『ジリリリリリリリリリリ!』
「ん、ああ。もう朝か。」
唐突に夢から覚めた。差し込む朝日が、新しい一日の始まりを告げる。
「あれ、ここは…」
天井にシャンデリア。傍らに大きな本棚。見知らぬ光景に目眩を起こしそうになる.
そう言えばジョーの家にいるんだった。聖杯戦争の為に建てた割に立派で、ホテルに泊まっているみたいだ。
「もう少し寝てたいなぁ。まぁ、そんなのんきなこと言ってると普通に遅刻するんだけど。」
取りあえず着替える。それにしても昨日の執事さん凄かったな。あんな大きい風呂敷でまとめて持って来るとは思わなかった。一体どんな修行を積んできたんだ。というか、それを何も言わずに受け取るジョーってナニモノ?そんなに偉かったの?
寝惚け眼をこすりながら部屋を出る。静まり返った廊下は、人の気を感じさせない。
「やっと起きてきたのか。寝起きが悪いのは相変わらずだな。」
リビングに入ると、ジョーが眠そうな目で酸素吸入器を使っていた。
「まだ喘息治ってなかったのか。大丈夫か。」
「お前に心配される程じゃない。それに、朝これさえやっていれば何の悪影響もないしな。」
空気を吸い続けるうちに、ジョーの目に輝きが戻ってくる。赤色の目をしているからか結構不気味だ。
「さて、朝食でも食べるか。」
ジョーが椅子から立ち上がり、トーストと目玉焼きを取ってきた。あれ、のんびりしすぎたかな。
「あれ、もうそんな時間?俺もちょっとは急がないと。」
「いや、俺には学校も何もないからな。単に早く目が覚めただけだ。ほら、おまえの分もあるぞ。」
そういやそうだった。こっちにいる間は暇だろうなぁ。
朝食を受け取り、席について食べる。目玉焼の焼具合がちょうどいい。
「というか、お前学校に行くつもりなのか。聖杯戦争の間ぐらい何とかして休めよ。」
「いやー、これ以上休むと単位が危ないんだよね。夏休みにやってくれたら良かったんだけど…。」
「呑気な事だな。この辺りにお前以外の魔術師がいないからいいようなものを、魔術師戦は起こさないようにしろよ。一般人を巻き込むと、色々と文句を言われそうだからな。」
「はいはい、分かってますって。」
上から目線の忠告を軽く受け流す。(別に学校で妙な動きがあったわけじゃないし)何の問題もない。
「そういや女子陣はなにしてんの」
「昨日夜遅くまで喋っていてな、今朝一緒に魔術の鍛錬をしようと誘いに行ったら、もう2時間寝かせてくれと言われた。七夢はいつもの事だからいいとしても、霊体化すれば食事も何もいらないサーヴァントどもまで寝ているのは、無駄としか言いようがない。」
ちなみにマジシャンは昨日からずっと工房で道具を作っている。寝る前に見に行ったら『俺の邪魔をするな』と大声で怒鳴られた。職人の執念ってのは恐ろしい。
「俺はこれから学校に行ってくるけど、お前はどうすんの」
「軽く辺りを見回って、結界でも張っておく。その後は…イメージトレーニングでもするか。昼間っから戦うわけにもいかないしな」
「随分と呑気だね。ジョーの事だから、『先手を取って魔術師を見つけてやる』とでもいうのかと思ったよ」
「おいおい、あまり馬鹿にするな。俺にだって常識はあるさ。」
右手を振って眉を顰めるジョー。どうやら本気にしたようだ。
「ごめんごめん。ただの冗談だよ。そうだ、帰りに一回家に寄って良い?持ってきたい物があるんだ」
「別にいいが、エンプレスは連れて行けよ。万が一ということもあるし、おかしな事があったらすぐに連絡しろ」
「ああ、分かった。それじゃ、行ってきます」
鞄を引っ掛けて、学校に向かう。今日は時間にも余裕があるし、のんびり行こう。
ゆっくり歩き続ける事十五分。長い下り坂を降り続けてようやく校門にたどり着いた。
朝練に勤しむ生徒たちの声が校庭から聞こえてくる。活気に満ちた声が、自分にもやる気を分けてくれる。
これから始まる聖杯戦争で勝ち抜くには、ほんの僅かの気合いでも重要だ。いざという時相手より一秒でも早く決断出来れば、それが未来への鍵になる。
俺がどうやったら上手く戦えるかを、脳内でじっくりシミュレートしていると―
「あ、流星。こんな時間にどうした。ああそうか、苦難に喘ぐ我が剣術同好会への入部をついに決心したのだな。それは良かった。早速入部届けにサインをしてくれ。今すぐダッシュで職員室に提出してきてやるぞ!」
