そこには恐ろしいほど美しい女性が立っていた。赤みがかった茶色の縮れ気味の髪をしていて、よく似合う赤い派手なドレスを着ている。目つきはちょっときつくて、かわいいというよりはきれいって感じの顔つきだ。
「ごきげんよう。お前が私のマスターですか」
声は涼やかで、鈴の音のようだ。若干上から目線なのが少し気になる。
まるでどこかの王女様の様だ。いや、実際そうかもしれない。
これからこの人と一緒に戦うことを考えると心が少し傷んだ。自分の欲望の為に手を汚してもらうなんて、冷静に考えると随分と都合がいい話だ。
そんな事を考えると、なんだか申し訳ない気分になってきた。
「どうしました?いつまで呆けているつもりですか。早く正気に戻ってください」
ふと我に返る。そうだな、早く話さないと、相手に迷惑だ。
「えっと、君って俺のサーヴァントだよな」
「ええ、そうですが。他のなんだと思っているのですか?」
キョトンと不思議そうな目つきでこっちを見てきた。
「ああ、やっぱりそうだよな。あんまり実感わかなくて…」
「ふふ、そんなに驚きましたか。少し嬉しいですね。」
口元に華やかな笑みを浮かべ、得意げな表情を浮かべる。やっぱり百戦錬磨の戦士には見えない。むしろ見れば見るほど、そんな場にはそぐわないように感じる。
「今までどんな戦闘をしてきた?戦いとかしたことある?」
「もちろんありますとも。どうしてそんなことを聞くのですか?」
「いや、そんな見かけだからさ。なんというか、君と一緒にこれから殺し合いをするのはちょっと…」
「わ、私と一緒では不安だという事ですか!」
顔を真っ赤にしている。どうやら怒らせてしまったみたいだ。
「これだから男は…。いいですか、女性だから戦えないと思っているのならそれは大きな間違いです。お前のような三流の魔術師よりは、私の方がよっぽど優秀です」
「さ、三流ってさ、そりゃ否定はしきれないけど。初対面のヤツにいきなりそんなこと普通言わないだろう」
「出会い頭に“お前は戦力にならない”というような者に言われたくはありません!」
そう言うなり、彼女は横を向いて膨れっ面をした。悪い事言っちゃったな…。
「えっーと、とりあえず、真名を教えてくれ。それぐらいの情報共有は必要だろ?」
この何とも言えない空気を何とかする為、あえて笑顔で言ってみる。
「貴方に名乗る名などありませんっ」
ダメだ。何の効果もない。
「なぁ、頼むよ。俺こういう感じのイベントに参加するの初めてでさ。この日の為にずっと準備して来たんだ。周りの奴に“お前にはまだ早い”とか“無理があるだろ”とかさんざんに言われてさ。こんなくだらない事でもめて敗退とか嫌すぎる。ここで勝てなきゃせっかくのチャンスが無駄になっちゃうんだ。もう“ブレドアリナ家?ああ、昔の伝説に出て来るアレ?まだ残ってたんだ”とか自己紹介するたびにヒソヒソ陰口を叩かれたくないんだよ…」
さっきまでの感傷が戻ってきた。外はまだ真っ暗、俺は何をしているんだろう。
「グチグチうるさい奴ですね…。わざわざ言わなくても見ればわかるでしょう」
それを見て少しは同情してくれたのか、彼女は児童を慰めるような口調で諭してきた。
そうだな…。その恰好と性格からして…。
「マリーアントワネットかな」
美しさで世界を統べるわ!、みたいな感じでぴったりじゃないか。
「一体誰ですかそれは?そんな名前は知りませんよ」
「あれ?違ったかな。いや、それ以前に通じてない?」
どうやらフランス革命より前に死んだ英雄らしい。それより前で女性の英雄となると…ジャンヌダルク?いや、ドレスは着ていないと思うけどな。
「戦いになってから宝具の真名を開放しますから、その時に確認してください。」
「ああ、分かった。でもさ、実はひどくマイナーな英霊だったりしないよな?世界で最初に勇者に助けてもらった人とか。」
如何にもそういう感じの見かけだしね。それで、勇者と派手な恋物語を演じるんだ。
「お前は私の事を絶対に馬鹿にしていますよね!」
結局さらに怒らせてしまった。何が良くなかったのだろうか。
そんな話をしている中、突然右手の甲に鈍い痛みが走り抜けた。
「痛っ―。」
思わずそこを抑えると、不思議な物が目に入った。
血で直接描かれたような絵と文字が、手の甲に浮かび上がっている。
「E、M、P、R、E,S,S。女帝か。」
「? なぜそんな事が分かったのですか。まだ話していないのに?」
お、こっちに興味を持ってくれたみたいだ。
「この聖杯戦争ってさ、クラスがタロットカードになぞらえて設定されてるんだ。ま、愚者――フールのクラスだけかけているんだけど。で、そのクラスに対応する絵柄が右腕の甲に現れるようになってるんだよ。」
魔術教会の管理者から聞いたうろ覚えの知識を総動員して説明する。それにしてもすぐに見やすい場所で良かった。背中だったら魔術刻印と混ざって、何が書かれているか全く分からないものな。
「タロットカード、ですか…。占い遊びに使うあれですね。庶民が遊んでばかりで仕事をせず、何度も禁止令を出したものです」
「はぁ。それは凄いね。」
「むっ。その反応…。信じていませんね」
「いや信じるよ。でも見かけと言っていることが、どうも合わないというか…」
「またそのような態度をとって。先程確かに言ったはずですよ。お前のような考えを持つ男がいるから―」
『プルルルルルルルルルルルルルルルルルルル!!!』
場の空気が再び険悪になりかけたその時、彼女の話を遮る形で突然電話が鳴りだした。
「わっ!いきなり何の音ですか?」
びっくりしている彼女を横目に電話を取る。誰だか知らないけどナイスタイミングだ!
