨークの殺人見本市と呼ばれた私の、一世一代の完全犯罪。「神殺し」の凶行、とくとご笑覧あれ」

 

 

 ──哲学する殺人鬼(クロノス・パイパー)犯行(クリミナル)

 

 

 

 

 Q.これを見てどう思いましたか? 

 

 A.ロスヴィータ「……脳が理解を拒む光景が繰り広げられている、とだけ」

 

 

*1
八極拳の不動の安定性が『陸の船』と形容されることにかけた小粋な功夫ジョーク。なお近年の研究では老化が進むほど前頭葉のブレーキが利かなくなり、思いついたギャグを口にせずにはいられなくなるという報告がされている。

*2
生殖器官に特化した特定部位複合型の手術。まさか原作でジェットが口にしたチ○コ手術が実在するとは……

*3
深緑の火星の物語コラボ編で追加された新ベース、環形動物型"パロロ"の特性。シゾガミーと呼ばれる繁殖方法で下半身を切り離し、自律行動させることが可能。鬼塚慶次とモンハナシャコ並に運命を感じる噛み合わせ

*4
新ベース、古代爬虫類型“ミクロラプトル”の特性。この恐竜は足に羽が生えていたとされる

*5
『神の槍』由来のベース、軟体動物型”アオイガイ”の特性。交接腕と呼ばれる生殖器を切り離すことができる

*6
新ベース、昆虫型“オオホソクビゴミムシ”の特性。ミイデラゴミムシと同じくベンゾキノンを発射できる

*7
比喩表現ではなく文字通りの意味。『神の槍』由来のベース、昆虫型“トコジラミ”の特性。オスは針状の交尾器をメスに突き刺して交尾する

*8
繰り返すが比喩表現ではなく文字通りの意味。新ベース、寄生生物型“フクロムシ”の特性。寄生したオスのカニの行動や形態をメスにする

*9
注釈:決して性的な意味ではありません




今度こそ後編へ続く(cv.キートン○田)
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