「一体何者?私に何か用かな。」
守宮は後ろを見ずに話した。右手には魔法陣を持ち、何時でも投げつけられる様に体勢を整える。両脚に力を籠め、いつでも駆け出せるようにする。
『一般人にせよマスターにせよ、面倒なことになったわね』
「おお、怖いなぁ。そう喧嘩腰になる事はない。取って食おうってわけじゃあるまいし」
「御託はもう終わった?別に私は今から一戦交えてもいいんだけど。」
そうやり返した守宮の耳を、耳障りな甲高い笑い声が打った。
「勇ましいお嬢さんだ。まぁいいだろう、昔からその手の女は嫌いじゃない。君みたいのがたくさんいらっしゃる場所には慣れてるからね。」
「減らず口を叩かないで。時間の無駄だよ」
「はいはい、分かってるよ。君が思ってる通り、僕はこの聖杯戦争に参加しているマスターの一人だ。名は――そうだな、DEBIL、とでも名乗っておこうか」
一息入れ、相手のセリフが終わるか終わらないかの内に守宮が振り向く。其処には流星と同じ学校の制服を着た、容姿端麗な少年が立っていた。
「この状況でも憑依させてないなんて凄い度胸だね。感心しちゃうよ」
「いや、もうやってあるぜ? ステータスが見えないのはその手の宝具を使ってるからさ。いきなりやられるのは御免だからね」
それを聞いて守宮は小さく舌打ちした。それでは相手の強さが分からない。協力して敵を迎え撃つか、こいつを置いてさっさと逃げるか、判断が付きかねる。
「全くもう、全然話が違うよ!結局この土地の魔術師は何人いるの、もう後二十人ぐらい出てきても驚かない」
『口に出てるわよ。もっと慎重になりなさい』
「おいおい、何を馬鹿なことを言ってるんだ。この土地の魔術師は一人だろ」
「君と流星君で、最低でも二人はいるよね?それにあの魔女軍団も入れたら、大体30人以上。多分あれだけじゃなくもっといるから、最終的にどれほどの人数になるんだろう…」
『三桁はくだらないと思っておいた方がいいかもね。いちいち一人一人倒してたんじゃきりがないわ』
強烈な疲労感に襲われる守宮。まだ始めてもいないのにイメージだけで憂鬱な気分になってしまう。
「ああ、そうか。君まだ知らないのか」
したり顔で少年が手を打った。口元には優越感いっぱいの笑みを浮かべている。
「丁度いいころだな。ちょっとそこ見てもらえる?そろそろ”戻る”はずだよ」
「?ねぇ、それってどういう―」
「言う通りにすれば分かるから、ちょっと黙っててくれ」
発言を遮られて少し眼光を鋭くする守宮。しかしその眼はすぐに驚きに見開かれる事になる。
地面に気絶して倒れていた魔女が少しずつ変化していく。黒いマントと帽子を身に着けた如何にもそれらしい物から、青色のセーラー服を着た女子高生の姿に。付近をうろうろと飛び回っていた箒もただの黒色の鞄になり、燃料が切れたかのように地面に落下してしまった。
「礼装の魔力切れかな?それで、これがどうしたの?」
「良く調べてみろよ。そいつの体に、全く熊力を感じないだろう?」
少年に促され、守宮は彼女の近くに寄ってその体に触れた。暫くそれを続けた後、弾かれる様に腕を離す。
「本当だ!いやでも、そんなはずは…」
『そうね、それならさっきまでのは全部幻だったって事になってしまうも。』
「別におかしくなんかないよ。それはHERMITの宝具、闇に惑えし狂乱の祭典(ナイト・オブ・ワルプルギス)の力さ」
何でもない事の様に少年はさらりと言い捨てる。相手への気遣いが全く感じられない。
「さっきからさ、君は何でそんなこと知ってるの?」
「自分で調べたというか、向こうから情報を引き出したというか……。ま、そんな細かいことは気にしなくてもいいと思うよ」
守宮の当然の疑問は、大袈裟なジェスチャーと共に冗談交じりに誤魔化された。
「さて肝心の宝具だけれど、ある一定の範囲内の男性を眠らせ、女性を強制的に自身の手駒である魔女に変える力を持っている。既に自分の力で神秘を行使出来る魔術師には聞かず、またその元となった逸話により夜にしか発動できないという制限はあれど、中々強力な代物だと言えるね」
「へ、へぇ……。そこまで分かってるなら、真名ももう分かってるんじゃないかな?」
すらすらと並べ立てられる新しい情報。それら全てを少年一人が握っている事に、守宮は戦慄した。
仮に情報を制御する力を持った宝具か何かを使ったとしても、そんな情報はそう易々とは手に入らないはずだ。聖杯戦争においてそれを見破られる事は、自分の切り札が読まれる事以上に大きな意味を持つ。
真名―――英霊の正体までもがそこから推理され、本来余裕で勝てるはずの相手に致命的な弱点を突かれて窮地に追い込まれる事だって、十分に有り得る。
「いや、あいつに真名はない。なぜって、”魔女”という概念その物だからね」
そして何より恐ろしいのは、相手がそれをどんな手段で手に入れたにせよ、一切隠蔽する気がない事。この程度の情報を掴まれたとしても、自分は簡単にそれ以上を得ることが出来ると思っているのだ。
「偶然神秘の力を手に入れたり、ほんの少し薬草に詳しかったり、自身にあった稀有な才能で人々を助けた人々。自身の信条に従い、決してそれを曲げなかった者。まぁ中には本物の魔術師もいたかもしれない。そういう人達、教会や周りの人々に迫害され、魔女狩りの犠牲となって死んでいった者。彼らの深い恨みで、あのサーヴァントは出来ている―――ねぇ、俺の話聞いてる?」
「え? あ、うん。勿論だよ」
頭を振って相手を見据える守宮。まだ詳しいことも分かっていないのに、相手を恐れてはいけない。戦う前から飲まれるなんてもっての他だ。
「それじゃ、とっとと片付けようか。あれは正面対決はそんなに得意じゃない。普通に戦えば十分に勝てるさ」
「別にいいけど、あなたの真名は?どうせ私の英霊の名前はもう知ってるんだろうし、教えてくれない?」
「本気で聞いているのかい?この姿から少しは考えてみたら?」
そんな事を言われたって、そもそも本当に憑依させているのかさえ怪しいその姿から、推理なんてできるわけがない。守宮は無言で肩をすくめた、
「そうかい、それなら教えてあげよう。僕の英霊は、君のそれとも大きく関わりがある。かつてローマを支配し、すべての民に愛された男――」
そこで一旦口を止め、少年は両腕を左右に広げた。
「偉大なる独裁官、ガイウス・ユリウス・カエサルさ」
次回はもう少し早く投稿しようと思います………