千里のプロデュースもスカウトから。新人プロデューサーの仕事は、担当アイドルを見出すことから始まる––––––。
スーツを着て、落ち着かない様子で彼女は街角に立っていた。行き交う人を横目に見たかと思えば目を伏せ、困った顔をする。
彼女はまだ担当アイドルのいない新人プロデューサーで、そのためにアイドルになれそうな女の子をスカウトしに街まで来ていた。けれど、そう簡単に出会いがあるはずもなく、プロデュースの入り口で早速、迷子になっていたのだった。
努力にいつも結果が伴うとは限らないことも、こういう日があることも分かっている。なのに焦りと不安だけが大きくなっていく。プロデュースもせずに、なにがプロデューサーなのかと。
昨日も、一昨日も、もっと前も、こうして場所を転々としながら、いるかも分からない自分のアイドルを探し続けてきた。こういうときにアイドルに応援してもらえたらなぁと逃げてみたりもしながら。
もう夕方になる。今日は土曜日だ。そろそろ切り上げて帰るしかないか……と思った彼女の目は奪われた。
腰までの長さの綺麗な茶髪がふわりと靡いている。風に乗って、目の前を通り過ぎた彼女の香りがプロデューサーの鼻をくすぐった。やっと見つけた。
その後ろ姿が小さくなって、見えなくなってしまう前に追いかけた。一目見た後、少しの間だけ金縛りに遭ったようになっていたが、走れば追いつくことができた。
呼び止められ、振り向いた彼女に誠意を込めて切り出す。
「あっ、アイドルにご興味などありませんか!」
「……アイドル、ですか?」
驚いている。当然だった。でもこんな食い気味なスカウトでも嫌な顔ひとつしないあたり彼女は人間ができているらしい。
「わたしはこういう者で、さっき偶然あなたをお見かけして、それで綺麗な人だなって思って……ずっと探してたんです」
「ありがとうございます。……アイドル事務所のプロデューサーさんなんですね。でも、どうして私を?」
手順はちぐはぐでも一応渡された名刺を見て彼女は質問した。
「ああいえ、あなたを探してたというのは、最初からあなたを探していたということではないんです。わたしが、『この子ならアイドルになれる』と思える子を探していたという意味で」
「それで私を……。でも、嬉しいですけど私、アイドルに興味はなくて……」
「他に興味があって打ち込んでいることがあるんですか?」
「今は……資格の勉強とサークルとゼミなんかをしてます。色々なことを経験しておきたくて」
「それなら、アイドルの経験なんてどうでしょう? それ以上の掛け持ちは難しいかもしれませんが、でも……」
プロデューサーに捨てられた子犬みたいな目で見られて、彼女は悪いことをしている気分になる。
いかがわしい勧誘の類いならこれまで通り断ろうと思っていた。けれど、このプロデューサーのスカウトのたどたどしさでは人は騙せない。怪しさを通り越して逆に信用できるかもしれないとさえ彼女は思った。
(もしかしたらプロデューサーさんも、初めてのスカウトに挑戦している最中なのかも。そして、私を見つけてくれた……)
「ステージに立てば、そこでしか得られない経験がきっとあります! わたしもプロデューサーとしては新人ですが、一緒に頑張っていけたらいいなって、思ったんですが……」
「……ふふっ、やっぱりプロデューサーさんも、今まさに新しいことに挑戦している真っ最中だったんですね」
予感が当たり、彼女は笑う。
「え? あ、はいっ……そうですが、新人プロデューサーだとますます駄目ですか? スカウト……」
対照的にプロデューサーの表情は暗く、声も沈んでいく。
「そんなことはありませんよ。誰にだって初めてがあって、初めては上手くいかないことがあったり、不安だったりします。だけど、同じだけ楽しいんですよね。アイドルになって歌って、踊って、応援してもらう私……ふふっ、なんだか照れちゃいますね」
「……さっきとは打って変わって好感触ですね?」
恐る恐る顔をあげたプロデューサーと彼女の目が合って見つめ合う。さっきまでも話していたけれど、今この瞬間にやっとお互いがお互いを認めたように思えた。
「最初はお断りしようと思っていたんですが、気が変わったんです。お話、聞かせてもらえますか、プロデューサーさん?」
「本当ですか? もちろんです! じゃあえっと、あそこのカフェでお話しましょうか……お名前を聞いてもいいですか?」
「新田美波です。状況次第では、これからお世話になることもあるかもしれません。そのときはよろしくお願いしますね?」