「結局そのまま逃げられ、誰一人倒すことが出来なかったと。総括はそんな感じだな。」
「はは、戦果ゼロって事か。」
「笑い事じゃないよ…。こんなので大丈夫なのかな?」
あの後俺たちはジョーの屋敷に向かい、そこで反省会をしていた。もう少しみんなで楽しくやるものだと思っていたんだけどなぁ。
管理役と打ち合っていた男は、ロズウェルが逃げた後、何もなかったような顔をして俺たちに言った。
「私は聖堂教会から派遣されてきた今回の聖杯戦争の(代理)監督役。Abel=Bianch1(アベル=ビアンキ)です。今後は私が聖杯戦争を管理しますので、よろしくお願いします。」
勿論そんなこと言われたからってすぐに信じたわけじゃない。俺たちを騙し討ちにしようとしているのかもしれないし、そうじゃないにしても都合よく利用しようとしているのではないかと、最初は疑った。
だけど考えてもみろ、『信じないのなら私に逆らうとみなし、この場で断罪―』と言いながら、剣呑な雰囲気で懐をゴソゴソとやり始める、見るからに強そうな男を。
この場で殺されるよりはましだと判断した俺たちは、メルアドと今までこの聖杯戦争について知ったことを教え、早々にその場から立ち去った。
それで今に至るわけだ。憑依に関する情報も今日中に全てのマスターに教えると言っていたし、せっかく他のマスターを出し抜き聖杯を手に入れるチャンスを失い、意気消沈していた。
「ねぇ、そんな事よりも。とりあえずは互いに出せる限りの情報を共有するべきじゃない?うじうじしてたってなんにも始まらないのよ。」
ごちゃごちゃと暗いせりふを吐き続ける俺たちに向け、この場にそぐわない艶やかな声が送られた。
輝く黒い巻髪、ギリシャ風の美しい顔立ち。彼女こそがMOON、守宮さんが召喚したサーヴァントだ。
彼女と守宮さん、クイーンで構成された華やかな女性陣に対して、俺とジョーで構成された男性陣はひどく地味に見える。もう少しかっこよければ絵になるんだけどなぁ…。
「そうだね、ここは少しでも前に進む努力をするべきだ。俺とジョー、それに守宮さんの三人なら、まだまだ勝ち目は十分にあるし。」
「待て。俺は七夢と組むなんて、まだ一言も言ってないが。」
ジョーが口を挟んできた。やれやれ…。まだそんなことを言っているのか。
「冷静に考えなよ、ジョー。ここで守宮さんを敵に回して、俺たちに勝機があると思う?」
「そうは思わん。だが、七夢を味方にしたところで、大して変わるとは思えん。」
「もしジョーがそうしないんなら、俺は守宮さんに付くよ。ここで二人のマスターを相手にするのと、一人仲間が増えるのと、どっちがいい?」
「分かった、分かった。要はお前の言う通りにすれば良いのだろう。だがしかしな―。」
「ねぇ終わった?結局ジョーは私を仲間にするの、しないの?」
「わかった、分かった。要は七夢を仲間にすれば良いのだろう。ここは折れてやるよ。」
しびれを切らした守宮さんが直接ジョーに尋ねた。最初からこうすれば良かったな。
「ありがとう!これから一緒に頑張ろうね。」
「あ、ああ。どうせすぐ負けると思うがな。」
すごく嬉しそうな守宮さんと、頬を赤くするジョー。何か面白くない。
「それで、結局何を話せばいいんだ?俺しか知らない事なんて、ほぼないと思うが。」
「そんなことないでしょ。私たちの名前、つまり英霊の真名はまだ明かしていないわ。それを教え会うだけで十分にお互いを信用できるようになると思うのだけれど。」
「なるほど、案外まともな意見だね。」
ここまで来てようやく建設的な意見が出た。これでこの暗いムードをなくせるかも!
「悪くはないな。だがしかし―(流星にだけは英霊の真名を伏せておきたいな。)」
ジョーよ、そこから先は言わなくても分かる。
「おーい、クイーンとマジシャン。こっち来て。」
守宮さんの呼び声に応えて、向こうで何やらガチャガチャやっていたサーヴァント二人がやって来た。
「一体何の用だ。俺は今お前たちにも使える道具を作っている処なんだが。くだらない話なら後にしてくれよ。」
「私はいつでもいいですよ。ちょうど暇を持て余していた所ですから。」
「何、手間は取らせん。すぐに終わるからな。」
「うん、ちょっと名前を教えてくれるだけでいいんだよ。」
そう言ってから(顔はにこやかなままで)俺とジョーは同時に魔術を発動させた。
「火炎爆発(フレイム・バスター)!」
「THROW ARROW!」
俺の右手から放たれた炎と、ジョーの背後から飛び出した大量の矢が空中で激突した。
「てめぇ、往生際が悪いぞ。ここで気絶でもしてれば全てが上手く行くってのに。」
「何を言うか。俺とお前、どっちが犠牲になるかなど、考えるまでもあるまい!」
悪態をつきつつ魔術の準備をする。こんな所で負けてたまるか!
