結局交渉の結果、彼女のクラス名であるエンプレス(女帝)…は言いにくいので、クイーンと呼ぶ事になった。最終的には彼女も納得していたし、結果的には良かったのだろう。まさかその程度の事で1時間も揉めるとは思わなかったけど。
その後、俺は明日の学校に備えて寝床に着いた。少しでも気分を落ち着かせようと頑張ったけど、結局寝付けず暫く無為な時間を過ごした。それはまぁしょうがない。実質眠れたのが一時間ぐらいでも、別に悪いとは思わない。
だけど、こんな目に遭うのは納得できない。この感情を伝える為、大声で叫ぶ。
「今何時だと思ってる!まだ5時だぞ!普通昨日午前2時に寝た奴をこんな時間に起こすか?もう少しぐらい寝かせてくれたっていいだろう!」
人がいい夢を見ていたところを思いっきり揺さぶって起こしてきた上に、熟睡してるふりして誤魔そうとしたらベッドをひっくり返された!なんなんだコイツは、必要に応じて鬼人に覚醒したりするような感じなのか?
「何を怒っているのですか?私に従うものが私より早く起きるのは当然でしょう。ほら、着替えの準備をさっさと始めてください。ところで、ここにはお前以外の者はいないのですか?使用人が一人もいないとは、ずいぶんと質疎な家ですね」
いかにもそれが当たり前、といった態度で接してくる。あのなぁ…。
「失礼な奴だな。今時家にそんなの置いてるのは少女漫画の男主人公ぐらいだ。大体俺一人しか住んでないんだから、もしいたとしても無駄なだけだ。」
とはいえ、元々はこの家にも何人かはその手の者がいた。腐っても名家、その程度の事はステータスとして当然だ。時計塔に行っている間に俺の両親が病気で亡くなってからは別々の家に行ってしまったけど、今でも手紙ぐらいはやり取りする仲ではある。
そうは言っても、そんな事は今何の役にも立ちゃしない。はてさてどうしたものか…。
思案顔になる俺を見て、彼女はなぜだか嬉しそうに
「色は青で,清楚な感じがいいですね。コルセットは張り骨の部分が銀で出来ている物が身に付けやすいです。スカートはやはり大きくたっぷりしている物に強く惹かれます。ティアラは…」
なぜだか服装のリクエストを始めた。しかも非常に細かく複雑に。
「何を勘違いしてるのか知らないけどな、俺の家に女物の服はないぞ。サーヴァントなんだから服がなくてもやっていけるだろう」
「そ、そうですか…。そうですよね、ここは遠くの人間と会うことなく話すことができるような時代。そんな些細な文化は消滅してしまったのでしょう。」
残念そうに間違った解釈を堂々と披露するクイーン。まぁ納得してるなら何でもいいか。
「そういや朝食はどうするんだ?俺はフル・ブレックファーストにするけど、クイーンは?」
「私の様な高貴なものが朝食を頂くと思うのですか?その様な文化は庶民の物、私達とは関係ありません」
朝食を食べる文化がないなんて、こいつは一体どこのどんな時代の英雄なのだろう?服装からしてヨーロッパ系であることは確かだろうが、そこから先がさっぱりわからん。
「要はいらないってことだよな。分かった、それならそれでいいよ」
むしろ作る手間が省けた分だけ喜ぶべきところだろう。
まず、紅茶を入れる為お湯を沸かす。フライパンにベーコンを入れ、トマトを刻む。
この料理は品数が多いので、朝の短い時間でどれだけ早く準備できるかが勝負だ。
パンをトーストし、ソーセージをフライパンに放り込む。ベーコンから油が出てきたのを確認したところで卵を割り、焦げ付かせないようコンロの火力を少し下げる。
パンにマーマレードを塗り、皿の上にそれを載せて、そこにソーセージを並べる。
一息ついてから、ベーコンエッグの焼け具合を確認する。うん、俺の好みのやや固めになっている。それを皿の上に載せて完成!うん、我ながらうまく出来たといえるだろう。
リビングに完成した朝食を持っていった俺を、クイーンが驚きの目で見ている。うん、悪い気はしないな。
「恐ろしい速度で作り上げましたね…。王室専属の料理人並みです…」
「時計塔にいる間にこういうスタイルの朝食にはまっちゃってさ。こっちに戻って来てから何度も試作して、ある程度は出来るようになったんだ」
そのまま自慢話をしようとする俺のセリフを、ピーピーという甲高く恐ろしく大きい音が遮った。
「しまった!やかんにお湯を沸かしたのをすっかり忘れてた!」
「やっぱり大した事無かったですね」。
そんなクイーンの声を後ろに聞きながら、俺は慌てて走っていった。
朝食を食べた後、軽く掃除をしてから学校に行く準備をした。ここまではいつもの朝だ。
とても早く起きたことと、そうやってせっせと働いている間、クイーンがじーっとこっちを見てきていたことを除けばの話だが。
