街で新田美波と出会い、何とか話を聞いてもらうところまで持ち込んだプロデューサーは、彼女を連れて近くのカフェに入った。
そして適当なものを注文し終えた後は色んな話をした。プロデューサーの勤める事務所にはどんなアイドルがいて、どんな活動をしているか。美波ならきっとファンの女の子が憧れて男子にも人気な、かっこよくて綺麗でクールなアイドルになれること。プロデュースの展望。
そうして話をするうち、スカウトで一番重要かつ大変であろうファーストコンタクトを乗り切った後も、ときどき言葉を選ぶというより探しているかのようになるプロデューサーの話し方から、彼女が敬語を使うのが苦手なのかもしれないと思った美波は「プロデューサーさんは私に敬語を使わなくて大丈夫ですよ」と提案した。
すると「あはは……わたし、社会人なのにいつまで経っても敬語が苦手で……咄嗟に言葉がでてこなくて。堅くなっちゃうし。……じゃあそうさせてもらうね。新田さんは敬語でも物腰が柔らかくてすごいよね」とプロデューサーが若干のショックを受けながらも、美波のフォローもあり結果として二人の距離は縮まった。
その流れでプロデューサーが美波に年を聞くと、19歳の大学生ということで、彼女は人知れず納得のいく敗北感を味わいもした。
プロデューサーが美波のことを綺麗で、可愛くて大人っぽくて色気があって、わたしには色気が欠片もないから本当にすごいと思っていて、本当に一目惚れで……と心のままに誉め殺し、美波にただ一言「私は、私よりプロデューサーさんのほうが可愛いと思いますけど」と言われて、社交辞令とかそういうものだからと自分に言い聞かせながらも顔を真っ赤にしながら本気で照れる一幕もあった。
この概ね告白めいた発言内容を後になってプロデューサーが思い出し、思い出すその度に恥ずかしくなってゴロゴロと転がって悶えたくなることは言うまでもない。
話せば話すほど相手のことが分かる。プロデューサーのこととアイドルのことが分かってくると、美波の気持ちはアイドルを経験するほうに傾いていった。
それにこれだけ好意をぶつけられれば、もう疑うことはないのかもしれない。
「それでは、一度レッスンを受けてみていただけるということで……いいかな?」
これまでの会話の終着点で、お伺いを立てるように小首を傾げて、また少し敬語混じりにかしこまったプロデューサーの問いかけに彼女は笑顔を見せて「はい」と答えた。
@ @ @
彼女の歌が聞こえる。
その日、初めてのレッスンを受けている美波をプロデューサーである彼女は見守っていた。
美波の歌っている歌はまだ彼女のために作られた歌ではないが、それでもプロデューサーは耳を傾けて聴き惚れていた。これを録音したCDが欲しい、早く彼女の曲が、彼女のCDが欲しいと密かに思いを募らせているのだった。
あとは公私混同さえしなければ、それはとてもプロデューサーに向いている特質と言えた。
その他にも様々なレッスンを終え、美波がプロデューサーのところに戻ってきた。その表情は明るい。
「お疲れさま。新田さん、初めてのレッスンはどうだった?」
「はい、とても楽しかったです。失敗はもちろんありましたけど、でもそれを糧にしていくんだって。新しいことに挑戦するのって素晴らしいことですよね。アイドル、選んで良かったかも」
「じゃあ、このまま正式に……わたしと、アイドルとして頑張ってくれますか?」
「そうですね……頑張ってみようかなって思います。だから、これからよろしくお願いしますね、プロデューサーさん」
「……良かったぁ」
やっと肩の荷が下りたという風に緊張が解けた様子の彼女を見て、美波はふふっと笑みをこぼす。釣られてプロデューサーも微笑みを見せた。
その後、帰り支度をしながら、美波はプロデューサーに気になることを聞くことにした。
「プロデューサーさん。私、まだ今日レッスンを始めたばかりの身ですけど……どんなお仕事があるんですか?」
自分がすることだから、興味を持つのは自然と言えた。そのことを報告する心の準備がプロデューサーにはできていた。
胸に手を当てて深呼吸をして、目を見ながら……少し目を逸らして、疑問符を浮かべている美波に改めて向き直る。覚悟を決めた。
「グラビアのお仕事が……」
何かやましいことを言っているような感じになってしまった。一瞬の間があって、それを聞かされた美波が口を動かす。
「ぐ、グラビア……ですか? 水着だったり写真集だったりの……? そうなんですね、体型に気をつけなくちゃ」
少し照れながら美波が言う。
「すみません……何かすみません」
プロデューサーは内心、売り込みのときに「新田さんは色気がすごくて……」と言ってしまっていたことの自責の念に駆られて平謝りする。
「そ、そんなことないです! 私、大丈夫です。プロデューサーさんがとってきてくれたお仕事ですし、頑張ります。歌を歌ったり、踊ったりすることだけがファンを元気にする方法じゃないですよね!」
「ファンを元気にする……あっ、そ、そうだよね! 大変だと思うけど、こういうのばっかりじゃないから安心してね!」
何を考えたかまた紅潮しながら不自然に大げさな身振り手振りを交えてプロデューサーはフォローを入れる。
「わたしも新田さんのグラビアを楽しみにしてるから!」
フォローを入れ過ぎた。美波よりもプロデューサーのほうがよほど硬直する。同性とは言え、これは立派なセクハラじゃないのか? という疑問と後悔の渦に彼女は飲まれる。
美波の目には驚きと戸惑いの色が確かにあって、プロデューサーはそれを見て知ってしまったがために、これからのことを思ってきゅっと目をつむる。
けれど、その後に返ってきた言葉に軽蔑の色はなくて、困った人だなぁといった温度だけが感じられた。
「……もう、変なこと言わないでください、困っちゃいますから。でも、新田美波、プロデューサーさんの期待には、ちゃんと答えたいと思います」
そうして向けられた笑顔はとても艶めいていて、プロデューサーの胸はさっきまでとまた違う感情に甘く締め付けられたのだった。