「氷塊爆弾(アイス・クラッシャー)!」
「STRIKE SWORDS! 」
それぞれが打ち出した必殺の一撃は―
「あーもう馬鹿じゃないの!いちいち喧嘩しないの!」
俺たちもろとも、空中から現出した鳥型のゴーレムに吹き飛ばされた。
「たくもう。本当に君たちってば― そんなんだから― それでどうにか―」
「分かりました。反省、もう反省しましたから、お説教はやめてください…。」
正座をさせられ、無言で叱責され続ける事二十分。俺はそろそろ限界に近付いていた。
「おい、こいつもこう言ってるんだ。ここまでにしようじゃないか。」
「いーや、まだまだ言い足りないね。後三十分ぐらいは…。」
「おいマジシャン、お前の真名を名乗れ。今すぐにだ。」
無理矢理にでもこの地獄から脱出しようとするジョー。見なくても気配だけでその必死さが伝わってくる。
「いや、お前本当に言っていいのか?これって結構―」
「いいからとっとと言え。早くしろ、早くするんだ。」
「ジョー、目がすごく怖いよ。」
見るからに押され気味のマジシャン。がんばれ、ジョーなんかに負けるんじゃない!
「お、おう。分かった分かった。俺の名はダイタロス。ギリシャで一番の発明家だ。」
ダイタロス…。全くピンと来ない、一体どの時代の英霊だろう?
「なるほどね。だからあんなに大きなハンマーを振り回せたんだ。」
「そうだ。クラス名から魔術師が召喚されると考えがちだが、実際の所それには何ら関係性はない。タロットの意味から考えれば、不思議でも何でもないだろう?」
「そうだね。それならさ、私達の武器も作ってもらえないかな。それさえあれば相当パワーアップ出来るよ。」
「別に構わないが、材料はしっかり用意してくれよ?俺は仕事には真剣に臨むタイプだからな。」
俺を無視して、どんどん話が進んでいく。すごく聞きにくい雰囲気だ。
「あ、あのさ…。」
「ん、どうした流星。心配するな、お前の分も一番最後に作ってやる。」
「ダイタロスって、誰?」
そう聞いた瞬間、場が完全に凍りついた。
「ま、まさかお前、知らないのか?」
「そうだけど、悪いかよ。」
ジョーがおずおずと聞いてくる。こうなったら開き直るしかない、
「ハハハハハ!コイツは傑作だ。お前は教養がなさすぎる!」
突然ジョーが大声で笑いだした。すごく失礼だと思うけど、否定しきれない!
「大丈夫ですマスター。私も知りません!」
「私も知らないわ。きっとさぞかし名のある方なのでしょうけれど、無学でごめんなさいね。」
英霊二人が庇ってくれる。励ましは嬉しいけど、クイーン、そこは胸を張って言う所じゃないと思うんだ。
「お前たち二人は知らなくても無理はない。だが現代人が知らないとなれば話は別だ。」
ジョーは吹き出しそうになるのを必死に堪えている。うう…、そこまで言われるような事なのだろうか…。
「ねぇ流星君、ミノタウロスって知ってる?」
そんなムードの中、一人真面目な顔をして話しかけてくれる救世主。ありがたすぎて涙が出そうだよ。
「うん。確かギリシャ神話に出てくる、頭は牛で体が人間の怪物だよね。」
ゲームの中でボスとして戦ったことがある。高い防御力に苦労させられたなぁ…。
「そのミノタウロスを巨大な迷宮に閉じ込めたのがこの人よ。」
「そんな強そうな魔物を捕まえるなんて、すごい方なんですね!」
「あぁ、そう言われると確かに聞いた事があるような気もしないでもないような…。」
「ないような…じゃねぇよ!失礼にも程がある!」
なるほど、伊達に英霊になったわけじゃないって事か。
「それじゃ、次は私の番ね。私の真名は―」
「いや、大丈夫だ。それは聞かなくても分かる。」
名乗ろうとしたムーンをジョーが押しとどめる。
「うん、もうみんな知ってると思うし、言わなくても大丈夫だよ。」
守宮さんもそう思ったみたいだ。まぁ彼女の名はさすがに俺でも分かる。あまりにも有名だからな。
「いや、流星は分かってないか。周りに合わせる必要はない、ちゃんと聞いてこい。」
「そんなわけないだろ。馬鹿にしすぎだよ」
からかってくるジョーを軽くいなす。いくらなんでもなめすぎだ。
「そんなに簡単な問題なんですか…。私には全く分かりません。」
そんな中、クイーンが頭を抱えて悩んでいた。時代が違うんだから、知らなくたってしょうがない。
ちなみにマジシャンはというと、怒りに任せてそのまま武器の制作に戻ってしまっている。ガンガンと響き渡るハンマーの音が怒気を帯びていて怖い。
「それじゃあ、せーので全員で言ってみようか。ついでにクイーンにも教えられるしね。」
「いいアイデアだな。これで流星が分かってないことを証明出来る。」
「だから知ってるって!いいだろう、臨む所だ!」
いい加減に俺の評価を見直してもいい頃だろう。目に物見せてやる!