「はい、こちらブレドアリナ・K・流星です。どちら様でしょうか」
「俺だ。もうサーヴァントの召喚は出来たか?まぁお前の事だ。まだ準備さえ出来てなかったりしてな。」
ハハハハ、と受話器の向こうから神経を逆なでする笑い声が聞こえてきた。
「お、お前か」
この必要なく嫌味を織り交ぜてくる感じ、間違いない。こいつは…。
「よぉジョー、久しぶりだな。」
「こちらこそだ流星。そのバカっぽい感じ、全然変わってないな。」
こいつの名前はジョージ・U・ストーン。イギリス生まれでイギリス育ちの由緒正しき魔術師で、時計塔での修行仲間。態度から分かる通りなかなかの自信家だ。
「それでそう言うお前の方はどうなんだよ、もう召喚は終わったのか」
「当たり前だろう。三時間前に終わらせた。この戦いに参加する者の中では恐らく一番最初に違いない。誰も夜の間に召喚していけないとは言っていないからな。」
なるほど、同じことを考えたのは俺一人じゃないって事か。
「それで、監督役には報告したのか?まさかサーヴァントに気を取られて、すっかり忘れてるんじゃないだろうな」
「な、なぜ分かった!」
まさかすでにジョーの使い魔に見張られているのか?いつの間に仕掛けたんだ!
「何を驚いている。日頃のお前の態度から簡単に推理できることだろうが。というかお前、報告せずに参加するつもりだったのか?なかなかいい度胸じゃないか」
「ああ、そうか!」
そういえば、サーヴァントを召喚できたらちゃんと連絡しとけって言われてた様な…。
「はぁ…。やはりな。だから軽い気持ちで参加するならやめておけとあれほど言ったのに、もうそんな失敗をして、そんな風で大丈夫なのか?」
「余計なお世話だ。そんなことより、約束覚えてるか?」
「聞くまでもないだろう。間違っても時間に遅れるなよ。」
「わかってるって。それじゃな。」
電話を切って、ふと隣を見てみた。
「お、おおっっっっっっっ!!!」
なんでだろう。やけにキラキラした目で見られてる気がするんだが……。
「す、すごいです!まさかお前のようなものがそんな複雑な道具を扱えるとは思いもしませんでした!」
「あ、ああ。そりゃどうも」
それって俺の事を褒めてくれてるつもりなのだろうか?複雑な気分だ。
「あのな、これぐらいのこと現代人なら誰だって出来るぞ。というか、君だって知識だけなら持ってるはずじゃないのかよ?」
召喚の時、どこかで失敗でもしてしまったのだろうか。
「だ、誰でも出来るのですか!お、恐ろしい時代に来てしまったものです」
ダメだ。会話出来てる感じがしない。
「………まぁなんだっていいや。そういえば、君の事これからどうやって呼べばいいかな。いつまでも君だなんて呼び続けるわけにはいかないだろう。」
やっぱりこれから一緒に戦っていく仲間とは、少しでも親しみやすく話したい。
「え〜と、どうしましょうかね。」
彼女は少し考えた後、
「女王陛下と呼んでください。」
と、臆面もなく満面の笑みで言ってきたのだった。
次回はもう少し後に投稿しようと思っています。
少ない書き溜めがどんどん減っていく…(涙)。