欲求不満なのではないかと彼女は彼女を疑った。そのせいで美波が自らの毒牙に––––––それはいけないことである。
いけないことは、改めなければ。
自分の可愛い担当アイドルに申し訳がないし、そもそも美波もプロデューサーも女の子だ。それでいてプロデューサーは美波を邪な目で見てしまっているのだから、これは由々しき事態なのだ。
そう思ってプロデューサーは考え、そして解決策を思いつく。
そうだ、チョコレートを食べよう。
曰く、欲求不満の女性はチョコレートを好む。欲求不満を解消する代償行為として。
これはプロデューサーが以前どこかで知った知識だ。その情報の信憑性は怪しいところだが、自己不信のプロデューサーはチョコをも掴む。
であるならば、チョコレートを食べれば欲求不満(またはその疑い)は解消されるのだ。そうなのだ。
そう結論したプロデューサーは直ぐに家にあったチョコレートを一粒、口に運ぶ。なるほど、これは。
「甘い……よしっ!」
@ @ @
次の日の通勤途中のコンビニで、プロデューサーはいつものように弁当と、今日は追加してチョコレートを買う。一口サイズのアーモンドチョコが幾つか入ったものだ。
会計を済ませて店を出た彼女の顔に昨日のような憂いはなく、意気揚々と事務所へ向かった。
彼女達の部屋に着いたプロデューサーは部屋の電気を点け、デスクの椅子に腰掛ける。
朝の日差しとひんやりとして澄んだ空気のなか、美波が来るまでは少し寂しいけど今日も一日頑張るぞ! と彼女は気合いを入れる。邪念を振り払った彼女は絶好調だ。
絶好調なので仕事の手も進んだ。午前中、そして午後に入っても彼女は一生懸命に仕事をした。ときどきチョコレートを摘まむと疲れも邪念もまとめて取り払われる気がした。
「そう言えば、最近チョコ食べてなかったから美味しいなぁ……」
これだけ甘くて美味しいなら、欲求不満も解消されるかもと彼女は思う。
思っていたら、事務所のドアが開いて美波が現れた。うん、今日も可愛いとプロデューサーは頷く。
「お疲れさまです。チョコですか? 珍しいですね、プロデューサーさんがおやつを食べてるの」
美波が目敏く、プロデューサーのいつもとの違いに気付く。
「美波ちゃんも食べる? 美味しいよ」
「いいんですか? じゃあ少しだけ……あ、でも外から帰ってきたばっかりだから……」
少し迷う素振りを見せた後、美波はその口からプロデューサーにとってとんでもないことを言った。
「食べさせてもらってもいいですか?」
あまりのことにプロデューサーは口まで開けてポカーンとした後、でもここで変に意識するほうが変かな、だって意識してるみたいで変だし、変だよね、意識してるみたいで! と荒れ狂う内心を押さえつけてチョコレートを一粒手に取る。
「う、うん。じゃあ口開けて……あ、あーん……」
そのままチョコレートを近づけていくと雛鳥みたいに口を開けた美波に食べさせる。「あーん」と言ってしまったことを恥ずかしく思っていたプロデューサーだったが、美波もそれに応えて可愛らしく「あーん」と言ってくれた。
でも美波が口を閉じたときにプロデューサーの指が唇に触れてしまい、プロデューサーは声にならない声をあげそうになって、それでもそれもなんとか我慢した。
「甘くて美味しいですね、うふふ」
「それは良かったです……」
バクバクと暴れ狂う心臓を宥めながら、プロデューサーは笑顔の美波に応対する。いやこれも意識さえしなければなんてことないんだろうけど……とプロデューサーは何かに気付く。
意識さえしなければ。
意識するから特別になる。
それは、美波に対して––––––チョコレートのことだけではない、この間のプールの帰りに、眠っている美波に寄りかかられたとき。初めて美波とすれ違って、一目惚れをしたとき。もしかしたら、美波に邪な目を向けてしまうことでさえも。
美波のことを意識しているから。
欲求不満と言うなら、その好きの気持ちを誤魔化していることこそが欲求不満なのかもしれない。
「……プロデューサーさん? どうかしましたか?」
考え事をすることで急に黙り込んだプロデューサーに美波が聞いてくる。
彼女はそれにどこかすっきりとした表情で答える。
「どうかしてないこともないけど、なんでもないよ。美味しいね」
後になって、チョコレートには催淫効果があることを知ったプロデューサーちゃんが「チョコを食べてなんだかえろいことになっている美波ちゃん」を想像するという部分は話があまりにも綺麗に終わってしまった都合でボツになりました。そのせいか少し短め。