「どうしたんだ、そんなに見つめてきて。何か変な物でもついてるかな?」
「…別にいいです。おいしそうな料理を一口も分けてくれなかった事も、掃除をしている間いくら話しかけても聞いてくれなかった事も、全く気にしていませんから」
「なんだっていいけどさ、俺学校に行くけどクイーンはどうする?」
「軽く無視されました…。まさかもう話す気もないと言いたいのでしょうか。『パートナーが私のような者ではあてにはならない』と昨日言っていましたが、存在すら認めてくれない程嫌だったとは…」
どうしたんだろう?何か一人でぶつぶつ言い始めたぞ。
「なぁ、俺の話聞いてる?」
「は、はいっ、もちろんです。霊体になってどこまでもついていきますっ。それでいいですよねっ。」
「あ、ああ。そ、それなら構わないけど…。」
何だ。何が一体彼女をこんなにハイテンションにしたんだ。
まぁいいや、とにかく学校に行くぞ!と思っていたところで、大事な事に気付いた。
「しまった。今の時間が普段より1時間ぐらい早いってことをすっかり忘れてた」
時計を見てみると、まだ7時にもなってなかった。ここからどうやって時間を潰そう。
とりあえず、監視役に電話してみるか。この時間に起きているかどうかは微妙だけど、ダメもとで試してみよう。少しでも早く連絡するに越したことはない。
携帯電話を取りだし、教えられた番号を入力する。4コールぐらいで相手が出た。
「はい―。こちらログウェル・クックです。何か御用でしょうか」
「こちら、ブレドアリナ・k・流星です。英霊の召喚ができたので報告します」
「やぁ、君かい。で、英霊はどんな遺物で召喚したんだ?」
「いや、特にそういうのは使ってないんだけど。何とか上手くいきました。」
というか普通、どのクラスで召喚したとか、どんな英霊が出て来たのかとか、そういう感じのことを聞くもんじゃないのか?
「あ、そう。それじゃそれでいいや。そんじゃね」
「態度が一気に適当になったな!真面目に話聞く気無いのか!」
「そんなものあるわけないだろ。とっとと電話を切ってくれ。ああ、言い忘れた。オレも聖杯戦争に参加することにしたから」
「へぇ、そう…。ってちょっと待った。何て事をさりげなく言ってるんだ!聖杯戦争に監視役が参加するなんて前代未聞だぞ!」
そんな俺のセリフに対して、無情に応える『ツー、ツー』という音。
マジかよ…。あまりの事に俺はしばらく沈黙した。
あいつが聖杯戦争に参加してくるという事は、かなり重要な意味を持つ。
例えばサーヴァントを失っても、協会に避難して助けて貰うことができない。何か緊急事態が起きたとしても、協会に報告出来ない。そして何より重要なことだが、戦いに巻き込まれた一般人がいても、協会に保護してもらえない。
かつての聖杯戦争でも、身内をこっそり助けた奴がいて相当揉めたはずだ。
というか隠す気がないのが分からない。反則だと思ってないわけじゃあるまいし…。
「あーくそ、いったい何考えてんだあのバカ。全く考えが読めない」
「どうしたのですか。そんな『世界の終わりが5割ぐらいの確率で今日訪れます』って言われたような顔をして。電話で何か嫌なことでも聞いたのですか?」
声のした方を見てみると、クイーンが不安そうな顔をしてこっちを見ていた。
「別に大した事じゃない。あとその表現は止めて。そこまでひどい顔はしてないよ、せいぜい1割ぐらいだね」
「はぁ、別にあなたがそう言うのなら気にしませんが…。ところで、これからどうしますか。まだまだ時間は残っていますが。」
時計を見てみると、まだ5分もたっていなかった。ここからどうやって時間を潰そう。
ちょっと前にも同じ事を考えていた気がする。ほとんど状況が良くなってない。むしろ前よりもイライラしているぶんだけ悪くなっているぐらいだ。
「とりあえずいったん寝直すか。それからでも十分間に合うだろう」
ジョーにこの事を話すのは会ってからでいいし、取りあえずやるべき事も思いつかない。少しぐらいのんびりしていたってバチはあたらないはずだ。
ソファに寝転んで布団をかぶる。その瞬間から暖かい眠気が押し寄せてきた。
「それじゃこれから1時間ぐらいしてから起こしてくれ。あ〜あ…」
「ちょっと待ってください。いきなり寝るというのはどういう―」
彼女のセリフをBGMにして、俺は夢の世界へ誘われていった。
書いていて思ったんですが、赤髪で女王と関わりがあるってだけで真名だいぶ絞れますよね。主人公側の英霊たちの真名は早く明かすつもりなので別にいいんですけれども。
次回もお楽しみに!(もう書き貯めが…とかいうのはふっきりました。)