「じゃあ行くよ。せーのっ―」
「「クレオパトラ!」」
守宮さんの合図に合わせて、俺とジョーが同時に答えた。
「チッ、知らないと思ったんだがな…。深読みしすぎたか。」
納得出来ないような顔をして首をかしげるジョー。まさか本気で言ってたのか?
「ふうん、わたしって存外名が通ってるのね。少し嬉しいわ。」
軽く口元を綻ばせて喜ぶムーン。凄く華やかに見える。
・・・後ろから聞こえてきた『そいつは知ってるのに、俺は知らないのか。』という呟きは無視しよう。
「それじゃ、そこの女の子――クイーンの真名は?」
守宮さんがこっちを向いて言った。小首を傾げた仕草がとてもかわいい。
「えっと…。そういや結局聞いてなかったな。クイーン、真名教えて。」
「嫌です。」
「は?」
「断固として拒否します。」
「何でだよ!他の奴は皆ちゃんと答えたんだぞ。周りからどう思われるか、少しは考えてくれよ!」
心なしか、すでにジョーどころか守宮さんまで攻撃の準備をしているように見える。早くしないと命が危ない。
「だって昨日あんな事したじゃないですか!」
きつい目線でクイーンが睨んでくる。えっと、何の事だろう?
「私の事戦力にならないとか、戦えなさそうだとか、そんな失礼なことを臆面もなく堂々と言ってきましたね。忘れたとは言わせません!」
「ああ、その事か。確かに悪かったと思ってるけど、そんなに怒るほどの事でもないような気が…。」
「いいえ、そんな事はありません。ちゃんと謝ってください!」
「え、今?いや、いいんだけどさ。すいませんでしたっと。これでいい?」
「いいわけがないでしょう!もっとしっかりと、真面目に、礼儀正しく!」
「えっと、それじゃあ、馬鹿にしてすいませんでした。これからは気を付けます。これでどうだ。」
「駄目です。もっと誠意を示してください。」
「もう充分だろ!これ以上はただの意地悪だ!」
「何ですって!どれだけ私があの一言に傷つけられたと―」
「まぁ待て待て。要は流星に真名を教えたくない、そういう事が言いたいんだよな。」
ギスギスした空気の中に、満面の笑みを浮かべたジョーがずけずけと割り込んできた。
「それなら、俺と七夢にだけ教えてくれればいい。これは情報の共有の為にやっているんだから、それで充分だ。」
「お前、勝手に何を―」
「賛成です。」
「右に同じ。」
「私もそう思うわ。」
「…(カン、カン)。」
なんて事だ。俺以外の全員が賛成するなんて、夢にも思わなかった。
「それじゃ決まりだな、エンプレスと七夢、こっち来てくれ。」
そう言ってジョーたちは、別の部屋に移動してしまった。
「はぁ、マジかよ。」
あとに残されたのは俺と、無言でハンマーを振るい続けるマジシャンだけ。置いてけぼり感が半端ない。
「え、えっとマジシャン?俺と何か話す事ある?」
「…(ガン、ガン)。」
「分かりました。俺は向こうで静かにしてますよ。」
さてさて、一体何をして時間をつぶそうかな。
「よし、これで完成だ。」
軽く辺りを探して見つけたトランプを使い、タワー作りに挑み続ける事二十五分。俺はようやく最後の一枚を置き、この大作を満を持して仕上げようとしていた。
思えば色々な事があった。最初の足場をどれだけしっかり置くかに執着したあの頃、一枚一枚置いていくだけなのに手先が震えて止まらなかったあの頃、少し慣れてきて速く置けるようになった事を無性に嬉しく感じたあの頃…。どれも今振り返ると、はるか昔の事の様に感じる。
それら全ての終着点が、ここにある。辛い事も悲しい事も、すべてを受け入れてここまで来た。
目線を前にやれば、こちらを真剣な顔で見つめるマジシャン。
彼は俺がトランプタワーを組み立て始めてから、道具を作るのを中断してくれた。
そこに在るのは暖かな眼差し。『良く頑張ったな』口には出さなくても、そう思っているのが分かる。
トランプタワーを通して、俺と彼は今、確かにお互いの事を理解しあっている。そんな事実が、俺の胸に大きな感動を抱かせた。
ここまでの努力はこの一瞬の為に。己の全てを出し切った結果がこれだ。
俺は万感の思いを込めて、持ち上げた右手を――っ!