耳障りな声が、それを強制的に塗り潰した。
「朝っぱらからお前の顔を見るなんて、俺はよっぽどツイてないんだな…」
「ほら、このペンを受け取るのだ。ここに在る二枚の書類にサインするだけで、君も今日から文武両道、才色兼備のスーパー高校生だ!」
「うるさい。俺にそんな気はないよ。仮に入るとしても、お前がいる間は絶対に嫌だ。」
「そうか。やっと部員が増えるのかと凄く感激していたというのに、薄情な奴だな」
そう言って俺の最近の大きな悩みの種である女子生徒、守神光は俯いた。
「残念系美少女」彼女の紹介をするなら、この一言で用が足りてしまう。
百メートル12秒台の運動能力と、学年でトップ30に入るほどの成績、さらには金髪碧眼の物語から出てきたような容姿(母方がフランス人らしい)を、その性格が全て台無しにしている。
何でも彼女は、三年前まで海外で生活していた間、日本のイメージを時代劇や漫画で得ていたせいか、日本にはまだニンジャやサムライがいて、皆刀を持っているのだと本気で信じていたらしい。
そのせいで口調も変になり、あまつさえ『二次元の日本文化を広めよう!』とか変な事を言い、部活を立ちあげるイタイ奴になってしまった。
そんな変な奴と何で知り合いなのかって?何という事もない。単に彼女が俺の名前を見て、自分と同じ帰国子女だと勘違いして、俺に話しかけてきただけだ。
そんなわけで、俺にとって彼女は疫病神以外の何物でもない。何者でもないんだけど…
「いや、悪いな。まったく入りたくないわけではないんだ。ただ、俺にもいろいろとあって、今忙しくて。」
美少女が悲しそうな顔をしていると、なんだが自分が悪いような気がしてくるから不思議だ。いや、もちろん俺には一切悪いところはないと断言できるけど、何というかこう―
「そうか、それは『忙しくなくなったら入部する』という意味だな。一体どんな問題を抱えているんだ。教えてくれれば、私が全力で解決に当たってやろうではないか。」
さきほどまで抱きかけていた感情が気のせいだった事を、俺は痛感した。
なおもうるさくしゃべり続ける守神を振り切り教室に入る。早く来すぎたせいか、教室には誰もいなかった。
席に着き、鞄から図書館で借りた本を取り出す。暇つぶしには最適だ。
さてと、どこまで読んだっけか…
「へぇ、君もそんな分厚い本読むんだね。意外だな、感心しちゃうよ」
「えっ!」
「何をそんなに驚いてるのさ。俺だよ、俺」
突然の声に驚いて振り向くと、そこには木暮が立っていた。
「いや、気づかなくてさ、悪いな」
冷静に考えてみれば、鍵が開いていたんだから誰かいるのは当然だ。我ながら馬鹿だな。
「気にしなくていいよ。俺も暇だったし、会話する相手がいるなら時間つぶしも出来るしね。」
「そういや、お前は何でこんな早く学校に来たんだ。なんか部活にでも入ったのか」
「単に早く目が覚めただけだよ。今のところどこにも所属するつもりはないな」
「お前ならどこでも大活躍できそうだけどな。まぁ、それならそれでいいけどな」
もったいないとは思うけど、本人がそう言うのなら仕方ない。ここは肯定するべきだ。
「走れ、皆の者!鍛錬さえ積めば、いつかは必殺技だって打てるようになる!」
窓の外から守神の声が聞こえてくる。やれやれ、いい加減に少しは真面目に―
「あの部活面白そうだね。一体どんな活動してるんだろう」
「待て、あの部活だけはやめておけ。悪いことは言わないから。絶対後悔するって!」
「え、でも楽しそうだし、皆仲良さそうだし」
「いいから俺の言うことを聞け!」
本人がそう言うなら仕方ないのかもしれないけど,あまりにもったいな過ぎる。ここは絶対否定するべきだ。
天才系の人はみんなセンスがおかしいっていう法則でもあるんだろうか。あまりにも別次元過ぎて、凡人の俺には分からない何かの波長でシンクロでもしてたりするのかな?
とにかく、残念な人をこれ以上増やさないために、俺は守神をその場から窓越しにとっとと追い出した。
これで落ち着いて話せる。俺がよく周りのやつに言われるようにボッチ系でないことを証明してやる!
「さてと、それで木暮君―」
と、いきこんで振り向いた瞬間、俺の目には猛然と突き進んでくるたくさんの生徒が映ったのであった。
次回、ようやくまともな戦闘が描けます!