「流星、今終わりましたよ。」
――置くよりも早く、クイーンが開いた扉が起こした風が、トランプタワーを吹き飛ばしていった。
凍る空気。明白に発せられる殺意。全ての空間を満たした後、それはただ一点に向かって収束していく。
「どうしました?そんな顔して、まるで私が何かやらかしたみたいじゃないですか。」
それに気付かず、あくまでとぼけてみせるクイーン。なかなかいい度胸じゃないか…!
「別に何でもないよ。ちょっと己の全てを賭けた努力の結晶を、一瞬で破壊されただけだから。」
「満面の笑顔で言われると、少し怖いのですが。まぁ気にしてないならいいですよね。それなら早く夕食を―」
「何でもないからさ、ちょっとそこで土下座してくれないかな。」
「キャー!誰か、誰か助けてください!」
「どうしたエンプレ――って流星、全身に魔力を纏わせて、一体何をするつもりだ!」
「魔術刻印、総展開(システム・エマージェンシー)!」
「待って流星君!家の中でそんな物ぶっ放したら、全部まとめて吹き飛んじゃうよ!」
「地獄の大奔流(デス・スプラッシュ)!」
―その後の事はよく覚えていない。ただ、怒り狂ったジョーが、『なんでこんなことしなきゃならんのだ。』と言いながら、ごちゃごちゃした後片付けをしていたような………?
「流星、おい流星。」
「あれ、ジョー。今俺って一体何してた?」
唐突に意識が戻る。ついさっきまでやっていた事を思い出せない違和感が、胸の中で渦を巻く。
「おい、マジかよ。俺の苦労を全部帳消しにしやがって、この大馬鹿野郎。」
目線をやると、そこにはエプロンをして、食器を洗っているジョーがいた。
「七夢達女子陣は風呂に入ってる。エンプレスには風呂に入る習慣がないらしくてな、あのバカが無駄に騒いでうるさくて敵わん。夕飯はもう食べたぞ。久しぶりに食べたお前のハンバーグはおいしかった。四人分を六人で分けたから量が少なかったが。まぁ良しとしよう。とっととお前も手伝え。」
「お、おう。」
覚えていないなりに、一応働いていたらしい。さすが俺、おかしくなっても真面目だ。
「お前のその妙な『気絶体質』はどうにかならんのか。イギリスでも色々と迷惑をかけられた。」
溜め息をつくジョー。いや、悪いとは思ってるんだけどね。
「仕方ないだろ。魔術刻印の副作用なんて、どう対処しろってんだよ。」
時計塔の師匠には、魔術刻印が多すぎる性で、それを管理する脳がオーバーヒートしやすいのだろうと言われた。薬の定期的な摂取である程度は治せるらしいけど、あまりに高すぎて手が出せないままだ。
「いや、分かってはいるんだがな。人の苦労を全く知らないでいると思うと、多少癪に障るというだけだ。」
苦笑いを返された。話題を変えたほうが良さそうな気がする。
「それにしても、ジョーって意外に家事ができるんだね。そのエプロンなかなか似合ってるよ。」
「それは褒め言葉なんだろうな。向こうではお前が殆どやってくれていたが、俺だって出来ないわけじゃない。」
ジョーとたわいもないことを話しながら、家事をこなす。そんな平和な時間が、地味に楽しかった。
次回は本命、というかこの話のラスボスの登場です。今から不安だな…。